「あるある」からマスメディア、視聴者像批判
最近はあるあるの捏造番組が話題になっているようですが、遠巻きに見ているからか、一体何が大問題なのか自分には検討がつかないのです。納豆が健康にいいという情報がウソだった?視聴者はだまされて納豆買った?やらせ?捏造?偽装?ちょっとまって。
今まで○○が健康にいいという番組はいくつありました?その食べ物がすべて体にとって並外れてよい効用をもたらすのであれば、ほとんどの食べ物が「健康食品」といってもおかしくないですよ。ようはその食べ物は健康によいという物語さえ作ることができればいいのですから。TV番組はどのジャンルもわかりやすい物語でさえあればよいのです。バラエティもドラマもスポーツも報道でさえも。
ビジネスにとって健康は最大の武器の一つなはず。食べ物も化粧品も衣料品も住居も筆記用具でさえも健康によいというイメージはくさるほど溢れ帰っているじゃないですか。そのどれもが書かれている通り健康によいと調べた人はいるのでしょうか?ほとんどの人は分からないはずです。ビタミンCが豊富?ビタミンCは大量に工業生産した白い粉ですよ。泥が体に良い?地中には結構ダイオキシンが含まれているはずですよ。お〜い。

結局今回この話題が「事件」になったのは、あるあるの番組で納豆買う人が増え、かなりヒットしたためにそのことをメディアで取り上げられ、いつもは目立たないところで番組内容に反論している人の声がたまたま小耳に入り、ちょうど大衆の関心が向いた頃に(こういうときだけ)タイミングよくスクープしたということでしょう。ただセンセーショナルなのではないか。結局制作者が恒例のいじめ形式でたたかれて話題はすぐに消え去るのだろうか。
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ネットワーク協調映像制作
ネットワークを通じて映像を操作、編集をインタラクティブに行うシステムは、現在のWebの技術を用いれば可能な技術であるといってもよいだろう。映像をどのように操作するかという点ではかなり難しい問題だと思うが。
大手放送メディアでニーズがあるかと言われたらウソとしか言えないだろう。なぜなら、閉鎖的システムこそ彼らが必要なものだからだ。
いずれ詳細を載せれればと思います。時間があれば作ってみたいですね〜。

概案
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Blogのコンテキスト
さて、自分が今ちょうど関心を持ったことをBlogに書こうとしてパソコンに向かった。そして単純なことにふと気付く。私はどのようなシチュエーションにいる誰に向けてBlogを書けばいいのか。
自分が書いた文章は誰もが様々なシチュエーションで何時でも見ることが可能になる。私のBlogには想定される特定の読み手が特には存在しない。それでは、個人的な日記でもない事柄を一体だれに表明しようというのか。そこで他者との関係性を意識せずに、自己満足的な感覚で書いた自己陶酔的な文章でしかないのかもしれない。これはコンテキスト不在なのか、それともこういう状況そのものがコンテキストなのだろうか。
もしくは、私は世論という抽象的な対象と対峙している新聞記者のような存在であるのだろうか。いや、これは仕事ではないし、新聞のようなある程度の人数の固定された読者は存在せず、商業的、社会的目的などもない。
さて、Blogのコンテキストとは何なのだろうか。多分、制度的に作られた具体的なコンテキストの不在はおのおのが無意識に補完しているのだろう。mixiの日記などをみてみるとそれがよくわかる。
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ドキュメンタリー、原発、メディア
10 1日、仙台メディアテークで「みやぎヒューマンドキュメンタリーを観る会」による「六ヶ所村ラプソディー」の上映会が行なわれた。監督の鎌仲ひとみ氏の 講演もあるとのことなので、6月に行われた上映会に引き続き仙台で二回目の上映会に足を運んだ。会場はほぼ満員。さすが六ヶ所村核燃料再処理施設が本格稼 働まであと一年とのこともあり、関心を持つ人は増えてきたのだろう。しかし、ほとんどが老年の方か学生と思われる若い人であり偏りはあるが。

今日は鎌仲ひとみ氏にコンタクトをとることが目的だったため、ちゃんと講演時の質問も考えておいた。多分核問題に関心がある人が多かったのだろう が、六ヶ所の現状や原発の知識についての質問がほとんどであったが、私は今回の自主上映が市民主体として行なわれていることや鎌仲ひとみ氏がドキュメンタ リー監督であることをふまえて、自主上映という映画メディアの利用方法やこの映画のもつ報道ジャーナリズム的役割に関する質問がしたいと思っていた。観客 全員が会場を出た後も、原発に限らずさまざまなメディア情報とどのように付き合っていったらよいか。氾濫する情報の中でどのように情報を選び取っていけば よいか。また、市民メディアが謳われるなかで、情報を発信する個人としてどのような意識を持てばよいのか。問いは尽きないが、ドキュメンタリー監督として の鎌仲ひとみ氏から観客の方々全員へ向けたメッセージとなりうるよう、根本的なメディアにも踏み込んだ質問をした。質問内容は要約すると大体次のとおりで ある。

7月末にスウェーデンの原発4機が停止した重大な電源喪失事故が日本の大手マスコミでは全く報道されなかったように、マスメディアの現状には明 らかな報道の偏向性がある。そのなか、情報化社会と呼ばれる現代においては情報を選ぶ能力が大切であるとか、メディアリテラシーや市民メディア活動のなど が重きを置かれるべきといわれている。確かにそれらの活動は増えてきたとはいえ、未だ多くの人にとっては関心の外にあるといってもよい状況である。そこ で、大手マスメディアや市民メディアなどに従事している人も、いない人も、一個人として私たち観客には何ができるのだろうか?」

それに対して鎌中ひとみさんは、時間がなく端的ではあったが、JANJANOhmyNewsなどの市民メディアの活動に触れると共に、「人」と いうメディア、すなわち、私たち一人一人が家族や友人と交わすやり取りは、局所的ではあるがとても影響力が大きいものであり、一人一人が核問題についてや 自主上映活動について知人に知らせることが大切という返答をいただいた。確かに、今までの自分の生活を振り返ってみても、新聞やテレビなどと共に家族や知 り合いとのコミュニケーションで得た情報は自分の考えや選択に大きな影響を与えてきた。私たちがインターネットやフリーペーパ等をとおしてメディアを利 用することも可能であるが、根本的なところで、メディアを通してでも伝えたいことを今以上に人と話をすることの大切さを改めて意識した。


みやぎヒューマンドキュメンタリーを観る会:
体制にコントロールされない市民主体のメディアとしてのドキュメンタリー映画を上映しようとつくったグループ。20061月には旧日本軍が遺棄 した化学兵器(毒ガス)や砲弾に今なお傷つく中国の人々の苦悩を描いた、海南友子監督の「にがい涙の大地から」を上映。今後も年に12回の上映活動を 行っていく予定。

鎌仲ひとみ:
大学卒業と同時にフリーの助監督としてドキュメンタリーの現場へ。
初めての自主制作をバリ島を舞台に制作。その後カナダ国立映画製作所へ文化庁の助成をうけて滞在する。カナダの作家と共同制作。NYではメディ ア・アクティビスト集団ペーパータイガーに参加。95年に帰国してからNHKで医療、経済、環境をテーマに番組を多数制作。98年、イラク取材をきっかけ に「ヒバクシャー世界の終わりに」を作る。現在は東京工科大学メディア学部助教授に就きながらその後も映像作家として活動を続けている。
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