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美人図鑑

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2005.7.30(土)モバイル

我がPowerBookG3(2000年firewire)も5年目だ。最新のiBookはCPUで3倍以上、ビデオメモリーでも4倍強になった。iBookは値段もスペックも断然いいのだがそれでも何故にこれほど我がpismoを愛するのか。それは断然の愛着だ。今は亡きパワーラボが自社製造した特性キーボードを装着し国立商店が作った特性革パームシートを装着、液晶画面には加賀電子が作った覗き見防止シートを貼る。メーカーの制作サイドにも熱烈なるpismo信者がいてその愛を形にし世に問うてきた。PowerBookユーザーのカルトなまでの愛着心の発露を僕賃もこんなアクセサリー遍歴でさりげなく。つまり購入した当時は今以上にPowerBookコミュニティが充実していたのだ。専門ショップもあったし山本先生のサイトもタイムリーに充実していた。だから先日、パワーブックニュースが終了したけど何となく感慨があるよね。今後、アップルはパワーブックのメジャーアップをインテルと組んでまでやってくれるのかと淡くも熱い期待を僕賃は寄せている。iBookはiBookだ。しかしマックのノートはパワーブックなのだ。多分、本体と同額もしくはそれ以上にサードパーティやらアクセサリーやらを買うのがMac PowerBookユーザーだから。真っ二つになるまで使い倒す。そしてまた買っちゃうかも。これは「生き方」の問題なんだ。

2005.7.29(金)14053@

鰻を食べもせず。この夏を如何に乗り切っていくのか分からん。原油高騰の煽りで電気代とガス代が便乗値上げ。カネボウが粉飾決算。三菱自工が旧経営陣を相手取って損害賠償訴訟を起こした。不祥事な会社の経営陣は大変だ。楽天も情報流出で激震が走っている。でも「大したことはない。まだ被害は出ていない」などと端から牛乳かよ。毎日に書いてあったけど入手した情報で自分が運営するアダルトサイトに入会手続きを取って月5000円をクレジット決済すれば被害者は暗証番号が分からないからなかなか有料サイトを解約できない。カード会社に「不正使用」の証明ってどうやってやるの?こうならないためにはカードを一切中止するしかない。不便でも安全を選ぶしかない。

2005.7.28(木)

東京三菱とUFJの合併延期のニュースをネットで配信した読売は見出しが最初は「合併延期へ」から「合併延期を検討」へ更新して微妙ながら意味内容が大きく異なる記事に変えた。どこもその後追い記事がでないんでおかしいと思いつつ日経をみれば「銀行当局の否定コメント」を流していた。読売のフライングかそれともリークネタがトンデモな状況だったのか。僕賃は給料振替は東京三菱の普通預金口座になっていて先日、10/31のお知らせが郵送されてきたばかりだった。

2005.7.27(水)

iMac用の512MBメモリーが宅配された。早速、メモリーを挿入した。入れ終えてユーザー登録しようにもメモリーに貼ってあったテープにシリアルナンバーとかあって面倒さに負ける。これで「永久保証」の対象外になるわけよね。ユーザー登録してないと免罪対象になっちゃうのね。

2005.7.26(火)

台風7号関東地方に上陸。地震の次は台風。交通機関は冷や冷やか。

2005.7.25(月)

台風7号が接近中。雨脚が夜から強くなってきた。明日は終日、台風の影響で雨が降るかも知れない。漫画家の杉浦日向子が下咽頭癌で死去。46歳だった。博学の荒俣宏と一時結婚して「帝都の怪人に美女」という意外なアンマッチなどと言われていた。出世作「風流江戸雀」はなかなかいい漫画だ。素描に近いタッチがなんともモノロームを感じさせられた。

2005.7.24(日)モバイル@日本橋スタバ13341@

「震度ゼロ」を痛快に読了。横山秀夫の新刊でベストセラー。しかし阪神大震災を物語進行の時計代わりにする意味がどれほどあったかは作者のみぞ知るだ。
警察組織しかもN県警って何県?神戸から700キロに位置する県といえば東海地方もしくは中部もしくは中国地方?県警幹部の構成はキャリアとノンキャリそして地方(じかた)とストーリー構成の合理性でもって典型的人物像がパズルのピースの如く創作されている。官舎の銃後の婦人部達の「情報戦」が面白い。将来の警察庁長官候補と目される35歳の警務部長冬木と保身の県警本部長椎野そして生え抜きの刑事部長そして交通部長などなど。登場人物が「情報」を巡って様々権謀術数を駆使しながら「インナーポリティックス」を繰り広げる。阪神大震災派生と同時に不破課長が謎の失踪。本部長の相談役にして世話係。人事案の要でもあった。彼の失踪は県警内部の権力蠢く「情報」の失踪でもあった。失踪の原因究明そして彼の足取りを追跡する過程で見えてきた人間の闇。不破には妊娠し別れた女がいた。失踪の原因に「不倫」が絡む。官舎の婦人部は「婦警時代の刎頸」が巣くってもいてしかも「密約」が今現在にも反映していた。夫の出世に身を委ねながらも昔は華やいだ魅惑の女が今は見る影もなく嫉妬と生活の澱に沈殿し日常の垢と化した醜悪を露呈させる。乗り捨てられた車の中にソバージュの毛髪が残存。重大なるこの物証は不破の不倫相手でしかも不破の女の忘れ形見の娘の毛髪であってその女と男女の関係でもあった。その関係を不破の妻は気づいていた。やがて明かされる不破の失踪の真実とは。
県警内部で激しくやり合う会話劇は楽しい。最後はヒューマンな慟哭でピリオードが打たれる。
組織物語として本作を楽しむ視点もありだ。立身出世の分かり切った野心が政治力を駆使するために「情報」収集に躍起になる。捜査を取り仕切るには対立する組織内の敵に対して情報優位に立つことが最重要である。冬木紘子が面白い。その夫、優ちゃんは「情報」を一番喜ぶと独白する下り。本部長椎野の夢分析は?赤い少女って何をメタファーにしてるのやら不明。そして地震との関連が不明だよね。特に震災被災者にとって折角の本作も読書の楽しさは半減するかも。自分の体験と摺り合わせができず大いに違和感を感じてリアリティを欠くからだと思う。
それからキャリアの中でも反目し合う関係のリアルな描写というものが「実際のところどうなの」という疑心暗鬼もあって幼児性と臆病な保身の県警本部長とナンバー2にして警察庁長官を目指すキャリアの下克上の物語と割り切るかどうか。威信と士気か。警察って複雑な人間関係なんだなって感じ?でも面白かった。
文章を映像的にしようとするとこんな既存人格と物語の一般化が必然的になってくるのかどうか。ただ、作者横山の思い入れは自ら地方紙記者の出自が警察と新聞記者の関係において時代的に新聞が警察権力と拮抗しているなんてそんな時代性は今も昔もないと思う。どんな新聞にもそんな紙面はない。あり得ない新聞編成上のあり得ない紙面構成であるから物語の虚構性はリアリズムの照射がなされない。だから物語のフレームアップが大仰になってしまうのだろう。終章で明かされる失踪の真実。親子の関係を基点にした人間蘇生への性善なる作者の思い。組織犯罪の類型を提示した情報劇でもあり心理劇でもあるかも。でも組織の帰属に規定された状況の絶対性からの脱出は終ぞ叶わぬ夢なのかどうか。

2005.7.24(日)モバイル13335@

午前遅く東京メトロの地下鉄東西線に乗車した。余震は数日間は注意が必要ったって、どーしょーもないわい。全く蓋然性と偶然性と必然性の三つの可能性に対して頬被りするしかない。無常に身を委ね切ることね。死は一定なり。この世は相対的世界であるが生死は必定の一語に尽きる。如何に金銭資産を備蓄しようが全世界の蔵書を読破し希有なる無尽蔵の知識を脳髄に所蔵しよーとも美男美女を漁色漁食しよーとも。全部は相対的価値の範疇内でしかなくその相対的基軸は変動絶え間ない無間状況であって。

2005.7.23(土)17:17:18落合駅前「ジョナサン」にて13274@

午後4時半に地震発生。そのとき僕賃はジムでトレーニングしていた。バーバルやダンベルがカタカタと夜店の風鈴が強風で一斉に揺れ騒ぐ感じだった。しばらく横揺れ。筋肉をマックスでパンプアップしていて脳内酸素が希薄だったのでトリッピング状態でこの激震。突然の想定外なる揺れが脳の外を揺らし、同時に脳内でも揺らぎが発生して何となく気持ちよかった。これが相乗効果ってやつだ。「自室のiMacは大丈夫かな」とか思ったりした。ジムを出るときもテレビでは一斉に地震情報番組に切り替わっていて「電車、大丈夫かな」とか思いつつテレビの即時性は認めるけどオンデマンドなニーズにちっとも応えてくれてないじゃん。ドコモのケータイ「しばらくお待ち下さい」の画面表示のまんま。どこが災害に強いんだい。iモードも全く使えない。案の定、東西線は「全線運転見合わせ」だって。駅の改札で群衆が溢れていた。なので駅前「ジョナサン」にて時間調整アンドトレーニング後の癒やし生ビールでリラックスしているのだった。
でもファミレスのテーブルの広々快適なのには開眼だね。イスの座り心地も「居座り防止のカチコチ」じゃないし。スペースがゆったりしているのは知的にいいのだ。どうりで宮藤官九郎にしても弘兼憲司にしても創作活動の重要な生活拠点を「ファミレス」にしているのか合点がいく。これで無線LANがあってネット接続が可能であったら最高なのだが。惜しい。でも使い込むぞ。
時刻は17:55:13の今もドコモのケータイは使えない。情報通信の落とし穴をまざまざと。いざと言うとき使えないのが分かっている情報ツール、とんでもないことだ。他社のケータイはどうなんだろう、とか考えていたらば、思いの外空腹だったことに気づく。

2005.7.23(土)モバイル13247@

本日、大暑。ボーダフォンショップの窓口嬢(多分、派遣の女の子)が目の前を通り過ぎた。片手にパンパンのお財布を持って。近くにコンビニがあるからお弁当でも買うんだろう。でもさ女性の財布ってなんであんなに大きいのかしら。あれでは絶対、ポケットに入らない。逆「山椒魚」状態じゃないかい。普通に硬貨や紙幣にカードが入っていたってあんなに膨らまない筈ではある。タレントのKONISHIKIが「僕が大きいからって財布まで体に合わせて大きいわけないじゃん!」って財布見られて「何で普通の大きさなの?」とみんなにいわれるんだとか。
お金は等価交換の経済性をもつメディアであって所有する人間性に支配も制約も受けない普遍性をもっているってことだ。マルクスも「貨幣論」で論じている筈だ。人民元が切り上がった。共産主義の経済も一党独裁の国家に対して米国の覇権をかわすために「外交的に非常にうまい」切り替えのタイミングだったという。これで中国からの逆輸入品がデフレ経済を煽っていたのだけれど、返す刀で中国の自国経済自体にも実は内需拡大の余波でもって大量失業者が吐き出される。2%が10%にすぐなるだろう。デフレからインフレへ経済循環は止まらない。

2005.7.22(金)

給料日前の金曜日。どんよりした天気だった。

2005.7.21(木)

今日から小中高の学校は夏休みスタート。電車は通学関連は部活ぐらい。偏に夏休みと言っても季節感的にはお盆前までだ。だからこれから約20日間くらいなもんであっという間にそれこそ終わってしまう儚き陽炎なる時間なのだ。
「あと1ヶ月と言われた恋人達がその残された時間を燃焼し尽くす」ように受験勉強しろと東大合格者が我が受験を振り返るみたいな出版社の企画で語っていたのを今でも思い出してしまう。終わりを意識しそれへのプロセスに完全投入するかっこよさね。青春の一瞬を完全燃焼してみようってなぐあいか。

2005.7.20(水)

鈴木杏ちゃんの「がんばっていきましょい」がよくて。

2005.7.19(火)

吉野家って米国牛が禁輸になって盛り下がったというより定食屋的な多角戦略をもっと練った方がいい。コンビニの弁当の惨めさは食文化の退行だ。

2005.7.18(日)モバイル@東中野モス12878@

しかしモスバーガーは人気があるね。入り口近くの狭いテーブルに座ってコーヒー飲んでる間に何組のカップルがやって来たことでしょう。フリーペーパーも結構、暇つぶしなのか鷲掴みで何種類も持って行くし。全てはリクルート発行のバイト雑誌のようだから夏本番突入で旅行費用をバイトで稼ごうと焦燥感に駆られたのかしら。タダは流行るよね。R25の如くに、ネットだって閲覧料ないし、民放も一応は無料だし。今時、有料ではマスは納得しないのかどうか。広告宣伝料の課金収入があるからこのシステムは成立しているんだけれど。考えるに無料の情報は本当に価値があるのかどうか?翻って新聞紙の広告はちらしならまだしも一面両面全面広告というのがあるしタイアップ記事も多いし宅配制度に肖った誠に傲岸なメカニズムが運用継続されているのね。その反面で五大新聞で「社説」や一面「コラム」がネットに掲載されていないところはどこもない。ネットでニュース見たければ「Yahoo」や「Livedoor」のポータルサイトに速報の見出しが出ている。新聞紙より格段に早いし他の新聞が項目別にインデックス化しているから非常に便利ではある。ライブドアがやり始めてヤフーも追随したけどアクセスランキングで「ニュース」の序列化も行っている。ネットジャーナリズムも大衆的な興味本位が儲かる指標と一致しているわけだ。
やれ菊間がNewsの未成年メンバーに酒飲ませたから公園で騒ぎを起こしただの、杉田かおるの離婚問題が泥沼化してメディアスクランブルが起きただの、パブリックジャーナリズムのアマ化現象は思いの外に進展している。このようにスナック菓子のような情報の浮薄に対抗すべく我らが「マル激オンデマンド」を昨夜も視聴した。
「憲法改正問題シリーズ第三弾」?民主党憲法調査会会長の枝野氏がゲスト出演。国会の三分の二という現実は自民公明そして民主が合意形成を完遂してこそ成文成立の内実である解釈権に関しても重大に歯止めが掛けられのだそうだ。しかしその次の国民投票において大否決されるケースが安易に予想されうると言う。つまり EU憲法がそれぞれの自国における国会で90%の賛成だったのに国民投票において否決されるという民主代議制の大矛盾が昨今、露呈しているわけだ。同じようなことがこの国に於いても十分に起こりうると枝野氏他宮台氏も指摘する。憲法改正を本気で考え行動する自民党議員は何人いるのかについても「大半の8割は憲法をおもちゃにし、愛国も靖国も天皇までもおもちゃにいている」と枝野氏は扱き下ろす。宮台氏がこんな設問を投げ掛けた。
「恋人にあなたのようなマルクス主義者とは別れる!と言われたその男が「それは憲法違反だ」といったけど本当にそうか?」という設問。
宮台センセイはいつものニヒルでシャイな薄ら笑い(この微笑とも嘲笑ともつかぬひけらかし笑いには生理的嫌悪を覚える淑女も多いのではないか)を浮かべつつ明快に断言してくれた。つまり、憲法問題は個人間では起こりえないし勝れて統治権力への歯止めとして一般法規からは超越した法体系であるから憲法の違憲性については国民と統治権力機構の対立性に於ける関係でしかないということだ。法曹資格を持つ枝野氏も「この設問ができたら司法試験の憲法問題は合格点ですよ。でもね、今の大学の法学部ですら教えてないですよ」だって。何やってんだ、大学は!と怒る前に大いに勉強しましょう。憲法改正の問題点は九条もさることながら「天皇「米国」の二点だそうだ。そこに「九条」も絡んでくるけれど自衛権問題と国際貢献を明確に分離した議論が今の自民党には皆無だそうで枝野氏は「民主内部でのアイデンティファイ」されうる合意形成も早急に為さねばならないが「政権奪取」が専権事項の最優先だそうだ。だから「皆さん、選挙に行きましょう。そして民主に投票してその権利でもって我々を叱咤して欲しい」とのこと。

2005.7.18(月)モバイル 祝・梅雨明け!12871@

今日、気象庁が関東甲信越地方の梅雨明け宣言。朝っぱらから尋常ならざる日差しが照りつけている。気温もYahooによれば午前十一時現在、東京は33℃になっている。35℃いっちゃうかな今日の最高気温。
そう言えば最近、騒がれなくなったクールビズ。国会議員らの官製パフォーマンスの白けのようね。大体、室内気温28℃になっている空間ってあるのかしら。長袖シャツに上着がどうしても長時間必要な店内モバイルカフェ。外に出て上着はきついけれど夏風邪引きたくないし。
さて、ガンガンにビールの宣伝が盛り上がるし行楽地への招致合戦の広報活動も活発になってくるでしょう。夏は開放感溢れる快楽の季節なのだ。ネットオタクもノートパソコン持ってモバイルカフェに繰り出せ。

2005.7.17(日)モバイル@早稲田駅前モス12805@

雨も降らず気温は上昇。連休第二日目。街行く人々の奔放さときたら。
しかし発汗の季節。体臭隠しの香水が非常に不快感を煽る。伊達男に伊達女、乙なもんでしょこの匂い、粋なもんでしょこの香りってな塩梅かよ。臭いに敏感なのは生来な気質なもんでニコチン煙も許し難いがこの傍若無人な臭き臭いも我慢がならぬ。
今朝の「サンプロ」で「談合に於いて法概念に見解の相違があってそもそもが違法性はないし、今回の橋梁談合なんてのは冤罪だ」みたくゲストの政治家否、政治屋さんがおっしゃる。そこに成城大学の先生が「許し難い暴言」だみたく噛み付いておられた。財界総理の異名をとるトヨタ自動車の最高実力者が「談合は全国津々浦々、行われている」と談合擁護論をぶったっけ。政官財の癒着構造の根幹に「談合」を捉えその諸悪の根元に対しての徹底的なるメスを振るうどころかの話なわけではあるが。「政治家に清廉を求めるのは八百屋に魚を買いに行くようなものだ」と仰った元警視総監だった自民党代議士にしてその当時、法務大臣だったお方の「正論」なのか「暴言」なのかは賛否両論どころかの騒ぎで「笑っていいとも」に田中の康夫ちゃんと出ていた山本コウタロウが大いにアルタのスタジオで怒っていたっけ。「政治屋は八百屋なのそれとも魚屋なの?」って感じだったように記憶しているんだけれど。
「全国津々浦々」発言がなんで問題なのかは意図したしないに関わらず結果的にはマスコミが取り上げて物議を醸す状況ができてそこでこの問題の問題提起のような争点提起を社会現象の俎上に乗せてることね、経団連のトップがそう発言すりゃ、「それじゃもっとやるしかないよな」みたいな助長論を煽る結果になるわね。公金横領の談合システムがこの世の悪が根絶しないのと同じ次元で語られて「談合反対論」に対してはそんな「絶対正義」じゃ現実は見えませんよと言い返していたね、この政治屋先生の脇雅史参議院議員。http://www.waki-m.jp/profile.html
まぁ政治家は経歴見ればどんな利益擁護をやらないといけないかわかっちゃう。その分野の討論番組に出演しても自説は利益擁護に収斂しちゃうわけだ。哀れ言論の自由よ。
今国会で郵政関連法案の参院成立か否かで政局になっているけれども、早くも法案否決で衆院解散、政権転覆か!みたく週刊雑誌の見出しが踊っている。小泉に造反した議員各氏は「選挙に強くて自分の選挙区に郵便関連の方々が大勢いる」とか今朝の毎日が分析記事載せてた。つまりは選対かよ。選挙対策がその議員の仕事の大半であったならば在職中の殆どがその対策行動ということになってしまうわけね。政治に空白を作ってはならない。よく言ったモンだ。小泉自民党のマニフェストには「郵政民営化」の公約がのっかている。その公約違反を造反議員諸氏は堂々とおやりになっているのであれば先の選挙の大いなる公約違反であって、さっさと離党し新党でも作って解散総選挙で国民に信を問い直せと言いたい。今国会は全く国民不在もいいとこの特定利益集団である特定郵便局関連の連中とその利益を浴している議員らのはたまた政権枠組みにしがみつく権力亡者らの猿芝居の如き低劣なごっこじゃないか。
政局は夏の陣へなだれ込むか。ここ一ヶ月は目が離せない。

2005.7.16(土)白ゆり@高田馬場12753@

梅雨明け目前の今日この頃。ジムで快楽の発汗を敢行しその脱水的補水として途中下車の高田馬場。祝杯という意味合いでトレーニング後に自分の肉体を慰謝すべく溜飲を下げるこの快楽とは何ぞや。
放言暴言が止まない虚言症の作家政治家の慎太郎と同時代を生き戦後日本の精神性を糾弾しつい先日急逝した格闘家橋本真也より五歳遅い45歳で自決したノーベル文学賞候補作家の三島由紀夫の言葉に「どんな放蕩息子であろうと心地よい発汗後のシャワーの快楽を味わうことは人生の妙味だ」みたいな痛快さというかスポーティさというか老いてこその老害放置な政治家の自分の言説の結果責任の転嫁が「仏政府へ文句言え」ではオタンコ茄子ではないかいと思わせるものがあって、多分自決美学を敢行した刻苦精励たる三島の己心に巣くったカオスの情念を相対化するに肉体鍛錬を通じた論理的帰結に於ける物理現象へのコミットメントに顕在化するパラダイムを見る。要はシャワーなのかビールなのかは見解の相違でしかなく運動後のアフターケアに刺激性を欣求する人間の本質的欲求充足の意味性を感じればいいだけのこと。
翻って慎太郎氏の迷妄性は今後も時間的経過は誰しも忌避できぬエイジリングなる運命に身を委ねるべきであって潔さの微塵も感じられなければ醜悪なる時間性の残酷に為すがままであろうということである。
でもな枝葉末節な言質を針小棒大に喧伝するメディアのアンチ慎太郎ぶりは所与なる思惑が入り交じって素直に感心できぬ。作家的言語世界を生きる筈の慎太郎氏の現実政治的言動の妥当性は氏の作品世界の猟奇性に帰着すべき命題であって氏の現世的な物言いも結局は選対に収斂されているのは論理的必然なのは否めぬ事実だってことか。

2005.7.16(土)モバイル12744@東中野モス

薄日ながら気温は上昇。東京都知事の石原慎太郎氏がフランス語学校関係者らに「フランス語を侮辱された」と告訴された。確かに作家知事のこのお方の言語能力はその著作を一冊でも否、一ページでも否、一パラグラフでも読めば明確に分かる筈ではある。それからこれまでの放言・暴言の数々は枚挙に暇無しではある。フランス語関係者らの訴状を深く吟味しなくては明晰に論評できないけれど、どうなんでしょうか。「何でもかんでも裁判沙汰にして如何なものぞ」との石原慎太郎東京都知事の反論は常識的範疇にあるのではないか。慰謝料を何千万円も吹っ掛ける合理性はやはり皆無と言わざるを得ない。言論には言論で。でもフランス語に堪能なこの有識の方々に真っ当なる言論機関の使用が可能かどうかは不明ではある。だから報道陣が食らいつく告訴沙汰を演出したのかもしれない。すぐに法的手段に訴える是非は権力者に対しての市井の側の窮余の一策なのかも知れない。
何時だったか慎太郎氏と同じ学窓である田中康夫氏が「慎太郎は芸術家として政治にコミットメントしている」みたいなことを語ったのを思い出した。小説の言語世界と現実の政治的言説世界の境界無きボーダーな発信源の誤作動とか未必の故意のような確信犯的信念表明にイチイチ過敏反応していいのかどうか?この相互なる幼児性同士の相克をイチイチ話題に俎上して、公共性の時空を制約していいはずはないけれども。特定の文化を侮辱したと認定裁断しなかればならない司法の難儀さも少しは考慮に入れるべきではないかと思われる。悲しいかな慎太郎無罪は端から変わらず。

2005.7.15(金)

都心の梅雨明けは多分、来週の7/19あたりだろう。気象庁は今年も事後の梅雨明け宣言を行うらしい。多分、7.21か22ごろに。週間予報で19日から三日連続「晴れ」の予報が出ているので多分、そうなるだろう。天気に関心がいくのは人為為らざる天意だから。ウソも方便ならぬ法源に詐欺罪の有罪判決が下った。
最近のご時世、「詐欺」の大流行だ。「オレオレ」「リフォーム」などなど。騙してでも私腹を肥やしたいみたいな風潮ね。ネットでもアフィリシエイトなる「騙し」が埋め込まれたブログなんかが大流行だ。「ここクリックして」みたいな誘導をさり気なく。で、リベート戴き!の小賢しい商売だ。ところで法源。反社会的な犯罪を教祖が犯してもその教団は自滅しない怖さね。人間の内面の真実とは何かに通ずる重い問題だ。信じることの重大性を見過ごすと理解不能な超常現象的認識不協和に陥るのみか。信念の相対化は難儀な作業でもある。リアルとフィクショナルの連関性にも通じているのかも知れない。

2005.7.14(木)

曇天・涼し。

2005.7.13(水)

曇天で涼しかった。来週で7.20ってことは学校は夏休み突入か。高校では短縮授業だよね。一時限40分だかね。部活が楽しかった。夏の定期演奏会。

2005.7.12(火)

仕事帰りにコンビによって「保険関連」の特集雑誌を思わず買った。

2005.7.11(月)

腱鞘炎に気をつけたい。

2005.7.10(日)モバイル@飯田橋12354@

驟雨の如き激しき雨脚の未明は過ぎて。気温もかなり下がって。
最近思うことはデフレ無気力な自己評価。不景気な気分はディフェンスに偏重。生活のあらゆる局面で保護的守りになって「あれも無駄これも無駄」と積極性のウラッカエシがエスカレーションしていく。顕著に露呈するのが消費行動においてだ。「欲しがりません●●までは」っていつまで何だってことね。無限連鎖の連帯責任でもって禁治産的に葬り去られてまでも。やがて受動的な禁欲は自然放置の萎縮現象に転回し生活の筋力は萎え果てる。筋トレサボって筋肉無くなったみたいな感じだね。無駄なモノは自然にそげ落ちてゆく。やらないからできないへ。量的変遷の質的転換。浪費への過剰不安症候群。残金防衛の果て。
根治可能であるならば大いに浪費しましょう、大人買いを連発しましょうってことでいいのかどうか。
ホリエモンのように自分の夢の事業(宇宙旅行)に私財142億円を投入するような感じか。そう言えばフジと株でごちゃごちゃやってるとき、自分のblogで「商工ローンで俺が金借りるわけねーだろ、俺は生活に困らないだけの蓄財はあるから。それに会社の経営をしてるけれど会社の連帯保証責任は一切ない」みたく、反論していた。つまりホリエモンはうまくやっているってことだ。今時、会社が銀行その他金融機関から借入ゼロというか無借金経営しているところって希有なる数だよ。ホリエモンの会社会計感覚は至極全うだと思うし自分の企業経営の特色を「スピード」だと言明しているのもなかなかじゃないかしら。あとは自分の作った組織のセステナビリティ(継続性)への展望だが関係ないのかもね。自己顕示は須くナルシズム。
「世界一の時価総額の会社にすること」=世界一の株式資産保有者になりたいんだろうけど。分かり易い。今の時代風潮を読んで大衆反応が強い言質を発信しているわけだ。ホリエモン流のマーケッティングってことか。経営者に高潔な人格はいらないってことね。だって会社斜めにして潰したらそんなもん関係ないからね。でもさ、マスコミに露出し宣伝してるその存在性には異議申し立てしてもいいのだ。時代の社会の空気を吐き出すメタファクタリングである以上は。

2005.7.9(土)モバイル12317@

曇天。気温上がらず。体の節々に鈍磨な疼痛を覚える。特に脚がだるい。生活にゆとりか。経済では資本とは「剰余」価値から成り立つ。経済学の本質はこの剰余価値の効率化に主眼があって金銭レスな状態では経済など意味無いのだ。だから勝ち組が巨大化する今のご時世、「経済の本格稼働」ということになっていくのかどうか。貧乏人がカネを稼ぐよりも金持ちが更にカネを稼ぐ方が簡単だ。しかもマクロに与える経済効果たるや。経済は勝ち組のフレームアップに最適な社会科学だ。
さて座骨神経をやられたかもね。

2005.7.8(金)

本日、夏賞与支給日。
総務嬢曰く「ボーナス出るだけでも感謝しなきゃ」
某役員曰く「君達いいよなー僕なんかボーナス出ないもんな」
確かに労働の対価に見合う金銭授受であったならば問題はない筈だ。
他部門の人間に「お前の上司が今の仕事、向いてない」だからどーした。「向き不向き」なんかどうやって決めるのか。「使える使えない」も結局は当事者間の問題だ。結局はご当人の責任に帰着するけどな。

2005.7.7(木)

電車男はテレビでは無理があったかも。

2005.7.6(水)

スタバでコーヒー。

2005.7.5(火)

郵政民営化法案、衆議院可決。ホリエモン、自社持ち株売却で146億円の収入。

2005.7.4(月)

都議選が終わって国会論戦は「郵政民営化関連法案」採決への動きで盛り上がっている。

2005.7.3(日)モバイル11999@

とある私立高校へ投票に行く。選挙管理委員会の方々の暇そうな顔を眺めつつ「経費の無駄遣い」の顕著なる典型例を見た。入り口の前に3名が所在なさげにブラブラ。投票者に挨拶するならもっとシャッキッとやればいいし、へらへら笑いかけないで欲しい。iPodのボリュームをマックスにしながら中にはいると整理券の端末チェックが2名に投票用紙を配布するのが3名そして投票箱の前に居並ぶ監視団の方々4名が見える。計12名ですか。投票所って都内に何カ所あるんだろう。
全く増税の前に無駄遣いを無くそうーよ。住民税払いたくないよな。
さて、ものの2分も掛からず投票は終わった。義務教育の成果は選挙権行使を行うこと。それから納税の義務そして教育の義務を果たすこと。教育ドラマで最大の欠落は選挙権を教えないことだろう。メディアの世論操作を教えないことだろう。このたった「2分間」の投票行為が大いなる体制変革を完成できる可能性の第一歩なのだが。今日は投票率は30%台かもね。今夜のお楽しみ。民主躍進なら少しは国政に伯仲ムードが漂うかしら。キャスティングボートを握るにしてももっと発言力存在力をつけて是々非々だろ。
それにしても我が町も高齢者が随分多くなった。投票所への往来の群れの大半は杖を突き片足を引きづりながらの懸命な権利権行使の光輝溢れる眩い御振る舞いの方々ばかり。税収減るのも当たり前か。
最近、毎日新聞が政府税調の巫山戯た報告書の反響に健全なる便乗。でもって増税の納税者負担を強いる方向性と表裏一体の削りやすいところからドンドン削っちゃう役所の暴挙を記事にしている。つまりは役所は弱いモノ虐めを公共の名の下に行っているというキャンペーンなんだろうね。改革の中田市長を擁する横浜市で生活保護カットに怒った御婦人が「この金額で生活できますか?」と詰め寄ると「100円ショップに行けば全部あるます」と若い女性のスタッフに反論された。そういや思い出した。身だしなみが悪い営業に社長が1000円カットのチラシを翳して「ここで切ればよい」とその何年後には「今はデフレだから賃金安くなっても問題ないだろう」と成果主義を逆手にとって賃議カットをやって士気が大いに低落して重大な業績悪化を招きとんでもないく経営を追いつめたっけ。公僕に「あんたは生活費が多すぎるからカットするよ」でないと私の評価が下がるからね。「しょーがないよ。でなきゃ死ねば」みたく言われた御婦人はえらくご立腹だった筈。でもこれから公共サービスはますます低下するんだろうね。特権意識丸出しの役人がえらそーにふんぞりかえるんだろうね。健全ジャーナリズムでドンドン追求していきましょう。

2005.7.2(土)モバイル11962@

選挙前の党首の発言は殊の外、重い筈だ。先般の税調の報告書について「あくまでも学者の議論で、参考意見に過ぎない。税制を決めるのは与党だ。安易な増税はさせない」と述べ、サラリーマン増税に反対する考えを強調した連立少数派政権党代表の発言が都議会選挙前日の今頃になって行われた。政治はタイミングである。民主が増税反対の旗幟鮮明の急転直下で選挙戦略変更。そこで庶民虐めに荷担する与党の一員では情けない。「三国志」で諸葛孔明、曰く「座して瞑想に耽るよりむしろ討つべし」の通りに選挙激戦を制すべく支援団体からも要請があったかこの発言。全く国民に向けて言ったのではなく「選対」なんだろうね。この政党を真に民主コントロールしないといけない。それから「税制を決めるのは与党だ」って本当に言ったのか。本当に言ったのであれば大いにイカンザキだ。党利党略の根元が選挙に勝つことであるならばその効果はこの傲慢な反相対主義的発言に収斂される。原点を忘却し忘恩に堕すとこんな発言も自然に出てくる。誠に権力とは時代・社会の甚大なる人間性破壊の病理の根元である。税制は政権政党が決定権を持つ専権事項では絶対にない。広く国民論議の中で執り行われる誠に厳粛な権力行使の案件である。主権在民の権力行使が情けなくも選挙権にしか存在しないから当選すれば「白紙委任」もらったみたく、こんな議員になって連立ながら政権中枢に入り込むと勘違いを起こすのが出てくる。恐ろしいことだ。「心して政治を監視せよ」至言は重く、そして深い筈だ。

2005.7.2(土)モバイル11951@

今発売の最新号の「フライデー」の記事にリーマン増税ではなく某教団へ課税せよとある。いやらしい記事だった。出版元である講談社の編集方針は雑誌の本能のようなところがあって政権少数派与党の最大支持母体且つ、最大の選対でもあるこの教団への批判はどの雑誌も共通している。しかし大いなる税制論議に似つかわしくない。
某教団名指しの課税要求はかつて石原が大衆迎合でブチ上げた銀行税と同じだ。しかしカリスマ石原すら特定銀行名を名指して「●●銀行に税金を課せ!」とは言わなんだ。何もその教団だけがその優遇税制の恩恵を受けているのではなく宗教法人就中、公益法人の優遇税制を何とかして公平な論点で是正しなくてはならない。当然、靖国神社にも課税せよなのだ。早稲田大学にも課税せよなのだ。寺にも新興宗教にも訳の分からぬ財団にも要するに公益法人全部にその今の不公正優遇税制体系を抜本から見直せということなのだ。問題を矮小化し論点を外すなと言いたい。大衆迎合にもならぬ批判性の鈍磨に虫酸が走る。
身近な現象で母校の私立高校の野球部が甲子園に出場決定になったらば必ず卒業生には「寄付金」の要請が来る。卒業生OB.OGの母校思いな募金の使途明細はいっかな報告無しでその全額は無税である。
また大学受験の受験料は法外に高額ではないかい?どれだけの経費があの試験でかかってあの値段なのか一切、受験生には明示された試しがない。「うちの大学受けたきゃこんだけ払いな」ってな具合だよ。この一方的高圧的なのが公益法人の特質特性だったりするんじゃないのか?そしてやっと受かって入学するには一律強制的に「入学金」を払わないといけない。その「入学金」はどういう論理で請求されうる代物なのだろうか?このお金は強制的且つ義務的ながら「寄付金」だから全額無税はいうまでもない。ところが一般法人が「寄付」されても雑収入でもって利益計上の科目に入って課税対象になっちゃう。おかしくないかい?優遇され不公平なわけだ。
京セラの名誉会長の稲盛和夫氏は仏門に出家した異彩の実業家であるが氏は全財産を母校の鹿児島大学に寄付するという。国立大学の鹿児島大学は取り敢えず寄付された浄財を国庫に納めて年次の予算編成で分捕り返すのかどうか。寄付したり募金したりお布施したりする側はその行為自体に有難い行為の純粋性があって金銭授与の薄汚さをクリーンオフした功徳があるという。しかしそのお金が正しく授与する側の意志通りに使われてこそだと思う。でも「このお金は自由に使って下さい」と善意に寄付しても受け取ってそれを使う側は「自由」に使っていいのかどうか。
世のため人のための大いなる理想理念で設立運営される公益法人のその公益性を吟味もせず利権温存の論拠明示もないまま放置放任するのは我慢がならぬ。

2005.7.2(土)モバイル11950@

今朝、カード番号を変更したクレジットカードが自宅に配達された。米国で勃発したカード情報流出が原因で念のため「緊急停止」→「番号変更」の対処の流れだった。使用カードの集約もこの際。
そういえば明日は東京都議会議員選挙の投票日だ。都政って石原刎頸の友、浜渦副知事独裁崩壊に派生して都議会と都の官僚機構が如何に「老いたればこそ」の石原慎太郎都知事に肖っていたのかが浮き彫りになってその是非が争点にもならずあまりお祭り騒ぎもない中、選挙戦は流れていたのかどうか?共産党もあんまし駅頭やビラ配りも無かったようにも思う。
でもさ、政府税調が今月21日に発表した「個人所得課税に関する論点整理」が余りにもリーマン増税な色合いだったのと郵政民営化関連法案でドタバタの国会の流れが東の都に突如、流れ込んできた感もあるって。特に民主はリーマン増税と郵政民営化法案の両方に野党第一党として反対しているので、その争点を都議会選挙に持ち込もうということらしい。しかし民主が勝っても減税にはならない。
確かに政治がテレビバラエティーと同次元で「つまらん」とか「面白くない」とか「興味がない」とか。投票率は当然、下がりに下がる。そこがみそ。それこそがみそらーめん。「誰に投票したらいいかわからない」という淑女も殿方も多いのではないか?支持政党もない、日頃、政治的関心は皆無。愛だの恋だの性愛至上主義な生き様に政治的関心が存在するわけない。社会的関心も自分のエゴからの視点でしかない。議会制民主主義は所謂、政党政治の特質であって言いも悪いもそれが現実だ。そこに「支持政党がない」では話にならぬ。それこそ自分党でも旗揚げした方がよろしい。自分が今まで生きてきたプロセスとこれから生きていくリザルトを明日の今現在の自分の瞬間に見極めてみたら如何か?そんな投票日を明日、迎える。

2005.7.1(金)11938@

クールビズ大盛況な折り、会社の即売会でスーツを買って今日、着用して出社。確かに梅雨真っ只中で非常に不快指数も上がってスーツの上着とネクタイは正直外したいところだ。業界紙のコラムなどには「クールビズに物申す」みたいな異論反論オブジェクションが書かれているけれども衆愚な様相を深めていないかしら。サマースーツをどれだけ生地を薄くしたってしょうがないわけでコピー用紙の無駄遣いは禁止なんていいながらそれを販売している会社なわけで東電が「電気の無駄遣いは止めましょう」ってCMをわざわざ民放に大金払って流す愚行に似てる。無駄な原発稼働させるなよってことでしょ。だってさコピー用紙を無駄遣いよりも製紙会社の先がパルプを作らないようにさせなきゃね。これって国内問題じゃないんでさ。個人情報だって海外から漏れてるわけでしょ。グローバルスタンダードの意味わかってんのかって。狭い職場で環境問題大いに結構だけどそれで仕事の効率がみみっちく下がってどーすんのって。
冬になったら今度は「ウォームビズ」なんてやるのかね。コート着て仕事しろってか?設定温度は何℃にするんだい?無駄な財団の運営費(大半は天下り役人の給料)に回ってるだけじゃないのかい。
全く政府の音頭が醸すいっかな温度が上がらず下がらずですか国民の体温は上がってる。増税で暑いよな。

2005.6.30(木)11927@

朝方は雨脚が強かった。今日、公務員のボーナス支給日だそうだ。うちもそろそろ雀の涙・猫の額の賞与がもらえるのかどうか。靴を買うとするか。

2005.6.29(水)

最近、眠い。梅雨冷えながら蒸し蒸し。

2005.6.28(火)

真夏だ。36.2℃だった今日の都心・大手町。なんせ朝の7時現在で30℃超えてた。

2005.6.27(月)

真夏も連続。沖縄が今日、梅雨明け。柔道家の谷亮子がご懐妊だって。15歳のミッシェル・ウィーは首位から脱落して22位となった全米女子ゴルフ。シャラポアがウインブルドンで勝ち抜いている。昨日の筋トレで前腕に筋肉痛。

2005.6.26(日)モバイル11618@

日曜日の朝は何か敬虔な気分になるのはどうして?休日は神様がくれたご褒美だとしたらやはり超自我の自己超越なる領域へ誘われるべきなのかどうか?取り留めのない想念思案が脳内を錯綜する。
休日は自由であるべきだ。自分の時間は自分で決める自己決定権を他者に渡す無かれ。
テレ朝「サンデープロジェクト」を観る。田中真紀子議員が少子化問題で意見を述べていた。彼女の外務大臣時代の功績その後の秘書疑惑などはもう何のイキサツもいらないのかな。文春発売弾圧事件のそもそもの原因は彼女とその娘の軋轢であったのは記事内容にも明らかでそんな子育て遍歴も不問に付してにこやかなる司会者・田原総一郎氏の華麗なる人脈の一端を全国の視聴者は見せつけられたようだ。今、永田町ではポスト小泉の人選が実は最大関心事であって、たまさか民主政権ができたらば海部や細川を担いだように天皇も女でいいんだから総理大臣だって米国のヒラリーがなる前に田中真紀子首相でもいいんじゃないかいってことかしら。でもっていろいろ言質取りたいジャーナリスト田原総一郎の質問はあっちにこっちの収拾不能だったよね。
僕賃はそんな大衆迎合ワイドショーの如きメディア政治は金輪際いやだからさっさと田中真紀子コーナーは終わって欲しかった。次の「リーマン増税」コーナーが気になっていた。そこに政府税調会長の石氏が出演。そもそも政府税調なる諮問機関は政府が人選した自分たちのつまりは役人達の言い分を代弁させる代理機関なわけで学識経験者とはいうものの所謂、唾棄すべき御用学者なのだ。だって御用でおやりになっているからこそ政府の看板で諮問しているわけで。権力意志を石氏は自分の意志でどこまで貫いたのかしら。でもさぁ「増税」しないことには借金がやばいんだって。確かに不届きな税金泥棒な役人が多い。そいつらはそいつらで厳しく取り締まるけども歳入拡大をやらないと国家財政は破綻しちゃうよって。石氏が面白いこと言っていた。「小泉在任中は消費税論議は封印されたそのお陰で税制問題の様々な問題点を論点整理できる」と。裏を返せば消費税をアップさせることはオールマイティなジョーカーなのだろうね。全く橋本政権がやらかした愚行を歴史は繰り返すでやっちまうのかよ。給料が上がるどころか下げられる大多数の会社員はますます可処分所得が低減されて「借金」へ傾斜依存していくだろう。まじめに借金してどうなるかは多重債務な自己破産者の心的プロセスをその発端からカタストロフィまで如実に検証するば明々白々だ。
そもそも税金問題は著しく政治問題であってその課税権行使の主体は結局、国民選出の政権党が税制調査会を組織しているわけで、この自民党問題なのではあるけれども。この政党が権力を握っている内はこのようなリーマン増税はドンドコ続くわけね。だって大企業から献金されてその費用対効果が自民党政治の内実なわけで大企業最優先の政策たる税制になるのは当然でしょう。なのに低所得な階層がこの連立政権を支持することはそんな家計への波及などとは違った人生信念へ直結の誠にスピリチュアルな行動規範があってのことだもの。偏にリーマンにも様々あって納税額1位だった投資顧問会社部長の清原氏のような人間もいれば年収300万に甘んじてデフレライフをエンジョイしている最下層なる賃金労働者も多々いらっしゃるわけで。納税者比率95%な大多数の給与所得者がこの税金科目を担っているわけでね。でもさ、彼らの提示したこの税制の歪曲是正とやらの道標はバイアスが当然かかっている。
全く借金漬けの放蕩息子に自分のカードを預ける愚かなる親父に成り下がるが如き愚行には大いに怒っていい。インフレは間近だ。

2005.6.25(土)モバイル11573@

確かに日中はうだる暑さではあった。今は日も暮れて涼しげな風が吹いている。自宅にNTTコミュニケーションズのサポセンからの留守録が入った。なので折り返しフリーダイヤルに電話すると「若松町モスバーガーのホットスポットはご利用大丈夫です」だって。
今、モスでホットスポットにてネットに接続でけた。多分、ショップに設置されていたモデムが不調だったのかもね。バイト店員で切り盛りするモス。そういや今夜もバイトの佐藤嬢はいたけれども。
冷えすぎの店内も土曜勤務なOLが喫煙ルームでフライドポテトにパクヨンハ!いつしかそこそこ客が席を占めている。
そう言えば民主党元議員・平野貞夫氏の著作を2冊、早稲田駅前書店にてさーっと立ち読み盗み読みで通読。だって買う価値無かったもん。インプレッションは党派性が払拭できてないよね。「月刊現代」に連載していたものに加筆し書き下ろしたんだろうけれど。議員を引退し自由人になって様々な発言をすることで「政治を科学」できればいいのだけれど。批判しその反対に利するものが明確にあるという政治的相対性の明確なポジショニングだけはしっかり見据えておかないとね。でも当事者が世に問う内容かどうかも全ては「事実関係」でしかないよね。表看板とその裏は大いに違っているって何処の組織もそんなもんだろう。彼の師匠である小沢一郎だって清濁、濁、濁だってことは分かり切ったことだ。その検証が一般読者レベルでは不可能なのが隔靴掻痒だけれども。今のご時世、活字の信頼性は以前に比べて格段に低下していると思われ。でも映像の堕落しやすさは記録の希薄性にあると思われ。人間の認知能力も実際問題、瞬時為るインパクトにかかっているからね。だからリズムとメロディだってこと。でもなぁ、また平野氏が書いているこの内容を読みもせず考えもせず機関の意志に盲従な人たちが出てくるんだろうね。だってこんなの読んだら白けちゃうもの。行動を駆り立てる求心力を阻害する全てを排除するのが組織の運動論のイロハだってこと。一般組織とは隔絶した組織運動論が躍動してるってことかしら。
さて知識人が大衆を組織化できないのはその彼らの所有するインテリジェンスにそもそもの根本原因があってその相反事象の根本命題にアクチュアルに切り込んでいかないよね。そのいい加減さこそが知識人の真骨頂だってこと。保身なリーマン学者ばっかじゃんか。

2005.6.25(土)モバイル11556@

連日の真夏日だ。今年はどうやら空梅雨っぽい。雨が降っていない。こんな異常気象も全ては人類の身勝手な環境虐めに起因しているのかどうか?個人情報保護法が今年度から施行されたはいいが、米国で大量のカード情報が流出悪用されて大混乱になっている。この国の面白いところは過剰反応が全国レベルで波及することだね。毎日のように新聞・テレビは情報流出事件と銘打って報道の垂れ流しを行う。政治改革・経済改革そして司法改革、はたまた税制改革大いに結構だども、この国のメディア改革は全然、進んで無いじゃないかい。それから医療改革そして教育改革も全く持って時代の推移に併せて劣悪劣化してるってよ。でもさ、民主な国の民主な国民たちは「改革」の情報が読み取れていないよね。確かに健全な民衆の側に立ったジャーナリズムが機能するのは送り手だけではどうにもならないのは自明なことで受け手もインタラクティブな送り手としてジャーナリズムに参画すべきなんであって。
昨日、都議選の告示。郵便で投票用紙が送られてきた。7.3の投票日。この日は大変に意義深き日だ。東京決戦の日か。政治的行為も大義に転回されて相対性も絶対化の行為に純化されるのかどうか。
リーマン大増税政府税調答申がなされたしね。実質増税なんだけど、減税を止めて元に戻しただけと役人は考えている。だから歳出カットは罷り為らんということか。年金法改変のときも官僚たちは大勝利した。700兆円の借金を愚民代表のリーマンに背負い込ませようと躍起になってる。低所得の低消費が醸す消費税増額のパレート的逆説だわな。主権在民の理でいけば多数派が利する政体なのに少数が大多数を支配統治しているから大多数のリーマンがやられるのだ。面倒な議論を忌避し、他人任せな多数派の愚民性に着目した役人の定型セオリーはこれからもね。だってそんな愚民に選ばれた選良だって所詮は愚民の代表なだけでさ。大秀才の官僚たちの頭脳には足下にも及ばない。庶民の政党のお方々がいとも簡単に官僚先生らに操縦されておるしね。
さて今の小泉政権はネオリベラル志向である。その志向性は小さな政府、競争原理、規制緩和の三つ。要は弱肉強食なる市場原理をテコとした国家像だ。福祉も大いに切り捨てる。バカはトコトンバカのまま。金持ちはマンモスの如く肥大化する。そして国家安全の為の徴兵制導入。靖国へ旅立つ青年達の英霊や何処。個の権利は国家の義務に蹂躙されその前に実は所属組織にコマンド化されて自己認識もあり得ない。
今日、スーパーの前で爺さんがティッシュを配っていた。
「7月3日は都議会議員選挙の投票日です。投票に行きましょう」だと。こんな年金貰ってる爺さんの小遣い稼ぎに都民税が浪費されているこの目前の事実に「そんなもんいらねぇよ。投票行くの当たり前だろ」とぶつくさ言い放つ。
今回の選挙もとんでもなく投票率は低下しその力学で大いに利するのはどの政党かは自明のこと。とんだ愚民衆愚な社会現象が大勝利の大前提とは。

2005.6.24(金)11553@

花の金曜日も真夏日だってーの。昨日にクールビズはイマイチ盛り上がらないけど、スーツ即売会で一着買っちゃった。13,000円ほどの夏仕様。これから夏が終わるまで業界的に閑散期に入っている。給料と賞与が支給されるまさにクロスオーバーな今日この頃のセンチメントはチャップリンの言う「Some Money」な状態だ。そして暇な季節。だから「旅」とか空想してしまう。見聞を広げて良い文章が書けますように。

2005.6.23(木)

最近、6時45分に起床している。朝、テレビをだらだら見るよりはその分、睡眠に充てる方が良いに決まっている。なのでテレ朝の伊藤里絵嬢の天気予報と上山千穂嬢の新聞記事読みだけ。
今日は典型的な梅雨の一日だった。晴れては雨が降り止んでは曇るみたいな。
今月中に終わる番組改変の時期だ。最近ではアナウンサーの舌禍事件が多い。みのもんたがやっちゃったようね。番組スポンサーをその提供される番組でいいたいほうだい。

2005.6.22(水)11456@

今朝の朝刊各紙に「サラリーマン受難」増税路線。財務省主導に決まっているから個人消費を冷え込ませてそれでも財政再建のバランスシート改善だけか。
「国破れて山河あり」

2005.6.21(火)

カードの個人情報不正流出事件の波紋はどうやらカード会社の情報統制下でメディアも突っ込んだ報道が相も変わらずな状況で停滞気味ね。今朝の朝日の社説はアングリ状態だ。

2005.6.20(月)11264@

帰宅してiMacから512MBメモリーを抜き取る。すると起動トラブルも起動時の雑音も無くなった。しかもマウスのスクロールも直っていた。これで僕賃の悲観論も楽観論へ。
DCカードへ連絡してカード番号の変更を依頼する。クレジットカードの今後は真っ暗だ。

2005.6.19(日)モバイル11180@

「米国で4000万枚以上のクレジットカードの情報が流出した恐れが出ている事件で、18日付の米ロサンゼルス・タイムズ紙(電子版)は、少なくとも6万8000枚分のデータが不正使用され、被害が出たと伝えた。米マスターカード・インターナショナル社の幹部が語った。」

大変な事件が明るみに出た。でも遅すぎた。クレジット決済の利便性はネット経済の骨幹であるのにその大前提に激震が走った。クレジット会社は外資系で今現在、日本国内の会員のデータ流出がどうなっているのか「問い合わせにも応じてもらえない」状態であるという。既に不正使用で6万8000件の被害があった報じられた。全部で4000万件の不正流失の結果だ。カード決済機関が不正アクセスされマスターカード・アメリカンエックスプレス ・VISAなどの個人情報(不正使用され得るデータ)が4000万人分というから甚大だ。しかも去年の年末にハッキングされていたのが5/22まで分からなかったわけで非常に深刻な事態である。プロバイダーの料金もカード決済。ネット通販もカード決済。個人情報の取り扱いが喧しい昨今だが結局、国内で騒いでも海の向こうの本部でこんな事件が起きたんだからグローバルな問題解決できないのなら甚だ狸祭りの感だね。カード会社の早急な対応が待たれる。しかしどこも事態を把握していないようだ。問題なのはこんな重大情報がマイナー少数なメディアの暴露的な記事で初めて発覚露見したことだ。大マスコミがどこも報じなかったこの一点でも非常にメディアと企業の関係性に疑惑が残る。カード止めるしかない。

2005.6.18(土)11177@

土曜日出社。取引先元社長による「営業理論」の講演会があった。販売会社の花形は当然、営業マンである。営業力・販売力が強いことは経営効率を上げているのか下げているのか。仮説思考を取り入れた「科学的営業」のチャートフローは情報-読み-仮説-検証である。人間肯定の発想から好感→好意→信頼→信用の段階推移で客への「つかみ」を戦略的に考慮し科学的にアプローチする営業スタイル。全般的に営業力と言っても社内と社外のベクトルが相反する形態から如何にバランスの良い事務処理もできる営業へ転回できるかが最大のポイントではある。だって組織在っての営業だもの。
講師先生の言う「僭越な前提」を吟味するれば、客と営業の関係は主従関係だ。商売にパートナーシップなど在ろう筈がない。それを「ある」と決めてストーリーを書きそのシナリオ通りの物語ができたとして誰が「利益」を蒙るかは自明の地平であって、従から教えを請う主の矜持や如何に。職務に通底し通暁し尽くすそのプロセスに「人生」を賭ける営業バカに徹しきることで出世しその企業組織のトップに上り詰める痛快痛烈リーマン人生のサクセスストリート。でもな、同族企業にそんなダイナミズムは働かない。一族の資産資本が根元の経営資源であってヒトモノカネ情報というこの経営ファクターにもその会社の存続条件の前提内容に疑義なるシグナルをなーんも考慮しなくてもいいのであれば上っ面のパフォーマンスの効能効果は白切ったサボタージュのみだろう。淀んだ池州に棲る鯉も何時しかその澱みの中で同化する。政権交代なき独裁組織で如何に私利に生きるかはその「営業力」に懸かっているのだ。

2005.6.17(金)11154@

ボーナスシーズン到来のようね。剰余金が大切だ。会計士の山田真哉氏の著作の中に「キャッシュ・フロー」の解説で個人会計に於ける更なる厳密な金銭感覚のセンスアップの大切さが教示されていた。氏の言葉を借用すると「フリーキャッシュフロー」ということになる。つまりは財務諸表の数字って残高なわけで足し算と引き算の解なわけ。収入-費用=利益であるから引き算の答えが「利益」なんである。この算数のイロハを肝に銘じ直しつつ。だから「収入」以上に利益は出ないし収入を倍にするのと費用を半分にするのとどっちが難しいかとなるとこの二つの方向性しか「利益」は出せないということ。収入の最大化と費用の最小化だ。
でもこの引き算の解である利益を数式プロセスの結果としてみるか原因・出発点としてみていくかで考え方も変わってくるだろう。
仕事を終えて営業のコバちゃんと内勤のK氏らとモンゴル料理のジンギスカンで盛り上がる。「●●さんのメガネ姿が可愛い。」
営業マンの連中と仕事帰りに居酒屋なんか行かなくなったね。

2005.6.16(木)

ライブドアが光ファイバーを使った無線LANサービスを発表した。月額500円ちょっと..。でもね外の雑踏からノートパソコンでネット接続は現実的じゃない。電柱に細かく張り巡らせると言うがアステルとかNTTパーソナルズのPHSを思い出した。今、どこも残っていない。

2005.6.15(水)

梅雨。ISOの資格ってなんかね。           

2005.6.14(火)

今年の梅雨は空梅雨っぽいらしい。

2005.6.13(月)

梅雨の晴れ間で非常に気温が上昇。不快指数も最悪だ。
帰宅して「こちら池上署です」と「モノクロームの反転」を観た。約三時間超。汗を流し空腹を満たして。現場に生きる刑事物語。段田の存在感だよね。

2005.6.12(日)モバイル10751@

正午過ぎに業者が修理にやってくるので自宅アパートからしばし近所のモスバーガーショップへ。無線LANに接続できなくてネット不通。ネットワーク診断をやったがどうなんだろうね。このままではこの店ではネットができなくなる。HOT SPOT運営のNTTコミュニケーションズのサポセンへ連絡してみたけど「so-netさんの問題です」だって。よくわからない。たしかにISPはSO-NETだけどさ。
飯田橋カフェでは何の問題もなくネットできるのにおかしい。
さてソーネットに電話していたら「ピンポーン」さて、検分開始ですか?バスユニットの天井板を外すとその向こう側に広がる剥き出しの光景が眼前に広がった。業者の最大の懸念は配管亀裂に伴う配管交換であったが、継続的な漏水ではなく不定期イレギュラルであったから様々な検証が行われた。その結果点検コウのパッキング不備が判明。しかもシャワー文化のない2階の中国女はシャワーカーテンを浴槽の外に出しちゃってたことで問題発生を追加的且つ決定的に誘発させていた。
今回の顛末から様々な教訓を得た。とんだ違法建築のアパートに住み続ける僕賃の住空間に於ける安全管理上の怠慢の誹りは到底免れない、猛省せり。異文化交流など糞食らえのぶっちゃけのストレス忌避は人間の本然たる心的傾向性であるし、商機獲得に奔走する利害関連のほざきに軽々しく踊らされるのは愚の骨頂だ。

さて、今朝のサンプロで親中派の加藤紘一・野田毅と親米派の岡崎久彦の討論。おなじみの岡崎は親中派の言動を「中国の覇権主義の走狗」として論破できたのかどうか?今朝の新聞によれば日本遺族会が「総理の靖国参拝の自粛」を表明したという記事が一斉に掲載されている。この動きに対しても「中国の謀略に乗った走狗」として遺族会を岡崎は非難していた。それに対して加藤紘一は「遺族会の皆さんに失礼だ」と反論。岡崎の議論の仕方は非常に第三者から見ても説得性に欠けるみっともない姿を露呈させていた。自分の主張を言い張る為の論拠の摘み食いは誠に見苦しい。このような人物が政府高官の知恵袋として重用される事態に暗然たる気分だ。ただ、日本国民にとって中国の主張通りに結果的には「屈服」することには誠に複雑な心理が想起されるのはこれまた事実だ。その心理的鬱屈を百歩譲ってもナショナリズムに結びつけるのは早計であろう。「国民世論を分断し首相を孤立させ台湾問題へ繋げる中国外交戦略を成功させる」という岡崎の主張に中国の現状を何処まで把握しその論理を構築主張しているのかは浅薄の誹りであって。中国との関係を敵対的関係に後退させて国益は論じられない。しかし国家間の友好と一市民間の友誼は誠に食い違いの生じる隠微な問題だ。今回の水漏れ事件についてはその隠微な事例を勘案する非常に典型的な事案であるようにも思われる。

2005.6.11(土)モバイル10682@

自宅のバスユニットの天井に階上から水漏れ。今日、業者が検分にくる筈だった。でも連絡も入らず「おかしい。もしや」と業者に電話すると今日は来ないという。で、不動産屋に電話するとこれから見に来るという。この時点で既に「どーなってんだよ」状態で、アパートオーナーの松井某と中国女(不動産屋の代表?)がやってきてバスユニットを見たけど何をどうやって?の状態。階上には日本語がしゃべれない留学生?の中国女。洗濯機がなくて風呂場で洗濯してるらしいが、自分がどういう立場に立たされているのか解ってないようだった。全く住居問題は深刻且つ切実であって移転するしかないわけね。根本的な解決はさ。
ロフトで天井がその分高いから一階のバスユニットの天井板を外して中に入ったとしても上の漏洩部分に防水をどうやって施すのかしら。
全く豚女のお陰で巫山戯た状況になっている。こんなミニマムで些末な次元でも「日中問題」は存在している。文化の違いとか言語がわからないとか女だからとか一切関係ない。迷惑状況の関係の絶対性だけが問題なんだ。

2005.6.10(金)

梅雨入り。自宅のADSLは雨が降ると通信状態が悪くなる。ネット不通の戯れ言にむかつくわけだが。
アップルがCPUをインテルに変える波紋は様々であろう。なんと言ってもパワーブックのメジャーアップデートが遅延の極みで我慢の限界だって。でもインテルも今後、アップルの要求通りにその期待に答えられるのかどうかは不明だ。
さてこれでまた買い控えが起きるだろうね。っていうかユーザーサイドの移行は大概に面倒なこと。
風邪で咳が続いている。梅雨時は体調が乱れるので気を付けたい。
深夜、さすらいのディレクター・M-Boy氏が来訪。クロスオーバージャパンのライブ以来だった。月末に韓国にCMのロケに出向くという。韓国ドラマ「ホテリア」で舞台になったホテルでビデオ撮影するらしい。仕事で海外ロケ。段取りその他、結構煩瑣で面倒だろう。
そう言えば、帰宅して「猟奇的な彼女」を観た。もう何回も視聴しているのであらすじとかは解っているけれど、チョン・ジヒョンがどうにもこうにも愛くるしい。また観よう。「僕の彼女を紹介します」も合わせてみるといいらしいけど。

2005.6.9(木)

サッカーの余韻残る今朝のセンチメント。

2005.6.8(水)

日本はワールドカップ出場権を獲得!咳が止まらない。喉の奥が腫れている。

2005.6.7(火)

風邪を引いて苦し。

2005.6.6(月)

アップルがインテル、入ってる?になっちゃうのかどうか。モトローラーからIBMそしてIntel へ。どうなるのかな。それから明日未明の2時頃にはMacの新製品が発表されるのかな?

