(月) - 4 5, 2004

BSE!とスローライフ



BSE問題のドキュメントを見た。非常に分かりやすいBSE問題。日本では最近米国牛肉の牛丼が姿を消してしまったのだが、今回のルポを見て、このBSEの問題の深刻さを強く感じることができた。日本では全頭検査をやっているが、米国のBSE調査はなんと全体の0.1%しか調査をおこなっていない。そして、狂牛病らしき牛が平気で解体されて、普通に市場に出回っていたことがほぼ明らかといった結論を展開していた。
そして、米国農務省は、最近でたBSE発覚牛は、へたり牛だったと報告したが、解体した業者がへたり牛からではなかったと、告発している。デーブローサン氏は、市民ラジオで、真実を語る。安心して子供たちに牛肉を食べてもらいたい。dave luthan のページは http://home.comcast.net/~maddddcow/
mad cow 狂牛病の問題は、実に深刻だ。検査官が圧力をうけ、業界の意向に左右されることは日常的と、元農務省検査官は語る。
デイブは職を失いながらも、真実を訴え続ける。米国の経済社会は、企業論理優先で未だそんなことが日常的におこなわれている。
テロとイラク戦争の件もそうだし、米国社会への疑問が沸いてくる。BSEは、即食卓の問題だから怖い。もしかして僕が食べたあの牛丼やマックのハンバーガーにmad cow 肉が使われていたかもしれない。 また、肉骨粉の問題ともいわれているが、有る意味経済優先の中で、「共食い」させていること自体に罰当たりな矛盾を感じずにはいられない。 食が乱れている。添加物や農薬、合成洗剤の問題とどれをとっても経済優先の利権社会の中で真実が語られなくなる。もちろん水の問題もだ。
今、貴重なのは、当たり前の事を当たり前の事だと告発するデイブのような人の存在だ。
 国会の中で、中村淳夫参議院議員は、この権力ー官僚社会の中で市民感覚とぶれのない「真実」を突きつけてきた数少ない政治家の一人ではないかと感じている。
昨日は、山形市であった、スローフード協会のスローライフシンポジウムに行き、辻信一さんとひさしぶりに再会。「スロー」という時間は自然の時間。もう一度、日が昇って日が沈む時間だとか季節感だとか、水が流れる時間、醤油が熟す時間、あらゆる生命のそれぞれがもっている時間というものを大事に、そして本来のつながりをとりもどす。これは神野直彦氏がいう(「所有欲求」よりも「存在欲求」)ということにもつながるだろう。経済優先の大量消費、大量破壊、経済成長時代から、心豊かな持続可能な社会へ。庄内も、スローをKEYにしていろんなものをつなぎ直していく作業が必要かと思う。

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(木) - 4 1, 2004

水。



ある水の詩をみつけた。
新年度。
水の如く。
生きたい。



水のように

タオのあり方にいちばん近いのは
天と地であり
タオの働きにいちばん近いのは
水の働きなんだ。そして
タオの人がすばらしいのは
水のようだというところにある。
水ってのは
すべてのものを生かし、養う。
それでいて争わず、威張りもしない。
人の厭がる低いところへ、先にたって行く。
水はよほどタオの働きに
近いんだ。
タオの人は、自分のいる所を、いつも
善いところと思っている。
心は、深い淵のように静かだ。
つきあう人をみんな善い人だとし、
自分の言うことは
みんな信じてもらえると考え
社会にいても
タオの働きの善さを見失わない。
その人は、手出しをしないで
あらゆる人たちの能力を充分に発揮させ、
人びとは
自分のいちばんいいタイミングで活動する。

これをひと口でまとめると
争うな、ということだ。
水のように、争わなければ、
誰からも非難をうけないじゃないか。

筑摩書房 タオ 老子  加島祥造

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(月) - 2 2, 2004

2/2 1月の終わり。黒川能と音楽祭 



2004年1月の終わり。30日、国会は衆議院。イラク派遣の論議は、尽くされぬまま、打ち切り動議、強行採決。そして粛々と野党の参加もないままイラク派遣が決定された。何と言う政治手法!1月30日は議事運営についての議員研修と合併について協議がおこなわれた。この3日ほど、先日の合併小委員会のときに傍聴者には配布されなかった施策の調整、協議についての詳細資料を当局に請求しつづけている。今日、それが配布された。分厚いページ数に調整事項がぎっちりと書いてある。今、市のサービスと周辺町村の行政サービスは料金やサービスの手法が違うことが結構あることは前にもちょっとだけ指摘したが、福祉の考え方など大きく違うことがたくさんある。できるだけ市民のみなさんに提示をしつつ、声を求めていきたいと感じている。
さて、1月31日、今年に入ってから実行委員会がおこなわれたイラクの写真展の準備に行く。森住卓さんの写真展。この写真展はぜひみなさんに見ていただきたい。とにかく、見ていただきたいのだ。国会でも劣化ウランの問題はほとんど真実が語られていない。でもどうか。展示をしながら、白黒のパネルサイズの写真を見ていくと、とんでもないことがイラクでおこっているということを感じないではいられない。森住さんは、この週末、鶴岡にやってくる。8日の講演会、こぴあホールに一人でも多くの人に足をはこんでもらいたいと思う。
 さて、2月1日、鶴岡音楽祭に行く。ソプラノ、バリトン、バス、素晴らしい歌声。山形交響楽団の音色も、わが母校鶴南合唱団も土曜会の歌声も素晴らしかった。イラクの戦地の写真や、イラクへ派遣される陸自の物々しい壮行式のテレビ映像を昼見た後だっただけによけい平和なおだやかな感じがした。美しい旋律。研ぎすまされた感受性。戦場に駆出される兵士たちにはそうしたことを持ち合わせる自由はない。駐屯地の体育館であの小泉や石破の美辞麗句を並べた激励を受けて、迷彩服をイラクへ飛び立とうとしている兵士たちと、文化会館の中で美しい音色に聞き入り、「雪の降る町を」を歌った鶴岡市民。同じ国の中で自由な平和と不自由な殺しあいが同居しようとしている。
 自由に語り合えない、自由に物事を感じることができない、狂った社会「戦争」の状態をつくりだすべきではない。絶対に。

