2 ハンニバルの苦境


●女王が建国したカルタゴ

 チュニジアの首都チュニスは、フランスの保護領だった時代に都市が整備された。都市の中央を東西に延びるメイン・ストリート(ハピプ・ブルギバ大通り)を歩いてみると、街路樹とカフェ、高級ブティックを納めた瀟洒なビルが軒を連ねパリのシャンゼリゼを思わせる。チュニスのパリジェンヌも行き来する。通りの西端にあるフランス門を抜けると、旧市街、映画「アラジン」の世界に入る。
 此処から東へ市電で20分ほどの郊外に、カルタゴと呼ばれる地区がある。今から約2820年前に、女王に指導されたフェニキア人が、この地に植民的都市を建設した。かれらは、造船技術に長けた海洋民族で、地中海沿岸に多くの植民市を建設して、交易で富と力を蓄え、またたくまに、地中海の覇権大国となる。カルタゴは、フェニキア語で「新しい都市」を意味し、フェニキア人の植民市の中心的存在。ハンニバルは、此処で生まれた。
 フェニキア人の船乗りは、アレクサンドロス大王も重用するほどに、操船術に優れていた。それにも増して商才に秀で、同じ交易立国のベネチア人やギリシア人さえも太刀打ちできなかったといわれる。
 そうした地中海の覇権大国カルタゴに、新興国のローマが覇権を奪うべく挑戦したのが、ポエニ戦争であった。塩野七生氏の著『ローマ人物語』には、このころのことが詳細に書かれている。その内容は、ローマ側の資料にのっとったものである。カルタゴ側からすると商人国家に、軍人国家が侵略戦争をしかけてきたと判断しただろう。第一回ポエニ戦争(前264 から23年間) は、カルタゴ支配下のシチリア島の覇権をローマ側が奪って停戦した。

●疾風怒濤のゾウの神軍

 十万の大軍とゾウ37頭のアルプス越えは、失敗であったと、記す史家もいる。だが、この戦術によって、将軍ハンニバルは、歴史に名を残し、アレクサンドロス大王と並ぶ古代世界屈指の名将として知られることになる。彼が戦略の妙、用兵の巧みさを発揮するのは、アルプス越えをはたしてからである。

  アルプスに近いトレビア河畔にローマ軍が待ち構えていると知ったハンニバルは、斥候を各地の村々にやって、「ゾウの神軍が押し寄せる」とふれて回らせた。戦ゾウを見たという噂に半信半疑のローマ軍に、アルプスを越えて意気盛んなハンニバル軍の騎兵数千騎が、義経の合戦にも似て、疾風怒濤となって襲いかかる。勝敗は初めから決していた。破れたローマ軍は、翌年イタリア中部のトラシメヌス湖畔で軍の態勢を整える。これも連破した。
 軍事国家の面子まるつぶれのローマ軍は、南部のカンネーに退き、一年後、歩兵八万、騎兵6千の大軍を集結させ、決戦を挑む。対するカルタゴ軍の歩兵4万、騎兵1万の兵は、このローマ軍を攪乱し、完全に包囲した。
 ローマが弱かったわけではない。ハンニバルの戦法、迅速な行動に対応しきれない。とくに、傭兵リビア人騎兵を中心とする機動力は抜群だった。待ち伏せや奇襲も得意な戦法であった。史記には、この戦争でローマ軍の生き残りは、将軍1名ほか兵2千人余りにすぎなかった書かれている。ハンニバル軍は一時首都ローマまで迫る。ローマは持久戦に持ち込む。

●祖国カルタゴ動かず

 ハンニバルは野戦には強いが、城攻めには弱点があった。長期戦には兵や食料の潤沢な補給が必要となる。カルタゴ本国にたびたび援助を求めたが、無視された。商売を第一に考える商人国家の、危機管理の限界が現れたといえる。なんだか、現在の経済大国日本や総合商社の行く末にダブッて見える。
 やむなくハンニバルは略奪戦に出た。物質の調達は現地で略奪するしかない。略奪が激しければ、ローマ側も決戦を挑んでくるだろうとの読みもあった。
 しかし、ローマは動かず、イタリアの同盟諸市の多くは、ローマ側に走り、一緒になって反攻してくる。スペインから二人の弟が応援部隊とともに駆けつける。そのすきに、ローマの将軍スキピオがスペインを攻略してしまった。しかも、その弟二人とも相次いで戦死するという悲劇にあう。
 孤立したハンニバル軍は、イタリア南部を彷徨して戦う。その間、スキピオ軍がアフリカに渡り、カルタゴ本国を脅かした。本国危うしと、カルタゴからの急使でハンニバルは帰国し、カルタゴに数十キロと迫るスキピオ軍と、ザマの地で決戦ときめた。ここに至っても、戦争を収めたい商人門閥の策動と、傭兵の士気の低下は防ぎようがなかった。スペイン出国以来の気ごごろの通じ合った武将のひとりは、
「志あるものなら、カルタゴを守って、ローマと戦うべきだ」と憤る。
「商人は武人ではない。戦の目的は平和だ。平和を探るとなれば、あの日和見りどもも役に立つ」と、逆にハンニバルが諭しても、
「私は最期まで将軍に従います」
場違いなほど律儀な敬礼をして憤然と立ち去る。
ーーおまえらの気持ちは、私も同じだーー
後ろ姿を見送りながら、ハンニバルは、義兄の見た光の玉の夢を思い出していた。このとき、ハンニバルは、戦のあとの見通しを既に考えていた。
 ローマとの決戦は、ハンニバルの決定的な敗北となって終結した。ローマの元老院は、すかさず、カルタゴへの復讐を考えだした。(3へ続く)




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