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ジョルダン職業訓練技術学院プロジェクト
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2002年7月のコラム
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日本
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車の修理工場で出来上がりを待っていたとき、同じ待合室にジョルダン人の若者2人組がいました。1人は英語も達者で、"どこから来たの?。日本人!?。ウェルカム!!"
などとフレンドリーに声をかけてきます。日本を知っているかと聞くと、"とてもオーガナイズされた国だ"、となかなか鋭いことを言ってくれました。これは日本の評判としてSTIMIでもよく聞く言葉のひとつです。私自身、日本のこういった姿を誇らしく思っていますが、一方で、規則だらけの社会にストレスを感じたり、個性より従順さが求められる実態に息苦しさを感じることも事実です。彼らには、"でも日本はオーガナイズされ過ぎなんだ。ジョルダンの方が生活しやすいよ"、と答えました。彼らは少し怪訝な顔をしていたようです。もしかしたら、ジョルダン社会はいい加減だと言っているように聞こえたのかもしれません。そこで会話は終わってしまいました。ほどなく私の車は修理が終わり、夕焼けを背に家路につきました。(by
I)
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第三国研修の効果
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今年3月から4月にかけて、STIMIでCAD/CAM第三国研修を実施したことはコラムでも度々ふれました。第三国研修はジョルダン側にも費用負担を求めるため、日本側援助からの
"独り立ち"
といった意味合いももちます。実際の研修コースですが、学院長が寝食を惜しまずコーディネーションに励んだ結果、参加者から公的・私的な感謝状がたくさん届きました。その中で、バハレンとサウジアラビアからは、第三国研修とは別に、自国人に対し特別研修コースを組んでほしいという要請がありました。VTCも当初は費用負担に渋い顔をしていましたが、投資する価値は十分あったようです。こうしてSTIMIが、金属機械加工分野におけるアラブ地域の拠点(Center
of
Excellence)になっていくのを想像すると、これまでの苦労もすべて忘れてしまいます。近隣諸国にとっても、これまで研修員を欧米に派遣し英語で研修を受講させていたことを考えれば、ジョルダンでの研修受講ははるかに安価で効率的です。STIMIへの協力の成果は、ジョルダンのみならず、近隣諸国にも波及していると言えるのではないでしょうか。(by
I)
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MSってそんなに良い?
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一昨年、スイスで催された世界経済フォーラムの席で、アブドゥッラー国王はマイクロソフト社のビル・ゲイツ会長から、IT訓練に関する支援の約束を取り付けました。そして先週、アラブ・マイクロソフト技術アカデミー(Arab
Academy for Microsoft Technologies:
AAMT)が本格始動しました。すべての建物が完成し必要な職員が配置された暁には、AAMTでは年間4,000名に対し、金融、政府、教育、商業に必要なIT技術者訓練を施すことになります。主な対象者はIT関連企業の新入社員で、いずれは近隣アラブ諸国からも訓練生を受け入れる予定です。これまでは各企業が平均11ヶ月かけて新人研修をしていましたが、AAMTではマイクロソフト社の最新技術に関する訓練コースをより短期間・低コストで提供します。先日は、ジョルダン政府が年間一定額をマイクロソフト社に支払い、同社製品に対する無制限ライセンス(役所内の使用)を取得したという回覧が回ってきました。ITという浮き沈みの激しい技術分野にもかかわらず、ここまで国家が一私企業に依存する例はあまりないでしょう。ジョルダンがマイクロソフト社と共倒れにならないことを祈るばかりです。(by
I)
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結婚式の前夜祭
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先日、ジョルダン人同僚の結婚式前夜祭に招かれました。会場は彼の自宅近くの広場に大きなテントを張ったもので、テントの前ではスピーカーの音量を最大に上げたアラビック音楽の生演奏に合わせて友人達が踊っていました。あまりの音の大きさで耳が痛く気分が悪くなりそうでしたが、しばらく座っていると、突然、誰かが空に向かってピストル(実弾入り)を連続6発くらい発砲したのです。どうやら、これは結婚式の祝砲らしいのですが、最近の新聞で「結婚式場でライフルの祝砲を放っていたところ手が滑ってライフルが落ち、そのまま自動的に発砲し続けたため周りにいた十数人が死傷した…」という記事を読んだばかりだったので、冷や汗の出る思いでした。ネクタイなし、あいさつなしという点では気楽でいいのですが「もう…結構です…」といった感じです。それよりも、発砲した銃弾はいったいどこへ落ちたのでしょうか? (by
K・A・H)
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誤差の許容範囲 (2)
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家の中にある電気のスイッチ類も、日本の感覚からすると
"?"
