腎不全とつきあいながらパート3 「脳出血版」 C

   

 

 

   「1階でもこんなにあるバリア」

 

退院してから早いもので4ヶ月が過ぎました。今までも何度か入院し退院という経験はしてきましたが

今まで経験した中で今回ほど勝手の違う退院はありませんでした。左片麻痺という新しいボクの身体の状態を携えての退院。

 

   「団地は不便だ!」

 

 

部屋は同じ東京都住宅供給公社内で3階から1階に前もって入院中に引っ越しましたがそれでも階段は有り、公社住宅としては最小。と言っても4段。1階なのに・・・部屋の中はと言えば玄関にまず一つ段差。トイレに行くためには14センチの水止め越え(お風呂とトイレの入り口が1箇所)という難所有り。まあ、片麻痺になってみて初めて実感するさりげなく目の前に立ちはだかるなんて表現をするほどでもない小さくてとてつもなく大きな壁。一応ベランダもあるけどそこに出るのにも段差有り。生まれ育った公団住宅も家を出て初めて借りた民間アパートも考えてみればみんなこんな風で、造りに大差無かったってことに今更ながらに気づかされた。今でこそ随分慣れて杖をつきつつ「よっこいしょ!」でまたぐことが出来るようになった14センチの水止め段差も最初(外泊していた頃)は覚悟を決め、かつ、精神集中して望む難所であった。

 

   「送迎バスの乗り降りあれこれ」

 

 もちろんボクの場合、透析にも通わなければならないのだが、この交通手段をどうするか?という問題があった。

退院したての頃は父親に送り迎えを何度かしてもらったがクリニックが出している送迎バスを使えることが分かったのでそれに乗ることにした。乗り場は4段の階段を下りて前の通りを左に10〜15メートルくらいだろうか団地群の周回道路のようなところだ。バスはいわゆるワゴン車で横にスライド式のドアのある車。乗り込もうとして初めて気づいたステップの高いこと。自分の膝より上はあると思う。うっそー!乗れるのかよ?不幸?中の幸いなのか右の良い位置に手すりがあった。杖を適当な所(車内)に立てかけて「せーのっ」で右足をステップに乗せるここで素早くステップに乗せた右足に体重を移動しないと左側に崩れるように倒れてしまう。そして右腕で手すりを引っ張りつつ右足を踏ん張って左足をステップへ引きずり上げる。後は天井に頭をぶつけない程度に身体をかがめつつ、極細かいかに歩きで座席まで移動する。乗るときはこんな感じだ。

 どちらかというとこわいのは降りるときの方だ。これは実際にドキッっとしたことがあった。座席から周りにあるなんらかのもの(てすり・座席・補助席など)につかまりながらやはりカニ歩きのように出口まで行き、やはり右側についている手すりを右手で握り左足(患側)をそーっと地面へと降ろしていこうとしていたその時、「クリン!」と左足が車体の下に吸い込まれるように・・・手すりがなければ完全に左側から墜落だが右手は車が倒れても離すものか!としっかり握っていたので変な格好の状態に一瞬なっていたと思う・・・「あらっ」っと言ったか「うわっ」っと言ったかその瞬間迎えに外へ出てきてくれていたヘルパーが身体を支えてくれてセーフ!大事には至らなかったものの介助者この時間に来てもらっていて大正解!の出来事だった。

 

   「気まぐれ日替わりボクの左側」

 

 

 左足左手の状態は日によって随分違う。なんでかは未だよく分からないのだけど、えらく緊張が強くてガチンガチンしている日があるかと思うと今日は抜けてるなあと思うほどに楽な感じな日もある。足で言うと装着している装具のベルトををぶち切るのではないかと思うくらい緊張が装具を押していて(手で言うグーになろうなろうとしている方向に勝手足に力が入る。)痛く、膝もくの字の状態から上手く伸びない。これが緊張の強い時のパターン。調子の良い日はその逆で力を抜こうと思っているときに抜けている。しかもそんなに強く意識しなくてもだ。手の方もグーに限りなく近いくらい力が入ったまんまの日とパーまでは行かないまでもよく力が抜けていて楽な感じな日とがある。左片麻痺という状態のボクは2000年11月22日でやっと1歳になったばかりなのでまだまだ自分の身体でありながらも理解できていないことがあるとは思うが自分の身体の発する声をよく聴いてもっと自分自身が自分の身体をよく知ってあげないとならないなと思う今日この頃なのであります。

 

 

           to be continue