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ネパール国旗ネパール編2

地図ネパール全図

 

カトマンズに暮らす(2001/2/17)

ナマステ!いしかわです。いしかわは現在、ネパールの首都Kathmanduカトマンズに居住しています。

早めに帰ってきた関係でネパールに3ヶ月ほど滞在することになりました。昨秋も3ヶ月いましたから、一年のうちに都合6ヶ月ネパールにいることになります。 で、考えました。いくらトレッキングが多いとはいえ、拠点となるカトマンズのホテル暮らしでは割高である。結局カトマンズに部屋を借りることになりました。

キッチン、トイレ、シャワー付き。光熱費込みでRs4,000(約7,000円弱)/月です。ここにはベッドなどの最低限の家具と少々の鍋釜も備えてあります。ツーリストが溜まっているタメルからは多少離れていますが、高台にあって眺めがよく、北にランタン・リルンが良く見えます。

クリックで拡大写真カトマンズでの一日をご紹介しましょう。だいたい朝6時から7時に目が覚めます。2月のカトマンズはまだ寒いので、ベッドから出るのがヒト苦労。キッチンでインドから持ち帰った濃〜いコーヒーをいれて目を覚まします。 朝食は"NANGLO(ネパール語でザルの意味)"という地場ブランドのブラウンブレッドを食べるか、自分でチャパティを焼きます。これにオムレツとスープ。"TREKKERS DRY FOODS SERVICE"社のインスタント・スープTrekkers SOUP CREAM OF SPINACHはいしかわの一番のお薦めです。カトマンズのスーパーにはたいてい置いてありますので、試してみてください。このようにトレッキング用の食材 は手軽で美味しいものが多いのです。この他にもTrekkers GRANOLA(ナッツやポップライスをキャラメル味でまぶしたフレーク状のもの。通常は温かいミルクをかけて朝食として食べる)などをおやつ代わりにポリポリやっていました。

朝食が済むと大抵洗濯に取り掛かります。洗濯機などないのでタライに洗剤を入れてゴシゴシ。屋上で洗濯物を干しながら、メールなどを打ち込みます。ネパールの家は石造り。構造上部屋に陽が差し込みません。(多分夏の日差し入れない為と思われる)ですから一日中ひんやりしています。冬は寒くて仕方ないので、人間の方が太陽に当たりに屋外に出る必要があるのです。

昼食はパスタを茹でています。意外と3食のうちで一番の楽しみではないでしょうか?なぜならネパールのお店で食べるパスタはアメリカ風(?)。芯のないブヨブヨであることが多いのです。(もっとも麺のコシを解するのはイタリア人と日本人だけという説があるそうな。ただタメルにある伊レストランFIRE&ICEのパスタだけは日本並みに美味しかったですけどね)ですから、パスタは自分で茹でた方が美味 しいのです。 今まで作ったパスタの種類はざっと…ペペロンチーニ、ほうれん草とベーコンのクリームパスタ、ラタトゥユのパスタ、ボンゴレ・ビアンコ、ベーコンとアスパラのパスタ、カルボナーラ、アラビアータ等々。

昼食が終わると外出します。カトマンズにはバスやミニバスが縦横無尽に走り回っています。行き先別に番号をふってあるので、それなりに分かり易いのですが、ネパール数字なのでツーリストには辛いところです。これをうまく乗りこなして(Rs5程)外出します。買い出しだったりWEBを見にタメルに出かけたり…。

クリックで拡大写真夕食はネパールの野菜を上手に利用して日本食を作ります。お米はネパール米ですが、炊き方に気をつければ美味しくなります。 野菜は新鮮なものがマーケットに出回っていて問題ないのですが、肉はどうもいけません。そもそも鮮度やどんな所でさばいた肉かわからない。(毎日水牛を屠殺しているとも思えない…)またビーフやポークは皆無。(宗教上あたりまえか…)あるのはナマズのような川魚、マトン、チキン。まずいつ獲れたか分からない魚はパスして、独特の臭みのあるマトンは日本食には馴染まないので、チキンばかり食べ ていました。と、いってもチキンはネパールで最高級肉。ですから殆ど菜食でした。