と思うものがたくさんあります。ひとつの電灯に対してスイッチが複数あるのは当たり前なのですが、その位置がどうも納得いきません。部屋の対角線上に配置すればもっとも効率的だと思うのですが、死角にあったり、なぜか隣り合わせにあったり、この2年間で1度しかさわったことのないスイッチもいくつかあります。写真はリビングの電灯のスイッチで、毎日必ずつけるものです。しかし、この3つボタンのものは両方ともそれぞれ同じ電灯のもので、隣り合わせにある意図がまったくわかりません。交互にON/OFF、あるいは2つONで明るさが倍になるのかと思うとそうでもなく、どちらかを下にするとON、というだけのものです。家を造ったとき、スイッチを多く付けすぎたからとりあえず同じ電灯につなげるか、という程度のことだったのかもしれません。他にも、どの電灯がつくか未だにわからないものがいくつかあります。こういった細かい(?)ことをジョルダン国民が許せなくなる日は来るのでしょうか。(by
I)
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誤差の許容範囲 (1)
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このところ、大家さんから "次も日本人に入ってほしい"
と顔を合わせるたび言われます。だいたいどこの家でも日本人は評判がいいのですが、それにはいくつか理由があります。まず、家賃を期日通りに払う。日本では当たり前の行為ですが、こちらではこういった律儀さは称賛に値します。それから、日本人が出たあとは入る前より家が良くなっている、ということです。電気スタンドの結線や窓の隙間、台所配管の水漏れやガス管のガス漏れなど、問題があったときは(タダで直してもらおうと)まず大家さん経由でテクニシャンを呼ぶのですが、来るまでに時間がかかる上、十中八九まともには直りません。これは社会が容認する誤差の許容範囲に起因するものなので、テクニシャン個人の能力云々ではありません。例えば網戸と窓枠に1cm以上隙間があったので苦情を言うと、相手はとにかく
"ノープロブレム"
の一点張り。台所のガス漏れのときは、明らかにガス臭いのに
"別に普通だと思うよ"
の一言で終わってしまいました。結局、隙間テープとシリコンを買ってきて、"最初から自分でやった方が早いし安全だし確実だった"
という思いを強くしつつ、自分で直しました。こうして我が家はどんどん良くなっていきます。(by
I)
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体重計
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ダウンタウンなどを歩いていると、ときどき道ばたに置かれた体重計を見ることがあります。一度乗ってみようかと思っていたら、ある日それに乗っている人を見かけました。すると、どこからともなく人があらわれ、体重をはかった人からなにがしかのお金を受け取っていました。なんとものんびりした商売だなぁ、と妙に感心した覚えがあります。先日、職場で使っている自分のパソコンを一度箱詰めし、重さをはかりました。業者から運送賃の見積もりを取る必要があったからです。自宅から体重計を持っていったのですが、STIMIのスタッフが部屋の前を通るたび、"おっ!"