2005.6.5(日)モバイル10338@

若松町モス。無線LANが不通。全く。蒸し蒸し。朝、久々に「サンデープロジェクト」を見たらば慶応の「金子教授と榊原教授」が出ていた。
「竹中プランの実行は金融恐慌への道であって竹中なんてのはペーパードライバーに過ぎず、日本経済を任すなんてとんでもない」と言ってたけど「どーなんですかね?」と田原総一郎に聞かれて榊原教授の弁明はどうだったか。
「えーとですね、金融庁の銀行への脅迫はいかんと思います」とかなんとか学者評論家は得てして自分の発言に責任を取らない。言い放しで尚かつ言い訳を繰り返す。「あのときと状況が変わった。前提が変わったから」とかなんとか。でもさ、そんな外れて当たり前の学者評論家の言動を何の検証もなくテレビが、田原総一郎氏の番組は流して来た。
確かに健全野党的な発言の結果責任をいちいち問うていたらば番組編成など成り立ちはせん、とでも。まぁ「あんた、外れたじゃないか」と言ってくれて田原氏に感謝でもしておきましょう。「経済は難しい。だから専門家にお聞きしたい。」とジャーナリスト諸氏はマスコミでよく仰る。経済解説が当たった試しがないのはどうしてか、また経済評論の問題性についての検証が為されて来なかったのは何故か?マスコミの恣意性に当然、問題の所在はある。でももっと問題の根幹に、その文底に沈められたコア部分があると思われ。それは経済の数値的まやかしに問題の本質が在るのではないか?物事の是非には必ず数値が用いられる。その数字のマジックに人々は惑わされてきたのではないか?文章表現にしてもジャーナリストは数値的証明で文章を構成するのが苦手なのではないか。マスコミの文章は絶対多数に向けての商品である以上、「難解で無味乾燥な無機質性」を避ける傾向があって、人間的興味に数値的裏付けは無縁に為らざるを得ず統計的数字のまやかしのデータへの盲目的無検証が横行しその延長的脱線でもって検証バイアスが必然化しているのではないか。それから経済の数字は全て官僚からのリソースである点に問題の歪みの源泉があって、どうにもこうにも、ではないかしら。民間シンクタンクの出す「数字」にしても然り。経済指標の根本的誤謬性への検証をどうやってやるのかしか?

2005.6.5(日)モバイル10330@

昨日のライブの残響が鼓膜やら脳内神経系統に残っている。心地よい快適性に満ちた疲労感だ。咀嚼オーバーな晩餐会を振り返る。
オールドファンの懐かしのミュージックシーンが再現されるなか、プレーヤー自体は時間的風雪と闘ってきた名残が遺憾なくオンザステージにおいてライトアップされていた。ネイティブサンが鮮烈のデビューをしJazzブームに新たなる一石を投じたのが今から20数年前。音楽は時空を超えた芸術だなと主旋律を吹きまくる峰厚介のソプラノサックスを聴きながら感慨にふける。音楽もやはり同時代的空気を濃厚に吸い込んで吐き出される創造性に依拠する芸術体なんだなと。確かに僕賃は懐かしく興奮するけれど今の同時代の人間があの20数年前の僕賃の鼓膜で聴いているわけないんだ、このライブ空間において。
音楽にジャンルがあってその枠内でかたくなにプレイするミュージシャンは伝統芸能の護持者になるか自滅の衰退のどちらかであって芸能の創造性は常に新たな才能への可能性につながってゆく。その過程に必ずクロスオーバーの領域が存在し音楽の多層的発展へ向かっていく。パーカションとSaxとベースのトリオバンドである「Non Chords」は昨年のクロスオーバージャパン04を契機に結成されたバンドでかなり前衛的な実験性をもっている。チェッカーズのメロディを作ってきた藤井尚之のバリトンサックスにはそんなメロディカルなものを全く感じることができなかった。でもなSaxの音色を何故あそこまで場の雰囲気に飲まれてプレイヤーは汚く吹くのだろう。アドリブにしても全然ストーリー性がない。小林香織のaltosaxもそうだった。メタルマウスで吹けば当然、リード楽器な部分はなくなって金属的な非人間的無機質な音色がでるにきまっていて僕賃は好きになれない。女がパワフルの意外性を狙う自己矛盾にハマる醜態すら感じてしまう。そのアンバランスさは彼女のヘソ出しルックのお色気も実はSax特有のアンブシャーでモンキッキ顔に歪められて可愛そう。Jazzの命は即興演奏のアドリブなんだけど異音を興奮して連発してみたり過激な音階練習(半音の運指練習)であったりで、コード進行とリズムルールの枠内でいかにストーリー性豊かなメロディを奏でることに関心がなくなっては単なる雑音騒音に堕してしまう。
アコースティックギターデュオ「DEPAPEPE」は今後に期待したい。 

2005.6.4(土)10325@

今日は虫歯の日。
午後、代々木競技場で「クロスオーバージャパン05」にさすらいのディレクター・M-boy氏にお誘いを受けて、行く。原宿まで電車で出てテクテク。アリーナ席の最前列にほど近く、巨大大音響スピーカーの真ん前ね。開演1時半終演9時半過ぎの約8時間超の長時間ライブであった。
http://www.crossoverjapan.net/coj/05.html

NANIWA EXP with special guest村上てつや(ゴスペラーズ)
清水興、青柳誠、中村建治、岩見和彦、東原力哉

AB'S
芳野藤丸、松下誠、渡辺直樹、岡本敦男、安藤芳彦、山田秀俊

小林香織 【サブ・ステージ】
小林香織、村上“ポンタ”秀一、笹路正徳、野村義男、日野賢二

ネイティブサン
本田竹広、峰厚介、福村博、宮崎‘イカキン’健、バカボン鈴木、村上寛

Non Chords
後藤次利、斎藤ノブ、藤井尚之

KILLING TIME 【サブ・ステージ】
板倉文、清水一登、Ma*To、斉藤ネコ、メッケン、WHACHO、青山純

シャカタク
ビル・シャープ、ジル・セイワード、ジョージ・アンダーソン、ロジャー・オデル

竹田和夫 クリエイション2005
竹田和夫、樋口晶之、ブルー・バロン、ラリー・ロット、ミック三国

T-SQUARE with special guest マリーン
安藤まさひろ、伊東たけし、河野啓三、坂東慧

DEPAPEPE 【サブ・ステージ】

井上堯之 with friends
井上堯之、ミッキー吉野、渡辺建、樋口晶之、長谷川雅大、藤井尚之、ムッシュかまやつ

高中正義CROSSOVER JAM with special guest 野呂一生
高中正義、斎藤ノブ、伊藤広規、重実徹、難波弘之、宮崎まさひろ

12グループがそれぞれ数曲やったわけでかなりの耐久ライブであった。ステージの模様替えの時間に屋台スペースに繰り出しドリンクや軽い食事をしながらまたアリーナーへ戻るの繰り返し。若干、鼓膜と腰をやられた。久々に音楽漬けの休日を堪能できた。Mーboy氏に多謝。

2005.6.3(金)

こちら一階、二階に中国女が入居。がさつなで狡い連中だ。「契約一人」なのに同棲している。結婚してんのかも知れないが、不動産屋の話では「契約違反状態」のようね。何遍でもクレーム入れてやる。

2005.6.2(木)

梅雨入りかも。

2005.6.1(水)

ネクタイもスーツも省エネルックで脱ぎ廃れろ。
今日から衣替え。月初は忙しい。

2005.5.31(火)

今年も半分近くまで終わった。梅雨のような雨が降って、雨上がり。階上の中国人が不法就労しているのではないか?

2005.5.30(月)

Googleは怖いな。ネットに書くときは固有名詞は書き込まないようにしよっと。自分で書いた記事の中に固有の名称があると一緒にヒットして一網打尽的にリストアップされて当分の間(半永久的に)、閲覧可能になってしまう、しかもキャッシュで残存しちゃうからオリジナルを削除しても瞬間的に拾い上げられてネット上に曝され続けることになっちまって乗せられた側はなーんもできない。怖い怖い。ネットの匿名性やら残虐性の側面だね。書いた側も書かれた側も。一方的なのも問題かもね。

2005.5.29(日)モバイル@若松町モス・9979@

久々、若松町モスへ。一時、閉店の噂があったが杞憂であった。毎週末はここでモバイルやっていたのだがG.W.前から途絶えてた。
トイレがセパレートされて二カ所設置され、うれしいことに喫煙スペースが奥に隔離遮断されてそれ以外は全て禁煙空間になっていた。
ここら界隈は大江戸線が敷設されマンションがゾクゾク建設されていてニューリッチな新住民が増えている。そいつらのライフスタイルはタバコは吸わないけどバーガーは頬張る傾向なんじゃないの。近所に東京女子医大もあって店内の至る所でぶっとい医学事典なんかをテーブルに広げ散らかしてお勉学に勤しむ女とか多いしね。
以前、僕賃を注意(昼時の稼ぎ時なんだからどっか行ってよ、みたく)した小柄で敏捷な女バイトの佐藤がカウンター内側で仕切ってます。誠にスバシッコイです。歯切れのいい早口ながら声が通っていてなかなか仕事ぶりはさすがです。ユ●ちゃんなんかとは大違いです。小さな顔の輪郭に目が大きくてしかも白目が怖かったりして。でも愛らしいとこあります。

2005.5.29(日)モバイル@竹橋タリーズ

さすがにオフィス街の日曜日は閑散としている。このタリーズはにしきばしを渡った交差点のビルの一階にある。ニコチンが切れると苦しい連中のガラス張りされた遮蔽スペースの方がゆったりとしたレイアウトになっているのね。まぁコーヒーって喫茶の文化だからねしゅあーない。
日曜の空間性を考えても住宅街とオフィス街では人口密度が自ずと違うわけで。ビルの谷間の空隙に開放感を感じながら往来闊歩を堪能するのもここ、皇居周辺の醍醐味だろう。お堀の鯉がヘルペスで大量死しているけれど車の往来に目がクラクラしちゃう。14:25:53

2005.5.29(日)モバイル9969@

久々の土曜の深夜、ネットテレビ「丸激オンデマンド」を観る。今回は社民党の土井たか子前党首がゲスト。テーマはもちろん「憲法九条」だ。番組側の宮台センセイと様々、護憲と改憲を巡る「九条」問題が論じられた。論点的には九条の平和的エッセンス堅持と対米追随路線と軍国主義台頭への歯止め、そしてアジア周辺諸国との共栄共存という日本の独自外交に現憲法の「九条的エッセンス」は有意性をもつという共有されうるベクトルが在るにもかかわらず「改憲」でなし崩しな現状打破を主張する宮台に対しあくまで「護憲」であわよくば現政権のレジームチェンジを目指す健全少数野党の党派性を主張する土井の手法上の相違性に学者と現役政治家の違い以上のものが見えてくるのかどうか?
明文理念を統治主体が現実的になし崩してきたお陰の既成事実に併せて解釈改憲の現状から明文改憲へ目論む産業界とその利権代議な政治家そして国家の幻影と省内利益の保守拡大を目論む官僚システムが絡み合ったプレ軍産複合体の胎動を如何にして検証し国民へフィードバックできるか。政治権力の恣意性と闘ってきた土井氏の現実的な政治家の感覚には、多分に、たとえいい憲法を作ったとしても自分たちに都合のいい解釈で一般法制化し憲法理念の空隙化を目論むのは必至である、というような諦念があるのではないか。だから改憲して歯止めを掛けると息巻く宮台センセイ、彼女に「それじゃ、宮台さんどんな憲法に、どんな九条に変えるの?」と聞かれて、オウムライター有田に前頭葉肥大症のぼっちゃん評論家と扱き下ろされたご当人、冗長なはぐらかしを延々とやってしまう彼個人のパーソナリティ固有の病理かそれとも学者一般の本質的問題性の露呈だったのかはよーわからんけれど。
土井氏が言いたかったのは「改憲のプロセス」そのものに多数派自民党の思惑が内包されており、宮台の主張する意味内容は無いようになっちゃう新九条の一丁上がりということなわけね。そもそも憲法ってもんに理想的思想性が無いのであればどんな意味があるのか?現実が変わったからそれに追随して憲法を変えようというその行為の吟味において「だからこそ憲法に精神に立ち返ろう」となる為のものであるはずだ。そして現実的には統治権力が憲法違反やっても痛くも痒くもないという憲法違憲放置プレイをいけんと言ってる。小泉の靖国参拝にしても一票の格差是正怠慢にしても生活非保護にしても憲法違反の行政怠慢はあらゆる局面に顕在化している。だから官僚処罰の明文規定を盛り込んで貰いたい。悪しき官僚打破の憲法改正を大いにやりたい。行政権監督の憲法精神の高揚、そこに通じる一般法制への整備だ。官僚コントロールを憲法に盛り込むべしなのだ。
閑暇休題、土井氏は悲しいかな極少勢力で国会の三分の二もいない。メディアは所詮、多数派に靡くトレンド奴隷な存在であるね。何がブームで何に人気があるのか?それだけ。話題性も結局はパレートの法則で推し量られる。多数序列の上位20%が全体の80%を占有する。優先事項はこの上位20%の連中に特化した施策で事足れり。超多数の80%は斯くして「愚鈍で無用な多数」でしかないが物言わぬサイレントマジョリティとして決定的に搾取される側、所謂、負け組なのね。勝ち組二割の負け組八割って図式にも当て嵌まっちゃう。そして統治する側の合理性はこの80%を分裂統治するわけ。団結されたら自分たちの存在が危なくなるからね。なので差別社会をうまく演出するために「自分は勝つ組か負け組かを自問させ自答において「負け組になりたくない」とほざかせ、絶えずマスイメージには「勝ち組」羨望のイメージを植え込むわけね。嫉妬と諦め憧れが混濁する時代。負け組同士で殴り合わせる軽蔑合戦を煽ることが分裂統治の眼目だもの。嫉妬は同質の間で起こり憧れは異質な領域でしか起こらない。夢と現実のお話。

2005.5.28(土)9957@

朝起きて「空中ブランコ」をビデオ再生で観た。病院の跡取り息子である精神科医を阿部寛が好演。ガードル露出のお色気クールビューティなナース役に釈由美子。空中ブランコが出来なくなった不眠症のサーカス団員に「新撰組」で華麗なる切腹を演じた早大演劇部出身の堺雅人、誇大妄想でストーカーパラノイヤのモデル役に佐藤仁美、先端恐怖症のヤクザ役にナレーションでも才覚を発揮している遠藤憲一らの精神を病んだ三者三様の患者トライアングルなストーリー展開に引き込まれた。阿部ちゃん演じる精神科医は患者以上に常軌を逸した奇異なる行動でそれぞれの患者を相互に絡めながら治療ストーリーをシナリオライズしタスク実行を掛けてゆく。患者が自分の病状を相対化し内的処理を自己転回することで自己否定するのではなくて自己超越してゆく。人間成長を相互に切磋琢磨しゆく治療ストーリーは心温まるハートアンドマインである。
精神カウンセリングばやりな現代社会の精神病理の解決策は丁寧な人間相互の切磋琢磨によってはじめて治癒快方への糸口を掴めるのかも知れない。

2005.5.27(金)9947@

仕事を終えて、会社が加入している年金基金の「説明会」に参加する。

2005.5.26(木)

フジテレビ「恋におちたら」を観る。いきなり取締役になった鈴木島男。実家の立ち退きと最愛の妹を救った島男の決断の背景にはIT業界からの様々なヘッドハンティングのオファーが舞い込む事態に焦った高柳社長の起死回生策があった。投資会社社長役の桜庭(鶴見真悟くん)がリーマンと取締役の違いを「経営権行使の主体と客体」に置き換えてわかりやすく説明する下りはITベンチャー・フロンティを経営する高柳(堤真一)も同義の台詞を吐かせることで相通じている。経営をヒト・モノ・情報の統合的支配ゲームと言い換えて、そのゲームに没頭し勝敗優劣が判明すれば支配関係の明示性は顕著となる。でもそこに「勝ち負け」を度外視した人間ドラマも生まれるだろう。ドラマはカネで作られるがマスに大衆イメージとして配分されるのは「心的メタファ」であってその商品価値を高めるのは感覚的映像の為せる技だ。
ところでメディア論がこのドラマに開陳するのかどうか?題名の割には恋に落ちてる暇は無しのストーリー展開に飛躍やハショリが散見するのだが。いきなりの取締役・いきなりの超ドライで冷酷な手腕発揮。人格の多面性を描くにしてはシナリオの御都合主義な安直を感じずにはおかない。ドラマであってもリアリティを加味させないと馬鹿げたお話になるだけだ。ストーリーの必然性を無視したら全てが台無しだ。

2005.5.25(水)9900@

内閣総理大臣小泉純一郎の靖国参拝を巡って中国と日本の反目を「子供のけんか」という連中がいる。「双方、大人げない」だって。でも問題の本質を捉えているとは到底思えない。
2国間の外交問題にヒートアップしているこの歴史問題にも通じる争点は日中国際関係史をどう歴史的事実と双方の解釈を国益論から分離するかで論点整理の道筋が見いだせる筈だ。全く、国際法廷で論断するしかない。当事者同士で結論的決着などないからね。ヒトラーを擁したドイツの敗戦に模することなく。我が国も中国・韓国と仲良くやるしかない。戦後補償でもなんでもかんでも。一面に於いて安保にしても日本は恵まれているのかも知れない。そもそも太平洋戦争終結の流れで戦勝国側のシナリオで「東京裁判」が開廷され昭和天皇に一切の責任を不問にする代わりに敗戦国民を占領統治していくスキームを追求するかに尽きていた。思うに自国民が自らが巻き込まれ参加した戦争を自己総括していないことに尽きる。敗戦を終戦と言い換える国民感性こそが戦争責任者を弾ずることも出来ないし、そんな歴史への無責任さが政治に反映されている。<br> さて、表現はすべて思想行為であるからだ。認知し解釈し表現する一連の思考行程は全て思惟が介在し価値判断から分離剥離不能であって「ワンフレーズ・ポリティックス」の小泉ソーリにおいておや。加藤紘一代議士が「総理は直感型の政治家であり一度思ったらぶれない」と語ったけれど悪く言えば独裁そのものであって独裁は打倒するしかない。自己変革はあり得ないからね。自己崩壊はあっても。<br> さて、そーり所属の森派は「神社派閥」だからね。政教分離にも甚だ抵触するわけ。憲法裁判所がとにかくソーリの参拝を仮差し止めしなきゃね。中国が韓国が何と言おうが我が国の憲法に違反する小泉の参拝は絶対に反対であるね。</p> <p> </p> <p>2005.5.24(火)<br> <br> 雷雨が今日もあった。梅雨は6月などと「平年並み」の気象常識が何回も覆されて天気は気分に左右される。気分も天気に左右される。<br> 梅雨冷えのようだ。<br> </p> <p></p> <p>2005.5.23(月)<br> <br> 中国の副総理、中国?外交戦略か。</p> <p> </p> <p>2005.5.22(日)モバイル9774@<br> <br> 曇天、雨パラパラ。ところが日差しが、そして蒸す蒸す。<br> 土日休日はなるたけオタクにならないように外出している。デイパックにアップル・ノートパソコンのパワーブックG3・俗称「PISMO」を忍ばせて。我が愛機は無線LAN機能が使えるのでホットスポットのエリア内でモバイルネット接続ができて実に快適なのだが、駅の中や公共空間にそんな空間がないのは残念だ。地下鉄の構内も利用者数の割には全然、イスが少ない。そんなスペースに「無線LANがご利用できます」と言われてもこれじゃ「羊頭狗肉」のまんま。モバイルの空間性はやはり流動性に優位されて定点休息は度外視なのだろうね。<br> <br> そう言えば下田では昨日、ペリー来航を記念して「黒船祭」が行われたそうな。黒船来航が日本の近代化にどれほどのインパクトを与えたかは歴史認識の問題だろうが、ペリーの来日目的は当時の日本にとっては武力行使を背景とした外圧であった筈。そんな出来事を祭りで祝うというその神経・その歴史的想像力の欠如はやはり、日本の文化的特異性にあるのかどうか?コロンブスが米国大陸発見でネイティブなインディアン原住民が虐殺される嚆矢を作った歴史的基点において侵略する側、される側の相克を綯い交ぜにして混濁理解の思考停止は顕著だろう。ペリーを日本の封建制からの解放的使徒に祭り上げて、日米の友好的国際関係の事始めであったとする歴史の歪曲に根ざしたお祭り騒ぎはやはりおかしいのではないか。ペリーの子孫が招待されて彼らは税金で招聘されているわけで歴史認識の相対性が醸す認知的不一致が公共性を侵害している可能性は大いにあって、過去の経緯(イキサツ)、事の経緯(ケイイ)に目くじら建てることなく、今日的には問題なしの所与性に与された認識程度であるならば大きな問題を今後に禍根として残すだろう。多分、天国のペリーは驚いているだろうね。侵略した自分を慶事の当事者として侵略された側の人たちが祝意で表してるんだから。全く、歴史的事実は全て祝うべきもんじゃないだろ。おかしな事だ。強いモノには巻かれろ。もののふの武士道国家の日本の文化性やら精神性やら伝統性やらはどうーなっちゃったんだ。役人の現実事務処理の一環とすれば公僕ならぬ公賊だろう。<br> <br> 昨夜、東京農業大学の小泉武夫教授が民放の番組で「講義」していた。日本の古くからの食文化を守れという文化防衛論的言動を発しておられた。豊富な無機質のミネラル大国の我が国日本の食を守れ!我が国日本の食文化の原点へ戻れ!その復古的な色彩の主張にはなるほどとは思う。でもさ、食文化云々ではなくて食の安全性が最優先なんじゃないかしら。教授の言われるハショッた食通の俗物的知識だけでは当然持って表層的浅薄は否めない。食文化の多層性を「昔はいいもの食っていたからまた食え」だけじゃね。この教授の珍味漁食な紀行記の愛読者でさえ異を唱えるだろう。全く食の安全性が最重要だよ、ってさ。発酵学の権威である小泉武夫教授は誠に食べ物に関して博学でいらっしゃる。著作も多数で食いしん坊としてテレビでも良く見かける。タレント学者なのだろう。僕賃も毎日新聞に掲載されている教授の「コラム」を愛読している。しかし自分の専門分野でもない学者のメディア発言の危惧は今後、メディア検証のコア部分として精査されるべきだ。翻って専門分野に於いては更に峻厳な精査は言うまでもない。何故なら学者の研究費と生活費は自ら稼げない非生産性の生業的運命論への帰結であって、そこからの脱却は金輪際できないのだから。経済的不如意に大半の学者は収斂されゆく存在である。職業としての学問の今日的問題性は根深いのである。官学と産学の相克と癒着。これからもメディアに多忙な真実軽視・真実歪曲の御用学者の跋扈は止まらないであろう。真なる知性はそんな権威を憑依した知の欺瞞を痛烈に見抜き批判する事であるはずなのに。頑張れ潟大・準教授!利益相反の矛盾に敢然と立ち向かえ。些末な性事に揚げ足取られるな。<br> さて郵政民営化の国会紛糾な昨今においてこの民放番組はキーパーソンの竹中大臣を出演させて「経済学」を講義させた。隔靴掻痒であったよね。何故に「少子化問題」でごまかすのか?政治的争点に対して娯楽番組でも大いに自説を開陳するのが代議士でもある大臣の責務であった筈だが局側の経済論理が最優先の大衆見下し迎合番組の一丁上がりであったわけね。何が「世界で一番受けたい授業」だってーの。<br> 大学の危機が囁かれているけれども、中国の学者が大学のゼミにやって来たとき、恩師は「大学の最後の砦はゼミである」とおっしゃっておられた。マスプロな有名大学のゼミ体験の無い学生など学生ではないのではないか?少なくとも学びの権利放擲であり学士に値せぬ。<br> 希望ゼミの説明会で先輩ゼミナリスティンに「はっきり言ってこの大学の先生は勉強してませーん」とかまされつつも研究室で勉学に勤しんだことを懐かしむ学究の徒は幾重にも存在するというのにである。<br> 権力批判・体制批判・民衆の公的利益擁護の真実の味覚をごまかす安易で口当たりの良い、まるで氷砂糖のような「知識の断片」を人気の著名有名なタレント学者を使い大衆メディアが流し、「知識」を支える思想性を抜け殻にし、思考の忍耐性を希薄化するメディアに踊らされることの無きように。<br> </p> <p></p> <p>2005.5.21(土)モバイル9740@<br> <br> 気温もさほど上がらず曇天の土曜・休日。<br> 今時これほど便利で簡易なコミュニケーションスキルのメールも送受信の双方向性に於いてはかなり感情的亀裂の原因になりかねない。利便性の罠だね。とにかくメールの送信内容はとかく一方的に陥りやすい。太字ボールド・赤字アンダーラインといったアクセントが無闇野放図に書き綴られ自分の言い分の絶対正義だけの羅列のみな稚拙お粗末論外無益な堂々巡りの感情劇場になっちゃう。無神経なメールに感情の波風を立てられてREの応酬合戦でもって「Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:.......」<br> ネット上の中傷合戦もネット人格の暴走の為せる技か。</p> <p></p> <p>2005.5.20(金)9736@<br> <br> なんとなくペースが掴めてきた。今日は売上の締切日。どうやら全社で予算達成したようね。数字の相対性に一喜一憂の民間戯れ言節。僕賃も人から注意されるけれど管理業務の特にロートルの目に余る能書きブー垂れにはイチイチ関わり合うのは御免だ。たった数十人の中小零細な企業にとって会社の組織をデザインしたところで職務の責任所在など有象無象の美辞麗句な空虚だってーの。認識と評価。所詮、組織は人事と予算。「あれもできないこれもやらない」のおふざけロートルの跳梁跋扈の専横を罷り通らさなければ今日的な惨状は生まれなかったのではないか。<br> だから若手やる気な連中も自然に脱力無力を感じて諦念諦観な迷走を繰り広げるだけだ。業務命令の発令もできない組織に明るく楽しい未来はない。そんななし崩し的他者配慮は「罪を憎んで人を憎まず」赦免の論理か。罪科相対主義と罪科絶対主義の相克。小泉首相が自らの靖国参拝の正当性を主張するに、中国の批判に対しての物言いね。<br> 翌日の朝日社説では「罪を犯された側・裁く側の論理」でお門違いも甚だしい、とあった。多分、戦後、日本の中で戦争責任を統治権力を司っていた為政者らに問わなかったから今も引きずる問題になっている。ナショナリズム宣揚側からすれば「戦争責任も限定的に敗戦責任しかない」、となるのだろう。太平洋戦争は米国の仕掛けた側面が強いよね。当時、日本が行っていた中国・朝鮮への侵略的武力行使の正当性はあの時代状況ではかなり隠微であって自存自衛的側面がゼロであったわけではない。しかし極東軍事裁判で「平和」「人道」への罪科として日本の戦争指導者を裁くにしてもはじめから昭和天皇が除外されていた、二発の原爆投下と主要都市への戦略爆撃による非戦闘員の大量虐殺は問われずの一方性は戦後処理の合理性に貫かれた「法の真理」を蹂躙冒涜すると主張したインド・パール判事の判決の通りだ。<br> <a href="http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/0815-pal.htm">http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/0815-pal.htm</a><br> しかし、敗戦国・日本がポツダム宣言を受諾し無条件降伏した成り行きに関して戦勝国の思惑通りに国際法廷が利用された歴史的事実には峻厳に対峙すべきなのだ。<br> 戦後60年目の日本に於いて国家主義的な偏狭的な「愛国」がこれほど内政的に高まったのは初めてではないか。北朝鮮・韓国・中国への日本から見た眼差しはこれからも先鋭化する様相を呈するだろう。<br> 歴史に学ぶ、その難しさは一市井に生き行く個々人に当てはめても然りだ。被害妄想の国家的拡散を中国や韓国に見るだけでなく日常茶飯事な個々人の生活空間に於いておや、だ。固定観念の視野狭窄、顛末は顛末を呼ぶ。こんなちっぽけな事象に於いてさえ、だ。</p> <p></p> <p>2005.5.19(木)<br> <br> 「恋におちたら」面白かった。</p> <p> </p> <p>2005.5.18(水)<br> <br> 今日、夕方の雨上がりに大きな虹がでていた。平原綾香の「虹の予感」の歌詞には予期せぬ恋の顛末。自分の運命を未来を自分の努力で滞りなく切り開いてみせる、勝ち取ってみせると丈夫調の平安風味を深く味わえる。期待感と言うよりも予兆を楽しむ自動生成為る時空劇をパースペクティブな視野感を持った客席に深々と体毎沈めて待つ。<br> </p> <p></p> <p>2005.5.17(火)<br> <br> 銀行員来社、融資の売り込みに来たようだ。私募債やシンジケートローン。賞与手当やら。</p> <p></p> <p>2005.5.16(月)9589@<br> <br> 長者番付の発表があった。1位は30数億円を納税した40歳代の投資顧問会社の運営部長だった。年収100億円らしい。上位リストにも金融関連がズラズラ。これから株式投資が爆発的にブームアップで再浮上するだろう。僕賃も先日、出入りの銀行員から「投信」を勧められた。うまい投資話が花盛りだ。儲け話を煽るマスコミは今、流行りの「スローライフ」をいつしか吹き飛ばすだろう。所詮は商業至上主義であって儲かってナンボだからね。金持ち礼賛羨望番組から「如何にして儲けるか」の番組になるんであって。退職金ガッポリ貰った団塊の世代の定年後の悠々自適は大半大概はテレビの前に座って暗示に掛けられて洗脳されるわけね。そこに年金だけで大丈夫ですか?折角の退職金を安全でちょっとずつでも利殖しましょう。定期預金に入れても利息付きませんからねって。<br> 「カネカネカネ。カネが全てを変えるし買える。」by wirten CindyLauper</p> <p></p> <p>2005.5.15(日)9534@モバイル・夕立にあって<br> <br> 高田馬場・白ゆりにて。地下鉄から地上に出ると夕立だった。取り敢えず一時避難しようかと思った。<br> 「『噂の真相』25年戦記」(岡留安則著)を読み終える。久々面白かった。今、悪戦苦闘中の「魔の山」の閑暇休題的読書として快読。読み終えて、爽快感すら感じた。<br> 本書は今年の1月に刊行された噂の真相・編集長の岡留氏の雑誌メディア論的回顧録のような仕上がり。月刊雑誌「噂の真相」は反権力、スキャンダリズム・ヒューマンインタレストといった従来の組織的商業主義が扱えない切り口のユニークな存在だった。「文藝春秋」に次ぐ月刊雑誌の販売数第二位は単に暴露雑誌で売りまるくだけではない「噂真」イズムを貫徹した骨太の雑誌として25年間に渡ってカルトな読者を獲得した成果であったという。br> 僕賃としてはネットテレビで休刊に際して岡留氏本人が出演の番組を視聴していて飄々とした風貌、言説にもかかわらず筋金入った言論人の気概がやたら印象に残っていた。<br> この雑誌の魅力は他誌に類を見ない32文字の「1行情報」や「週刊紙記者匿名座談会」といった岡留氏の「編集長」としての気概を強烈に感じさせる編集方針の貫徹に裏付かれていた企画に顕著だ。
氏に言わせると「本多勝一」も「田原総一郎」も大新聞も「書く側・批判する側」としてだらしがないと一刀両断だ。<br> 惜しい雑誌が消えた。今後「噂の真相」のようなタイプで「メディア時評」のようなメディア内部からのインサートされた迫力のあるコンテンツが内部告発の正当な受け皿メディアとして出現することを切に願いたい。<br> さて、特に取り上げたいのは氏の言う「ヒューマン・インタレスト」だ。僕賃の学生時代に朝日新聞の一面コラム「天声人語」を執筆担当し急逝した深代惇郎を卒論のテーマにして築地の朝日新聞本社へ友人だった当時出版担当取締役の涌井氏に取材した際、「深代の『天声人語』は人物論が非常に良かった。彼は『新聞記者を辞めたら伝記作家になりたい』言っていたよ。それだけ人物に関して得意だった」この言葉が印象に強く残っていて岡留氏の言う「ヒューマン・インタレスト」即ち「人間的興味」を刺激する文章表現こそが最大にして最高に読者を引きつけ魅了するエッセンスであるように思う。ただ、それに反権力にしてスキャンダリズムが渾然一体化されるとどうしても下世話な「虐げられた一般大衆のルサンチマンの捌け口」に矮小化される危険性はある。小資本の出版社がゲリラ的に社会的時代的にニッチな先鋭メディアとして自らの存在意義を世に問う闘争姿勢を編集方針に持つことはジャーナリズムの状況のジャンダルム的意義は深い。だが、深代の「人間的興味」は書く側をも納得と説得を醸すバランス感覚をもっていた。匿名のニュースソースの裏付け取材の困難性を安易にジャンプしても「噂」をジャーナルに載せる意義を優先させたことは満身創痍なる法的措置の累々たる惨状に露見していることではあるけれども。またしても「言論の自由」「表現の自由」を考える契機になった。<br> ただ、「人間的関心」を置き換えて考えるに「その人物の生き方」ではないかと思う。悪しき生き方を糾弾する言論攻勢と偉大にして敬意すべき生き方を賛否するコラムの違いだけかどうか。人間をテーマにする人間史観こそこれからのエポックメーキングであるべきだ。そんな編集方針の雑誌が出て欲しい。サブカル路線やゲリラ路線にしても結局はマス・コミュニケーションの限定性やら制約性やらの呪縛からは脱却不能ではあるけれども。</p> <p></p> <p>2005.5.14(土)モバイル9497@<br> <br> 低温続きな土曜日の昼下がり。今週一週間は忙しかった。エンドレスルーティーンなる日常性の澱を積もらせながらも些細で些末な異変に今までのパーターンの改竄を強制される焦燥感ってあるよね。<br> 丸谷才一「たった一人の反乱」にもあるし村上春樹の「風の歌を聴け」にもそんな記述はあった。この異変の繰り返しこそが実は人生の最もビビッドな内実を顕在化させるエピローグだろう。<br> 今回の異変は職場空間に於いて起こった。しかしながら日常性に包摂されて今後、流れていくであろう。時空の彼方へ。同質等質の生活の流れへ。<br> 有り余る恒産を保有していても大いなる自己実現を所与性において獲得しつつあったとしても社会と自己との介在性を完全に遮断できない。そこには時間論も存在し本質論もまた然りだ。社会的認知の為せる技こそが歴史意識へ収斂されて自己なる現象の本質性は鮮烈に顕在するのだ。

2005.5.13(金)9494@<br> <br> 最近、出社前にテレビをダラダラ見なくなった。その理由は番組キャスターやコメンテーターらの正論正義な主張の噴飯さにある。朝っぱらから偉そうな評論屋の無責任(決して自分たちは直接的に関係ない)な物言いに言ってる中身ではなくてそのスタイル自体に嫌悪が増長されるのだ。専門家でもない彼らが番組進行上の流れで意見を求められて意見を言うそのシステマティックさにむかつくのだ。朝から正論正義で怒りを煽られるのが我慢ならなくなった。<br> なので新聞を少しは精読してみる。今朝の毎日の朝刊にバーチャルな嗜好から生身の女の子をターゲットに悪さをした男の弁明がルポされていて興味を引かれた。ネットのバーチャルなファクターやお人形さんでは「受け入れてもらえない」だから生身の女の子を襲ったという。小林薫も最初は連れ去った女の子の宿題を手伝ってあげたりして受け入れられていたようだが。今度は同じ小林でもビジュアル系の24歳の金持ちボンボンの性倒錯な事件。月の仕送り40万でマンション暮らしの大学浪人崩れが性の狩人を気取っていたらしい。得意の拳法で女の子に暴力を振るい首輪を嵌めて部屋中引きづり廻し「ご主人様」と呼ばせていた。こうなっては「受け入れる」とかの次元ではなく事件分析事件検証のメソッド自体に問題欠陥が露呈した。「模倣犯」の「スマイル」こと網川くんっぽいよな。</p> <p></p> <p>2005.5.12(木)<br> <br> 「取締役 島耕作」反日感情あらわ!</p> <p></p> <p>2005.5.11(水)<br> <br> 非常に忙しい一日だった。</p> <p></p> <p>2005.5.10(火)<br> <br> 今週は多忙。仕事に閑暇休題だな。</p> <p></p> <p>2005.5.9(月)<br>
痴漢防止で女子専用車両が今日から一斉スタートらしい。男女平等に違反だとか「必要悪」を認めつつも根本解決は男性の意識改革にあって専用車両に乗らなくて痴漢に遭えばその被害者の責任に転嫁される。そしていつまで経っても女性は隔離され続けると東大の上野千鶴子教授のコメントがあったっけ。そのうち女性専用電車のようなモノが出てきて特急・準急・女専みたく電車丸ごとの痴漢防止電車になるのかな。</p> <p> </p> <p>2005.5.8(日)9282@<br> <br> 日曜出勤。東京メトロ東西線車内にて。我がパワーブックは液晶画面が14インチなので隣の人間とのスペースは左右で微妙だ。座席周辺がゆったりとしてないと気が散るのは否めない。<br> 昨日、会社で2階から4階に移って、LANと電話回線が開通していない。週明け明日の月曜日を控えて予め十分に段取っておきたいところだ。引っ越しのどさくさで未処理案件が何件か残っていた。<br> 連休明けのスケジュールタイトな事態は今週いっぱいで目処にしたい。<br> 久々の肉体労働の疲労感と昨夜は遅くまで安ファミレスのサイゼリヤで痛飲していたので若干のアルコール残存感覚がある。<br> 着飾った母娘、大きな声で慎み深げでもなく口喧しい遺伝子関係だこと。折角の正装も外見からしてオジャンかもよ。<br> しかしケイタイのせせこましいったらないぜ。画面とにらめっこして賢い風貌もオジャンかよ。あの画面サイズに猥書化されてダウンサイジングの必然化。<br> 出がけにフジテレビの竹村健一常駐時事問題番組である「報道2001」をちらっとみればゲストに葉千栄氏が出演していた。なんとも髪型もきっちりセットして説得力のある話しぶりね。菅直人前民主党代表や親米岡崎やら西部邁やら高村元外相やら。<br> その中で多国間に於いて歴史共有ができるのかどうかで緊迫した千栄氏が「できるわけ無い」という司会者に「そんなのは無知だ」と決然と言い放った。議論の道筋をつければいいだけじゃなくてフジテレビは社論のような愛国主義的な傾向が先鋭的にあるからそうなっているんだろうしグループの新聞社でさて自説を臆面もなく「正論」などと傲慢だよな。ナショナリズムの宣揚には過激で在ればあるほど効果的だというのが通説となっている。<br> 本来、中国韓国からすれば侵略戦争を日本からすれば大東亜共栄圏の自存自衛の聖戦だという歴史観ってものがあって侵略される側と侵略する側と立場の鮮明化でもって時空共有の歴史的事実を客観的事実の思想的空白に染め直したところで国家観の利害相反の超克などあり得ない。<br> 世界が統一されて世界連邦共和国なるユートピア社会が実現されたとしても地域的内紛は間断なく継続されているだろう。民族的軋轢はいっかな解消されないわけだ。また種々雑多な宗教が統一原理による抜本的融合だの統合だのするわけがない。帰納法ではない演繹的信の体系が不可分為しにコングリマリットに落ち着くわけがない。総論では口々に「みんな仲良くしよーよ」と言うけれど各論では「戦争」しか解決がないってことだけ。<br> </p> <p></p> <p>2005.5.7(土)<br> <br> 会社2階から4階へ移動作業でへろへろ。「何人もの船頭のお陰で」疲れた。メリットは狭くなってみんなの顔が分かるようになった?3階と4階とで分離されていた事業部が一同に会したフロアーに呉越同舟かよ。<br> あしたもがんばろう。

<p></p> <p>2005.5.6(金)<br> <br> 会社で引っ越し(2階から4階へ)で社内各フロアがその前準備で忙しい。夜はクドカン「タイガードラゴン」を楽しむ。空前の落語ブームらしい。宮藤官九郎のお陰だね。</p> <p> </p> <p>2005.5.5(木)モバイル9168@<br> <br> 列車脱線事故を巡る報道がある方向性に於いてヒートアップしている。これだけの大惨事でこれだけの人命が奪われた。被害者の遺族知人は血に飢えた復讐者に成り下がるのかどうか。<br> 事故現場でJR職員を罵倒し怒りをぶつける初老の男の「暴言」をテレビが延々放映するやら、記者会見で「命よりも親睦が大切なのか!」事故当日に多数の死者が出てもボーリング大会を開催し宴会も盛り上がった事故現場区間の車掌達の職域意識の非人間性追求やら、事故車両に乗り合わせた2名のJR社員が人命救助もせず去った云々やら、今朝の毎日、106名全被害者の氏名と顔写真入りで紹介するやら。事故を巡るどれもこれも「事実」には違いない。被害者の感情を扇情し徒に拡大させてもまた事故は起こる。そして同じ事の繰り返しをメディアはやってきたじゃないか。事故の真相究明そしてその本当の本質的な問題性を徹底的に掘り起こす調査報道を冷静に行うべきだ。報道がバラエティ化したのは「オウム事件」からだという。安易で安価な番組制作サイドの経済効率最優先の全くJR西日本と同じ組織体質の同根を垣間見る現象だと思う。そんな同病者が相哀れむどころか正義の味方でエラそーにと思うには僕賃だけでは無い筈だ。<br> マスコミは人の不幸がメシの種なんだなって、当たり前のことを当たり前に思い返す。だから厳しくこの報道機関の人倫意識を監視しないといけない。下手をすると現場のまじめな鉄道マンが今行われる扇情的な報道を苦に自らの命を奪うかもしれない。報道のヒートアップの自己批判は終ぞメディア内部で起きた試しがない。ヘリは墜ちる、ジェット機は事故寸前、電車はオバーランに脱線、新幹線もいつ事故が起きてもおかしくない。この国の社会が人命よりも優先させてきた価値観の蔓延が企業倫理を蹂躙し不安で恐怖な社会状況を創出しているのだ。

p>2005.5.4(水)モバイル9147@

17:28:58<br> 高田馬場駅入り口地下中二階、白ゆりにて。水の補給なしでトレーニングしたので異常な喉の渇きを覚える。未必の故意か確信犯か村上くんの所作は監視が必要だ。さて新たな女性会員がコイダコーチの指導を受けていた。彼女、ぱっと見、自殺した韓国人気女優イ・インジュにクリソツ。<br> さてここ白ゆりは飯田橋にもお店があって全くの地下なんで飯田橋店のような駅のプラットホームの遠景を楽しめない。ニコチン亡者の退廃的な煙がやはり煙幕になってる。でもゆったりとしたボックスシートとソファタイプのシートはじっくりマックライトするのはいい感じだ。結局、密室性を求めるしかないわけね。時間帯を見定めてまた来るか。<br> さて350円の生ビールをグラスで頼んでリラックス。テーブルの高さが最適だよ。これは実にいい。ここでは食べちゃ駄目だ。みんな高すぎる。コーヒーとかビールでごまかせ。雰囲気がレトロ調というか純喫茶というか妙に落ち着く。懐メロ感覚か。それから薄暗い照明もいいかも。<br> <br> </p> <p> </p> <p>2005.5.3(火)モバイル9105@<br>
この日はまことに意義深き日である。「5.3までに僕はこれこれを成し遂げます。戦い抜きます。」集団状況で個人的目標の達成への決意を発表し有言実行するための時間的制約を解除する術はないけれど精神的高揚は押さえるとができないといった感じ。何事も時を知らねば挙に出れぬ。洪水が来る前に方舟は造るべきであって。「スパイゲーム」でロバート・レッドフォードが自分の秘書に言ったよね。<br> 準備してなきゃ休日になっても流されるだけ。だったらうまく流されてみたい。
随分と大量の夢を断片的に見た。でもうまく思い出せない。<br> お釈迦になった内蔵メモリー512MB 。今買うと約二万。グリーンハウスのメモリーはもう買いたくない。また壊れるだろうから。だから約二万の緊急出費となる。<br> まぁカネの話はいいや。<br> </p> <p></p> <p>2005.5.2(月)<br> <br> 今日は普通にいけば「休日」なのだが勝ち組以外は大概、「出社」日であってNHKは「ゴールデンウィーク」とは言わず「大型連休」と呼称するその理由を「誰もが目出度くゴールドな気分に浸れるわけではない」からだそうだ。「収入の多い方が休みも長期化」こんな報道が垂れ流されていなければ気づかなかったのにね。GDPをずーっと消費税3%で計算していたどこぞ役所のような訂正も謙虚にやろーよ。<br> いい天気がこの休みの間は続く。慶賀の念に堪えぬ。<br> 月曜日が金曜日の開放感。</p> <p></p> <p>2005.5.1(日)モバイル9028@<br> <br> 憲法記念日も間近に控えているけれども改憲を踏まえた憲法論議は国民論議に発展しないと嘆く憂国憂い顔の有識者は数少ない。国民意識として「憲法意識」というものが鮮明に時代意識に立ち上っていないと思われ。だから自民党の憲法思案のようなものが罷り通って強行採決できるように「手続き論」の変更を急いでいる。外堀をまずは埋めないといかんよねといった目論見。その思案にはやたら「国民の義務」を書き込んだおかしな趣向が散見していて憲法ってものが「統治権力」の歯止めとして規範力を持つことの無理解というか御都合主義な作成側の結果的未必の故意かよ。なので「それは憲法違反だ!」と詰め寄られるのは政権党政府なんであって一般人が「あんた、それは憲法違反だよ」というのは言語整合性がないよってことらしい。憲法精神逸脱を正せるのは直接的には統治行政オンリーだということであって。個々の逸脱行為にはそれぞれの六法全書の中の適用条項があるんであって。一般法律と憲法の違いはそんな感じ。だから国家意識が希薄であったならばその国の憲法ってもんを思索思案できないってことにもなっちゃう。国家意識を知るには歴史ってもんが最重要であると小室直樹氏は力説している。<br> 幸福な人生、満足のいく生活をこの国で暮らすことで達成させるために国にどうあって貰わないといけないのか?自分を含めた国民全員に対して国がどう関わっていかなければならないのかという視点視座に於いて憲法は関係性を有している。<br> 法意識というか法の持つ規範性にどれだけ今の同時代人は意識を持っているか?法治国家であるが故の「法の下に平等で法の支配に甘んじる」良民たる僕たち市民の憲法って何?
でも官僚の腐敗の構図は法執行者らが恣意的に私利私欲でもって法意識を放擲している証左であって。いい法律良い憲法が折角あっても統治権力者側にその履行義務を無視あるいは軽視していたんでは、どうにもこうにもだろう。今の憲法を本質的に残せば何やってもいい状態かも。<br> だからこんな立派な憲法を守って来なかった結果、現実的時代相が憲法理念と全く乖離してしまったので、「現実的じゃない」から「時代相応」の憲法に変えましょうということ。で焦点は言わずもがなの「憲法九条」なのだ。では「九条」って何だ?以下全文引用。<br> <br> 第2章 戦争の放棄<br> <br> 第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。<br>   前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。<br> <br> 憲法九条の目的は「戦争の放棄」にある。わざわざ第二章に丸ごと九条を包含ているその文脈上の整合性に明らかだ。ではその戦争を放棄するためにこの条文が明示しているその思想性とは何か?それこそ第二段の「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」である。つまり、一切の武力を保持しないし、国の交戦権も一切認めないという非戦的戦略である。これが九条の法的エッセンスである。この条文が破棄されて尚かつ九条を残しても何ら「九条」ではなくなってしまうのだ。そして問題なのは「戦争の放棄」を掲げながら武力保持を「平和目的」に行使してもいいという論理矛盾を敢えて犯す危険性を軽んじる昨今の風潮である。<br> 戦争とはどんな状態なのか?いい戦争と悪い戦争と本当に区別ができるのか?多分にこの憲法が公布された1941年の時代状況が国民意識に於いてそれは統治権力側も含んだ実体験に基づく強烈な「厭戦意識」の発露がバックボーンにあって「戦争の放棄」がそれこそ一億総意で在ったのではないか。原子爆弾を2発も浴びて壊滅的打撃を受けた神国日本の幻影的狂信的国家観も全壊したのだ。如何に「本土決戦」が戯言のスローガンであったかの証左であろう。B29に竹槍。全くのナンセンスであった。しかし、日本が敗戦し「奇跡が起きた」と小室氏は語る。<br> 驚異の戦後復興を神風的に後押ししたのは「朝鮮戦争」であった。このとき「九条」がなかったならば、占領国米国に再軍備とその出兵要請に屈してまさにデーモニッシュなる軍産複合体が産声を上げて日本の「奇跡の経済復興」は成し得なかった。この歴史的事実は誰人も否定できない。それは「ベトナム戦争」に於いても然りである。湾岸戦争もアフガンもイラクも然りである。九条の歯止めが辛うじて有効性をもっていた。日本は巧妙にも血を流さずしてやったりであった..........。<br> やがて米国も気づく。「なんで日本をタダで守ってやらにゃならんのだ?」自衛隊もあるしカネもあるし。もっと武器を買わせて自衛隊を戦場に送って寄越せ。それが日米同盟だろ。国内においてもポピュリズムが政治に蔓延しネオファシストの小泉が人気政治で改憲をブチ上げてきた。ポストは福田が暫定そして岸DNAの安倍晋三が。その前に政権交代で岡田でも小沢でもない菅直人総理の誕生はあるのかどうか?<br> さて占領国が「押しつけた」憲法に守られて外交的マキャベリズムに肖って米国に防衛して貰いながら内政的経済効率性をどんどん上げていく事だけに専念できたからこそ今の日本の経済成長が成し得たのだ。これこそ憲法のお陰じゃないのか。自衛隊を国軍に昇格すれば靖国・君が代・天皇が全部、リンクして単なる普通の国に堕すわけだ。その要諦こそ「九条」改変である。戦争が国家の暴力行使であるならば平和は非暴力行使の文化行為であるし民衆レベルの文化相互交流を基底にすべきだと思われ。</p> <p></p> <p>2005.4.30(土)モバイル9012@<br> <br> いつものモバイル拠点・飯田橋Cafe di Expressoの無神経な冷房で風邪気味なる前に退店。この「タイテン」なる響きは地獄行明示の怖さが在るけれどビビルな退転者。寝てるだけでもいかんて?闘いは一生エンドレスだって。
気になることがあってhotspotに接続する度にイチイチ「情報漏洩のあるサイトに接続しますが、それでも繋ぎますか?」とアリバイ言い逃れエクスキューズなアラート(警告)が今度の新OSにアップしてから出るようになった。まじめなMacユーザーは今後一切HOTSPOTは利用できんね。難儀な事だよ。ネット接続の危険性を告知してくれるよりもその危険から回避するためにはどうすればいいのかを告知してくれでしょ。
閑暇休題。なぜに竹橋はこんなに人出が多いのかしら。出入口が前と後ろだけなんで長い東西線の端から端までテクテクテクテクこれまた難儀なことだよ、全く。<br> 15:10:03<br> 毎日新聞とうきょう支局入口前の禁煙コーナー席に座ってパワーブックライト。皇居お堀前のパレスサイドビルディングの一階。連休中ということもあってアーケード街は殆ど休店だ。気に入ったのはイスがソファタイプで座り心地がよろしい点。難点は目の前を往来の人々ね。人為的に視野狭窄になるしかないかい。空間の閉鎖性と封鎖性か。<br> 18:02:22<br> 中華元園にて。客は僕賃一人なり。開店したばっかのようね。ここはコース料理で家族連れが休みの日は多いから五月蠅いのが玉に瑕だった。新入りの中国人女性のバイト嬢がイオン水で窓ガラスの洗浄。彼女はまだ日本語が十分に理解できていないようだ。</p> <p></p> <p>2005.4.30(土)モバイル9001@<br> <br> 連休第二日目。Mac新OSインストール大会、終えたにもかかわらず「トロイの木馬」騒動勃発。マカフィー先生の診断で明らかに為るもシマンテック先生の告知のよればこの種に関してはMacは「影響なし」とのこと。そもそもWINのセキュリティ穴からの侵入可能が該当なだけに。不可視ファイルをMacの検索機能で掬い上げさっさとゴミ箱消去で一応、直後のスキャニングにも引っかからなかったわけで。シマンテックに大いなる商機到来だよな。マイクロトレンド、大きなチョンボでね。念のためHDボリュームを昨夜から夜を徹してスキャンし続けるも延々、いつになったら終わるの状態だった。しかし、WINは難儀ですな。Macでよかったわい。
さて今回のOS10.4(tiger)の使用雑感でも書きますか。<br> まずは起動が少し早くなった感じ。スポットライトは延々、索引を作り続けてた。キーワードを入れてリストが出てくる。でもこれが使えない。わざわざOSの目玉でもなかろうに。ダッシュボードもあんまし意味無いかも。もっと日本対応にしてくれ。シャーロックが何時しか消えたようにこれも消えるだろうな。一番、がっかりなのは今回のQuickTime7だよ。従来通り使えてその上で機能アップでなきゃ。ハイビジョンな動画が使えるようになったって関係ないって。Pro版も追加料金的に3400円也。Mailが結構、使い勝手がよくなったとか言われてるけれどもアントラージュ使ってる僕賃にしてみればどうにもこうにも。インポートもアカウントには対応してないんだからね。延々終わらんわけ。不具合はATOKだね。さっそくアップでデートでOK。賛否両論200の新規機能って大半は不可視なんじゃないかい。あとはG5とかにいいのかも知れないね。まぁアップル固定資産税とでも言い換えればいいんじゃないかい?アップルが潰れないよう支えていきましょう!</p> <p></p> <p>2005.4.29(金)8991@<br> <br> Mac新OSインストールせり。インプレッションは「だから?」QuickTime7がいかんいかん。範囲指定がファイルによってはできなくなって凄く不便。Pro版の出費もいちいち気になる。
トロイの木馬には気をつけねば。