「ちょっと待て。ビーフ、ポークが売っていないはずなのに、パスタメニューに”ベーコン”があったぞ」というあなた、正しいです。 そう、何事にも裏はあるものでネパール人向けの店にはなくても、居住する外国人向けにいくつかのスーパーにはベーコンなどの食材はあるのです。味噌もそんなスーパーで入手できました。ですから知遇を得た日本人居住者との情報交換はいつも「どこで何が買えたか?」といったものばかりでした。

食後は本を読んだり、通信をPalmに打ち込んだり。当然TVなどはありませんから、夜も9時か10時には寝てしまいます。 まあ、自分で書いていてもなんとノンビリとした生活でしょうか…。しかし、こんな平和でノンビリとしたカトマンズ生活を打ち壊す出来事が…。それは次回へ。では。

 

カトマンズで働く(2001/2/28)

ナマステ!いしかわです。いしかわは現在、ネパールの首都Kathmanduカトマンズに居住しております。

ある日の夕方、Patan KupondoleにあるNEW YORKPIZZAでピザを食べていると店のネパール人マネージャーが日本語で話し掛けてきました。「仕事、しませんか?」「は?(ピザ屋で?)…」

平和でのんびりとしたカトマンズ生活はこうして1週間もたたないうちに崩れ去ったのです。ボスの名はSudan Shakya(スーダンさん)。彼は「カトマンズ・フリー・マーケット」という旅行者向けの雑誌のオーナーです。よくよく話を聞けば、次の3月号を「日本語特集」にしようと計画していて、日本語の翻訳者を探していたのでした。

クリックで拡大写真こうして、いしかわは小さいながらも職をゲットしたのでした。住まいを得、職も得、幸先いいではないか…。しかし、ここからが大変だったのです。まず、期限は10日間しかありません。40ページ足らずの雑誌とはいえ、日本語特集ですからその殆どを翻訳する必要があります。さらに、ネパールで働く日本人へのインタビューも仕事に含まれていました。当然、インタビュー後の原稿起こし、インタビューした人のチェックも必要だ…。そう考えるとエライ事です。でも、一番最初に必要だった仕事は、ボスのオフィスにあるPCに日本語フォントをダウンロードする事でした。(まずはここから始めないといけないのだ…)

連日、持参した Palm III を利用して原稿を作っていきます。必要があればボスの事務所に張り付いて夜遅くまで編集。それから合間にはインタビューをこなしました。寒いカトマンズの深夜、ちまちまとPalmに向かっていた為、最後の方はひどい肩凝りになりました。

こうして10日間の激闘の末、原稿はできました。久しぶりのオフィスワークにぐったりでしたが、やはり いしかわも日本人。期限を守る為に、自然と(?)連日深夜まで働いてしまいました。「しばらくトレッキングでも…」と思ったのもつかの間、更に別の仕事が舞い込みます。

今度はホテル、レストランの仕事です。ツーリストが多く泊るタメル地区にある Kathmandu Guest Houseカトマンズ・ゲスト・ハウスの料金表とそこのレストランLASKUSのメニューを日本語訳するのが次の仕事でした。

「やはり評判は大切だな〜。頑張って期限で仕上げて良かった」と思う反面、またPCに向かう日々に少々ウンザリです。終いには肩凝りから頭痛(知恵熱か?)を併発する始末。ですがやはり期限内には仕上げる事ができました。

このカトマンズ・ゲスト・ハウスの仕事はなかなか興味深いものがありました。まずこのホテル、いしかわが12年前にカトマンズで初めて泊ったホテルだったのです。設備をチェックする為に部屋をすべて見せてもらいましたが、昔より雰囲気が良くなっていました。それもそのはず、現在は非常に人気があって、予約を入れてもなかなか泊れないそうです。