という顔をしていきます。そのうち、ある1人が体重計に乗り、すぐにまた2人連れてきて体重をはかるよううながしました。こうして一度体重計に乗った人は、また次の日も部屋に来て乗っています。皆わりと体重に関心があるのですね。それにしても、皆が皆、横に座っている私に体重を報告してくれるのはなぜでしょう。(by
I)
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民間の言い分
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先頃、ジョルダン建設業者協会と労働省の間で協議がもたれました。建設業界は長らく人材不足で、そのため不法就労の温床とされてきました。協会側は、外国人に対する労働ビザの発給数を5,4000
(建設業界のみ)
に引き上げることを要求し、同時に、建設現場が常に不法就労の査察対象になっていることに不満を述べました。さらに協会側が、"真にやる気のあるジョルダン人の雇用については常に感心を払っている"
と述べると、労働省側は、"ジョルダン人の態度も昔とは変化している"
と切り返します。端的に言えば、"もっとジョルダン人を雇いなさい"、"やる気がない奴はおことわり"、といったやりとりがなされたわけです。現在、国家プロジェクトとして政府が職業訓練に真剣に取り組んでいることが説明されると、協会側は、特に左官やタイル貼りなどについて、訓練センターで教えられるものではない、と述べました。やはり政府主導の職業訓練には限界があるのでしょうか。(by
I)
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祝砲
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アンマンに4つある花火会社のうち1社は、この1ヶ月で200回のイベントをこなしたそうです。花火はすべて中国や東南アジアからの輸入で、1発安いものでも30JD
(5100円)
とかなり値が張るうえ、打ち上げ許可の手続きにかかる費用を足せばすぐに1,000JD
(17万円)
を越してしまいます。それでも花火に人気があるのは、祝砲としての銃の発砲が、近年とみに厳しく監視されるようになったからでしょう。これまで、結婚式や大学合格などお祝い事があると、本人やその家族は喜びを伝えるため空に向かって実弾を発砲しました。その流れ弾によって毎年少なくとも数人が死亡、さらに多数の人が怪我をしてきました。昨年から、こうした違法な発砲には禁固3ヶ月と罰金1,000JDが科されるようになっています。7月末にはタウジヒの発表がありますが、今年はどうなることやら・・・。(by
I)
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古いバスの交換
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公共交通機関のサービス向上と大気汚染の減少をめざし、古い車両の交換を促す法令が制定されました。30人乗り以上のバスで製造年より20年以上たったものは廃棄、29人乗り以下のバスは15年以上で廃棄、タクシーなど普通車両は12年以上で廃棄とされており、少なくとも5年以内の中古車に交換することが義務づけられます。ジョルダンは1990年に公共交通機関を完全民営化していますが、90%の車両は個人レベルのオーナーに所有されています。当局は法の施行まで3年の猶予期間を設けていますが、80〜85%の車両が15年以上たったものだと推定されており、交換といってもそう容易なことではありません。また、税制面で優遇措置がとられる予定ですが、その決定も先送りされています。最終的には乗車料金に跳ね返ってくるのでしょうが、大気汚染防止となれば、おいそれと反対するわけにもいきませんね。(by
I)
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ジョルダンは誰の国か
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ジョルダンはベドウィンの国である、と言い切るのは必ずしも間違ってはいません。そもそも国境線が引かれたのは西欧の陰謀でしたが、国の成立過程において当時この地に住むベドウィンが果たした役割は計り知れないものがあるからです。しかしその後、ジョルダンの国王となったのはアラビア半島西部のヒジャーズ王国から迎え入れられたハーシム家でした。また、パレスチナ難民を多数受け入れた結果、現在は人口
(520万人)
の6割以上がパレスチナ系と言われています。もし、静岡県に愛知県民が全員で引っ越してきたら、それはすでに静岡県とは言えないのではないでしょうか。日本語を話しお米を食べるという共通点はあっても、方言や食文化、県民性は両者ともかなり違います。ジョルダンでは、こういったことが現実に起きているわけです。しかもパレスチナ系は危機感が強いせいか、高学歴志向で優秀な人間が多いのも事実です。もともとジョルダンに住む人たちが、パレスチナ人に国を乗っ取られたように感じているのではないかと、時々気になることがあります。ただこれも、質問してはいけないことのひとつだと思っています。(by