2005.4.28(木)8955@<br> <br> 大型連休目前の月末処理。今日は異常に高温であった。</p> <p></p> <p>2005.4.27(水)<br> <br> 帰宅しテレビ。すごく眠い。</p>

p>2005.4.26(火)<br> <br> どんどん死者が増えていく。脱線転覆、恐るべし。

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2005.4.25(月)<br> <br> 電車の脱線事故が尼崎であった。54人の死亡が確認されている。置き石の線が濃厚になってきた。ガキの悪戯なのか革命思想の発露なのか?</p> <p></p> <p>2005.4.24(日)モバイル8791@<br> <br> 夏のような天気だ。風は涼しい。G.W. へ向けて期待感やら待望感やらが綯い交ぜにフレームアップしてくるのも今頃の一般感情だと思われ。<br> 今、快読中の「魔の山」においてハンス・カストルプの精神的指南役セテルブリーニが「死と生」の関係について死は生の一部分であって生と死を切り離して死の優位性を生からの位相において関係づけてはならないと語った。人間の時間論に於いて生まれる前は「死の一部」なのかどうか?生き終えたらば死なのかどうか?生きていなくても死んでいない。空の思想性を近代思想は超克できない。無明の概念性を分析できない。五感を超越した論理世界を取りこぼした近現代思想の陥穽から飛び出せ。<br> 日曜の昼過ぎ。テレビ「うちくる」を観る。北野大氏の初恋にして恩師の先生が出演し手紙を読む。その中で大氏から大学院卒業証書を見せて貰った時の感動を「教師冥利に尽きます」と読み上げた。人間のふれあいの極致、そして師弟愛から浮かび上がる人生の歓喜が横溢している。強く胸打たれた。<br> 人生の師匠。その関係は生身のふれあいが全てだ。</p> <p> </p> <p>2005.4.23(土)8780@<br> <br> レインボーブリッジ・お台場界隈。前のフジテレビ河田町の栄枯盛衰を知る者としてベイエリアに広がる発展繁栄の胎動に大いなるフジの企業野心の潰えぬ夢を感じる。レインボーブリッジの無料道路を走行する三菱車の車窓からこんにちわ!ってな躍動感でもってデジカメ撮影にも失敗したけど。人口の砂浜。夕陽が落ちて夜のとばりが下りると気が付けば屋形船の船影が海面に赤々と仰々しい灯火を湾景に色添えていた。人為為る営為。メディア戦略の地政学ってもんを感じた土曜の出社憂さ晴らしではあった。車、K氏に多謝多謝。<br> </p> <p></p> <p>2005.4.22(金)<br> <br> 金曜の夜、11時15分は「世界の車窓から」をまったりと見終えて「雨と夢のあとに」が面白い。金八先生で優等生役を可憐にこなした黒川智香が初主演している。脇役に木村多江。沢村一樹の父親役もなかなか良い感じ。ジャズベイシストらしいけれど。霊を信じる国民性って日本にあるのかどうか?<br> 世の中そろそろG.W.ですか?休日って始まる前のイマジネーションが一番楽しかったりする。競馬好きが一番楽しいのは下馬評を分析する時らしい。<br> 前評判を実体験して確かめる見聞性に実は人生の時空拡張の醍醐味があるのだろう。<br> 日中関係の拗れも実は「井戸」と「毒」の関係でもないけれど。</p> <p></p> <p>2005.4.21(木)<br> <br> 首が痛い。「恋におちたら」健気な妹役で魅力的な木村佳乃。魚屋の山本耕太郎のプロポーズをあっさり断った。ロックな女。</p> <p>

2005.4.20(水)<br> <br> そろそろ日本国内で反中国的事件も発生してきた。一部心ない連中の跳ねっ返り行動だ。白昼堂々、徒党を組んで騒ぎ回るわけでもなく愉快犯の如くに夜陰に乗じて姑息で陰湿な悪ふざけ。本気さが無いよな。</p> <p></p> <p>2005.4.19(火)8648@<br> <br> 個人情報保護法と情報セキュリティの騒動。率直に言って情報漏洩を防ぐ労力よりかもっと生産性向上に尽力するこっちゃ。エコロジー問題と情報問題。何か似ているような感じがする。情報資産と言ったって産業スパイが暗躍するような有価情報ではないチンケな人間の4情報(氏名・年齢・性別・住所)などは悪意な第三者の匿名性の暴力の前には無気力に為らざるを得まい。</p> <p></p> <p>2005.4.18(月)8600@<br> <br> 朝、テレビで観た中国の反日運動の暴動化の報道には激しい憤りを感じた。日本の排外ナショナリズムの高揚は必至だ。中国には言論の自由はないし共産党一党独裁でもって政治的信条の自由も政治結社の自由もない。一党独裁の本質的悪弊は機関決定の硬直性である。産業の空洞化を誘引する経済交流に於いてそのような政治状況を見過ごす油断も事態を増長させたのは確かである。民主的自由がない国ではデモも国家的管理で政治状況が創出できる。怖いことは中国の国内で起きたこの事件は中国当局のコントロール化におかれており中国国内での報道も「日本」叩きに終始している点だ。<br> 西安で昨年、日本人留学生の寸劇を巡って暴徒化したときも今回を想起させる予兆があった。襲われた日本人留学生らは口々に「僕らは中国が好きなのに彼らはどうして分かってくれないのか?」この浅薄な学生達の認識こそが日中現代史への無知と同時代の中国内政問題への無関心の決定的言辞なのである。語学留学の浅はかさに単純帰結する安易さを排しながら「歴史認識の相違」と言っても結局は「殺す側の論理」と「殺された側の論理」の関係の絶対性の相違であるから加害者と被害者の利益相反は決定的だ。中国人民にしてみれば戦勝国側の一員として侵略戦争の怨みに時効などない。<br> 翻って我が国日本。靖国利権に群がっている限り我が国の悪しき国粋視野狭窄からの脱却など出来ない。</p> <p> </p> <p>2005.4.17(日)8540@<br> <br> 「国家の罠」を読了。読み応えのある作品であった。作者の佐藤優氏の「記録」は不当捜査や外務省の陰湿な組織防衛や自己保身に走った大学教授や同僚上司・大臣などが生き生きと描かれている。<br> 日露平和条約締結と北方領土返還に情報分析官として鈴木宗男元議員と同志的関係でもって奔走し、作者言うところの「国策捜査」で逮捕勾留され一審で有罪判決が下される。著者は神学研究者という異色な出自でもって外交専門職として入省し、モスクワ大学でロシア語を学びロシア外交の最先端で活躍。鈴木宗男元議員と昵懇になりながら如何にして「国益」に奔走したかは本書に記述される半生記に詳しい。また国際情勢を分析するセオリーや人物観察は歴史詳述の現場で培われた経験則が鏤められている。500日を超す勾留生活の機微や担当検事との丁々発止な尋問応酬は一級のルポとして読み応えがある。その中で国策捜査と冤罪捜査の相違点を上げながらある種、時代の歴史的必然から演繹される客観文体には違和感を覚えつつも社会的文脈の俎上に顕在化する様々な事件の発生要因に明確な国家権力の見えざる手を強く感じた。背任と偽計業務妨害という作者曰く事実無根の事件捜査に当たって担当検事はいみじくも「これは国策捜査だ」と尋問初っぱなから宣言する下りはこれまた興味深いシーンだ。また、「国策捜査」の援護射撃が実は官の操る既成ジャーナリズムに責任の大半があってそれに踊らされる「実質文盲率95%のポピュリズム」が支える構造なのだそうだ。この国に真なる健全ジャーナリズムが実現できないのも「テレビのワイドショーと週刊誌レベルの正義」が最大要因であるかもしれない。また権力の具体的行使側の内面的腐敗が様々に表面化する根本問題は個の意志の問題だけではなくて組織と個人の役割の関係の絶対性にある種、収斂されるのかもしれない。<br> ただ実力政治家であった鈴木宗男元議員を積極的に活用し自らの外交業績を積み上げ「国益」の成果を追求した佐藤元分析官の述懐の中で外交機密という外交特権の絡む「特殊情報」についてはその秘匿隠避が隔靴掻痒な感は否めなかった。「国策捜査」の事後の経過は「時代のけじめ」であることよりも権力側の恣意的な放縦の感が強い。また官僚組織の自己防衛がトリックスターの放逐に当たって様々に露見噴出している事例に事欠かさない。本書に散見できるように体制側の述懐を批判的に吟味すればエリートの気負いと先走りと国家への幻影がコングリマリット化した官僚的情念に於ける内在的ロジックの解明が実は国益に叶った国策追求に通じる。そして官僚組織のインナーポリティックスの権力闘争に終わりはないとの感想を強く持った。
</p> <p> </p> <p>2005.4.16(土)<br> <br> 朝起き出して宅配到着。佐藤優著「国家の罠」が届いた。近くの定食屋にスペシャルランチ1000円「和牛ペッパー焼き」を頼みつつ読書スタート。<br> <br> </p> <p>2005.4.15(金)<br> <br> 仕事終えてサイゼリヤ。女子高生たちが屯っていた。見るからに喧しい。清純なイメージはまるっきりない。それぞれにケータイに打ち昂じているようだった。</p> <p>2005.4.14(木)<br> <br> やっと晴れてきた。週末の追い込みに向けて段取りしていく。</p> <p></p> <p>2005.4.13(水)<br> ライブドア株、爆上げ。ネットディーラーが群がったわけね。</p> <p></p> <p>2005.4.12(火)<br> <br> 帰宅して古館キャスターの「報道ステーション」冒頭、株価下落のライブドアのホリエモンを空港で取材陣が囲んだ。堀江社長が怒るのも無理はない。「株価が下がった、下がった」と大騒ぎしてその企業のトップが報道被害で益々下落傾向に誘導されたのではたまったもんじゃないはず。その自然なリアクションがある種の風評被害になっている。だから取材陣を逆撮影するためにホリエモンはビデオカメラを持っている。レベルの低い勉強不足な記者のは「出直してこい」みたいな開き直りになっていた。</p> <p></p> <p>2005.4.11(月)
<br> 朝、地震で揺れた。今日は非常に昨日に比べて温度差のある冷え込みだった。折角の桜もお花見もおじゃんだね。雨まで降ってきた。</p> <p></p> <p>2005.4.10(日)モバイル8280@<br> <br> 今14:24:03、東中野駅前のケンタッキー2階でマックライティング。<br> ここも無線LANは不通。ドトールが満員だったので新規開拓だ。189円のまずい紙コップコーヒーで店内に居座る。窓外には駅前開発の工事現場な風景が広がっている。今日は風も強く桜の花びらが嵐のごとく舞い散って往来の人々を迷惑がらせていた。隣の席のあんちゃんが頬張るジャンキーな揚げ物の異臭が鼻を突く。それって会社オフィスで昼食を会議室で食べてるような中小零細的薄祉薄生の食後の生活臭残存の不快と共通項かも。でもなぁ、いかんいかん。分煙が全然だめ。テーブルに言い訳程度に「禁煙」ステッカーを貼り付けてもタバコの有害性は気流なわけだ。何の意味もない。どうやら不健全食材に不美味なコーヒーテイストそしてネット不備でもって有害気流の放置プレイってことはケンタッキーは全くの時代遅れだ。<br> <br> 今16:56:18、早稲田夏目坂フォレスト店内。ダウンもセーターも脱ぎ捨ててシャツを腕まくり。アイスコーヒーも既に飲み干して喉の渇きは一段と。<br> 「国家の罠」(佐藤優著)が書店になかった。いい加減ライブドアの堀江の本なんか積み上げなくてもいいんだよ。<br> <br> アマゾンによれば<br> <br> 外務省、検察庁、永田町を震撼させる衝撃の告白手記!
外務省元主任分析官は、政治と外交の最前線で何を見たのか?<br> 有能な外交官にして傑出した情報マン──。国を愛し、国のために尽くしたにもかかわらず、すべてを奪われた男が、沈黙を破り、「鈴木宗男事件」の真実と、「国策捜査」の実態を明らかにする。<br> 「背任」と「偽計業務妨害」容疑で逮捕され、東京拘置所での拘留生活は、なんと512日にも及んだ。2005年2月に下された第一審判決は懲役2年6カ月、執行猶予4年。しかし、男の闘いはまだまだ続く──。 <br> <br> 出版社からのコメント<br>  1991年ソ連消滅。エリツィン大統領の台頭から、その後の大混乱の時代を経て、プーチン氏への政権委譲へと続く90年代激動のロシアを縦横無尽に駆け回り、類い希な専門知識と豊富な人脈を駆使して、膨大な情報を日本政府にもたらした男、それが元主任分析官、佐藤優だ。<br>  2000年までの平和条約の締結と北方領土の返還という外交政策の実現を目指して、ロシア外交の最前線で活躍していた彼は、なぜ「国策捜査」の対象となり、東京地検特捜部に逮捕されされなければならなかったのか? そもそも、検察による「国策捜査」とは何か?
さらに、鈴木宗男代議士による外務省支配の実態とは? 小泉政権誕生の「生みの母」とまで言われた田中眞紀子外相の実像とは? 宗男VS.眞紀子戦争の裏側で何が起こっていたのか──。<br>  512日にも及んだ獄中で構想を練り、釈放後1年以上をかけて執筆された、まさに入魂の告白手記。 <br> <br> 著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)<br> 佐藤 優<br> 1960年生まれ。1985年、同志社大学大学院神学研究科修了の後、外務省入省。95年まで在英国日本国大使館、ロシア連邦日本国大使館に勤務した後、95年より外務本省国際情報局分析第一課に勤務。2002年5月に逮捕、現在起訴休職中(元主任分析官)。外交官として勤務するかたわらモスクワ国立大学哲学部客員講師(神学・宗教哲学)、東京大学教養学部非常勤講師(ユーラシア地域変動論)をつとめた <br> <br> <br> ということで、先週の月曜の夜、残業中に聴いた政治ジャーナリストの角谷浩一のラジオ番組に生出演した本書作者の佐藤優氏の分析的な話しぶりとパーソナリティの角谷の興奮した受け答えに興味をそそられていたけれども。事件当事者の暴露的なノンフィクションは相対的なメディア批評にもなるし第三者的な視座とは違った全人格全人生を賭した表現形態となるのは必須だから非常に読者として面白い。世の評論屋の浅薄な言辞を遙かに超えた高次なる言論展開になるのは約定済みだ。今の外務省のシステマティックな問題の所在を多分、明らかにしてくれそうだ。一日も早く読破しここで報告したい。<br> <br> 今19:35:13、モスにて。いったん帰宅してネットであのエスカレータ女子高生スカートの中、手鏡覗きで有罪決定のエコノミスト植草一秀氏の弁明を視聴する。一般メディアには一切、彼の弁明は流されなかった。そして所与なる思いこみつまり、僕賃らが抱くジキルとハイドな両極端の人格二面性の社会的通念の罠、所謂、お高くとまった経済評論の物言いと非の打ち所のないスーパーエリートの学歴経歴そしてその堅物ぶりの表の顔も実はえげつなくもロリータな性欲発露の隠微で淫らな歪曲性癖の疑惑といった光と陰というマスコミ受けするネタだよね。<br> 確かに植草氏の弁明が全て真実であって法手続において警察と検察の連係プレイが実は著名人のマスコミ露見に萎縮した弱みにつけ込んだ司直の堕落であったならば、東電OL の二審逆転仰天判決のプロセスにも露見の隠微な事例であることは間違いない。さて植草氏の弁明通りだとこうなる。<br> 2004.4.8(木)午後3時過ぎに品川駅のエスカレーターに両手を組んだ不動立ちで乗っていた植草氏に下から鉄道警察隊の巡査部長が駆け寄って「ポケットの中身を出せ」と暴力的に詰め寄った。目当てはケイタイであったがそれは氏のアタッシュケースの中にあった。ハンカチと今回、物的証拠になった手鏡が出てきて当初の目論見であったケイタイから手鏡に現認内容のとっさの変更が為されたという。電車内での痴漢やエスカレータの下からのスカート内部の覗きも警察の現場認識があればたやすく逮捕されるという常套恫喝が現場で日常的に行われる現状は我々一般人にとって一寸先は痴漢嫌疑の闇という恐怖だね。<br> さて罰が悪いのは植草氏の「前歴」もあって裁判官の心証は限りなく透明に近いブラックであったと言う点。しかも家宅捜索までされてセーラー服まで押収された異常性に官憲は付け入ったという。新婚の宮台も「僕なんか結婚したんでセーラー服は捨てました」とイケシャーシャーだったが、予見の思い入れ補強の所作に抜かりないのがターゲット捜査の怖いところだ。確かに事件発生当初の報道では女子高生を物色し獲物をねらった挙動不審人物の追跡の結果、品川駅構内での事件発生を粘った鉄道警察隊の地道な防犯システムの稼働の勝利だった筈だけれども。その点は逆に尾行されたターゲットは植草氏自身であったという。弁護士の話だと事実無根の冤罪のスタートは警察の甘言(やってもいない犯罪構成が記された調書に署名捺印すればすぐに帰れるぞみたいな)に萎縮することろから始まるという。警察の仕組んだ調書には一切応じない勇気が後々の面倒な事態を招聘するけれど検察&裁判官には通用する事態になる可能性は大だということ。怖い怖い。しかし刮目なのは自分の被った報道被害や司直の謀略的罠に陥った自分の窮状をこうも冷静に客観的な口調で淡々としゃべれる訳だしこの顛末を出版できればタフネスに復活でるかもね。でもマスコミは責任取らないだろうから無謬性打破を如何に為すべきか。

</p> <p>2005.4.10(日)モバイル8258@<br>
中国で排日運動が起きたとかで一斉にメディアが報じている。やれ日本大使館が投石されてガラスが割られたとか、牛丼の吉野家を怒り狂う中国人民が取り囲んで気炎を上げているとか。その背景には中国政府子飼いの「運動家」たちの先鋭的扇情があるそうな。そう解説してくれる元文春編集者・勝谷コラムニストのネット日記によれば今回の反日騒動はチベットの最高指導者である来日中のダライ・ラマ14世への陽動作戦的抗議が根っこにあるそうな。中国は内政問題をいつも外患まで拡張して処そうとする。中越国境武力衝突にしても台湾分離独立阻止にしてもチベット宗教介入にしてもこんなにも人権蹂躙なお国柄は世界でも珍しいだろう。蛇足ながら「一緒に踊りませんか?」自演映画プロモートで来日したお花見総理似のリチャード・ギアは敬虔なチベット仏教徒で「中国によるチベットへの宗教弾圧」を激しく糾弾しているよね。ギヤ来日のその頃から「中国の反日運動家」の先鋭的顕在化が始まっていたんだろうけれども。<br> この対日的「造反有理」を中国の統治権力は外連観もなく内外交戦術に用いているだね。日本の外交官がんばれ!でも米犬総理って外見がギア似だっていうけれど対中国に関しては意外に意中も相通じているんじゃないかい。<br> 事実は中国に政治的言論的自由はないということだ。共産党一党独裁の全体主義に対して民主コントロールが存在するわけない。社会事象全般に党の機関決定性の意志が具現化するのみだ。</p> <p></p> <p>2005.4.9(土)モバイル8241@
<br> これは夏だ。いつものCafe di Espresso飯田橋店。店内に直射日光が差し込んで非常につらい。温度も急上昇。朝晩は冷え込むとあらかじめのダウンジャケットのかさばること。さっさと店外へ。<br> <br> 今14:38:33、地下鉄東西線飯田橋駅構内にて無線LAN接続中。春の陽気に絆されてウジャウジャの人混みだ。時折、精神薄弱な娘の奇声を耳にする。全く春は人間の内面にそこはかのインパクトを与えるものなのだろう。しかし、ベンチに腰掛けてラップトップでパソコンを操作するのは不適切だ。目の前を通り過ぎる群れにパソコンをぶつけられそうで集中できない。また目線が低くなり過ぎで首も痛い。せめて専用のデスクコーナーくらい作ったらどうか。しかし接続速度はいい感じだ。空いているからね。サービスし始めはそんなもんかもね。山田優より真鍋かをりの方がメトロっぽかったと思う。彼女のblogは面白いしね。<br> <br> 今15:24:56、東中野駅前のドトールにて。ここも無線LANぐらい設置しろって感じだよな。この界隈、相撲学校の明大中野付属があるんだがかの若貴ブラザーズが角界入門前に通っていた。でもさ相撲の専門学校くらいあってもいいんじゃないかい。国技なんだからさ。モンゴルやハワイから引っ張り込まんでもさ。人件コスト削減で経済効率に小賢しくなることもないんじゃないの。日本人ってやっぱり日本人が活躍してくれないと白けるわけね。限りなく単一民族の官僚支配のお国柄なんだしさ。<br> 今日の東中野は桜満開を受けて桜祭りが真っ盛り。しかし店内はばーちゃま連中の団体でごった返しだよ。折角、珈琲の気品ある美味なる香りも醜悪な加齢臭で掻き消されてたまらんわな。分煙効果テキメンの新装オープンは成功裏に終わったのにさ。おやおや子連れのヤンミセのグループもドシドシ店内に入り込んできたぞい。一般的な珈琲ショップの客層とはかなり異色な雰囲気だね。商店街ってそんな感じなのかもね。<br> <br> 今19:05:14、自宅近所のマック2階にて。日中はガキンチョが多いこのお店。そういえば最近、見かけなくなったちょっとぽっちゃりな米倉涼子似の女性社員さん。彼女はピッチピチのマクドナルド制服で可憐なタイトスカートの裾もグロテスクに彼女の魅力的なセクシー大腿を覆い隠せずにお色気プンプンな雰囲気だったっけ。多分「スマイルください」も一番多かったんじゃないかしら。凄みのあるシャープでエグい笑顔でもってお客のサプライズを吸引していたんじゃないかしら。<br> 残念、そして、さよなら。
細々と誰の無線LANかしらないが僕賃のパソコンが認識し取得してくれてネットもできたりするのがよかったりして。モスに比べてだだっ広いのが最高。自宅からも一番近いしね。早朝からやっているし夜は7時過ぎなら主婦連はいないしガキンチョも学校終わってもう帰宅しちゃってるわな。思いの外、穴場だよ。これからの僕賃のメインのホームグラウンドなモバイルスポットにしましょうか。

2005.4.8(金)<br> br> どうやら都心の桜は満開のようだ。新年度新学期を迎えて新人フレッシュマンたちの群れがぞろぞろ公的空間を浮遊している。そして今日は2回目の金曜日となる。<br> そういえば「週刊金曜日」という雑誌がある。朝日編集委員のころから「貧困なる精神」を「月刊潮」に連載(途中朝日上層部の社外執筆の締め付けで断筆)していた本多勝一氏主宰の硬派活字メディアだ。戦中時に於いて京都大学の知識人が結集して創刊刊行されていた「土曜日」に肖っての名称類推と聞いたことがあるが、言論弾圧の圧政に対し知的で誠実な市井への言論性を確保できた唯一無二の成功例としてその発刊メンバーに与した哲学者の久野収氏も実は「金曜日」創刊に参加している。<br> さて朝日文庫愛読の方々にとって本多勝一氏の一連の執筆活動は胸躍る権威権力への強烈なアンチテーゼとして読書の快楽を自らの生活疲弊の逃亡願望に一体化させてルサンチマン発散契機に沿えるものだった筈だ。70年代の反権力なリベラルが党派性からの脱却を企図し中道勢力の機関誌的なメディアでだった月刊総合雑誌「潮」へ雪崩れ込んで実は公明党が健全野党として勢力拡大を目指し大資本翼賛の自民党攻撃を国会で行っていた最中、国会の黒豹と恐れられた黒柳明氏や国会の留め男として一線を画した矢野絢也氏らの爆弾の火薬であるリークソースは戦後思想のリベラリズムと混濁の内部リークのオンパレードに支えられていた。赤い旗印の文化闘争を目指し大衆の心情シンパを獲得すべく大学に労組にそのオルガナイザーを送り込んで不毛な内部ゲバルトを繰り返した共産各分派の残党は未だに地下に潜ったままだけれど、国家転覆と国家刷新の革命思想の本義に愛国のベクトルがあるのであって近隣諸外国との軋轢にモグラたたきの国会議員の言論的変節は革命のパッショ希薄で明々白々だ。<br> そろそろ「金曜日」もネット戦略を目指したらどうか。</p> <p></p> <p>2005.4.7(木)8217@<br> <br> カルト宗教の教祖が数年間に渡って30人以上の信者の幼女たちを性的暴行して逮捕された。教団の悪しきインナーシステムだね。集団内部の求心力維持が結局、教祖絶対の御輿担ぎになっち舞う。信者を食い物にしちゃう関係の絶対性を相対化しないことにはね。なのに集団心理やら洗脳やらある特異な事象を概念化し一般化するネーミングの背景を熟知しないタレントコメンテーターがこの国のメディアで言いたい放題の見識無さを暴露している。コメンテーターって組織からフリーで一般社会にも通じない表向きの建前とは裏腹に実はメディアの内側の井戸端談義の身内論理があるから面白い。</p> <p></p> <p>2005.4.6(水)<br> <br> 神田である種「送別会」桜舞い散る今夜。神秘的なカリスマ演出でもって無重力経営をやるのが最善かも。まぁこんな時、側近の役割は微妙だね。</p> <p> </p> <p>2005.4.5(火)8125@<br> <br> ホリエモンの拝金主義な言動は彼自身の著作からの引用等で明々白々。世の大方の愚直に満員寿司詰め通勤電車に揉まれて2時間近くもかかって都内の職場に通い、理不尽な給料体系の不如意と今までもこれからも社会保険料の不条理なシステムに翻弄されつつ、勤務先の会社オーナーには根こそぎ生殺与奪の主導権を握られて思いっきり搾取されても、それ以外に職業的選択肢もなく自虐的自己憐憫なる悲哀を噛み締めながら定年後の不安に向かって諦念生活を送る我らが陸続のリーマン諸氏の健気なさときたら。拝金超俺流のホリエモンに向かって抑圧虐げられし会社員のルサンチマンが沸点に達するかもね。タブロイド「夕刊ゲンダイ」の無料メールはリーマンの劣悪感情を扇情するだけのイエローペーパーだけどイチイチ、リーマンの心の琴線に触れておるね。<br> 「稼いでなんぼ」で傲慢になっている手合いの一日も早い自滅破滅を夢見る1億超の日本国民が成金撲滅と支配階層の総入れ替えをこれからデモもチラシも捨てて..。実現していく...。<br> </p> <p></p> <p>2005.4.4(月)<br>
年度初めで忙しい。最近、やたら投資CMが激増している。いよいよペイオフ解禁やら定年退職のベビーブーマーらがその退職金の使い道を模索するからね。株...。まともな金銭教育を受けていないから株というと投機堕地獄を連想。多重債務のお気軽キャッシングやっちゃうやら。</p> <p> </p> <p>2005.4.3(日)モバイル8070@<br> <br> 夏の日差しは眩しい。直射日光が差し込んでパソコンの画面を直撃。さっさと店外に出る。<br> しかし今年は花見気分も皆無。季節の移り変わりを生暖かな風に吹かれて己心内面の風に耳を澄ます。翻訳文体の感情移入の難解性において「魔の山」は膨大饒舌冗長な記述が延々と続いたりしてとても忍耐力が付きそう。不思議なのは結核隔離病棟のサナトリウムで健康な人間が結核患者と一緒に生活できることね。こんなリアリティ欠如なプロット構築も許されるのは何故?まだほんの数十ページ読んだだけだから気にすることもないか。20世紀初頭、肺結核が不治の病であって文学創作者にその疾病が蔓延し文学的病弊としての有用性を鑑みても死を見つめ直し自らの創作起爆剤に援用転換できた時代背景時代状況を追体験できうるかどうかに実は時空を超えた傑作堪能の技法を得ることの可能性に通じる。個人を取り巻く時代状況の影響を直裁的に受けそして甘受する個人の生活への作品的洞察は深まる。また高所サナトリウムという閉鎖的時空での研ぎ澄まされた個性の思想性が主人公ハンス・カストルプを成長させる舞台を設定することは時代の空気の無菌状態を創出しその時空での文学的実験の成功を模索している。<br> まだまだ残りは膨大だ。<br> </p> <p></p>

2005.4.2(土)モバイル<br> <br> ブックオフでトーマス・マン「魔の山」を購入。早速、読み始める。本書は「20世紀最大の教養小説」らしい。実は僕賃が学生の頃、途中でリタイヤした膨大枚数の小説だ。まぁ古典傑作を堪能するのも悪くない。<br> 夜、久々の寿司食いねぇ。店内は騒然としていた。いつもは座敷で寿司を堪能するのだが今日は既に満員で子供たちもワイワイやっていた。寿司ってもう少し高級感のある文化であったよね。<br> 久しぶりに再会のさすらいの映像ディレクターのM-Boyは最近、多忙らしい。寿司をつまみながら様々に語り合った。天然ガスから軽油を抽出できるプラントが石油公団廃止でそのプラントごとお釈迦になった話とかそもそも人間が武器を手にしたことで無用で過剰な殺戮が始まった話とか痛風体験談とか。いいちこボトルを入れたのでどんどんその界隈の連中は山水目指せばいいんじゃないかい。</p> p></p> <p>2005.4.1(金)8044@<br> <br> お縄になっちゃうかなぁ〜。</p> <p></p> <p>2005.3.31(木)<br> <br> 不正行為は蔓延拡大泥沼的に悪化する。真面目な奴は真面目に不正行為を繰り返しベーシックなリピートこそが。

2005.3.30(水)

今夜のサッカーはバーレーンの選手が自分でゴールの自爆による得点でもって日本は勝った。ジーコ監督のクビは回避された。

<p></p> <p></p> <p>2005.3.29(火)7980@<br>
さて年度末だ!あと残すところ2日間。仕事帰りにジムのテレビで爆笑問題が司会の政治バラエティをやっていた。シュミレーションVTRが面白かった。実際に北朝鮮が核ミサイルを発射したら我が国の防衛体制はどうなのってことでね。現実問題として北朝鮮が日本に向けてミサイル発射することは大地震が起きるよりも確立は低いだろうけど、日本国内に潜伏する工作員の攪乱の方が怖い(村上龍の新刊「半島を出よ」)とか議論百出だよね。平和的解決も相対概念の武力行使の地獄様相を如何に封じ込めるのかという高度な政治的判断を伴うわけでハマコーが言うように米国に戦争で負けて占領されて今に至るまで、更には今後も統治下に置かれる日本の状況は米国と対等な軍事超大国になって、もちろん核保有も堂々と行えばいいしその障害である憲法九条の法解釈をグローバルに見直して単独自衛権も集団的自衛権も両方認めてしまえ!ってやっちゃうかい?この我が国に米国と同じ軍産複合体という国家に巣くう魔的なシステムの生成を許して結局は癌細胞の如く国家身体を蝕んでいくに任せるのかどうか。この国家的癌細胞の増殖は凄まじい。優秀な人材も利権も政治力もメディアも全部、この軍産複合体のコングリマリットに収斂されてしまうのだ。米国のようになってはいけない。日本の於かれる地政学的な視点で考えても軍事超大国になっては自滅に向かうことになるだけだ。「愛国心」を吠えまくりその主義主張の真っ当性を自らの生き様に逆照射して自己批判的に相対化しもせずの安倍晋三や西村正悟のような連中をのさばらしてはいけない。

2005.3.28(月)<br> <br> 朝の出社前の楽しみはTBS「ウォッチ」だったんだが今日からみのもんたの脂ぎったしかも押しつけがましい喋りのウザイ新番組になっちまって。ラサール編集長の紙面読みも面白かったし森田さんと麻耶ちゃんのお天気ホイホイも微笑ましくも面白かったのにのに。全部、みのもんたがぶち壊し..。
</p> <p></p> <p>2005.3.27(日)モバイル7817@br> <br> 若松町タリーズコーヒー2階にて。生憎、無線LANは不通。珈琲はうまい。テーブルが不安定。分煙もしっかりセパレートされていて好感。喫煙ルームをガラス越しに拝見するに毛糸帽子のレノン風陰気男がコンセント確保でB5ノートPC 共々移動していた。多分、ネットゲームにでも昂じているんじゃないかい。どうでもいいけど。<br> 春先は人の移動シーズンだし気持ちも気候の移り変わりに合わせて或る種、高揚するのだけど、何故に憂鬱なのかは漠たる予感に彩られているようね。その予感とは何か?それをはっきりくっきり明示できれば自分自身、ある種の決然たるターゲッティングへの準備も行えるわけだけど、ホリエモンお得意の常套句「想定の範囲内」という言い回しも変な話、ウラッカエシで言ってもどーだかね。多分、滅茶苦茶な丸投げ放置プレーに我慢できずバイナラの流れができたのかもしれない。いつだってオッケイだからね。進退明瞭なのはね。<br> 高裁裁定の当日、ネットのビデオニュースの丸激トークオンデマインドにライブドア堀江社長が出演したのを「社長日記」で知ってその日の夜、前半を視聴し昨日、後半を観終えた。番組サイドの神保氏も新婚の宮台氏もインタビュー形式なるが故の論評御仁不在時の軽やかな言い回しは影を潜めて客人応対に粗相無きよう丁寧な物言いとライトなヨイショもテイスト加味されてなんかチグハグ、隔靴掻痒だった。その点、認識分析対象からの距離と一方性の傲慢安全地帯に座することがある種の生業批判活動の担保となって、思いっきり罵詈雑言悪口面罵することはアンフェアーなことなのかどうか。多分、卑怯だと思う。言論とは自己批判を踏まえた知性のバランスが不可欠だから。<br> 文春退社組が編集発刊する「WILL」なる月刊雑誌なんか堀江の人間性が下劣なんだみたいな中傷特集をやってる。世間的にも結局は人身攻撃になっちゃうことでキャンペーンの急進的求心力拡大がなされるのかね。批判対象をじっくり語らせることで「彼の言いたいこと」をじっくり聞くチャンスがどこのメディアにも無いのは異常性もいいとこだ。だから総ジャーナリズム状況のヒステリックな弊害性を相対化しないといけないんだけども。そうはいかないのね。結局は後出しジャンケンの孫は損しないうまいやり方でもって鳶やらかしているしね。以心伝心云々かんぬん。</p> <p></p> <p>2005.3.27(日)モバイル7912@<br>
今日もいい天気だ。飯田橋のcafe di espresso でパワーブックに向かって沈思黙考。春の物憂げな陽気に気分はアンニュイで憂鬱だ。<br> いきなり微睡みの店内で悲鳴が上がる。ぱっと振り向けば、おばちゃんがいきなり気を失って床にゴロリン。まだ救急車は到着していない。店員も為す術無く。客の一人、勇敢な中年紳士然の男性が「大丈夫ですか?大丈夫ですか?」体を軽く揺さぶり誰何、連続。しかし反応なし。急患は床にうつ伏せのまんま。意外に救急車は直ぐにはやってこない。奇妙な静寂が店内に漂う。a few minute...突然、赤い大型車両が僕賃の目の前に現れた。何故か消防車。レスキュー隊員が2名入ってきた。その直後、救急車到着。オキシドールの薬品臭気が店内に充満し異様な状況の中、行き倒れのおばちゃんは担架で運び出される。救急車の無音サイレンランプが赤く回転している。救急車内にて応急治療が施されているのだろう。横臥したおばちゃんの真ん前にリクルート女学生が僕賃の窓向テーブルに座っていたのだけれど刹那、彼女と目があった。胸騒ぎの予感に興奮気味なうら若き乙女の顔(かんばせ) は春の光に火照っていた。違和なる柔らかな無風に彼女の表情はモラトリアム離脱なる戦線参入の決意と不安が綯い交ぜであった。</p> <p></p> <p>2005.3.26(土)モバイル7881@<br> <br> 快晴だ。春の陽気でぽかぽか。日も長くなった。超党派の「サマータイム法案」制定グループに議員立法の動きがある。サマータイムとは何か。時計の針を一時間早めて環境へのコスト削減を図るもので4月の第一日曜から10月の第一日曜日までの期間を該当させるらしい。自分の時間を一時間早めたりもとに戻したり。結構、面倒だ。僕賃的にはサマータイムよりか休日を増やせばいいと思う。学校の教員らのようにサマータイムなどとけちくさいこと言わずサマーホリデイズ、夏休みなるロングヴァケーションを制定せよだよな。<br> でも面白いのは個人的に僕賃の時間は24分早い。マイタイムだよな。時間と金の概念は歴史変遷において表裏一体であったからこの一時間の人為的政策的操作の弊害は実のところ金銭感覚に波及する可能性があるだろう。それは一時間分のお金の価値を変容する何かだ。その何かはやってみて実感するしかない。<br> 一回やって失敗した経験をどう乗り越えるかは裁判員制度にも通じる。陪審員制度の弊害は有り余るほどあるのだ。だって法への責任感が国民全般に滾ってますかって。開かれた司法なんて言ったって現実問題、相当のパーセプションギャップがあるよね。本当にやる気があるなら三審全部でやらないとね。いきなり裁判所に召集されて会社クビを覚悟しつつ分厚い事件資料を手渡され他人の人生の命運を偉そうに「審議」するその重大責務をみんな全うできるのかどうか。その人選にしても司法サイドの思惑を排除できるのかしら。それに裁判員の関与した判決には全部が全部、無視し上告して無意味なる通過儀礼の税金と時間の無駄使いになっちゃう可能性が大だ。しかも裁判員には重たい罰則規定付き守秘義務があってその経験が社会にどうフィードバックされ得るのやら。改革改革の煽りで無理矢理の司法大衆化の失敗事例になること、火を見るよりも明瞭明白な予感があるよね。</p> <p></p> <p>2005.3.25(金)7870@<br> <br> サッカー「日本対イラン」を金八先生の最終回とクロスさせながら観る。結局、負けちゃったけども。どんなにいい試合だったとしても負けるとつまらんのがゲームの定め。でもドラマに勝ち負けはない。<br> やはり坂本金八先生は実にいい。教え子に「初恋の人を感じました」「友情を感じました」と次々に賛辞の贈る言葉を言い放てる人間愛がベースにあってこのライブドア堀江が騒がす金儲け主義の席巻跋扈の時勢において人間愛の幻想とファシズムの相克と超克できるのは下町荒川河川敷の原っぱを疾走する人間群の個々のモメントなんだろうと。それが魅力だ。金八は国語の先生だから「漢字」の造詣も深い。漢字一文字の贈る言葉を29人に贈るシーンはノンカット撮影。凄いものだ。膨大なせりふそして一人一人に涙を流しながら武田鉄矢は自分の言葉で自分の思いをそれぞれの教え子に語った。「ドラマからドキュメンタリーになる」という武田の感想は演技する主体からリアルな人間存在へドキュメントなるリアリズムへ越境する。<br> 身障者やよが金八に「先生、辞めないで」と迫るシーンには金八先生も涙が溢れていた。僕賃の中学の同級生だった万倉くんを思い出したり、ひーちゃんを思い出したり。しかし身障者の彼らは演技をしない。彼らはいつもリアリティそのものだった。やよ役の彼女はB組一番の美少女なだけに今後の活躍が楽しみ。演技も一番かも。金八の初恋の人に似た舞子役の黒川智花は僕賃的に一番だね。彼女は「愛」という一文字を貰った。ドラマのTBSの異名はこの25周年を超えた金八の歴史でもある。この4月には大幅の番組改編がなされるけれどTBSには今後とも公的で私的な価値空間創出という公共性への貢献を期待したい。

2005.3.24(木)

夜、雨の中、ウレタン枕と敷き布団が来た。

2005.3.23(水)

ライブドアがとうとう、ニッポン放送の経営権を確保した。

2005.3.22(火)7820@

憂鬱な曇天から雨へ。九州北部で地震があった。韓国の陰謀との説もあるがどんなもんだろう。阪神大震災の時もオウムがハルマゲドンとか言ってた。今度は都心だろうか。その時僕賃は生きているだろうか。午前中、神田の街を歩いた。高層ビルの下を歩く。都市の地震には3つのGに気をつけろと言う。Glass・Gas・Gasolineである。
春先はビタミンBの不足に気をつけよう。帰宅途中の夏目坂の途中に出来た黄色の惣菜屋さん。店名不明ながら気になっていた手作りのお店。コンビニに挟まれて苦戦しているようだけどたまにはどころか毎日、手作り料理を食べたい。で、ふっと店内に入った。カレー弁当セットに100g350円の生姜焼きをパックに詰めて貰って950円。量は適量ね。実に美味しかった。コンビニでは出せないよなぁ。また買って食べたい。

2005.3.21(月)モバイル7788@

快晴だけどなんだか寒い。なんとかも「彼岸まで」って本当かよ。此岸までではなくて?
昨夜の「情熱大陸」は「対岸の彼女」で直木賞を受賞した角田光代だった。彼女の作品はまだ何も読んでないけれど1967年生まれということで同世代の同時代性を感じる。やはり作品は読んでいないけど「ぼっけぇ きょうてぇ」の岩井志摩子も岡山出身で郷土愛の迸り作品創作と歳も同じだから親近感はある。彼女は妖艶にして奇っ怪。でも面白い。ちなみに「ぼっけぇ きょうてぇ」は「もの凄く怖い」の意味である。岡山の方言だね。広島県福山市は多分に今、話題の名古屋の方言と近接の岡山の方言がミックスされている。
番組は荻窪の自宅から歩いて3分の場所にある仕事場のマンションに毎朝7時半に向かう彼女の勤勉な執筆活動を追う。締め切りや待ち合わせも時間厳守の彼女。5時半には仕事場を後にして買い物して自宅に消える。密着取材の二ヶ月でカメラは「自宅の前まで」の約束だったという。「読者にとって作品の楽しみ方はいろいろだけど作者と作品は切り離すべき。作品は作者の想像の範囲内だから作者のプライベートは関係ない」と角田は言う。ナレーションは「自宅では書かない時間を持つことで書く時間を活かしている」と続く。作風も作家それぞれ。読む側からすれば当然、作者の人間像や生活の内実も知りたくなるだろう。生活からにじみ出た思想性しか現実へコミットできないからだ。その不可逆の遡及性を度外視できない。創作論も実は解釈論に内包された問題性であって。読む書くの連動性が作者と読者を融合した有機体的事象であるわけで。その共時なる同時代性に文学のダイナミズムも存在する。角田光代に人間的興味を覚えた。機会があったら読んでみよう。<br> 「情熱大陸」は好きだけど作者の内面世界や創作の現場を映像で紹介する難解性ってもんがあるよね。番組の終了テロップに「演出」と流れる興ざめって確かにあって、ノンフィクショナルな番組編成で「演出」がどんな構成上の効果を上げるのか不思議だったりする。</p> <p></p> <p>2005.3.20(日)モバイル<br> <br> 最近、テレビが本当につまらない。たまに早い時間に帰宅し時間的には8時台つまり番組編成上の「ゴールデンタイム」にテレビを点けてもどうにもおもしろくないので電源落とすことが最近多くなった。情報環境として点けっぱなしでもいいわけだがそれすら許せないほどの雑音雑映像に我慢できない下らない番組のオンパレードなのだ。この時間帯には金銭感覚の麻痺をねらったサラ金系CMのオンパレード。衆愚なる大衆への搾取攻勢なんだろうね。テレビが如何にクライアントの意向に左右されるかということ。そこに本来の公共性などあるわけないじゃないか。一般大衆の利益に与することが公共性でしょ。それが大企業大資本の顧客満足度を満たすだけの今の現状はよくないと思う。テレビに於ける時代の趨勢もこんなもんだから「テレビを殺す」とかほざくIT成金が浅薄なメディア論を開陳することになるんだろう。<br> ライブドアの堀江がネット日記で取り上げていた田中宇氏の国際情勢解説のサイトはメール配信されていて実に読み応えがあって面白く僕賃も購読しているけれどニュース分析と娯楽享楽そして権力チェックなどは憲法改正論議の行方や中国・韓国・北朝鮮そして米国の日本を取り巻く国際関係に於いても個々人のblog配信でこと足れりであるわけない。blog運営側の編成上の特権が発生するし、リンクしたニュース記事にアクセスランキングをかましてレイアウトする意図も結局は別段新しくもなんともない。ライブドアの提唱するパブリックジャーナリストも現状、お寒いそうだ。ポータルサイトもYahoo の方が見栄えもいいよね。昨日はここで枕と敷き布団買った。個人情報漏らさないでね。結局、店に出向いて商品を見定めて持ち帰る従来の買い物からどんどんネット通販に移行するんじゃないかしら。便利は便利だからね。店員とのコミュニケーションなんかいらない。教育も知識だけなら教室も大学もいらない。ネットで講義しネットで議論しネットで論文書けばいい。教育もネットで画期的なコスト削減できるのに。1000万も2000万も給料貰う教員なんか必要ない。<br> さて日に10万アクセスもある堀江の「社長日記」もblog本来の力量でアクセスが増えたのではない。自分の日記へのTBやらコメントといった意見には無反応だからね。テレビのお陰なわけ。それから既存メディアからのインタビューでの発信力の齟齬は大手メディア労働者の反感の増幅でもって揚げ足とられに終始してるのは笑止笑止。実はこう言いたかったみたいないいわけが実に多いのはそんな事情だろう。<br> そのうちポータルサイトの大同団結協業体制が作られてテレビで言うところの視聴率をネットでも弾き出せる広告代理店のようなものができるかもしれない。だってラジオの広告費をネットが抜き去ったわけでやがてテレビメディアへの広告料もネットに抜かれる時代になる。そうなれば広告媒体としてのネットの料金体系ができてもおかしくはない。<br> 個人的にはテレビ画面とネット画面の融合をもっとやってほしい。パソコンの機能がもっと飛躍的に向上すればテレパソ融合マシンも夢じゃない。伝送路にしてもADSLでもってブロードバンドみたいな発想も止めてもらって光ファイバーも実は100MBなんか嘘でTB(テラバイト)までいくって。あとはコンテンツの問題だけど。</p> <p></p> <p>2005.3.19(土)モバイル7741@<br> <br> 「竹島の日」に対抗して「対馬の日」を制定するやら冬ソナの春川などが姉妹都市提携を無期限停止するなど韓国の過剰反応はどこまで続くのか。領有権問題の解決を武力行使でもって決着できないならどんな解決があるのか。それは対馬の歴史にヒントがあるかも知れぬ。<br> 「対馬は、日本の中で朝鮮半島に最も近いという地理的条件から、大陸からの石器文化、青銅器文化、稲作、仏教、漢字などを伝える日本の窓口でした。また、朝鮮半島との間では古くから貿易などの交流が盛んに行われていました。この活発な交流から、対馬には数多くの書物、仏像、建造物、朝鮮式山城の金田城跡や古墳などの文化財が残っています。<br>  朝鮮半島との友好な交流の歴史の中、1592年〜97年の文禄・慶長の役で交流が中断してしまいましたが、対馬藩十万石の藩主・宗家は朝鮮との関係を元に戻すため、朝鮮通信使を江戸まで案内するなど日本と朝鮮の交流再開に努力しました。<br>  20世紀に入り、一時期、対馬と朝鮮半島との交流が中断した時代もありましたが、対馬にとって朝鮮半島は身近な存在であることは変わりありません。それに過去の長い友好の歴史がありました。一時期中断していた交流も、今では対馬と韓国の釜山が定期航路で結ばれるなど、文化、経済、教育の活発な交流が再開されています。」<br> <br> 読売や産経などの視野狭窄な国益重視メディアはこぞって過激な韓国人らの暴虐シーンを報じて煽っている。「なんだ結局は薄汚い欲張りで無礼な民族かよ」と歴史無知な韓国ドラマにはまってた連中の反感は韓(はん)流も恨(はん)流になってしまう。冬ソナブームに便乗した韓国芸能プロダクションの貪欲な儲け主義の違和感は熱狂するおばちゃん連中の熱気に掻き消されていたけどやっぱり朝鮮民族なのかなという部分は漠然と曖昧ながらあったよね。好きから嫌いそして憎しみに変わるのはすぐだもの。だって過激な愛憎劇の韓国ドラマが教えてくれた感情法則だったじゃない。文化と歴史は区別できるのかどうか。靖国で中国、拉致と核で北朝鮮、竹島で韓国とその全ての解決を米国に依存するかない小泉外交は袋小道にはまった。その脱出方途は米国の牛輸入解禁という劇薬しかないのか!</p> <p> </p> <p>2005.3.18(金)<br> <br> ライス来日。さすがに米国だから米(ライス)国務長官か。牛の輸入解禁を迫るってさ。吉野家の牛丼に米国の牛もライスもイランだって。食品安全委員会なる政治権力を排除した筈の国民の食生活防衛政策に苦言を呈するお目付役も結局は統治権力の走狗であったか。ライス歓迎の下地作りはできた。そんな外堀埋まった答申をマッチでポンプ。BSEで発症するヤコブって感染するんだそうだ。牛肉と言っても食肉以外の加工品の原材料に含有されちゃったらば吉野屋だけの問題じゃなくなるよね。ダイエット食材、コンビニ&ファミレス、みんなやばいよ。そこんとこの実態調査を真のジャーナリズムを標榜する週刊金曜日に緊急レポート「米国牛肉関連。買うな食べるな」を緊急出版してもらわにゃならんわね。NHKも民放各局も堂々とやってほしい。これこそが電波の公共性への義務であり貢献だ。懐柔策としての常任理事国推薦も北朝鮮問題解決とも一線を画した別問題として堂々とやってほしい。やっぱり結局はライス訪日の手土産の輸入解禁了承でもって「あの日本人が我が国の牛肉の安全性を保証している」と詭弁が弄され、吉野家で阿呆な愚民が疑惑の牛肉を頬張る映像が垂れ流し。権力のメディア操縦など簡単なことだ。<br> <br> </p> <p></p> <p>2005.3.17(木)7728@<br> <br> セレモニー..。世襲...。MKタクシーの世襲二世社長(42)の不祥事の顛末は社長辞任そしてヒラ運転手への転落。<br> 朝、毎日の朝刊に掲載された滝本弁護士の寄稿文を読む。地下鉄サリン事件から20日で10周年。あの事件から麻原逮捕あたりまでこの国は異様な雰囲気に包まれていた。教団が隠し持つサリンに捜査当局も紊乱罪逮捕を多発し手間の掛かる法治なる手順に準じながら疑惑の教団を追いつめていく。あの熱気はどこに消えたのか。上佑が仕掛けたメディア戦略は我が国の放送メディアの公共性を根こそぎ略奪し教団の目論み通り在家信者への広報と化した。また、TBSは坂本弁護士一家を死に追いやった責任の一端まで背負い込んだ。なぜあの痛恨の不祥事を期に筑紫哲也はジャーナリストを辞めなかったのか。あの当時の国家公安委員長は野中でよかったと今は思う。もし小野清子だったら...。ぞっとする。1億円がどうのこうのじゃないんだね。胆力のある人物にやはり任せるしかない。サリンで皆殺しされる手前まで来ていたんだから。映画監督の森達也が言うように「テレビジャーナリズムにおいて、戦略的な後退が成功した例しはない。その最大の要因は、テレビが「忘れっぽい属性を持つメディア」であるからだ。」誠に「忘れっぽい属性を持つメディア」は映像の特質であるけれど。新聞だと頭に入らなかったりして。<br> 寄稿文には教団の現状そして「テロとの戦い」で米国と共闘宣言しているにもかかわらず我が国で起きたこの無差別宗教テロの被害者救済を放置する小泉政府のまやかし、現在のオウムを理解し擁護する知識人への批判などが綴られていた。オウム温存って結局は自由への肉薄の希薄さから来ていると思う。信教の自由と殺人の自由の拮抗状況で類型の相違に於ける「自由」というものをその価値判断の相対性でもって自由の規準は行使する側される側それぞれで判断すべきであって。つまり殺人の自由を認める宗教を拒否すること。犯罪を無視した集団への糾弾は物理的行使で執り行うのが法治国家の有り様だ。滝本弁護士が言うように「悪意の殺人が限定的なのに対して善意の殺人は無限」であるならば武力容認の殺戮集団は粉砕しなければならない。その結果、統治権力に都合のいい時代になったとしても。殺されたら終わり..。

<p></p>

2005.3.16(水)<br> <br> 今日は以上に高温だった。春の予感。生命の萌芽を感じる季節になった。</p> <p> </p> <p>2005.3.15(火)<br> <br> 春眠暁を覚えずに曙なる春の陽気はまだかいな。インフルエンザで会社を休んだはずの御仁、午後には会社に出没するも体調は万全なのかしら。いつもは休みがない有休不消化なる働き蜂でもなくただ漠然と生活パターンのモノトーンでもって押し流される自由ってどうよ。<br> </p> <p></p> <p>2005.3.14(月)<br> <br> 朝刊休刊日。さて。「殺しのVTR」を読む。</p> <p></p> <p>2005.3.13(日)モバイル7622@<br> <br> 凶悪事件の動機解明は従来の損得既成観念では推し量れない事態になって久しい。痴情の縺れとか爛れた恋愛関係の清算とか金銭トラブルの果てだとか肉親同士の骨肉の確執だとか犯罪の陰に異性ありといった常套的構図を逸脱した心的猟奇なる事件の全てが例外例外のオンパレードなのだ。<br> 犯罪者の犯罪喚起分析に示唆的なのは三島由紀夫が70年初夏に早大において学生討論会で語った「言論の自由の究極成れの果ては快楽殺人容認の超自由許容の社会創出である」といった社会不安の予言的提言に通じる事態認識であって、自分はどうなろうと刹那的快楽つまりは超法規的快楽行使の自由を自らが権利行使する自由を犯罪者になってもいいから執り行う人間の多数出現の予見である。個々の事件を類型化する分析パラノイアのマスメディアは事件報道の主導的特権と官製報道の垂れ流しに現を抜かす余り、事後の受容過程での一般視聴者及び一般読者への想像性希薄な効果と影響の混濁の連鎖の堂々巡り。であるから犯罪喚起を促すアナウンス効果の自己批判的検証企画は終ぞメディア自体からはあり得ない。さらに事件から時代の空気を読んだところで対処療法的なモグラ叩きに終始する学者評論屋議論には犯罪予防の確たる理論は構築不可能であって犯罪増加とその連関性がスライドする夜警的自警的社会の自縄自縛に堕すのみだ。犯罪予備軍の増大の土壌をカルチベートできるのはライブドア堀江の席巻に象徴的な事象を容認する自由競争主義社会の稼いだモン勝ちの私利私欲亡者らが増長する経済効率最優先社会である筈もなく。音読主義者に委ねるだけでいいのかどうかも。</p> <p></p> <p>2005.3.13(日)モバイル@早稲田7611@<br> <br> 雪が舞う今日の都心昼下がり。早稲田駅前に通じる夏目坂の名の由来は文豪夏目漱石が幼少時代過ごしたことから。
漱石の青春グラフィティ「三四郎」には随所にローカライズされた土地勘横溢の記述描写の連発連続がある。<br> 「坊ちゃん」を教材に使う明大教授の斎藤孝氏によれば国語は体育であるという。名文音読を通し体で語感を体感し集中力を養い知的素養を精神的薫陶へ昇華させることが可能だという。戦前戦中、教育勅語を小学校で音読暗唱させて軍国学童を育成し国家に殉教させていく教育ってもんがあった。手法的合理性も中身の問題を抜きにしては却ってナンセンスプラスの有害性を帯びる。名文とは何か。古典とは何か。文学的価値とは何か。道徳とは何か。伝統とは何か?分析的批判的思考とは何か?そこらへんを斎藤氏から教わりたいものだ。<br> 日テレのごくせんの前の番組土曜午後8時「世界で一番受けたい授業」は面白い。ベストセラーの著作者がテレビに出てミニ授業をするんだけれど、なかなか興味深い。フジのライブドア襲来で何処が儲かっているのか。多分、ごくせん効果もあって日テレだね。<br> 今は日が射している。春の天気は変わりやすい。