また、ネワール・レストランのメニューの仕事では、「メニューを翻訳するのに、料理を食べる必要がある(本当か??)」と主張して、コース料理をご馳走になりました。 ネワール料理とは古来カトマンズ盆地に住むネワール族の料理で、肉をふんだんに使う。結構辛い。という点でネパールでも独特の料理です。いしかわの提案でメニューに”スパイス(辛さ)チャート”を付けることにしました。(後日、仕事の評判を確認に行くと、折角刷った日本語メニューは日本の旅行代理店がすべて持っていってしまったそうで一枚も残っていませんでした。もっともホテルのマネージャー氏は大変御満悦でしたが…)

報酬は日本円に換算すれば微々たるものですが、カトマンズの町にいろいろと知り合いができて、なかなか楽しい仕事ではありました。

 

SHERGA村たより2(2001/3/2)

ナマステ!いしかわです。いしかわは現在、ネパール東部の寒村SHERGAシェルガ村2600mに滞在してます。
(現在、ソロ・クーンブ地方の寒村シェルガの学校に教室を2つ贈るというプロジェクトを行なっております。)

ハッピィ・ロサール!!2月末、ネパールはチベット正月を迎えました。 久かたぶりのシェルガ村再訪です。今回は教室増築プロジェクトの進捗確認と集められたノートと鉛筆を子ども達に届ける事が目的です。 日本から届けられた5kgのノートと鉛筆がずっしりと肩に伸し掛かります。でも、不思議と辛くないのは皆さんの「思い」が込められているからでしょうか??。
前回はまだ梅雨の名残りがあり、どんよりとしていた天候も今はカラリとして暖かくイイ感じです。 尾根を回り込むと学校が見えてきました。「おやっ!学校の建物が2つ見える…。もう増築し終ったのか??」疑問を抱きつつ村に到着です。

クリックで拡大写真 クリックで拡大写真 村では校長先生や村の委員会の方が出迎えてくれました。 今、シェルパの村々はロサールというチベット正月のお祭り期間中です。早速、お祭りの見学が予定に組まれていました。(教室の事が気になってたんですが…)
丘の上にある祭壇で村人が集まって、お祈りや食事や酒を酌み交わしています。そのうちシェルパ・ダンスが始まりました。標高が高いからかあまり激しい踊りではなく、皆が肩を組んで独特のステップを踏むものです。

次に学校へ。やはり、建屋が一つ出来ていました。早速打ち合せに入ります。どうやら国か州から教室1つ分の補助がでたらしく、建ててしまったようです。(こちらは先生の事務室になる予定) しかし問題が…。後先を考えずにこの増築を行なった為、斜面に建つこの学校にはさらに教室を増築するスペースがなくなってしまいました。 『斜面を削る』か『崖を埋める』か…。今回は増築に向けてのGO!が掛けられると思ったのですが、土地捻出の見積りを準備する指示を出すに留まりました。カトマンズにいるミンマシェルパとももう一度相談です。
ノートと鉛筆の贈呈は大変うまくいきました。子ども達はカラフルな日本のノートや鉛筆に興味シンシン。配り終ると「ダー」と駆け出して皆で見せ合いっこしてました。

こうして宿題は残しましたが、また4月に再訪することを約束してシェルガ村を後にしました。

 

カトマンズ・カフェ情報(2001/3/5)

ナマステ!いしかわです。いしかわは現在、ネパールの首都Kathmanduカトマンズに居住しています。

インドに引き続き、いしかわはどこでも”Cafe”を捜してしまいます。カトマンズに於いても同じ事。特にチャイ(インド風の甘いミルクティ)に飽きたら、無性にコーヒーやケーキが食べたくなります。今回はそんな時の為の”カトマンズ・カフェ情報”です。

