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出演団体36にゲスト・スポットライトも決まる。 |
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発行=日本音楽協議会 コールあさがお ![]() 1984年、熊本の神水(くわみず)幼稚園母の会コーラス部として発足。その後、「肥後あさがお」から名前をとって〃コールあさがお〃と名称を変え、OGも参加する事になりました。会長の塚本和乃先生の指導で毎週教会で練習。幼稚園の行事の他、教会の聖歌隊としても活動。毎年行う定例コンサートでは毎回テーマを作り、童謡、アニメ、オペラのコーラス、ゴスペル等のプログラムで地域の人達にも喜ばれています。現在28名の団員で、老人福祉施設の訪問も行い、仕事、子育ての合間に頑張っています。 世界同日平和行動でアメージングレイス 熊本市で行われたイラク開戦一周年「世界同日平和行動」にて、日音協九州支部の塚本会長と会員の松尾さんがオープニングをつとめました(3月20日)。 開戦時刻の11時33分には黙祷が行われ、塚本会長の「アメージンググレイス」が会場に響きわたりました。集会後は繁華街をデモ行進し、自衛隊派兵反対と即時撤退を市民にアピールしました。 |
ゲストの時間をたっぷりとりました。どうぞご期待下さい。 中学二年の時ギターと出会い、大学では長渕剛や海援隊、甲斐バンドなどが出た福岡市の「昭和」というライブハウスで歌っています。その後、西合志町役場に就職し、人権教育担当に。1996年、地元の菊池郡で熊本県同和教育研究大会が開かれ、地元から差別をなくす取り組みを発信しようと、教職員などと人権バンド「ゆう」を組み人権にかかわる唄を歌い、好評を得ました。現在は、九州各県はもとより、三重県、島根県、愛媛県でその活動を広げています。 ![]() |
<8日> |
関東地方では花の便りがにぎやかに飛び交う季節ですが、東北・北海道などはようやくサクラ前線が来る、というところでしょうか。方や沖縄では初夏の季節、南北に長い日本列島の季節の移り変わりを同時に体感できる日本を大事にしたいものです。
近頃、思うことは自分が生きて来た過程の中で今日ほど自分が正しいと思っていること、確信していたことが壊れはじめていることです。 今の日本においてさまざまなことが乱れ壊れていく過程にあるように思えます。この乱れ、崩壊、これに断絶も加えましょう。これらの文字が使われた言葉はこれまでもさまざまにありました。代表的に「家庭崩壊」「言葉の乱れ」「親子断絶」等々。これは必然的な流れなのかもしれません。なぜなら固定した概念、価値からは新しい発想、発見は出難いからです。これから、ますます乱れと崩壊がすすんで混沌とした時代の到来を予感します。その先どうなるかは分かりません。多分、私はこの世に存在をしていないでしょう。その時に大切なことは、新しい概念、価値を作ろうとする動き(運動、組織)が健全に自主的に存在していることが大切なのです。その数は、少数であれば権力・体制に屈することになるので多いほど良いでしょう。そして、それぞれに違った立場で新しい概念、価値を求めた運動を一生懸命に展開することです。それが混沌です。そしてそれらがぶつかり、揉まれ、淘汰されて行く中から新しい概念、価値を創っていくのだと思います。その中で、どんな形でも良いから人が殺しあう愚かさを否定し、非戦を貫いてほしいものです。
米ブッシュ政権のイラク開戦から1年にあたる3月20日、各地で米国の侵略と小泉政権による自衛隊派遣に反対する市民らの集会やデモがありました。これは国際反戦共同行動に呼応したもので、日本をはじめに反戦の声で地球を取り巻こうというもの。市民団体や労働団体の呼びかけに各地で大規模な集会や抗議行動が行わ |
れました。 東京では、3ヶ所で集会が開催され、日比谷公園は雨の降る寒い中で集会で、ワールド・ピース・ナウ(欧米の市民団体連合が呼びかけた世界一斉の反戦行動)の実行委員、星野ゆかさんは、「米軍のイラク攻撃で一万人以上の人が死んだ。戦争のない平和な世界を」と訴えました。 嘉納昌吉氏は、「沖縄からイラクへ発信する!」と叫んで、「アリラン」、「花」など三曲を熱唱しました(写真右)。彼はその後、すぐ、沖縄の集会に参加すると叫び盛んな拍手を浴びていました。 集会の終わり頃、東京の市民による「原爆、戦争反対」をテーマにした合唱を数曲歌いました。最後に、原爆の子のモデルとなった佐々木さだ子のおいである青年がボーカルで歌うロックバンドが演奏されました。パレードは冷たい雨のなか東京駅の先まで、約一時間歩きまし |
