「風の歳時記 秋・冬」 清水 潔


●秋の風

・秋風
 四季の風のなかでも秋の風は、多くの人々の心をとらえてきました。

   秋風の吹きわたりけり人の顔   上島鬼貫
   吹きおこる秋風鶴をあゆましむ  石田波郷

 平安時代の文人たちは、〈もののあはれ〉や〈をかし〉の感慨を秋風に抱きましたが、その伝統が今日まで受け継がれています。
 秋の風はひそかに忍び寄ってくる、それだけに物思う気持ちにさせられるものだといわれるのもそのひとつです。それは次の和歌によって始まりました。

   秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる  藤原敏行
   おしなべて物を思はぬ人にさえ心をつくる秋の初風     西行法師


・色無き風 ・爽籟(そうらい)・素風(そふう)
 秋の風には、無色透明のなかに身をひたすような寂寥感があります。それで「色無き風」や「素風」といいます。「素」は白の意です。
 また、「爽籟」ともいいますが、これは秋風のさわやかさを強調したものです。 籟は風があたって出る音、響きのことです。

   籠らばや色なき風の音聞きて     相生垣 瓜人
   爽籟や空にみなぎる月あかり     日野草城 


・盆東風(ぼんごち)・送南風(おくりまぜ)
 盂蘭盆会、俗にお盆は、陰暦7月15日の秋の民間行事です。このお盆のころに吹く東の風を「盆東風」といいます。亡くなった人の霊を送迎する涼しい柔らかい風です。
 精霊を送ったあとの南風は「送南風」といいます。

   盆東風や波に日暑き須磨の海    谷村凡水
            

・やまじ
 夏から秋にかけては、山から吹き降りる風もあります。「やまじ」「やまぜ」といいます。瀬戸内海沿岸地方のやまじは悪風として有名です。


・野分(のわき のわけ)
 「台風」も秋の風です。草木を吹き分ける暴風なので、「野分」ともいいます。  

   撫で殺す何をはじめの野分かな   三橋敏雄
   大いなるものが過ぎ行く野分かな  高浜虚子


・黍嵐(きびあらし)・芋嵐(いもあらし)
 直立するサトウキビの茎を倒さんほどに吹く嵐もあり、「黍嵐」と呼ばれます。里芋の大葉をなぎ倒すほどの嵐は、「芋嵐」と言います。昔は、芋といえば里芋を指しました。それで、芋掘りの芋も里芋のことでした。

   雀らの乗ってはしれり芋嵐     石田波郷

・風祭・風の又三郎・風の盆
 風祭りもこのころ各地で行われます。
 私たちの祖先は、風を単なる自然現象とは見ないで、霊的なものが去来していると考えていました。東北地方でいう「風の又三郎」や新潟県地方の「風の三郎さま」は、風を妖怪や神としてとらえていたあらわれです。昔の人々が風に望んだのは、どのように風を迎えるかではなく、どのようにして鎮めるか、またはどのように無難に送りだすかでした。各地に残る「風祭り」の目的もその一点にあります。

 観光で有名な越中八尾の「風の盆」は、風の神送りと祖霊供養の踊りが習合して生まれた芸能です。     

   菊焚(た)くや来い来い風の又三郎   山下零三
   手の見えて手の消えてゆく風の盆   平山雄一


・雁渡し(かりわたし)
 初秋のころ晴天の日に吹く北よりの風は、「雁渡し」です。初め雨を伴なうが後によく晴れ、これが吹くと急に秋らしくなります。
 雁が渡ってくるころに吹くのでこの名があります。雁がこの風に乗って大陸から渡ってくると信じられていました。実際に、秋の彼岸すぎごろからガンやカモなどの渡り鳥はやってきます。

   草木より人飜(ひるがへ)る雁渡し  岸田稚魚

 最近では、ガンやカモなどの野性の水鳥がインフルエンザウイルスの運び屋として注目を浴びています。このウイルスのなかには、ニワトリやウズラなどの飼い鳥に感染すると非常に高い死亡率をもたらすタイプがあります。
 このタイプが怖いのは、人のインフルエンザと混じり合い、人間の間で感染する能力を持つ新型のウイルスが生まれる可能性があることです。この新型が出現すると、人はまったく免疫力を持たないので、世界中で莫大な感染患者が出現すると予想できるため、いま各国で躍起になって警戒をしています。