"SNOW MEN"はjhochhenジョッチェン地区にあるケーキ屋さん。店内は少し暗めで、なぜが欧米系男性パッカーが多いのが特徴です。ケーキはアタリハズレが多いですが、プリンは大きくて絶品!です。コーヒーの味はまあまあですね。それよりもケーキ類に比べると飲み物が出てくるタイミングが遅いので(しかも極端に遅くて、うっかりするとケーキを食べ終わってしまう)注意が必要です。

クリックで拡大写真"Himalatte Cafe"はいしかわがかつて常宿にしていたHotel Tashi Deleのそば、Hotel Puskaの並びのビルの2階にあります。ここもなぜか店内は暗め。特徴的なのはラグジュアリー(?)なソファーがいくつも置いてあって寛げます。コーヒーはエスプレッソが濃くておいしいですね。欧米人にはここの水は安心。という点で人気のため夜遅くまで賑わっています。(2003年に引っ越しをして、Helena's Restaurantの斜め向かいの2階になりました。)

クリックで拡大写真イタリア系ドルチェが食べれるお店を2軒。
"ドルチェ・ビータ"はKathmandu Guest Houseの向かいにあるイタリア料理店。屋上テラスで食べるお昼のピザ&コークはバリューがあってお薦めです。ここのティラミスは本当に美味しいと思うのですがどうでしょう?

一方、"Ice & Fire"はタメルでも有名なイタリア料理店。パリパリのピザにクレープタイプのドルチェは最高です。しかし、値段の方も<最高>ですので、ネパール最後の夜でルピーを消化しきれない時なんかはどうですかね?

一気にリーズナブルになりますが、Hotel Red Planetに入る路地にあるシェーク屋"Just Juice and Shakes"は安くて美味しいシェークが飲めると評判です。コーヒー・バナナ・シェークがいしかわのお薦めですね。

…と、まあいろいろと書きましたが、カトマンズは今もいろいろなお店がオープンし続けています。自分のイチオシのお店を捜すのも面白いのではないかな?と思います。もし、これを読まれている方の中で「あそこの、この店は行っておいた方がいい」というのがありましたら、メール下さい。では。

 

カトマンズ周辺のトレッキング・ガイド(その1)(2001/3/7)

ナマステ!いしかわです。いしかわは現在、ネパールの首都Kathmanduカトマンズに居住しています。

最近、ある方からのメールで「”いしかわの山登り”とあるけれど、登山の記述が少ないですね…」とのご指摘を受けました。お恥ずかしい限りです。(^_^;)>お待たせしました、トレッキングの話です。(と、言ってもこれはハイキングかな?)

カトマンズに住居と職を得た為、しばらくは長いトレッキングに出れなくなりました。ならば、カトマンズを拠点に周辺の山を登ってみようと思い立った次第です。週1、2回のペースでハイキングをし、ガイドブック風に纏めてみました。ぽちぽちとご紹介していきますね。

チャンパ・デヴィChampa Devi(標高2,278m)

この山はカトマンズの南西に位置していて、歩行時間4時間程、運動靴と動きやすい服だけで登れるハイキングの山です。手軽に楽しめる一方、天気が良ければ遠くヒマラヤの8,000m峰が拝めるお特なコースになっています。さらに途中リゾート・ホテルがあって、リッチにお茶が楽しめるという特典もついてきます。

