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オフト監督以降の日本代表の試合結果を大陸別に集計してあります。
余裕の2連覇。日本代表は南米、欧州の中堅国パラグアイ、ユーゴを無失点2連勝で破り、2年続けてキリン杯を高く掲げた。相手国のクオリティ、大会開催時期という点から考えて、チーム力強化、実戦経験、いずれの面からも収穫があったかどうか判断が難しい大会だった。(もちろん日本の優勝という輝かしい結果の価値は下がるものではないが)
ファイナリストへの名乗り!大会前に誰がこの結果を予想できただろう。大会前の不安をよそに日本は格下カナダ、アフリカ・チャンピオンカメルーンを鮮やかに連破し、Bクラスとはいえブラジルにスコアレスドロー、ノルマであったグループリーグ通過を見事1位ででやってのけた。準決勝オーストラリア戦では豪雨の中、尽きることのない勝利への執念を見せ、数的不利を背負いながらも中田のFKで勝利。決勝フランス戦でも最大の成果である安定した守備は変わらず、0-1で破れたものの準優勝の栄誉を手にした。
アジアを駆け抜けるブルーの衝撃。5勝1引分、6試合21得点6失点の圧倒的な数字を残しての優勝。イタリアでもまれた名波がチームに活力を与え、俊輔のFKが相手守備陣を無力にする。森島が縦横無尽にピッチを駆けめぐり、高原・西澤が時には豪快に時には抜け目無くゴールを量産する。稲本が敵のカウンターの芽をつめば川口が奇跡的なセーブでゴールを守る。そして6試合を戦い抜いて手にしたアジアチャンピオンの称号。トルシエ監督が就任して二年、2002年ワールドカップに向けて日本代表は確かな足跡を刻みつけた。
欧州三人組(中田英、名波、城)を欠いた日本代表だったが、初戦スロバキアに1-1のドロー、2戦めボリビアに2-0と勝利し、勝点、得失点差、総得点とすべてスロバキアと並び、両国優勝という結果となった。試合内容的にはもの足らない点が多かったものの中村俊輔、柳沢ら五輪代表世代の活躍が目立った大会だった。
トルシエ監督の去就問題直後に行われたモロッコへの海外遠征・ハッサン二世国王杯。日本代表はそれまでの悪評を吹き飛ばすかのような好ゲームを演じ、特に攻撃面では大きな成果を携えて帰ってきた。ヨーロッパ選手権を間近に控えたW杯王者(その後ヨーロッパ選手権も制した)フランスをPK戦にまで追いつめ、フランスワールドカップでの記憶も新しいジャマイカに4点取っての快勝。西澤と森島のセレッソコンビと左サイドに定着した俊輔がその攻撃力を惜しみなく発揮、久しぶりに代表に加わった城も2得点と気を吐いた。
後半34分、河錫舟の豪快なシュートが日本のゴールに突き刺さる。ソウルでの宿命のライバルとの戦いは0-1という数字以上の惨敗に終わった。577日間の強化の集大成として迎えた一戦での敗北にトルシエ監督の去就問題に火がついた。
中田英、名波、城と3人の欧州勢を加えベストメンバーを揃えたトルシエジャパンだったが、中国守備陣を何度も崩しながら、またしてもゴールネットを揺らすことはできずスコアレスドロー。2002年に向けて決断の時は迫っている。
2000年10月にレバノンで開催されるアジアカップへ向けての第一歩、日本はシンガポール、マカオ、ブルネイに3連勝をあげ余裕でコマを進めた。しかしながら9得点したブルネイ戦を除いては格下の相手になかなか思うように得点できない展開。未だに決定力不足が解消されていない現実を認識させられた。とはいうものの、ブルネイ戦では中山が試合開始3分16秒でハットトリックを達成すると言った離れ業を演じて見せ明るい話題を提供してくれた。
ドーハ、フランスを経験したベテランに五輪代表世代の選手を加え、スタートした2000年の新生日本代表だったが、ふたを開けてみればメキシコに敗北、香港選抜にPK勝ち、得点0失点1という結果に終わり、フランスW杯からの課題はすべてそのまま。選手のゴールへの意識、トルシエ監督の采配とすべてが失望に覆われた大会だった。
ジョホールバルで死闘を演じたイランを横浜へ迎えての一戦。ラッキーなゴールで先制しましたが、ダエイのFKで追いつかれ、後は防戦一方に...若い世代の大活躍と好対照な迷走するA代表を象徴するようなドロー試合でした。
伝統あるコパ・アメリカ、南米選手権にアジアの国としてはじめて日本が招待されました。ペルー、パラグアイ、ボリビアといった南米の強豪国相手にワールドカップ初出場から1年たった日本の実力はどこまで通用するのでしょうか?中田不参加は残念ですが、圧倒的アウェイのスタジアムで2002年に向けての手応えを確認してほしいと思います。
ベルギー、ペルーといった強豪国相手にいずれもスコアレスドローでした。無失点は賞賛に値するものの昨年からの決定力不足の問題が改めてクローズアップされました。
フランスW杯から大きく変身した新生ブラジル代表を国立競技場に迎え撃ちましたが、中田の凱旋帰国も実らず0-2と完敗を喫しました。
トルシエジャパンの初戦、ワールドカップのメンバー中心に構成された新星日本代表は、アフリカチャンピオン・エジプトに対しフランスで見せたような見事な組織守備を見せ1-0と勝利を上げました。
初めて世界の舞台に立った我らが日本代表!アルゼンチン、クロアチアといった優勝候補ともいえる強豪を相手に強固な守備を武器に闘いましたが、いずれもエースストライカーの一撃に涙を飲むことになりました。しかしジャマイカにも負けてしまうとは....中山選手の得点が新たな可能性を次へつなぎました。ちなみにこの試合の詳細レポートは、あまりの熱狂と悔しさのため今のところありません。1年たったら冷静に振り返りたいと思います。
異例の非公開という形で行われたメキシコ戦、最後の調整を行ったユーゴ戦は3バックの守備に手ごたえを感じつつも、攻撃に物足りなさが残る試合でした。
W杯を意識した守備的な布陣で望みましたが結果は2引き分け。チェコに優勝を譲り4連覇を逃しました。
激しい雨が降る蚕天スタジアムでの死闘は韓国に凱歌があがりました。
ワールカップイヤーの幕開けとなる国際大会は見事韓国を破り3連覇を達成しました
何度も崖っ淵に追い込まれながら、ついに夢のフランスへのチケットを手にした日本代表。SOCCER JAMが日本代表を追いかけ始めたのは96年12月からでした。そのアジアカップ96から最終予選イラン戦勝利の瞬間までの喜怒哀楽の記録をまとめてみました。 |