I)
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ベドウィン文化
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週末の朝、NHK
(衛星放送)
を見ていたらジョルダンを題材とした紀行番組が放映されていました。ジェラシュやアンマンに整然と残るローマ時代の遺跡、マダバの聖ジョージ教会の床を埋めるモザイク地図、旧約聖書の舞台となったネボ山、キリスト受洗の地であるジョルダン川、アカバへと続く王の道
(King's Road)
に点在する十字軍の要塞などが矢継ぎ早に映し出されます。番組のメインはワディラムで暮らすベドウィンの親子でした。母親は朝早く起きてヒツジの乳をしぼり、ヨーグルトやバターを作ります。父親は9才と7才の息子2人にヒツジの追い方やラクダの乗り方など、砂漠の生活に必要な知識と技術を教えます。こういった場面はとても興味深く、感動的ですらありました。ただし、子供たちは普段は小学校の寄宿舎に住み、週末だけ砂漠のテントに帰ってきます。父親自身、このままずっとベドウィンの生活を続けられるかどうかわからないと寂しそうに答えていました。実際、ジョルダン南部で遊牧生活を続けている者はもうほとんどいないと聞きます。私がワディラムで会った人も遊牧生活を捨てたひとりで、今の一番の悩みは子供の大学進学だと言っていました。ベドウィン文化も消えゆく運命にあるのでしょうか。(by
I)
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ひまわり雑感
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今、こちらでは夏野菜を植えている畑の周りに「ひまわり」が植えられているのをよく目にします。これがその境界を示すためのものなのか、食用に種を収穫するためのものかはよくわかりませんが、真っ青な空と緑の畑の中に黄色いひまわりがとても印象的です。ちなみに、アラビア語で「ひまわり」のことは「アッバード・アル・シャムス(太陽に祈る)」と言うそうです。実は、ひまわりはその名のとおり太陽の動きに合わせてぐるぐる回るもの…と、ずっと思い込んでいたのですが、よく調べてみると、花が咲いてしまった後は東の方角を向いたままのものが多いそうです。昔、ソフィア・ローレン主演の「ひまわり」という映画で、画面いっぱいにひまわり畑が広がるすばらしいシーン(スペインのアンダルシア地方で撮影されたらしい)を見てから、私にとってはなぜか印象に残る花になりました。(by
K)
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つまみ食い
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アンマンのスーパーマーケットには、この時期いろいろな種類の果物が並んでいます。その中でもマスカット、桃、チェリー、ビワなどはつまみ食いには手ごろな大きさです。先日、きれいなビワが並べてあったので何となく眺めていると、隣のおじさんが、突然その中のひとつを取り上げて半分に割り「ヤッラ(ほれ、食ってみな)」と言って、当然のように私にくれようとするのです。最初は「ラ・シュクラン(No,
thank
you)」と言って断ったのですが、おじさんの勢いに押されてつい私もそれを味わってしまいました。う〜ん、これで私も同罪です。でも、キャンデー売り場(こちらでは、キャンデーやチョコレートをばら売りしているコーナーがある)で、小さい子供が瓶に手を突っ込んで、わしづかみで持っていくのはやめさせてほしいものです。(by
K)
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大学か職業訓練校か (3)
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政府は、若者の大学進学熱を止めようとしているわけではありません。その証拠に、昨年からタウジヒの受験方法を何度も変更し、受験者の負担を少しでも緩和しようと努力しています。一方で、市場が本当に必要としているのは実際に手と体を動かす(ことに抵抗のない)人間であるとの認識もあります。どうすれば(優秀な)若者を職業訓練校に呼び込むことができるかが課題です。ひとつの解決策として、職業訓練校卒業者に、短大卒と同じ
"Technician"
の資格を与えることが考えられています。これは常々、前職業訓練公社総裁が口にしていたことで、教育大臣との話し合いも進んでいると聞かされていました。前総裁は昨年、労働大臣に就任しましたが、この考え方は今も生きています。先日の新聞で、労働大臣がこの趣旨を(おそらく初めて)メディアに公言しました。STIMIでは現在
Craftsman訓練を行っていますが、Technician訓練を始める日も近づいているようです。(by
I)
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大学か職業訓練校か (2)
