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Rev 0.1
どうも、私の記憶のないところでいろいろとあった。そういえば、小学校にはいるころはト音とヘ音譜表がよめていた記憶がある。いつどうやって覚えたのかはほとんど覚えていない。でもなにかで覚えたのはたしかである。学校に入る前にフルートがほしいとねだったことがあるが、けっきょくピッコロを買ってもらった。オーケストラで使われる本格的なものではなかったが、真鍮製のしっかりしたやつで、見た目はきれいだった。夜になってもぴろぴろやっていてしかられた記憶がある。この癖はいまでもなおっていない。
小学校では音楽らしきことはあまりしなかった。でも近所のともだちがピアノをならっていて一回レッスンについていったことがある。それをみていて習いたくなったけど、家が裕福でなくて親には言えなかった。音楽の時間にピアノをさっそうと弾いている子がうらやましく、教科書のうらにある紙鍵盤(これがわかる人はそうとう古い)で練習していた。そういえば、このころの楽しみは年に一度の家族スキーだった。
音楽の時間に書き取りの授業があった。先生がピアノをひいて生徒が五線にかきとる。いわゆるソルフェージュってやつ。ちょうどそのとき私は最前列の席であった。何回も先生がピアノを弾き、みんなができあがったころ(わたしはさっさと書き取っていた)せんせは私の五線をのぞきこむ。「ふむふむ」私はどっかまちがえたかと・・・「じゃあだれか黒板にかいてみろ」と先生。結局わたしが指名された。ところが意外にもせんせは私の絶対音感を発見してくださった。(絶対音感の意味がわかったのはそれから数年後でした)
1年うえの先輩にさそわれてギターマンドリンクラブにはいった。最初はマンドリンを弾いていたが、部室にころがっていたコントラバスになぜか興味をもって、3年になっていそいそと練習をはじめた。いつのまにか昼休みに部室にいって20分ほど楽器をさわるのが日課となっていた。学年主任にみつかっては「おめーらぁ勉強せい」(註:岡山弁)と嫌味をいわれる。あげくのはては共通一次試験(これも年代もの)の前月の学内クリスマスコンサートに出演するしまつ。あわせて、ちょうどつきあっていた彼女とねんごろに。。。
はれて念願のW大理工学部に合格する。これがまた奇跡みたいだったのであるが。親には悪いがひとつW大受験にあたって密かに決意していたことがあった。受かったら勉強はほどほどにして、オーケストラに専念すると。もし国立大に合格したらおとなしくまじめに勉強しようと考えていたのだが。。。
オーケストラの初舞台は、モーツァルト「魔笛」序曲だった。中プロが29番、メインが39番という、初心者にとってはとんでもない組み合わせ。。。でも先輩方は、おまえ乗れ!と。コントラバスの当時の団員は、1年坊主のわたしだけだったという事情もあるのです。この曲がいかに難曲であるかは当時はしるよしもありません。いまでもこの3曲にはそうとういれこんでいる。
いまでも使っているこんとらばすはこのころ親から入学祝いに買ってもらったもの。
3年のとき、ちょっとした野望をえがいてしまった。卒業演奏会で「自作の作品」を演奏しよう!ところがどっこい、ピアノがない・ひけない。。。急いでバイエルを買ってきて2ヶ月くらいで即席練習。ハ長調の簡単な曲が左手右手バラバラでもけっこうひけるようになった。おっと、使った楽器はピアノではなく、秋葉原で1万円で買ってきたカシオ製のキーボード。音域は3オクターブしかなかった記憶がある。曲は弦楽四重奏に決定。同時に鳴る音が4つですむのがその理由。このくらいならソルフェージュを即席で訓練できるとたかをくくった。しかし・・・
難行苦行はまだ続く。テーマがさっぱりおもいうかばない。ソナタ形式なんぞもからっきしわかっちゃぁいない。4年生夏頃になって、各楽章の主要なもモチーフはそろった。曲名は「弦楽四重奏第1番(Chaotic)」ところが和声がひどいいったらありゃしない。なのに無謀にも、派手な転調をあちこちで画策しているしまつ。またまた即席の和声のお勉強。 でも2楽章のできはなかなかで、まちがいもけっこうあるけれど、今でも気に入っている。今きけばあちこち音がおかしく、恥ずかしいかぎりだが当時の意気込みがつたわってくる。4楽章は勢いで年が明けてから書き殴った。
初演データ:(スコアの裏に書いてあった記録)
作曲 1984.4.1ー1985.3.18 op.3
初演 1985.3.24 早稲田大学フィルハーモニー管弦楽団 卒業演奏会
1楽章 Allegro moderato in e-moll
2楽章 Largo cantabile in B-dur Air
3楽章 Andante con sentimento (requiem) in a-moll
4楽章 Allegro con fuoco in D-dur
※この場をお借りして、初演の4人のメンバにあらためて御礼を申し上げます。
2楽章の走り書き:
一度は失恋の気分を味わったろう。その境地はこんなもんだ。Vcはたんたんと無機的に音をきざむがよろし。
自筆のスコアの写真はこちら。
その後改訂したスコアの写真はこちら。
アーティキレーションを書き込んだパート譜はうしなわれてしまった。スコアは悪筆鉛筆の走り書き。当時の解釈は作曲者にしても不明になった。ほんとうにわからないんです(悲)
1990年 某日 こんな曲ができあがった。(MP3はこちら) 独学とはいえ、5年もたてば多少は進歩したようだ。現在の家に引っ越すとき、直筆のスコアが発見される。Macには電子化して保存してあったが感慨ひとしお・・・
曲データ:
いちおうソナタ形。 ハ長調。展開部はハ短調からさらに遠隔の変ホ短調まですすみ、2小節で一発転調してハ長調にもどる。ここの工夫はいま見直しても傑作だった。しかし第1主題と第2主題の対比がまったくだめ。単に2つのテーマをくっつけただけ・・ 最初はMSXのMMLで書かれていた。後に五線紙に書き写される。Macに入力されて、1994年にさるDTMコンテスト用の作品に移植される。
原題は "Trio di Bassi" 「ベースのためのトリオ」オーケストラ音域の3本のコントラバスのための作品。
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