2/2 1月の終わり。黒川能と音楽祭
2004年1月の終わり。30日、国会は衆議院。イラク派遣の論議は、尽くされぬまま、打ち切り動議、強行採決。そして粛々と野党の参加もないままイラク派遣が決定された。何と言う政治手法!1月30日は議事運営についての議員研修と合併について協議がおこなわれた。この3日ほど、先日の合併小委員会のときに傍聴者には配布されなかった施策の調整、協議についての詳細資料を当局に請求しつづけている。今日、それが配布された。分厚いページ数に調整事項がぎっちりと書いてある。今、市のサービスと周辺町村の行政サービスは料金やサービスの手法が違うことが結構あることは前にもちょっとだけ指摘したが、福祉の考え方など大きく違うことがたくさんある。できるだけ市民のみなさんに提示をしつつ、声を求めていきたいと感じている。さて、1月31日、今年に入ってから実行委員会がおこなわれたイラクの写真展の準備に行く。森住卓さんの写真展。この写真展はぜひみなさんに見ていただきたい。とにかく、見ていただきたいのだ。国会でも劣化ウランの問題はほとんど真実が語られていない。でもどうか。展示をしながら、白黒のパネルサイズの写真を見ていくと、とんでもないことがイラクでおこっている
ということを感じないではいられない。森住さんは、この週末、鶴岡にやってくる。8日の講演会、こぴあホールに一人でも多くの人に足をはこんでもらいたいと思う。 さて、2月1日、鶴岡音楽祭に行く。ソプラノ、バリトン、バス、素晴らしい歌声。山形交響楽団の音色も、わが母校鶴南合唱団も土曜会の歌声も素晴らしかった。イラクの戦地の写真や、イラクへ派遣される陸自の物々しい壮行式のテレビ映像を昼見た後だっただけによけい平和なおだやかな感じがした。美しい旋律。研ぎすまされた感受性。戦場に駆出される兵士たちにはそうしたことを持ち合わせる自由はない。駐屯地の体育館であの小泉や石破の美辞麗句を並べた激励を受けて、迷彩服をイラクへ飛び立とうとしている兵士たちと、文化会館の中で美しい音色に聞き入り、「雪の降る町を」を歌った鶴岡市民。同じ国の中で自由な平和と不自由な殺しあいが同居しようとしている。 自由に語り合えない、自由に物事を感じることができない、狂った社会「戦争」の状態をつくりだすべきではない。絶対に。 深夜、黒川能を見にいく。上座、下座。いつもより暖かいけれど、それでも零下2度の静かな旧正月、夜を徹して奉納される能のエネルギー。役者も奏者も数日前にこの日のための豆腐を焼く人も、地域がひとつになって生み出されるとてつもないパワー。櫛引町の人の団結の力、文化力を強烈に感じた。この庄内のエネルギーはすごいのだ。 能は人が鬼に簡単に変化する、この世とあの世の境なき世界観ともいわれる。こんな世界をつくりだす。そして神に向けて奉納する。こうしたまつりを今も、多少悩みつつも
脈々と受け継ごうとするこの地を愛さずにはいられない。 こうした文化が、派兵だ、町村合併だというごたごたの中で消されないことを心から望む。
Posted: (月) - 2 2, 2004 at 11:14