腎不全とつきあいながらE
「ぼちぼちベテランか?」
腎不全とのつきあいもすでに20年を越えました。HD(血液透析)2年、移植(生体腎、ドナー母)8年、CAPD(連続携行式自己腹膜透析)11年、そしてこれからまた血液透析を始めることになりました。自分の中ではなんとなく「2周目」という感じがあります。20年前血液透析をしていたころの事を思うとかなり気が重くなったりもしていた今日この頃ではありますが、先ににCAPDから血液透析に移行している諸先輩達を見ていると「20年前とは少しは違うだろうなぁ」と思える雰囲気を感じたりもします。不安を数えればきりがないのですが、CAPDをしなくなることで出来るようになることも結構有りそうなので出来るだけそっちの方を考える様にしようと思っている今日この頃です。
例えば、今までのようにCAPDをしていると1日の中で次の「CAPDをどこでやるか、時間は大丈夫か」、など常に心の端っこで考えていなければなりませんでした。ところが血液透析の場合、時間的に気にすることは「何曜日の何時に病院へ行く」ということだけになり、かなり楽になるような気がします。他には、「押し入れが広くなる」・「仕事に行くときのリュックサックが軽くなる」・「1日中外で遊ぶことがしやすくなる」・「腰痛が消えるかもしれない」・「おもいきり寝坊が出来る」・「電車で旅行に行きやすくなる」などなど、考えてみたら結構ありました。後は少し時間が経過してからにはなりそうですが、CAPDカテーテル(CAPDをする為にお腹に着いている管)が抜けてしまえばお風呂に入るのに気を使うことが何もなくなることになります。
とはいえ、不安要素が頭の中を巡り出すととめどなくなってしまうと言うのも事実です。そんな時には身近な人たちの存在が様々な形で私のことを助けてくれます。くだらない、ただ不安な気持ちを忘れようとするための電話に付き合ってくれる人、何気なく食事に誘ってくれる人、落ち込み気味の時、くだらない冗談で人を笑わせてくれる人、そしてセッションで話を聞いてくれる人(ピアカンでの仲間)など、形は様々ですが周りには恵まれていると思います。また私と同じように、腎不全と付き合いながら生きている人たちの存在自体がとても心強いものでもあります。
ところが、ピア・カウンセリングや自立生活プログラムを数回経験してみて感じた事があります。参加したプログラムの中(今のところ町田ヒューマンネットワークだけですが・・・)に、内部障害の人が少ないと言うことです。よく考えてみると、私自身、町田ヒューマンネットワークに勤めるようになったからピア・カウンセリングや自立生活プログラムと出会えたものの、それがなかったら未だにピア・カウンセリングにも自立生活プログラムにも出会えてなかったと思います。ですから、ピアカンやIL(自立生活プログラム)をかじることの出来たこの先は透析者、ひいては内部障害者の中へ少しでもこういうものがあることを伝えていければと思っています。そして、血液透析、腎臓移植、CAPDと腎不全とつきあいながら生きてきた経験が誰かの役にたたせる事が出来れば幸いだと思います。
また、自分自身もいろいろな人の経験や情報を生きて行く上での大切なものとしてどんどん活用しながら今後も暮らして行きたいと思ってます。
おわり