 1918年に世界各地で猛威をふるったスペイン風邪も、こうして生まれた新型インフエルエンザであるらしいのです。この風で全世界の6億人が罹患し、3,000 万から4,000 万人が死亡しました。日本には1年後の冬に流行が持ち込まれ、罹患者は2,300 万人、死者は38万人に及んだといわれます。
 もし、今後、新型のインフエルエンザが出現したら日本では、罹患者は1,000 万人以上、死者は17万人にのぼるだろうと考えられています。これを考えると、渡り鳥や「雁渡し」に暗い影を見てしまいそうです。


●晩秋から初冬の風

・神渡し ・神立風(かみたつかぜ)
 10月から11月にかけて「神渡し」と呼ばれる西風が吹きます。
 新暦11月は陰暦の10月・神無月にあたり、この西風に乗って日本中の神々が出雲に集まるので、この名があります。神が出雲に出立するので、「神立風」ともいいます。八百万の神々が旅立つなかで七福神の恵比須だけが、その地に留まって留守を守ります。その恵比須さんの労をねぎらおうと始まった祭りが、恵比須講です。

   峡の湯に畏(かしこま)りをり神渡し   宮本由太加


・星の入東風(いりごち)
 星のスバル(昴)もよく見えるのもこの時期からです。それで、中国地方では初冬に吹く北東の風を「星の入東風」といいます。

   スバル出て星の入東風吹きどよむ     奥田杏牛


●冬の風

・凩 (こがらし)
 最後の紅葉を散らせて枯れ木にするのが「木枯し(凩)」で、冬の季節風の走りです。
  
    凩や東京の日のありどころ      芥川龍之介
   木がらしや目刺にのこる海の色    芥川龍之介


・北風(きた きたかぜ) ・ならい 
 冬の季節風はほとんど北寄りの風なので、「北風(きた きたかぜ)」といいます。                        
 東日本の太平洋側で吹く北風は、特に「ならい」といいます。

   北風に言葉うばはれ麦踏めり     加藤楸邨

・空風(からっかぜ) ・北颪(きたおろし)
 江戸や上州名物の「空風」もこのころには吹きます。秩父や上州の山から吹き下りてくる強い北風で、冬の到来を告げる風といわれます。山岳地帯から平地に吹き降ろすことが多い北からの季節風なので「北颪」ともい居ます。

   胸中に抱く珠あり空ッ風       富安風生


・山おろし
 山から吹き降ろす北よりの空っ風は、太平洋側では「おろし」といいます。おろしは山の名をつけて呼ぶことが多く、「筑波おろし」「赤城おろし」「六甲おろし」などです。野球の阪神タイガースの応援歌も「六甲おろし」でしたね。あの熱狂的な阪神フアンの合唱を一度近くで聞きましたが、おろしの風のうなりがよく想像できました。

   憂かりける人を初瀬の山おろし
     はげしかれとは祈らぬものを    源 俊頼

「私につれなく振舞ふあなたの心が私になびくように、初瀬の観音様にお祈りしておいたのに 、あなたは以前より冷たく、初瀬の山おろしみたいに激しく当たるやうになりましたね。 そんな風になるように祈ってはいないのに …」という意味です。


・乾風(あなじ)
 西日本地方では北西の暴風が吹きますが、これを「幹風」と呼んでいます。「あな」は感嘆のことばで、「じ」は風の意味の方言です。

   市はここ人まばらなる乾風かな   津田一鳳


 私たちにとっても「風」とはいったいなんでしょうか。単なる空気の流れという物理的な解答ではなく、人の暮らしやその土地の有り様と深くかかわった言葉であるようです。風光、風景、風流、風土、風習、風采、風刺、風説などの熟語をみてもそのことがうかがい知れます。また、何故、風の字のなかに「虫」があるのでしょうね。古い文字では、虫ではなく鳥が「几」の中にある「鳳」の文字が「かぜ」を意味していました。

(漢字の語源の話は、別のサイト「漢字の探検[字謎]」を参照ください)






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