 深夜、黒川能を見にいく。上座、下座。いつもより暖かいけれど、それでも零下2度の静かな旧正月、夜を徹して奉納される能のエネルギー。役者も奏者も数日前にこの日のための豆腐を焼く人も、地域がひとつになって生み出されるとてつもないパワー。櫛引町の人の団結の力、文化力を強烈に感じた。この庄内のエネルギーはすごいのだ。
 能は人が鬼に簡単に変化する、この世とあの世の境なき世界観ともいわれる。こんな世界をつくりだす。そして神に向けて奉納する。こうしたまつりを今も、多少悩みつつも脈々と受け継ごうとするこの地を愛さずにはいられない。
 
 こうした文化が、派兵だ、町村合併だというごたごたの中で消されないことを心から望む。 
 

Posted at 11:14     Read More  


(日) - 1 25, 2004

1月20,21,22日バイオマスサミットその他



1月20日、盛岡を訪れた。緑のネットワークの郡山市議と盛岡市議と一緒に昼食をとる。そしてバイオマスサミットがはじまった。岩手、青森、秋田、和歌山、高知の県知事が集い、石油化学燃料フリー宣言をしているスウェーデンの都市の市長を招き、森の再生と新しい経済としてのバイオマス活用についてや、環境条例などの話を聞く。石油化学燃料に頼らず、自然エネルギーや森林バイオマスに転換することを市をあげてとりくんでいる報告、姿勢には目をみはった。日本はほとんどのエネルギーを石油にたよりきっている。ペレットストーブへの取り組みはちょっとだけ庄内でもはじまっているようだが、もっと力をいれてもいい分野だろうと思う。
21日、昼、地産地消のつどいに参加。
22日、山形大学の庄内サテライト開設の集いに参加。山形発 世界 としての有機ELの話には勇気づけられた。(!)山形大学、そして自然エネルギーに積極的に取り組む鶴岡高専との融合施策を考える機会。庄内の経済の行方を考える上でとても有意義な会だったと思う。

Posted at 08:02     Read More  


(土) - 1 24, 2004

1月17日分。震災9年を迎える神戸に学ぶ。



1月17日、震災から9年を迎えた。朝5時46分。東遊園地で竹筒の火を見つめつつ黙とう。
今年は元気村の仲間達とフォーラムをやろうということで、神戸、御影公会堂に集合した。あれから9年。僕は「神戸」を何にいかし、今、神戸を果たしてきちんといかしているのだろうか。この日を迎えるたびにそれがぐぐっとつきつけられる。フォーラムでもちょっとそんな話をしたけれど、とにかく神戸での「動き出せ!」から僕の第二の人生ははじまった。なりふりかまわず、がれきの町で笑顔をつくりだす。これが、神戸元気村のミッション。素になって知恵をふりしぼる。やってみる。そして涙でそれが受け止められたりするとたまらない。次は何だ。とモデルを見つけ出す。「こんなことはできまいか」と思い悩んでいると、ふと、それに適任の人材やモノがむこうからやってくるときもあった。不思議とつながるネットワーク。寝ている暇も無く、家もテントでカネもない。そんな中で太い「今」が流れていた。

 水が大事なのは、被災地でみんな水に苦労したから。あのとき井戸がすごく役にたったから、鶴岡の井戸つぶしや自己水源放棄には憤りを感じる。この5年、水のまわりについてとりくんだら、蛇口の向こうにとんでもないことがたくさんあった。これをなんとかすることは大いに神戸を「いかす」ことだと僕は信じている。

