「豆腐歳時記」   清水 潔


●日本人と豆腐

 朝食をパン食にする家庭が増えている。それでもみそ汁に白飯は、日本人
の食生活の基本であることには変わりはない。そのみそ汁には豆腐がつきも
の。豆腐は庶民の食べ物であるが、伝統的な日本料理でも、豆腐抜きは考え
られない。
 その豆腐は,中国の伝来品。紀元前二世紀、漢の時代、淮南王の劉安が発
明したという。これはあくまでも伝説。日本には十二世紀、鎌倉時代までに
は、禅僧らによって持ち込まれた。まもなくして、寺の精進料理から庶民の
惣菜として普及しはじめ、発展して代表的な日本料理の一つとしての地位を
えるまでになった。
 味が薄味だから、味をつけやすい。主食の米と食味がよく合った。仏教の
影響で、肉食をする習慣なかった時代には、豆腐の植物性蛋白質は貴重であ
った。これだけでも十分普及する要素はもっていたが、日本料理を代表する
までにはならないだろう。
 
 日本人は料理を目でも食べる。
 豆腐の純白で、均質な姿が「まっさら」を好む日本人気質と、また、変形
自在な柔軟さが、日本的美意識にピタリと合ったのではないだろうか。
 豆腐発祥の地、中国の豆腐料理が揚げる、炒める、蒸すと数多の手をかけ
るのを基本として発展したのに対して、日本の豆腐料理はその逆を行く。ほ
んとうにおいしい豆腐の食べ方は、「奴か湯豆腐をもって至高となす」とい
う食通の粋は、日本人の美意識を語ってやまない。奴も湯豆腐も、ほとんど
手をかけずに、豆腐そのものの旨味を味わう。伝統的な日本料理の、どんな
に加工しても食材の本質をそこなわずに調理するのが本道という考えかたか
らすれば、豆腐は都合のよい材料であただろう。

    
●冷奴と薬味

 買ってきたままの豆腐を切って、薬味を加えて生醤油で食べる。これほど
豆腐の豆腐らしい食べ方はない。これでは料理とはいえないという意見もあ
る。夏は豆腐を冷やしておく。これも料理のくふうとはいえないか。暑い盛
り、半ば水に沈んだ奴を見つめた瞬間に、もう涼味を予感する。
 薬味には、卸大根、わさび、卸生姜、陳皮(みかんの皮)、刻みねぎ、青
紫蘇の千切り、のり、唐辛子、削り節などを用いる。じつに多彩。このうち
のどれかがあれば、豆腐の旨味を一層引き出してくれる。
 薬味は、豆腐の味や色彩の効果を際立たせてくれる。薬味の効果はこれだ
けではない。本来の目的は、〔生薬〕としてのはたらきにあると考えたほう
がよい。薬味は体にいいものばかり。生姜はからだをあたためる。大根卸は
消化をたすける。山葵は毒消し。削り節は大豆に欠けている栄養素を補うの
で、豆腐はこれによって良質な蛋白質になる。
 一般に辛味を主体にした薬味は、その刺激成分が食欲増進をはかり、唾液
や胃液の分泌を多くして消化を助成。さらには毒消しの作用までもっている。
 四季折々の新鮮な食材にめぐまれていた日本人の先達は、天然の味覚を享
受しつつ、繊細な舌で、食べ物と相性のよい薬味を発見してきた。味や香り
をプラスして、料理にふくらみをもたせる効果だけでなく、薬味をそえるこ
とで家族の健康をおもう先達の心づかいを、わたしたちも受け継いでいきた
いものだ。「医食同源」とはよくいったものだ。

 話を奴豆腐にもどす。奴というのは、豆腐を四角に切る切り方のことで、
槍持ち奴の紋が四角いのに由来する、という説と、「冷ヤッコイ」が転化し
て「ヤッコ」になったのだとする説とがある。
 冷奴には、木綿豆腐でも、絹ごしでもいい。これは好きずきだろう。木綿
と絹は舌触りについてのこと。どちらも同じ麻と木綿の袋でこして作る。重
石をかけて水分をとるしかたがちがうだけ。木綿のほうが大豆の滋味とくさ
みが残る。