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タウジヒを取得しても、全員が大学・短大に進学できるわけではありません。むしろ、希望の大学に行く方が難しいと言えます(詳しくは2001年9月のコラム
"公立大学合格者発表"
参照)。また、最近の現地紙では、大卒者の就職率が以前ほど良くはないことを数回にわたって取り上げています。毎年少なくとも1万人の大卒者(3,000人は理工学部)が出ますが、就職できるのは5分の1程度だそうです。これは、アラビア湾岸諸国への出稼ぎのチャンスが大幅に減っていることが原因とされています。ここ数年、失業率改善のためにはさらなる職業訓練の拡充が必要だと言われ続けており、新聞の社説では、大卒者が政府の職業訓練コースを受けて就職できたという例を説明していました。しかし、社会的な認識では、職業訓練校が大学教育と同等の価値があるとはみなされていないのが現実です。(by
I)
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大学か職業訓練校か (1)
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どの国でも同じでしょうが、ジョルダンの若者も体を動かす仕事よりはホワイトカラーの仕事を好みます。彼らにしてみたら、建設現場や町の清掃業務などは物心ついたときから出稼ぎのエジプト人などがやっていたことですから、彼らの親も含めて、心理的抵抗は相当なものだと思います。日本と違うのは、ジョルダンではさらに技術職ですら嫌われる傾向にあることです。彼らの許容範囲はせいぜい現場の監督
(Supervisor)
までで、実際に溶接をしたりプレス機械の操作をすることは、どうしても「一段低い」仕事と思われがちです。ジョルダンでは5段階の労働者格付けがありますが(詳しくはBackgroundのページから
"教育制度と技能資格図" および "ジョブタイトル図"
をご覧ください)、"Supervisor"
になるためには、短大卒の学歴が必要です。さらに、学歴はその人の一生の給料にも大きく影響します。そこで、まずは大学入学資格試験(Tawjihi)を是が非でも取ろうとするわけです。(by
I)
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見直される職業訓練(2)
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新聞記事の中では、ある社会学者の意見として、政府はもっと若者に職業訓練を受けるよう働きかけを行い、外国人労働者に替わるジョルダン人労働者を真剣に育てるべきだということが紹介されていました。一方、労働大臣(元VTC総裁)の話として、タウジヒの結果が発表された後は、大々的に職業訓練キャンペーンを実施し、学生たちに目を向けさせるよう努力したいということも紹介されていました。最近の新聞記事は、元VTC総裁である労働大臣が、VTCの職業訓練をアピールするためのメディア戦略のひとつではないかという気もしますが、職業訓練プロジェクトに関わる者としては、いずれの戦略であれ、職業訓練が見直されて当学院の応募者数の増加につながることは大変ありがたいことであり、今後の動きに注目したいと思います。(by
K)
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見直される職業訓練(1)
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最近の新聞紙上では、職業訓練を見直してみよう…という趣旨の記事が目立つようになりました。現在、ジョルダン国内は大学入学資格試験(TAWJIHI)が終了してその結果待ちの時期ですが、近年の高失業率および大学卒業者の就職率の悪さを考えれば、タウジヒに合格しなかった場合は、労働市場のニーズに合った職業訓練を受け、十分な技術・技能を身につけた上で就職するという選択肢も考えるべきだということです。本日の新聞ではVTC(職業訓練公社)の職業訓練もそのひとつだということで、毎年9,000人の訓練生を受け入れていること、IT訓練をはじめとして140にわたる職種があること、5段階の技能レベルがありタウジヒ資格のない者も受け入れていること、国内の35施設で訓練が受けられることなどが紹介されていました。VTCの職業訓練がこんな形で記事になるのは珍しく、私たちとしてもうれしい限りです。(by
K)
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マフル
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こちらでは、結婚するとき男性から女性にマフル(結納金品)が渡されます。マフルは結婚式の席で渡すものと、その後の人生の中で渡していくものに分けられます。現金、宝飾品、生活用品、土地や家の所有権などさまざまなものが考えられますが、ファミリーの格式や花嫁の学歴などによって、マフルの金額や内容は千差万別です。結婚式には裁判所から結婚登録人が出席し、花嫁、花婿、両家の父親(保証人)とともに、マフルが記された書面にサインをします。この書面には法的な拘束力があるので、結婚とはまさに契約なのだそうです。特筆すべきは、離婚の際の慰謝料としてのマフルが、結婚の時点で決められることです。男性から離婚を申し立てた場合、女性側に額面通りのものを渡されなければなりません。そのため、離婚を防ごうと膨大な金額を書き込む花嫁の父もいます。STIMIのあるスタッフから