18日、HAT神戸の復興住宅に住む、元気村でよくボランティア活動をしてくれたおかあさんのところを訪ねた。建物はすごく立派。家賃は5万円とワンルームなみ。でも「仮設のほうがよかった」とその人は言う。仮設住宅で一緒だった人とまた別れなければならなくて、今は友達がいない状態。部屋にいると牢屋にいるみたいだという人が多いのだそうだ。復興住宅に全部移動してから300名以上の方が孤独死としてひっそりと死んでいる。このおかあさんの近所でもそうした事があったと聞いた。
 神戸の復興もまさにコモンズの再生が必要。人のきづなをいかにつくっていくか。難問だ。

vHAT神戸の近くに立派な震災の資料館がある。18日は災害系NPOのフォーラムがおこなわれていた。大阪ボラ協の早瀬さんが神戸がいかに今、市民社会に活かされているかを語ってくれた。市民社会は市民運動が担う社会ではなくて、行政も市民化、企業も市民化、市民もより市民化する社会。要は「協働」だ。きちんと行政情報を共有化して知恵をだしあって一歩をつくる。これができている自治体とそうでない自治体の差はどんどんひろがっているのではないだろうか。この恊働する社会こそ、神戸をいかすことだ。市民と行政が知恵をふりしぼってつくりあげる市民社会。鶴岡のレベルははどうか。うーむ。
 
 この17日に神戸にいく直前に、今年修学旅行で神戸を訪れるという櫛引中学校の先生から「話を聞きたい」とのことで中学2年生の生徒の前で当時の話をした。9年前というとこの子たちは、幼稚園!? そんなに年がたってしまったのか。そのわりにはまだまだ「市民社会」は赤ん坊の段階ではないか。もっともっと動きをつくることだろうか。

Posted at 11:37     Read More  

1月24日藤島の若者 合併を語る。



おもしろい企画だ! とある処へいったらおもしろいポスターを見た。藤島町企画で、20〜30代の若者を集めて合併について話し合おうというのだ。どうも気になって大阪行きを遅らせ、ちょっと参加してみることにした。参加者約30名。ひととおり市長と役所が説明した後、3つのグループにわかれて質問や意見について出し合い、全体発表。それに町長がわりと丁寧に答えていた。合併で失うサービスは何か。町の名前の決め方はどうも不自然、メリットになるかデメリットが多いかわかりずらい。などなど、率直で新鮮なきづき画提示されていた。「またこうした会をやってほしい」という声もあり、こうした集いは、藤島だけでなくいろんなところで開催することが重要だと感じた。もっともっと情報の共有をしなければいけない。

Posted at 07:51     Read More  


(火) - 1 13, 2004

1月12日、成人式の街頭アクション。



1月12日。イラク派兵反対の PACEの看板とともに、「みんなの一歩が世界を変える」とパネルをもって、成人式会場のすぐ近く、市役所前で新成人のみなさんに訴える。なんにも言わないでいると、いつのまにか変な方向に動いてしまう。だから、ぜひまちづくりに一歩、ふみこんでほしい。鶴岡のまちづくりへ、そしてこの国の方向にも、モノ申そうじゃないか。20歳になって、お酒がおおっぴらにのめると同時に、しっかりと社会に、国に、自治体に、かっきりと言う権利があるのだから、それを行使しよう。それと、人生も、何か感ずることがあったら、勇気をもって踏み込んでいこう。今、あたらしい仕事をつくりだしていかないといけない時代。一歩、踏み込めば世界中にいる仲間とつながる。だから、勇気をもって、一歩、踏み出そう。 思い思いの花が咲くようでなければこの鶴岡は美しくならない。みんなでつくっていく鶴岡のためにも、一歩参加していただきたい。と訴えたつもりだ。

Posted at 03:07     Read More  

1月5日、7日の日記。



市議会全員協議会でモノ申す。
17日市議会、全員協議会で市町村合併について、説明会と、議員の協議会がおこなわれる。草島、住民を参加させるプロセスを怠ってることを主張。合併するなら改革型でやらなくてはいけない。改革型とは、もっと情報をディスクロージャーして、住民の知恵を施策に反映すること。どんなまちづくりを進めるのかという協議のプロセスでの改革こそ必要と主張した。また、今の協議会のあり方に対し、協議会と外の市民のかい離を解消するためにもパブリックコメントを常に公募する。それについては質問されたこともそれに対する解答も明快に情報公開をしながらすすめる。といった手法を提案した。市長や当局は「今の、説明会程度で充分」と「説明にいくと、おおむね理解をいただいているようだ」などとあいかわらずなのにうんざりした。13日の朝日新聞の社説欄にニセコ町の情報公開について掲載されている。こうしたまちづくりと対局にあるように思えるのが今の鶴岡の政治だ。今のまま、行政お手盛り、市民には幼稚な考えしかない」的な姿勢で突き進むとするならば、合併したとしてもこれまで以上に市民にとって政治は遠くなる。この合併という変化を通じて根本的に「コトナカレ」「お手盛り」「都合の悪いことは絶対に開示しない」主義を排除しなくて、どこに改革の糸口があるのか。と思う。
高度な行政システムとは、多種多様なニーズをもった市民をいかに参画していただき、新たなサービスをつくりだすか。新たなコミュニティを構築するかということではないか。これは今の行政システムにとっては「めんどう」であり「ハプニング」がありうるものになる。しかし、それに対応する能力こそ、意識の改革につながるのだと考える。ぜひ、市民の皆さん、役所の職員の皆さんにそれこそ真剣に考えていただきたい。
 今、どこを改革して、あたらしいまちづくりに挑むべきか。新市のまちづくりは、各市町村のこれまでの総合計画を参考に組み上げることは前提としてあっていい。しかし、その総合計画の造られ方にしても参加型になっているか疑問が大いにあるし、今の時代にふさわしいものになっているか、鶴岡のそれをとっても疑問がある。この機会に新市ビジョンについて、様々な市民の思いというものをふまえることはとても大事なことだと思う。既存の団体組織にしばられずに、アイデアを持ってる人はたくさんいると思う。しかし、今、その窓口さえない状態だ。ホームページでも、市長へのはがきにしても、その後の処理が全く情報開示されず、都合のいいことばかり「おおむね、そういうこと」などという解釈のされようになり、そして都合の悪いことは排除されてしまうのだ。こうした「お役所」意識を変えることなくして、合併はもとより、新市のまちづくりが成功することはないと考える。ぜひ皆さんのお考えをうかがいたい。 1.7 草島進一 協議会を終えて。
草島 年頭の言葉 「一歩。」
15日、仕事始め。朝より恒例の八文字屋の前にたつ。

