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日本列島は、世界有数のモンスーン(季節風)帯に位置していますので、四季折々にさまざまな特徴的な風が吹きます。また、複雑な地形のために局地的な強風も吹きます。 そういう風は、農業や漁業をはじめとして、土地の人たちの生活に大きな影響を与えてきました。そのため、日本人は日頃から風に対する関心も大きく、名までつけて風に特別な思いを寄せてきました。 そのなかでも詩歌にうたわれる代表的な四季の風を紹介します。(「・」のある風は全て季語です。)
●春季の風
・東風(こち) 北風がゆるんでくると、雨をともなって柔らかい東の風が吹いてくるようになります。この春の匂いを運んでくる風を、「東風」といいます。天神(雷神)とされている菅原道真の次の和歌、 東風吹かば匂ひおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ 菅原道真
で一躍有名になった風です。これは菅原道真が、太宰権帥(だざいのごんのそち)として筑紫に流されたときに、京都の我が家の庭の梅をしのんで詠んだ歌です。この歌に感じた梅の木が、道真の居る太宰府まで一夜のうちに飛んで行ったという伝説があります。
夕東風のともしゆく燈のひとつづつ 木下夕爾
夕暮れに吹く東風は、いっそう抒情的気分になりますので、このような句も生まれます。 また、「梅東風、桜東風、鰆(さわら)東風」などと、そのとき咲く花や捕れる魚の名のついた東風の言い方もあります。
この時期の東風は、強風となることがあるので「・荒東風(あらごち)」、海上では時化ることが多いので「・東風時化(こちしけ)」ともいいます。もとは漁師の間で言われていたことばで、それだけ東風は警戒されていました。
荒東風に灯の騒ぎ出す船溜まり 松崎麻美
・春一番 春の到来をはっきりと告げるのは、「春一番」です。立春後、最初に吹く南寄りの強風がこの風です。もとは壱岐の漁師の言葉でした。季語になったのも戦後のことです。
春一番砂ざらざらと家を責め 福田甲子雄
・涅槃西風(ねはんにし) 春一番が吹いても、まだ冬の季節風のなごりの風は吹きます。 「涅槃西風」もそうした風です。釈迦が入滅(涅槃)したのは陰暦2月15日。西行法師が「願はくは花のもとにて春死なむそのきさらぎの望月のころ」と詠んだ月日で、現行暦では春の彼岸にあたります。この頃に吹くやわらかい北西風のことです。 「・彼岸西風(ひがんにし)」ともいいます。
涅槃西風声とはならず遠会釈 池上於兎吉
美徳とされた日本人のコミュニケーションの「会釈」、無言のままでも遠くの人とこころを通わせる挨拶と、慈悲を説いた釈迦を偲ぶ西風の取り合わせがなんとも粋です。
・貝寄風(かいよせ) 冬のなごりの季節風は、さまざまな貝殻を浜に吹き寄せたりします。難波の浜に寄せられた貝殻で作った造花を供えるのが、大阪の四天王寺の聖霊会(陰暦2月22日) です。このころに吹く強い北西風を「貝寄風」といいます。
貝寄風に乘りて歸郷の船迅し 中村草田男
・比良八荒(ひらはっこう) 同じころ、琵琶湖西岸の白鬚神社では、比叡山延暦寺の衆徒が法華経8巻を読誦する法会(陰暦2月24日から4日間)があります。これを比良八講といいます。このころは寒気が戻る悪天候となることが多く、比良山地から強風が琵琶湖に吹き降りることがあります。この風を「比良八荒」と呼んでいます。
天地哭く比良八荒の波厚し 清水きよし
昭和16年(1941年)、 旧制第四高等学校(現在の金沢大学)のボート部員とそのOB11名が突然の突風、比良八荒で遭難しました。この遭難事件は、当時衝撃が大きく、「琵琶湖哀歌」が作られ、歌いつがれています。 比良八荒は、琵琶湖と山地の気温差により起こるもので、地元の漁師やヨットなどの水遊びをする人に今でも恐れられています。
・春疾風(はるはやて) 春の強風は「春疾風」ともいいます。春の暖かい突風で、のちに暴風雨となることが多いのです。
暗算の指動きたる春疾風 横山香代子
