チネリ


中学生の頃からサイスポ少年だった私には、高級レーサー=イタリアン=チネリ、というような擦り込みがありました。もちろんビアンキもあったしコルナゴもありましたが、なにかこう、チネリには崇高なものが感じられ、より深く印象に残っていたのかも知れません。

就職してボーナスももらえるようになり、さしもの貧乏性の私もある程度まとまったお金をはたくことができるようになっていました。そんなとき、それまでの無印レーサーがついに昇天したのでした。

無印レーサーは、「チネリ風」のフレームが気に入っていました。では、次は?「本物のチネリ」これしかない!前は白だった。じゃあ、次は?「黒」。われながら単純というか・・・

FCYCLE筑波5時間耐久仕様

パーツは、前がスプリント。じゃあ今度は、「シュパーブプロ」。ペダルは当時新興勢力でエルゴノミクス的に非常に優れているという噂のタイムにしました。ステムはフレームに付属のチネリ、サドルもチネリのマエストロという非常に特異なデザインのやつにしました。

乗ってみて、ぐいぐいと前に進むことに驚きました。無駄がない感じです。重量は10キロを切るぐらいで特に軽い訳でもなかったのですが、明らかにアベレージが少し速くなりました。前のレーサーは確かにフレームが傷んでいたから直接比較はできないとは言え、「これがコロンバスSLXフレームの威力か・・・」と感嘆しました。多分、当時は毎日通勤で走り込んでいたので、全身の感覚が研ぎ澄まされていたのかも知れません。

写真では、耐久仕様のため決戦ホイールを組むのだ!ということで当時流行ったテンションディスクです。トライアスロンもやっていたので、プロファイルのエアロバーも付いています。サンツアーのステッカーなどは、カッティングシートで自作したものです。これで「ゴロゴロ・・・」と怪音を鳴り響かせてレースの度に筑波や修善寺、立川公園などを走り回ったものです。

これに乗ってレースに出ていた頃が、私の体力的な絶頂期でした。

その後股関節を壊してからは次第に乗らなくなり、バイクの免許を取ってからは居間の飾り物として不動の地位を確立してしまいました。

もしかしたらいつか脚が治ってくるかも知れない、という一縷の望みから、私はまだこれを売却することができず、ずっと飾り続けています。


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T.Sueishi
Last updated 2001.09.10