クリックで拡大写真ラトナ・パーク脇にあるシティ・バス・パークからNO.22のダシンカリー行きのバスに乗って下さい。出来れば右側に座られるか、周囲の英語の分かるネパール人に「自分はチャンパ・デヴィに登るのだが、ピカールPikhelで降りたい」と宣伝しまくっておくと、親切に教えてくれるでしょう。
バスはトリヴバン大学の脇を抜け、山間の道をのろのろと登っていきます。
ファルピンPharpingという集落の手前、道の右手に『HAATIBAN RESORT』と車庫の扉に大描きされている所で「降ろせ〜」と叫べばバスは止まってくれます。ここまでバス代はRs9('01年2月現在)所用時間2時間。
件の車庫の手前、茶屋との間から斜めに登り道(ジープ道)が出ています。ここがトレッキングのスタート地点。水を持っていなかったら、この茶屋で買って下さい。
しばらく、ジープ道を行きます。多少埃っぽいですが、往来する車は少ないので大丈夫でしょう。それより樹木の間から垣間見える南側のマハバラート山脈の山並みを堪能して下さい。
やがて道は尾根を廻りこんで、東から北斜面へと出てきます。『HAATIBAN RESORT』に着く頃、(天気が良ければ)きっと素晴らしいパノラマが広がっているはずです。
現在のカトマンズは大気汚染で年中どんよりしていますが、ここは別世界です。さらにあなたがタメル地区に滞在しているなら、なおのこと。そこは高いビルと細い路地、そして盆地の北側に位置している為、白い山がよく見えないからです。
『HAATIBAN RESORT』は高級リゾートになっています。帰りに寄りましょう。
リゾート沿いに広い道をぐんぐん登っていきます。途中の尾根上にはタルチョー(祈祷旗)がネパールらしさを感じさせてくれます。ジープ道をはずれ尾根道を忠実に辿ると、リゾートから小1時間程チャンパ・デヴィ(標高2,278m)山頂に達します。
隣にはもっと高い山(Basmasur山、Cakhel山)などもありますが、眺め的にはここで充分。正面から東へかけて、ガネッシュ・ヒマール、ランタン・リルン(7,247m)と白い山々が連なり、ヌンブルを経てエベレスト(8,848m)が拝める事でしょう。
頂上で一息入れたら、リゾートまで降りて、外のテラス席でお茶をどうぞ。ここなら、山の名前が分からなくてもパノラマの看板が出ているので、どれがエベレストか一目瞭然です。
帰りはダシン・カリ・ロード(バス道)まで戻って、茶屋前でバスを拾ってカトマンズへ帰ります。

<コース・タイム>
シティ・バス・パーク→ピカール 2hr
ピカール→『HAATIBAN RESORT』 60min
『RESORT』→チャンパ・デヴィ(2,278m) 60min
チャンパ・デヴィ(2,278m)→『RESORT』 30min
『RESORT』→ピカール 30min
(ピカールよりバスでカトマンズへ戻る)

<参考文献>
JAMES GIAMBRONE著『KATHMANDU Bikes&Hikes』APA INSIGHT GUIDES&MAP社
(タメル地区周辺の書店で購入可能です)

 

SHERGA村たより3(2001/3/8)

ナマステ!いしかわです。いしかわは現在、ネパールの首都Kathmanduカトマンズに居住しております。
(現在、ソロ・クーンブ地方の寒村シェルガの学校に教室を贈るというプロジェクトを行なっております。)

前回の通信で教室を増築する土地スペースがなくなってしまった事を報告しました。カトマンズに戻って、10年来の友人でシェルガ村出身のミンマ・シェルパと相談しました。

確認できたのは次の3点。

という事でした。

地権者との調整はミンマ・シェルパが引き受けてくれ、基本的には(a)案で行こうという事が確認できました。

ということで、なかなかうまくいきませんね。村の人々にとってはいつ集まるかわからない外国の寄付より、政府の援助に飛びついてしまったのでしょう。でも、後先考えずに増築してしまった…。悪気はないのでなんとも責められません。その分、ミンマ・シェルパには東奔西走してもらう事になります。

とりあえず、3月末にもう一度訪問することにしました。

 

カトマンズ周辺で楽しむトレッキング(その2)(2001/3/20)

ナマステ!いしかわです。いしかわは現在、ネパールの首都kathmanduカトマンズに居住しています。

クリックで拡大写真ナガルジュンNagarjun(標高2,095m)はカトマンズ盆地の 北西に見える小高い山です。目の良い方なら頂上に建造物(ストゥーパ)があるのを確認できるでしょう。また、麓にはバラージュ・ウォーター・ガーデンと言われるマッラ王朝の離宮跡があり、トレッキングの後そこの観光との組み合わせも可能です。