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(木) - 12 25, 2003

メリークリスマス!



12月議会が明日で終了する。今日のクリスマスは、カソリック教会で、平和を祈りつつ、「きよしこのよる」を歌う会に参加。ローソクの火が消えないように注意しながら思いきり歌う。有志でNHKの庭にあるツリーの前でもイマジンを歌う。今朝は、帽子だけサンタになって、街頭で訴えた。ああ、こうしている間にも日本政府は粛々とイラクへ自衛隊を派遣する準備を整えている。「粛々と」というのは実にいやな言葉だ。「粛々」と取り組んでいる。「粛々」と戦争準備「粛々」とダム工事「粛々」と市町村合併、「粛々」と、、、。鶴岡の市議会では良く聞かれる言葉なのだが、この言葉こそ、「行政お手盛り」言葉ではないか。派兵も合併論も月山ダムの問題のときと同じように、市民にきちんと説明がされていない。このままでは「粛々」と軍事予算が倍増されて、「粛々」と侵略人殺し国家への道を進むことになりはしまいか。僕らも「粛々」と運動を広げて、「粛々」と言わせない状況をつくりださなきゃいけない。それはテロではない。デモだ。武力、暴力の他の手段。あらゆる方法をつかって社会を動かす。ここにこそ本当のデモクラシーの道がある。

そういえばブッシュも小泉も「民主主義をとりもどす」とかといってイラク戦争に踏み切っているわけだけれど、市民の疑問の声を押しつぶして進む、そして市民の命を奪っていく戦争のどこに「民主主義」「デモクラシー」などというものがあるのか。
 閣議決定であの短い質問時間をごまかしてかわし、自衛隊派遣がきまり、「粛々」が続いているのだが、「いいかげんにしろよ」といいたい。

 同様に市町村合併問題も、まさに「おてもり」「粛々」路線で何も具体的に市民に示さないまま、「新設合併」だとか「議員定数は、、、」などと言っている。先日22日の合併協議会は笑い話のような幕切れだった。鶴岡の他の町村の委員や首長がほぼすべて「住民参加のプロセスが大事だから、せめて新市の名前ぐらいは公募しましょう」路線なのに、鶴岡からでている委員の一人のH氏は「鶴岡という名前がだめだという理由もいわないで、公募というのは、無責任である」などと言って、苦笑を買っているのに平気な顔、そして委員長の富塚鶴岡市長はそうした声をうけて、私も鶴岡でいいと思うし議会もそのような意見が圧倒的だから、もし、公募やるとすれば、鶴岡ではやらずに周辺町村独自でやってほしい」などと意見する始末。全くわかっちょらん。北部でも中央でも新市の名前は公募されている。 一般質問でも問うたが、こうした「協働」ということがわからん自治体のどこに「改革」があるのか? 僕は、今回の合併の論議を機会に、住民と行政の間がつまっていくような、参画、協働のしくみをプロセスの中にとりいれる必要があると質問などの中で提案してきたつもりだ。行政評価をやりながらの合併の調整。 行政幹部達は「はなから相手にしない」風にして、ほとんど無視し続けてきたが、今、そうしたツケが今の協議会のひずみとなって現れている。 この合併問題については、22日に、新市ビジョンの第一段がようやく示された。とても充分とはいえない代物だと僕は思う。ぜひ、市民のみなさんに吟味を願いたい。そしていろいろなご意見をいただきたいと思う。ま、今の市に直接 意見しても無視されるだけかもしれないから、とりあえず僕のメールにいただけないものか。
今こそいろんな意見をぶつけあう時。鶴岡は、何をめざすべきか。バイオテクか、バイオマスか、雇用対策は何したらいいか。地下水保護政策は。環境保全の取り組みは。
そんなことを今こそ喧々諤々いいあわなきゃいけない時だ。 これを読んで、こうした動きにコミットしたい人がいたら、大歓迎。資料などをお見せしながらざっくばらんに語り会うことができたらと思う。市町村合併問題は、最後はやはり住民投票をきちんとやって「みんなで決めた」ことにしたいと考える。

