7 映画の舞台となった大蜃気楼


●蜃気楼と遭遇

 山岳砂漠の一部と化したタメルザホテルで心地よく目覚めた私たち旅行者を、トヨタの4WD数台が迎えに来た。いよいよ砂漠と広大な塩湖の冒険が始まるのだ。そして、数時間後、英国の患者の回想の映画の世界と、「スターウォーズ」の主人公ルークとその父ダース・ベイダーの生まれ故郷に迷い込むとは知るよしもなかった。

 タメルザ・パレスを早朝に出発した5台の4WDは、山岳砂漠を豪快に突き進み、峡谷の残りの観光ポイントをくまなく踏破。そして、ラクダのこぶのような大砂丘を、ギア・ローで乗り越えると平らな下界へたどり着いた。
 私たち3人が乗った車の運転手は、仲間からアルフと呼ばれるベルベル人。運転手仲間のボス格の雰囲気を持っている。恰幅のよい陽気な性格で、片言の英語で話しかけてくるが、なまりが強くて多くが意味不明。
 車は、走っても走ってもまっ平らな地にいる。車窓の遠景を見ると、辺り一面きらきらとまばゆい。車を止め、外に出る。足元の砂は砂丘のそれと変わらない。それなのに大地を蹴るとキラッと白く輝くものがある。車は塩湖の上を滑走していたことに始めて気づく。
 視線を遠くに移したとき、風景がゆらいだ。またゆらぐ。
「シ・ン・キ・ロ・ウ…」

 生まれて始めてほんものの蜃気楼を目の当たりにして言葉を失った。
 ヤシの茂る大小の島々が、天地を逆転して水の上に浮いている。一つ、三つ、五つ、いや八つ、十二…。ビデオを撮ることさえ忘れてしまった(帰国して、そのことに気づく)。
 もちろん水などはない、干からびた広大な湖の跡があるだけ。ここが古代、海底であったことを伝えている。蜃気楼かどうかの見分け方は、目線を地面に近づけると、蜃気楼ならその映像は消失すると、ガイドが
教えてくれる。その通りにして、眼前の蜃気楼が本物だと確認した。
 われを忘れてはしゃいでいると、運転手のアルフが思いがけないことを言いだした。
「ワタシ、ここで撮った映画に、運転手として出たよ。『イングリッシュ・ペイシェント』、知ってる?」 
 アンソニー・ミンゲラ監督のその映画は、このとき日本では話題に挙がってはいたが封切り前だった。


●塩湖と『イングリッシュ・ペイシェント』

 映画でアルフが登場するのは、このシーンだ。
 山岳砂漠の洞窟で古代人の描いた泳ぐ人々の絵を発見した探検隊。その帰りのジープのなかでの、キャサリンと主人公・考古学者アルマシーとの会話。
「あなたは歌を」
「WHAT?」
「いつも歌をうたってるわ」  
「馬鹿な」
「彼に聞いてよ」
「アルフ!」
 ジープの上に乗っていた現地人の運転手アルフが、キャサリンの言うとおりだというかわりに歌をうたいだす。

 帰国後、ビデオで見たこのアルフが、私達の運転手でもあった。このシーンは、此処、塩湖(名称ショット・エル・ガルサ 写真)の周囲の砂漠で撮影された。そして私達を誘い込んだ広大な塩湖は、映画で複葉機の滑走路にもなった考古学者たちの探検の基地として利用された。ここで主人公と人妻キャサリンとの運命的な出会いが始まる。
 この映画は、アカデミー賞で、作品賞、監督賞、助演女優賞から撮影賞など9部門を独占している。物語の舞台は、イタリアのフィレンツェ郊外の爆撃で廃墟にされた修道院の中。主人公の「イギリス人の患者」と名付けられた男性の回想の中を、映画の観客は砂漠の旅をさせられる。その砂漠を舞台に灼熱の砂のような恋の物語が、破滅的に進んでいく。それも、推理小説ように恋の破滅の経過が明らかにされていくという脚本である。。


●映画のロケ地

 主人公の回想のシーンは全てチュニジアが舞台として撮影された。
 映画の冒頭のキャサリンの遺体を複葉機に乗せて飛ぶ波うつ砂丘は、チュニジア南部のクサール・ギレン近郊の砂漠。キャサリンを洞窟に残し助けを求めて砂漠を歩くときに出会うラクダ岩などの奇岩のシーンは、ショット・エル・ガルサにある奇岩。砂嵐に合い車に閉じ込められた二人が親密度を増すシーンも、この近くの砂丘。
 キャサリンがストールを買い、アルマシーが突然「それにいくら払いましたか」と声をかけたメディナはトズールのメディナ。さらに、砂漠から生還して戻ってきた二人が別れるメディナも此処。実際にそのメディナを歩いてみると、今もアラビアンナイトの気分が味わえる。
 そして、最も印象深い洞窟、重症を負ったキャサリンが横たわり、ひとり死んでいく洞窟はタメルザ峡谷にある洞窟で撮影された。ビデオではカットされている蜃気楼は、もちろん私たちが見た塩湖で収録された。
 少年のころ見て、精神形成に少なからず影響した『情婦マノン』のラストシーンとこの映画の冒頭シーンがダブる。マノンでは、男性が死んだ恋人の遺体をかついでサハラ砂漠を歩いていく。こんな破滅的な恋愛を夢みていた…。




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