あなたがタメル地区に宿を取っているようでしたら、北側のバス通りに出てください。No23の路線バスが走っているはずです。「Balajuバラージュまで」と言って乗ると、30分程でバラージュです。(Rs5-'00年3月現在)

バス終点付近は三叉路になっています。ここからトレッキングはスタートします。三叉路の一つ、上っていく道を選択してください。分からない場合は周囲の人に「ナガルジュンに登りたいのだけれど、ゲートはどっちだ?」と聞いてみて下さい。きっと親切に教えてくれる事でしょう。 三叉路から車道を15分程歩けばゲートです。ナガルジュン一帯は女王の庭園になっています。入園料Rs10/人('00年3月現在)を払ってゲートから入ります。ゲートには簡単な地図が描いてありますので、チェックして下さい。ここからジープ道と登山道が別れます。

いきなりの急な上り坂です。30分程滑りやすい急坂を登ります。やがて急坂は終わり、ヘリポートの側にたどり着きます。(ヘリポートには歩哨の兵隊さんがいます。びっくりしないように!?)ここからは多少斜度が緩くなり、特に新緑の時期は気持ちの良い緑のトンネルとなります。

さらに40分ほどで視界のきく「広場」に到着します。ここはカトマンズ盆地が一望できる場所ですので、時間を調整して昼食や休憩をしましょう。ここから再び斜度が増し、樹林の登山道を行きます。頂上から続く尾根にのると、その向こうにガネッシュ・ヒマールなどの白い山々が見えるようになります。やがて山頂に着くでしょう。

山頂にはストゥーパの他、展望台があります。ここからカトマンズ盆地を望む景色は絶品で、ロンリー・プラネットや各種ガイドブックの表紙に使われている程です。一方、北に目を転じればランタン・ヒマールの山々が拝めます。

帰りは同じ道を辿るのが良いと思われます。参考にした下記ガイドブックには別の道があると書いてありましたが、発見できませんでした。バラージュに戻って、ウォーター・ガーデンを観光するのも良いでしょう。

<コースタイム>
Thamel 30min Balaju
Balaju 15min Gate
Gate 30min ヘリポート
ヘリポート 40min 広場
広場 60min Nagarjun
Nagarjun 1hr20min Gate
Gate 10min Balaju

<参考文献> (その1)に同じ

 

ラフティング in ネパール(2001/3/24)

ナマステ!いしかわです。いしかわは現在、ネパールの首都Kathmanduカトマンズに居住しています。

クリックで拡大写真ネパールでトレッキングの次にポピュラーなアドベンチャー系スポーツと言えばラフティングです。なにしろネパールの川の源はヒマラヤ。8,000m級の山々から流れ出た雪解け水は世界でも希な激しいラフティングコースを作っています。

3月のとある日、1泊2日のボーテ・コシ(Bhote Koshi)ラフティングに参加してきました。

Thamelタメル地区、カトマンズ・ゲスト・ハウスの先にある"Ultimate Descents Nepal" は欧米人スタッフもいて、トレッキング会社に比べると応対やディスプレイが垢抜けています。ビデオモニターからは常にラフティングの様子が流れ、否が応にも雰囲気が盛り上がります。未知のスポーツに挑むこちらの気持ちを察してか、スタッフは写真などを使って丁寧に説明をしてくれました。

説明を受けた結果、ボーテ・コシ(2日間)のコースに参加することにしました。ボーテ・コシでのラフティングはIII級〜V(-)級ということでしたが、私にはさっぱりグレードのことがわかりません。むしろ正直にこちらの経験を話して、相談して決めた方が良いみたいです。彼らの話だと時期や年によって水量が変わるため、難度もその時々で変わるそうです。