イラク派兵も市町村合併も今が勝負どき。クリスマスだってえのに、
みなさんにとって、いいクリスマスになりますように。お祈りしています。劣化ウラン弾の放射能のガンで苦しんでいる、イラクの子供たちにも一瞬のやすらぎを。しあわせを。そして罪なき兵士たちへも、自衛隊のみなさんにもひとときのやすらぎを。しあわせを。
欲深き、罪多き政治を市民の手に!
Peace

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(土) - 12 20, 2003

イラク派兵について 




十二月議会は、一般質問で市町村合併の事を十五日、一般質問でとりあげ、十六日の総務常任委員会ではイラク自衛隊派遣についての請願について徹底議論した。今日金曜日の朝、ひさびさに八文字屋前にたってイラクと市町村合併の問題について訴えた。
イラクへの自衛隊派遣の問題は、委員会で、反対の請願を挙げ、議論となった。僕は、約30分間を使ってイラクへの自衛隊派兵、次のように考える。と述べた。
●日本の自衛隊派兵は、大義なき米国の侵略戦争に加担するだけの話だということ。
●なぜ大義がないのか? 侵略戦争なのか? 米国が、「大量破壊兵器」があると断定し、国連決議`1441によって「査察継続」の主張だった国連の姿勢を断ちきって、イラク攻撃に踏み切ったこと。
いまだに大量破壊兵器はみつかっていない。
●イラク国内のテロは今も続き、危険な状況は続いている。
●国連でも「戦時下」とみなされている現在において、「非戦闘地域」「戦闘地域」の線引きは困難であること。
また、自衛隊派遣により、米英の占領下に加担すると見なされ、現地で活動するNGOや外交官など、文民がより危険にさらされる懸念がある。
●派遣される今回戦闘に使用された 劣化ウラン弾による放射能被害を受ける可能性があること。

□特に、今の風潮で怖いのは、「日本だけ支援しないというのはいけないんじゃないの」という風潮。これは保守系議員からの質問として僕らに浴びせられた。
これについては、二点。
まず、
●今の枠組みでの派遣では米英の「有志連合」の占領体制に加担することとしか見なされないこと。PKOのような国際的に認知される支援としては新たな国連中心の枠組みにしないといけない。
●現地で十年以上活動しているNGO ピースウイング の大西氏曰く「軍隊組織じゃないと危なくて人道援助ができない」というのは実態とかけはなれたフィクションでしかない」というのだ。「自営隊が得意な分野のニーズがどの程度あるのか」「たとえば、アスファルトの道路を直すのであれば自衛隊は不向き、病院を建てたり、浄水場を修繕するのにも適しているとはいえない」「不得手な人道支援のために自衛隊を派遣し、しかも百億円以上のカネを使うというのは、コストパフォーマンスの面でも引きあわない」「欧米諸国を見ても、最終的に実務をやっているのは全部NGO.「文民のほうが危ないところで活動をしていて、自衛隊は安全なところを目指していくといっている。「(朝日新聞 論座一月号より)さらに、大西氏は、「自衛隊派遣によって、イラクにいる日本人全員の危険度が上がることは確かでしょう」と付け加えている。
こうした現場の視点での見方を最も大事に「真実のイラク国民への支援」とは何かということもかんがえなくてはいけない。ということ。だ。

僕は、この間、テレビ、新聞、雑誌、インターネットと、どの情報をつかむのが適当かを吟味しながらきたけれど、朝日の論座一月号での各者の言論には信頼感を覚えている。大西氏の意見、また、外岡秀俊氏(朝日新聞ヨーロッパ総局長)の「非戦闘地域」という虚構を受け入れる国はない」は、私たちの物の見方を「日米」という見方からはずれ、ヨーロッパとアジアという見方を提示してくれていて、とても参考になっている。外岡さんは、神戸震災の時には災害現場で活動する僕らをことあるごとに訪ねてくれ、「地震と社会」(みすず書房)にまとめてくださった方でもある。あとは週刊誌では「週間現代」の12・20,27号には、海外メディアで紹介された外交官二人の惨殺写真が載り、「大義と戦略のない対米追従外交の結果、日本人外交官殺害の悲劇は起きた」と結んでいる。ジャーナリスト P.アーネット氏の報告も興味深い。「ベトナム戦争のとき、当初は補給部隊として派遣された韓国軍が、次第に戦闘の中心部隊となりベトコン殺しのプロとして知られるようになった。結果、米兵同様に惨殺されていった。その二の舞を日本の自衛隊に踏ませてはいけない」

