衆議院選挙がはじまった。
衆議院選挙がはじまった。今回の11月9日は、政権交代できるかどうか。その勝負である。官僚政治から市民政治への転換。これを成し遂げることができるか。民主党については、公共事業のことも、平和のことも一言いいたいことはあるけれど、マニフェストの中で、川辺川ダムや諌早湾干潟の件をとりあげ中止をいっているところは評価したい。 民主党の代表の菅直人さんは、長良川の集会や諌早湾の集会、また、神戸元気村にも何度も足を運んでくれた数少ない国会議員だ。そもそも市民運動からはじまった市民派議員の草分けだから、僕らが抱えている市民運動と国の政治とのギャップ、なかなか世の中を変えることができない歯がゆさというものをとてもよく解っている方の一人なのではないかと私は思う。都会議員と地方議員とのねじれ現象や労組へのしばりなどの中で、鮮明な表明ができないでいる人も多数いるようだが、ここは、小異を捨てて大同につく。利権でどろどろ、金権政治そのもの、冷たい官僚政治の自民党よりは全然いいと思うのだ。
経済通のような顔をして高速道路つくります。ダムつくりますと、いまだに田中角栄のようなことをまだ言い続けている国会議員はいないだろうか。まあ、最近はさすがに露骨ではないにせよである。
過去にそうした政治の役割もあった。けれど、今、そうした役割は終焉し、ある面では官僚コントロールを超越した市民のクリエイティブを活かした社会への転換期が今なのであると思う。官僚国家にはもう道はなく、市民社会にしか、今の閉塞感を打破する道はない。NPO法作成のための運動をしていたとき、ジョンホプキンス大学の バージニアホジキンソン氏とお会いしたときにもそんな話をしていたのを今も鮮明に覚えている。
阪神淡路大震災を思い出してほしい。あのがれきの中で0から1をつくりだしたのは誰だったか。マニュアルの前例主義の官僚行政に何ができたのか。僕はあのときの市民の動き、イノベイティブな市民の動きにこそ、次の社会への、新たなる経済への光があると思っている。
そうした、市民がいきる政策、市民の立場にたてる、そうした政治が実現できるのはどちらかということだ。
さて、11月19日は、鶴岡市では市長選がある。はっきりいって、僕は、もういいかげん、今の市政を根本から変えないといけないと感じている。大事な選挙だ。
鶴岡市民のみなさん、どうか、水の問題、思い出していただきたい。どれだけ、この5年間、へんてこりんなことが起きていたか? 住民投票署名運動をやれば「ダムの水はうまい」などといって自民党の宣伝カーががんがんまわるし、「排除しよう無責任な政治的行動」などと市長は自民党広報に書くし、
受任者名簿は公開されるし、、、。それから、水の切り替え後、アンケートを発表すると、都合がよほどわるかったのか、懲罰動議までだされるし。
どういうことなのか、と思ってしまう。
どうか、思い出して欲しいと思う。今、水の3重苦にみなさん、市民の多くが悩んでいるはず。
この水道問題が象徴的なのだけれど、これが、まさに巨大公共事業の失敗なのだということだ。
「負け」とわかっていても突進しなくてはいけない。いや、市民に突進を強いる政治。それがこれまでのの政治だ。そんな政治にまきこまれて、誇りの地下水100%の水道水を失った市民のみなさんを思うと
ふびんでならないのだ。
こんな話をしていると、「だって水が足りなかったじゃないか」と反論する人がいるかもしれない。
しかし、例をとれば、コップの水を飲むのに、ストローに穴があいてたら、水がのめないじゃないか。
これと同じようなことが鶴岡市では起きていた。井戸のメンテナンスが十分におこなわれていなかったのだ。
都合が悪くなると最近でてくるのが「安定給水」とうことなのだけれど、53年から55年に調査した柴崎研究室は、当時最高の技術で、明快に水源地でどれだけの水が採れるのかを調査している。答えは25万トン持続的に使い得るというものだった。
どうも水の話になると、そっちにひっぱられるけれど、ともかく理不尽 だということだ。
とにかく、11月19日、市長選も衆院選も、官僚政治を越えて、市民の政治が実現できるか、
みんなで、勝負である。
日本を変えよう!
Posted: (水) - 10 29, 2003 at 09:18