<p></p> <p>2005.3.12(土)モバイル7594@<br> <br> ドコモショップに赴く。今回で2回目。前回はかなり長時間待たされつつ不快感を深める。バッテリー無料配布の申請であった。今のご時世みーんなカラー液晶画面。しかもテレビ電話もできる最新機種ばかり。隔世の我がP502i。画面は緑色。何回か「うそぉ〜。信じられない」と奇声を浴びたっけ。でもまだまだ。機種変更に遅延懸念のバッテリー無料配布の意図を聞くと「値段や性能ということも大事ですが末永く御使用できますようにアフターサービス拡充の一環です」だって。さすが!後出しジャンケンのドコモさん。ありがとーう!<br> さて今日は「家族割引」申し込みだ。基本料金が25%引き。手続きに必要な書類ということで田舎から戸籍謄本を取り寄せて赴く。店内は空いておりすぐ窓口へ。するとメモ用紙に手書きで電話番号だの名前だの書けという。ドコモ加入の家族の本籍地住所と申し込み時の現住所が違っているとかでどーのこーの。僕賃、頭に血が上りつつ「この本籍地の住所に住んでるんだから問題ないんじゃないの?」それでも慇懃無礼なマニュアル厚化粧肉感ドコモレディは「そう決まっております」の一点張り。「ご住所のご確認を」とのこと。加入家族の住所を確認すべくケータイかけて通じず田舎の実家にかけて親父に確認。現住所を聞いた。<br> ほとんど一人何とかでもって全く自分自身の感情起爆点の低さに呆れつつもマニュアル嬢の面目躍如なり。派遣社員であるにしても訓練訓練。どっかのユルい同族中小企業の如き頬杖突きながらネット閲覧の極楽派遣も何のその。</p> <p> </p> <p>2005.3.11(金)7593@<br> <br> 「新株予約権の仮差し止めを認定」東京地裁の決定。また堀江がテレビ出ずっぱりか。「嫌だぁ〜」女性にも不人気の金満堀江。<br> そう言えばネット日記で「ライブドアとフジサンケイグループが無くなっても日常生活問題ない」と、馬鹿騒ぎに浮かれない冷静さを説くコメンテーター勝谷氏。そうね、国会では年金問題の議論スタートになったのにいっかなこのライブドア問題でかき消されて問題設定されてないような気がして為らない。国民にとって重要案件を取り上げるよりは目先の話題に飛びつくメディアの姿勢。それは衆愚なるが故の迎合姿勢であってどちもどっちですか。ドンマイドンマイ。<br> </p> <p></p> <p>2005.3.10(木)<br> <br> 今日は60年前に東京大空襲の有った日。サイパン島陥落で大都市空襲が可能となった時点においてさえ、つまりは制空権を完全に米軍に支配されてさえ日本軍は地上において国民の竹槍訓練を強要没頭していた。それが唯一の軍事行動だったこの自国民を守れない軍隊の精神論的本性であった。1945.3.10、嬉々として来襲した米軍の戦略爆撃機B29の波状攻撃で首都東京は炎上した。その時、天皇はどこに避難していたのか?大本営はどこに隠れていたのか?空襲の後の焼け野原において狂気の本土決戦が立案されていた。神国日本、天皇中心の狂気日本。一億総自決から総懺悔に..。ポツダム宣言を無条件降伏で受諾した日本国・天皇は自分自身が担保解除される大前提に固守し続けたお陰で全国の戦禍は拡大した。英断で聖戦は終結したという美辞麗句の波及効果が象徴するように如何に戦後日本の支配層における無責任体質を増長させてきたことか。相似なる懲りない小泉よ。<br> さて戦争は殺戮ゲームであって軍事的合理性の追求には人間性の配慮など全くあり得ない。人間性に溢れた軍事行動というまやかしは正義の武力行使などあり得ないのと同義だ。</p> <p></p> <p>2005.3.9(水)7552@<br> <br> 馬の次は女だ。ライブドア堀江の交際相手であるミスユニバースを逃した西村美保はナイスバディの元ミスコンで元キリンビール・キャンペーンガール。そんな彼女もライブドア堀江の話題つくりの一環になっている。話題を振りまくのがうまいというかウザイというか。全部、ライブドア堀江の宣伝の派生的相乗性が上がっていく。例えば「社長日記」は日に10万近いアクセス。あからさまなアフィリエイトの地雷がいっぱい。成功報酬型広告..。日記の内容自体が広告誘導でタイアップなんだもの。N.M嬢も金で心を買われたのだろうか。でもな自分の肉体は金では買えない。ジム通ってる割には体脂肪付きまくりな肥満系だしな。Tシャツでもろバレバレ。伊集院と兄弟だし「ウマウゥ〜」ってデブタレントでやっても面白いかも。フジの動きにいつも堀江がコメントする「想定の範囲内ですから」が今年の流行語にノミネートかよ。<br> ライブドア社員って何やってるんだろうね。会社の価値ってやっぱり社員が作るもんでしょ。人材なんてよく言うけど人的資材の略であるならば道具だからね。</p> <p></p> <p>2005.3.8(火)<br> <br> ライブドア危うし。馬のホリエモン、連敗だし。夜、筑紫がジャーナリズム論を堀江にぶつけていた。なんか全然、面白くなかった。ネットジャーナリズムは僕賃なんか凄く期待している分野だ。それは既存のメディア労働者らが編集権や編成権に阻まれてメディアから発信できないときネットで内部告発するときなんか威力があるだろう。堀江の「社長日記」なんかそう言った意味で言えば面白い。3.5の毎日朝刊でも記事に対して批判していたからね。それにしては毎日更新していないのはだらしない。折角のblogなんだしね。馬の次は...。</p> <p> </p> <p>2005.3.7(月)7515@<br> <br> 昨夜、アマゾンでずっと欲しかった文庫本を見つけて注文するもクレジットカードの情報入力で弾かれてうまくいかなかった。それで今日は会社を退けて高田馬場の芳林堂なる割と大きな書店に出向く。しかし書架巡りも空しく見つからない。で、その近辺の書店もダメ。結局、1時間ほど無駄足だった。ブックオフでもそうだけど欲しい本が見つからない苦痛は我慢ならないね。<br> そこで帰宅してアマゾンに再挑戦したらばOK!気を良くして倉木麻衣ちゃんのライブDVDも勢いで注文出しちゃった。<br> アマゾンのワンクリックの魔力はアップルストアがその注文システムをアマゾンからレンタルしていて十分わかっていたのだが本家本元は凄いもんだ。得てして買い物は観念のお堂巡りを延々と繰り返すわけでチェックした商品の履歴やら買った人たちのレビューもあるしショッピングコミュニティに帰属した心地よさすら感じた。購買心理をうまく突いたネットシステムだね。<br> </p> <p></p> <p>2005.3.6(日)モバイル7468@<br> <br> がんばれホリエモン!<br> <a href="http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1017021/detail">http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1017021/detail<br> </a>こんな記事など馬耳東風だろうけど。</p>

2005.3.6(日)モバイル7454@

冷え込んでいる。曇天。予報には雪マーク。ムーミンの恋人のノンノンに似ている女の子、ずんぐりむっくり、その名は天からの贈り物。同名の歌手は「JOY」を歌ってる。<br> 今朝の毎日朝刊に経済アナリスト森永卓郎のパネリスト発言した内容が掲載されていて「デフレの時は猿でも儲けられてたけど、デフレ脱却が来年中に起きてインフレに転じる。さぁーどうーすんの」って感じの内容だったけど。思い出すのが小泉再選すれば「恐慌になるから大忙しだぁ」なんて言ってた、このアンパン野郎。迷著「年収300万」で3000万儲けたこの自称カラス(外資ハゲタカとまではいかないけど儲けた)評論家は庶民派を気取るとんでもペテン、かも。<br> 今まさに、投資ブームが胎動し始めている。無責任な評論家の中でも最たる無責任な経済評論家の面々がまたまた煽り始めたよ。ホリエモンとフジの攻防も実は株式投資のブームに肖ったマネーゲームの一環なわけ。企業価値やら株主利益やら時価総額やら市場経済のダイナミズムがこれほど連日、茶の間で議論されてきたことってあったからしら。
「年金、不安だしこの先、お金増やすのどーすんの」ってことでカネ余って使い道困ってる人たちには「株だよ、株」ってこと。一方でカネ無い奴は高利貸しの「消費者金融」所謂、サラ金で多重債務の入り口にお入りなさいって。そのサラ金も若年者からベビーブーマーの団塊の連中にターゲッティング変更だそうだ。年金だけで足りるわけ無いのね。この世代の連中の金銭感覚ときたら。今まで丁稚奉公勤労奴隷だった方々が自由なる時間を得るわけそしたらば自由なるお金が必要になってくるわけ。でも足らない。だから株式投資で儲けないさい、負けたらサラ金でお金借りなさい。で、儲かるのは銀行さんってことかしら。<br> <br> ドコモダケを手に入れようと戸籍謄本を入手。自分の本籍地が記載されていてその戸籍内容を確認した。僕賃は橋の下で生まれていなかった!嫡流中の嫡流だった!手書きな役人の筆致を眺めながらある種の帰属意識というか厳粛な気分になった。自分のルーツの一端を垣間見たからか。<br> <br> 同族とか一族とか、今騒がれているけど、家督権相続とか血の連綿の継続性やら持続性やらって組織の問題としては重要な論点だと思う。巨大組織であろうが数十人の同族中小企業であろうがどんな組織にも支配体制があってその利権その権力が承継されるプロセスは民主な手続きなどあり得ないのだ。民主な選挙でそんなもんは決定されない。だって民主主義って統治の合理性と生産性に貫かれたシステムでしかないんであって。<br> 「ライブドアの社員の平均定着年数は2年に満たない。社員の使うパソコンも自腹で買わされる。ホリエモンの為に働かされるシステム」だという。経営者が自社株を一番持っていて株の時価総額を上げれば上げるほどその利潤は莫大になる。米国エンロンの崩壊はその悪しき市場主義に群がったハイエナのワルツでありソナタであった。その反省から横文字好きの縦文字翻訳の学者らがコーポレーティッドガバナンスなる概念を日本に宣伝した。でも概念輸入の表層性の浅薄さは如何ともしがたく。</p> <p> </p> <p>2005.3.5(土)モバイル7437@<br> <br> 今夜、またしても雪が降るらしい。これじゃ折角の啓蟄なのに虫たちは穴っぽこに逆戻りじゃないかい。けいちつのちつってあの膣じゃない蟄なのは春を言祝ぐ深い深い意味が込められていそうで古の先人の語感に脱帽だね。<br> 三島由紀夫の遺作三部作「豊饒の海」の第一作に「春の雪」という作品がある。今夜雪降って三月に二回の降雪は珍しいというけれども。本作は輪廻転生をテーマに昭和初期から戦後70年代を作者三島の同時代史として読んでも面白い。機会があれば再読堪能したい傑作だ。本作を三島の文学の師であった川端康成は「現代の源氏物語」とまで賞賛したけれども。「永すぎた季節」の石原慎太郎には無惨な駄作らしい。政治と文学の関連で言っても創作者表現者と政の不一致性は歴史的にも証明されていて作品構築の創造性と行政長官の二足わらじの不毛性と非生産性が面白いけれども。<br> <br> </p> <p></p> <p>2005.3.5(土)モバイル7429@<br> <br> 今朝の毎日朝刊にライブドア堀江のインタビューが掲載された。既存のメディアによるジャーナリズムはネット社会の双方向性の情報空間の普及でもって必要ないという。新聞社の専権事項である事実の取捨選択で作られる新聞の編集においてユーザである読者不在の傲慢さに異議申し立てしたようだ。ジャーナリズム機能を如何に上げていくかは民主な社会の地位向上を如何に行うかにも通ずる重要な論点であるけれども堀江のいうメディア論は自社の経営戦略の延長線上でしかないような気がしてならない。ネット隆盛の内実の検証をそろそろやらないことにはこのような商売至上主義な市場原理優先思考の連中の跋扈を許容することになるだろう。<br> また堀江の言う、公共性を多数派に置き換える発想視座は「経営者」の視座でしかない。公共の福祉を推進する思想性の皆無に実は衆愚なる社会の勝ち組支配原理行使の側からの傲慢論理を引き出せる。社会悪の追求であるとか統治権力への監視であるとか弱者救済の告発であるとかの本来のジャーナリズムの職能への理解の浅薄なこのライブドア社長の言動はどうやら何から何まで私利私欲でしかないのか。全ての「人間の心がカネで買える」わけではないにしても。「命の次に大切なお金」を捨て去ってまでも。<br> 元来、インターネットの無償性こそが多数を引きつけた。そこにプロの連中の参入があって有料サイトが出現し質の向上が加速化した。しかし、例えば新聞を宅配で購読する人間から見てカネを払って読むペーパー媒体の新聞紙と無料でしかも即時性に長けたネット配信のネット記事のどこに有料と無料の相違点があるのか。またネットは当然、パソコンを通じて閲覧しているからデーターベース検索としての優位の圧倒性がある。切り抜きスクラップをせずとも様々なサイトが読者の知的欲望を満たしている。紙ベースの活字媒体はネット配信の音楽と同じく衰退の一途を辿るのは必然だろう。月に新聞一紙3950円で朝夕刊を購読し資源まで浪費して(ゴミで一番多いのは新聞紙)どうなるというのか?新聞紙は結局読んだら読みっぱなしでネット検索したネットニュースは保存加工ができる。<br> さて物議を醸すバッシングマーケティングを標榜する目立ちたがり屋のこの男の言動の真価は商売人としての自負でしかない。株主さえ利すればいいということでは多数から支持されるわけないのだ。まぁフジサンケイグループの公器性はこのホリエモンが買収してもらってどうなるか知ったこっちゃ無いけどね。そろそろウザクなってきたぜ、ホリエモン。</p> <p></p> <p>2005.3.4(金)7417@<br> <br> ライブドアの敏腕弁護士が「個人的な理由」で辞任とか、五輪金メダリストの里谷が騎乗位1時間半とかの大見出しが載ったタブロイド各紙が駅構内の売店に並んでいた。リーマン諸氏にとって哀愁と疲労漂う仕事帰りの閉塞感をこれらセンセーショナルな過剰的表現でもってカタルシス発散を意図できるのかどうか。羊頭狗肉たる売文業の商売主義に翻弄されて正確な事実を知るというよりは己が持つ劣情を過激に刺激してくれる安価で安易な感覚装置の小手先って感じのタブロイドな媒体。缶コーヒー一本分の対価で得るものってどの程度..。リクルートは「R25」なる無料週刊誌の好評でもって次なるフリーペーパーを企画しているのかどうか。ライブドアもメディア戦略の中で日刊無料紙の新展開を企図する。多分に活字信仰というこの国の悪しき現象につけいるバブリーな発想だけではないようだが。パブリックジャーナリストの覗き見的なファクト収集の詳細は村上龍「希望の国のエクソダス」に描写されている通りかどうか。</p> <p></p> <p>2005.3.3(木)<br> <br> 今夜、大雪が降ると大騒ぎしている。社内レイアウト変更か。60周年か。<br> 「チャレンジ60!」<br> 「クリエイティブ60!」<br> 「懐かしの60?」<br> 良いアイデアは浮かばない。</p> <p></p> <p>2005.3.2(水)<br> <br> 雛祭前日の躍動感はなかった。月末処理も進捗香ばしく仕事後に生ビールで喉を潤す。ここはラーメン専門「一兆堂」飯田橋店。店内に「月曜は飲み物半額」の張り紙。今日は水曜日。若い女の子が独りでラーメンを啜る姿は仄々系。OLグループもやってきて結構、流行ってる。酔っ払いが締めでラーメンを食べるのはよくあることでそんな連中が陣取ってバイトの中国人留学生のおねえちゃんに「あんた、日本語うまいねぇ」なんて赤ら顔で絡んでいた。とんだ日中関係だこと。</p> <p></p> <p>2005.3.1(火)7326@<br> <br> 連日寒い日が続く。一家5人殺傷事件の犯人は団塊の世代だった。彼らが世に出たとき戦争は終わっていた。しかしその幼少期はまだ敗戦状態の闇市経済であった。少年思春期時代は安保闘争盛んなころ。高度経済成長の若き労働力の担い手として彼らは頑張った。もはや戦後ではなかった。<br> そして退職し老人生活へ入る。彼らは年金を食いつぶす。割賦制度の年代別人口比率のまやかし。<br> さて明日も頑張ろう。</p> <p></p> <p>2005.2.28(月)<br> <br> 月末はきつい。しかも二月は最もきつい。</p> <p></p> <p>2005.2.27(日)モバイル7286@<br> <br> 今日はいい天気だった。宮里藍選手は惜しかった。スラッとスマートな外国選手のスイングだの佇まいだのと比べて我らが日本の藍ちゃんはお義理にもセクシーとは言えない体型はそれでも大和撫子琉球娘って感じだったけど堂々としていて格好良かった。彼女のスイングには格調高い風格が漂っていた。彼女に負けじとトレーニングしながら(エアバイク漕ぎながら)ジムのテレビで観戦していた。巨人対楽天なんかどうでもよかったのね。また土佐礼子の疾走も格好良かった。日本女性は凄いなぁと思う。br>
フィリップ・カー「ベルリン・レクイエム」を快読中。私立探偵グンターシリーズ三作目ね。1947年、第二次大戦敗戦後、ソ連統治下のベルリン。何処の国の占領軍も同じ事。日本、そして米国にしても欲望の赴くままに各々の兵士らは..。退廃的な時代の空気と同時に新時代胎動の息吹も感じさせる時代状況を描写する英国の英才P・カーの冴える文体とセンスある会話スタイルは凄く顕在的に刺激的だ。人間味ある主人公グンターは妻の不貞に悩む。ある日、占領軍の米国将校と逢い引きする彼女の媚態を目撃する。その彼女との冷却期間を設ける為にもウィーンに赴いた私立探偵を待ち構えていたものは.....。ソ連兵に集団で強姦されそうになったチョコレートレディを助け、彼女の部屋で官能な夜を過ごしたと思えば頗るつきな美女を自作自演の誤認逮捕劇で掌中にし事件解決の糸口を手繰ったり。息つく暇もないストーリーテーラーはスリリングだ。また歴史的事実の取り込みの巧さは際立っている。読了までじっくり読書堪能の時に浸りたい。</p> <p></p> <p>2005.2.27(日)モバイル7275@<br> <br> 公的領域は公職の支配領域だって。近松門左衛門「好色一代男」は駄作だけども。公共性って結局、憲法論議に通じちゃうよね。為政者や体制側の支配階級と被支配なピープルの本質的対立構造は一般化できるけれども互いの双方で公的なものへアクセスし止揚発展させることが大切なんであって。支配原理の駒にしちゃぁいけません。私的恣意を封じ込めて国家的共同幻想を打ち立て支配の合理性を追求するといったことにね。<br> ところで人間の欲望体現様式には代償満足というのがあってこの愉楽堪能の方途は政治的なんだよね。自らの感覚器官のダイレクトな信号受容過程を直接体験の手間暇を省いた交替卍なんだってさ。<br> でもなぁ女・カネ・名誉名声か。世俗的な欲望論だね。韓国女優イ・ウンジュの自殺は女優の名声とは違った彼女の内実に異変があって裸体露出の羞恥が彼女自身の内外に重大なインパクトを与えて死に至らしめたのかどうか。彼女は十字架ネックレスしてたからクリスチャンのようだし自らの祈りを「無謀な祈り」と綴った。医療も家族愛も信仰もそして謎のオンニにも疎外されて行き場を失ったのか。自殺傾斜の心的過程に理性的な展開などあるのだろうか。自死への衝動を受け入れた事故だったようにも思う。そう言えば高校時代の先輩がノイローゼ発症・自殺。死に至る精神病。最近は自殺も大流行だ。<br> 今、ふと2chを覗くとイ・ウンジュの自殺に関して彼女の母親が作った200億ウォンの借金が主因とフジが報じたって書いてた。日本円に物価換算して60億円だという。ヤクザ絡みのギャンブルで巨額化したらしいけれど信憑性はあるのかしら?5枚も綴られていた遺書もはじめは映画の露出シーンで欝になったのが原因だったというのも遺族の意志の反映だったのかどうか。血で綴った母や兄への謝罪の複雑な背景は封印されたままか。部分的な遺書をマスコミに提供した遺族にとって彼女が嫌がっていた台本を強要された真の原因は母親の莫大な借金返済にあったということか?事の真相は噂の噂。でも芸能的関心事とは別に彼女の映画を観て間接的だけど直接的な体験で彼女を知ることはできる。作品の中の彼女は永遠なのだ。</p> <p></p> <p>2005.2.26(土)モバイル7263@<br> <br> 今日で2.26事件が起きて70年たった。軍事国家日本の当時の時代状況は農村の疲弊、娘の身売りが横行し昭和不景気も極まれりでもって革命思想を扇情した北一輝らの動きに蠢動されて奸賊を排した天皇親政を目論む陸軍皇道派の青年将校らの決起行動によって首都圏に戒厳令が敷かれた。軍賊をやっつけて血気盛んな連中に対して昭和天皇は「朕の首を絞めるのか」と激怒された。事態収拾は電光石火。皇軍相見える事態回避を図るため革命軍から反乱軍へ。その包囲網は狭まる。「下士官兵に告ぐ」が上空よりばらまかれ決起した反乱軍は原隊へ帰った。こうして日本帝国初の軍事クーデターは未遂に終わり皇道派は粛正され戦争準備に長けた統制派の軍部内閣が誕生するに至った。後に国家総動員法の制定によって総力戦の国家的準備たる法的インフラは着々と整備された。<br> 翻って裕仁天皇時代の昭和は史上初の恐慌を経験し軍事が政治経済を牛耳る時代状況に入ってその反動でもってテロルの嵐が吹き荒れた。そのエポックメーキングこそが天皇制への概念収斂であった。美濃部達吉博士の「天皇機関説」を巡る国会論戦が政局を先鋭化し国体明徴を2回に渡って政府は軍部の突き上げで宣言する。それに呼応して文部省は「国体の本義」を発行し広範な国民運動に拡大した。この天皇制を巡る保守反動は軍部利権に直結の様相を更に顕在化した。軍の生態系が如何に国家的営為に悪影響を及ぼすかはその軍の本質論に帰結する。生命を手段化する武力行使の組織が如何に人間的本質を逸脱した官僚システムに収斂されるかということである。翻って平成アンポンタンなこの時勢は憲法論議が喧しい。まずは手続き論から外堀は埋められる。改憲の焦点は九条と天皇の条文である。時代は巡る。時代は繰り返す。歴史は人間をいつも翻弄する。</p> <p></p> <p>2005.2.26(土)モバイル7253@<br> <br> スパイ犬、暗躍為らず。<br> 飼い犬全てが忠誠忠孝を果たす立派な名犬になれないのも時代の趨勢であろうか。飼い主を見極めることすらできない堕落の老いぼれ犬はこれから死ぬまでスパイ犬であるのかどうか。<br> 貶めたい対象への痛罵の如き陰口やら甘言やらをいちいち真に受けて、挙に出る似非飼い主に担がれたお方の現状復帰は金輪際あり得ない。<br> スパイは主人までも騙し貶めるのが世の通例なのだ。<br> <br> やれ「最近、全く●番の電話が鳴っても出なくなった」<br> やれ「家のパソコンが壊れて会社のパソコンを私物化している」<br> <br> 社員でもない人たちへのあることないこと検証不能な風評をその当事者不在の機を見ながら不自然なる姿勢でもって囁くスパイ犬を賢明なる人物の本質を見極めた判断力でもって胡散霧消へと。<br> <br> くれぐれもスパイ犬にはご注意を!</p> <p></p> <p>2005.2.25(金)<br>
西武帝国の同族経営的破綻現象はスケールの大小不問を通じてある種の特質を有している。企業統治の形態において財閥もしくはコンチェルンを問わず独裁的経営支配体制はその独裁を補完する下部組織なる官僚機構をシステム配備しているのが通例であるが同族という創業者に連なる血の連綿形態は劣性遺伝の排除効率化、言い換えればこの適者生存の法則に違反すれば組織全般に悪しき現象を必然化する。<br> 西武・堤家の経営継承のキーワードはもちろん株であった。経営権行使の所有株が全てにおいて株式会社たる法人の社会的存在性に経営者と資本提供の株主が一体化した経営責任のマッチポンプな無責任体制の完結こそが。収益を上げて企業価値を高めることは創業者利益の全てであってしかも非公開非上場な中小企業なる同族経営の資本も負債も資産も貸借対照の掟に背いた私利私欲の極悪曼荼羅であって。<br> 与信管理の喧しいこのご時世において中小企業の命運はその経営者の資質に一等の価値基準がセッティングされている。企業査定における定性評価に経営者の人間性や経営資質などの評点採点のリストアップ項目に対して査定審査サイドへの心証アップにどれだけアピールできるかは創業者の後継訓育の成果以外にない。急逝への後処理はその取り巻き側近の順位の必然的シャッフリングをやるまでもなく、であるけれども。王様ゲームな独裁者の自己批判は全てまやかしである。</p> <p> </p> <p>2005.2.24(木)<br> <br> フジとライブドアの泥仕合。勝てば官軍。総力戦か。何故外資参入はいかんのか?放送事業って公共性があるからいかんのか?愚劣な番組を垂れ流す既存の民放にどんな公共性があるのか?NHKが公共放送やってるんだからいいんじゃないの。番組の質向上を目指すことが最重要なんだろうし規制緩和の競争原理をフル活用すればいいんであって。メディアのクロスオーナーシップによる寡占体制の弊害は今回のニッポン放送とフジテレビの持ちつ持たれ合いに顕在化している。<br> </p> <p> </p> <p>2005.2.23(水)7206@<br> <br> 二月の月末は非常に日数がないのできついね。韓国女優イ・ウンジュの自殺はショッキングだ。僕賃も「夏の香り」や「ラブストーリー」のソン・イェジンと共演した「永遠の片想い」でキュートでボーイッシュで明るくも病弱な女の子を演じた彼女に強いインプレッションを受けた。<br> 一か八かの白黒つけたがる国民性の韓国では今後気になる点がある。それは人気女優の不可解な自殺は必ず後追いを誘発することだ。謎の死には魔的な要素が強い。人の死はあっけない。でもその死を取り巻く周囲の生に否応なしの影響を与える。女性の死に男ありは定説だが....。<br> </p> <p></p> <p>2005.2.22(火)<br> <br> ライブドアの株価が乱高した。さて慌ただしい。</p> <p></p> <p>2005.2.21(月)<br> <br> ライブドア株上がりました。堀紘一氏ピンチ。財部氏危うし。もともと1000円あったのが300円台なわけで。<br> 地元福山のナショナル企業といえば洋服の青山と福山通運だね。スーツ買いに立ち寄りました。商品割引券6150円(二枚分)とスミセイカードで3150円引き。しかも青山カードのポイント3000円引き。3万のスーツが2万割り込んじゃって良い買い物だった。あとはすぐ破れないにしても...。<br> 衣食住足りて礼節を知る。</p> <p></p> <p>2005.2.20(日)モバイル7119@<br> <br> 感情的になってしまう事態の単純さって例えりゃ「弱い犬ほど良く吠える」って言うじゃない。今朝のテレ朝サンプロで面白かったのは経済専門の常駐コメンテーターに堀江社長が激して何回も食い下がったのがね。まるで青臭い書生気質の正論を赤子の手を捻るが如くいなそうとしたかに見えたあの場面で。ライブドアの株価が急激に下がっていく市場原理のイロハってもんが如何に重大展開なのかは気色ばんでる堀江社長が一番実感しているわけだから。<br> でも田原総一郎が冒頭で指摘したとおりここに来て自民党議員らが一斉にライブドア攻撃を「資本主義経済就中、自由主義経済のルール違反」だのと言い出したのは今回の一連のキーマンたる村上ファンドがライブドアへ流れるのを防いでその結果発生する利権、フジテレビに恩を売って得る利益ってもんが従来型の自民党利権政治のイロハだってことはその発言を一番に詳細報道した産経新聞の記事からは彼らの言う「正論」が如何に歪曲された自分たちの論理だってことの証明になっちゃってる。全くジャーナリズムは機関紙に堕したら終わりだってーの。しかも自社利益擁護の正論なんてあるわけないんだ。
昨夜のTBSで榊原慶大教授が「社長だったらテレビでベラベラタレントのように喋らんほうがいいですよ。会社辞めてタレントになるんだったら話は違うだろうけど」って感じのこと言ってた。<br> まぁ確かに生意気な雰囲気ありありだから当然、反発を招く。でも俺流のホリエモンがボロ負けしてもそこまでのマスコミアナウンス効果ぐらいまでは読んでやってるんじゃないかしら。プレジデント編集長が「32歳の男が800億集めてやってるってことは大したもんじゃないですか」と元公務員の私大教授にしてテレビタレントの榊原教授にもの申して相好崩した場面もあったりと時代の風を受けて風邪引くのはどっちにしてもマスコミは舞台を演出するだけか。それがメディアの本質論だ。媒体に思想性はいらない。</p> <p></p> <p>2005.2.19(土)<br> <br> 土曜出社で神田へ。保存年限切れの書類を廃棄する。デスクワークの非日常である肉体労働の労苦をしばし味わう。体で感じたことは渾然一体の乱雑さを整理整頓していく中、ダスト吸引やら体内乳酸蓄積の痛苦を超えたある種の知的興奮を味わった。整理整頓を戦略的に執り行えなければ知的生産性は相対的に低下する。<br> 寒さで縮こまった体のしこりを中華専門店「蔵王」定番のスタミナラーメンがほどよく体温を上げてほぐしてくれた。今、疲労で目蓋が重い。</p> <p></p> <p>2005.2.18(金)7101@<br> <br> 日本アカデミー賞に「半落ち」決定。以前、原作をブックオフで立ち読み。映画を観ようかな。上毛新聞記者だった作者の横山秀夫の作品では日航機墜落事故に直接取材した「クライマーズ・ハイ」を楽しく悦読した記憶の方にインプレッション強いわけだが。本作も人間的な葛藤を描いて秀逸だと思う。最近、メディアを取り巻く話題で日々楽しい。その国の政治指導者を必然化するが如くにメディア環境の善し悪しは民度なる時代土壌を決定付けるわけで。情報空間の価値紊乱に乗じることなく同時代の空気を嗅ぎ分けていきたい。</p> <p> </p> <p>2005.2.17(木)<br> <br> 朝、TBS「ウォッチ」を観ていたら経済問題に詳しいジャーナリスト嶌信彦がライブドアの堀江社長に直撃インタビューしていた。市場ルールを強調する堀江社長を「非常に論理的」という堀江評。面と向かって話を聞くインタビューで対人コミュニケーションという質問と回答の関係性の中ではしばしば主従関係が出来たり支配被支配関係が構築されたりする。企業トップは組織人であってフリージャーナリストの自由な視点・自由な立場からの大衆迎合な呼び水の如き視点視座での切り口が専門非専門の垣根を曖昧にするかも知れない。無意識なるヨイショだね。フジサンケイグループの害毒はテレビのバラエティを通じての大衆文化歪曲路線との一体化で進む白痴化促進のまやかしとかナショナリズムという天皇制賛美の矮小化された教育論への収斂かも。今度は楽天までメディア買収を視野に入れるんじゃないかい。<br> </p> <p></p> <p>2005.2.16(水)<br> <br> 定時上がり。そう言えば早朝に地震。今日は頭痛で不調だった。</p> <p></p> <p>2005.2.15(火)<br> <br> 今日は三月中旬の陽気だったという。いじめが原因か。</p> <p> </p> <p>2005.2.14(月)7018@<br> <br> 良い部屋ないかな。寒さがもっと緩んで春の気配が濃厚になってくれば引っ越しのアクションも起こしやすくなる。家賃に敷金礼金。場所に部屋の構造。駅に近い方がいいしNTTの基地局に近い方がいい。一番の問題は静寂性だ。階上のものが歩く度にドシンドシンと振動が伝わり、話声が明瞭に分かっちゃうそしてシャワーの音で目が覚めるという生活雑音だけでこれだけ我慢を強いられてきた事態の異常性と複数の人間らが押しかけてワイワイやる最悪の事態に於いておや。<br> ネットで検索かな。今、早稲田大学は入試真っ盛り。終わってその合格発表も終われば不動産の物件事情も大いに沸き立つ。人事異動のシーズン到来で引っ越しだらけかもね。<br> そろそろ都営住宅なんかいいんだが。分譲なんか馬鹿らしくて考えてないし。<br> </p> <p></p> <p>2005.2.13(日)7006@<br> <br> 今日は読書三昧。デイビット・リンジー「刻まれる女」をずーっと読む。リンジーの作品は好きなので全部読んできた。読み終えたら感想を書いてみたい。</p> <p></p> <p>2005.2.12(土)モバイル6984@<br> <br> 耳障りな雑音が玉に瑕?。平原綾香の歌は耳障りな息継ぎの音が入って不快だったりする?彼女の音量豊かな歌声もあの大きなブレスの雑音で非常に残念?折角の美声に瑕疵がついて勿体ない?収録時に誰も気にしないのかしら?編集し直さないのかしら?でも何故か官能ベースのテイストの雰囲気を醸してないか。あの玉に瑕の雑音にこそ実は隠しきれない隠し味なエロスを君は感じないだろうか?<br> 「Jupiter」も「虹の予感」も「明日」も全部、雑音ブレスが堂々と混入してる。その雑音って音大でサックスを学習する彼女の息継ぎ呼吸法に原因がある。僕賃も高校時代は吹奏楽部でサックス三昧なるDaysを過ごした経験からそう思う。木管楽器のSaxophoneって腹式呼吸でもって思いっきり息継ぎするし奏法で喉を大きく開いて楽器に息を吹き込んで音を奏でる。とある歌番組で彼女が得々と自分の発声法を話す中でサックスを吹くように歌うって言ってた。真鍮で造られた木管楽器のサックスを奏でる歌姫・平原綾香の魅力は発声エロスだけにあらず。彼女の平安朝な風貌に実は顕著な魅力性がある。あの丈夫調の万葉歌人の格調高さが実にいいんだよね。

<p></p> <p>2005.2.12(土)モバイル6978@<br> <br> 連休二日目。快晴の都内。休日に青天井の天気は実にいい。雪国では豪雪になっているようね。気候の厳しい特色性に人間の営為も影響され環境という磁場の吸引力に状況の初期設定はデフォルトされて共同体にも特異な事象を育むという。br> 今朝、いつも朝楽しみにしているコラムニスト勝谷誠彦のネット日記で朝日の天声人語が酷評されていた。全くね。毎月集金にやって来る新聞奨学生に購読料を払ってるけど酷すぎる。大学の卒論で「天声人語」を書いた僕賃としても今の天声人語は読む気になれない。字数制限の単文勝負であるこの一面コラムの特色は「考え方」の提示であった。つまり批判力が全てなんだ。朝日の現役ライターで一等その筆力のある人物が書き綴る伝統の筈がこの編集委員氏の文章には味わいも深みもない。全く勝谷が指摘するように字数稼ぎとタワケな表現という筆力の劣悪事態に陥っているわけね。こんな文章が連日掲載される新聞を発行するその組織的な怠慢は実際問題、許せない。紙価を高らしめた天声人語の伝統がこんな惰力のリーマン文章で貶められていいのかと、歴代天声人語子も草葉の陰で嘆いているだろうね。<br> 学生時代の総決算に我が卒論「深代惇郎『天声人語』研究」を書き上げた。骨髄性急性白血病で亡くなった深代の天声人語は歴代の天声人語子の中でも筆力は群を抜いており人気も抜群であった。最近、亡くなった読売最後の魂であった本田靖春氏の「警察(サツ)回り」に一章まるまる彼の伝記が割かれていて魅力的な人物でもあった。僕賃は急逝した深代への鎮魂出版である「青春日記」のあとがきを書いた同僚友人の涌井氏を築地の朝日本社に取材しに行ったっけ。<br> 涌井氏は「深代は新聞記者止めたら伝記作家になりたいって言ってたよ。彼の天声人語の中でも人物論がよかった。深代は人物を描くのがうまかった。だから生前、よくそう言っていた」という。<br> 完成した卒論を取材に協力戴いた朝日新聞社の出版担当重役であった涌井氏に送った。その後、「天声人語」が変わったね、と卒論指導教官でゼミの担当教授であった新井先生から言われた。僕賃の書いた「深代・天人」の影響だったのかも知れない。</p> <p> </p> <p>2005.2.11(土)モバイル6942@

建国記念日に吉野家「一日限定牛丼復活祭」どこの店も行列ができていた。一年前、吉野家牛丼ラストの日、行列を見た経団連の奥田会長が「この国には単純な国民が多い。教育の問題だ」と問題発言したっけ。米国牛肉が輸入禁止になったのは安全性に障壁があるってことだがその安全性が本当に確保されたのであれば即刻輸入解禁でいいわけで何故にそれが遅れているのかってことでしょ。吉野家のカウンターには署名運動を呼びかけるカードが置かれている。安全性確保を訴えその上で輸入再開を訴えるのであれば。でもそうじゃないんだよね。<br> ネットジャーナリストが米国のBSE対策を取材報告しているのをネットTVで見て慄然とした。吉野家が倒産しても安全性確保が大前提なんであって。食肉だけではない目に見えないマテリアルとしての危険性が潜伏増大する危険が最も危険なのであってその弊害を全く無視した吉野家のワンデイパフォーマンスは衆愚の極みだ。<br> </p> <p> </p> <p>2005.2.10(木)<br> <br> 連休前は気合いが入る。休み明けの月曜日に欝なる最悪の選択を選ぶ対極に休み前の躁なる気分は鮮明だ。<br> ワールドカップサッカー最終地区予選対北朝鮮戦での劇的な勝利の余韻でもって「日朝外交」もいい感じって思っていたら大間違いで「政治とスポーツは別」と宣うこの国のサッカーファンの多くが政治を知らんからサッカーだけだから国家メンツを潰された金正日の決断にもなーんも興味がないんじゃないかしら。六カ国協議無期限離脱と核開発宣言を行っちゃったわけでね。「対話と圧力」を標榜する小泉対北朝鮮外交も重大局面を迎えた。<br> サッカーでは日本主将の宮本が「北朝鮮の選手の驚異的な粘りには学ぶ点が多かった」といった趣旨の試合後のコメントがあったけどまさに瀬戸際外交のマンマの捨て鉢プレイが十八番の外交もサッカーも金正日と一体化した国家プレイだったようね。マスコミの一般化予定調和なストーリーの浅薄さが如実に顕在化したサッカー報道だったように思う。<br> <br> ライブドアの堀江社長のBlog「社長日記」によれば自分がレギュラー出演しているフジテレビ番組の収録放映が休止になったことについて<br> <br> 「日曜日の私がレギュラー出演している、平成教育2005予備校は中止にされてしまったようだ。うーん、凄いことやるなあ。そんなのってあり?ありえねーとか思ってしまった。視聴率取れると思うんだけどなあ。まあ録画だけどさ。他局が激しく報道しているのに、フジテレビではほとんど報道されなかったらしいし。これじゃあ政治家に番組内容を歪曲されてしまう、某国営放送と同じじゃないのか。まさかとは思ったが残念である。資本力にあまり影響されるべきではない、報道やら番組構成やらを自ら歪曲してはいけないだろう。」<br> <br> と、書いている。<br> メディア支配を目論む企業トップにしてはこの非常識は戴けない。もちろん、NHKは公共放送であって国営放送ではない。しかも単純に「政治家に番組内容を歪曲されてしま」ったわけでもない。NHKの政治的癒着構造が根幹にあって、フジがNHKと同じかそれ以下かはどの点に於いてかこの文章では不明だ。公共放送と民間放送の違いはスポンサー企業の存在が番組編成上あるわけで堀江の批判はこの番組のスポンサーとフジの関係性に向かわないければおかしい。それから視聴率が稼げるというのも時価総額をバブル化させて資金調達しM&Aを繰り返してきた彼らの企業体質企業戦略の必然であっても何時しか破綻を免れないだろう。堀江礼賛から本格的な堀江潰しが騒然と起こるだろう。<br> 曰く「マネーゲームに公共の電波を巻き込んではならない。」既に朝日が社説で書いているけれども。雑誌は堀江の身辺を嗅ぎ回るだろう。NHK問題のとき露呈したメディアの大同団結未遂はフジへのやっかみの反動でもって顕在化するかもね。視聴率王者への追撃はこんなメディア事情の混迷を深めるだろう。<br> 日本のメディアの封鎖性はある種この国の知識人の嘆きとなっていてフジサンケイグループにしても読売グループにしても朝日グループにしてもTBSにしてもクロスオーナーシップの弊害が顕在化しているのは随分昔から記者クラブの官製報道の悪弊と並行して批判されてきたことであって。今回の堀江の野心発露には外資の資産提供という面白みも含意されるべきなのだが。<br> </p> <p></p> <p>2005.2.9(水)6917@<br>
空いた電車に乗って家路を急ぐ。サッカー「日本対北朝鮮」だね。久々テレビの前で大声を出して興奮してしまった。勝ってよかった。しかし高原や俊輔をもっと早く出してりゃね。それから「3-0」やら「4-0」で楽勝楽勝なんてみんな思ってたよね。ところが大嘘だった。互角どころか劣勢だったよね。10チャンはぶっとーしでサッカーやっていたけれどただのスポーツじゃないわな。国民の心の奥底にある何かにダイレクトに通じるからだろう。ナショナリズムか。</p> <p></p> <p>2005.2.8(火)<br> <br> ライブドアがニッポン放送の筆頭株主になった。大量に買い付けられるとその株価が高騰する。何故ならば一儲けしようと便乗してくる連中が雲霞の如く群がるからだ。その欲深き群集の旗振りをどこまでこなせるのか。<br> 人に説く前にその理屈を実践して結果を出して第三者も納得出来るようにしないとね。証拠を突きつけてやれ。</p>

</p> <p>2005.2.7(月)6870@<br> <br> 風邪大流行。小泉首相も今日は風邪で大事をとって静養中らしい。社内でも病欠続出のようだ。一週間の曜日別で月曜日に最も自殺者が多いけれど心理的鬱積の捌け口は容易に疾病発症に通じるわけで月曜日は金曜日に比べてもかなり会社に活気がないわけね。<br> <br> さて言った言わないの諍いはダッチロールな泥沼に陥るから相手に合わせてそのコミュニケーションの耐久を考えましょう。思いこみの強い奴ほどその対応を間違えると自爆テロまでやりかねないから。何も聞いてない方に問題は全然ないわけだし今後の問題も当然、何も言わなかった方が気をつければいいだけだろう。それをお互い気をつけろじゃ話にならんわな。まぁどーでもいいけどな。養生養生。そういや吉田兼好は言いました。「病気になったことのない健康な奴は信用できぬ」みたいなさ。でもさ同病相憐れむ、傷の嘗め合いどころか互いの傷の自慢合戦になっちまって恨みの相乗効果じゃぁね。<br> </p> <p> </p> <p>2005.2.6(日)モバイル6828@<br> <br> 完全に流行感冒に罹ったようだ。昨日は僕賃のお気に入り風邪薬「エスタックゴールド」を買って服用し床に就く。成分表示に麻黄。これって競技スポーツではドーピングの陽性が出ちゃうエフェドリンの主成分だ。諸作用は呼吸器官を拡張し小川直也じゃないけれど「ハッスル」状態にしてくれるトレーニング時におけるアスリート達の優れものなんだが、医療転用では風邪の諸症状を体内からポカポカしてくれて発汗作用を促進してくれるわけね。だから目覚めると体が非常にほってていた。まぁ早め早めで処置しないとね。複数日間も寝込むわけにもいかんしね。養生養生。<br> </p> <p>ネットで田中康夫の話を聞いた。面白いこと言ってた。<br> </p> <p>「屈しないそして逃げないってなかなかできてない」ってさ。<br> </p> <p>確かに対話拒否で逃げてれば永遠に屈しなくていいだろう。万年野党が与党との対話に応じた瞬間に妥協的屈服のテーブルに着くわけで。でもそれでは現実は変わらない。永遠のファンタジーが存在するだけだ。永遠のファンタジーの自己完結的循環か。自律に固執した結果的には他律的人生の総体が存在するわけか。相対主義の政治の世界にこの屈しない論理を持ち込めばそれこそ党利党略の組織求心力の最大化のみが存立命題であるかの如き党派性だけが跳梁跋扈するのみ。そこに人間主義など微塵もない官僚システム主義があるだけか。全ては党の為だけの。<br> 田中康夫は吼える。個に立脚した政治を標榜し前人未踏の政治を行っているという。信毎の偏向報道と戦い、記者クラブを廃してガラス張りの情報開示を目指しているという。でもなぁ作家田中康夫なんだろうね。何となくクリトリスじゃなくてクリスタルじゃなくて違和感を感じる。</p> <p></p> <p>2005.2.5(土)モバイル<br> <br> 晴耕雨読か。自然の摂理に自然のリズムに合致した生活を送れ。キーワードはバランス感覚か。過剰なこと愚劣なことから知的距離を持って生きること。<br> 最近、憲法問題がにわかに盛り上がっているよね。集団自衛権も個別自衛権もなんかウソのような気がしてきた。例えば北朝鮮の核ミサイルが我が国を射程圏内に置いているこの事態に攻撃の予兆が無い限り手出しができないという。つまりやられなければ何もできない防衛論なわけ。結局は犠牲が出ないと行動に起こさないという流れだ。<br> 自衛権行使につまりは武力行使で祖国を防衛するその具体的物理的装置が自衛隊なんであって。軍隊であり軍事力なんだからね。九条のエッセンスは武力保持の放棄にあるんだからね。そこのところを明文化し直して統治権力にきちんと守らせる順法精神を強烈に植え付けないといけないんだけれど。でもさテロとの戦争に参戦表明したこの日本の安全保障的外交戦略は米国をマワシにとった内憂外患的国内政治手法なわけで。「そもそも米国には逆らえないんだから」の所与性に甘える現実追認主義の延長線上のモラトリアムな事態であって。<br> 最近、凶悪劣悪犯罪が連続多発している。殺人願望の狂気なる凶器が野に街に放たれているこの事態に於いて犯罪の催起率は犯行主体の気まぐれでしかないという事態の深刻さに防衛の手だてすらないわけだ。犯罪に巻き込まれる可能性は事故災難に遭遇した悲運と同義になってしまった。犯罪動機を社会が抑止する共同幻想的規範力の見えざる防御線を張り巡らせたとして何の意味があるのか。自爆テロ的犯罪が急増する治安悪化の手だてがとあるファッショな国民運動に直リンクで国民大衆の精神的空隙を埋める求心性に安易にも転換可能なのも怖いことだ。国内外の治安悪化を扇情演出しその救世主として時代のヒーローになろうとする輩が現に出現して久しいじゃない。<br> さて憲法九条を発展的解消して武力の保持を明文化し個別自衛権も国民主権でもってシビリアンコントロールの本義に立ち返って軍産複合体の確立を目論む経済界の要請に十分に目配せしながら軍事大国日本をこのアジア極東の地から世界に羽ばたくのも手かも。だから、歴史は繰り返す。</p> <p> </p> <p>2005.2.5(土)モバイル6802@<br>
感冒ですな。体の節々が痛む。喉が痛む。悪寒寒気でゾクゾク。対策はストレス・レスですね。嫌なことはこの週末一切やらんってことで。面倒なこと大儀くも面倒なことから一切フリーで閑かに過ごすってことね。
<br> 最近、物語論が流行っている。ナラティブやらファンタジーやら。希望希求願望欲望の快楽物語志向か。そりゃ誰だって究極のラブストーリーやサクセスストーリーに憧れるわけね。<br> でも現実は厳しすぎる。自分の日常の不如意なる不条理に蓋をし空想的にも夢想的にも想像力を発揮して生きる求心力を増そうとする。極楽浄土やらユートピアやら地上の楽園やら砂漠のオアシスやら。みんな相対時空でしか論述できない概念なんですね。だから条件が変わればその変数的関係の絶対性に引っ張り込まれてとんでもない事態になっちまう。政治的プロパガンダの臭みはそこんとこに収斂されるわけで。だから独立独歩な自立の自律性の獲得をどうするのか。環境に負けない自分を作るにはどうするのか。状況の絶対性から如何に距離をおくのか。これは運命と言った気休めの言葉遊びで定義などできない切実性を持っている。そういえば武田鉄矢は吼えていた。昨夜放送の金十先生(金曜日の夜10時から放映になったから)は言ったのよ。<br> <br> 「心の中に誰にも壊されないものをいくつ作ったかで人間の価値は決まる」ってさ。<br> </p> <p> 主体性の確立なのか関係の絶対性の基軸作りなのかは不明だけれど信念に生きる人間たれってことでしょうか。それではその信念の内実はどうなのか?そこまで踏み込んだシナリオにも台詞にもなっていなかった。ただ怖いことは自分が正しいと信じていたことが間違っていたときの往生際の悪い潔くない事態ってもんが多にして起きているってこと。自分の信念を如何に相対的向上を目指して間断なく精神闘争できるかどうか。ここに信と知の問題性があって信じ込む事への蒙昧性を如何に建設的に批判していくかなんでね。みんな正義を主張して殺し合いを行っている。だから自分のご自慢のハウスメイドなトマト80個の収穫を偉そうに誇示する自作自農の嘘っぱち百姓をボイコットせよだ。<br> </p> <p> </p> <p>2005.2.4(金)6790@<br> <br> 咳が出てきて喉が痛い。風邪かもね。二日休んでいる人間もいるし。流行の兆し大だね。<br> 今日の昼休みは駄目だったなぁ。こんなにも嫌悪すべきくだらない奴が一人いるだけで本当に飯がまずくなるんだね。<br> ラジオ聞いたんだか車内の中吊り見たんだか週刊雑誌を真に受ける阿呆なだけだ。あんたが喋っている内容すら無い用なんじゃないか。こんなやつと話す内容なんかないけどな。<br> 若手の批評家・東浩紀の「動物化」じゃないが話が自己完結している一方的矮小性だね。要は「だから何なの?」ってだけのこと。僕賃らには何ら意味がないんですよってこと。無意味な情報ってもんを極力排除したいのが真っ当な一般人格の通例でしょーに。だから外れなわけ。弁当までまずくなっちゃったわけ。だから糞食らえだって?<br> </p> <p> </p> <p>2005.2.3(木)<br> <br> 節分は豆まきと恵方巻きらしい。麺屋いちいへ速攻で行く。2回目の来店になるけれど今度は分量を考えて注文を出したいと思った。<br> </p> <p></p> <p>2005.2.2(水)6748@<br> <br> 寒さは続く。前月の一月までは仕事中、自販機のホット緑茶を日に2〜3本とペプシかイエモン。日にその飲料代たるや400円から500円。月の実働日数が凡そ20日間として1万弱。恐ろしいことだ。あまり飲まない酒と一切やらない喫煙。そして自販機缶茶を一切排除。代替えの代償満足はコスト低減だもの。粉茶パックを買った。そのパック一つに80杯作れて800円の料金。<br> まぁゆったりと。</p> <p> </p> <p>2005.2.1(火)6721@<br> <br> 大寒気団襲来中。信越や西日本で記録的な大雪らしい。月末月初は多忙だ。<br> アップルPower Bookがマイナーアップデートされた。クロックアップと全てのマシンに512MBのメモリーが装備された。G5が出るまでの時間稼ぎのようね。デザインも早くアルミからもっとシックな色にしてくれって。<br> </p> <p></p> <p>2005.1.31(月)<br> <br> 終わりよければ全てよし。今日で1月も終わりだし。

<p> </p> <p>2005.1.30(日)モバイル6656@<br> <br> 桐野夏生「水の眠り灰の夢」を読書中。読み終えて書評を記したい。<br> <br> HOT SPOTで無線LANサービスを楽しんでいるわけだが、東京メトロの主要な駅がサービスエリアになっていた。これで駅のホームのベンチに座ってネット接続ができるようになる。会員は当然、無料で使用できるわけで非常に便利だ。いちいちカフェまで出向いて珈琲代払わなくてもいいわけね。よかったよかった。<br> <br> しかし、上岡龍太郎って生きてるの?横山やすしは死んだよね。両者共通のイメージは毒舌?とある人物を評するのに●●に似ているとかって肯定的とその反対の否定的なイメージの白黒はっきりした単純色彩でカラーリングできる惰性的安易さってあるわけで。「あんたは○○みたいな奴だね。全くそれじゃぁ●●以下じゃないか」みたいな断的口調の危うさは検証しなければ。でもさぁだから何だってーの。<br> <br> 思考の忍耐性やら関係の絶対性やら。人間関係の延長線に組織の役割分担が存在し関係の絶対性は立ち上る。社会学的想像力を鋭敏に継続させる忍耐力の基底部には思想的顕在化が必然化する。

2005.1.30(日)モバイル6649@

快晴。匂いに敏感、嗅覚鋭敏な僕賃の悩みは化粧の匂いとか体臭とか口臭とかを我慢できないこと。臭いに耐える免疫システムを構築できたらいいなと思う。やはり年齢と共に加齢臭なる体脂肪の腐食現象や特定ウイルスの原因で起こる腋臭も人工添加物とは違った自然界のお土産であっても不快に変わりなし。<br>
昨夜は久々に酒を飲んだ。午後9時。明治通り沿いにある安居酒屋の二階座敷に赴く。向側に合コンの男女。しばし談笑し飲食する刹那、彼らを観察。異性に対して奥手でその場にそぐわぬ無意味な存在の野郎とは一線を画した生存DNAのコマンドたる好色何代か知らん野郎のせせこましくも忙しいラブモーションの饒舌さは見ていて滑稽だった。一方で、あからさまなる物欲しげな仕草も控えめに恋の準備に余念無し、そんな女の子達の中でピカイチな子が一人。彼女は歌手の中島美嘉に似た小柄でキュートな笑顔が素敵だ。ちっちゃな胸も秋波を誘い込む強かさも兼ね備えた胸元露出な彼女の可憐さはエロティ感に満ちていた。土曜の夜の合コン二次会は即ラブホ抱擁なのだろう。

しかし、今、正に時代は2005年の21世紀真っ只中。この時代において縦の関係も横の関係もない。礼儀も礼節も関係ない。個々がそれぞれに快適さを求めて適者生存の基本ラインに沿って生きていくのみ。人間の関係性など余りにも意味のないことだってことらしい。関係性の顕在化で自らの相対的位置関係の把握を行うこともなく自分は自分でしかないとの狭隘視野の矮小化で生きるのみか。人間の動物化とはよく言ったものだ。他者性への配慮を一切考慮しない一方性の自己完結に恋の成就もあり得るのかも知れない。</p> <p></p> <p>2005.1.29(土)モバイル6623@<br> <br> この冬一番の冷え込みで最寒な週末になるという。確かに寒い。寒すぎる。モバイルカフェでこのパワーブックに打ち込んでいるのだが暖房もあまり効かず足下から伝わる寒さに気分まで悪くなりそうだ。<br> <br> 先日、銀座・アップル直営店で見かけたキュートでシックな女の子。彼女はパワーブック15インチの展示品でキータッチを試していた僕賃の隣でパワーブックG3愛称PISMOを入れたインナーケースのファスナーを下ろした。メモ帳を取り出し一心不乱にディスプレーに置かれた値段プレイトをメモっていた。どうやらアルミのパワーブックを買う決意固めをしているようだった。インナーケースを小脇に抱えて日常的にケイタイするノートパソコンの存在は彼女をひどく魅力的にしていた。
思うに愛着心に火を点けるのはセクシーさだろう。パソコンマニアも愛でるノートパソコンを持っていなければ片手オチのアルツだと思う。マニアじゃなくて単なるオタクだと蔑む10年前に1000万貯めたメンテナンスプロのようなね。<br> 軽くて安くて丈夫なだけなら窓族のノートでこと足れりだ。知的ツールのノートパソコンは愛着心を喚起させる自分のインスピレーションを刺激してやまないメディアツールでなければならないんだ。カローラで満足できる感性を創造性豊かに全否定する知的BMW派へ。精神のステージアップを目指すべきであって。Macのノート・PowerBookの面目躍如はこれからだ。</p> <p> </p> <p>2005.1.28(金)モバイル<br> <br> 海老沢NHK顧問辞任の速報を見たのは週末開放感に浸る退社後の中華料理店のテレビだった。会長辞任時の会見でこの不埒な入道がニヤニヤしていた意味を知ったのはその翌日の朝刊で「顧問就任」が報じられてからだ。責任感覚の欠如と大誤解。裸の王様に服を着せたのは誰か。<br> 顧問辞任会見に臨む海老沢の表情はシリアスそのもの。最早、陣中に戯れ言なし、だ。今回の茶番劇に終止符を打ったのは激怒した視聴者らの抗議電話であった。更なる不払蔓延の経済制裁への期待感が功を奏した。<br> 独裁者は己自身の矮小化を免れない。独裁者を擁立する直下組織の官僚システムの自動生成機能という問題にもメスを入れてみてはどうか。自らが担ぐ支配原理のコアコンピタンスたるシンボリックファクターの組織力学の方程式。解を求めて三千里。独裁の演出こそがこの大衆社会化状況のキーワードなんだってこと。<br> 情けないほど滑稽の極みであるエビジョンイルのマスコミ露出は北朝鮮の金正日のメタファとして別称そして蔑称されているようだけどコミカルな言辞で言い尽くせない言語関係性を指摘しておきたい。NHK自体が北朝鮮の如き悪の枢軸でも自由と民主を敵に回した言論テロを擁護する悪の放送局であるのかどうか。北朝鮮の金正日の本質が伝わらない不毛な言論機関の垂れ流す検証怠慢のおちゃらけ番組が情報環境を最大限に歪曲した事態を誰が糺すのか。まるであのキチガイ国家の独裁者であるキムジョンイルのような野郎だからエビジョンイルと呼ぼうぜ。血の粛清で局内に圧政を敷く与党政治家とのパイプでもって組織内での発言力を増してお気に召さない事態を片端から強制排除してきた最高実力者だったこのお方の権力の終焉はあっけなかったって。