●最近、僕は、先日来日してくれたカナダのNGOのジョーたちがすすめてくれたマイケルムーアの映画作品にはまっている。(マイケルムーアは去年のアカデミー賞受賞のドキュメンタリー作家)「ボーリングフォーコロンバイン」や、AWFUL TRUTHをほぼ全巻「アグレッシブウォッチ」といった感じで見た。まだこれを見ていない人はぜひご覧になることをお勧めする。軍事大国アメリカの軍事企業の工場がある町でおきた高等学校の銃乱射事件。小学校での事件。アメリカという国のおかしさ。AWFUL TRUTH の一巻目には、湾岸戦争で戦ったが、健康障害に悩む戦争帰還兵の話がでてくる。その裏付けデータとして、湾岸戦争で147名の米国軍人が戦士したが、戦争帰還兵の9600人がなんらかの健康障害で亡くなっているということが示されていた。それと、いかに米国という国が、テレビメディアで動かされているか、叉、真実が、放置されていかに眠っているかをマイケルムーアが示してくれている。なかなか痛快でもあり、僕らもこうしたクリティカルな目を持ち続けないといけないと強いメッセージを投げかけてくれる。「目を覚ませ」そして「権力に負けるな」「常識面しているやつらから負けるな!」「メディアをうまく動かせ」と随分と勇気をもらった気がする。
それから、先日、来鶴してくれた吉村誠司君が語ってくれたイラク現地で人間の盾の活動に参加してきた時の現地報告も非常に参考になっている。劣化ウランによる放射能汚染でどれだけのこどもたちが白血病になり、悲惨な死をとげているか。のどや目が腫瘍やガンではれあがり、腹がいつのまにか膨れ上がり、死んでいく。そしてどんどん生まれている奇形児。これはベトナム戦争の枯れ葉剤の比ではないということ。この劣化ウランの問題も、自衛隊が行くとなれば、必ずふりかかる問題だと思わずにはいられない。

●議会では、十六日の総務常任委員会で、請願は否決されたが、その後で自民党系会派から申し出もあり、「当面見合わせるべき」とした決議を鶴岡市議会からあげることができそうだ。来週の本会議で提出される予定である。議論したかいはあったかな と思う。

今日もNHKで、安保について議論が展開されていたけれど、問題はあの防衛庁長官の姿勢だ。鳥取出身の二世議員だが、全然わけわかんない答え方で、全く大事な事を伝えようとしていない姿勢だ。とにかく議論が煮詰まるのを避けて説明を微妙にずらすのだ。非戦闘地域なんてどこにあるのか、彼らのような現場に疎い連中が派遣のコーディネートをし、自衛隊の一人ひとりの命をあずかっていると思うと異様に気味がわるくなってしまう。
とにかく、今、大事な事は、「だまされないこと」だ。 「人道復興支援」という名目で、どう考えても軍隊にしか見えない自衛隊を、米国中心のコアリッションで言われるまま、派遣することは、全く論理矛盾なのではないか。現場の視点で本来の意味での人道復興支援を考えなくてはいけない。

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(火) - 11 25, 2003

四国の取材。



23日、24日と四国、高知へ飛ぶ。同行は、宇井 純先生、大熊 孝先生、五十嵐敬喜先生、天野礼子女史 である。僕は撮影班。ダム問題に直面している2名の爺の話を聞くという企画。2日間、静岡、大井川の川の問題をお話いただいた  さんと、現地、徳島県那賀川の流域の洪水問題で裁判を争った その前に、一本の川に500もの砂防ダムがある現場を訪れた。お二人とも80歳を越えている。しかしとても詳細にわたる資料を提示しながら、実に熱っぽく語るのだった。木頭村は、藤田村長がダムの反対を主張した村。なんとか地域の経済を土建業から新しいものにしようと、村直営で株式会社「きとうむら」を設立して、特産のゆずとかの加工品や水を全国販売しようとがんばっていたところである。お茶の水にある自然食品や自然グッズの店「ガイア」の日野さんが確か副村長をしていたはず。店員に尋ねると週に2度ぐらい来るということだった。なかなか店の中が凝っていて面白い。自然食品やエコグッズを村の人たちがどのように受け入れたのか、じっくりといつか話を聞いてみたいと感じた。宿泊したところは高知側と徳島側のちょうど分水嶺といえる温泉地。2日間とも時間ぎりぎりまで取材をし現場を後にした。
 取材を終えて、高知空港で先生方をお見送りした後、四万十川でカヌーガイドをやっているとーるを訪ねた。高知から中村までは特急で2時間もかかる。そして中村から深夜料金のタクシーに乗らなくてはならず閉口したが、午後11時半ぐらいに現地についてとーるとゆみさんがつくりあげた心地よいパラダイスに驚く。パーティをやってたようで、なんと桑名晴子さんがミニギターを抱えて歌っていた。震災から8年。95年の夏あたりからぼちぼちはじめた四万十塾は今、発売されている「るるぶ」の高知特集のなんとトップページを飾っている。4泊5日でじっくりとカヌーで味わえる四万十川の川旅。ゆみさんと晴子さんらと着いて3時間ぐらい話をした。そしてハンドメイドログのゲストハウスに止めてもらった。朝おきてとーるとひさびさの対面。190センチを越える体の迫力はそのままだが、四万十塾の塾長として、一家の主として、また経営者としてとても誠実なところが垣間見えた。年齢不詳、元パンクロッカー、そして震災の時の名料理長の相棒。とても魅力的なパワーをもつ人である。朝、ちょっとだけ沈下橋のそばの四万十川の川原に皆で行った。透き通ったエメラルドブルーの水。川幅50メートルの中下流域でも、「泳ぎたい!」と思わせる水の清らかさ。これが四万十川。今度はじっくりと川旅に来たいなと思いながらそこを後にした。さて、カフェコモンズ。今日、明日と掃除大会だ!

