腎不全とつきあいながらパート3 B 

   「脳出血版」

 

 この病気(脳出血)に倒れたことで初体験する事になったことがいくつかある。一つは言わずもがなの肢体不自由だ。足はもとより片手が使えないのがこんなにもまどろっこしいことだとは・・・僕の場合、左片麻痺という左側の手足というより身体を真ん中から分けてその左側の麻痺であるがこれが透析の時は言うなれば両上肢が使えない状態になるわけで(右腕には透析の針が2本ささっているので右手も動かせない)腕のシャントが使えるようになった最初の頃は鼻の頭が痒いだけで「看護婦さーん!」と地声ナースコールをしなければならなかったのだ。「どーしたの?」と看護婦さんがきたら「ハナノアタマガカユイ」と言っていた。あと、手・腕に関して怖かったのは気づかないうちに左腕を背中に敷いてしまっていたときである。すっかり気づかずにいて右に寝返りを打ちかけたとき・・・うっ、肩のあたりに微かな引っ張られ感が・・・ただでも亜脱臼気味の左肩を思いっきり引っ張ってしまっていた。これには何度も冷や汗をかいた。(^_^;)

 実際になにかをしようとするときは必然的に右手に頼ることになる。例えば朝ご飯。

ゆで卵などという底意地の悪い(あくまでもその時の僕にとってのであるが)メニューがよく出た。殻をむくのに3〜4分かけて食べるのは1分とかからないというようななんだか「一生懸命やったのに」・・・「これだけ・・・」みたいなことはいくつもあった。

「これだけ・・・」はまだ良かったのかもしれない。どこか明後日の方向にぶん投げてしまって「台無し・・・」よりは。これは蒟蒻畑で何度かやった。あとこの度の初体験と言えばリハビリというやつだ。何度も聞いたことはあったが本格的にリハビリテーションを受ける身になったのは今回が初めてだ。PT.OT.STというのがあってPTというのが理学療法といって主に足(立ったり歩行)の訓練でOTというのが作業療法といって主に手であとは日常の動作を残された機能でいかにやるか?という訓練の場であった。STは言語療法で僕の場合これには行かないで済んだ。それぞれ実際はもっと奥深い意味があるのだろうが病棟ではPT=(足)OT=(手)ST=(言語)と病棟のリハビリ時間報告板に書いてあった。

 

 まさか「立つ」練習だの「歩く」練習を自分がするとは正直言って思わなかった。最初の頃はPTのまっただ中に「俺なんでこんなとこでこんなことやってんだろう?」とよく頭をよぎったものだ。だんだん慣れてきた頃は「リハビリって思っていたイメージよりか厳しくないんだなぁ」とも思った。(もちろん、それぞれの人の身体の状況等でも違うだろうが)僕の中にはなんだかもっとスパルタっていうイメージがあったみたいだ。でもそれは違ってどちらかというと身体の使い方を【教えられる】という感覚だった。

 

 僕がいた病院のPT訓練室にはスポーツ選手もよく来ていてプロ野球の選手などは何度か見かけたりした。ダンサーらしき人もいて突然ターンしたりして・・・気分の落ち込んでいるときは「なんでアンタがここ(病院)にいるのよ!」「スポーツ選手はジムにでも行ってくれよなー!」などと心ん中じゃひねてみたりもしていたが・・・

 

 OT室ではいつも4人掛けのテーブルのイスに座り、患側でテーブルを拭くような訓練や輪投げの的から輪投げの的へ輪っかを行ったり来たり移したり、パソコン持ち込んで

ワープロ叩いたりするのが僕のメニューだった。妙に事情通な人がいたり、突然泣き出す人がいたり、外来から来たおじさんが明日のG1レースの自分の見解をひたすら喋って帰っていった人もいた。(なにしに来たんだろ?)

 

 脳出血という僕におこった病気の性質上、多くの人が僕より随分年上で入院中には同世代の人とは結局知り合うことはなかった・・・というより僕のいた病棟にはいなかった。年上も年上、おじいさん・おばあさんの域の人も少なくなかった。しかし、何歳だろうが悲しそうな顔をしている人の顔を見るとこっちまで気分が重くなった。逆に笑顔を見るとこっちもなんだか元気が出てきた。今の自分は・・・・・まだまだ笑顔が少ないだろうなー。まだまだこれから!増やすぞ笑顔!

 

         to be continue