さて最近、社内で流行るこんな言い回し。「できない。できない。よくゆーよぉ。もう社員じゃないんだからそこまでやらない。それは社員の問題だよぉ。どうせあと2.3年でおしまいだからなぁ。お前らたいへんだねぇ.....」と60歳目前の逆モラトリアム世代の怠慢権利を行使する輩が増殖中なのはこの会社だけの固有な特定現象であるのかどうか。彼らの主張は対価に見合う労働であるべきだとする真っ当なテーゼが根底にある。しかし、ある年齢に達した従業員を一律カットする賃金体系でもってその労働単価も一律カットされて、だから能動性発揮の労働には一切関与しないやるわけないと居直るのであればシルバー世代を謳歌する社会のお荷物ベビーブーマーの横暴を増長させる悪しき不健全な社会現象に通じていく。<br> 確かに会社経営サイドの人件費カットの口実を絡めた高齢者雇用の不整合性は怠慢社員がもたらすモラルハザードの蔓延を食い止められない。高度経済成長とバブル経済を経た年功序列賃金の期間的盲点に居座り生産性と対価のアンバランスに被害妄想だけで反論するこの悪しき連中の退場後の社内疑獄絵巻をどう描くかは現役社員ら一人一人に責任があるのは言うまでもないことであるけれども。労咳とはよく言ったもんだ。<br> </p> <p> </p> <p>2005.1.27(木)<br> <br> 友遠来より。銀座で近況を聞く。公私ともに充実しているとのこと。<br> 今夏には書き下ろしの著作を刊行するという。<br> 「これからはスローライフでいく」らしい。<br> 抑圧された最弱者救済運動にコミットする難しさやライトなストーキングとか。嫉妬フリーな自由度の高い精神性とか。5%なる稀有性の矜持とか。<br> </p> <p></p> <p>2005.1.26(水)<br> <br> 日垣隆の新書を帰りがけに立ち読み。宝くじのからくり..。</p> <p> </p> <p>2005.1.25(火)6510@<br> <br> 昼食を食べてしばらく目を閉じてリラックスしているとセージさんがカボチャの弁当持ってやってきた。そして「口は災いの元だぁ」とか言ってる。<br> 「うちのが勤め先でダイエットの話になって負け組とか言われたらしく励ます意味で「トンガだったら勝ち組なのにね。」とか言っちゃって..。大いに顰蹙かったらしい..。<br> </p> <p></p> <p>2005.1.24(月)<br> <br> 耳の奥が痛い。なので早々に帰宅した。フジテレビ「不機嫌のジーン」を観るも途中でやめた。動物行動学とやらと人間の恋にまつわる関係でもって蘊蓄を垂れる..。もっともらしくも馬鹿らしい..。情念で突き動かす脚本の力量など不問に付すのかい。<br> ネットでDL。「逆転裁判・従軍慰安婦裁判」というフラッシュゲームをやり始めたけど歴史の定説に異議を唱える奇を衒った感じね。南京大虐殺は中共の謀略だみたいな..でも自虐もたいがいにせい..みたいな主張かい。<br> 戦争絶対悪の立場で言えば殺す側殺される側の正と悪の単純二元論のおそまつには与しない。「貧困なる精神」筆者で週刊金曜日を主宰する元朝日編集委員の本多勝一氏の論拠は「中国の旅」で散々書かれている日本軍の暴虐の暴露..みたいな現代史の発掘。そこには中国共産党の対日戦略の防波堤というより日本国内部の保守反動の政体無反省とその周縁の無自覚にまつわる啓蒙啓発運動の発露を感じる。まことにナショナリズムは民衆の心の底辺に環境概念の必然でもって存在しており戦前も戦中も戦後もキーワードは天皇なのだ。</p> <p> </p> <p>2005.1.23(日)6464@<br> <br> パラパラと雪が舞った。銀座のアップル直営店にiPodshuffleを見にいくも店内に展示されていなかった。どうなってんだか。<br> </p> <p> </p> <p>2005.1.22(土)モバイル6435@<br> <br> ネットでたまたま村上春樹の文章を読む機会を得た。<br> <br> 「外なる混沌は、他者として障害として排斥すべきものではなく、むしろ我々の内なる混沌の反映として受け入れていくべきものではないかと、僕は考えている。そこにある矛盾や俗っぽさや偽善性や弱さは、我々自身が内側に抱え込んでいる矛盾や俗っぽさや偽善性や弱さと実は同じものではないのか? 海に入ったときに、身体のまわりを包んでいる海水と、我々の内なる体液とが成分として互いに呼応しているように…。<br>  そう考えていくと、我々の気持ちはいくぶん軽くなるかもしれない。我々の皮膚の内側(自己)と外側(社会)がうまく通信し始めるかもしれない。我々の抱えている個人的なナラティブが、両者のあいだを結ぶ装置としての必然性を持ち始めるかもしれない。そこに有効な出し入れが生まれ、我々の視点は複合化し、我々のとる行為はいくぶん重層化していくかもしれない。」

現状認識を外部からはたまたまた静かなる快適性に満ちあふれた書斎のアームチェアーに身を沈めて沈思黙考しながら思考の発酵と共に書き綴られた作家の思想というべきかどうか?この温室の本質論こそ知識人の知識人たる所以であって現場からの濃厚なリアリズムは感じられない理想型の物語であるのかどうか。作家の脳内劇場で綴られる観念の嗜好性はある時は同時代に受け入れ不能でもって時代感覚のズレとして未来の時代に認識される可能性を有した作品論の一人歩きであったりしてなかなか評価の分かれるところであろう。

さて認知論には人が他者を理解するにはその対象において自己に共通の部分を見出して初めて成立するというテーゼがある。他者に自分に共有できる何かを見つけ出せないなら理解も信頼もあり得ない。米国と国際テロ集団の和解が絶望的なのはそのことを証明している。イスラエルとパレスティナも同じだ。殺し合う関係性に他者を理解し合う共通の要素は無い。また勝敗ばかり気にする組織性はその成員たる個人の内面に善悪の単純二項対立図式が植え込まれる。牽強付会なる無謬の法則には相対化の忍耐性などいらない。
共産党も他宗教も自分の内なる邪悪性だと認識し和解し共生するといったメタフォリカルな思想を村上春樹は作家なるの自由な立場から発言しているのだがその意見に誰が靡くのだろうか。人間の憎悪の醜悪さをどのように乗り切るかは信条の共有化から脱してこそ可能なのかもしれない困難性を有している。自閉のフィールドワークは自己否定の見果てぬ夢だ。

2005.1.21(金)モバイル6428@

泥仕合だね。朝日新聞の誤報問題にどうやら収斂しそうなNHKと政治権力の癒着問題のすり替えは朝日以外のメディアで総ジャーナリズム状況化している。右派メディアから左派赤新聞と攻撃される朝日新聞の揚げ足取りに明け暮れるんだろうね。これで漁夫の利を得る立場を冷静に吟味するとどうだろうか。それは朝日以外のメディアだね。他山の石にもせず高みの見物を決め込んでメディア自体の私利私欲を消極的に得ようとしている。
味を占めた自民党は今後、メディアチェックを露骨に行っていくだろう。朝日に対するNHKの公開質問状18項目は全て当事者のNHKと安倍・中川双方が握る事実関係であってそこに取材し問題とされるスクープを放った朝日記者の取材手法が問題視されている。更に言えば朝日自体の思想の問題ということへエスカレーションして大いに朝日は右往左往の迷走劇に陥る感じだ。結局、このタイミングでNHK会長の辞任表明がなされ、刺し違え効果を狙っての朝日新聞経営陣へのインパクトは強まった筈だ。メディアは取材編集発行を組織する中で政治過程も内部的に必然化する。元々朝日新聞は言論の自由に強い新聞社ではないわけ。銃撃され記者が死傷した事件後、大きく言論は傾いたし右翼が社内に乗り込んで籠城し自殺したあとも相当に反動化した。今後、暴力組織からも妨害圧力が懸念される。頑張れ朝日。真っ当な正義などあるわけない。相対的に吟味するにしても公権力の側を増長させる今回の事例は危険だ。</p> <p></p> <p>2005.1.20(木)<br> <br> 大寒。銀行キャッシュカードスキミング犯罪で初の摘発が行われあれこれ考えた。定期貯金や株式投資といった資産性の高い資金管理とは別の生活当座の資金口座である普通預金。この利便性の高いキャッシュカードに数百万もの残高があってそこにクレジットカードとは違った犯罪の利便性に便乗した一連の事件は金融の根幹を揺るがす経済事件である。つまり不安を煽られた多くの人々が銀行に金を安心して預けられないという大問題へ通じているからだ。しかも不幸にしてその被害者になっても銀行は何ら救済措置をとらない。つまり法的不備に胡座をかいている現状だ。早急なる法整備は当然としても金貸業の銀行の本性は預かることでのサービスを余りにも軽視している。プロの金貸しである銀行はノンバンク系所謂、消費者金融(高金利なるサラ金)へ大量の融資を行って大いに間接利益を上げているし、住専問題の本当の犯人であるし、バブルを煽りに煽ったのも銀行であった。この金融性悪説の張本人こそが銀行なんであって。監視せねば為らんわけね。歴史と経済。金から発生する社会学的考察を無視した学説なんで糞以下だってこと。更に言えば金とは時間と数字であって数字的時系列の価値基準が実は事の本質だ。</p> <p></p> <p>2005.1.19(水)<br> <br> ルポ「東電OLシンドローム」読み終えた。面白かった。性風俗で生きる女達の宿命論を援用しても東京電力勤務だった女性の生き様は見えてこない。殺された彼女の心の闇を照射しその内実にどんな論点を見出すかは読者一人一人の課題に帰されているようだ。<br> さて東京高裁の逆転判決の歴史的必然を解析することは興味深いだろう。つい最近、判決のあった「中村青色ダイオード発明報奨訴訟」の第2審の逆転劇も関連性が有りそうな気がしてきた。何故地裁から高裁へ第一審から第2審へ下級審から上級審とパラレルに判決を評価できるのだろう。司法判断の総合的見地からはたまた社会的見地から言っても地裁と高裁でそんな質的相違があるのなら裁判そのものの内実ってシステム的に欠陥があるとしか思えない。近々始まる裁判員制度にしても第一審しか参加させない。控訴審は高裁・最高裁ということらしいけれど三審制の色合い自体に相違点があるとすれば最高裁の硬直性は司法サイドを取り巻く周知の事実だ。<br> 裁判制度の不可逆性として高等化する控訴プロセスの矛盾点は検察と裁判所の権力もたれ合いの法規無視の超越性にある。「人が人を裁く」こんな因果な商売がどこに有ろう。</p> <p></p> <p>2005.1.18(火)<br> <br> 風邪が流行っているそうな。健康管理には気をつけねば。暴飲暴食に睡眠不足に有休乱発。</p> <p> </p> <p>2005.1.17(月)<br> <br> 1995.1.17は阪神大震災。あれから10年か。光陰矢の如し。学成り難し。<br> </p> <p> </p> <p>2005.1.16(日)モバイル6266@<br> <br> 今日は寒いし雨も降ったしジムに行くのは中止して近所のモスへ入った。時間的にはやり混んでいて定席に着けず。何やら宗教勧誘の如き対話のバトルトーキングを繰り広げる壮年の方々を前方左側に見据えつつ僕賃は沈思黙考する。真左サイドからは女子医大生の勉学の熱気も伝播されている。彼女は黙々と医学書を熟読する。知的かつ魅力的であった。<br> 信念対決でもって互いの確信度の強度さ比べの勝敗や如何に。相互に主張する論理展開における論理的整合性を競うには公正中立な審判員と明確なる勝負の規準が必要だ。そのジャッジ判定は数値化すら可能であるはずだ。あらゆる競技システムにおける根幹的ルールはこの第三者的視点である。でも第三者はいない。あくまでも当事者が内なる真なる自分の叫びを相対化して決するしかないのだ。我が義、破られたら潔しとすべし。<br> 思うに自己相対化の知的訓練をこの国の教育は準備していないと思わないかい。世襲的事業継承の権力禅譲の人格が権力中枢に跋扈し思考の論理的相対化を全く行わず自説攻撃の反撃をデマゴギーに終始するこの異常性を何としてでも放逐駆逐したいと切に願うのはこの僕賃だけではあるまい。誠実で知的であれば狂的なる非合理性を排除できるのだから。この認知合理性をマイナス因子に必然化する狂的なる志向性こそ絶対化の誤謬であるからだ。<br> </p> <p> </p> <p>2005.1.16(日)モバイル6256@<br> <br> テレ朝「サンデープロジェクト」を観る。時の人、安倍晋三自民党副幹事長に田原総一郎が質問していた。そもそも報道過程で事実にバイアスがかかるのは免れぬことだし当の本人に直接インタビューすること自体は次なる局面へ発展させるいいファクトではある。しかし安倍の弁明の信憑性の吟味は結局のところ正直言って難解だよね。<br> 安倍晋三の言い分は「内部告発者NHK職員長井某への事実関係の証拠提出」要求にとってかえて巧みな切り返しであった。「ある信頼する筋」からの伝聞による事の発端説明は「伝聞者へ迷惑を掛けたくない」という心情吐露であるけれども社内コンプライアンスでの放置プレイに抗議する形が結果的には朝日新聞の放ったスクープへ通じ、その反発が安倍にはあるようだ。つまり安倍晋三という政治家の大幅なイメージダウンだよね。言論の自由を侵害する強面のダーティーイメージが世のおばさんらに忌避されるわけでね。全くこの国の民意って奴は不労階層の寄生扶養なるおばさんらにあるのかどうか?見識も知的教養もばっちりのリベラルおばちゃんらが晋三の心臓を止めるのかどうか。政界プリンスといっても安保世代からみれば妖怪の如き岸信介の孫な訳ね。だから出生で差別はしないが大いに区別判別はしなきゃなんない。<br> 全く今回の騒動の本質は北朝鮮の謀略とまで言った安倍の脳みその硬直化こそ最大の問題性じゃないかしら。そのことは実名記者会見で長井CPが記者の質問で断固毅然と「事実無根です」と言い切った。安倍晋三の言いふらす北朝鮮の回し者呼ばわりこそデマゴギーの本領発揮であって。安倍さん気にしなさんな、あんたが言論弾圧してイメージダウンになって総理大臣なれなくても北朝鮮への毅然たる対応は他の良識ある他の政治家にやって貰うから大丈夫だってこと。<br> 朝日はいい仕事をしてくれた。今回のスクープがなければこのNHKと政権与党・自民党の政治的癒着の構造を知る権利が侵害されていたのであって。<br> <br> 今回の問題の備忘録的整理メモについて。<br> <br> ●NHKと政治権力の関係性吟味。公共放送とは政治権力の広報や否や?<br> ●NHK内部の言論の自由の問題性(内部的自由)組織都合で報道が左右される国民の不利益について。<br> <br> さて安倍の弁明は自分はNHKには露骨な圧力は掛けなかったし一般的な「公正中立」を世間話程度に話しただけであり、あとはNHKの問題であって私はそのことに一切関与関知しない。ということらしい。
この問題についてはNHKの体制自体が政治と一体化しており公共放送の名目で予算が国会審議される以上議会内多数の与党幹部に癒着する構造的欠陥性をもっておりその空隙に様々圧力がかかるシステムである。<br> 政治的タブーである天皇制への歴史解釈にコアなる問題性がある。まぁどんな放送内容でもそれを放映して世論のジャッジに任せればいいんだが事前検閲しちゃったようなもんだからね。事実、自主規制したわけで<br> 慰安婦らが戦後補償を求めてどんどん訴訟を起こし尚かつ天皇の軍隊である皇軍の性処理に慰安婦を強制徴用しその軍事戦略としてシステムに組み込まれていた。しかし戦場での略奪にしても世界あらゆる軍隊が犯した暴虐であって日本だけの特異な事象ではないわけでもない。だから自虐史観との騒ぎ立てだって歴史認識への偏向以外の何物でもないのは世界の常識であってこれは空想物語ではないんであって。歴史認識の隠蔽と歪曲という関係の絶対性からの離脱脱走の夢想こそが大いなる錯誤であるはずだ。<br> 偏向放送を何故是正しなければならないのかについて安倍晋三はこう言った。<br> 「例えば、殺人肯定の放送内容であればそれを阻止するのは当たり前であって明らかに偏向と思える内容に公正中立を申し入れるのは政治家として当然のことだ」みたいな言い方。この言い方にデマゴギーを感じないのであればあなたこそが安倍晋三なのだ。デマゴギーの定義は自らの言動言質の相対化を全く欠落した自らの意志決定のプロセスに全く介在させない白痴である点に露骨だ。<br> </p> <p> </p> <p>2005.1.15(土)<br> <br> 土曜日だってーのに会社で雑務。降雪情報もあって凄く寒い。幸い雪は降ってこなかった。<br> 韓国ドラマのパターン化したシナリオプロットに食傷気味な今日この頃。社会現象はマスコミ演出で拡大再生産される事実を相対化しないと付和雷同的なターゲンティングの餌食となる。マッチポンプなこの情報の運び屋は情報の加工製造も同時に行っているわけで。最近は視聴者参加を名目にしたデマゴギーだらけの一般化中和化があって非常に面白い。素人演出の名目に着眼した番組制作サイドの恣意性は明白に存在しているのだから。<br> 日テレ「ごくせん」を観る。仲間由紀恵のコミカルだけど常識豊かな説教決めぜりふに身も心も爽快感に満たされるあの快感が再び味わえる。<br> <br> </p>

<p>2005.1.14(金)<br> <br> NHKの番組改編問題は安倍・中川の与党代議士らからの番組内容への変更圧力自体にも当然、問題はある。統治権力を司る政権与党のメディア監視の実態をこの際、明確に問題提起しないといけないし、NHKの存立基盤としては予算を国会承認で決定される公共放送の体をなしている通り与党のご意向にはなかなか逆らえない問題性もある。しかし、民放の商業ベースとは異なった企業スポンサー不在のNHKにおける公益性追求は視聴者からの浄財である受信料を運営財源にしていることでより一層厳格に為されねばならない。民放とて権力からの干渉はテレ朝のやらせ問題や椿発言での免許更新への脅迫に絡めて様々、あの手この手で存在しているのは承知の通りだ。国民のメディアであるべき公共放送のNHKが時の統治権力から一定の距離を置き国民の知る権利行使へのサービスに徹する中で不偏中立から逸した偏向放送との問題提起も常に権力の側からの批判であって、この常套句への分析を怠ってはならない。<br> つまりあらゆる表現活動は全て思想性が絡んでおり主観性と一体化しており中立性や不偏性からの分離独立など全く不可能なのだ。恣意的な意味での「中立」「不偏」という視座でしか理解不能であって権力者のメディア批判の常套句として誠に使い勝手のいい万能ワードであると言ってよい。今回の歴史検証番組自体に歴史認識への挑戦があらかじめ所与として存在する以上、あらゆるメディアに歴史解釈の番組放映を禁止するに同義の干渉となる。今となってはどんな番組で政権党の議員らに妨害されたのか検証不可能になっているそのこと自体に誠に重大な意味があるのだ。<br> しかしながらメディアの独立性こそジャーナリズムの鉄則だ。報道の原点は本質的に権力批判を内包しており今のNHKには権力との癒着でもって一部の最高幹部がメディアの内部的自由を編成権の悪しき行使でもって踏みにじっている。だから勇気ある内部告発者のあとに誰も続かないのではないか。たとえ市民プロの左翼思想が色濃い番組内容であっても慰安婦問題の歴史検証を蔑ろにしてはならない。国家がこれから教育に思想介入する下地作りに手抜かり無いようにメディアへの監視管理も強まる。だからこそ今回の内部告発は重要な意味を持つのだ。<br> 「私もサラリーマンですから一家が路頭に迷うことに重大な不安を持っていた。でも真実を言う義務がある」と内部告発に至る心情を吐露した長井暁CPの発言はまずはNHKのレジームチェンジに大いなる一石を投じたと同時に我が国の言論の自由の試金石として甚だ重いと思う。

2005.1.13(木)6195@<br> <br> 今朝の朝日朝刊でスクープ。慰安婦をテーマにしたNHK番組に事前検閲の如き放送内容への政治的介入があったと内部告発の記事内容。安倍晋三と中川昭一。言論のメディア内部での自由が政治介入を恒常的に許す過程において踏みにじられていた事実は民主国家の根幹を揺るがす大変重大な問題だ。放送法第三条にも放送内容へのあらゆる干渉は一切排除との趣旨が銘記されており何が公正中立なのかの判断に対しての公権力を背景とした政治家の言い分についても当然ながら一切排除されなければならない。<br> 夜、帰宅し夕刊を見る。実名で告発者が記者会見の記事。こんなときはビデオニュースで全記者会見がネットでアップされているだろうってことで早速、見た。長井暁CP42歳。覚悟の記者会見だった。一切の不利益を覚悟で「真実を明らかにする義務がある」と涙を流しながら訴えた。高潔な会見であった。それに引き替えあのふざけた国士気取りの2名のぼんくら。薄汚い政治家のデマゴギーを明々白々にすべきだ。NHKのコメントも凄まじい茶坊主スピーチ..。何が公共放送だ。自民党の一部の議員の思想宣伝の具にされているこの異常事態を放置してはいけない。NHKと自民党の癒着は今回の内部告発者潰しにも露骨に露見したね。長井氏を孤立させてはいけない。</p> <p></p> <p>2005.1.12(水)6178@<br> <br> アップルが新型iPodと超小型MacのMacMiniを発表した。NewiPodは使い捨てライターとほぼ同じサイズでペンダントのように首からぶら下げて使える。1万弱の低価格は最大の魅力だろう。僕賃も今使っているiPodがブチ壊れたら速攻でこれを買おうと思う。やはり新型Power Bookの発表がなかったのは寂しい限りだ。<br> 今日は冷え込んだ。週末は最悪、積雪があるかもね。<br> スピルバーグの「AI」をテレビで観た。泣きっぱなしでもないけれど天才子役の吹き替えもよかったんじゃないかしら。現代のピノキオ伝説か。最後でいきなり2000年経過後のストーリー展開には置いてけぼりだった。</p> <p></p> <p>2005.1.11(火)<br> <br> もうそろそろNewMacの発表が..。あるといいね。ゆっくりじっくり仕事に精を出すべし。</p> <p></p> <p>2005.1.10(月)モバイル6127@<br> <br> 今日こそ成人の日。祝日が土日にスライドして変数日になるへんてこりん。週末にプラスワンの三連休か。もっと休んで遊んで金使おうよ。国民の消費を上げて景気よくしたいんなら祝日を量産しないとね。老後の夢物語をバラ色にするために貯金していても意味無いじゃん。寝たきりになったら人生リセットのチャンスじゃないかしら。<br> 先進国と称せられる国々の中で我が国は休日が少ないんだってさ。勤労意欲の旺盛さと貯金の残高とは言い換えれば休日の自由裁量時間の欠乏と自由に使える自由裁量の金銭の不足を明示してるんじゃないのかしら?時間と金の相関関係ってもんが人間生活にこれまた密接に関係している事例だってことを。<br> 欧米の勝ち組って40歳まで死ぬまで働いて恒産獲得したらあとは引退して人生をエンジョイするのが当たり前なんだって。日本のように累進課税の妙味が無い分そんな夢も実現できちゃうらしい。年頭の社長挨拶で「夢がないからつらいんだ」と引用したのを聞いてある種の感慨を覚えた。夢って何だ?寝て見るもんが夢。起きて目覚めて見る夢は白昼夢。そんな意味蒙昧な漠たる言語性に何を託すんだい。ジョン・レノンが「想像してごらん。想像してごらん。すると、あんたは僕を夢想家と言うだろう」と歌ったように夢って何かいかがわしさ胡散臭さを感じさせるものかもね。だから希望や野望や願望の目標でいいんじゃないか。<br> 僕賃の夢はこの会社が倒産しても実現可能なんだよ。僕自身の努力だけで実現可能なんだよ。社員に向かって社長が夢と言い出すとき、そこには文脈上の必然性が当然ある。所得倍増の報酬倍額の奇跡に光りあれ!</p> <p></p> <p>2005.1.9(日)モバイル6115@<br> <br> 偽札発覚相次ぐ中、紙幣経済への重大な挑戦が犯意に伺えないのは冴えない連中の稚拙な印刷術にあるだけではなかろう。しかも偽札騒動がこの時期に集中する社会意識のようなものがあって社会の賛意を集約できない愚劣な事象に帰結するからか。<br> 「東電OL殺人事件」を目出度く読了。続編を読み出す前に若干の読了所感を書き綴って置こう。これは僕賃の「日付の入った文章」としてだ。<br> 巻末に摂食障害を扱ってきた精神科医と筆者佐野眞一との対談があって興味深かった。何故に被害者渡邊泰子は売春を執拗に継続したのか。それは父親への陶酔と愛慕の心的障害の必然的帰結でもって自己処罰へ急斜し、その顕在化として売春を通じて父なる幻影に対処していた.....。難解だね。医者や学者の演繹的な類型範疇化の概念性ってもんは事象のダイナミズムをミニマムなステロタイプのファイルに綺麗に綴じ込んでくれるけれどもそんなもんでもない気がする。それに売春をイコール堕落と断じるこの物書きの価値観の陳腐さはお笑いだよ。売春行為で彼女がどれだけ性的解放を実感していたかも知れぬのに。やっぱり思いこみな安っぽい散文が随所に散見するのはこの書き手の陳腐さに全てが起因していたんじゃないかしら。見もせぬ幻影ばかりが季節外れの幽霊のように出てくるその文体的弛緩に折角の説得性も納得性も希薄なわけ。<br> さて東電での職場ストレスが高じて自分探しの性ビジネスに埋没し、タイムカードサラリー生活の時間差アフターダークを間身体性を照射する形態でもって金銭獲得を目指す彼女の高貴さときたら。数値的目標を掲げて潔癖に几帳面にノルマをクリアする行為の繰り返しに「毎日がまるでサラリーマンのような生活です」と慶大ゼミ時代の友人の年賀状に書き綴った彼女の心象風景のエポックメーキングとは何か?<br> 犯罪性の分析はそれぞれの視座に関わって必然化するし言語化できない魑魅魍魎たるパラダイムの未然性についても結局は思考の忍耐性かよ。</p> <p></p> <p>2005.1.9(日)モバイル6101@<br> <br> 昨夜は久々の鮨食いねぇ。上にぎりにウニが旨かった。店内のテレビで槇原敬之が歌っていた。テレビスタジオで覚醒剤逮捕直前にラリってるマッキーを直に見たフリーの映像ディレクターのM-boyから僕賃は興味深い話を聞いた。<br> 「好きなことをまじめにやりすぎてそれ故に麻薬に溺れたんじゃないか。ちゃらんぽらんだったらよかったんだけれどね。「世界で一つだけの花」を書いたのは牢屋の中でかもしれないけど、逮捕され自ら招いた試練を乗り超えたからこそ書くことができたんだと思う」<br> 確かに自分の好きなことやりたいことをやって生計を立てることは職業と趣味という仕事と余暇内容のバランスにおいて均衡原理で言っても不幸な歪曲性があるのかもしれない。労働内容に好きなことが内包され無い場合の労苦行為自体に稼ぐことの辛さ不純さというものがあって資本主義の妙味はそんな隷属階層への経済支配であるし究極は政治支配に他ならない。多数決の原理原則は絶対的少数者の独占資本者からの被支配であって、利潤の再配分に群がる能ある畜生たちとの協働でその支配構造はより精緻さを得る。だから儲けることしかないって最悪の価値判断なのだ。でもそれがないと生きていけない現実を超克するには小欲知足しかないのかどうか。IT成金や株売却成金らの金銭哲学のさもしさをさ利潤追求の利己主義を痛烈に批判していくことが大切なんであって、唯一無二の存在価値こそ、ナンバーワンの物量価値を超克できると言う大衆マスコミ利益創出のマッキーの内実にどう相反したかは知らんけれども。</p> <p> </p> <p>2005.1.8(土)モバイル<br> <br> そろそろ正月気分も払拭できたんじゃないかしら。あやうくキーボードの操作ミスで払拭を腐食と漢字変換して消去したけれども。まるで反対だからね。<br> </p> <p>今日は会社の新年会だ。自前でアトラクの手間をかけられないのでここ何年かはセミナープロの講演会となっている。今回は実演販売プロデューサー・●と●伸氏(ヒュー●ン●レ●ン代表)の講演会だった。御題は忘れた。レジメのない話は聴衆にはつらい。案の定、ノートにメモっていたけれど途中で止めた。話が飛ぶんでね。他人に誇示できる自分の実績をプロフィール交えながら話すことは自分を売る営業マンのセオリー足るや否や?高度情報化社会のこの日本において情報感度を高めるにはこういった営業プロの話は有益だ。でもさ、松井の素振りを見てもホームラン打てないよね。イチローのファインプレイを見ても守備はうまくならないよね。セミナープロの自慢話を聞いても他人事だよね。その彼のメソッドを学ばないとね。過労ストレスで2回も死にかけたトップセールスの体験談を拝聴して自分の中にやる気が湧いたかどうか?まぁ新年早々の祝祭イベントとして楽しみながら聞いた。あとはやるしかない。その当然性のお話だ。頑張れ営業連中!
その中でblogの話をしていた。社会現象としての日記のネット公開か。でもさ、日記ってもんは人に見せられるもんじゃないよね。昭和の文豪永井荷風は日記「断腸亭日乗」を綴った。彼は鉛筆・万年筆・毛筆の三種類の文具でもってその日の日記を3回書いたという。この推敲作業を通じて極私性から公開性へ転化させていったのではないか?他人に見せない前提の文章こそが日記の密室性であって書き手も読者も自分以外にあり得ない文章ワールドを創出できるのだ。市井に生きる大多数の民衆の綴る日記にはそんな密やかな味わいが在るはずだ。夢がないからつらいんだ。あんたの夢はなんだい?僕賃の夢は恒産築いて充実した知的ライフを過ごすことだ。そのためのバランスシートの管理を徹底して知的感動を誰よりも享楽できればいいなと思う。他者との関わりにおいては自己表明すると胡散臭いし偽善的だから自分に秘して公言する必要もない。さて、書くこと無いよね。書きたくない。面倒くさい。あほくさい。そんなもんでしょう。好き嫌いでいっても読まないし書かないが圧倒的だ。受け身から能動へ。否定から積極へ。ネガからポジへ。死から生へ。暗から明へ。宿題に作文を出された小学児童の悪あがきにも似た....。宿題の作文ならまだいいじゃん、テーマ・御題は提示されているんだから。日記は何書いてもいいわけじゃないけど自由作文だもんな。その日起きたことを事実に即して淡々と記述するもよし社会的事件への感想とか人物評を書くとか。カラオケうまいけど眠たいラクダのコバヤシとかさ。</p> <p></p> <p>2005.1.7(金)<br> <br> 忙中の閑。七草か。新年の狂騒も終わらん。来週いっぱいかかりそうね。</p> <p></p> <p>2005.1.6(木)6042@<br> <br> 残業が続く。休み明けは仕事に飢餓状態なんで割と楽だったりする。でも連続してくるときついよね。でも大したことじゃない。</p> <p> </p> <p>2005.1.5(水)6027@<br> <br> 仕事始め。神田の街を練り歩く。朝から日本酒飲ませる風習はやめよーよ。何も祝い事なんかないんだから。<br> さてマックワールドが間近に迫ってきた。アップルはいきなり現行機種の値下げを発表。PowerMacG5やiMacG5そしてiBook12インチなどが1割程度値下げになった。どうやらそれらに新商品が用意されているからか?ということはPowerBookに動きなし?筐体変更が3年も据え置きかよー。G5搭載が無理にしてもどんなスタイルなのか変更なしかよくわからない。多分、1/10の夜中ってことは1/11(火)の朝には新機種の詳細が判明するのかな。<br> <br> </p> <p></p> <p>2005.1.4(火)モバイル5990@<br> <br> 昨日、ブックオフで「東電OL殺人事件」佐野眞一著(新潮文庫)とその続編「東電OL症候群」を買う。慶大卒で東京電力勤務のキャリアウーマンである渡邊泰子(当時39歳)がアパートの空室で絞殺された事件を追った作者佐野の渾身のルポルタージュだ。<br> この手の犯罪事件報告にはない冗長な作者の思い入れが随所に散見するけれど、取材プロセスを感情移入しながら主観的に書き込む手法には賛否両論あるかもね。事件は冤罪濃厚なネパール人が今なお無期懲役を最高裁で下されつつも再審請求を弁護側が要求しており事件に関わる警察・検察・裁判所の司法当局の見込み捜査と官僚趣向の色濃い事態進展に至っている。
本書冒頭に作者の佐野は、昼間は東電の経済研究部門で月に2.3本の研究報告を上げ、夜は渋谷・円山町に出没し日に4人と売春するノルマを自らに課しその達成のためなら1000円でも客を取りホテル代が無い外国人労働者らと駐車場や非常階段でことに及んでいたというまるでジキルとハイドな裏表の落差について何故、彼女は堕落したのかを追いたいと記していた。性生活の過剰さは社会的な外形とは異相な内的実相に顕在化する。そして人間の欲望の奔出は本人をも把握不能である。<br> 彼女は休日の土日には五反田のSMクラブ「魔女っ子宅急便」に「さやか」という名前で勤務していた。彼女の立ちんぼ直引き売春は33歳の時からだがその5年前からキャバレーでホステスをしていた。拒食症に罹病し入院治療を受けたのは27歳の時で、東大卒の東電幹部だった父親が癌で他界したのは大学3年のときであった。<br> 思うに学歴や勤務先はたまた職制に関わらず性の実相的表出の決定も規定も必然化しない典型的な事例としてこの事件の周縁は物語る。マスコミ報道の過熱さは彼女の客が提供した彼女の全裸写真を掲載(週刊現代)した突出先鋭の特定メディアだけではなく全てのメディアの総ジャーナリズム状況創出として社会化した。そこには大衆の俗情に媚びる大衆迎合こそが部数販売の拡販であってそのメディアへの広告費も一企業の経費配分に織り込み済みのある種、公共性を帯びるかの如き様相を呈していた。<br> 冤罪濃厚のネパール人最高裁・無期懲役確定で真犯人逮捕は迷宮入りの事態に陥った。加熱した報道によって俗情を世論化され真犯人逮捕の捜査の空隙は8年に及ぼうとしている。まさに事件はメディアによって喚起され歪曲されて大衆の心理に大いなる錯誤の結果を植え付ける。そして事件の真実解明は永遠にない。テレビお得意の公開捜査はついぞ行われない。警察と癒着した現状下のメディアに於いては不可能だ。</p> <p></p> <p>2005.1.3(月)モバイル5966@<br> <br> 正月は神社に参詣しないとなればインドアの大衆娯楽しかないわけでもあるまい。生活習慣が年中行事の一コマに数えられているから膨大な宗教法人の浄財、即ち無税なる献金が集金できる。この費用対効果不問のお金の不可思議さときたら。毎年、正月にお参りして不幸なことは何も無かったならば誠にこの国、日本は幸福大国だと思うが如何か?銀行員とガードマンが陣取った賽銭箱周辺には自分達の不信心を嘲笑う森羅万象の法則が働いているのかどうか?この因習的暴利貪りを誰も相対化しないのは滑稽極まりない社会現象だと思わないかい。今後、増税ラッシュの財務省主導の煽りの中で税制のニッチ空隙なスキームに巣くう税金泥棒達に奉られたる神々は実際に大災禍をこの国土に見舞うのではないだろうか。ハライソ、ハライソ。<br> 縁起担ぎと言っても気休めにしかならない超常現象オカルト偏執の数子占い師の「逝くわよ」でもって断言するのが孫氏ならぬ尊氏否、尊師の怖さだろうね。占いブームって宗教回帰現象なんだそうだ。<br> 昨日、たけしの怪事件の番組やっていて面白かった。テレ朝の報道バラエティの路線堅持だか知らんが、田中金脈の文春レポートが米国の陰謀っていうのはどうなんだろう。まずは結論があってそれに肉付けしていく予断報道の情報収集のバイアスが色濃かったと思う。でもこの手の戦後史の怪事件のズームアップは現代史愛好の僕賃としては「踊る」の合間にチャンネルひねるの忙しかったってことで。9.11からアフガン攻撃に至る大統領の決断をニュージャーナリズムの手法で描いた「ブッシュの戦争」でウッドワールドは米国の諜報活動の実働部隊を詳細に報告しているようにフィクションも現実も大差のない事実があるのではないかい。シビリアンコントロールの狭間で大統領の陰謀という事実があるのではないか?その援用でもって考察するに対立領域への浸水は虚々実々にして現実なんだろうと思われ。橋龍逮捕は米国関係ないからできないって?これができなきゃ連立意味無いじゃん。</p> <p> </p> <p>2005.1.2(日)5953@<br> <br> 新聞休刊日。物足りない朝。民営化の流れで2日配達の年賀状もパラパラ。箱根で駅伝。女子もやればいいのにね。今年は健康がテーマになりそうね。<br> 「痕跡」を読了。なかなか読み進めるのに難儀だった。翻訳ミステリーの難点は日本語へ訳される言語交換時に作中リアリティやらオリジナル文章のリズムやらが鈍化するからだろうか。高村薫や宮部みゆきたちの日本語のミステリーを読んでいて恐怖心や興奮を感じるのはやはり原典ダイレクトの読書の妙味なんだろうね。字幕スーパーの吹き替え無しの韓国ドラマがいいのと同じだ。次回作に期待するしかない。でも翻訳者のあとがきで「真犯人」がジョディ・フォスター主演で映画化の話が紹介されていたっけ。検屍官スカーペッター役にジョディか。いいね。面白そう。<br> </p> <p></p> <p>2005.1.1(土)5940@<br> <br> 元日。眼精疲労気味。「踊る大捜査線」の録画テープを再生して楽しんでいる。いかりや長介扮する足で稼ぐ老練ベテラン刑事の和久さんがプロファイリングチームにコケにされ激怒。有休使って独自調査。「俺は天然記念物じゃない」と末文に書かれた伝言が青島に届く。室井管理官は科学捜査導入のアンテナショップを所轄で治験するも葛藤。現場無知をまたしても青島にどやされてキャリア的欠陥を露呈。ドラマもこんなアナログな人間的葛藤劇が魅力だね。「踊る」は面白過ぎだ。韓国メロドラマもいいけれど警察組織内部の人間群像を組織論を交えつつあぶり出す手法に脱帽だね。織田裕二演じる青島もハチャメチャだけれど頭脳的行動は抑制が利いていて結構、バランスあるよね。すみれ役の深津絵里の存在感もいい。雪乃役の水野美紀の可憐さもいいよね。<br> 劇場版よりもドラマで復活して欲しい。</p> <p> </p> <p>2004.12.31(金)5917@

「踊る大捜査線」の再放送を午後、ずーっと観ていた。面白かった。1/2の劇場版も観るとしよう。<br> 今日は頗る付きに寒い。雪も降った。2004年も今日で終わりだ。行く年来る年。目が痛い。テレビの見過ぎで眼精疲労のようね。大晦日の悪天候でもってなーんもする気がない。<br> 紅白歌合戦では平原綾香と倉木麻衣の歌を楽しみにしていたけれどノリが良くなかった。さだまさしの歌はよかった。多分、平和ソングなのだろう。<br> ますます眼精疲労で頭もボーっとしている。自己暗示に掛かりやすい状態だね。<br> </p> <p></p> <p>2004.12.30(木)5894@<br>
奈良女子児童殺害事件の容疑者が逮捕された。36歳の新聞配達専従の男だという。メディアの末端に嘱する存在だ。家宅捜索で男の自宅ワンルームから被害者のケイタイやランドセルを押収した。物的証拠が出て逮捕になった。犯行自供でこの事件の捜索は終結し、警察から検察へ移管される。しかし猟奇的な犯行であり被害者の家族を執拗に攻撃した事件の深層性への論及はこれからだ。犯罪研究の専門家がステロタイプの分析をおこなうのかどうか。犯人は社会に対して、敵意と憎悪を持っており自分が軽んじられたことへの憂さ晴らしが事件の動機に関わっている。社会的に弱者である小学児童を惨殺し被害者の親族に証拠写真を送付しその反応までも楽しみ社会的にもメディア報道の下火に不満を抱き更なる自己実現の自己満足を事件を通じて代償満足する明確な意図があったと言わざるを得ない云々...。<br> 余罪追及。事件の背後から時代の病理を解明したい。

<p></p> <p></p> <p>2004.12.29(水)<br> <br> 急激に冷え込んで寒い一日となった。夕方、神田へ外出。非常に寒い。人気もまばらで街が暗い。よけいに体感温度も下がる。<br> 帰社して納会。仕事の段取りもあともう少しのところでタイムアップ。久々にビールを掻き込んだら急激に酔いが回って気持ち悪くなってしまう。2次会は出れなかった。そう言えば、担当販売店が自己破産しかも計画的会社整理が濃厚で会社に莫大な損害を与えた案件も今更、蒸し返されることもないってか。その御仁、酒の勢いで下の名前なんつーの?ってえらいしつこかった●モちゃん。みっともない醜態って嫌だね。大したセクハラでもないか。胃肝臓、いかん、いかん。</p> <p></p> <p>2004.12.28(火)5878@<br>
そうも達観など出来るわけがない。仕事納めは明日なんだから。</p> <p></p> <p>2004.12.27(月)<br> <br> スマトラ地震はM9.0だったという。これは阪神大震災の360倍のエネルギーだったという。2万を超す死者が今もなお増え続けている。人知を超える大災害。天国のようなリゾート地でも今回のように地獄の様相を呈することはある。<br> 都内世田谷のドンキホーテに火の手が上がった。連続放火事件だ。気になったのはその報道姿勢。放火魔の糾弾というよりドンキの対応がまずかったとの被害者でありながら加害者に仕立て上げるマスコミの悪しき流れ、つまり今のドンキはバッシングしても反論するだけの力がない。マスコミは安心してドンキ攻撃ができる。しかも消防法違反でもって行政指導も受けなきゃなんないのに。被害者なのに加害者に祭り上げられる。全くドンキホーテの如き....社会的制裁かも。</p> <p> </p> <p>2004.12.26(日)モバイル5852@<br> <br> 今年最後の日曜日だ。今年一年、振り返っても犯罪や自然災害そして政治に経済はたまた娯楽スポーツに様々有りすぎだった。しかもその事件の未決件数の増加と災害の被災状況の進捗進行は地震のマグマの如く何時また発現するやもしれぬ予感と不安を埋蔵している。よく言われるようにこの国のマスメディア事情の深刻さと大衆の情報受容過程の歪な社会状況というものがあって勝ち負けのボーダレスと価値観の激変と大衆社会意識という曖昧で漠たる時代意識との脈略の中で顕在化するべきある種のかたちが捉えられていないのではないか。<br> 最近、激増するネット愛好者たちの保守化に顕著な事例として「お気に入りURL」の変更への不安であったり毎日の生活リズムに惰力でもってネットアクセスのチャンネル固定化とマンネリズムの陥穽的時間の過ごし方の中毒現象が跋扈することで思考解析や感情感性への方向付けがある種、マイルドな洗脳プロセスを経ていく事態の深刻さは見逃せない。下劣で等質な思想状況の立ち上りはまさにファシズムに直リンクされて「北朝鮮への報復」であったり「嫌悪溢れる中国への憎悪増幅」であったりと、外部領域への過剰な攻撃性へ安易に転化されてゆく。盟友米国がイラクを圧倒的大多数の国民世論が後押しして武力で蹂躙したことへの国際的非難を全く無認識に認める事態を招来した米国マスコミ事情の分析は衆愚国家のモデルケースとして検証しなかればならない。全くマイケル・ムーアの言論が通用しなかった事態の深刻なる滑稽さは理性的言論の大衆への説得性に対して有効性懐疑に大いなるシンドロームを必然化しているのは明白だからだ。米国の行方を左右する宗教右派の動向は彼らの選対戦略であった道徳論争に見られるように、熱狂性の求心力は無限定な暴力容認へ大いに傾く。神なる大上段からの使命と責務の成れの果てが暴力賛美に採って換えられる恐ろしさだ。衆愚なる陶片システム賛成の多数派の暴挙とは異質排除と求心力の加速性でもって遠心力に振り回される敵対区別の対抗心への着火の業火増幅を今後ますます見据えていきたい。<br> </p> <p> </p> <p>2004.12.26(日)モバイル5846@<br> <br> 久々にテレ朝「サンデープロジェクト」を見る。王貞治氏と孫正義氏がスタジオにいた。孫王攘夷でプロ野球界に維新を起こすのだそうだ。歴史を厳然たる事実で検証すれば孫がADSLに価格破壊の殴り込みをNTT とその走狗である総務省に起こさなければ高くて遅いネット環境は何も変わっていなかった。これは厳然たる事実だ。ヤフーBBがベンチャー故に個人情報を漏洩された事件も冷静に見れば彼らこそ最大の被害者であって500円の慰謝料もスタンダードな前例金額になっているのも事実であって。マスコミの報道姿勢に関しては独占資本のNTTのメディア戦略が功を奏しすぎているだけの結果論なだけの気がしてきた。孫は訴えていた。功罪も時間が経って歴史評価の気運が高まれば明々白々な事実の羅列なだけであって。「携帯電話でも我々は闘っている」と田原総一郎にスタジオ全体に否、視聴者に訴えていた。孫は素晴らしき経営者だ。REしかできない評論家経営者ではないからね。<br> 同じスタジオにした伊藤忠商事の丹羽会長も「企業の命運は経営トップが99%握っている」と厳しい発言。今年はカリスマオーナー経営者の自滅が相次いだ。そこに平成の企業志士として面映ゆくも氏は毅然と。一人立つ精神に究極の億劫の辛労を尽くす組織の原理原則が脈打つ。時代は偉大な英雄先駆者のあとに無知迷妄なれど分を弁えた人々陸続と。<br> さて自社の経営理念である「うそをつかない」ことを世の企業の社訓にすべくこの会長は恐ろしくも全段で精神論を展開していた。今のこのご時世は小学生でも気恥ずかしい「うそをつかないこと」を全社スローガンに据えてテレビに出演し自説を滔々と臆面もなく語れる時代なのか。この逆説的な精神荒廃のウラッカエシも末期的時代相の顕在化なのかどうか?<br> 土曜日の朝は毎日の政治コラムを読む楽しみが僕賃にはあるのだけれど、岩見氏が以下の文章を引用していた。<br> </p> <p><私がいまあえて日本人に勧めたいのは、精神的修養、たとえば道場で座禅を組んだり、朝早く起きて人が嫌がる掃除を行う訓練をしてみることである。<br> <br>  これは、現在の日本から消滅してしまったことであり、いまの日本の政治家に欠けていることは何かというテーマでもある。政治家が《能力》と《利害》によって判断する限り、日本の政治に幅や大局観など生まれるはずはない。<br> ある人物が総理になりたいと思って、一生懸命に勉強し、政治の世界で必要とされることを身につけ、総理になったとしよう。それでは、この人物は何をするのだろうか。総理になることが目的ならば、そこで終わりなのである。実に馬鹿(ばか)げた話ではないだろうか> 李登輝「台湾の主張」(PHP研究所刊)から<br> <br> さて李登輝氏は例の日中外交の障壁的存在ではあるが誠に知性にも富んだ人物であることはこの文章にも滲み出ている。優れた指導者の役得はこんな含蓄ある文章を記する能力を涵養できる点にあるのだ。他国家的圧力にも屈しない彼の功罪は別の機会に検証するとして企業にしても国家にしてもそんな指導者を担ぐには国民素養のカルチベートされた知性にこそその受け皿はあると思われ。<br> </p> <p> </p> <p>2004.12.25(土)<br> <br> 土曜出社。仕事と掃除と半々。完全週休二日になっても仕事の総量に変わりがないければ「休日」と「平日」の区別も境界線も意味は無い。自由業と言われる人々は休日も仕事も時空の隔て無しの業態だしね。テレビタレントなんかもそんなもんでしょう。世に言う有名人なんて私生活の開示があってこそその存立基盤は保持できるわけで。無名の一般大衆にとって休日も休暇も自由時間も大したそれではないと思う輩も多いだろうね。僕賃はそうは思わないけれども。<br> 韓国ドラマに詳しいK氏よりレンタルした「夏の香り」もクライマックスに近づいている。全18話(カットされて)の16話まで視聴した。実生活で徴兵逃れがバレたソン・スンホン主演の運命的な愛に苦悶し藻掻く激愛ストーリーもヒロインのソン・イェジンの可憐さがなければあれほどのセンチメントペイストは得られなかっただろう。<br> <br> 激愛した彼女は交通事故に遭って不慮の死を遂げる。命で愛した最愛の人を亡くした男は二度と恋愛できないとイタリアに留学する。何年か経って帰国。死んだ彼女との思い出の山に登る途中で死んだ彼女の心臓を移植された女性と運命的な出会いを果たす。まだ移植の事実を知らない男は彼女に死んだ女の記憶を激しく喚起させられる。男は死んだ彼女の実家に帰国の挨拶をしに行く。一方、心臓を移植された彼女もドナーの実家を訪ねる。その途中に運命の再会を果たす。恋は人知を超えた運命によって突き動かされているのかどうか。心臓を移植された彼女には婚約者がいて彼の事業でリゾート開発に参加したのが傷心の彼だった。フローリストの彼女は建築家の彼と元カノの心臓が媒体となって恋の萌芽を経験する。疑心暗鬼の婚約者兄妹に決定的な事件が起きる。島で足止めされた彼女に逢いたくて無風の海をモーターボートで駆けつけた間男は真男になった。兄妹にバレても彼女は間男を真男にすべく全てを捨てて飛び込んでゆく。激愛も完結かと思いきや財閥の御曹司の元婚約者のオッパーは手練手管も何枚も上手であった。ドナーが真男の激愛した彼女だと知り婚約者奪回の策略を敢行する。その妹も利害の一致でもって家族に迎え入れる協力を惜しまない。愛憎激しかった育ての母も全てを許し涙の抱擁。<br> 愛するが故に彼を自由にしてあげたいそのために御曹司オッパーと結婚するしかない。死んだ元カノの心臓が私の中で生き続ける限り彼は死んだ彼女を愛し続けているのだから。彼女の思いでも彼ごと包んで癒やしてあげられるわけない。悲壮な決意でもってイェジン扮するヘウォンは身を引き嫁ぐのだった。ややこしい愛が成就するのかどうか?激しい恋愛観が込み上げる情念劇として成立するのかどうか。<br> この物語はフィクションであるが心臓移植された人間がドナーの性格を引き継ぐかの如き非科学的な見解を蔓延させる誤解に満ちていることに関して明示的にテロップ提示があってもいいかも。所詮はフィクションであり医学的根拠も作中で医者の発言で繰り返されていたように医者の判断するべき領域とは大きく逸脱した当事者の問題であるという見解を賢明な視聴者も認知すべきであって。だからなおさらなのだが。<br> <br> </p> <p></p> <p></p> <p>2004.12.24(金)<br> <br> 喧噪も今晩がピーク。終われば今年もあと1週間。</p> <p></p> <p>2004.12.23(木)モバイル5804@<br> <br> 師走の祝日は喧噪を離れた焦燥の時空。今日のエアポケットは忙中の閑だね。今年一年ありがとさん。来年明年はもっといい年でありますように。その願いも虚しく新年早々、凶悪劣悪な犯罪がメディア時空を飛び交うだろう。悲惨であればあるほど凄惨であればあるほどメディアの相対的真価は高まる。シリアスな表情でカメラの前に立って正論を吐くテレビ言論人。でも彼らキャスターの心情は大衆といわれる大多数の庶民市井に共感を与え続けているのだろうか?彼らとて放送局からサラリーを貰う会社組織の雇われ従業員に過ぎない。フリーのジャーナリストと言っても業界の中でしか生きられない宿命を持っている。業界の不文律やら業界のしきたりから逸脱など許されるわけもない。そして犬も食わぬエリート気質も誇らしげに愚劣なる大衆とは一線も二線も画した優越感をプンプンに漂わせているのかしら。<br> さてNHKの問題がこれほどまでに騒ぎを拡大した背景は利権構造に収斂されると思われる。同業他社の集中砲火が有ったにせよ、運営予算の全てが国会で審議される公共放送の日本放送協会において海老沢会長が一連の不祥事の弁明で「編集権の問題」だと発言した真意はメディア内部の言論の自由である「内部的自由」の確立がこのメディアにはそもそも存在しないとはっきり言っているに等しい。受信料支払拒否のうねりの中、次にくる想定状況は受信料支払義務化かしら。受信機を持つ全ての所有者に課金する法規準備だね。このまま不払が民放各社の扇情的報道でもって拡大すればそんなシリアス展開になるのではないか。でもこの局の実績は素晴らしいものがあってコマーシャルな害毒とは遊離した豊富な制作資金を背景に素晴らしい番組も数多く制作放送してきたのは事実だ。その一つが「冬ソナ」現象に顕在化している。何だかんだ言ってもこの事実は覆されない。メディア功罪の光と陰。<br> でもさ、言論の自由を守り抜く良識の決して大衆迎合ではない正論を展開するメディアがあらゆる権威権力な組織悪と闘いながらその果実を世に問うたとして民衆が理解もせず共感も納得もせずという非常にやっかいな衆愚社会に陥ってしまってその劣悪な犯罪相乗効果でもって時代相の劣化を加速化していたならば。それこそ世のあらゆる社会学者らがファシズム台頭の警鐘を鳴らす事態に陥ったならばどうなっちゃうのか。理性的論理が全く通じない社会成員で構成されてしまったならば最大多数の絶対幸福の逆説が事実になっちゃう怖さってありかも。事件事故全部が対処療法でしか、あらゆる重罰化の悪循環が自傷自認の劣悪スパイラルでもって本末転倒の事態の深刻化を促進するアイロニーに誰が立ち向かえるのか。メディア識字力アップを図る教育の真価がこれから益々問われる時代になった。</p> <p></p> <p>2004.12.23(木)モバイル5795@<br> <br> 雲一つない青天井の快晴。今の時期恒例の年賀状も作成した。いつもながら自作オリジナリティを最優先。送り貰う枚数は人脈の貧困性でもって少ない。普通、真っ当な社会人であるならば1000や2000はあるんじゃないの?でもさ、もらったからって出さなくてもいいわけ。年賀状出さない人生ルールもってる人も多いわけでね。<br> 韓国では年賀状の文化はないんだそうだ。国民40%がキリスト教信者でクリスマスカードのやりとりが盛んなんだそうね。シャエの三億達成国家なのかどうか。社会の総体的社会意識のシェアが40%ということはある種の共同幻想の基盤ができていて社会的な意識の形成ってもんがあるのだろう。社会の世俗的な風習や文化的嗜好性といった表層的な部分だけじゃなくて統治権力を支える民意の心的特質のようなもんがさ。
さて年末の挨拶回りが始める。</p> <p></p> <p>2004.12.22(水)<br> <br> 天皇誕生日前の週末気分も何のその。石原慎太郎東京都知事とマブダチの台湾・李登輝氏来日で中国が文句を言っている。どんな人間が日本に来てどんな運動しようがいいんじゃないか。ダライ・ラマの来日の時も中国は五月蠅く文句を言ってくるのだが。中国の他国への内政干渉は自分たちの内政の延長線上にあって内外共にいかんわけ。<br> その昔、金大中が日本に来日して韓国の民主化運動を行った時も当時の独裁者・朴大統領は軍事独裁政権温存を画策。でもって滞在中のホテルから拉致監禁し数日後にはソウルの自宅に連れ去って軟禁。でもって日本の主権侵害まで起こしちゃったよね。僕賃が「拉致」って言葉を覚えたのもこの金大中氏事件だったように記憶する。南北朝鮮の拉致文化については日本の国策で戦時中に何百万の朝鮮人を強制労働と軍隊性慰安でもって拉致強制連行したわけで日本の悪しき戦時対外施策の流れが継承されたのかも知れない。
21世紀は紛れもなく中国の世紀となるであろう。意固地な総理大臣の靖国参詣の国益喪失を防ぎつつも民主国家として不埒なクレームは大いに反論すればいいと思うのだが。

2004.12.21(火)5773@

冬至。出勤時の早稲田駅はご年配の方々の穴八神社参拝でごった返し。ゆずをお風呂に入れる風習もさることながら穴八詣出の人込は僕賃にとって年末の喧騒を感じる一種の風物詩だ。参詣の彼らは正月の準備で慌しく駅構内をすたこらと歩き回っておいでなのだけれど、いやが上にも慌しいことこの上なしの風景だよね。<br> 韓国人気ドラマ「冬のソナタ」ノーカット版が昨夜から連続2話ずつ放映されている。年末カウントダウンだ。