た。日比谷公園全体で他の団体の集会も含めて3万人以上が集まったのは盛観でした。日音協東京都支部は、今回も集会開始の前に平和に関する私たちの創作曲を用意し、かじかむ寒い中で道行く人たちに届けました。 飯島貞親 |
| 花の便りが聞かれる暖かく気持ちの良い季節を迎えた。 この原稿を書いている4月7日は私めの誕生日である。自分で自分の誕生日を祝っている。そんな歳になってしまった(ったく!)。 ちょうど私の住む町でもサクラの花が咲き始めた。2004年の春本番。私にとって「事務職2年生の春」。 保育所から役場本庁の事務職場への人事異動。1年前の4月の今頃は冷や汗をかきなからの毎日。「国民年金」というまったく未知の世界を任されたもののパソコンは使えない、専門的な用語をはじめ、何をどの書類に記入したらことが足りるのかなど、すべてのことがわからず、窓口で住民の方と話をするのがとても怖かった。 こんな私は使いものにならないから半年で異動か、リタイヤか、この先どうなることかと不安いっぱいの毎日であったが、なんとか1年、まわりの仲間に迷惑をかけつつも持ちこたえる |
ことができた。 そうはいっても、百戦錬磨の事務職の方のように効率よく仕事をこなせず、すべてに時間がかかるノロマな私。この3月こそは異動まちがいない。今度はいったいどこで働いてくださいと言われるか、とドキドキしていたら、もう1年今の職場で年金担当者として働くことになった。 昨年の4月から早1年が経過したが、振り返ってみると我ながらよくがんばったなと思う(自画自賛)。事務の仕事のことなど、まったくわからないオバサンが突然やってきて、事務をするのだから周りの仲間もどうなることかと戸惑ったことだろう。「戦力にならない」といつ宣告され、異動になるのか不安だったが、とにかく「やるしかない」の精神でがんばってきた。 わからないなりにも毎日窓口にたち、日々の仕事の中で身についた「にわか知識」をかかげてやっているうちに、こんな私でも役に立って |
いるんだという実感、手応えを感じることができた。新しい自分が発見でき自信につながったことはうれしい。 今もう一つ、感じていることがある。 保育所の職員は役場本庁事務職に異動することはあっても、事務職は保育所に異動することはまずない。異なる職種への人事異動……その時その人の不安や思いは経験した人だけが知っている。ただ、今でも経験したことのない仕事を任される不安も喜びも私が保育所から事務へ、異動したからわかることである。 「人生何一つ、無駄なことはない!」 編集部から写真を依頼されましたが、良い 写真がないので掲載しない失礼 をお許しいただきたい。その分、今のこの季節に感じている 思いを長々と書かせていただいた。この欄を最後まで読んで下さってありがとう! |
| 小山孝さんが亡くなられました。 入院され快方に向かっているとのことでしたが、様態が急変し3月22日午前11時に息を引き取りました。 小山さんは歌の指導で全国を飛び回って下さいました。小山さんと出会って歌をはじめたという人は少なくありません。手取り足取り、時にはやさしく時には厳しくレッスンして下さいました。歌を通して喜び、悲しみ、痛み、世の中の矛盾などを教えて下さいました。 今さらながら小山さんの偉大さと存在の大きさを痛感しております。 でも、小山さんは私たちに宝物をたくさん下さいました。小山さんの遺志を継いできっと音楽運動を続けていきます。 長い間本当にご苦労さまでした。 今でも小山さんの歌が心に響いています。 「みなさん、がんばってね!」と言っているように。 松浦清巳 |
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| ハイサ〜イみなさん、チャーガンジュー(元気)してますか?今回は沖縄のパパヤーチャンプルーを紹介します。これまで紹介したゴーヤー&ナーベーラー(へちま)とくればもうこれしかない! パパヤーとはパパイヤのこと。でもって例のごとくチャンプルーにするから炒めるわけです。そうなんです。実は沖縄でパパイヤはれっきとした野菜なんです。もちろんオレンジに熟したフルーツとしても食べますが絶対マイナーです。熟す前の青い実を細く切ってチャンプルーや煮物、サラダ漬物などに使います。 パパイヤは熱帯地方に生育し、沖縄では民家の庭先で見かけることができます。まくわ瓜に |