"うちの妹のは純金3キロだよ"
と聞いたときは、思わず相手の花婿さんに同情してしまいました。(by
I)
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最新の人口統計
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ジョルダン統計局より、2001年度の主要統計が発表されました。ジョルダンの人口は520万人に達し、1979年と比較して245%、つまりこの22年間で人口は倍以上になりました。現在の人口増加率は2.8%で、25年後には人口が倍になる計算です。ちなみに、70を増加率で割って出た数字が、すなわち"○年で倍"
ということを示します。1人の女性が産む子供の数は、1979年の6.9人から3.5人になりました。このため、15才以下が占める割合は同年の52%から39.6%に減りました。結婚年齢は女性が24.3才から26.6才に、男性は27.8才から29.2才へとあがっています(1979年との比較)。これは女性の社会進出も大きく影響しているのでしょう。ジョルダン統計局のウェブサイトは、Information
のページからとべます。(by I)
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だんだんややこしくなる・・・? 大学入学資格試験
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教育省では、タウジヒによる受験生の心理的負担を軽くしようということで、新しい受験システムを発表しました。発表によると、この秋から、受験生は高校の最終学年でA、B、Cの3コースを選択できるようになり、コースによっては2回に分けてタウジヒ(全10教科)を受験できるようになるということです。Aグループは、これまで通り年間を通して各教科を学び、学年末の6月に全教科を1度に受験します。また、BおよびCグループは全教科のうち、第1学期に4教科、第2学期に6教科を集中的に学び、1学期末(1月)に4教科分、2学期末(6月)に6教科分といった具合に2回に分けて受験できるということです。CとBでは単に集中学習する教科の内容が違うだけのようですが、これによると、それぞれの高校では上記の3コースを準備しなければなりませんし、何だかだんだんややこしくなって、本当に教師や受験生の心理的負担の軽減になるのだろうか?
と思うのは私だけでしょうか。(by K)
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大学入学資格試験(タウジヒ)終了
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7月8日(月)に、ようやくタウジヒが終了しました。そのせいか、最近、急に結婚式の花火や例の騒がしい車の列が増えたような気がします。きっと、タウジヒが終了するまでは受験生を刺激しないようにそっとしていたのかもしれません。私のC/Pの息子さんも今年のタウジヒ受験生の一人ですが、試験期間中は、最近手に入れた携帯電話で毎日のように息子の試験のでき具合を確かめていました。そして、タウジヒが終わると同時に家族全員を連れてアカバへ旅行に出かけました。聞いたところでは、どうやら息子さんの試験のできもまあまあだったようで、タウジヒに合格して有名公立大学に入学できたら買ってあげる…と約束した車の物色も始めたようです。発表は今月末ということですが、子供の大学受験に対する親の気の使い方はどこでも大変なようです。どうか、いい結果が出ることをお祈りいたします。(by
K)
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ブルグル
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現地英字紙に、"日本の消費者にブルグルの味を"
という記事が載りました。これはジョルダンの食品会社が企画しているもので、日本人の主食であるお米を少しでもブルグルに代えることが出来れば両者にとって有益であるとして、まずは無料でブルグルを東京まで届けようと準備が進められています。ブルグルとは砕いた小麦のことで、炊く、蒸す、揚げるといった様々な調理方法があり、ジョルダンではポピュラーな食べ物です。記事の中でも指摘されていましたが、日本は主食であるお米の値段が高すぎます。記事の中では1キロ5ドルとされていましたが、ジョルダンで買うイタリア米やオーストラリア米の10倍の値段です。ブルグルは高くても1キロ1ドル以下なので、日本でもそれなりの需要が見込めると考えられており、今年
1,500トンのブルグルを日本に輸出したいと食品会社社長は抱負を語っています。(by
I)
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就職率6%?