2004.12.20(月)<br> <br> 東京メトロ東西線車内で劇薬をシートにばらまき。女の子が軽いやけど。とんだ事件だ。夜は酔っぱらいだらけだし。<br> 明日も忙しい。
会社で社員一人一人にHPの頁を持たされて運営することになっちゃった。ネット上の情報発信は健全な匿名性にあるんであって。身分の明白性でもって社会的文脈からの逸脱がないのは自由度が低いわけ。まぁしゃあない。企業が経費かけてやるからには費用対効果の厳密性は初めっからだし。だったら社長や役員は毎日連日、更新しなきゃね。</p> <p> </p> <p> </p> <p>2004.12.19(日)5748@<br> <br> 「痕跡」を読み始めるもなかなか読み入れない。夜、非常に眠い。明後日、冬至。早稲田駅の至る所に「←穴八幡神社」の張り出しを発見。<br> </p> <p> </p> <p> </p> <p>2004.12.18(土)モバイル<br> <br> カシオが毎年、ゴルフ大会を開催している鹿児島・指宿で日韓首脳会談が昨日行われた。当然、北朝鮮拉致問題に話題が集まったそうだ。ノムヒョン韓国大統領は人道派弁護士でじいちゃんもとうちゃんも政治家ではない小泉世襲政治の対極をいく政治家だって、つい先日もイラク派遣の自国の軍隊を電撃訪問し激励している。一方、我が国の小泉首相は国民への説明をトコトンはぐらかし任期終了まで持論の郵政民営化を達成しそんでもって花道に散々の政治パフォーマンスを演出し官僚支配の政治でもって歴代きっての悪宰相になる予感大だ。中曽根翁のいう「歴史法廷の被告席」に座らせて厳重に断罪するべかな。<br> さて、経済制裁への共感は韓国の指導者にはなかった。対北には太陽政策を行う日本に比べても膨大な拉致被害者を抱えている韓国に於いて離別家族2000万の再会は南北統一の国交回復しかあり得ない政治的リアリズムは38度線で画されたボーダーラインである。国家もいろいろ。<br> 独裁世襲の超国家一族世襲主義には強制収容所と秘密警察が必須であるシステムの必然において独裁者が自ら反省し自らが断罪するこの大誤解を解きほぐすには法治国家にとっての最大ジレンマであろう。ここでも政治スローガンの人道主義は功を奏すかどうか。<br> </p> <p> </p> <p> </p> <p>2004.12.17(金)<br> <br> 今夜あたり忘年会のピークなんだろうね。今年も暮れゆく。会社の近くにある運送会社の飼い犬が死んだ。入り口の脇に犬小屋があって道行く人々に可愛がられていた。相当に老犬で四つんばいで立ってるのがやっとだった。人間よりも7倍速の時を過ごす犬にも様々な意匠が付加されるようだ。<br> 「あいつは会社の犬だ」<br> 「あいつはMのスパイ犬だ」<br> 「国家権力の犬である官憲の暴力に屈す訳にはいかない。虐げられし労働者達よ、団結せよ」シュプレーヒコールの連呼の中、反権力闘争に青春の汗を流して幾星霜。気づけば現状追認の定年間近の諦念。そして老犬の如く安らかに往来の人々に愛され死んでゆく。無名の市井に生きる庶民の多くは歴史に名を残せぬ忘却の存在である。如として来る永遠の現在進行形の瞬間にしか永遠は宿らぬ形容矛盾な感覚を研ぎ澄ませ。<br> </p> <p></p> <p></p> <p>2004.12.16(木)5711@<br> <br> 朝、労組員らが会社の前でビラを配布していた。そのビラの文面は有給休暇取得を巡って会社側と団交したことについて書かれていた。でもなぁこんな異議申立を行ってくれる存在は必要だと思った。それは現場の上司の日々の言動にも厳重注意を勧告していて誰も文句が言えなかったことも団交では俎上に列挙されているからだ。<br> 民主な組織とは一線を画して生産性やら収益やらを上げるのに最適な組織は軍隊だ。所属の成員は殺し殺される生命尊重の対極的価値観でもって自我超越の精神的バックボーンを装置化している。その軍隊的組織の特徴は必ず存在する小狡い軍曹の存在だね。大局に立てない唯我独尊の典型パーソンだ。<br> さてなんか疲れた。</p> <p></p> <p></p> <p>2004.12.15(水)<br> <br> 定率減税は50%戻し決定。あーあ。今度、選挙で投票するときは減税推進の役人無駄遣いに厳しい政党に一票だな。自縄自縛な妥結に堕した少数派連立与党も役人に縋ったツケは大きい。国民の生活のかかる税制論議をかかる与党内調整で決定されていいわけない。</p> <p></p> <p>2004.12.14(火)5685@<br> <br> なんか憂鬱。韓国ドラマ「夏の香り」のDVD、iMacの調子が悪いのかよーわからん。切ないドラマだ。師走の喧噪から離れて自宅でゆったりと堪能できたら。</p> <p></p> <p></p> <p>2004.12.13(月)<br> <br> 朝刊休み。気分で休みたい。有休いいよな。</p>

p></p> <p>2004.12.12(日)<br> <br> たまにはライブだね。ソウル トリブル コネクション。寡黙なSHINGO.Sが格好良かった。場所は中目黒ライブハウス「楽屋」。ミュージックチャージ1500円は格安。僕賃には馴染みのない新鮮なサウンドだった。ビートのマジシャン、DJ.TAKADAのリミックスも安定感と冷静且つアニマルなムード溢れるリズムで良かった。PAを通さなくても生の音質をその熱波の如きリアルでホットな音圧でもって体感できたように思う。素敵な若い女性客を多数見かけた。ジントニックも少し効き過ぎたようね。JAZZYでSOULなUrban Nightを歓楽出来たのはラッキーだった。

2004.12.11(土)モバイル5636@<br> <br> 北朝鮮を巡って経済制裁を望む世論が沸騰している。今、経済制裁して北朝鮮には強硬に対処しないと横田めぐみさんが殺されてしまう。経済制裁に反対をする人間はめぐみさんを見殺しにする畜生以下だといった意見が喧しい。家族会の怒りは想像もできぬがここは間接的憤怒を持つ立場からの冷静なる一般見解を考慮してもいい。<br> 強硬派の言うように経済制裁を段階的に始めて、どの段階になれば具体的に北朝鮮が善処を具体的に提示してくるかの読みが彼らのロードマップにあるのかどうか。所詮は非核平和ボケ安保ぶら下がり国は自衛すらできない軍事フォーメーションなんだから米国に頼んだらどうか。実際のところ米国から北朝鮮に圧力かけてもらってどんな問題があるのか?中国からの圧力が北朝鮮には効果的だろうが対米戦略も絡んで難しい。しかも最近の日中のギクシャクした外交問題の未処理は国益を度外視した小泉個人の公私混同によるところ大の本末転倒。<br> 今から約30年前に韓国の朴大統領が韓国情報部の最高幹部に射殺された。その事件をきっかけに韓国政権内での求心力が弱まり軍事政権から民主化へのうねりの第一歩が踏み出された。今は無き岩波書店社長の安江氏は「米国のゴーサインなくしてこの暗殺はあり得なかった」と大韓航空機爆破事件を韓国内部の謀略として北朝鮮擁護の論陣を張っていた集会で僕は直に聞いた。親朝鮮労働党の文化人は左翼な連中が多いのはどうしてなのかしら。組織と人間。体制と個人。歴史も人間洞察からパラダイムを組むべきなのに。本気になれば金正日のピンポイント排除も可能な筈ではないだろうか。政権転覆の軍事オプションの隠密工作か。対話で平和もどれほどの理想論か最近、思い知ってきました。殺し殺される極限ではこの不毛理想も空想の領域か。人間主義の平和時外交の脱力感を払拭するパラダイムは何だろう。<br> でも経済制裁の代償は殊の外大きいだろう。あれだけ大量に日本国内から隣の庭の鶏を連れてくるより簡単に日本人が拉致されたお気軽スパイ天国の日本国において北朝鮮の在日工作員らがいざ鎌倉で国内テロでもって紊乱攪乱してきたらどーするのか?十万人以上もの凍り付いた海を酸素ボンベなしで何十キロも泳ぐ超人的訓練を積んでいる特殊部隊員がナニをやらかすかは将軍様以外は誰も知らない。まずは安倍晋三氏宅からやってくれ。そして所詮は有事誘発に機能不全だ。それを意図する輩の利するものとは何か。</p> <p></p> <p>2004.12.11(土)モバイル<br> <br> 最近、老害な珍事が社内の空気を極端に悪化させている。元受注セクションにいたスタッフ内勤者が出先の営業から注文キャンセルの電話を受けた。配送センターではその商品の発送がジャッジ待ちの停滞付帯モードへ。配送車を一時止めて「さーどうする?」なのにである。団塊ベビーブーマー世代の退役予備軍セージ氏は趣味の囲碁で白黒つけるのが好きなくせに「ちょっと待ってぇ〜。確認するから」と時間を無為に台無し。で、倉庫とそのやりとりをしていたk係長は内線を一時切って内心、セージさんが直に連絡入れて終わりだなと思ったという。ところがである、自分は受注職務とは他部門のスタッフ内勤であってあくまでも筋からしてもこのキャンセル通報は受注部門の仕事であるから「S井さん、内線して下さい」と脱線。そしたらば企業内労働組合幹部のS井氏は「お前がやれよ」と同世代のセージさんに無下もなく。驚嘆驚愕のセージさん「(何で)俺がぁ?(何で)俺がぁ?」と理解できず自問自答もせず立ち往生。そして切れちゃった。セージ氏、受注メモをクシャクシャに丸めてS井に投げつけた。その暴挙に隠忍自重していたドヤシ屋のイシさんが大声で啖呵を切った。<br> 「電話受けたモンが最後まで責任もてよぉー」オフィスは静まりかえったと言う。<br> 後日、その顛末を僕賃は詳しく聞けば聞くほどに哀愁を感じたのね。機転機知を阻むこの頑迷固陋の悪弊は感情爆発の後先見境なしの事なかれ主義の末期状況だ。ここでのそれぞれの役回りは各論反対の総論容認の本末転倒だってこと。即座に連絡が誰もできなかったってこと。俺以外の仕事、俺以外の責任。俺以外のセージ!</p> <p></p> <p></p> <p>2004.12.10(金)5627@<br> <br> 有給休暇取得を巡って組織のタガを締め上げてドミノ現象を食い止めたい現場の上司と労組運動に生きてきた団塊の老闘志が職場で衝突。昨今の不景気のしわ寄せは社会的弱者な低賃金労働者へ、社内に於いては営業成績の悪いはたまたロートル準退役社員などの地位の低い会社お荷物に全部、しわ寄せ被害妄想的リベンジエナジーのマグマはこの些細な事件で一気にその溶岩が噴出したようだ。特に賃上げ賞与などの「業績わるいから出せないもんは出せなーい」と財政原理主義の常套句を終ぞ突き崩せないマンネリ団交のガス抜きは労働規準法の唯一の果実にして伝家の宝刀たる「有給休暇」に電撃的争点化したのだった。<br> そもそも有給休暇とは何か?労働基準法第39条にはこう記されている。<br> <br> (年次有給休暇)<br> 第39条 使用者は、その雇入れの日から起算して6箇月間継続勤務し全労働日の8割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した10労働日の有給休暇を与えなければならない。
(中略)<br> <br> <br> 4 使用者は、前3項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。
5 使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、第1項から第3項までの規定による有給休暇を与える時季に関する定めをしたときは、これらの規定による有給休暇の日数のうち5日を超える部分については、前項の規定にかかわらず、その定めにより有給休暇を与えることができる。<br> (後略)<br> <br> (監督機関に対する申告)<br> 第104条 事業場に、この法律又はこの法律に基いて発する命令に違反する事実がある場合においては、労働者は、その事実を行政官庁又は労働基準監督官に申告することができる。<br> 2 使用者は、前項の申告をしたことを理由として、労働者に対して解雇その他不利益な取扱をしてはならない。<br> <br> 一方で会社側の論理は永遠に労働者側の利害との相克でもって折り合わない。売上未達だから部の会議で各営業マンを締め上げてなんとしても会社に貢献し点数を稼いで次期事業部長に出世したい。何が労働者の権利だぁ?法律なんか関係ねぇーよ。この厳しいご時世で好き勝手に休まれて堪るか。ふざけるな。次の人事で飛ばしてやる。じゃないと部が纏まらない。営業部長として当たり前の心情だ。でも今回はそんなに簡単には済まない。

労使闘争の果実にして輝かしき権利闘争の最大級の成果である「有給休暇」も野心的な現場の上司の自由裁量で蹂躙されては全くのいけないことである。しかし、アームチェアーにふんぞる労働司法プロや労働貴族のご託に振り回されては現実問題として成り立たない。社員全員がこの有給休暇の権利を行使し続ける非現実的まやかしの空理空論。労組グループ持ち回りで有休取得を頻繁化することは私利私欲の権利行使と同義である。その悪弊から脱するにはバランス感覚と自らの職務遂行への飽くなき責任行使を敢然と遂行するしかない。労働法規を翳してワッショイワッショイやることで自分自身の生き様を醜く歪める結果になることだけはなんとしてでも忌避して頂きたいと労組老師のF氏そしてその周辺の方々には思う。資本充実の剰余価値を戦略的に人員配置で組織的に組み込んでいける財力財務体質があって企業トップが常に人事戦略を考案実行していて「人材の城」が我が社の誇りなんてやっていればまだしもでしょーが。所詮、中小企業はカネもヒトもないから中小企業なんだよな。永遠の....。<br> <br> 僕賃とて有休を使い捲りたい。交代要員の確保を前提にしていない劣悪な労働環境に甘んじる自分自身の怠惰で無気力が現状追認の放置プレーを容認している現状打破を完膚無きまでに敢行したい。でも悲しいかな淘汰企業にそんなもん必要なのかどうか。公義も所詮、私義に朽ちるのみ。

p>/p> <p>

2004.12.9(木)
<br> 気だてが良くて几帳面でしっかりしててもイチイチ五月蠅くって息苦しくなってそんなの捨てちゃって、勝手気ままに生きたくなる場合って結構あるかも。人間、自由が一番かも。</p> <p></p> <p></p> <p>2004.12.8(水)5599@<br> <br> 今日はどんな日か?1941.12.8に日米開戦いわゆる太平洋戦争が始まった日。日本海軍の奇襲攻撃でハワイのパールハーバーが炎上した日。またジョンレノンが暗殺された日。<br> 現代史の学習が高校までの授業で例えば日本史でもここらあたり(日米開戦)の歴史教育は「受験に馴染まぬ」と大学予備校化した現場判断で授業でもあんまし取り上げられないのではないか。日本現代史を論じる能力を現役の教師諸氏はお持ちなのかどうか?歴史を教える難しさは受験予備校講師レベルでは到底為しえない生き方(way of life)へ直結した思想教育になっちゃうわけで。受験産業とその受け皿であるマスプロ大学との利権癒着は「試験に出てなんぼ受かってなんぼ」の実利に則しておるわけで。歴史的事実の時系列暗記で済まされる問題でもない。<br> 米国からの歴史教育の圧力は聞いたことが無いのは何故に?中国韓国と米国の圧力の有無は日本の置かれている同時代史的位相を吟味する上でも興味深い。</p> <p></p> <p></p> <p>2004.12.7(火)<br> <br> IBMがPC事業を中国のPCメーカーに売却打診が報じられた。アップルもPCの売上げは大幅にダウンしている。iPodの爆発的な売上げと音楽コンテンツのネットが好調なのが収益に多大な貢献をしているらしい。これだけパソコン普及浸透がもたらす低価格でもって消費者に更なる食傷なる飽食事情を煽っているからだろう。<br> 需要と供給の逆転現象が今まさに招来しマーケットの色分けが巨人撤退を誘引したのは間違いなくコアコンピタンスでもってCPUだのサーバーだのにハイエンドユーザーとPCのコアな部位への経営資源特化を潔くですか。そうなると日本のPCメーカーも大きな舵取りの変更を加速化させるのかどうか?わからん。</p> <p></p> <p></p> <p>2004.12.6(月)<br> <br> 週末どっぷり読み進んでいた「ダ・ビンチコード」上下二巻を感動の読了。キリスト聖杯伝説やらシオン修道会やらダ・ビンチ「最後の晩餐」の隠喩文上読み。「知識」が主人公の謎解きストーリーの文学的陥穽は登場人物が従者に成り下がる危険性だ。博学からエロスの文学展開は饒舌ではない。シオン修道会の性的秘儀の描写もイマイチな感は否めない。その反面、暗号謎解きの会話や教授の知識披瀝の講義なんぞは作中、最も生き生きした感じだね。やはり本作の主人公は「知識」だ。特にキリスト教を信仰する読者は内面に様々なさざ波を沸き立たせながら「信と知」の相対化を己に課していくのだろうか。

2004.12.5(日)5540@

終日、昨夜から読み出した「ダ・ヴィンチコード」をドシドシ読み込む。確かに面白い。

p></p> <p></p> <p>2004.12.4(土)モバイル5509@

さて宴のあとはイラク派遣の自衛隊の延長問題。福祉平和の立党精神を掲げる公明党の神崎氏に続いて冬柴氏もイラク・サマワへ出発するという。目的は一つ、信濃町への説得であるという。冬柴が無事に帰国できて茶番の「安全宣言」を行い世の多くが物笑いする中、その支持者はその公明党幹事長決死的ドンキホーテの報告を信じ切るのだろうか。現場主義の陥穽は批判的言論を封殺する切り札的な風味に拐かされる点にある。<br> さて「自己責任」でサマワ視察するからにはテロリストにやられないようにしないといけない。「サマワ視察」をマスコミで宣伝してもらってテロ遭遇の可能性も格段に高くなった。こんな自分の安全管理もできぬユルユルの脳天気平和ボケ議員に国家国民の平和や安全保障を任せることができるのかという至極真っ当な議論もわき起こっても至極当然だと思われ。本末転倒にして主客転倒だ。<br> 政治的見解でみても政教分離も分離。支援団体支持母体の教団への「説得」というが何の説得なのか?サマワで何回迫撃砲が自衛隊駐留地に向けて発射されたのか。いままで犠牲者被害者が出ていないのは奇跡に近い。オランダ軍がいなくなったら英国軍に頼むという。もしそうなれば相乗的に危険度は増す。米英が直接的にイラク民衆を血で染めてきた実行犯だからね。自衛隊は自衛するしかないとなれば憲法論議への現実面からのコミットが大いに生かせるし、最悪の事態である自衛隊員の殉職が発生した際には外交官死亡の時と同じく「彼らの死を無駄にしてはならない」と全国民に向かって号泣の小泉は絶叫するであろう。自衛隊撤退などあり得ないのが今の小泉政権なのだ。その現実所与性の呪縛から自縛しているのが「平和」「福祉」の公明党である。<br> 来年三月にオランダ軍が去る。自衛隊は自らの防衛も兼務した真の軍隊組織として格段の重装備でテロルとの決戦を処す決意なのかどうか。米国での政治的変化に即応して強硬傾向への平伏でもって国益の本質を矮小化した利権固執への迷妄に雁字搦めをどう解きほぐすか。
靖国とサマワ自衛隊と北朝鮮は全て政治的日程の憲法改変に通じている。小泉が歴史に名を連ねる名宰相になるための日程である。それに荷担補助の役回りを演じきれるかどうか公明党は今、まさに岐路に立つ。</p> <p></p> <p></p> <p>2004.12.3(金)<br>
勤務先の部署での忘年会で田原町。忘年会の幹事のN君の友人が店長のその鮨居酒屋は酔客で溢れかえる活況を呈していた。魚のコース料理はどれも美味で感嘆を上げては舌鼓を乱打のシチュエーションの連続であった。アルコール摂取の習慣から脱慣して久しい僕賃にとって、美味なる料理に誘引されてのビールに焼酎は心地よい酩酊に誘われいささか食の満足を満喫できたと思う。あとはトークの快楽の筈であったが。「残念!」</p> <p></p> <p></p> <p>2004.12.2(木)5494@<br> <br> 連日、定率減税廃止問題での自民党税制調査会やら与党税制調査会やらの動向が報じられていて非常に気になる。99年に恒久減税として所得税と住民税にそれぞれ20%と15%を減税してきたこの「景気対策」に対して「既に99年の頃のような不景気な時代は去って景気は回復基調にある」という廃止理由と税源移譲の流れの中ではたまた所得税制の改変の前提にこの定率減税の不整合性を財政原理主義者と目される官庁官僚そしてその走狗である連立少数与党の思惑が先走っているように思われ。そもそも正式かつ公的発言で「定率減税廃止」を言い出したのは前回の衆議院選の折、マニフェストに掲げた公明党だった。その廃止分を財源の一つとする「年金安心100年プラン」をぶち上げたわけね。これは厚生労働の役人プランから出てきた。当時の坂口大臣は頑張った。党も福祉と平和が売りなだけに頑張った。役人の差し出すデータを元に出生率1.29人の後出しジャンケンで激怒したサカジーも頑張ったのである。<br> でもなぁ大多数の社会的弱者はきついよな。このご時世に増税と社会保険費の増額はきつすぎる。一方で厚生族のドン・前首相の橋本はしらばっくれて非公開のセレモニーで嵐が過ぎるのを待つのみかよ。人生いろいろ議員もいろいろ。租税権こそ行政権の最たる権力行使の根元であって統治権力の源泉なわけ。三権分立といってもね。今後繰り広げられる立法権と行政権の癒着的茶番を通じて我々庶民の生活権圧迫を監視せねば。</p> <p></p> <p></p> <p>2004.12.1(水)<br> <br> 師走突入。月末処理も大詰め。慌ただしさにもニッチな時空。手工業な単純労働の疲労感はルーティンな宿命。非常に時間感覚だけが研ぎ澄まされ、神経は衰弱摩耗鈍磨なり。<br> 忙中の忙。16時より情報セキュリティ委員会の集い。部署毎に委員が選出されて僕賃もそんな一員に。IT関連企業である以上は社会情勢においてもマクロもミクロも個々の企業における「情報管理体制」への社会的関心は高くなる一方だ。情報犯罪の横行は個人情報や企業情報の悪意ある第三者への漏洩によって悪循環が繰り返される。輪廻を断ち切れ!ネット犯罪を防ぐには個人特定情報の漏洩防止が絶対条件だ。住所氏名年齢が特定されてオレオレ詐欺者たちが電話を掛けてきたとしたら。闇からの魔の手ほど恐怖だ。<br> そう言えば流行語大賞に「チョー気持ちいい」が選ばれたそーな。金メダル取った北島康介は言う権利はあるけれどそれを聴いた多くの日本国民にどーゆーふーに流行したんだい?そんなに気持ちいい人間でこの国は溢れかえっているのかね。言葉は使われる時代や社会的状況を反映する空気のようなものであって「残念!」とギター侍は絶叫。昨年の「年収300万」や「なんでだろ〜」の方が流行感あったよな。</p> <p></p> <p></p>

2004.11.30(火)5458@<br> <br> 首がきつい。月末で残業。爺さんたちが口汚く言い合いをしたそーな。秋篠宮の髭を切れば潟大で頑張る準教授、そっくりじゃん。</p> <p></p> <p></p> <p>2004.11.29(月)5435@<br> <br> 石油を週末に入手。クリーニング店のおばさんのご厚意に甘える。代行で買ってくれるという。鈴木燃料店よ、さようなら。自分で買いに行って1200円だったから今年は1500円くらい吹っ掛けられそうだった。でもことのほか暖冬で点けてもすぐ暑くなってけしちゃう石油ファンヒーター。<br> 12.3(金)の夜は会議終わって田原町で部の忘年会。久々に鮨が食える。期待して良いかも。それにしても師走は好きだ。カウントダウンに入った時間の流れを感じながら年の瀬の慌ただしさが好きだ。</p> <p></p> <p></p> <p>2004.11.28(日)モバイル5406@<br> <br> テレビの「血液型番組」に批判の声が多数寄せられているという。
<a href="http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041127-00000054-mai-soci ">http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041127-00000054-mai-soci<br> </a>そう言えば「B型」と「AB型」の人間の行動パターンや性格傾向に何となく思い当たる節があるのって生活実感で感じることだ。そんな漠たる生活意識の底上げをやってくれたんだか煽ったんだか知らんがね。テレビが「科学的?」に権威付けて社会的に一般常識化させる情報浸透の悪影響に批判が集中したのかしら。だったらその批判番組をテレビがやればいいんであって、多事争論すればいいんであって自粛を要請するんじゃなくその番組を科学検証する特番を持てばいいんであって。メディアレテラシーを学び合えばいいんであって。安易なメディア圧力には僕賃は与しない。所詮、テレビはテレビでしかないんだ。そう思って見るしかないだろう。一つの番組がどう成り立っているのか知った上でその番組を見ていくこった。この閉塞的な抑圧社会で不安や疑念が人心を荒廃させて他者排除の差別意識が潜在的に増長している。その大衆心理に誠に最もらしく「血液型」という差別カテゴリーが当て嵌まっただけのこと。メディアは同時代の大衆心理を潜在的に顕在化させ得る唯一無比の社会的存在である厳然たる事実だけは見まがうことなく。<br> でもさー血液型って面白いじゃん。</p> <p></p> <p></p> <p>2004.11.28(日)モバイル5404@<br> <br> 昨日、シンディー・ローパーの代表曲「Girls just want to have fun」収録のCDを買った。1979年に出た彼女のスターダムな名曲。アバの「Danceing Queen」のように未だによく流れている。気に入った曲は何回でも聴くし他は一切聴かないのが僕賃流。一枚のアルバムにそんな曲が一曲でもあれば凄くラッキーなことだ。<br> アップルのCEOであるスティーブ・ジョブスは「ファイティングニモ」や「モンスターインク」を制作したピクサー社のCEOでもあるがパソコン業界で数ヶ月しか寿命のないテクノロジーシンドロームな商品の開発販売とディズニーのような何世代にも渡って受け継がれる文化継承の如き「商品」の制作販売を明確に戦略選別している。<br> 「ライ麦畑でつかまえて」サリンジャーのジュブナイルな一回性の魅力がこの「Girls just want to have fun」にもある。<br> 久々にいい買い物をした。</p> <p> </p> <p> </p> <p>2004.11.27(土)モバイル5389@<br> <br> 土曜出社。昼食も様々お店はお休みモード。トンカツ屋さんへ入っていきました。ラーメンも焼き肉もだめだめ。<br> それにしても興ざめなのはおばちゃん達の群集心理ってやつですか?仲間同士で互いに優越感を狂騒否、競争しているんだろうね。ヨン様でも誰でも良かったんじゃないかしら?マスコミが扇情しマスコミが「客観情報」を垂れ流す。CM起用で売上増加になっている現実でもってスポンサー側のメディア威圧は益々増大するいたちごっこだもんな。怖い怖い。
でもね、謝罪会見でのペ・ヨンジュン本人の言葉は彼の内面から出た言葉であったように思う。虚像をプロモートする彼の周辺に強欲な作用を感じるのは否めないが、要するにこの熱狂性はある種、宗教のようなものかもね。麻原彰晃に引きつけられた石井久子のような心情の集合体なのかもね。でもねこんな形でしか癒やされない人間が多くなってくる社会ってのは今の政治状況を増長させるだけだよね。
先日、政府税調が小泉ソーリに答申した増税路線について閣僚のお一人である麻生太郎大臣は「財政原理主義に毒されてはならない」と自分が旧経済企画庁長官時代の撤を踏んじゃいかんって異議申し立てしたってさ。この財政原理主義の跳梁跋扈は国家に於いてもどんな組織でも殊に法人なんかまさにそうだもんね。労使の交渉一つとってみても結局、憲法感覚鋭敏な労働者の寄り合いがどんなにがなり立てようとも「そんなんじゃあ潰れちゃうよ。元も子もないよ」で押し切られちゃうわけでしょ。唯一、公務員はそんな感覚は省内部的にはないけどな、省外的には財務省が存分にやっているだけでさ。
さて円高基調で株価鈍化のこの時期に先の消費税増額と健康保険増額を財政原理主義者の言いなりにやっちゃったからとんでもないことになっちゃった近現代の史実を学べってことよ。冷血小泉はやるだろーけどさ、歯止めが無いじゃん。連立少数派も政治倫理、御都合でもって今度はナニをバーターしたんだい?公益法人の大改革でも言い出してみろって。結局、小泉の純一郎様ってお熱を上げた連中とヨン様狂騒を演じるパーソンが同一性甚だしいってことよ。ファナティックな熱気ってもんが時代の空気を著しく悪化させる主因であるってこと。大衆迎合も官僚支配の道具であるってことに気づくメディアすら寡占独占の役得に溺れているだけだってーの。

2004.11.26(金)

ヨン様来日。成田空港におばさま殺到。ファナティックな宗教色豊かな一体感と祝祭の時空に彩られている。殆どヨン様教の教祖様来日。でもさ、ビートルズ来日の時だって同じだったわけで。ファンが殺到するマスコミ効果をマスコミが自己相対化できないだけのこと。朴政権下の韓国では対日経済政策の一環に統一協会の布教を日本で行いその貢ぎ上げた「浄財」を朴ちゃんもあやかっていたそーな。ハワイに行ったとき日本人を食い物にした韓国人オーナーの日本食なる食い物屋を嘆く日本人オーナーのお店での晩餐会。韓国人は対外的な商売が殊に貪欲らしくそのターゲットに日本人はノミネートされちゃっているんだとか、そのオーナーが嘆き怒って我々社員旅行の面々に種々ご教授されていたんだよなぁ。</p> <p></p> <p></p> <p>2004.11.25(木)5363@<br> <br> いきなり頭痛。右目の奥が痛い。体に力が入ると頭に血が逆流した感じでズキンズキン。体の力を抜いてリラックス..。</p> <p></p> <p></p> <p>2004.11.24(水)5352@<br> <br> 勤労感謝の後は重労働ですか。</p> <p> </p> <p> </p> <p>2004.11.23(火)モバイル5326@<br> <br> 都心は快晴。温暖な一日。なんか風邪っぽい。そろそろ灯油買ってファンヒーターを稼働させねば。湯冷めで体調異変か。<br> そう言えば「情報セキュリティ」問題が社内でも取り沙汰のようね。そもそも情報漏洩の社会的リスクってものは「情報」を企業文化の文脈で考えて経営資源あるいは経営資産と把握できているのかってこと。でもなぁ環境エコ問題でもそうだけれど企業イメージアップやら企業と地域コミュニティの緊密化密接性やらのあくまでも利潤追求の道具・手段とみなしてその費用対効果を秤にかけちゃう性向があるよね。だから社内の人間に作らすそうーな。第三者的にやったほうが効率も目的も明確になっていいわけだけど。委員会の論理ってもんがあって、エイズ問題で旧厚生省大臣になった四国お遍路な菅直人氏は内部資料の隠蔽に躍起となっていた当時の省内に喝を入れるべく直轄の委員会を設置して情報収集の任を与えた。官僚気質でいっても与えられた職務は積極果敢に執り行うまことに実直勤勉な二宮さんのような官僚諸氏はついにはあり得ないはずの書類を累々と発見収集したんだそうな。まことにあっぱれ!その後、カイワレ大根をマスコミのカメラの前で頬張るパフォーマンスもおやりになった菅直人大臣の今の見果てぬ夢は内閣総理大臣なのだそうだ。<br> </p> <p></p> <p>2004.11.22(月)5316@<br> <br> 日中首脳会談で中国の国家主席は小泉首相を靖国参拝問題を通じて批判したそーな。それに対して従来通りの持論で応じたらしいけれど、国益ってそんな神社利権に固守するお方によって大きく損なわれて良いわけないよね。<br> 小泉総理の所属派閥である森派は先の戦争で死んだ遺族の会と非常に強い絆があるらしい。前首相の森氏の「神の国」発言だってそんな神社利権の会合でのリップサービスだったわけでね。今は落選中の政経塾出身にして同派閥紅何点の高市早苗女史も超党派グループである「小泉首相を靖国神社へ公式参拝させる会」の会長だったしね。小泉の親父さんは防衛庁長官やっていて国防族だったし盟友の山崎拓前副総理も防衛庁長官だったしYKKのお一人で派閥復帰した加藤紘一議員だって防衛庁長官だったのね。それから厚生族の利権の根っこにあるのが遺族会なのよ。何故なら旧厚生省が遺族年金配布のデータベースを構築し、死してなお靖国に住する死後の戸籍台帳の管理も旧厚生省の省益の源泉だったんだから。小泉首相が何故故にヒロイックなまでに「靖国」に現を抜かすどころか現そのまんまな状況であるかを分析すべきなんでね。<br> 中国とて周恩来のように大局に立って中国人民13億に指導性を発揮すればまだしも、未だ他虐侵略戦争史観を大仰に振りかざす共産主義国家にも先鋭なるナショナリズムが胎動温存されていることへの対処ってもんを明示せよと言いたい。内政干渉を通じて国益温存を図っている子役人な官僚奴隷の視野狭窄を開目するのはいつの日か?天安門広場のど真ん中で小泉と今上天皇が土下座謝罪して済むもんでもなし。<br> 宗教法人・靖国神社のどこに日本人の御心があるのかしらんが政治家と宗教ってもんは案外に密接な関係なんだろうね。「靖国参拝は日本固有の文化性」だと発言して古館と言い合いになった石原慎太郎東京都知事は霊友会の信者だし初めての選挙の時、その教祖に選挙支援を懇願したエピソードは選挙参謀の後日談で有名な話だ。だって非常に便利だもの。票の取り纏めとしてね。教団経由で選対の合理性は最大化できるんだから。<br> 小泉首相は総裁選の公約で明確に「靖国参拝」を掲げて当選したんだからその公約を遵守するのは義務だとかなんだかしらんがね。内閣総理大臣として外交やってるときにもっと大きな視点でみるなら意固地になってフリーハンドの選択肢を自分からわざわざ狭めるのは愚の骨頂でもの悲しい。</p> <p> </p> <p> </p> <p>2004.11.21(日)モバイル5287@<br> <br> 快晴。日本橋・高島屋を冷やかす。スタバは満員御礼。東京メトロの地下鉄駅内通路の目立つところに韓国映画「僕の彼女を紹介します」の巨大ポストが貼ってある。日本橋・飯田橋・高田馬場で見かけた。封切りが楽しみね。<br> モスもなんだか混んできました。ハングルの激しきバトル会話が前方から聞こえてきます。<br> <br> <br> </p> <p></p> <p></p> <p>2004.11.20(土)モバイル5272@<br> <br> 飯田橋のモバイルカフェで食後のライティング終えて、東中野のジムで汗を流し、高田馬場のザ・ハンバーグ、前に来たのは9月中旬だったっけ。もうめっきり秋も終わって初冬になっちゃった。<br> 梅雨のような秋だったな。台風頻発の巨大地震。天変地異の我が国。<br> 最近、都心に直下型地震が起きたらどうなっちゃうのかという研究発表が報じられた。結論的にはこの激震地帯に住んではいけないということ。どんなアホが考えても東海大地震って激ヤバ。なので勤務地がその地域であってもいけないってこと。都心に住んで都心で働いてはこの地震が起きれば必ず逃げ切れない。つまり御陀仏ということね。地震で死んでも成仏できるのかどうか?死ぬ前の因果応報的行為ってもんを検証しよーよ。地震発生の蓋然性がこれほど騒がれているのに都心のマンション購入件数は増加傾向にあるという。活断層の真上に終の棲家、人生最大の買い物をこれまた人生最大の借入を行ってまで喜々として敢行する異常性みないなもんは分析解析なーんもないってか。まさに開高健の「パニック」の虚構的リアリティを甘受すべく。
阪神大震災の時の反対ってことね。今度は京阪神の連中が「東京で起きた地震で随分死んだらしい。怖い怖い」国防族がほくそ笑む事態だよ全く。米国の圧力で自衛自存を強いられ国防拡大の迷走の果てに自然災害で朽ち果てる本末転倒国家が構築されていくってか。<br> 石原慎太郎都知事どうなんですか?在日朝鮮人が今度起きる地震でもって井戸にまたしても毒を入れるんですか?今度は誰が甘粕になり大杉栄になるっていうんですか?危険思想を熟知するあなただったらよーくわかっていらっしゃるに違いありますまい。同類相哀れむっていうじゃないですか。
さて、幕藩体制が内部崩壊し中央集権国家が近代化の進展と相俟って成立する過程において中心と周縁、地方と中央の階級的分断も併走したのね。単一民族と称させるこの日本国家の建造的分析もさることながら心象風景は焼け野原でありこの大東京は関東大震災と東京大空襲でもってその歴史沿革を通暁してもまだまだ甘い。それで近未来図ってもんが描ききれないジレンマは確実にある。人心不安を拡大妄想化させるデマゴギーの本質的批判の皆無が状況進展にとってまったくもって逆行逆流という矛盾点に達するや否や取り返しも巻き戻しもできない事態に堕すことは明白だろうけれども。

2004.11.19(金)モバイル5267@<br> <br> 昨日は仕事帰りに日本橋・高島屋に赴き「韓流特別展IN東京」を観覧する。<br> <a href="http://www.mainichi-msn.co.jp/geinou/news/20041119k0000m040039000c.html">http://www.mainichi-msn.co.jp/geinou/news/20041119k0000m040039000c.html</a><br> 時刻は午後7時すぎ。労働からの解放と週末への期待感で気怠くも健気な祝祭時空に彩られていた。「冬ソナ」現象の牽引力は中高年の主婦層と聞いていたけれどこの時間帯に彼女たちで会場は溢れていた。仕事帰りというよりは日中からの延長線でもってその余熱が続いていたとみるべきかも。この時期、そろそろ歳末への消費動向も鑑みデパート側の商機獲得の意図も濃厚だ。彼女たちには韓流ブームにはまる時間的にも財的にも余裕がある。展示自体はさして発見もなくただ、再確認のような追認行為に終始といった趣であった。異文化のドラマ性の放つ性的蝟集の魅惑の色彩は彼女らの魅力に相応できるのかどうか?</p> <p> </p>

2004.11.19(金)5262@<br> <br> 朝、会社の前で労組員らがビラを配っていた。冬季賞与の要求内容が文面にあった。毎度毎度の空理空論的一方的要求の羅列だ。この労働組合の主張の現実主義的陥穽について考えてみたい。<br> あらゆる運動論は組織論に帰結する。運動論とは組織論の動態的顕現でしかあり得ないからだ。組織も畢竟、人物論に収斂されうる。個々の成員の人間性への希求こそ欣求し歓喜する人間躍動のドラマツルギーの発現なのだ。まずはパッション無き形式形骸化したロートルの思考停止的言文不一致の文体錯乱。現状認識の完全盲目滅法たる要求書とは原因結果分析思考の一切の科学的思考方法を放擲した安易安住の老境恍惚の反社会性へ没入転落するのみ。現実寄与現実関与の要求に範疇化せずイデオローグな生活闘争史への刻印として組織内名声という通念的外聞に身を絆すのみの労組の精神史の勝利と凱歌。手段それ自体の目的性への惰力。<br> 創業者一族の私利私欲とその権力の周縁に寄食する雇われ使用人の個々の保守反動性を打破し駆逐するその目的に於いて要求書を提出し断固たる交渉術を駆使し、人間疎外の資本の軋轢を真に人間解放へと向かわしめる精神闘争へと昇華止揚する大労働運動史へと鮮烈鮮明に刻印すべく彼らは闘っているとでも言うのか。独裁独占的寡占化傾向の放縦を監視管理していく民主集中の運動論はいつから世代間を超えた魅力を失ったのか?時代の潮流的事実としてその輝かしい歴史は闇と化したのは事実のようだ。今後、宗教右派なる勢力の興隆隆盛は目を覆うばかりとなっていくであろう。何故なら彼らの求心力は個々の内的必然を活性化させうる何かが存在するからである。<br> 労働=人間疎外の図式打破すらできない従来の労組に未来など無いからだ。<br> </p>

</p> <p>2004.11.18(木)5237@<br> <br> 急激に寒くなってきた。そろそろ灯油の買い出しの時期だ。夕方頃から雨が降り続く。変態事件も発生している。<br> 家に帰ったら日常雑事は忘れたいもんだが。</p> <p></p> <p></p> <p>2004.11.17(水)5218@<br> <br> 横田めぐみさんの3枚の写真。様々な憶測が流れ飛ぶ。ジョージ・オーエル「1984」のような管理国家の北朝鮮ならではの情報管理。一人の人間の歴史を隠蔽し歪曲し虚飾する国家意思の発露の一端を垣間見る3枚のスナップだ。<br> 子供だましなこの所業に対して民主国家・日本の対応はどうなるんだろうか。55年体制という与野党馴れ合いの時代から親北朝鮮外交の利権擁護を温存拡大してきた日朝外交史を分析しても今日の対日戦略の命脈は継続継承されているように思われ。</p> <p></p> <p></p> <p>2004.11.16(火)5197@<br> <br> 北朝鮮のやり方に過剰反応することを煽るつもりはなくても「経済制裁」しかない。それでもだめならどうなるのか?対話と言ってもどんな交渉を行っているのかしらという問題。<br> 国民のフラストレーションが北朝鮮によって煽られているこのタイミングで憲法論議も喧しくなっていく。</p> <p> </p> <p> </p> <p>2004.11.15(月)5173@<br> <br> ファルージャで香田青年のパスポートが発見された。またこんな報道もある。<br> </p> <p>「イラク中部ファルージャでの制圧作戦を続ける米海兵隊が14日、白人女性とみられる惨殺死体を発見した。AFP通信が伝えた。英国とポーランド出身の女性2人がイラクで拉致されたままだが、遺体の身元はまだわかっていない。拉致された人質だとすれば、女性では初の犠牲者となる。<br> <br>  同通信によると、遺体はのどを切られ、両腕両足が切断されていた。髪は長いブロンドで青い服を着ていた。約2日間、路上に放置されていたらしい。」<br> <br> 今、ファルージャで何が起こっているのか。情報戦の一環として米国サイドの情報が一方性でもって流れるだろう。</p>

2004.11.14(日)5154@<br> <br> 紀宮殿下結婚内定の報。夜、整体院へ。</p> <p> </p> <p> </p> <p>2004.11.13(土)5122@<br> <br> 来年4月から施行実施される地方税制のエースと言えば「外形標準課税」だけれど、事業所税として非常に中小中堅の企業は打撃が強いので業界的にも発案時の反発は凄まじかった。ところが、東京都知事の石原慎太郎がトップダウンで大衆迎合しやすいようにベニスの商人よろしく貸し渋りの都市銀行を狙い撃ちにして先達をつけた。結局は銀行側が裁判に持込み、税制平等の原則を逸脱するとの司法判断で至極真っ当に慎太郎サイドは敗訴決定が下った。とんだ茶番劇だったわい..ではすまされない波及効果があった。歴史は振り返ってからでないと推移進展の渦中においてなかなか判じ切れぬ動態分析の難しさがある。<br> その先駆的役割は国政レベルを凌駕している。あれだけ猛反発だった税制を鮮やかに確実に大衆浸透させた。戦略的に国粋の経済法制ムチの都知事にリコメンドした都庁官吏の面目躍如たるや、だ。その直近史を思うに付け今回の都の教育問題の先鋭化は危惧してもいいんじゃないか?奉仕活動の必修化問題だ。<br> <a href="http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/edu/news/20041111k0000e040041000c.html">http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/edu/news/20041111k0000e040041000c.html<br> </a>根底には裁判員制度と同じで統治権力による動員システムの問題性であって教育の領域に公的名目で動員徴用できるシステムのインフラを整備する狙いがあるとの危惧すらある。これが愛国を教育の大義に変更し軍事教練を手段化した徴兵システムにいとも簡単に転用援用でき得るのではないかい。愛国義務化の論理矛盾と同じく奉仕義務化の論理矛盾。報道ステーションで石原慎太郎都知事が古館に「天皇が強制はよくない」と君が代問題に異例のお言葉があってそのコメントを求められ反論していた。意固地なまでに興奮感情的言辞を繰り返す現役作家のこのお方。とんだ猿回しを演じさせられているようにしか見えない。<br> <br> </p> <p> </p> <p> </p> <p>2004.11.13(土)モバイル@5107<br> <br> ビックカメラやさくらや、ヨドバシカメラなどなど、ポイント還元という顧客囲い込みの営業戦略が、昨今当たり前になっている。ポイントを貯めて「次回にご利用下さい」全く、うまいもんだ。<br> 僕賃も2年前、新宿東口のさくらやでファイルメーカーを買ってポイント4000をゲット。有効期限2年なのでもったいないな、ってことで必要家電の布団乾燥機を4000円値引いてもらった。なんか得した気分になったけど、本当にそうかしら?<br> 後値引き次回購入時値引きの妙味ってもんは財務諸表上にもろ生かされるし最大の効能は客に「なんだか得した気分にさせてここでまた買おう。ポイントゲットしよう」ってことになっちゃうわけね。でもさ、本当に得しているのかどうか。客からみれば購入時にその分値引の入った正味の売価で買う方がいいに決まっている。またポイントの期限設定でもって客に再度の来店を促せるし運良ければポイント消失でもって値引き還元分の損失も利益確保できる。<br> 不思議なもんで僕賃にしたところで、4000円分の買い物が無になる前に買いに行かなきゃって来店して実際に売り場で買い物を始めるや否やどんどん購買心理は刺激されあれもこれもとエスカレーションした消費行動の衝動に突き動かされていた。挙げ句、新たにポイントゲットし「また買いに来なきゃ」って決意してるって。<br> さて得した気分で家路を急いでいるとゴールデン街の抜け道で警官二人に職務質問。自宅から自転車で買い物のその帰り道。自転車盗難の職質だ。この大都会の大東京の白昼に公僕警官から職質。こっちとら納税者にして有権者であって、この体たらくの公的サービスの不快感から「なんですかね?僕がこの自転車を盗んだってことですかい?なんなら防犯登録見せましょうか」って感情的切り返し。折角のさくらやポイント還元の浮かれ気分は完全に撃沈したわい。人を見たら泥棒と思え。安全神話崩壊のこのファッキンジャパニーズのコミック雑誌はもういらない、だよな全く。<br> </p> <p></p> <p>

2004.11.12(金)5093@<br> <br> さて金曜日。なんやかんや忙しい。ワイハ帰りで面接やるって?<br> 西武鉄道株、上場廃止決定で売り殺到!<br> 会社退けて、飯田橋の「白ゆり」で盛り上がる。</p> <p> </p> <p> </p> <p>2004.11.11(木)<br> <br> アラファト死去。そう言えば債権回収で張り切るF井氏。前任者からの引き継ぎも漫ろに一人、気炎を吐いております。まぁ精々、ガソリン切れになることなく頑張ってチョ。原油高騰のまんまだし。<br> </p> <p></p> <p></p> <p>2004.11.10(水)<br> <br> 小泉さん「自衛隊が活動するところが非戦闘地域」。凄すぎる..。</p> <p> </p> <p> </p> <p>2004.11.9(火)5051@<br> <br> 神田でセミナー。仕事を終えてからなので非常につらかった。正直いってセミナーの内容自体は面白くない。<br> 「特命係長」復活。<br> </p> <p></p> <p></p> <p>2004.11.8(月)5030@<br> <br> ファルージャ掃討作戦が大規模に行われるイラク情勢もブッシュ2期目に突入と大いに。<br> 石原慎太郎東京都知事、古館と感情的に言い合いやってる。なんかなぁ。</p> <p></p> <p></p>

2004.11.7(日)4984@<br> <br> そう言えばディトレーダーのhanabiの休日ってもんがね。2億儲けて休日どう過ごす?ネットで資産形成涙ぐましき奮闘サイト運営している連中が地団駄を踏むかどうかは登山家がヘリコプターで山頂にやってきた山岳愛好家の皇太子を心底軽蔑するその心情に共通しているだろう。蔵書家が掘り出し物の古文書を入手するプロセスに最大の喜びを見いだすって話にも共通のさ。でもなぁ現金の事実性はある種、絶対性だ。経済概念の有用性があるのであれば、時間概念と併せて語るに足りずであって、資産は投資か消費かによって使い道が大別されるけれども投資は手段で消費は目的と単純明快でもない。我が社の会長は僕賃が新入年度に昼食を御馳走してくれたその時、国立大学である東京大学を卒業し、無くなった創業者の父から「お前は国立大学を卒業し金がかからなかったから褒美をやろう。外車がいいかゴルフ会員権がいいか」と聞かれ「ゴルフ会員権」にしたのだそうだ。「君ねぇその会員権が今はいくらだと思う?9000万だよ。もしねそのとき、外車を採ったとしてとっくに廃車で跡形もない」どうだ私のこの投資哲学は!わはぁはぁぁ。踊るぽんぽこりんのあの狂騒の時代ではあった。<br> 確かに僕賃が平成元年のバブル絶頂期入社なわけで。その当時はそれで良かったかも知れないが、この平成16年においてそのゴルフ会員権の実勢価格はいくらだ!そのころの会社の資産形成の消費と投資が浪費とリスキーバブル化していた厳然たる事実ってもんがさ、バブル当時のハワイコンドミニアムのような不動産投資・数々の株式投資・数々のゴルフ会員権は今どうなっている?その時代変遷に即した経営理念まで併せて考えるに驕れる者、久しからずの理は平家全盛衰滅の歴史輪廻で考えて明白であろう。</p> <p></p> <p>2004.11.7(日)モバイル@飯田橋4984@<br> <br> いつも座るモバイルカフェの定位置は込み入っていて断念。二階に初めて上がってみた。イスがクッション抜群のゆったり系。奥行きの広いフロアーは窓外の風景も俯瞰できてなかなかいいじゃん。そう言えばネットTVの丸激を観ていて面白い見解があったっけ。<br> 「他品種メディアの乱立・澎湃の米国メディア事情の皮肉な波及効果は多事争論なるべきオピニオンを選択受容サイドの硬直性の加速を結果的に煽って、むしろ懸念すべき対立二項に先鋭化してさえいる」のだという。怖いもんだね。メディアの単一思想性ってもんが連続性と継続性を帯びれば運動論組織論の顕在化したオピニオンしかあり得ず、それへの盲目的無思考な享受へ社会全体を方向づけちゃう。怖い怖い。<br> その果ての全体主義の怖さだ。でもなぁ愛国の世論形成の果てには国防論議が絶対に予感できる。愛する我が祖国が他国からの卑劣な侵略にあえば命を賭して守り抜くその御心への御忠義を学ぶことこそ彼らの愛国教育であって。その具体的行為ってもんが徴兵への積極果敢なる参加であって。なんか前時代な空気が色濃くなってきました。他にいないから大衆迎合の隠れ蓑で国家主義なる憑依を暴けもせずますます増長させるだけのファッショ体制ってもんがこの近未来の日本の社会状況を決定づけるのであれば昨夜の中華料理店において酔っぱらいが大声で政治論議の唾を飛ばす醜態への見返りともならず。テロ戦争への派兵ってもんが九条障壁打破にあって時代認識の相当ずれたその軌道修正にあやかって時代変遷に準じた原理原則のスライドチェンジに可憐さはあるのかどうか?