Posted at 07:47     Read More  


(日) - 11 23, 2003

keep the water free!



沖縄から、東京まで戻って、議会の視察一行と別れ、カナダBC州から来ている環境NGO  Friends of clayquot sound のジョー、娘のジゼル、そして同行しているカヌーイスト、ダンルイスに会う。ジョーは、伝統的な海のカヌーの彫刻家。そして、彼がつくったカヌーを娘のジゼルが操り、カヌーガイドをしている。その日、彼らが拠点にしている代々木のJATANの事務所の近くのマンションの一室。訪れると、ジョーが一人で、食事のメインディッシュを準備していた。なんでも、クジラ料理だそうだ。セバンらとともにその日の朝にいってきた築地市場でのショッピングで彼らはクジラを買ったのだそうだ。
 しばらくすると頭の回転が早いウイッティーで早口の白人と女子大生のような女の子が現れた。ダンとジゼルだ。ジゼルは若く美しい大きな瞳をもつ女の子で、バークレーのあたりやグローバルグリーンなどに集まっていた、いまどき風なんだけどとても物事を良く考えている、ポジティブなエネルギーを感じる娘だった。
 ジョーは、伝統的な先住民の家系。浅黒い肌で目が大きく、アイヌ系といった感じ。このカヌーは、3艇でうみに漕ぎ出して、クジラをとるんだ。と語り、紙にそれに使う槍の作り方や構造を書いて詳しく説明してくれた。日本の自然環境や東北の文化や月山についてなどなどいろいろ伝えてみた。彼らの文化。そして、彼らが、森を守り続け、古い伝統的な技術を復興させる行動。クレイコットサウンドの森から質の良いマホガニーを使って、伝統的なカヌーを彫りそれを使って海をガイドする。
 僕がカヌーのパドルを握るとき、何か、川と共存してきた人のいにしえの時を感じると同じように彼らは同じように伝説の事を今復元させて文化を復興させているのだと難じた。僕らがこの5年間やり続けてきた月山炎のまつりもそれと同様の事なのだということを踏みしめながら僕は彼らに説明をした。
 クジラ肉料理を食べながら、とても貴重な2時間を僕はすごした。次の日は、東京大学の農学部にある弥生講堂で、インドネシア、パプアニューギニア、ロシア、そしてカナダの森林伐採問題を語り合うシンポジウムがおこなわれた。次々と画面や言葉で映し出される、カネまんなかで推し進められる巨大開発と人権侵害、社会的理不尽の現場。講演の後でダンやジョーと分かち合ったのは、先進国といわれるカネもうけのために、各地で先住民の土地が政府に搾取され、その木が伐採され、また道がつくられ、土砂が流出し、保水力が弱まり、そして、巨木が次々と失われて、今、伝統としておこなわれてきた、それぞれの地域の木材を使ってのカヌーづくりができなくなっている。
 僕がうちで使っているオールドタウンのキャンパーを見せると、みんなに「タッパーウエア」だと一笑されてしまった。’
ガイアシンフォニー3版で、ナイノアトンプソンが復元しようとしたホクレア号のストーリーでも、ホクレアを復元する木がハワイになくててアラスカのボブサムのところかプレゼントしてもらうのだった。
 今回、プレゼンてーションをしたどの先住民にもカヌーの文化をもちあわせていた。その文化が、カヌーを掘る巨木を失うことによってなくなろうとしている。日本をはじめとする先進国といわれるところでの搾取をとめないといけない。
 東京大学の講堂でのシンポジウムの後、神楽坂の定食屋さんでご飯をたべながら、話をした。地下鉄の駅での別れ際、手をふりながら、keep the water free! とジョーが一言。そのとおり。と僕は手をふった。

Posted at 02:32     Read More  


(金) - 11 21, 2003

沖縄3



沖縄視察 3日目。午前中は沖縄市の消防 災害施設。午後は具志川市の健康バイオテクノロジー施設。
途中嘉手納基地を一望できる場所から見る。でかい。沖縄市はその面積の5分の2が基地になっている。嘉手納町は、ほとんど基地になっていて民家が基地にペタっとくっついてあるような感じである。騒音問題、それから、婦女暴行、暴力問題が沖縄市、嘉手納町では絶えないのだということを議会事務局の方から聞いた。視察が終わって那覇へ。食事の時間、沖縄に移り住み、久高島に生きる人のドキュメンタリーを撮っている大重監督の事務所を訪れ、お話する。沖縄、久高のまつり。自然と人のつながり。究極のスローライフ。神と自然。様々なテーマが大重先生の熱い語り口で次々と現れる。途中から私自身がデジタルムービーカムで先生の顔を追うことになるのだが、実に刺激的なテーマをいくつか与えていただいた気がする。「帰りの飛行機の中で読みなさい」と資料としていくつかの新聞の切り抜きがあったが、ハウステンボスを立ち上げた、一人の優秀な建築士について触れたものだった。実に興味深くよませていただいた。それから僕はチャクラにいき、喜納さんと島歌のライブを堪能する。「もういいかげんにしてもらいたいよね」今回の政権交代を真剣に支持して動きまくったという喜納さんは一言。ミッドナイトオイルみたいに、喜納さんが今度出馬したほうが多くの国民が納得するかも と言うふうな話にちょっとだけ花が咲いた。