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7月14日付け現地英字紙に、次のような記事が掲載されました。「この春、大学や職業訓練センターから卒業した数万人のうち、ジョルダン国内で就職できた者はわずか6〜7%です。国内の失業率は14.9%とされていますが、独自調査によれば、年間10万人を越える職業訓練センター卒業生の就職先を確保するのはとても難しく、約1万人とされる大卒者でさえ2,000〜2,500人ほどしか就職できていません。ジョルダン労働組合議長も、特に製造業と建設業で、もっと政府が職業訓練に力を入れる必要があると不満を述べています。労働大臣によれば、来たる8月、他の大臣と民間の代表者を集めジョルダンの人材開発にかかる会議が開催されるそうですが、ジョルダンの失業率増加は、サウジアラビアなど湾岸諸国への出稼ぎのチャンスが減っていることも大きく影響しているので、とにかく国内に雇用を創出することが最大の課題です。そのためには、50万人とも言われるエジプト、イラク、シリアからの出稼ぎ労働者を、自国人置き換えていかなければなりません」。ということですが、就職率についてはおそらく60〜70%の間違いではないかと、そう思いたいのですが・・・。
(by I)
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海が見たい
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目覚まし時計よりも早く目が覚めてしまった金曜日の朝。時間はまだ6時。1日を有効に使おう、せっかくだから遠出しようとあれこれ思案をめぐらせます。このところ、アンマンの暮らしに少し疲れています。殺伐とした風景はもういい、何かうるおいがほしい、痛切にそう思いました。アンマンにないもの、それは水です。死海かアカバか、判断は一瞬でした。気分はもう、"そうだ、アカバ行こう"
です。頭の中にはジュリー・アンドリュースの歌声が流れています。カバンに着替えを詰め込むと、勢いよく車で走り出しました。南へ一路350km、目指すはロイヤルダイビングクラブです。4時間後、3JDで借りたマスクとシュノーケルをつけ、ぷかぷかと波間に漂いながら珊瑚礁の熱帯魚を観察している自分がいました。海はいいですね。心がリフレッシュされました。本当に楽しい1日でした。でも日帰りだったからものすごく疲れました。(by
I)
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イスラムと職人
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初期イスラム社会の構成人員は、遊牧民と都市村落の定住民に大きく分けられます。そして職人の定義を高度な手工業生産の技術者とするなら、それは明らかに都市に固有のものでした。当時で言えば、カイロ、イスタンブール、イスファハンなどの大都市に職人がいたと言えます。7〜9世紀、職人は都市のバザール地区で同業者ごとに店舗・仕事場をかまえ、緩やかな政府の統制下におかれていました。13〜16世紀になると、職人はフトゥワという特定の守護聖者への信仰を核に集まる、一種の宗教組織を作りました。フトゥワは同業者で組織され、加入儀礼を済ますと、徒弟→職人→親方、という順に試験や通過儀礼を伴って昇進していったそうです。この頃がもっとも純粋な職人の時代であったと言えるでしょう。17世紀以降、フトゥワは世俗化し、単に同業組合を示すものになりました。オスマン帝国のもとでは組合の成員資格に制限が加えられ、店舗・仕事場の賃借権に株を設定して排他性を強めるなどした結果、職人世界に世襲の風潮が高まりました。親方の子弟は無条件で組合員、つまり職人になれたのです。19世紀以降、職人のヒエラルキーはくずれ、カイロなどでも親方の地位は家族内で世襲されるようになりました。そのため、職人による伝統的な手工業生産は19世紀後半に衰退したと言われています。(by
I)
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ロミオとジュリエット
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"マジュヌーン・ライラ"