2004.11.6(土)モバイル4971@<br>
NHKが久々、ジャーナリズムの原点たるヒュマニティ溢れる災害救済報道を行うので韓国ドラマ「美しき日々」は流れる。つまらん。

デフォルト設定のblogは更新アップが簡単でいいんだけれど既製品化していてなんか物足りない。そこで有料バージョンをライブドアでは用意している。ここの面白いところはネットコミュニティに入れてアクセスカウンターが上がるみたいね。個人でサイトを運営していてもなかなかアクセスは増えない。増やす必要もないわけでね。でもそれで商売しようと思っていたりアプリシエイトで金儲けしたい連中には満足できないだろうけれど。ライブドアの「社長日記」とデイトレーダーHANABIの「投資日記」がアクセス上位のblogだね。<br> ライブドアじゃないが作家・室井佑月のも面白い。<a href="http://muroi-yuzuki.cocolog-nifty.com/blog/">http://muroi-yuzuki.cocolog-nifty.com/blog/</a><br> 更新のレスポンスと連動性に機動力が加味されてみたいな。<br> さて聞いた話だけれどとある会社では社員一人一人に実名と顔写真を翳した個々人のホームページを会社のホームページに格納するという。これはネット上に個人情報を自分から流すことになって甚だ危険な行為と思われ。情報発信力といってもネットで公開するリスクの総合判断はやらずじまいで情報セキュリティ上のセオリーにも抵触していると思われ。</p> <p></p> <p>2004.11.6(土)<br> <br> 本日、土曜出社。与信設定を巡って打合せ。なかなか立場が低いと相手に対してカードは切れない。対外的に機能しない与信なんてクリープを入れない珈琲かもよ。それにしても業界再編の動きはOA業界にも当然ある。Rグループが来年、販社統合で地域別営業体制を各企業別に再編する。企業別にどうやらドラスチックな格付と与信対応をとってくるんだろうね。まさに、金融事務屋のお仕事なわけ。財務体力を定量に査定しあとはその補足情報として定性でもって訂正するんかい?世襲制の創業者利益を継承して自分のビジネスモデルなんか出せっこないお飾りお気軽御輿なる代表権保持なだけの御仁は今何処?アロハワイハで夕陽に向かってゴルフボールを打ってるって?全く最高の定性評価得られるかって?</p> <p></p> <p>2004.11.5(金)<br> <br> アラファト危篤で中東情勢に不安感増大。ブッシュ再選で日本のテロ戦争参加要請増大。金曜夜は飯田橋。レトロ調でゆったりくつろげる。生ビール350円にポテトチップスのおまけが。</p> <p></p> <p>2004.11.4(木)4918@<br> <br> ブッシュ再選の余波。天然ダム水かさを増す。祝日開けで曜日差ボケ。明日は金曜日。どうにも月曜日な憂鬱。幸いなるかなここ一週間は快晴が全国的に続くという。さてアラファトの容態が深刻化しているという。</p> <p> </p> <p> </p> <p>2004.11.3(水)4867@<br> <br> 良い天気。朝、TBS「ウォッチ」にライブドアの堀江社長が生出演して昨日の落選敗北についてコメントしていた。「楽天の社長もライブドアの社長もどっちとも嫌い」と結構、女性に人気のない両者ではあるがライブドアの堀江社長についてはメディア露出の戦略が効を奏したかどうかは知らない。<br> 所詮、野球。されども野球。
小林麻耶アナが素敵。お天気コーナーで森田キャスターの右隣でもって素敵な笑顔が弾けている。笑顔の伝染あるかもね。<br>
</p> <p></p> <p></p> <p>2004.11.2(火)4855@
<br> 朝、出がけにネットやっていた。女の子の写真をクリックしたらいきなり、こちらのIPアドレスが表示され「入会登録されました。つきましては4日間以内に17000円振込下さい。期間を過ぎますと高額の延滞料金をご請求いたします」とかなんとか。正直、なーんもわからんから若干慌てるも、架空請求の如きネット不正請求の類だとぴーんと来た。少し憂鬱になるも会社に行きネット検索すれば結構、有り触れた典型的ネット不正請求であると知る。その対処は「無視」あるのみだってさ。全く、画像にリンクを埋め込んで入会登録済みに勝手にするなんぞは、ふざけたやり口だ。契約は当然、成り立たない。店に入っただけで入店即売買成立なんてあり得ない話だからね。しかも、リンクに埋め込んで騙しているわけで。IT産業のいかがわしさはこんなことができちゃて世間に周知の事実として流布していないことね。何も知らない真面目な人間は関わりたくないも一心で言われたとおりの金額を律儀に振り込んでカモリストにエントリーされるわけか。あほくさい。<br> 新規参入球団問題は楽天の勝ち。ライブドア落選。その記念にLIVE DOORで<a href="http://blog.livedoor.jp/mactatuki/">Blog</a>を作成しておく。明日は文化の日。</p> <p></p> <p></p> <p>2004.11.1(月)<br> <br> 師走まであと一月を切った。個人的には終末感の色濃くなる時期が好きだ。終わりの始まり。梅雨明け前の集中豪雨であったり夜明け前の暗闇であったり、始まりをフラッシュバックする真昼の月のような倒錯感がそこにはある。<br> 本日、新札お目見え。市中に70兆の紙幣が流通する。世に言うタンス預金が20兆あるそうな。旧紙幣も新紙幣へ交換する際に思わぬ預金化やら消費行動に結びつくかなんて意味がない。<br> 人間って現金紙幣を目の当たりにすれば「大事にとっておこう」という超保守な心理が出てくると思われ。<br> </p> <p></p> <p>2004.10.31(日)モバイル4811@
<br> 飯田橋から銀座へ。最近、アップルがiPodの新作を発表した。今度のiPodは音楽を聴くだけじゃなく写真も閲覧できちゃうらしい。ネットで知ったとき「売れないんじゃないかしら」って思ったけれど実物を触った感触もそんな感じだ。携帯ってもんは無駄なことは極力省くことでモバイリングの真価が問われると思われ。制作サイドのマスカキではいかんわけ。まぁバリエーションがあった方がいいかしらんがね。さて階段で上に上がる。iBookの値段が手頃になったんでそろそろかってな感じでテキスト打ちの感触を試した。でも断然、パワーブックの方がいい。でもなんであんなに熱いんだ。気持ちが悪いくらいに発熱している。困ったもんだ。今時、ノートしか持ってないセコいユーザーばっかじゃないんでね。家にいて本格的にパソコン使うシチュエーションでノートの機能が突出したってしょうがないんだ。そんなこと言ってるとバイオでもシンクパッドでもいいわけだが。全く。<br> さてホコテンをブラブラ京橋方面に向かって歩く。今年で創業100周年の文具の名店、伊東屋へ。カレンダーフェアやっていた。もう来年かい?アップル直営店の熱気とインターナショナルなムードとは違って手堅くも高級感ある雰囲気でありました。<br> 日本橋駅内のスタバは家族連れに占領されていてアウト。ジムへ行けば妙齢な女性が会長に昵懇のプライベートレッスントレーニングを施されていた。手取り足取り。どこか●戸●紀ちゃんに似た感じの色気を感じたのは僕賃の貧困なる想像力の陥穽かしら。もう姓が変わってるらしいけど、アホ臭。<br> スポーツジムも最近は栄枯盛衰が激しい。我がジムはプロ競技選手も通う知る人ぞ知るジムではあるがそんなに資本があるわけもなし営業力旺盛で華やかなわけではない。少子高齢化で高額医療に罹る前に予防的に身体能力を高めましょうとロートル男女も最近では多い。だって彼らは十分なる余暇人生がたっぷりあっからね。多忙な貧乏リーマンなんて会社に酷使され健康管理の自己管理なんてやる気力も金力もない、ない。成人病にでもなって往生しなはれ〜ってか。懇切丁寧がモットーの会長のトレーニングレッスンに絆されて美人会員の急増を願いたいところだけれど。全く横着なダイエットだけじゃ綺麗にはなれない。</p> <p></p> <p>2004.10.31(日)モバイル<br> <br> そういえば日大卒・広告代理店勤務のソウネンのハナちゃんと夏目坂でばったり。この坂の名称由来はかの文豪・夏目漱石の生家跡があるからなんだけれど、この坂って最近、廃業ラッシュのスロープなわけ。発端は昨年、立ち飲みとサテンの突然同時閉鎖に始まり、焼きたて自家製パン屋の夜逃げ同然閉鎖、それにセブンイレブンにデニーズの同時廃業と続き、老舗・三河屋の閉店。人生の坂道を転がり下りるが如く。文豪は記した「情に流されれば竿が立たぬ」運鱈感鱈。<br> 人生の風格色濃いハナちゃんはミヤケンさんを引き連れてポスター貼りの途中だったみたい。そうか、国政はしばらくご無沙汰だけれど来年は統一地方選の前哨なるもんがあったっけ。明日の早稲田駅頭で、日共の大山おばさんが立って「イラク自衛隊撤退」を例の青年の死に託けてぶち上げるんだろうな。自己責任論ってもんは今回、どう風が靡くか知らないが「平和ぼけ」と謂われ続けるこの国民性の根元に憲法九条がもしあるのであればその条文改訂でもって真の愛国が根付くとでも。米長名人は将棋は指せても教育までできんのかは何のその法相の例の如くでしょうが、今上天皇陛下に「強制はいけません」って国旗掲揚・君が代当人からお叱りを賜ったわけでね。自重自嘲。<br> さて滅法の話をしたけれどハナちゃんあんまし乗り気なし。教説への教学態度は活動や戦いにはあんまし意味無いのかしら。ようわからん。</p> <p></p> <p></p> <p>2004.10.31(日)モバイル4803@<br> <br> 昨夜は思いの外、睡魔に絆され毎週楽しみにしている「美しき日々」をタイマー予約して就寝する。公共放送を標榜し放送法によって国家審議でもって予算が編成される「皆様方のNHK」は最近、不祥事が噴出し海老原会長の辞任要求が内外共に高まっているわけだがこの放送局ほど、番組時間を自分勝手に変更するところもない。ささやかなる視聴者の悦楽を無惨にも打ち砕くこのNHK ...。懲罰懲罰。<br> 今朝起きて、愛しのマイスイート・チェ・ジウ嬢を観ようとVTRを作動させると「12時20分に変更になりました」と再生画面にテロップが流れる。「オイオイ」声に出ちゃったよなー、全く。<br> 新潟で地震に呻吟する被災者やイラクで斬首された香田青年らの悲劇もさることながら自分の小指に刺さった棘の不快や目に入ったちぃっちゃなちぃっちゃなゴミの不愉快の方が誰しも早急の対応を講じるもんじゃないかしら。小市民であろうがプチブルであろうが関係ない人間の目先欲望達成の眼目ってもんはさ。練炭煽って死ぬのも自由。制止振り切って斬首されるも自由。この世こそこんなにも自由が横溢した時代は無かった〜!!<br> 「長生きしててホントよかったわ」クリーニングのおばさんが僕賃にそう言った。何をそんなに大袈裟なって思わなかった。全然。心の琴線に振れる名作傑作ドラマが今流行りの韓国ドラマであっただけのこと。<br> 「日本のドラマは心に響かないわよね」全くその通り。このご時世、御婦人達を虜にする名作をその秀逸なるコンテンツを発信できるかどうかがこの先何十年間の命運を制していくのは明白だ。後発のTBSやらテレ朝やらはレースにすら参加しておらずはっきり言って筑紫外してでも、はたまた、報ステ外してでもじゃないかしら。<br> <br> 今朝の毎日の朝刊に瀬戸内寂聴のコラムに「正法・像法・末法。そして滅法」と釈尊滅後の時代相区分が語られていた。滅法....。そんなの聞いたの初めてだよ。末法万年ジンミライサイってどうなるんだ?単に教説上の時間概念ってことに収まらず教義そのものにスキームチェンジのパラダイムを投げかけてないかい。末法の次は滅法。そうなると真なるアナーキーワールドが待ち受けているってことかい?ようわからん。</p> <p></p> <p>2004.10.30(土)4789@<br> <br> 天気の崩れる週末の天恵ってあるのかどうか?
香田青年の遺体確認の手続き報道が錯綜する。そもそも武装集団の論理は自説完遂のあらゆる手段化において自己正当性の自家撞着の特質を持つ。他者からの説得に屈服し理解を示すことなどあり得ない。<br> メディア報道によればビン・ラディンがまたしてもテロを予告した。「テロを食い止める唯一の方法は米国民一人一人にある」という。これは米国大統領選を11/2に控えた反ブッシュの選対効果をもたらすのかどうか。アラブの魂が親米・親ユダヤになることは金輪際あり得ないとするならば永遠戦争なわけで、どちらか一方が死に絶えるまで行われる凄惨且つ愚劣なる聖戦になる。戦いに勝つことを考える前に如何にして非戦できるか反戦できるかという論点の精査を行うべきであって。<br> ブッシュにしたところでケリーにしたところで超大国の米国スタンダードな手法になんら変更なしだ。それは権力という魔性に準じた人間性の暗部の拡大再生産を国家レベルまで否、国際関係レベルにまで拡散させている現状下では変更不可逆な政治現象であって。<br> 平和旅を行う宗教家もイスラムの世界では実績がない。だってユダヤにメディア統制の共闘を組んだりしてるわけで。アンネの日記がどれほどに反イスラムに利したかは現実主義的に冷徹分析すべきであって。戦争という蛮行の相対主義的分析を怠慢した絶対化論理の陥穽は平和学習では金輪際、不可能なのだろうか。悪を悪と談じ断ずるその単純性の純化こそが善人の無意識なる悪事遂行に相乗的過剰性を付加すると思われ。</p> <p></p> <p>2004.10.29(金)4782@<br> <br> 「ローマの休日」をテレビで観た。オードリー・ヘップバーン、不朽の名作。「この映画は全てイタリア・ローマで撮影された」とオープニングの字幕に書かれていた。歴史と伝統が現代に息づくローマを舞台に皇室儀典に明け暮れる天真爛漫で好奇心に満ちあふれたアン王女が「ライ麦畑で捕まえて」よろしく「一日好きなことだけ」するために滞在先を抜け出す。そして敏腕記者のジョーと出会う。彼女はローマを案内して貰いながらロマンスの渦中へ。自由な生き方、人に指図されない人生の素晴らしさを明示しながらその限定された時間と場所こそが「映画」にも凝縮されている。<br> 映画の中のローマ。ローマの中の映画。<br> 「歴訪されたどこが一番好きですか?」とアン王女が記者に質問されると、儀礼的に「歴訪したそれぞれにすばらしかったです」と答え、しばらくして「ローマです!ローマです!」と満面に笑顔をたたえて叫ぶ。素晴らしいシーンだ。心に刻まれる名場面である。<br> 当初、記者のジョーはアン王女のお忍びの休日のトクダネをモノにしようと目論んでいたけれど恋の当事者になってしまい取材対象から客観できなくなる。切なくもほろ苦いテイストがこの映画の妙味だ。</p> <p></p> <p>2004.10.28(木)4761@<br> <br> 月末に近づいている。「黒革の手帳」が人気らしい。悪女ぶりが話題の米倉凉子主演だけれども脇を固める俳優陣の「色とカネ」に溺れる欲望亡者のリアルな演技は迫力がある。悪の華の魅力はいつの世も...。</p> <p></p> <p>2004.10.27(水)4750@

またしてもイラクで日本人が拉致され自衛隊撤退の解放条件を突きつけてきた。全く「自分探しの旅」がとんだことになっている。

<p>

2004.10.26(火)4740@<br> <br> 被災者10万人を超えたという。被害の実態・被災者の窮状を伝えるのはマスコミしかできない。この事実に立脚して冷静に報道を見据えるしかない。この東京では何十年も前から大地震の予知が為されているわけだがそのもしものときの備えをしたところで然したる効果は望めないだろう。圧倒的物理状況下では為す術はない。天命...ということだ。</p>

2004.10.25(月)4730@<br>
風邪がはやっているようね。微熱発熱悪寒に寒気。体を労ろう。</p>

/p> <p>2004.10.24(日)モバイル4716@<br> <br> 新潟で地震発生。震度6強3回の被害甚大。連続台風の次の地震。しかも24号がもしか...。被災者の映像がマスコミによって流される。悲痛極まりない。全てのメディアは感情報道の坩堝と化す。総ジャーナリズム状況だ。米国の国賓パウエル来日で小泉首相は会談後、官邸入りするそうだ。発生直後は映画祭に出ていたそうな。芸能人有名人を殊の外偏愛するこの人物は被災で苦しむ塗炭の民には思いも致さぬ事実がここでも露わ。この冷酷な丸投げ体質はもう治るまい。95年の阪神大震災の発生後、当時亀井静香建設大臣は東北に出向いていて国会で野党議員に追求された。村山総理は現地入りして被災者に詰め寄られた。自宅倒壊の芥川賞選考委員である宮本輝は著作の中で「何か大きな陰謀を感じる程、救済活動の遅延に激しい怒り感じた」という趣旨で政府を批判した。<br> 自然災害の天災に対して事前事後そして事態進行中のこの今、防災予防の人為を超越したこの事態に人間はただ平伏すのみなのかどうか。<br> 今朝の主要新聞各紙の朝刊は安全神話の象徴である新幹線が高架線の直中で脱線している特大写真が一面に掲載されていた。この事故にもかかわらず乗客が無事であった安全装置の凄さはもっと知らされていいわけだがこの10月、この国に連続する異常事態は安国にして立正の原理原則がまさに今、人知人為を超えたアラーム乱打の開目へ通じている。テロ対策の偏重がこの自然からの呵責でもって人心荒廃のエスカレーションを喧しくも賑やかに。</p> <p></p> <p>2004.10.23(土)モバイル4706@<br> <br> 昨夜は金曜夜、久々の生ビール(生搾り)をジョッキで4ハイ。日本シリーズは4敗したら相手の勝ち。中日が西武に王手をかけた。<br> <br> 聖なる喝采。今夜も妙齢なる女性とのランデブーは予定されているのかしらって?昨日の昼休みの昼下がり、タバコを吸いに来た元ボクサーの先輩社員のI氏に僕賃が、「会社もそのうち全館禁煙じゃないですか?タバコ吸って仕事の効率が上がったって聞いたことないし。吸うの止めた方がいいですよ」って口火を切ると「そんなことはないよ。こうやって体を痛めつけながら国の税金、払って凄いよな。俺って」「JTが儲けてるだけじゃないですか。昨日の新聞でも喫煙者が30%割ったって書いてありましたよ。それにタバコが原因で火事も起きるし、知ってました出火原因第二位が寝たばこだって、ちなみに第一位は放火ですけどね。大体、止められなくて吸ってるだけでしょ。依存症やら中毒なだけでなーんにもいいことないですよ。タバコの有害性は科学的にも証明されてるんですから」<br> 全く、以前、労働組合幹部のF井氏とやったタバコ談義を思い出した。F井氏は自分の孫の前ではタバコは吸わないと明言し、我々の前では平然と吸っているその自己矛盾を僕賃に指摘され押し黙った。氏の憲法論議の希薄な陥穽なる感性をそのとき醜悪にも露呈させるに十分な事態であったっけ。</p> <p></p> <p>2004.10.22(金)4699@<br> <br> 何のその今度の法相、国会答弁立ち往生。勝てば官軍、俺流韓流..。<br> レッドソックス祝賀騒ぎで警官隊。女子大生脳天敵割りにてレッドヘッド、履いていたのはホワイトソックス?<br> 横浜も阪神も巨人もスカウト買収疑惑にてオーナー引責辞任..。常識ではオーナーは責任とらんわけで小振りな子飼いオーナーの馘首ってもんは資本の私物化を継続するセレモニー儀式に過ぎんワケで。</p> <p></p> <p>2004.10.21(木)4693@<br> <br> 西武の株売却問題。トップセールスのいかがわしさ。ここでプロ野球で西武が日本一になっちゃったらご祝儀ってことで....。<br> 「血と骨」が面白そう。ビートたけしが凶暴な在日朝鮮人役を演じる話題作らしい。「海燕」でも伊東美咲がエロスを演じるけれど鈴木京香がたけしにハードコアされるシーンがあるそうな。前張り痛いんで乳当で局部を隠したたけしの撮影珍話も面白い。

<p></p> <p>2004.10.20(水)4680@<br> <br> 台風一辺倒の情報空間。今夜は残業も無しで帰宅しないと。これから明日未明までやばい。<br> 天変地異..。</p> <p></p> <p>2004.10.19(火)<br> <br> 仕事を終えて神田でセミナー。次回は11/9。さて、雨脚が強くなってきた。</p> <p> </p> <p>2004.10.18(月)4661@<br> <br> またしても台風襲来。23号の次は24号もね。さて明日はお勉強だ。<br> </p>

<p>2004.10.17(日)モバイル4642@<br> <br> 民法否、商法否否、民放の韓国ドラマ放映ブーム第二弾はフジテレビ。韓国芸能界の最新情報と秘蔵映像を十八番に昨日より、スタート。<br> MCの佐々木恭子アナが日本語ぺらぺらの韓国人アナウンサーに「韓国ではどうですか?」と日韓アナアナの二穴でもってバラエティエンタメをやってくれているわけだが、気になったのは「韓国の兵役」での韓国アナのコメントだ。<br> 「兵役から帰ってくると男らしくなっていいんですよねぇ」だって。なんとも表層的っていうか無見識だこと。<br> 兵役って単純に言っちゃえば国軍に帰属し軍事教練されて愛国の士になるってか。普通の国家って大変だ。学問も技能も職種も無視して国を軍隊で守れって教練するんだから。軍隊の無い国家であるはずの我が日本では憲法違反の行為なわけで他国の大統領選でコメントしたからって内政干渉って言われて萎縮しなくて靖国参拝通りに堂々と自説を貫けってか。ある体液否、退役自衛官が言った「我々が血と汗で守る国家の国民に何ら尊敬の念をもたれぬことに悔しさと自虐すら覚える」とは的確表現ですな。これぞ自虐史観なり。<br> 何となく肉感濃い東大卒の佐々木アナが「韓国イケメン俳優にあって日本人男性に欠けてるのって兵役だから」みたいな感じ?<br> 人間教育としての軍事教練だと。愛を演じるには国家への忠誠愛が根本だとでも。その裏切り者がプロ野球やあのソン様だったって?「国家の意思に従います」兵役逃れがバレて開き直った人気俳優もいれば、兵役入隊直前に写真集とDVDを緊急発売しそのプロモートで来日した「はにかみの貴公子」ことウオンビンは男らしく「兵役行って来ます!」で男の株が上がったみたいな。そもそも論ってテレビは一切やらんけどね。フジサンケイは憂国の愛国でもって徴兵だの兵役だのは大賛成だろうけれども。軍事教練って要は人殺しの技術を学ぶんでしょうが。軍隊って何をやるのかってことの是非でしょうが。イラク攻撃で徴兵された兵士の中に米国国会議員の子息はゼロだったってことでわかるとおり、軍が国家風土に根ざす文化性ってものを吟味していかないと思う。<br> </p> <p></p> <p>2004.10.17(日)モバイル4638@<br> <br> 日本晴れの快感。秋晴れ。今回の丸激は引きこもり問題について。<br> <br> 第186回 [10月15日収録] <br> 集団自殺や引きこもりの根底にある「心の闇」とは何なのか<br> ゲスト:斎藤環氏(精神科医) <br> <br>  ネットで知り合った若い男女による集団自殺が相次ぐ一方で、社会との接触を避けて家に引きこもる若者の数も100万人に及ぶと言われる。日本人の、とりわけ若者の心に、今一体何が起きているのか。<br>   思春期・青年期の精神病理に詳しい精神科医の斎藤環氏は、他者とのコミュニケーションがうまくとれないことからくる疎外感が、若者の「心の闇」の背後にあると指摘する。しかし、それがうつ状態や引きこもりまでエスカレートしてしまうのには、もう少し複雑な背景があるようだ。<br>  斉藤氏はまた、年間3万5千人近い自殺者の多くはうつ病もしくはうつ状態にあると見られ、精神科医の診断に基づく正しい投薬によって、そのうちのかなりの数を救うことができるだろうとも言う。 <br>  確かに、うつ病やストレスなどで精神科医を訪れる外来患者数はここに来て急増しており、精神科医にかかることへの偏見も無くなってきている。しかし、その一方で斉藤氏は、安易に精神分析や薬に解決策を求めれば、問題の背後にある社会構造や人間関係の問題が放置される危険性もあると警鐘をならす。<br>  現代病の象徴ともいえる引きこもりや精神疾患はなぜ増えているのか。背後にどのような社会的要因があり、精神医学はそうした現象に有効な答えを出せるのか、斎藤氏とともに考えてみた。他、BSE最新情報、記者クラブ裁判など。<br> <br> 今回の丸激はなかなか興味深いテーマだ。誰だって落ち込んだりふさぎ込んだり、モラトリアムな、ぬるま湯の現状追認保守反動に陥ってしまう心的傾向性ってあるよね。そんな時、精神科医って身近に欲しい。主治医としてね。欧米では極ありふれた存在になってきているそうね。政治で言えばヤマタク氏のような存在。小泉ソーリに助言を呈する役職の首相補佐官ですね。元愛人の山田かな子の言い分はさておくとしても「英雄色を好む」で非凡にしてオリジナリティの高い性癖を総体エナジーとして政界復帰を目指す男・ヤマタクの補選や如何に。選対かまして組織は動くか。僕賃はヤマタクを嫌いではない。コップの中の嵐であった加藤の乱のクライマックスシーンは「大将は動かないで下さい」と縋る現財務大臣氏とその真正面に不動山の如く泰然自若たるヤマタクはいっかな微動だにもせず。腐った蛙の面で乱心の加藤と同じ絵の中にいてかくも違うヤマタクの風貌の凛々しさは僕賃には印象に残るわけでね。党内復帰であれだけの正論を言い放って異彩無派閥の加藤紘一も小里派の最高顧問に復権しちゃってしぶとすぎ。逮捕と引き替えの議員辞職も選挙で禊ぎ、結構な塩梅で。<br> さて自責と他責の相違点を上げて真性鬱と擬制鬱の概念説明には思うところあったね。責任問題の処する相違点にこの精神病理の根幹があるんだそうで。自分が悪いのか他人が悪いのかその責任の所在論に行き着くんだそうだ。そう言えば大杉ね、栄えはアナーキーでラジカルに虐殺だけれど、甘粕は嘆願書山積みで無罪放免って知ってたぁ〜?現代史、面白。<br> それから「引きこもり」は政治意識が異常に高いという。しかも民主党支持が圧倒的なんだそうだ。現政権のエスタブリッシュに対し敵意と怨念を存在理由の要因の一つとしてもっているんだそうだ。社会の流動化混乱化を欲しているという。でもさ、経済基盤が崩壊し愛無き親の放置プレイでもって家から外へつまり、引きこもりからホームレスか自殺へと事情変動が起きるようね。それは巨大な犯罪予備軍の増産へ向かうと精神科医の先生は予見する。社会的ノイズを雑音として腐ったみかんとして駆逐排除隔離していく、宮台曰く「デニーズメソッド」なる金かけて心的負担排除でマニュアルとルールでもってスマートに市場原理そのものに処していけば、その度合いは加速するわけで。<br> 面白い指摘で「私的なるマーケット」の企業戦略が時代相と合致して「i」なるアプリやモードやらが、ビジネスソリューションを規定している現状がなおもその対人コミュニケートのパーセプションギャップを生んでいるんだそうだ。怖い怖い。<br> 結局は生命力を旺盛にして勇気を持って生きていけばいいんだってさ。自分の家族に引きこもりがいたらそんなやり方で対処すればいいんだってさ。

/p> <p>2004.10.16(土)4625@<br> <br> 完全週休二日であったらば今日の土曜日は定休だけれどそうじゃないから出社。しかも健康診断。昨夜の午後9時以降、一切の飲食と喫煙が禁じられていた。レントゲン検診を終えて胃の検査のバリウム飲み下し。全く体に良くない。借金もないのに月賦(ゲップ)が咽喉から喚起されるのを我慢しながら気持ちよくもないわけで..。<br> Macノートパソコンのパワーブック用バッテリーの交換品が届く。2回目の不良交換で、通販ショップも韓国メーカーのこの製品に関しては疑心暗鬼になっていたようだ。ショップにメールで窮状を訴えたのが先月末早くも3週間音沙汰無し。で、催促したらば「交換バッテリーの発送を終えました」と回答メール。まぁ検証してOKであればよいのだけれど。</p> <p></p> <p>2004.10.15(金)4612@<br> <br> 朝、会社の前で労組員がビラを配っていた。最近でもないけれど、見積ミスで会社に損失を出した営業マンの給料からその損害分を差し引いての補填が決定された。その事件の波紋でもって組合側の会社への真相究明糾弾の文面のビラをもらう。<br> このご時世、不景気で営業不振の業績悪化でもって会社はリストラ推進を行い、更なる従業員たちの人心悪化でもってますます業績悪化の悪循環になるわけで。そして懲罰を当て込んだペナルティーのルールアップが為されることで人心に萎縮と忌避なる保守反動の悪循環の始動胎動が...。<br> でもなぁ、儲かる会社に学ぶのであれば信賞必罰の理こそが立ち上がってこそ。今までがそんなルールすらなかったわけで。無責任体質のぬるま湯でもって経営責任の模糊とした責任転換の必然にローコスト路線はあって、役員報酬の大胆返上のない業績連動賃金の温存..。<br> 思い起こせば、平成になったばっかのころ、「職業選択の自由あーはん」と元YMOの天才ドラマー・高橋幸広がTVCMで宣っていたっけ。空前の売り手市場で就職戦線に異状ありだったあのバブル崩壊直前の狂騒の時空のあの頃が懐かしい。</p> <p></p> <p>2004.10.14(木)4603@<br> <br> 日本晴れ前日にして部分日食なるも台風23号接近中。<br> バリウムもヒ素も飲みたくない。週末は快適な天気のようなので楽しみだ。</p> <p></p> <p>2004.10.13(水)4595@<br> <br> 雨雨降れ降れもっと降れ。国会スタート。小泉ソーリの所信表明。「政治とカネ」ダイエーと西武。プロ野球との関わりは?堤義昭氏辞任。オーナー支配の終焉..。ジャーナリズムの真骨頂が問われるかも。</p> <p></p> <p>2004.10.12(火)4581@<br>
温泉で湯船に浸かりながらなんて言う。先輩風を吹かしても仕事が出来なきゃどーしよーもない。<br> いじめで自殺する連中はその直前において自虐的なピエロに成り下がり最終的には自分で自分を「虐め」て自らの命を絶つという。内向的に内向的になっていくのだそうだ。その捌け口でさえ背中に青痣付けられてどーしよーもなく.....。お好み焼きにもんじゃ焼き....。熟した秋波によりどりもなく...。</p> <p> </p> <p>2004.10.11(月)4563@モバイル<br> <br> 「深夜特急(5)」を快読中。体験的旅論めいていて面白い。旅から帰ってきた友人の饒舌ぶりに聞く側のこっちも興奮した経験を持っている全ての人に薦めたい傑作だ。若き日の読書体験において本多勝一が朝日文庫で展開する政治的思想的メッセージの臭みを無臭にした体験的取材ノートのような意味合いで。<br> やはり自由なる精神もそんなこんなの旅をし続けることで体得できるのかも知れぬ。大概の大多数の人間にとって組織や集団に帰属寄宿しその中で自分の役割を無意識に自覚しその任に徹する人生のオールラウンドにおいて人間社会の無機質な官僚機構に没個性化し職務遂行の倫理観も知的批判も放擲した人間性への自己批判なんてもんはあり得ない。数値的螺旋の領域に窒息し自己を見失いながら生きていくその日常性への欣求たる情念情動からの自由への希求こそが思想的自由の発露であった筈が「24時間365日年中無休」の闘争人生とはコンビニも足下にも及ばぬ闘争態勢ではないか。<br> </p> <p> </p> <p>2004.10.10(日)4553@<br> <br> 傘持って、価格COMで検索した外神田のPC SUCCESSへ。BUFFALOの外付けHDの250GBを買いに行く。27980円。最近、動画を大量にダウンロードしているので内蔵の120GBは既に満タン容量不足。起動に差し障りが出ている。台風一過にもかかわらず天気は曇天しばし雨少量..。名実共に日本一の安さが売りのこのショップ。店内は狭いけど良い感じの雰囲気だね。また買いに来よう。<br> </p> <p></p>

2004.10.9(土)<br> <br> 台風真っ只中。凄いことになっている。史上最大級らしい。
出歩くことも出来ず部屋の中で漫然とまったりと時の移ろいを感じるだけ。何気にテレビを見るも台風情報が画面の左枠と下枠にL字レイアウトでもって文字情報を流している。今回は首都圏直撃でもって民放キー局の肌感覚も重なり合っているのだろう。明日朝には太平洋側に抜けるようだが警戒も何も部屋でじっとしてる他なし。
風雨の激しき音。</p> <p> </p> <p>2004.10.8(金)<br>
台風22号接近中。首都圏を直撃のようだ。この三連休を利用して引っ越しなんぞうを予定しているところは、最悪のタイミング。
毎回、台風の被害で死者が出る。自然災害で死者が出るそのお粗末さは国防レベルに転用可能だ。つまり、「国民の生命と財産」を守ることが統治権力機構の存在目的であるから。台風地震で死人が出ない社会。自殺者が3万人を越す社会の異常性..。
/p> <p>

2004.10.7(木)4530@<br> <br> 債権債権。呪縛呪縛。破綻直前には断末魔の瞬間。自己破産への道は内部崩壊からという流れは変わらない。再建再建。<br> 新札流出..ヤフーオークションで99億円。ネット祭りはエスカレーション。

<p> </p> <p>2004.10.6(水)<br> <br> 青天井な空模様。気色張らずに。ここ最近は残業が続く。
震度4の地震。自信をつけろ。<br> </p> <p></p> <p>2004.10.5(火)

アメとムチ、でもアメはない。信賞必罰、でも賞はない必罰必罰。ミスだかチョンボで損害賠償。がさつな人間をまずはストレイシープに。今、話題の業績連動賃金も役所の発表によれば8割に問題発生。さて民営化の目玉の郵政公社は窓口業務の接客に階級制をつけて名札で識別できるようにするという。なんとも見せしめ的だ。懲罰的な要素の入った人事政策は必ず破綻する。人は政治力で命令されるのを本質的に忌避嫌悪するからだ。自発性の内発されない施策は打ち出す側のウラッカエシな動機でもって本末転倒だ。「俺の言うとおりにしないと●●だぞ」ってか。</p> <p></p> <p>2004.10.4(月)<br> <br> 朝、地下鉄の車内でドアに体を押しつけられながら朝日朝刊一面に掲載された電話加入権ゼロ円問題の記事を読みながら怒りが込み上げた。<br> 僕賃が上京して2年目、やっとの思いで電話をアパートに敷いた。アパートの管理をしている不動産屋から7万5千円だったか、電話の加入権を買ったっけ。普通は丸井のローンで10万円。あれから20星霜..。遂にゼロ円。<br> 記事には「加入権ゼロ円の問題はNTTの経営方針に委ねられた..」とある。<br> 何が「経営方針」だ。明治時代からの逓信やら郵便やら通信やら。民法の戸籍法やら刑法の軽犯罪法やらの旧仮名遣い文語体を口語体に大至急、改変しろってかんじの「独占」体質のNTTって。ドコモにも同体質の改善を願いたいのだが。何故にゼロ円なのかは孫YahooBBが殴り込みをかけたADSL戦争の時、NTTがどれだけ新規参入企業を妨害したかは後の祭り。孫さん損しないでね。そのソフトバンクは新聞の全面広告で「総務省」を批判したことなんか。関わっていそう。NTTの収益..。</p> <p></p> <p>2004.10.3(日)<br> <br> 終日雨。今日は11月上旬の気温だという。寒いわけだ。寝起きに首を捻っちまって今も思うように首が回らない。この言い回しは不自由の代名詞だけれどもホントに辛いもんだ。「首が回らない」ってさ。<br> ジムも行かず勉強もせず日がな一日、パソコンでDL作業。<br> 「深夜特急(3)」を読了。<br> そう言えば朝、テレ朝の「サンデープロジェクト」に石原都知事が出ていて「今上天皇も靖国神社へ参拝して欲しい。それで中国の連中がどういう反応をするのかを見極めたい」というような事を言った。今度の町村外相は石原の子分だった人らしいけれど今夜のNHKの報道によれば「町村外相が中国の経済援助削減を提唱」したらしい。是々非々で物事を現実に即して見ていくとどうなるか。今度の防衛庁長官の大野という政治家は昔、沢木耕太郎よりも多くの諸国をヒッピーの放浪していたそうな。でもその経験が生かされてないね。就任早々、内閣法制局の集団的自衛権行使の見解を変更させるべく圧力をかける発言を繰り返している。対北朝鮮強硬派の外務省斉木審議官は米国公使になったようだし。政権継続にしては政策の転換変更のバロメーターとして人事があるんであって。国土交通省と来た日にゃ。様々な道路が建物と建物を点と点で結ぶ線の役割をはたすのではないか。信濃町八王子以外にも様々に。</p> <p></p> <p>2004.10.2(土)4470@<br> <br> モバイルカフェの冷房効き過ぎ。外気は30℃近くまで上がったようだが。大リーグ記録を塗り替えたイチロー。至福なとき私腹なこと。<br> DVDに書き込み失敗。2倍速のドライブのせいか時間かかりすぎ。仕上がる直前に「エラー」でパー。全く使えん。<br> 4.7GBだけれど正味4.2GBだしね。外付けの大容量ハードディスクをバッシっと買うとしよう。</p> <p></p> <p>2004.10.1(金)モバイル4449@<br> <br> 赤い羽根の募金はまだかね。募金だの寄付だの。弱者の相対論ってもんはラットレースの循環物語に過ぎないのかどうか。輪廻って良くないことの堂々巡りに引用される場合が多い。<br> 例えば六道輪廻。人間の境涯の階層的分析であって、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天の六界。普通は十界互具なのに輪廻的必然で六界互具。でないと六道輪廻にならない。縁に触発されてもステージアップは制約範囲内。悪魔でも、六道輪廻。さてこの内、地獄・餓鬼・畜生を三悪道という。それ以外の修羅・人・天の三界は般ピーにポピュラーな生命状態だろう。<br> 人間の生命状態に貴賤がある以上、この境涯色分けは明快だ。その規準で見れば俗世間の勝ち組負け組の浅はかなことよ。収益上げれば上げるほど貪する人間精神の螺旋階段をどう逆スパイラルしていくか。<br> そこで募金、寄付といった喜捨なる利他の行為がズームアップされるのだ。ペプシ社長だったアイアコッカの自伝によれば、幼児虐待の嫌疑がかかるマイケル・ジャクソンはかつてペプシCMの出演料がなぜ故に高額なのかの論拠として「貧しい人々へ寄付する為だ」と語ったという。

ジョン・グリシャムの「路上の弁護士」「テスタメント」を読み直さなきゃ。

2004.9.30(木)4415@

今年もあと三ヶ月。3/4が終わろうとしている。通販で買ったノートパソコン用のバッテリー2個。結局は2個とも不良。最初の1個はすぐ返品交換してくれたけれど2個目は今、係争中。ショップ担当者のメールによれば「メーカーに確認中なのお待ち下さい」とのこと。ニッチな商品なんだろうが純正品より格段に品質は落ちるんだろうね。品質云々といっても充電できなくなっちゃえば不良だし故障なわけで即座なる対応をとってもらわなきゃね。メーカーの製造上の問題だと思われ。パワーブックユーザーは自分のマシンは大事に大切に使う傾向が強い。バッテリーは必需品だ。欠陥露呈をおそれて流通段階で「調整」していても問題解決にはならない。早々の製造中止がなされる可能性も出てきた。</p> <p></p>

2004.9.29(水)<br> <br> 台風21号接近につき、雨ザーザー。月末のこの時期、慌しくも多忙。<br> 頭皮がいかに醜く無様に露呈しようが、焼肉屋に入って「俺、ベジタリアンだから」って自分の頑な食文化を貫こうが、勝ち組には変わりなしってか。<br> <br> 「君の夢は何ですか?」<br> 「いくらお金貯めてるの?2000万?あれ?1000万?」<br> <br> 夢や貯金を聞く人間って聞かれる人間への優位性を隠そうともしない連中が最近、多い。「あいつは、金ためてるぞ〜」って言われる側、聞かされる側って間違いなく言ってる主体御当人に見下されてまっせ。 コケコッコー。</p> <p></p> <p>2004.9.28(火)4402@<br> <br> 台風21号接近。週末はまた雨か。月末処理も峠まであとちょっと。</p> <p></p> <p>2004.9.27(月)4394@<br> <br> 寒い。終日雨。組閣人事発表。郵政民営化推進政権だと。山拓幹事長裏誕生。落選中の元代議士を自分の懐刀にしたのかな。エロ拓。魚拓でもキムタクでもいいじゃん。</p> <p> </p> <p>2004.9.26(日)4386@<br> <br> 終日、雨。気温寒い。「深夜特急(2)」面白い。<br> </p> <p></p> <p>2004.9.25(土)4377@モバイル<br> <br> 発言と責任。重いテーマだ。でも言いもしない、やりもしないってスタンスもあると思う。問題点の指摘。問題提起。問題解決の分析・評論。<br> 言論は言論であって、その中身を論じ合うことだっていいと思うけれど。個々人の「読書と思索」の結果を相互に切磋琢磨する知的な関係というものがあっていいだろうと。行動主義の陥穽はやはり言論を「口先だけの無責任」に全て落とし込む単純にある。もっと聞く耳もってやったがよかろう。カーネギーの「人を動かす」でもそんな趣旨の教訓に満ちているってのに。<br> フリーライターの有田芳生のネット日記に都立大助教授の宮台真司を評して「前頭葉肥大症のお坊ちゃん評論家の宮台某」とあって腹を抱えて大笑いした記憶がある。他者の自分への言説へのコミカルな反応として面白すぎた。運動論組織論に口先の評論家はいらない。でも個々の問題の萌芽を愚痴ったり文句言ったりすることの収拾でもって組織総体を大きくその行く末を判断する機運を感じることだって可能なはずだ。自身の人間革命と宿命転換の具体的な意味内容という点においては自分で思索行動するしかないのだ。<br> 読み物としての優位性を目指して、活字を楽しむ。</p> <p> </p> <p>2004.9.24(金)4363@<br> <br> ライブドアと楽天。仙台を巡って熾烈なバトル展開になっていきそう。自殺した漫画家・ちばあきおの遺作「キャプテン」「プレイボール」は傑作だ。「野球」を通した秀逸な青春グラフィティだ。プロ野球は商売が絡むから経営問題やら業界問題やらのギトギトした問題が噴出する。野球の大衆性に着眼した野球の醍醐味にもっともっと焦点が当たるようになればいい。僕賃は「谷口」のファンだ。才能も素質もない谷口が勇気をくれる。野球を通してそれすら突き抜けて。<br> </p> <p></p> <p>2004.9.23(木)4336@モバイル<br> <br> 彼岸。秋分の日。寺院の多いこの界隈はこの時期、抹香臭い。江戸時代のその昔、参勤交代の職務遂行に合わせて諸国の大名達はお抱えの寺関連をその周辺に配備。その名残が都内名刹となって残挙せられたり。<br> 仏教伝来から今何処。飛鳥・奈良時代の政教一致政策は護国政策の他方的側面として仏教ムードの内政側面もあって軍事よりも文化的勃興を臨む権力者によって統治原理化する。ところが時代は下がって豪族やら武士団やらの台頭席巻による武力求心の統治システムには文化的側面の断裂を否応なしもたらした。宗教支配による指導原理から武力殺戮の実力行使に基づいた暴力抑止のポリティックスの現代史に連綿継承された。<br> アショカ王時代の仏教史上類い希な宗教原理に基づく内政統治の成功も未来永劫への栄華とはなりえずその王朝の最後も結局は殺戮の末の時代の常なる史実蓄積でしかなかったその側面は案外に切り捨てられて「アショカ王の時代の如き理想的な宗教と政治の一体性の叶った時代があった」と喧伝される悪しき歴史転用の罪科や如何に。歴史に学べとはよく言ったものだ。</p>

</p> <p>2004.9.22(水)4327@<br> <br> 日テレの韓国ドラマ「ホテリアー」第一話放送。夜、帰宅して録画再生。ネットで全編見ていたのでストーリーやドラマの雰囲気は分かっていた。しかもネットでは第1話は無料視聴できるので再度、見ちゃってた。<br> もともとオリジナル版は1時間越すのにCM入れて55分間の放送だからカットしまくりは覚悟していたけれどBGMも変えちゃって全くの別モノって感じ。
下手な編集屋の雑な仕事なのが一目瞭然。オリジナルの良さはセリフ回しの韓国語にある。日本語ってリズムが平坦だし感情を込めるにはどうしてもなじまない。ワビサビなんて、いらない。
民放は放送時間をスポンサーに買って貰って商売が成り立つ。平日の午前中なんてのは主婦層相手の時間枠だからなるたけ制作コストと質が落とされる。日テレは視聴率偽装工作や海外職員の使い込み事件なんかで最近もイメージは悪い。さらに巨人の悪徳イメージで球場に観客が来なくなってしかも巨人戦の視聴率も低迷。「NHKが濡れ手に粟の冬ソナのヨン様にあやかるしかない!」で探してきたのが別人のヨン様の「ホテリアー」だった。一切笑わないクールなヨン様ね。ホテルのプールで裸の筋肉隆々のタフガイなヨン様なわけ。茶髪で泣き虫な軟弱なヨン様とは全くの別人役だもの。日テレ主導でブームになればいいけどね。吹き替えのぎこちなさやストーリーのリズムがずたずたのオリジナルの良さが全くなくなった日テレ編集版の「ホテリアー」って視聴者を「アホリアー」し過ぎだ。

<p> </p> <p>2004.9.21(火)4322@br>
暑かった。神田界隈を午前中歩く。会社に戻る途中、日本橋駅の地下鉄乗換付近にあるスタバでモカを飲みながらしばし休息。村上春樹「アフターダーク」を再読しつつ。これから本番の彼岸花も枯れるほど気温は高い。<br> <br> </p> <p>

2004.9.20(月)4311@<br> <br> 沢木耕太郎「深夜特急(1)」を読了。香港・マカオ編。作者26歳の決断と行動。1年間に及ぶ貧乏放浪旅。「インド・ニューデリーからイギリス・ロンドンまで待合いバスで行く旅」誰でもできるが誰もやりたがらない酔狂な旅がやりたい。何故バスなのか?作者もわからない。本書は出発地点にまで辿り着いていない旅の前座部分ではあるが旅って人間の時間の区間に過ぎない時系列でもって制限されるわけでその旅の前後もまた面白い。作品の作者時系列からの逆照射だ。作品創作の動機的時間化である。
傑作は読者に行動を強いる。自己批判から行動まですぐだ。新たな行動の源泉は自己批判の自己反省からくる。強いるどころか欲望を喚起する。欲望は行動によって動き出す。旅は時空の現場性へのふれあいであるから日常性からの逃亡という側面を楽しむ内的動機に制約されるかも知れない。</p> <p></p> <p>2004.9.19(日)4299@モバイル<br> <br> 日曜日の朝はテレビは討論番組が多かったりするんだけれど。
フジテレビ「報道2001」で「朝鮮半島特集」やっていた。反日教育の影響を受けた38世代(30年代生まれの80年代に大学を卒業)が韓国社会の中枢にいて様々な影響を及ぼし始めている、らしい。<br> さて世論形成を担うオピニオンリーダーは偉大なる指導者だけか。憂国の専門家だけか。歴史法廷の被告席に座る宰相だけか。パワーエリートを自他共に認める高級官僚らだけか。いずれにしても少数派の論理だ。<br> では「愚民」とは何か。愚かなる民衆。大多数の虐げられた被支配の国民。反対は選民。パワーエリート。支配者。指導者。エスタブリッシュメント。少数派が大多数の国民を都合良く支配・指導するには大いなる団結が不可解だし等質化したマスの操縦操作を合理的生産性向上に有効的に行う。でもって自立自存の個々人は異物異形として排除される。当たり前の組織論理の合理性が働くわけだ。<br> 高校三年になって初めての「日本史」の授業は今も記憶に鮮明だ。当時、高校の日本史教科書の記述で中国に侵略を進出と行政指導した検定問題が勃発していた。その教育現場で僕らの先生は「そんな教科書は使わん。そもそも文部省のやろうとしていることは5%のエリートを作ることにある」と多分に日教組幹部っぽい物言いだったっけ。黒板にサラサラとチョークの字句が流れ、僕らはノートに筆記して時折、権力批判を行う先生のカンバセを見ながら。<br> 「東大か広大」以外に大学なしの教員一般感情を思うにつけ現役高校生だったころの歪な教育現場ってものを国歌すら歌えず日章旗も公式に掲揚されなかった我が広島県福山の学校生活ってものを。教員ストライキってもんが児童学童に説明されなかった歴史的変遷ってものが。先生らのストライキを経験した僕賃として今回のプロ野球ストに思いを合わせてみれば娯楽の機会損失と教育の機会損失の違い以上にあるよね。教育委員会の教育行政に対して教職員組合が組織的機関決定に殉じてストを行ったプロセスは一切、学童には明らかにされなかった。インフルエンザで学級閉鎖もしくは学校閉鎖したような感じだっただけ。<br> 「何故ストをするのか?先生方はおかしい」スト当日の日直当番だった僕は日誌に書き込んだ。すると赤字で欄いっぱいに担任の河野先生は反論した。そこには生徒に対して謝罪という文言は無かった。ストの目的その効果その影響を冷静に分析できていない機関決定に盲従の教員資格すら疑わしい言論がそこに開陳していたのみだったのか、いまもって僕賃はわからない。でも先生のスト決行の思いは一切伝わってこなかっただけだ。師弟関係というものが教員と生徒との間に必然化し教育の本義を実践する本物の先生が数多くいたのであれば今の教育衰退になっていなかったのではないか。<br> エリート5%の教育論に与しない、統治権力に対決する民衆は結局のところ95%の側にしかいないのではないか?泣きながらストの意味をストの目的を今回の古田のように苦渋に満ちて語った先生はいなかった。ストは当然の我々の権利行使と居直った先生らの教育実践というものが今の教育現場に蔓延する愚民教育の下地に大いに利用されているのは明々白々だ。弱者団結物理的行使の波紋は大きい。クリントンが自伝で言った「革命家と政治家」の違いってやつにも類推可能だ。つまり妥結妥協でしか現実は動かない動かしようがないってこと。</p> <p></p> <p>2004.9.18(土)モバイル2 4278@<br> <br> 飯田橋から銀座へ移動。アップル直営店にてiMacG5を触る。非常にキュートでパワフル。目玉の20インチタイプは荘厳にして重厚感がある。韓国ドラマのネット配信の動画再生状態をチェックしたくてAIIへ飛んで「ホテリア」や「冬のソナタ」の無料視聴をDLしようにもDL不可だった。惜しい。けれどモニターとしては十分に広い。まぁ自分の視野狭窄を脱却すればいいだけか。でもこの点がテレビとパソコンの境界線上のグレーゾーンなんだろう。キーボード&マウスの有無の差違以上に。視野拡大の苦しさ不具合さってもんもテクノロジー進展で見落としたテクオタクの陥穽だろう。高スペックが却って使い勝手の悪さを招くってこともある。あくまでも快適性とは一体性にありなのだ。<br> 土曜日の昼下がりは銀座のショールームがナイススポットだ。今やアップルは史上空前の巨額和解金をビートルズに払ってまでネット音楽配信ビジネスに向かって突き進む。iMacにiPodの成功がこの銀座のショールームにマックオタクならぬコンシューマの時空を創出しているのだろうね。そう強く思う。独占論理の破綻は時代進展のキーワードだってことを昨今の労使協議の決裂に強く実感するしMSの崩落も時間の問題だ。</p> <p></p> <p>2004.9.18(土)モバイル4270@<br> <br> 交渉決裂で組合側がスト強行して事態の進展があった事例はあまりない。ストは労働者にとって伝家の宝刀だ。一回抜くと威力は半減する。経営権の主体が結局は主導権を握っているだけでやはり「たかが選手ら」には政治的な妥結がうまくできるかどうか未知数だ。賢明で聡明で慈愛ある経営主体であったならば事態は明るい展望があるだろうがプロ野球のこれまでの一連の労使協議を見るつけ最悪だ。殊にオーナーという考え方、語感、概念派生への類推、全てがネガティブで汚辱に満ちた嫌悪忌避を招来する。一般的にスト破りは組合内部の攪乱とロックアウトがある。使用者にとって使用人は資産の一部であるけれども「たかが選手が」と元ジャーナリストのナベツネが見下して言い放った事実は事態を深刻化しているがあるていどに球団運営において経営権は誰にあるのかという自明的な事実に立脚した世間一般の常識だ。<br> 社員がいちいち会社の方針に盾突いて「経営権は社員一人一人にある反対反対」などと主張し始めたならばどんな会社でもおかしくなっちゃう。<br> ファンあっての野球であるならばファンが経営を支える気概を求めてもいいのではないか。でもさ近鉄やオリックスのそれぞれのファン人口って一体何人なんだ?古田会長の言動は心に響くけれどもここで世論形成できるかどうかだ。新規参入おおいに結構でどんどん新風を巻き起こせばいい。こんなネット社会でリーマンは会社から帰って一風呂浴びてビールにナイターなんてモノクロな事態じゃないない。韓国ドラマ見たりして忙しいんだ。またスタジアムに何万人も集めて人混み嫌いな連中の方が健全だってーの。
球団の経営不振は有り体に言えば野球観戦文化の衰退に如実に顕在化している。法外な年俸制と巨人の独占寡占支配によっていい選手を金で求人することで勝てば官軍の幻想を増長させた。やはり結局は金なのだ。政治も金で買えるし。教団だって球団もっていいかもね。</p> <p></p> <p></p> <p>2004.9.17(金)4263@<br> <br> プロ野球スト決定。スト突入して双方に妥協点が見出されないと泥沼だ。球団経営者側の交渉人たちも「雨天中止」程度に考えているのかも知れない。しかも「損害賠償」をスト参加の選手らに求めるという。結局はファン離れを加速させる結果になるだろう。日テレのドル箱だった「プロ野球巨人戦」の視聴率は低迷を続けている。ここへ来て韓国ドラマ「ホテリアー」を9/20祝日の夜のゴールデンタイムに番宣を張って9/22よりスタートする。NHKの濡れ手に粟を我が局にも!とばかりに「日本語吹き替え無しの字幕スーパー版」でペ様の生声をダイレクトにアピールする。ホテルで働く人間像をリアルに描きながら激しき純愛と人間蘇生のバランスの取れたペイストに仕上がった傑作だ。民放地上波初の韓流の胎動を如何に演出出来るかは不祥事で傲然たる日テレの原点回帰が試される。

2004.9.16(木)4252@

今日も秋晴れ。さて気合いを入れて頑張るぞ。頑張れ、古田!

2004.9.15(水)4242@

秋の空気濃厚。今週末あたり祭りの喧噪に包まれそう。さて第二四半期も今週で終わる。上期終わって折り返しの下期へ突入。組織も人事も改変改変。
人材不在の広島カープ。山本浩二監督、今期低迷の責任を取って球団オーナーに辞意を伝えたら留意されたって。来期も監督続行だそうだ。なんやかんや球界全体に様々な改変の余波到来。楽天参入の報に「どんどんやれ。ヤフーはどうした」って感じだ。神戸の球場は「YAHOO BBスタジアム」なんだしさ。孫さん是非、参入表明して引っかき回してよ。総務省に意見広告で異議申し立てしたって国民はイマイチぱっとしない。

2004.9.14(火)4237@

異常高温。死刑囚宅間が刑の執行を受けた。死刑反対の論理を超えた犯人憎悪を増長する事件と犯人だった。殺人という行為の吟味が善悪を超えた快楽でもって宅間を突き動かしていたのではなか。社会通念による判断基準を逸脱した犯罪行為への投射からの相対化。「幼稚園だったらもっと殺せた」と悔いたらしいがどこまで本心なのかは不明だ。確定した死を前に無力感の反動でもって自分に世事的関心を手繰り寄せたい衝動なだけか。異常人格の徹底解明をした後で法的に処してもいいような気もした。週刊雑誌的事件屋たちは事件の取材過程で結局、犯人との接点は警察による間接情報だけであとは全部、遺族関連となる。つまりは利害対立の片方のみ取材するわけで、報道のバランスは欠くことになる。生と死のバランスも大いに崩れる。

2004.9.13(月)4228@

昨日、日曜日の夜は「ラストサムライ」をiMacのDVDプレイヤーで視聴した。トム・クルーズが言うように「日本人の俳優には西洋人にない気品がある」ようだ。<br> </p>

2004.9.12(日)モバイル4203@
<br> 昨日は充実の購買行動だった。NHKの土曜の夜は韓国ドラマの時間帯になっちゃうんだろうね。そのある種、集大成として「冬のソナタ グランドフィナーレ」が昨夜、放映されていた。番組最終日にNHKホールで開催され「ソネチア」(冬ソナにはまって現実感を喪失させた連中の意)が会場満員で溢れていたけれど。弦楽で奏でる冬ソナサントラ劇場版ですか。視聴者が冬ソナ感想を連日、送りつけ今や累計総数6万通に達した!その中で名場面ベスト10をカウントダウン。僕賃なんかユジンが放送室でアバのダンシングクイーンを踊り狂うシーンが最高なんだけれども。あのシーンで父親探しで疑心暗鬼になっていたチューサンが初めてユジンに心を開き恋の萌芽が芽生えるわけで。なのにNHKは著作権問題でどうでもいい曲と差し替えていたのね。<br> でもね、ユン・ソクホ監督のトークに感銘を受けました。「このドラマは視聴者によって成長させて頂きました」まことに礼儀正しくも誠実な言葉だと思う。<br> ファンからの反響をアナウンサーが紹介した中で婚約者を事故で亡くした方の手紙にも感動した。<br> 「ユジンに自分を重ね合わせて見入りました。このドラマによって私は愛の力を戴きました」やはり作品の力は視聴者に生きる希望や勇気を与えてこそだと思った。世事でふやけた感想反響もあるけれどこのブームの背景には名も無き庶民の願いや祈りが込められているのだなと素直に思う。素晴らしき仕事をやったこのドラマスタッフ達に日本の退廃ドラマはまさしく大敗したのではないか?<br> </p> <p></p> <p>2004.9.11(土)モバイル4200@<br> <br> 午前中に散髪しドラッグストアにて生活サプライ購入。ブックオフにて勝谷誠彦「電脳血風録」田原総一郎「連合赤軍とオウム」を購入。ジム終えて高田馬場の芳林堂で村上春樹の最新刊「アフターダーク」を衝動買い。村上春樹や宮本輝の新刊はブックオフでは買いたくない。お気に入りの作家の著作は他人の手垢の付いた読み古しは絶対に嫌だ。早稲田通りを渡ってサトウ靴店に行く。何年か前この店でREGALの革靴の修理を頼んで以来ここで靴を買ってきた。跡取り息子の社長さんもめっきり頭皮が露呈しちゃってさ。お目当ては「REGAL WALKER」なのに欲しいサイズがない。「ほかに無いんですか?」って若旦那に聞いたら「ウチはREGAL止めたんですよ。値段が高いし売れないし」ってことで。しゃあないんで適当に買った。デイパックいっぱいに手提げもぶらさげてあのお店へ。朝からまともな食事を採っていなかったのでザ・ハンバーグ。<br> さてさて「アフターダーク」夜明けはまだだよ。<br> 読者待望の村上春樹最新刊!前評判は一人称文体から三人称文体へ新たなる文学的自閉から地平へのフロンティアを目指す村上春樹待望の最新刊ってことなんだろうけれども村上文学を自分のジュブナイルと重ね合わせて感情移入してきた連中にとってある種の「衝撃」を与えちゃうでしょーよ。物語がね期待通りに進展しないというかこれが物語か?って感じの退屈さすらあってさ。<br> 姉が原因不明の眠り病に掛かりその妹が不眠症になってデニーズで時間つぶしをしていると、そこにかつてダブルデートで面識のある高橋がやってきてチキンサラダとトーストを食べながらしばらくおしゃべりをして去る。しばらくすると元女子プロのカオルがやってきて「高橋から聞いたんだけど、あんた中国語しゃべれるんだって?ちょっと頼まれてくんない?」って彼女の働くラブホへ連れて行かれて客に暴力を振るわれた超美人の中国人娼婦の通訳をする。戻ってきてまた本を読んでいると高橋が外に誘い出す。公園でモデルで美人の姉との一体感喪失の話をいきなり始める。一人っ子の高橋はバンドでトロンボーンを吹いているのだけれど全然、プロになれるわけでもないんで法学部生として「法律を勉強してみる」ってことで司法試験を本格的に目指すとか話し出す。彼女と高橋って彼氏彼女の関係に物語は進展していくのかと思いきや...... 。一方で彼女の姉が眠っている部屋の描写が難解というか意味不明。何が言いたいのって疑心暗鬼に陥る。中国人娼婦に暴力を振るった白川は奪ったケイタイをコンビニの牛乳売り場にこっそり放置するんだけどそのケイタイに着信があって偶然にも高橋がとる。「お前は逃げられない。絶対に探し出す」売春シンジケートの男からの電話だったのだけれど、これは僕に対するメッセージとして高橋は受け止める。
中国留学で半年あえないと分かった高橋は「とびきり長い手紙を書くよ」とさわやかに妹に話す。彼女は帰宅して姉のベットに全裸で滑り込む。そこで魂の再生に似た一体性を獲得できたのかどうか?<br> よーわからん。<br> コンビニ・ファミレス・ケイタイ・学生モラトリアム・中国語学留学・モデルの姉・不眠症の本好き少女・不法滞在の中国人娼婦・ラブホ。様々に作家は同時代の時間性や空間性を事実性でもって物語に織り込む。僕賃たちの想像力へ既視感を持たせた喚起力でもってリアルにストーリーは再生されるはずだったのかどうか。村上春樹が偏愛性をもったカルト作家たり得るには本作は消化不良の感あり、だ。</p> <p></p> <p>2004.9.10(金)4188@<br> <br> 夕刻ニュース速報が流れた。スト回避。<br> 今回の騒動は日本プロ野球が抱える問題を顕在化しただけか。<br> 街角でマイクを向けられた初老の紳士風の男が「ストをやっちゃぁおかしくなっちゃう」と語った。そのお方、一般リーマンって風情は全くない。既得権益のお方であろうね。<br> そう言えば最近、ストをやる労組ってとんとお目に掛からない。労使の緊張感が与野党伯仲の緊迫感が相互矛盾の発展性へ向かわしめ総合的向上を必然化するんじゃなかったっけ。ストにデモ。デモにスト。<br> 1960年、安保改定反対で国会が数十万人のデモ隊に連日包囲された。当時、岸信介首相は「デモ隊が国会を包囲しようが野球場で何万人も観戦しているじゃないか」みたいな発言をした。また時同じく、巨人軍長嶋茂雄選手は「日本が共産主義になったら僕たちは野球をやることができなくなります」みたいなことを言った。国家の安全保障を憂いて政権への異議申立をデモする人々と野球を楽しみ野球する人間とを区別する論理的整合性ってもんがデモだのストだのと異議申立の方法と手段に具現化する。<br> メディアとスポーツのはたまた巨大資本がメディアと球団を寡占的に支配しているこの構造的問題をどこのマスメディアも切れない。自己批判を内包しない批判ってもんの虚妄性がこれほど明らかになったことはないのではないか。NHKの報道自粛。自分達の天皇が糾弾されるシーンの放映を拒否した論理ってもんと同質だ。</p> <p></p>

2004.9.9(木)4173@<br> <br> タイムロスを補うために集中して業務に精励。首筋コメカミに疼痛のような違和感。俄の頭痛につき早めに就寝。

</p> <p>2004.9.8(水)4158@<br> <br> 朝、出勤前の楽しみはTBS「ウオッチ」のラサール石井編集長の朝刊チェックだね。ラサール編集長のクイックなコメントと新聞活字のアンダーラインを読み上げるのもいい。軽度の活字中毒にはネットの字体じゃなくて新聞紙や単行本の活字スタイルが感覚的に趣向なわけ。ネットDTPの発展でそこら辺の嗜好を満足できればいいのだが。出勤前の慌ただしさの中、短時間でも気に入った番組を見ることで様々にタイムリーな情報を収集できる。<br> <br> </p> <p> </p> <p>2004.9.7(火)4143@