さて、コースが決まったところで申し込み書に記入をして、お金を支払います。事故にあった場合の緊急連絡先や保険加入の有無などが特徴的でしょうか?成田で加入した掛け捨ての海外傷害保険やクレジットカードの傷害保険で充分でしょう。$80('00年3月時点)で交通費、宿泊、食事も込みですから、後持っていくお金はおこずかい?程度です。その他には初日の朝食、寝袋、着替えなどを持ってくるよう指示がありました。それ以外の荷物は必要ありませんが、不要な荷物(バックパック)を預かってくれるサービスもあるそうです。

当日、朝6時に事務所に集合します。コーヒー、紅茶が用意されていて、一服しながら持ち寄った朝食を各自で取ります。(荷物を預ける場合はこのタイミングで申し出ます。)参加者が集まったところでチャーターバスに乗り込み、出発。

お昼前にはこれから2日間の拠点となる『BorderLand Resort』に到着します。ここはカトマンズより遥かに標高が低いですから、実に暖かい(暑い?)ものです。快適なテントバンガローが割り当てられ、荷物を置いたら昼食です。食事はバイキングスタイル。フルーツも豊富なメニューで、好きなだけ取ることができ、味も良くて大満足です。

コーヒーを飲んでリラックスしたところで、いよいよラフティングです。配られたスプレイ・ジャケットを着込み、広場に集合。ここでセルフ・レスキューの講習があります。英語での講習ですが、身振り手振りでの説明なので、わかりやすく問題ありません。また、万が一に備えてレスキュー用のカヤックが並走してくれるのも心強いですね。講習ではラフト(ボート)から落ちた人間を引き揚げる方法として、(1)落ちた人間のライフジャケットを掴んで、(2)一度水の中に押し込み、(3)その浮き上がってくる浮力を利用してボートに引き揚げる。というやり方に思わず笑ってしまいました。

ライフジャケットとヘルメットを装着して、いよいよラフトに乗り込みます。川面は意外と穏やかです。難度の高い瀬にはスタッフがいろいろとアダ名をつけていて、アプローチ前に「この瀬はどうやって攻略するか」の簡単な説明がなされます。ラフティング最中は”前に漕げ””後ろに漕げ””右に漕げ””左に漕げ””ラフトの右側に寄れ””ラフトの左側に寄れ””ラフトの中に座り込め”の7つの動作しかありません。指示は常にラフトの一番後ろで舵を操作するスタッフから出されます。ですからあまり神経質にならずに、ガンガン漕いで、水に濡れて楽しみましょう。そして上手く瀬を超えたらラフトに乗っているクルーとカチドキをあげます。「エイエイオー!」また、たまに他のラフトのスタッフから水攻撃があって、ラフト同士で水の掛け合いが…。この時ばかりはスタッフもクルーも童心に戻るみたいですね。

こうして2〜3時間のラフトはあっという間に過ぎてしまいます。川を並行して走っていたチャーターバスに乗って、『BorderLand Resort』に戻ります。シャワーを浴び、再び美味しい夕食を楽しみ、満点の星空の下ビール片手にボーテ・コシを眺めてリラックス。至福の時です。

翌日もほぼ同程度のラフトをこなして、夕方18時頃カトマンズに戻ってきます。

私の体験から言えば、ラフティングはちっとも危険ではありません。ジェットコースターより爽快で、自然を楽しむことができます。川面から見るねじれた峡谷や風が渡る谷は、ネパールの風景を違ったものに見せてくれます。川の水は透明で、温暖な気候の為冷たく感じません。そして何よりもこの川がネパールを抜け、やがて出口を求めてインド平野のガンジス川まで辿り着くかと思うと不思議な思いがしま す。

さあ、あなたもネパールでラフティング。どうですか??

