1月17日分。震災9年を迎える神戸に学ぶ。
1月17日、震災から9年を迎えた。朝5時46分。東遊園地で竹筒の火を見つめつつ黙とう。
今年は元気村の仲間達とフォーラムをやろうということで、神戸、御影公会堂に集合した。あれから9年。僕は「神戸」を何にいかし、今、神戸を果たしてきちんといかしているのだろうか。この日を迎えるたびにそれがぐぐっとつきつけられる。フォーラムでもちょっとそんな話をしたけれど、とにかく神戸での「動き出せ!」から僕の第二の人生ははじまった。なりふりかまわず、がれきの町で笑顔をつくりだす。これが、神戸元気村のミッション。素になって知恵をふりしぼる。やってみる。そして涙でそれが受け止められたりするとたまらない。次は何だ。とモデルを見つけ出す。「こんなことはできまいか」と思い悩んでいると、ふと、それに適任の人材やモノがむこうからやってくるときもあった。不思議とつながるネットワーク。寝ている暇も無く、家もテントでカネもない。そんな中で太い「今」が流れていた。
水が大事なのは、被災地でみんな水に苦労したから。あのとき井戸がすごく役にたったから、鶴岡の井戸つぶしや自己水源放棄には憤りを感じる。この5年、水のまわりについてとりくんだら、蛇口の向こうにとんでもないことがたくさんあった。これをなんとかすることは大いに神戸を「いかす」ことだと僕は信じている。
18日、HAT神戸の復興住宅に住む、元気村でよくボランティア活動をしてくれたおかあさんのところを訪ねた。建物はすごく立派。家賃は5万円とワンルームなみ。でも「仮設のほうがよかった」とその人は言う。仮設住宅で一緒だった人とまた別れなければならなくて、今は友達がいない状態。部屋にいると牢屋にいるみたいだという人が多いのだそうだ。復興住宅に全部移動してから300名以上の方が孤独死としてひっそりと死んでいる。このおかあさんの近所でもそうした事があったと聞いた。
神戸の復興もまさにコモンズの再生が必要。人のきづなをいかにつくっていくか。難問だ。
vHAT神戸の近くに立派な震災の資料館がある。18日は災害系NPOのフォーラムがおこなわれていた。大阪ボラ協の早瀬さんが神戸がいかに今、市民社会に活かされているかを語ってくれた。市民社会は市民運動が担う社会ではなくて、行政も市民化、企業も市民化、市民もより市民化する社会。要は「協働」だ。きちんと行政情報を共有化して知恵をだしあって一歩をつくる。これができている自治体とそうでない自治体の差はどんどんひろがっているのではないだろうか。この恊働する社会こそ、神戸をいかすことだ。市民と行政が知恵をふりしぼってつくりあげる市民社会。鶴岡のレベルははどうか。うーむ。
この17日に神戸にいく直前に、今年修学旅行で神戸を訪れるという櫛引中学校の先生から「話を聞きたい」とのことで中学2年生の生徒の前で当時の話をした。9年前というとこの子たちは、幼稚園!? そんなに年がたってしまったのか。そのわりにはまだまだ「市民社会」は赤ん坊の段階ではないか。もっともっと動きをつくることだろうか。
Posted: (土)
- 1 24, 2004 at 11:37