・黒北風(くろぎた) 「黒北風」も春3月、寒のもどりのときに吹く北よりの突風です。春先に、一時的に冬型の気圧配置に戻って吹く北西風は、「・春北風」といいます。
空缶の日を切りかへす春北風 上村占魚
・春風 春の日に吹く穏やかな風、春風駘蕩の風です。
春風のどこでも死ねるからだであるく 種田山頭火
・風光る 春も深まってくると、まばゆいような明るさをもたらすやわらかい春風が吹きます。その風を「風光る」といいます。
風光る白一丈の岩田帯 福田甲子雄
岩田帯を巻いた妻の誇らしげな、はずかしそうな様子までもが、風光るの一語が語っています。「江戸座」が求めるシャレた句です。 岩田帯は、妊婦が腹部を保温・保護し、胎児の位置の正常を保つため腹に巻く帯のことです。多くはさらしを用い、妊娠五か月の戌(いぬ)の日からしめる習慣があります。
・まじ 春から夏にかけては太平洋側におだやかな南風も吹いてきます。これが「まじ」と呼ばれる風です。桜の咲くころに吹く南風は「桜まじ」、晩春の穏やかな海上に吹く南風は「油まじ」などといいます。
下町の運河を渡る桜まじ 吉野たちを
●夏の風
・薫風(くんぷう) 風薫る5月・・・語源は漢語の「薫風」を訓読みして和語化したものです。最初は花の香りを運んでくる春の風を指すこと が多かったのですが、だんだん青葉若葉を吹きわたる爽やかな初夏の風の意味に変化してきました。
薫風や蚕は吐く糸にまみれつつ 渡辺水巴
・あいの風 春から夏にかけて日本海側では、北寄りのやや弱い涼しい風が吹いてきます。これは「あいの風」と呼ばれ、漁師や船乗りたちに喜ばれます。帆船時代は、この風に乗って北前船が北海道や東北の物資を日本海側から関門海峡を経由して上方に運びました。 この風が夏の土用のころに吹くと、「土用あい」という言い方をします。
波かぶる海鼠(なまこ)の筏あいの風 棚山波朗
・ながし 初夏になると、しめった南風も吹いてきます。これを「ながし」といいます。木の芽どきに吹けば「木の芽ながし」、筍のころだと「筍(たけのこ)ながし」などといいます。
筍ながし簾あがれば隠れけり 長谷川かな女
・青嵐(あおあらし せいらん) このころのさわやかな南風は新緑の香りを運んでくるので、「薫風」と呼ばれます。その風が強いと「青嵐」と呼ばれます。
青嵐神社があったので拝む 池田澄子
緑色を感じる風を全身で受けとめる、その心地よさについつい拝みたくなった……その粋な気持ち解ります。
・南風 夏の南風は、「みなみ」または「はえ」「なんぷう」といいます。 真南からの南風は「まはえ(正南風)」、梅雨時の南風は「黒南風(くろはえ)」、梅雨明けの真夏の南風は「白南風(しろはえ しらはえ)」ともいいます。
南風の蟻吹きこぼす畳かな 芝不器男 黒南風の予感に銀座丸の内 坂井 建 白南風の夕浪高うなりにけり 芥川 龍之介
・ひかた 夏の南風も強風になることもあります。日本海側一帯では、その風を昔から「ひかた」、または「しかた」と呼んでいます。日のある方から吹く風の意味です。 天霧らひ 日方(ひかた)吹くらし 水茎の 岡の水門(みなと)に 波立ち渡る 「万葉集」
福岡県芦屋町の遠賀川の河口は、万葉の時代から近世まで「岡の湊」といわれていました。歌は、日方が吹いて波も立ってきたのでそろそろ船出しようかと、いう意味です。 岡の湊は、海路、陸路の要衝であり、当時は物資や人々で賑わっていました。
・だし 陸から海に向かって吹き、船出に便利な風ということからきた風の名です。だしが日本海側の海岸で吹くと、フェーン現象を起す風となることがあります。脊梁山脈を越えるまでは雨を降らせますが、山から吹きおろすときは乾燥した風となり、100 メートル下がるごとに気温が1 度ずつ上昇し、平地では高温に達し、作物や牧草の夏枯れをもたらし、ときには大火を引き起こします。
・やませ 夏でも北よりの風が吹くときがあります。北日本に吹く冷たい風「やませ」です。冷害をもたらすことがあるので「凶作風」とも呼ばれます。江戸時代の大飢饉の原因はこの風でした。
やませ吹く野仏多き遠野郷 下田静子
(「風の歳時記 秋・冬』へ続く)
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