●湯豆腐で人生を感じる

 大方の日本人は、夏に冷奴で、冬に湯豆腐を食べる。豆腐はそのままでも
からだのほてりを冷ます作用がある。この作用を利用して、豆腐を薬として
使った時代もある。食べすぎると冷えて、下痢をすると書かれた古書もある。
よって、夏暑いときに食べるのは理にかなっている。冬は冷えすぎるので湯
豆腐にして食べるのである。これも、昔の日本人の智恵。
 昆布を敷いて水を張った鍋に豆腐を入れて煮る。火が通ると豆腐はフッと
鍋底を離れて浮いてくる。浮き上がってしまってはもう鬆が入り、旨味がに
げてしまう。この浮いてくる途中、穴空き杓子などですくいとる。実に単純
な料理だ。この単純な料理に、人生のなんたるかを感じとってしまうのも、
また日本人なのだ。
 湯豆腐がぐらっと浮いてくる瞬間に、人生の虚しさと悦びを感じとったの
は、久保田万太郎だった。
 
  湯豆腐やいのちのはてのうすあかり 万太郎

 湯に沈んだ豆腐の、抜けるような白さと、たよりない姿は、日本人の美意
識をくすぐる。
 
   湯豆腐のまだ煮えてこぬはなしかな   万太郎

 湯に入れた豆腐は、またたくまに浮いてくる。その浮き上がってしまう前
に賞味する。なんと短い時間なのだろう。

  「身の冬のとどのつまりは湯豆腐の あはれ火加減浮きかげん
    ‥‥しょせんこの世は しょせんこの世は一人なり」
                       辻留『豆腐料理』の序

 素朴な庶民のたべものだからこそ、豆腐は情感をおびた詩歌の題材にもな
るのだろう。


●精進料理とおふくろの味

 豆腐は初め寺でのみ作られ、精進料理にとりいれられた。精進料理の基本
は淡味にあり、この淡味を失わずに、いかに工夫し手を加えて、豆腐をいろ
いろな料理に仕上げるかに心をくだいてきた。
 江戸時代には、現在とかわらない豆腐屋が町のあちこちに店を構えていた。
朝早くから起きて、夫婦共同で豆腐作りをするのも、いまと変わらない。
「夫婦仲が悪いと、ほんとに旨い豆腐はつくれません」とは、三代続いた豆
腐屋の女将さんのことば。
 豆腐が庶民の手にも入るようになると、もっと自由に調理するようになり
豆腐料理の数もふえていった。天明二年(一七八二)には『豆腐百珍』など
も出版され、たいへんな評判をよんだ。これは、豆腐料理百品を六分類し、
作り方を解説した料理書の名典。

 この本に書かれた豆腐料理には興味深いものが多い。
 たとえば、「うずみ豆腐」。豆腐を紙に包んで、熱い藁灰の中に埋めて、
半日または一夜おいて取り出し、酒、醤油などで煮しめ、切って食べる。と
にかくうまいのだそうだ。東京都小金井市の三光院の精進料理のなかにある
〔しめおかべ(豆腐)の煮物〕がこの料理に近い。木綿豆腐をふきんで包ん
で、木灰の上にのせ、そのまわりにも灰をかぶせて、まな板と重石で一晩し
める。味はチーズのようだという。
 豆腐料理には、家庭で味わう「おふくろの味」も多い。
 豆腐の味噌汁、冷や奴、湯豆腐のほかに、あんかけ、揚げだし、白和え、
田楽、煮豆腐などなど。
 京都では、「夫婦炊き」がある。焼き豆腐と圧揚げをかつお節で「ぷくぷ
く炊いた」料理で、京都の庶民の惣菜である。 


●豆腐料理と季節

 豆腐は一年中作られているので、豆腐自体の季節感はとぼしいが、食べ方
に季節をいろいろと感じる。

〔春」
  田楽豆腐 木の芽田楽 田楽焼
 豆腐を二本の串に刺して、焼いて引っくり返し、味噌をのせ、もう一度の
せて味噌にこげめをつける。木の芽(山椒の葉)と味噌を一緒にすれば、風
味が豊かになる。春の季語でもある。

〔夏〕
  冷奴 冷豆腐
 涼感を味わう夏の季語。

〔秋〕
  新豆腐
 その秋に収穫された大豆で作った豆腐のことで、秋の季語

〔冬〕
  凍豆腐 高野豆腐 湯豆腐
 豆腐を厳寒の野外にだして凍らせ、それを天日で干したものが凍豆腐。高
野山でも多く作られたので高野豆腐ともいう。冬の季語。

 さて、今夜はどんな豆腐料理で季節を味わおうか。




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