やっぱり気になるのでもう一度「ハウルの動く城」を自己問答(酔書)あれだけステキなシーンの連続だったのに、見終わった直後の強烈なガッカリ感はなんだったんだろう?
「期待し過ぎてたからか?」 否、違う。今になってやっと観たということは、劇場公開時期にそそられなかったからだ。 ではなぜ、そそられなかったのか。 ひとつはヨーロッパ(風)が舞台であることだ。 架空の国であろうと「昔の西欧」を持ち出せば「日本人がフワ〜っとファンタジックな気分になるだろう」的な設定にちょっと引いたのだ。 欧米を無条件に持ち上げる感覚を持つ日本人は大大大ッ嫌いだ。インテリも庶民も「西欧」にはコロリ、ゴロニャーンだ。バッカじゃね〜か? 俺が独裁者だったらコイツら全員国外追放。そしたら「団塊の世代」はほぼ全員追放となるので年金問題はクリアじゃん!パチパチ。 そしてもう一つ。キムタクが声優。これも引いた。 「っつーかさぁ、ぉいおい、それってマジかよっ!」と突然テンションが上がる声を想像してしまってゲンナリし、劇場へ足を運ぶのを断念した。 ところが、実際「ハウル〜」を観ると。。。。 違和感はなかった。キムタク。。。 (さすがエンターティメント職人!可も無く不可も無く、優等生的にきっちり声優してた。これは凄い事だと思った。キムタク評価倍増!マジで凄い。何もかもをまんべんなく優等生的にこなすなんて凄過ぎるよ。努力の人だよ。キムタクの「自我が何一つない感」はどういうワケか惹かれる。 「個性」ってホントはステキな事じゃなくて、誰もが持ち得る「どうしようもなさ」だと、俺は思う。個性を尊重するなら、身も蓋もないダメ人間こそ、尊重されるべき個性的人間なのだ。なのに誰もそんなヤツを尊重しない。個性の強い奴らはその目立ち過ぎる個性故に悩み苦しんでるのだ。「オンリーワン」が突出してる人間を誰も褒めないのが真実だ。なのに何故「個性」を唱うのか?個性なんてあらかじめ誰にもあるのだ。目立つか目立たないかそれだけの事じゃん。まあいいか。そんなこと。) 「宮崎駿教問題」 そうなのだ。この人は何かをやってくれる人でないといけない。 フワッとする絵と社会批判。多分、一(いち)アニメータとして宮崎駿を見てる人はほとんどいない。思想家、哲学者、そして現代批判の指針としての要素が強いのだ。教育者的でもある。 自己顕示欲望ゲロ散布の銭にならないアーティストではなく、資本主義構成者でもない人物である、とそれなりの多くの人が「思い込んでいる」。理想を彼に肩代わりしてもらおうと思ってる。「ハウル〜」を痛烈批判してる人たちは恐らくこの類いだ。コイツらこそ宮崎駿教原理主義者なのだ。全体的少数派かも知れないがインテリ。タチが悪い人種。非情に心苦しいが俺もこの類いだ(インテリではないが)。。。 「ハウル〜」を諸手をあげて喜んでる人たちは、ヨン様でもコネズミ首相でも何かとどーでもいい人たちだ。 光ゲンジに熱を上げ、今や何もなかったようにさっと飽きる。今で言うとKAT何とかとか関ジャニ何とかとかを喜ぶ人たちだ。「こぎつねヘレン」も観に行くだろう。テレビで紹介された温泉にも行くだろう。もちろんバックはブランドだろう。 この大量の「消費者」は実に有り難い。そして実に気まぐれだ。世の移ろいのスピードはこういう人たちの欲望に左右されてる。最大の欠点はこの人たちは「頭が悪い」のですぐに時勢に影響されることだ。戦争を支持したり、ナショナリズムに走ったりする決定的要因の人たちですね。宮崎駿教の在家信者。 「「ハウル〜」の評価を取り敢えず保留する人たち」 取り敢えず最も賢い。 以上 |
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