台風18号猛威。広島で最大瞬間風速60.2m。筑紫キャスターも天変地異って言ってたけれど人心の乱れも関連しているのであればマスメディアの責任もあるかも。自然の猛威は凄い。まさに怒れる神風だ。<br> <br> </p> <p> </p> <p>2004.9.6(月)4129@<br> <br> 火山噴火そして地震に台風数珠繋ぎ。季節の急激な変化に合わせて自然災害も勃興勃興。
沢木耕太郎「テロルの決算」を快読中。社会党委員長浅沼稲次郎刺殺事件を被害者と刺殺者の対立する二者をクローズアップし、人間的興味の新たな事実を掘り下げている。焦点を定めて人物を描くことで伝記的評伝の点と線が複眼的に立体交錯し物語は生まれる。ヒューマンインタレストに収斂することこそは読み物としての作品論でもって最上の方法論になる。人物の生き様をクロニクルの時系列で押さえつつ思想的に立ち上がってくるものを分析し尽くし表現し尽くす。休刊となった「噂の真相」の編集長も「人間的興味」を強調していたけれど「噂真」はスキャンダルな人間暗部をデマや予見で書き立てる方法論で品格なしではあった。今後も沢木耕太郎の著作を継続して読破していこうと思う。取り敢えず次は「深夜特急」だろうか。<br> </p> <p></p> <p>2004.9.5(日)モバイル<br> <br> <font size="2"><i>ロシア特殊部隊による強行突入で終結した同国・北オセチヤ共和国の学校占拠事件で、ロシアの検察当局者は4日、死者が322人に達したことを明らかにした。</i><br> <br> </font>大規模な惨劇の始まりは謎の爆発2回を分水嶺に強行突入の奔流激流で始まった。体育館には数百名の人質が1平方メートルに4〜5人の窮屈さで押し込められていた。爆破され倒壊する天井から逃げ出す児童らに武装グループは銃を背後から乱射した。死者の大半はこの爆破による焼死という。<br> 犯行は周到に準備された。学校が夏休みの間に修復工事業者を装って大量の武器弾薬がこの学校に運び込まれていたという。始業式で校庭に集まった1000人超の人々を約30名の武装集団が制圧し体育館・講堂・校舎の三カ所に分散監禁した。初期段階でテロリストらは命令拒否の20名を一人一人別室で射殺・処刑した。<br> 人口3万の事件現場のあるこの地域はロシア正教が主流の宗教分布において、テロリストが十字架のペンダントをした主婦を射殺したという証言や生存した血まみれの少女が握りしめていた血に染まった十字架の大写しの写真が地方メディアに掲載されて、ロシアの民衆の憎悪を増幅している。
自傷覚悟の確信犯的狂信テロリストらの常軌を逸した残虐非道の戦果は単純二元論に安易に転移され、ますます血で血を洗う報復合戦へ泥沼化する。ハムラビ法典の災いは今日的だ。ただ等質の等価でトレードされることなく倍返し自乗返しのエスカレーションを必然としている相違点があるだけのこと。<br> どんな大義名分を掲げても人間が武器を持ち極限状況で正常な人間性を発揮などできない。戦場犯罪の過剰な殺戮はゲーム性を帯びた嗜虐的なデーモニッシュな側面を必然露呈させるのだ。</p> <p>テロ事件の波紋波及は全て政治的な収拾でしか成し得ない困難性をもっている。<br> </p> <p></p> <p>2004.9.4(土)4082@ モバイル 週末ランダム<br> <br> 韓国映画の余韻じゃないが特定組織への帰属意識とか役割分担への責任意識とかってもんは個が全体(組織)へ滅私奉公する軍隊官僚組織が最良の効率性やら生産性やらを有効にしているのかな。不自由な人的集合体の組織生成図において指導者は司令長官であって階層的ピラミッドのヒエラルヒーは下に行けば行くほど危険で過酷な任務があるってこと。天皇はそのヒエラルヒーのどこに位置すのか?死を賭す行為の前提に「天皇」というシンボルはどれほどの力用を発揮できるのか。天皇に死のエロティズムを感じる必然はどこにもない。今や彼は神でも信仰対象でもないのだから。英霊も霊魂も信じない忘恩不報恩な現代国民大衆にとって彼はどれほどの価値があるのか?でもさ、天皇に括弧をつけて代名詞化し置換用法を用いればどうよ。日本が細分化された無数の組織集合体で考えればその組織単位に於いて「天皇」は存在しているのだから。1000万人の信者が集う宗教組織もあれば80人の世襲的中小企業もあるし、それぞれに「天皇」は存在していい。天皇で類推できるのは将軍様だ。北朝鮮にいるあの世襲的独裁者の肥満男。何故に彼は「将軍様」なのか。徳川幕府の「将軍様」じゃないところの百戦錬磨の大武将たる軍国の大司令長官が将軍様ってことか。ようわからん。<br> <br> ネット社会のコミュニケーションつまり恋愛ゲームは間身体性への祝祭であるべき筈の性の欲望本質への悦楽関与は脳内現象レベルのバーチャライズされた間接的感覚として享受されるのみだ。リアリティの絶対欠如を補うために結果的に非合法の違法的行為への誘いがあって抗することの不可逆な流れがあって。</p> <p> </p> <p>2004.9.3(金)4082@<br> <br> 今夜は韓国映画「フー・アー・ユー」だ。昨夜、観た「H」で異常犯罪者を演じたチョ・スンウが主演のゲーム作家を演じる。自ら開発したネット恋愛ゲームで「見えない恋人」を演じるうちに現実の彼女を好きになっていく。<br> 「二人で三角関係」バーチャルな僕と現実の僕が一人の女性に恋愛しちゃった。彼女はバーチャルな彼と現実の男が同一人物だとは知らない。彼女は全てをさらけ出すことの出来る「見えない恋人」に恋をした。でもそれは違うと言い切れるのかどうか。ネットリアリティが現実のリアリティを浸食し様々な社会状況の前提になっているこの時代進行に誰が抗えるのだ。<br> ネット上でのコミュニケーションはうまくいくのに実際、二人のオフ会はうまくできない。心が通じ合うには心をオープンにしなければならない。ネットではうまくできても現実じゃない、つまりバーチャルなリアルは形容矛盾..。恋愛の関係性ってバーチャルな側面があるわけでだから互いの存在を確かめ合うためのプリミティブでフィジカルな行為に誘われるんだろうし。<br> 聴覚障害の元競泳選手で、シーワールドで人魚ショーを演じるヒロインのイ・ヨナンって中谷美紀と伊東美咲を足して韓国で割った感じの魅力的な女優だ。そう言えば彼女は長渕剛の愛人役で全裸の熱演をしたっけ。今の韓国のネット社会がリアルに描かれているらしいけれど韓国映画のHPもやたらFlashが溢れてジャバジャバし過ぎの感はいなめない。アナクロドラマ「冬ソナ」で郷愁に慕ってるだけじゃデジタルな韓国の同時代は理解できない、でもする必要も、ないない。ネット文化先行のコリアでは太陽政策の真っ只中、ウラン濃縮80%の実験に成功していたってことでさ。焦臭いムードは直視しないといけない。頑張れ盧泰愚。でもさ「親日派糾弾」って時代の逆行じゃないかい。内憂外患って内政レベルに留まらないからやっかいだ。<br> </p> <p> </p> <p>2004.9.2(木)4050@<br> <br> 「殺人の追憶」の次は以前から観たかった「Hエイチ」だ。美貌の凄腕刑事・キム刑事役のヨム・ジョンアは1972年生まれの32歳でミスコリア第二位の本格ビューティーだ。婚約者の刑事を死に追いやられ部下で生きの良い刑事も事後催眠を掛けられて連続殺人を起こさせる。「ラブストーリー」であれだけの純愛演技で泣かせてくれたスンウ氏は気味の悪い連続殺人犯役だからね、今回は。ジョンアは「箪笥」の継母役でもスリリング。確かに「カル」でも魅せられた。でもなぁクールさを演出するのに喫煙シーンを描写するセンスには疑問符だ。<br> </p> <p></p> <p>2004.9.1(水)4042@<br> <br> 蒸し暑い。仕事帰りにビデオレンタル。韓国映画「殺人の追憶」を観る。農村で起きた連続猟奇的殺人事件に取り組む田舎刑事と都会派刑事のドタバタ。「憂鬱な手紙」がFM局でリクエストされる雨の日に被害者の女性は強姦された後、後ろ手に緊縛され、猿轡を咬まされ、陰部に思い思いの異物を挿入され、絞殺・遺棄。時代背景となっている1986年。非民主化の韓国では防空訓練で燈火管制が布かれ何とも独裁的な社会雰囲気を醸す。ただ、ありがちな犯人の人間性の内面を突く犯罪動機には一切ふれていないのは刑事の視点で物語が組み立てられているからだろう。病気の妻の看病で性的鬱憤が募る敬虔なクリスチャンが犯行現場でシコッて刑事に逮捕され、供述を取られる。彼は「実際に起きた事件に性的興奮を覚えた」と告白している。それでも犯人の事件を必然化させる内的動機は推測すらできない。ただ、事件は起きている。しかも連続して。終わりの方で田舎刑事の恋人が犯人に狙われていたのが、すれ違い様、女子高生にターゲットを変えて惨殺するシーンはサスペンスのクライマックス度を嫌が上でも高める。<br> 儒教的倫理規範を精神ベースに持つ韓国人社会の特質は非日常的エンターテイメンツに於いて、その反動でもってエグさも自乗的相乗性を遺憾なく発揮する。下校途中の女子高生の鞄の中から犯人は現地調達する。筆入れからボールペンと弁当箱からスプーンを取り出し彼女の陰部に挿入する下りはなんともエロでグロだ。性への規制が取り払われる実際の犯罪とそれを依拠する作品世界にも反動的インプレッションは鮮烈だ。性は抑圧されるほどに暴発の度合いは増す。</p> <p></p> <p>2004.8.31(火)4035@
br> 台風一過。月末で多忙。円滑なる処理を望むのみ。
テレビ東京「ガイヤの夜」を見た。株式投資熱が高まっているという。番組提供に大和証券。タイアップ臭い内容だったが個人投資家と外国人投資家にスポットを当ていて面白かった。20代後半の公務員女性が「失っても怖くないお金で株を買ってますから」と好きな映画を株主優待券でプチリッチに楽しむ光景が放映されていた。半端でない射幸心に翻弄される投資という名の賭博・ギャンブルなのかどうか。デイトレイラーのマンションの一室。「これは商売なんですよ。安く仕入れて高く売る。1万、2万の儲けの積み重ねです」と語りながら一日の儲けや負けが250万...。射幸心の奴隷ながら「株ばっかりじゃ危ないんで土地を買うんですけどね」結構にリッチ。月収が30.40万のばからしね。一日の拘束時間12時間以上でさ。株式投資は今後、爆発的にネットで盛り上がる。</p> <p> </p> <p>2004.8.30(月)4020@<br> <br> 週明け月末間近。台風16号接近中。夜、東京出張の友人と早稲田で飲む。地下鉄東西線がまたしても全線ストップ。保安器の故障らしかった。茅場町駅に到着した時点で構内放送。十数分ほど復旧の目処が立たない状況下に措かれたけれど待つしかないわな。鞄の中に「1960」を入れ忘れでガックリ。iPodをひたすら聴き入る。携帯電話も混雑して通話不能だった。<br> フォレストで学生来の友人・Mと久々に飲んだ。飄々とした風貌も自分の専門の話になると眼光鋭く切り込むように話していた。大いに野心を燃やせ。新たなるファンを引き連れて学問の茨の道を孤高に生き抜け。時代がお前を評価する時がきっと来るであろう。偉業とは保身も妥協も存在せぬ夢物語ではないのだから。<br> </p> <p> </p> <p>2004.8.29(日)4012@<br> <br> 終日雨。ジムに行く途中にブックオフに立ち寄って沢木耕太郎「1960」を買う。今朝の毎日の読書欄に本書の書評が出ていた。全くのタイムリー。最近の沢木耕太郎はスポーツ分野でのノンフィクションを量産してる。アテネ五輪でも朝日にコラム執筆を行っているようだ。「危機の宰相」と「テロルの決算」が収録されている全集シリーズの一冊だ。1954年に池田政権が打ち出した「所得倍増」は高度経済成長のメインテーマとして1960年安保闘争の政治運動の捌け口を経済成長に収斂させた名スローガンである。それに介在した池田勇人・下村治・田村敏夫を相互に交互に関連付けながら歴史を浮かび上がらせている。三氏とも旧大蔵官僚だった。<br> </p> <p></p> <p>2004.8.28(土)3398@<br> <br> 夏の終わりには台風。夏の嵐。<br> なんとなくアンニュイな週末だ。こんな時は「台風クラブ」を観るのが一番なのだが。台風の思い出と言えばあの家だ。幼少時代の福山の実家は小高い場所にあった。数年前に新築するまでは築数十年の木造二階建ての農家な造り。九州・四国して瀬戸内海へ。あの頃、台風はいつも同じ経路でやってきた。夏休みに台風がやってきたとき小学生だった僕賃は傘も差さずに暴風雨に曝され楽しんだ。でもやっぱり台風接近で風がだんだん強くなって雨が降り出す、あの予感が好きだった。雨戸を閉めてその到来に備えるワクワクした気分が最高だった。その台風が通り過ぎて電信柱や松の木の枝が折れてセイタカアワダチソウもなぎ倒されて台風のささやかな爪痕に感動した。東京の台風は自然の猛威の前に人間社会の混乱があるのでなんか退屈だ。</p> <p></p> <p>2004.8.27(金)3980@<br> <br> 台風の影響で天気がぐずつく。週末のような終末。宮台真司都立大助教授の「終わり無き日常」のような時空の移ろいも結局は死生観無き相対主義な面々の観念分析でしかない。信念に殉じた超自我獲得の間断無き自己闘争に生きる日常を過ごすサムライにはそんな前頭葉肥大症の観念のお堂巡りなど一切、無いのだ。瞬間瞬間が生死の永遠連続なのだから。<br> さて、ハンマー投げ室伏の銀から金へのスライド事案が持ち上がった。当の本人はうれしいのかしら?あのグローバルな風貌を一瞬、歪めるんじゃないかなって思う。彼は清廉潔白なアスリートとして生きているんだろうからそんな棚ぼたな金メダル獲得に対して彼自身の思いは反映されないだろう、と。対戦相手はあくまでも投擲距離なのだから。数字が絡んでいるからね。数値競技の意味合いを考えてみよう。<br> 数値が人間社会に介在し組織の栄枯盛衰のバロメーターとして間接的に概念支配する事態は今後も永遠だろう。利益も所詮、数値競争。点数優劣の具体的イメージは全部、数字なのだ。<br> 数字的イメージの怖いところは一人歩きの独走的制御不全に陥る危険性にある。例えば「99.99%大丈夫だ」と言われて心の底から安心できるかどうか。1億のパーツがあってその99.99%大丈夫でも残りの0.01%ということは1万個の欠陥があることなのだ。京セラの稲森氏も日産のゴーン氏も理数系出身で利益測定の厳密さこそ企業経営の基礎中の基礎と断言している。京都セラミックはかつて軍事組織に見立てた組織運営を行っていて「狂徒セラミック」と蔑まれ且つ畏怖畏敬の念で見られていた。京セラはまた独特の独立採算性組織を打ち出した。「アメーバー組織」である。共産思想の班組織でも「細胞」なんて単位で呼ばれていたけれどどんなもんかいな。稲森氏は得度出家して経営信仰の行者として今後もビジネスの殉教者たる生き様を我々にさらしてくれるのだろう。</p> <p></p> <p>2004.8.26(木)3966@<br> <br> さてアテネ五輪も終わりに近づく。新体操やシンクロがまだ競技中だけれどメダリスト達の凱旋帰国のニュースに耳目の関心は高い。<br> オリンピックを政治が利用した史実で言えばヒトラーのオリンピックが「民族の祭典」と「美の祭典」に描かれている。1936年、 第11回ベルリン・オリンピックの記録映画。ドキュメンタリーの名作として高く評価され、 監督のレニ・リーフェンシュタール女史の名を世界に知らしめた二作だ。<br> 権力者はオリンピックにあやかりたい。小泉が国民栄誉賞をメダリストに連発したいそうな。大相撲で優勝した貴乃花に優勝杯を渡しながら「感動した!おめでとう!」と絶叫する小泉の面目躍如がどうにも嫌らしい記憶の片鱗でもって甦ってくる。</p> <p> </p> <p>2004.8.25(水)3950@<br> <br> 最近、秋の虫たちが朝や夜に鳴き始めている。蝉時雨はとんと止んだ。季節の移ろいは時の流れ。<br> 北島康介選手の実家のお肉屋さんが大繁盛している。メダル特需のようだが親孝行な息子を両親はメダル同等に喜んでいるだろう。メンチカツは好物だから買って食べようかな。<br> <br> </p> <p> </p> <p>2004.8.24(火)3932@<br> <br> まさかの敗北サプライに湧くアテネ五輪。勝負の世界は白黒はっきりしていて実にビューティフル。<br> </p> <p></p> <p>2004.8.23(月)3921@<br> <br> 処暑。いきなり10月上旬の涼しさ。温度差極端なのは体によくない。<br> 冬ソナ最終回は中年のロマンチズムをいたく刺激し思わぬ波紋を広げている。「最後の夕陽のシーンがきれいだった」と感嘆する事しきりのセージさん、アットホームな嗜虐嗜好に浸って感性まで解放されたのかしら。そりゃ「記憶を取るか視力を取るか」の二者択一であったならばまずは記憶がなくなっても手術して視力を確保し、その前に手紙でもなんでもいいけど「僕は手術の後遺症で記憶がなくなるけど、僕を愛し続けてくれ!頼んだよ、ユジン!!」と愛のメッセージを託せばいいじゃない。それを自分勝手に「記憶の方が自分の視力より大切なんだ」と手術しなかったら元も子もないじゃない。そういうとんでもない判断ミスの結果、あの夕陽でホウヨクのシーンなわけね。「美しいシーン」なわけないじゃん、セージさん?</p> <p></p> <p>2004.8.22(日)3904@ モバイル@デニーズ2<br> <br> 休日はiPod音楽三昧の快楽。僕賃的には平原綾香の「Jupiter」いいね。それから「虹の予感」もいいね。<br> 女性の作詞やってる歌手ってあゆも史奈も麻衣ちゃんもそうだけれど詞の主語が「僕」ってのが多い。自分で作った詞の主語を異性に託して歌っている。彼女らは歌いながら自分でも聴いている。一方において自分で聴きたいから自分で異性になって自分に向かって歌っているのだろう。聴衆に向かいつつ同時に自分に向けて歌っているこの同時並行性に思うことあり。それは他者への愛のメッセージを並行して自分にも向けてダイレクトに歌っているわけね。自分の作ったラブソングを自分に聴かせつつ他者なる聴衆にも歌いきる快楽たるや。自分の中の他者的異性が自分のコアなる同性に向かってまさに天に唾する自業自得的表現形態は作詞と作曲の合一プロセスの融合にも敷衍できるだろう。音楽はメロディとビートと詞がミックスされて時系列に流れる音域文化だから時間とその内実の不可分な絡み合いをどう料理するかに創作妙味たる醍醐味ってもんがある。半音の羅列が奏でる配列の音階文化の快楽を味わい尽くそう。<br> 思い出に固有の音楽を流しておくとそのメロディの再生が条件反射的にパブロフの犬の涎の如き、思い出再生を喚起できちゃうのはみんな誰しも経験済みだ。音楽の切なさはあらゆる映像作品のBGMにあってその効果たるや。絶大だものね。

<p></p> <p>2004.8.22(日)モバイル@デニーズ<br> <br> このファミレスでモバイルはできましぇん。無線LANやってないんでね。分煙のないモスで黙々とニコチン中毒の害毒を我慢してモバイルをやるか分煙の一応はセッティングされたここデニーズでやるかは個人的選択の自由に類するけれども精神衛生上は致し方のないこの選択をせざるを得まい。不自由極まりなしってことで。<br> そう言えばTBS日曜23時から好評放映中のヒューマンドキュメント「情熱大陸」で昨年10月に脚本家・宮藤官九郎をクローズアップ。彼は今、超売れっ子のシナリオライター。斬新でユニークなクドカンワールドの秘密を探るべく密着取材のカメラは仕事場をモバイルにすがるiBook主義者・官九郎の執筆創作の現場を撮す。ホテルの一室であったり新幹線の車内であったり。でも常態化しているのはファミレスであった。PHSカードをiBookに差し込んでモバイルも自在に。思うにモバイルはいつでも何処でもが基本ラインにあって、あとは野となれ山となれ。PowerBookでないところが面白いじゃん。正統派モバイラーは無駄な機能は極力排除する合理性を重んじる。クライマーがザックの軽量化を必死に模索するのに同義な動機でもって。温々と書斎でノートブックを使うのとは一線を画した真なるモバイラーだ。多機能高性能ノンノン。特化テキスト打ちにそんな無駄なもんはいらないってさ。<br> 創作活動は密室の作業に窮しなくてもいい。漫画家・弘兼島耕作は平日のファミレスに通い詰める。その時空は不倫カップルで溢れかえり、様々に興味深い人間達が巣くっていて同時代の空気が濃厚だという。団地妻が昼這いのサインをベランダに布団を干すことで暗示するかの如き時代性に通じる創作ヒントの空気ってやつだね。知的で創作的な刺激に満ちた現場に身を置き愛用する電脳ツールを四六時中肌身離さずアイディアや作中会話の断片を掬い取ってはキーボードに打ち込んでいく。その快楽たるや。やってみれば分かるって、さ。文庫本100冊読んでも味わえない創作主体性の悦楽愉楽の園ってやつだ。快楽ってもんは主体性にしか存在しない至って簡単至極な行為総体だってこと。バイナラ。</p> <p></p> <p>2004.8.22(日)モバイル@飯田橋3897@<br> <br> 曇天風涼し。モスバーガーの帰りにコンビニでソウネンのハナちゃんに肩を叩かれ激励される。滲み出た人間性のオーラすら感じる尊敬と畏敬の念深き好人物・それがオジキ・ハナちゃんだ。全くもって信念の広告代理店マンであられる。カウタウ、カウタウ。<br> 帰宅しリラックス。何気にフジテレビ「ウチくる!?」を観る。ゲストは吉岡美穂。MCは中山秀征、飯島愛。中目黒に住みたい吉岡美穂の案内で食べ物屋さんに案内されるMCの二人。番組でお店の宣伝を兼ねるタイアップ番組。飯島愛のアンニュイな反射神経が妙に面白い。<br> 伝説の漢字音痴の美穂嬢を漢字テスト。「山車」の読み方を「4WD」 と答える美穂ちゃんに僕賃は胸キュンだ。「軽トラ」を「豹(ひょう)トラ?」と答えるあたり、徒者ではない。グラビアクィーンの精彩を放つ彼女のモデルセンスは抜群なのに、愛すべきキャラである天然泉は秀逸にして横溢だ。その落差に得も言えぬ恍惚感と陶酔感を味わえる。彼女が駆け出しの頃、都々逸テリー伊藤ウラッカエシが彼女に優しくしたのは「体が目当てだった」って告白されて彼女は真剣に「騙されたんですかねぇ?」って、秀ちゃん達に本音トーク。テリー都々逸ウラッカエシ伊藤からすればバラエティの受け答えとして言ったまでよ、がさ、吉岡美穂に掛かると正真正銘のいやらしいオッサンになってしまう。このパーセプションギャップが面白かった。いやはや。でも自分の恩人からの手紙朗読に泣けばいいのに本人登場前から涙を流せる彼女の純情さにほろりとさせられた。この番組はけっこういい。</p> <p></p> <p>2004.8.22(日)モバイル@モス<br> <br> 朝起き出して公園周辺をウォーキングしシャワーを浴びてしばしリラックス。日曜日の朝はテレビで政治番組を視聴するのが通例だったのだが、テレビ音声の入る携帯ラジオを持ってモスバーガーに入っている。おや、ソウネンの方々がいる。会合後の黄昏ミーティング?不思議なタイミングだ。群馬から一報が入ったという。失踪者が連絡を寄越すことについてはミックスなエモーションってもんが喚起されるものね。自己破産者に共通の身勝手さの顕れなだけか。彼らの日常性は何も変わっていない。いい方向においておや。<br> テレビの音声だけラジオで聴いていると平沼氏ってポスト小泉の最有力者なんだそうだ。今、平沼氏は田原氏のインタビューに応えている。世襲って言っても三代目だもんなぁ。小泉・平沼・麻生などなど。継承問題は何処の組織においておや。バイナラ。<br> でもな、能力があればいいんじゃないかい。血統へのジェラシーも客観的な判断基準に鑑みて冷静に議論で乗り越えられたらいいのね。機会均等はあらゆる局面に優先されるわけね。<br> <br> そう言えば、昨夜、「冬のソナタ」最終回。この回は大泣き間違いなしだった筈だが僕賃はちっとも。オリジナルの韓国語で観ても同じだったと思われ。何故か。何回も再放送されビデオレンタルやネットで情報が腐るほど溢れて自分のマイブームが社会のブームに拡散する過程でもってドラマ視聴の純たる体験に由々しきバイアスが掛かったためだ。僕賃の場合はブームのダウンサイジングでもって流行の後追いだったから尚更ね。エンディングはチュウサンが盲目失明してユジンと愛する人の為に彼が設計した家で再会する。そして彼らの真の愛が始まる....。そう思うしかないのかってさ。<br> </p> <p></p> <p>2004.8.21(土)モバイル3874@<br> <br> </p> <p> 最近の世辞的な関心はオリンピックのメダル獲得数か。暑い夏がいつ涼しくなるとか?会社的には社長交代と その社員達の今後だね。この先行き不透明な時勢を鑑み我らが政府・政権与党は国民に配慮して様々な低所得な庶民を利する施策を打ち出してくれるのかどうか?そのマイルストーンについて言えば自民党税制調査会の来年度税制改正の流れは所得税増税の流れが明白だね。やはり、大多数の国民は具も付かぬ愚をつかまされるだけか。ここ最近、勝ち組大企業の勝ち具合が2割経験則でもって全体の数値を押し上げて政府見解もデフレ脱却への道筋が敷かれた云々かんぬん。いずれにしても統治権力の権力行使の一つに課税権ってものがあって粛々やっていけば?その結果、大多数たる残り8割の被支配層は劣勢に拍車が掛かる段取りね。この時世、彼らのルサンチマンは社会に時代にその国土に遍く充ち満ちていく。犯罪凶悪化と多発化。<br> ダラダラ読んでいる立花隆「イラク戦争・日本の運命・小泉の運命」もなんだか空しい虚書じゃないかい。作者著者が自分を本気で頭がいいと思って書きたい放題だもんな。あ〜虚し。結局は知識豊富な卓見卓越たる評論家を気取る、無価値のリベラルな言論なだけであって現実へのアナーキーなエナジーはないわな。つまりアクチュアルじゃないってことだ。だって知識人って大衆と対峙するか距離を置くしかないんだもの。組織や集団にコミットメントする姿勢はないんだからね。マスコミに流す彼らの言論の現実面へのアクション&リアクションがどうなるかなんてなーんも興味がないんだからね。自分の言論効果を相対化している知識人や学者ってもんがいるのかね。義憤私憤に揉まれつつ良心の内発的規範力でもって自分の専門知識を総動員して自分の言論を仕上げマスコミその他のメディアに開陳する、だけだろ。<br> だから彼らはこう思う。<br> 大衆と共に民衆と共に知的エリートのこの僕が汗にまみれる?<br> 無知で傲慢なこの愚民どもとこの私が共闘を組んで優雅なるかな芳醇なる我が人生の黄金時間を浪費しろだと?<br> そんなもん、あり得ないったらあり得ない!あるわけ無いじゃん。</p> <p></p> <p>2004.8.21(土)モバイル<br> <br> 土曜の午前中はモスバーガーでモバイルの漠たる沈思黙考の堂々巡り。まだまだ暑いけれど確実に秋に近づいているわけで、未練がましい季節の移ろいをこれから濃厚に感じられるだろう。モラトリアムの時空において人は様々な創造性を発揮し作品を構築構成してきた。人為の為せる所行において時間の有限性は単なる時系列では推し量ることなど到底できない無限性の所為を感じなければ。少年から青年。そして壮年へ。思春から青春そして壮春へ。壮年も老年も同意ならばこれから本格的に老人になる団塊の世代・ベビーブーマーの大量退職世代の社会的な地殻変動の事態とは見田宗介氏が朝日新聞に開陳された談話構成のコメントにおいても彼らが実は人類初のグローバル的連帯感を有して同時代的に時空を共有するムーブメントを繰り広げたことを思うに彼らが死滅するこれからの30年間は少子化の加速と相俟ってそれ以降は人口激減の時代に陥るわけで。高齢医療の破綻もしくはアルツハイマーの大量出現はたまた老化現象の必然でもって老人ドライバーの引き起こす交通事故多発、はたまた。様々な、社会構造の存立基盤の崩壊を招く多くの不安材料を見いだせるのではないか。<br> </p> <p></p> <p>2004.8.20(金)3865@<br> <br> 今回のアテネ五輪、我が日本ってゴールドラッシュだそうだ。競泳にしても柔道にしても体操にしても凄いもんだ。<br> 午後、神田界隈を徘徊して非常に体力の消耗を招く。水分補給せねばとコンビニに駆け込んで「イエモン」を買い、地下鉄車内でグビリグビリグビリ、プッハァー。期日絡みの手形の緊急処理は神経を著しく消耗させる。<br> 「今後、依頼返却は安易に受けない。今回は断固、断る」なるほど、ハッタリも必要だ。でも数十分もしないうちに急転直下の電光石火でもって朝令暮改。<br> 「すまんが、(依頼返却を)やってくれ」ってことで、えっちらこっちら、渡れぬ(不渡)世間は紙くずばかり。</p> <p> </p> <p>2004.8.19(木)3835@<br> <br> 柔道・井上康生の敗退に衝撃を受けた。残暑が続く。<br> 盆休みに帰省してデジカメで撮影した写真をクイックタイムでムービーに作成した。故郷は東京よりも時間も空間も異質でないとね。変に都市化されきらずね。福山でいえば変わりようがないのが福山城と鞆の浦ではないかな。それから芦田川ではないかなと。母校の小学校も昔のマンマだったのは逆に衝撃的だった。つまり、老朽化を放置している事実に驚いた。滑り台もジャングルジムも昔から同じで恐ろしくボロボロ。
写真を撮影してあとからつまりは旅から戻った日常性の中で撮った写真を改めて観てみると様々、去来する想念ってものがあるよね。まだまだソウネンなんて歳でもないけどね。

2004.8.18(水)3780@<br> <br> 台風15号接近中!快晴の突風吹きすさび。
帰宅してオリンピック女子バレー「日本対ギリシャ」を観戦した。
そういえば、報道ステーションで夏休み中の小泉首相はヘリ墜落で陳情に上京した沖縄の政治家に会わなかったという。「変人だけど凡人の勇を出して欲しかった」みたいなコメントには死に体の休みたいだけかよと。都内のホテルに籠もって「Dont's Disturb」の札でもドアノブにぶら下げてんだか。

2004.8.17(火)

休み明けにて超多忙。今日は不快指数の高い気候だった。じっとり汗ばんで窓ガラスには気泡が広がっていた。<br> 夏の甲子園。明徳義塾も東北ダルビッシュも敗退。我が夢、破れぬ。<br> Mac用のDVDのバックアップソフト、いいのがあるね。<br> ネット通販で購入したパワーブックG3用バッテリーの不具合に関して販売元のビザビの担当者から丁寧なメールを貰って感心した。こちらで報告した不具合状況をショップサイドでも検証確認をし、今後の対策を練ってくれるという。この会社の社長さんは有名なパワーブック系サイトのオーナーだった人だけれど、バッテリーの不具合に関しては僕賃的には別段、そんなに気にすることでもないかも。シングル挿入でシコシコ使っていけば然したる問題はないわけで。純正のようにはいかないのかもね。</p> <p></p> <p>2004.8.16(月)モバイル3693@<br> <br> 福山発10時5分東京行のぞみ700系に乗るも岡山まで満席で通路に立っていた。全く旅は計画が肝心だ。2時間を超すモバイルに於いてはDVD視聴が最高。<br> 「猟奇的な彼女」のチョン・ジヒョン主演の超時間性ラブストーリーの傑作「イルマーレ」を満員車両のただ中で観る。今回で2回目。<br> 海岸水際にユニークな建物が佇む。「イルマーレ」イタリア語で「海」という語意。この空間的瀬戸際境界線に時空を超えたポストがあった。1997年と1999年の二つの時間軸を超えて交わる「手紙」が愛を育む。2000年、済州島に「愛する人の為に設計した第二のイルマーレ」が建設されていた。しかし97-98年の彼は約束のこの地にやってこなかった。その彼の必然に慄然とする99-00年の彼女。映像の文体ってものがあるとして最後のエンディングの余韻は視聴者に幸せな予感を強く喚起していて非常に好感が持てる。<br> 井上靖「氷壁」の冒頭部分じゃないが新幹線が新横浜を過ぎ終点東京に近づく車中の時空って終わりの始まりで転倒倒錯な不思議を味わえる。観終えて「これからの自分の物語」へのインプレッションを感じることができれば人は誰でも幸せだ。</p> <p> </p> <p>2004.8.15(日)<br> <br> 今日は終戦否、敗戦記念日だ。敗戦後、日本は民衆の底辺からの革命ではない占領統治という支配層入れ替えの首のすげ替えで統治権力は性質を変えた。ジャパンデモクラティックって何なんだろう?<br> 敗戦なのに終戦なんだ。戦争が終わった。でも勝ったか負けたかは曖昧なクロニクルな無思想の語法変容の誤魔化し。<br> 明日、帰京する東京の今朝の気温は18℃だって。かなり温度が下がったようで連続真夏日記録も40日で止まった。<br> この記念的高温が靖国参拝のピーク時に止まることが実は面白い。<br> しかし、悲しいかな帰省中のこの3日間はネット断線だったので禁断的苦痛も覚知できず。<br> </p> <p> </p> <p>2004.8.14(土)<br> <br> 郷里はのんびりしている。朝、しばし散策。小学校時代の風景を思い出しながら歩いてみた。幼少時代の距離感の記憶でもって身長差から視線的倒錯が生じてかなり遠近感にズレを感じた。しかも町並みが時代変遷の波を被って世代交代の断絶的破壊と建設と放置でもって変貌やるかたなしだ。韓国映画の田舎風景が過ぎたりし古き良き時代を時間よりも空間的想像力を誘発させるのは時間的変遷だけでは戻れないほどこの国の変貌は凄まじいからだろう。同じ空間に同じ時間は流れていなかったってこと。同じ時間に同じ空間は存在しなかったってこと。

<p> </p> <p>2004.8.13(金)モバイル 帰省初日<br> <br> 新幹線のぞみ51号700系東京発広島行の禁煙1号車の最後部座席右側窓際に座った。11:27:30。<br> 出発は11時33分。往復割引を購入するも帰りの切符を「15日」で頼んだのに「16日より2日間有効」と記載されていた。オイオイ。<br> 車内で車掌に取り替えてもらうように依頼せねば。ったくである。<br> 3年ぶりの帰郷になるので新幹線事情も変わっていた。のぞみにも自由席ができたのね。しかし座席スペースが狭すぎだ。最速のモバイルを堪能しようにも腕が隣の汗っかきにぶつかってうまくいかん。乗る前に食事をとって正解だった。こんなスペースじゃまともに食べられない。
でも凄く早い。体感速度はひかりの比じゃない!<br> 14:39:54さて。<br> 新神戸を過ぎた。あと40分弱か。そろそろ中国地方の方言のオンパレードだよ。バッテリーもそろそろ切れかかってます。DVDで「ラブストーリー」を観た。3回目か。傑作だから何遍観てもいいわけで。今回の新幹線の旅は時間がたつのが早い。パワーブックライフをエンジョイしているからだろうか。そろそろトンネルラッシュだ。車両最後部のシートだから車内と車窓外の風景が重なって見える。通路には乗客があふれている。関西弁の連中だ。通勤じゃないんだからね。旅は計画が肝心だよ。最速車両で通勤感覚の日常性の範疇を脱せない旅なんてあり得ないたら、あり得ない。ほら、両耳から平原綾香の美声が流れ込んできた。音質の快楽をこのiPodで堪能できちゃう。でもさぁ旅って個が個に再生する時空の流れじゃない?恋人とラブラブもいいけれどさぁ。二個目のバッテリーを装填した。予備があると余裕があっていい。<br> 16:13:08さて。福山駅のサントーク内のサテンに入った。福山は城下町だ。なので僕賃は駅真ん前の福山城へ散策。今回は城内が開場されていたので城主になったつもりで展覧を観ながら最上階へ向かった。巨大な扇風機も空しく高温多湿で発汗作用もピークを超す。写真撮影禁止の張り紙を観ながら何枚かデジカメで撮影した。ここのメインは城下町を一望できる眺望にあるって。帰省歴然の学生風の男子に僕賃の在りし日の撮影をお願いする。お返しに彼の写ルンですを撮影してあげた。なんとなくうれしそうであった。だって自分で自分を撮影できんからね。<br> </p> <p> </p> <p>2004.8.12(木)モバイル3619@<br> <br> iPodを聞いていなかったから巻き込まれた郵便局内クレーム男からの逆襲の顛末。<br> 恒例の夏休み初日、砂利銭郵貯預入に近所の郵便局に行った。カウンター越しにビニールでコイン別に収納された砂利銭を局員に渡し「預金して下さい。それからコイン別に明細の内訳お願いします」と依頼する。集計作業のその間にATMで毎年年頭にキックバックの6千円と冬の賞与のキックバックの3万円の併せて3万6千円を郵貯普通預金に預入をしていたらそのオッサンの声が聞こえ始めた。<br> 「私の許可なしに勝手にシュレッダーかけていいのですか?私の持ち物を私の許可無くシュレッダーかけていいのですか?」<br> 「あなたは地方公務員だから守秘義務があるわけですがその職務を放棄しています」<br> 「丸山、その態度は何ですか?私たちの税金であなた方は養われている。公務員としてサービスが悪すぎます。」<br> オッサンは大きな声でしかし、慇懃無礼な言葉遣いながら自分の知識を一方的に押しつけこの若い局員・丸山を容赦なく果敢に攻め続ける。やがて、局の責任者がオッサンを宥め始めたが「丸山の態度」にエスカレーションさせた怒気はこの狭い郵便局内部に充満していった。
「丸山、非を認め謝罪するときは頭をもっと低く下げるべきです」<br> ATMからもどってイスに座って待っているうちにだんだん僕賃はこの騒音に我慢がならなくなってしまい、ついに大声を上げていた。<br> 「こら五月蠅いぞ。もっと静に言え」そしたらばそのオッサンの逆襲が始まった。<br> 「あなたは私に何か文句があるのですか?赤の他人のあなたに私がとやかく言われる謂われはない。そんなあなたに私が暴言を吐かれる謂われはない」と静かに僕賃の隣に座って、口臭のきつい息を吐きながら耳元で呪文のごとく繰り返す。まるでゴロツキ労組が法律の瑕疵を突いて居直るかの如き粘着力であった。<br> 僕賃はこのクレーマーとの関係性を遮断することに専念することにして無視した。オッサンは僕の無抵抗に最後の捨てぜりふを吐く。<br> 「赤の他人のあなたに謂われはない」<br> やがて僕賃の新しい残高が記載された通帳ができたようだ。<br> 「変なのがいて大変ですね」<br> 「暑いですから」若い局員は涼しげに言った。<br> 定額定期を満期で書き換えてもらった麦茶パックを持って帰ろうとしたらさっきの、責任者が「不愉快なことになってすみませんでした」とカウンターから出てきて僕賃に頭を下げた。<br> 「あんな奴は別室で応対した方がいいですよ」<br> 小泉サイドからのメディアの垂れ流しで郵便局バッシングがこんな身近なところでも顕在化いることを強く実感した。<br> 民営化しかない。民営化しかない。こんな局員らはみんな民営化でサービス向上を図るべきだ。公務員なんて烏滸がましい。潮流の如き世論形成の土壌は整備されてきた。<br> 僕賃が今回の顛末で思ったことはオッサンのクレームの中身ではなくそのメソッドを支えるメンタリティについてだ。自分は被害者だ。自分は正しい。その確信に満ち満ちた言動の悪臭に問題があるのだ。僕賃の軽率な大声はもっと冷静に処しておけばとの後悔もあるわけだが感情的な部分のコントロールは今後の課題として謙虚に受け止めておこう。オッサンの信念の臭みは人間革命でも達せぬものだと思ったから無視したのだ。摂受も折伏もこの際....。br> </p> <p></p> <p>2004.8.11(水)3610@<br> <br> 忙中の忙。その一語に尽きる。さて、お仕事を終えてガーラガラの電車で帰った。退社前に飲んだエビスがほんのり効いている。<br> 蓮池薫氏が「横田さん94年に見た」と外務省に証言したと報じた今日の毎日夕刊トップ記事に拉致家族会が反発しているとNHKが報じた。要は北朝鮮を利する利敵行為だと拉致家族会の主張らしい。<br> 日朝国交樹立の流れでもって拉致問題の幕引きを阻止する北朝鮮の拉致被害の全容解明と全面解決を訴える拉致被害者の願いを特定利害組織が蹂躙する構図かな。<br> 立花のいう「歴史に名の残る名宰相、小泉純一郎」になる為の日朝国交樹立と憲法九条改定この二セットは微妙に絡み合ってる。北朝鮮の暴発を防ぐには国家間の関係改善をベースに対話路線を敷くしかない。その土台が経済援助であり、米国の核の傘のもと、日米軍事同盟強化のウラッカエシである、九条障壁の徹底排除であって集団的自衛権行使の明文化であって。でも中国との連携は靖国参拝の一点で飛ぶ。小泉が何故、中国を蔑ろにするのかは日中国交樹立は田中角栄の歴史的功績であってその流れが気に入らんだけでもなさそうだけれど。</p> <p></p> <p>2004.8.10(火)3565@<br> <br> 10日は銀行決済日でカードの引落やら支払の振込やらで忙しい。なおさら盆休み前は特に、明けてからも忙しい。忙中の閑を見つけて充実感を味わいたい。今回の夏休みは8/12~16の5日間。帰省する予定。</p> <p></p> <p>2004.8.9(月)3529@<br> <br> 朝の電車も空いている。勝ち組企業は最高のボーナスで長期休暇もホクホクだろ。車内、空いてはいても負け組連中の臭気でなんとなく猫背気味な僕賃。<br> 中国の無礼なサッカーサポーター達の狼藉がテレビで何回も放映されていた。で、ふと思ったこと。太平洋戦争で無差別攻撃を受けた日本人が戦後、米国に対して今の中国人のように憎悪を保っていないことについて。戦中においては「鬼畜米英」と戦意高揚も極まれりだったのに何でかなと。多分、占領統治の合理性もあって「教育」の結果だろうと思う。はたまた国民性と言う事かしら。長い物には巻かれろ的付和雷同気質の顕れ?今の中国は言論統制はあっても反日の正当性は愛国的ルサンチマンの発露として国家が政治的に温存していて西安のエロ寸劇事件でも明らかなように反日排斥のウエーブの渦中では官憲すら暴徒的群衆に囲まれる事態に陥っている。相互交流の難しさは互いが疑心暗鬼に陥ったときに噴出する負のエナジーをどう方向付けるかにある。アジア蔑視を超克し自国の歴史を他国との歴史でもって照射し相対化する勇気を持つべきなのだろう。</p> <p></p> <p>2004.8.8(日)モバイル3437@<br> <br> ぐっと夏休みムードな都心空間だ。バッテリーも買い換えて残存時間充分で気分もゆったりしている。休日とはバッテリー充電なり。<br> もともとこのページは我がMacLifeの備忘録的メモを記録しましょうということで細々やり始めた経緯があって、MacMemoということになっているわけね。なのでMacネタを自分なりに極私的に綴ろうと思ってやっていたのだけれど、そんなにヘビーユーザーでもないんですぐにネタ切れ状態になっちまってそれではと、自分の思ったことなんかを自由に書き綴ってみようということで今に至っている。Appleの.Macに加入してからは自分のMacのデスクトップ上で気軽にアップができるようになったのは実に便利ね。
つい最近、通販で購入したパワーブック・Pismoのバッテリー<br> <a href="http://www.visavis.co.jp/shop/product.asp?dept%5Fid=1610&pf%5Fid=0050144">http://www.visavis.co.jp/shop/product.asp?dept%5Fid=1610&amp;pf%5Fid=0050144</a><br> はここにきてやっと残存時間表示とダブルで挿入したときのツイン表示も認識するようになった。輸入品なのでいったん品切れになったり不良品が発生すると結構、難儀じゃないかしら。まぁ激安で純正品よりのバッテリーマテリアルが増量になっているのでとやかく言うまいと思う。銀パソの最近のパワーブックの筐体デザインにはどうにも納得がいかないのはPismoユーザーの大半ではないかなと思う。iBookにしたって白物って家電チックでいやでんな。黒仕様のニューパワーブックの登場を期待したい。まだまだ我がPismoは現役なのだ。なのでこのバッテリーもがんがん使い切っていく。</p> <p></p> <p>2004.8.8(日)3425@<br> <br> 昨夜はサッカー「日本対中国」のキックオフまでの2時間に韓国映画「カル」をビデオで観る。純愛系とは違って連続猟奇殺人事件の映画だ。黒いビニール袋が弾けて真っ赤な液体と切断された頭部や下肢やら上肢やら胴体が飛び出し流れ出る非常にグロテスクなシーンにはいい気味しなかった。また気を失った被害者の鎖骨の下部にメスが差し込まれスムースに切開される解剖シーンにも軽い嘔吐を催起させてくれたね。犯人捜しのストーリー仕立てにしては謎解きの伏線やら落とし穴が随所にある。「カルの謎」の設問がビデオには収録されていて2度楽しめるのはなかなかの趣向だ。韓国映画ってエロティズムが希薄なんで残念だけど。折角、ミス韓国の超美女・ヨム・ジョンアをキャスティングしてるんだからもっとねインプレッションの強いものに出来たんじゃないかなと、僕賃は思うので「H」に期待したい。もうじきセブンイレブンで特別版が発売になるので買って観ようかな。それから「殺人の記憶」もリアルタイムで実際に大量連続殺人事件が起きているしジャーナリスティックでいいんじゃないかい。でもな、「カル」は連続殺人の動機が漠然として曖昧で個々のシーンのグロテスクさに矮小化されていて残念な感じ。</p> <p> </p> <p>2004.8.7(土)モバイル3379@ 13:46:00<br> <br> 今日は立秋なのに真夏日のようね。晴れと言うより曇天に薄日が差してる感じだけど、暑さは変わらず。<br> 二条河原の流行り歌じゃないが近頃、都で流行るモノって自己破産じゃないかい。全く債務者の最終兵器だそうで。ここんとこ身近で続発している。自己破産する側は借金債務がリセットされるんだからウハウハの天恵だろうけれども債権者はたまったもんじゃない。信用調査や与信管理は債権焦げ付きを防御する債権保全のシステムだけれども一般企業にとって命綱生命線のような重要業務であるね。利潤追求が法人組織である以上利益損失を極限まで防ぐことは至上命題だもの。回収不能になるために売りまくっても全く無意味なだけ。営業と業務管理を総合統括するのが経営ってもんだが礼状一枚で右往左往じゃとんとだめじゃんか。<br> だから「知られてないし存在感ないんじゃないですか」って言ったのよ。多分「知られたらもっとやばいじゃん」ってことで「おいおいに」。
でもなぁ、自己破産計画を立てた会社がその決定日まで買いまくることで債務を拡大させておいてリセットのカウントダウンをほくそ笑む。エイズに掛かったセクシーギャルが路頭に立って辺り構わずやりまくることってとある外国では法律で禁じられてるけれど、同じじゃないかい?「人生いろいろ」のインモラルな総理大臣の害毒は拡大していくのだろうが。

<p> </p>

2004.8.7(土)3365@
<br> 昨夜、クロネコヤマトが不在票をドアに差し入れていた。パワーブックのバッテリーだね。午前中に再配してもらう。紙袋を開けて少しびっくり。バルク仕様のビニール緩衝材にて包装されたバッテリー2個とプリント1枚。この紙ぴらが「保証書」だって。純正品とはえらい違いだ。<br> 早速、ノートに差し込むとバッテリーの残存時間が表示されぬまま「計算中...」のまま。まぁ気乗りしないけれど一応、問い合わせのメールは送信しといた。値段が安いので飛びついたがどんなもんかいな。<br> <br> </p> <p></p> <p>2004.8.6(金)3350@<br> <br> 今日は広島に原爆が投下された日だ。「黒い雨」の再読もいいだろう。<br> 「安らかに眠って下さい。過ちは二度と繰り返しませんから」<br> 広島平和祈念公園にある碑文だ。この主語の無い文章の真意は制作スタッフに聞くしかないわけだが「過ち」とは核使用のことであるのは明白だ。核戦争を含めた非戦反戦の誓いの原点的墓標と捕らえればいい。<br> 原爆の悲惨さはあの平和記念公園に足を運べば圧倒的な現場の磁場でもって痛切に感じることが出来る筈だ。あとは個々の思想信条を左右する感性の陥穽に堕さないだけのこと。<br> 日本の宗教団体が天安門で反核展示を開催したらば「だから我が国はこの核の脅威に対しての準備でもって核を保有しているのだ」みたいなことを、中国共産党の幹部は宣った。反核のメッセージは中国の核肯定を政治的に援用する結果となった。これは反核アイロニーとして後世に受け継がれねばならんわね。<br> さて、「ノストラダムスの大予言」の1999年、地球破滅が取り立たされている頃、メディアで様々、この預言の検証が行われ、「検証バイアス」なる概念が提示され興味深かったことを思い出す。<br> <br> 検証バイアス(Verification bias)<br> 参照基準とした検査等より評価しようとした検査等を先行して実施した時、その結果で患者の状態がわかったために参照基準の検査等を実施しないで結果の正しさを確認しない症例が出ることによって生じるバイアス。 Work-up Bias(作業過程での偏り)とも言う。情報バイアスの一種である。<br> <br> 予見に基づいて原文やら引用リソースの改竄行為を結果的に招来させる偏向的行為らしいが、暗示的原文であるノストラダムスの原文が解釈者の表現行為の中でバイアスが掛かり後世の歴史に影響を及ぼした史実は数多い。事実、地球は破滅などしていない。この検証バイアスの検証は完結している。<br> さて、広島・平和記念公園の碑文の解釈も立場の相違によってそれぞれ都合良く改竄され得る。でもさ、あの人類初の原爆投下の爆心地のあの現場に立ち寄り、原爆資料館を訪れ、1945.8.6に何が起こったのか自分自身の想像力を白紙状態で起動させることから初めて見えてくるものを自己検証してみればいいことだ。碑文の誓いの難しいところは、原水協と原水禁の分裂という反核運動の政治的分断はこの「過ち」がいつも政治性に存する事例であることの明示であって。</p> <p><br>           立ち読み文学寸評 「黒い雨」<br> <br>                           2003年2月1日土曜<br>                               作者母校の駅前の書店にて<br> <br>先日、駅前の書店の文庫本書架にたむろった。「黒い雨」井伏鱒二作。僕にとって感慨深い名作である。何年か前、朝日・天声人語が「毎年この日(8月6日)になると再読するのが「黒い雨」である」と書いた。そのコラムに触発され僕も読んだ。名作傑作は読み手に時間感覚の混濁を及ぼす。優れた作品の影響とは時間感覚の麻痺から生まれるものだ。名作しか古典にならない。<br> 僕の初めての井伏鱒二体験はもちろん「山椒魚」だ。誰もが同じだろう。少年時代に国語の教科書に出ていて読むわけで。彼の郷里広島県福山での実体験が生かされているという。旧家の出身で幼少より画家になりたかったらしい。早稲田大学に入るまでのモラトリアム時代つまり、作家無意識修業時代に写生旅行を敢行し「君の絵に才能はない」と弟子入り拒否の屈辱からあっさり「物書き」転身であったという。ならば「作家になるのに有利な大学は早稲田だ!」全く持ってアトグサレなく、である。<br> さて寓話空想の名作が多かったりするけど実存の被爆日記を元に作品発表当時は「盗作騒動」まで起きながらその非難にも創作的反撃で活路を見いだした。「反戦の喚き」ではなく「低声の呪詛」が湧き上がる名作である。井伏は戦争の影響を受けなかった。僕の高校時代の国語の先生は「井伏は目が悪かったのでめがねを掛けていたのだが高校の連中に生意気だと攻撃され外していたので成績も悪かった。丁度夏休みでヒロシマからこの福山に帰省し原爆体験を得ることはなかった」と語った。そういえば岩波新書の「羊の歌」で評論家の加藤周一は東大医学部在籍中に敗戦になって米軍の補助としてヒロシマ探検を記述している。人それぞれのヒロシマ体験が直接間接にあるものだ。「原爆資料館」は行くべきだ。ここに反核の原点はある。たとえ日本が侵略戦争を起こしその反省が足りなくてもだ。人類唯一の被爆体験がその未曾有の人体実験のマテリアルが入館者の想像性を刺激するのだ。これは極めて思想的政治的体験だ。僕も小学校時代、社会見学で入館したけれど「夢にまで出てきた」ほど恐怖した。そして原爆は悪魔の兵器であると。通常兵器とは一線を画した武器であると、実感した。僕の原爆体験である。
さて、表現がそのターゲット目指して「大声でがなり立てる」やり方ではなく「冷静に低声で語りかける」方が僕はいいと思う。ただ問題は「作品」が存在しても現実は露ほどもかわらないことだ。「文学で人は救えない」と孫文が文学者から革命家になったように。作品は運動論と無縁にあるって?現実改革もしくは改善に有効性を発揮しなくていい?プロパガンダじゃない人間の創造性を開花させうるメッセージか?でもチャップリン「独裁者」の魂のスピーチを聞きながらナチと戦い、ついでに原爆をヒロシマに落とした。「自由のために」<br> この「黒い雨」に感銘を受けた政治家が「だから日本は核武装が必要だ」と納得するのも自由だ。原爆の悲劇を起こす自由と起こさぬ自由と双方の創造性を魔的に刺激する。そう、文学は麻薬なのである。<br> <br> <br> 2004.8.5(木)3267@<br> <br> 昨日、ネットで注文を出したマックノートパソコンのパワーブック用バッテリーは週末には宅配されるようだ。早くも「在庫切れ」になっている。マックユーザー就中、パワーブックユーザーは自分のノートパソコンを大事に使っている。ネットで有名なマック系サイトオーナー達は新型パワーブックが出るとどんどん買い換えている。それを自慢げに自分のHPの記事にして得々だけれど、普通の一般的な連中は自分のパワーブックをとことん愛用し続けていると、思う。僕賃もそんな一人だと、自負してる。なのでモバイルの特性からして電源は命なのだから買うしかないの。だからアップルが新商品を出すと旧商品のバッテリーまで売らなくなるのは納得がいかない。</p> <p></p> <p>2004.8.4(水)3200@<br> <br> マックノートパソコンのパワーブックのバッテリーを注文した。週末のモバイルで活用したい。<br> 「週刊ダイヤモンド」をコンビニで立ち読み。</p> <p> </p> <p>2004.8.3(火)3107@<br> <br> 月初は前月末の処理で忙しい。ミンミンゼミが早朝に鳴き出す。安眠妨害。<br> サッカー「日本VSバーレーン」日本の逆転勝ち!テレビ中継の解説でセルジオ氏が「中国のブーイングをエネルギーにして戦っている。もっとブーイングが欲しいくらいだ」みたいなことを言っていた。ちなみに優勝決定戦は北京で中国と対戦予定になっている。サッカーは政治の道具ではない。民衆のエナジーの迸りがあっていいが下劣なマナー違反は徹底的に排して欲しいものだ。ナショナリズムの発露にもルールがあって然るべきなのだ。<br>

2004.8.2(月)3044@<br>
立花隆の「イラク戦争 日本の運命 小泉の運命」を読書中。小泉の対米追随外交を痛烈に批判していて盟友で有るはずのブッシュは仲間内では「小泉軍曹!」と司令長官が下士官に何でも命令するが如き態度なのは外務省の連中でも周知の事実だという。その小泉のマイケル・ムーア「華氏911」に対するコメントが面白い。<br> <br> <font color="#6666ff">  i>イラク戦争とブッシュ米大統領を痛烈に批判して話題となっている米映画「華氏911」について、小泉首相は2日夕、「政治的な立場が偏った映画は、あんまり見たいとは思わないね」と不快感を示した。<br> 「監督のマイケル・ムーア氏は大統領に追随したとして、首相も批判しているが」との記者団の指摘にも、「ブッシュ批判、小泉批判、批判ばかりしてもいいことはないんじゃないの」と憤まんやるかたない様子だった。<br> </i></font><font color="#ff0066"><br> </font>表現行為に偏向性を認めない行為こそ悪しき偏向そのものであって公職に立つに値しない人格だ。自分がどのように批判されているのか謙虚に受け止める姿勢すらないこの人物をどうか一日も早く公職から追い出さねば。首相官邸に有名人気者を「表敬訪問」させてはメディアの前でおちゃらけをいう人気取り宰相の軽々しさ。この衆愚具現の悲しき人物をどうか一日でも早く....。</p> <p></p> <p>2004.8.1(日)モバイル2977@<br> <br> 真夏の気温いつまで。でもなぁ昨夜の「日本VSヨルダン」のサッカーは日頃、サッカーに興味のない僕賃でも興奮の坩堝に墜ちたもんよ。だって、隣人の怒号が時折、夜陰に乗じて喧しくなって「おや、サッカーやってるのかしら、どれどれ」とテレビを点けました。そしたらば、同点延長15分二回やってPK戦に入って俊介と三都主が続けざまに外しちゃってからだったよね、メイク ザ・ミラクルが始まったのは。守護神川口が止めてくれてさ。胃にも心臓にも悪いよなぁなんて思いつつも日本が土壇場で大逆転しちゃってさ。で、今朝の朝日の朝刊に中国・重慶の昨日のサッカー場内で反日中国人の5万人が日本人サポーターに残飯やら紙コップやらを投げ散らかし日の丸も入場前で没収されていたって書かれていた。日本の国歌斉唱の時も中国人は誰も起立せずこれにはジーコ監督も怒りをぶちまけたとか。記事には、これでは北京五輪が思いやられるとか書いていたっけ。サッカーと全く関係ないことで中国人らの反日感情を爆発させるイベントになったとお冠の朝日記者の脳天気には読んでた僕賃も唖然。サッカーがどんな競技スポーツかはナショナリズム発揚のエモーショナルな側面が歴史的にも証明されているんじゃないかしら。だから靖国に毎年、参拝し続ける総理大臣がいる限り中国の民衆の反日感情は政治的に生きているわけで、サッカー場で一体化した感情爆発がなされたってことでしょ。悲しいけれどもこの事実を扇情して反中国感情に盛り上げてもしゃーないじゃん。

</p> </div> <div align="center"> <p><a href="past 04.html">past</a></p>