似た長円形で、果肉は黄色又はサーモンピンクで柔らかく独特の風味があります。 作り方はシンプルで、材料や味付けもパパイヤの量に合わせます。まず@青いパパイヤの皮をむいて、水にしばらくつけてから卸し金でせん切りにし塩をふり、しんなりしたら水でサッと洗ってザルに上げておきます。A鍋に油を熱し、木綿豆腐を一口大に手割りして入れ、焦げ色がつくまで強火で炒めます。その中に鰹の削り節を入れてかき混ぜ、@のパパイヤを固く搾って入れ、かき混ぜてから弱火にし、蓋をしてしんなりしてきたら塩、醤油で味をととのえ出来上がりです。汁気がない場合は、だし汁を入れ弱火で煮て下さい。葉野菜や根菜にない適度 |
な食感と、さっぱりした味付けがおかずや酒のつまみにピッタリです。味はゴーヤーのように苦みもなく例えが見つからないので困るのですが、是非チャレンジ精神で試してみて下さい。昔から薬膳としても重宝され、腎臓や肝臓、胃弱、消化不良、食欲不振、便秘、母乳不足に効用があります。青いパパイヤのお求めは、ネットで沖縄食材を検索する方法が確実簡単で す。地元では一個百円〜二百円位で購入できます。 また、お近くに「わしたショップ」(沖縄県産品直売店)があれば、パパイヤつい でに覗いてみて下さい。いろんな食材に、驚きと発見が絶対にありますから。 知念昭規(沖縄) |
今回は福島県支部の登場です。昨年のはたらくものの音楽祭の地元として自慢の県内各地のサウンドを舞台に乗せた勢いでSOUND21を開催。今年もより発展させようと決意を固め合っています。そのあたりを佐藤支部長に報告いただきました。昨年の11月22、23日に福島県支部では「SOUND21 2003」を開催してきました。 このコンサートは、福島・宮城・山形の東北南ブロックをはじめ近隣各地の仲間が福島県に集まり、初日は福島市のはずれにある立子山少年自然の家を借り切り「前夜祭」と称して交流会を、2日目は昨年福島県で開催されたはたらくものの音楽祭のホールと同等人数を収容可能な、福島県教育会館のホールでコンサートを行うものです。 入場料は無料ですが、出演者からホール使用費として一組5千円を徴収するのがちょっと変わっているところです。 「前夜祭」には約30人ほどが参加してくれましたが、遠くは新潟の高野直美さん、岩手から豊巻直子さんと続石通子さんも来て下さいました。 18時30分から始まった交流会は、時間が経つのがあっという間に感じられ、消灯時間を過ぎてもなお、お話や音楽が尽きませんでした(管理人さんゴメンナサイ)。 今年のコンサートは地元福島県と新潟県の仲間8組が出演して下さいました。以下、何組かご紹介します。 小島力さんは、国内外を問わず各地を旅してそれをビデオに収め、編集した映像に自作の曲 |
を付けて作品化するということを10数年前からされていますが、今回はその曲にあわせて詩を朗読するという、小島さんならではのスタイルで舞台に立って下さいました。釧路湿原、阿蘇、そしてスイスと、雄大な自然が旅の思い出とともに眼前に浮かぶようでした。 はた音福島にもスポットライトで出演したTHE
TIESですが、今回もゴキゲンなビートルズサウンドを聴かせてくれました。メンバーそれぞれの、ビートルズフリークぶりがビシビシと感じられるエネルギッシュなライブでした。 ジャスミンティこと吉川勝さんは、全逓福島の安斎富貴さんとはた音で意気投合したのがきっかけで、はるばる新潟から今度は自身のバンド、SEXY BOYSのメンバーを引き連れて「凱旋公演」をやってくれました。カッコ良かったですヨ。 はた音でも爽やかな歌声を聴かせてくれた、保原町職労「芸能部」所属の菅野洋平さん、今回は30分たっぷりと、ストリートパフォーマンスで鍛えた歌の数々を披露してくれました。 近頃、ビデオ撮影・編集に凝っている全逓の菅井浩さんは、自宅からプロジェクターとスクリーンを持参して、前述の「前夜祭」で作品を上映。また、日曜の本番では舞台の横にスクリーンを置いて、そこに出演者のアップなどをリアルタイムに映しだすという映像効果で、おおいに盛り上げてくれました。(今回掲載している写真は、その時にビデオカメラで撮影したものです。) そして、今回も司会を務めて下さったのは斎藤仁一さんと庄司雅子さん。コンサートの終わ ![]() |
りに「次回はぜひ、音楽のほうでもステージに立ちたいね!」と意気込みを語っておられました。こちらも期待したいと思います。お疲れさまでした。 多彩な出演者に見合う 今年のSOUND21はライブCDも作成しました。参加された方、都合で来れなかった方、皆さんにお配りしたところ各方面からご好評をいただきました。 |
