ダーウィンの悪夢
重い。実に重い。私は、自分が生きてきた間に積み重ねてきた「モノ」がガラガラと崩れ落ち、その瓦礫の中を右往左往しているのだろうか。こんなときはどうすればいいのか?何かにすがりつけないのだろうか?いや、すがりつきたい自分を意識しながらそれでも自分でなんとかしなけらばならないのだろう。でもどうすれば?
生きている中で自分は決して訪れることはないだろう世界。隠され、忘れ去られたブラックホールのようにあらゆる負の要素を吸い込んでゆく世界。システムというしがらみから解放された人々の感情と本能が行き交う世界。逆に秩序無き中から新たに秩序が作られ、死ぬ者は死に生き残る者は生き残る。そんな世界にこの映画の登場人物達は生きているようだ。
このようなドキュメンタリーを見た後で、私は本音を言えば単純に「ああ、知らなければよかった」と思ってしまう。知らなくても生活を送れるのであれば、知りたくないことは知らなければ意識することは無いし、それについて悩み、落ち込むこともない。この文脈で言えば、無知であることはある意味とても幸せなことなのではないだろうか。

とはいえ、もちろんこの映画を見て絶望的になるしかないわけではない。希望はだれからももたらされるものではなく、自分自身が見いだすものだからだ。それはこの映画が教えてくれる。ダーウィンの悪夢を見た後でどう考え、批評し、新たに勉強し、行動をとるか、どんな知識を得たか、内容は事実なのかどうかは(どうでもよくはないが)全部二の次として、とりあえずただ見てほしい。見るということの強烈さをただただ感じることができるはずである。そのことを実感するとドキュメンタリーの面白さの一面が見えてくる。
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