Posted at 06:34     Read More  

沖縄2



沖縄2日目
午前中、名護のマルチメディア館を視察。最新機器の並ぶインキュベート施設。
昼から南部地域に移動し、ひめゆりの塔をはじめて訪れる。ガマも彼女らが逃げ回ったさとうきび畑もまだリアルだった。
もうこの記憶を忘れ、また、こうした「狂った状況」にのせられそうな今の日本に、ものすごい危機を感じつつ、「もうあなた達のような非情で悲惨な死を繰り返さないよう、私も全力を尽くす」ことを誓った。
今日の視察現場は、普天間の代替基地問題で揺れる名護市のマルチメディア館だった。大層な10億円ほどの施設。このほとんどが防衛庁の予算ぐみによってできあがっている補助金づけの公共事業だった。海上ヘリポートのバーター取引ではないにせよ。キャンプシュワブなどの基地があるために国が用意するカネが大きくからんでいるところが、やっかいだなとおもわずにいられなかった。
 夜、議員団で島歌が聞ける食事処へ。それから、閉店だったが、キナ昌吉さんのチャクラへ行ってみた。スタッフの方がつかまえてくれた喜納さんのバンドのドラマー高橋さんとスタジオで2時間ほどお話する。

Posted at 06:27     Read More  


(水) - 11 19, 2003

沖縄視察1



今、沖縄 名護にいる。山形はもう冬。でもここはまだ半そで。ホテルに聞けば、「まだ泳げますよ」だって。夜反省会で泡盛り何年ものとかいうのをちょっと飲んで睡魔状態から覚めたところ。那覇からのタクシー。タクシーの運転手さんの話。沖縄の土地のほぼ4分の1は、米軍の基地。そういえば、那覇空港につくと、米軍や、日本の自衛隊の飛行機、格納庫、そして宿舎がどんとお目見えした、那覇から、名護にいく途中、ここいら全部左側がみーんな米軍の宿舎 とか、この辺がぜーんぶ、実弾の演習場。最近パイナップル畑で農作業している人のすぐ手前に実弾がとんできて危機一髪だったとか、それから、米軍の連中は、平気で婦女暴行し、一体どれだけの女性が被害になっているかわからないほどだとか、と聞いた。これは最近、退役軍人のウイルソンさんの本で読んだことはあったけれど、今も全くそのままの状況なのだということをまじまじと知ることになった。今、ホテルでは米軍放送というのが流れていて、アメリカの放送がそのまま流れている。名護の話題になるとタクシーの運転手さんがイルカと人魚の話をした。以前、アースアイランドインスティチュートのマークバーマンが来日したとき、この人魚といわれるジュゴンに迫る危機について話をしてくれていた。会場ヘリポートの建設により、ジュゴンの生息環境が完全に犯されようとしている。沖縄タイムス11月18日号トップ面記事によれば、普天間飛行場の代替えとして名護市辺野古沖の海底をボーリング調査するため、那覇防衛施設局は沖縄県土木建築部に公用財産使用教義書を提出したとある。半年で63個所、ボーリング調査をして調査をするのだそうだ。世界で最も美しいとされる沖縄のサンゴ礁リーフを埋め立ててこの施設をつくろうとしている。ジュゴンは天然記念物。この1面にもあるが、環境監視もするようだが、作業計画作成に助言を与える環境省、また会場動植物の専門家、5名については、氏名などを相手の関係上、公表できないとしている。この点。がいまどきでない。18日の沖縄タイムスには、17日ラムズフェルド米国防長官の来沖での稲嶺恵一知事の直訴について報じられている。タクシーの運転手さんによれば、かなりがんばった直訴をやったにもかかわらずラムズフェルドは全く意に介せずといった対応だったとか。沖縄の市民の人権を本当の意味で取り返すには相当の努力と戦いをやらなければならないのだろう。地位協定見直し、そして、15年かかって建設するといわれている名護の普天間代替施設の見直し。こりゃなんとかしなきゃ。首里城で見たけれど、ここ沖縄のもつ文化や自然環境は日本の宝だ。ここにいる市民が、いつも米軍の圧力の中でおどおどと暮らさなくていけないことは、理不尽でしかない。この問題は、日本人の一人として見守っていかなくてはいけない問題だと思う。

Posted at 12:40     Read More  
やれやれ日記。
うーむ。
さて市長選挙だ!
衆議院選挙がはじまった。
23日 鶴岡市芸術文化施設の件
22日、北川元三重県知事の講演を聞きにいく。
五十嵐敬喜 10.19おおいに鶴岡で語る そして20日、菅さんと会う。


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