| わずか2時間で推定十万人が焼け死んだ昭和20年3月10日の東京大空襲から40年目の1985年、被災の跡を自らの足でたどり、戦後世代や子どもたちに「再び、許すな東京大空襲!」と訴える平和行進がビキニデーの3月1日から10日間、東京下町の路地裏を練り歩いた。「下町1000キロ、1万人平和リレー行進」と名付けられた行進は東京夢の島の第五福竜丸展示館前を出発し江東、墨田、江戸川、葛飾、足立、荒川、台東の七区を「鶴を折ってください」と呼びかけながらリレー行進でつない | だ。 この年3月24日、「第18回はたらくものの音楽祭」が江東公会堂で開催された。 日音協は祭典企画に、地元の運動を発表しようと呼びかけ、詩と曲を募集した。平和リレー行進に参加した都支部の仲間である井田祐司さんの詩に曲をつけたが、やはり井田さんの詩に末木信子さんが曲をつけた後半のフレーズと一体化したのは、当時、日音協事務局長の印牧真一郎さんだ。 二つの曲が自然に一つの曲として何の手も加 |
えず作品となったのは、なんとも不思議なことだ。音楽祭ではこの二人の合作「平和おりづるの歌」が選ばれ発表された。 今は亡き末木信子さんの遺作ともなったこの曲は、同年7月に出版された「路地裏平和のネットワーク=東京大空襲被災40周年、平和祈念館の建設を!」「再び、許すな東京大空襲!」反戦平和の集い実行委員会の発行した報告集に掲載された(写真)。 小川典子(自治労東京) |
| 私は普段あまり本を読まない方だと思う。時代劇(チャンバラ)が好きでテレビで「鬼平犯科帳」を見た時、主演の役者が親子2代(松本幸四郎と中村吉衛門)であることに気づき少し感激した。テーマ曲の「インスピレーション」も耳に心地よかったし、江戸の風景・四季を配置した画面も心に素直に入り込んだ。 そうしたことから原作を読みたくなり文庫本を探しはじめ、本屋へ入り確認すると1〜24巻もあり、これをすべてそろえるには、と考え古本屋巡りが楽しみになった。 ところが意外と揃わない。同じモノはあるが |
……。店員さん曰わく「一度に全部持ち込まれたことはない」「気長に」とせっかちに集めることばかりに考えていた自分に気づき、まずは読み始めることか、と思い直した次第。一事が万事こんな調子だ。 さて、読み始めての感想は江戸の地名が現在、仕事で行く場所の名前で昔ながらについていたりすると、またこれも楽しい(例えば地下鉄銀座線=神田〜三越間にある今川橋ポンプ室)。 取り扱う人が悪人(ほとんどが貧しいために悪の道に進む)をターゲットにしている。ま |
た、この盗賊が本格的な職人技で、掟(貧しき人からは盗まず、女を犯さず、人をあやめず)を守り抜くタイプと世相を反映してのいそぎ働き(掟を破り金さえ入れば)のタイプへの変化が現代に通じるモノを感じる。 人間同士の信頼関係にも密偵(イヌと言われ盗賊からは裏切り者として嫌われる)にも人間の弱さや強さを感じる。 自分としては久々に全てを読んだ本だった。まだうずたかく書棚に積まれ、たまに手の出る本だ。 白石信吾(私鉄東京) |
| ▼職場の大幅縮小により千葉に転勤・転居することにしました。東京の便利さも捨てがたいですが、そろそろ定住する場所をさがさなくちゃいけない歳にもなりました。 赴任の日は、緑の若葉に囲まれ満開の桜並木をくぐって気分が良かったのですが、仕事は現場への出張が多くてちょっと大変そう。まあ、贅沢はいってられませんね。ということで、現場は山奥なので携帯電話は通じが悪くなると思いますので、原稿の催促はしなくてすむよう対 |
処をお願いします。▼メールが通じないのでメーカーと長時間やりとりをしましたが解決せず、ハードが壊れたと思い込みパソコンをリカバリ。 そしたらなんと、コードの差込口を間違えていただけ。なんともはや……(飯) ▼音楽祭まで一ヶ月を切り準備作業も追い込みです。会場との打合せを兼ねて熊本での実行委員会に参加してきました。和気藹々のいい雰囲気のなかスタッフの確認やゲストの選考経過、 |
プログラムの編成や広報活動など熱気ある打合せでした。特にゲストのチェコ共和国「ヴィツバルコフチ」については熊本・チェコ協会の紹介で、テーマの「平和」への想いを音楽で活動することにも共感されてのことと聞きました。期待しましょう。▼九州から戻って本紙の校正中に日本人3人が拘束のニュース速報です。自衛隊の派遣を決めた時点で予測された事態ですが、その時点で日本政府は邦人の退避や保護を最優先させなければならなかったのでは?怠慢です。 (以) |