ラフティング・エージェント
"Ultimate Descents Nepal"

 

SHERGA村たより4(2001/3/28)

ナマステ!いしかわです。いしかわは現在、ネパールの首都Kathmanduカトマンズに居住しています。 (現在、ソロ・クーンブ地方の寒村シェルガの学校に教室を贈るというプロジェクトを行なっております。)

カトマンズ発の軽飛行機が白く神々しいヒマラヤに向かってぐんぐん高度を上げていきます。やがてエベレストが程近くなると、飛行機は山の斜面にかろうじてある平らな飛行場Phapluパプルーに着陸します。飛行時間は40分。しかし陸路を使うと、車道のないこの地へは最低5日間を要すのです。 パプルーに宿を取って、早速シェルガ村へと登っていきます。1時間30分ほどでしょうか。シェルガ村に到着です。

ミンマ・シェルパの奔走もあって、地権者との調整はうまく済み、教室増築はすでに着工しています。今回の訪問で、いしかわは教室完成を見ることはできませんが、ネパール出国を控えて最後の視察です。

クリックで拡大写真今回も日本の皆さんから送られたノートや鉛筆、筆箱などを持参しました。そして一番大切な仕事、村のコミニティ(まあ教育委員会みたいなものでしょうか?)の帳簿を確認させてもらって、皆さんからの寄付金を会長さんに手渡しました。(帳簿からの抜書き・内容は下記をご参照下さい)

帳簿をチェックしていて気がついたのですが、教室増築は地元経済にも多少貢献しているのですね。丁寧に教室を建てている大工さん達。彼らは仕事を得、給料が入りました。建設資材の石を運ぶ人、トタンを扱う地元のお店にもお金が入ります。 こうして微々たるものですが、地元経済に貢献できた訳です。

クリックで拡大写真そして何よりビックリしたのは、着工して2週間弱だというのに教室は屋根と床の工事を残すのみでほぼ出来ている事でした。それもそのはず、村ではミンマ・パパを始め村人総出でこの教室建築に従事しているのです。村のコミニティの会長さんもカンナで柱を削っています。「本当に村の人々が子供の為に教室を必要としているのだな〜」と実感するヒトコマでした。

実はシェルガ村に来る前にカトマンズである日本人の方に会いました。その方は他の地区の学校建設(日本のNGO活動)に携わる人で、その方曰く『学校建設にもいろいろ問題は多い。特に一番の問題は教室だけ作って、支援が終わってしまうパターンだ。ケースによっては教師もいないままに使われないネパールの学校もある』というのです。(ちなみにシェルガには3人のネパール人先生がいらっしゃいます) そして『必要なのは継続的な係わりだ』というお話しでした。継続的な係わりで一番良い方法は『支援する日本の人々が訪問する事』だそうです。そうすれば、その都度問題が明らかになり、必要な支援が分かる。そして交流も図れる。さらに大勢で訪問すれば、先のような経済的支援になるというのです。宿や食事、交通機関…そういった全般にお金が支払われ、村に現金収入が入ります。こうして決して特別 な活動(寄付)をしなくとも、いろいろ貢献できるという訳です。 なかなか考えさせられるお話しでした。

さて、今回の訪問を最後にいしかわはインド経由パキスタンへ出国してしまいます。しかし、ミンマ・シェルパやコミニティの会長さん達とのコミニケーションは欠かさないつもりです。さらに、11月頃にヨーロッパの山が一段落したらネパールを再訪問する事にしました。その時には、完成して子供たちが学ぶ学校を見ることができるでしょう。

また、このHPを読まれる皆さんの中で、趣旨に賛同して頂き「是非シェルガ村を訪問してみたい」という方がいらっしゃいましたらご連絡下さい。 では。

SHERGA BAGAM PRIMARY SCHOOL(SALLERI4)
1)壁材の石 Rs15,000-
2)崖を掘削 Rs10,000-
3)木材費用 Rs18,000-
4)大工費用 Rs25,000-
5)トタン材 Rs12,000-
合 計 Rs80,000- = \120,000-(1Rs=約\1.5とする)
なお、寄付金の残金は今後の為にプールする事とします。

 

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