は中東地域で広く親しまれている悲恋物語です。詩才豊かな主人公カイスは、恋人ライラの名前を詩の中にうたってしまったため、先方の家柄を傷つけたとして求婚を拒否されてしまいます。ライラは他人に嫁ぎ、癒されぬ心の傷を抱いたカイスはやがて精神に異常を来します。マジュヌーン(気が触れた)と呼ばれ、砂漠をさまよい恋人の幻影を追い求めるカイスでしたが、ライラも恋人への想いと夫への忠節のはざまに苦しみ、やがては衰弱して死んでしまいます。この恋物語はアラビアの砂漠的環境に生まれ、その純愛と悲恋、詩のすばらしさなどから広く中東文化圏に伝えられ、時代時代で作品化されています。いわば、中東版ロミオとジュリエットなのです。(by
I)
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おとぎ話
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アラブにも浦島太郎に似た話があるらしいから調べてくれ、と頼まれたのはもうだいぶ前なのですが、最近になってSTIMIの何人かに聞いてみました。今のところ回答は得られていませんが、逆に、そもそもアラブオリジナルのおとぎ話を知っている人がいませんでした。桃太郎、浦島太郎、カチカチ山など、日本のおとぎ話と言えば誰でも10や20はすぐ思いつくでしょう。ところが、アンデルセンやグリムなどのアラビア語版絵本を持っている人はいましたが、アラブオリジナルのおとぎ話となると皆考え込んでしまいました。もちろん、アラジンと魔法のランプ、アリババと40人の盗賊、シンドバットの冒険など世界的に有名な物語はいくつもありますが、いずれもおとぎ話とは少し趣が違うように思います。話を聞いた人は皆パレスチナ系だったのですが、彼らの親の世代は子供時代に故郷をおわれ、命からがら逃げ出してきた人たちばかりです。そういった混乱のため、おとぎ話が次の世代に伝えられていないのかもしれません。(by
I)
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ムハンマド
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小包郵便局から電話があり、小包が届いているのでパスポートを持って取りに来るように、とのことでした。最初は「バーセル…バーセル…」と言うので、何のことかと思ってよく聞いたら「parcel」と言っているのでした。アラビア語では「P(パ)」の音がないので「P」の音は「B(バ)」で発音されることが多いのです。担当者の名前を聞いたら「ムハンマド」というので、「はい、わかりました。」と言って電話を切りました。電話を切った後、「しまった!」と思ったのは…そういえば、以前のコラムにもあるように、こちらにはたくさんの「ムハンマドさん」がいるのでした。さて、郵便局で電話をかけてきた「ムハンマドさん」に会うのにどれくらい時間がかかるのか楽しみ?…です。(by
K)
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涼を感じる
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連日35度を越すようになってきました。砂漠の国なので夜は冷え込むと思いきや、やはり昼間40度近くにもなると、日が沈んでもなかなか涼しくはなりません。それに家が石造りの建物なので、熱がこもってしまうようです。そんなわけで、帰宅後は石の床にごろごろと寝転がっていることが多い今日この頃です。実はここ数日、夜になると近くで花火が上がります。夜空に大輪の花を咲かせる色とりどりの花火、そしてちょっと遅れて聞こえてくるドーンという気持ちの良い音。日本人ならつかの間の涼を感じずにはおれません。思わず
"日本の夏"
とつぶやいてしまいます。ただ、花火と犬の遠吠えはどの国でもセットになっているのですね。花火の間中、近所の犬が一斉に吠えています。犬にしてみたら迷惑な話だと思います。(by
I)
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イエメンの話
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学院長はその昔イエメンで働いていたことがあるそうで、時々イエメンの話をしてくれます。そしてイエメンを語る際になくてはならないものが
"カート"
です。カートはカフェインを多く含む植物で、その若葉をじっくり口の中でかんでいると、軽い覚醒作用を引き起こすと言われています。カートはイエメンの日常生活に欠かせないもので、人によっては毎日昼食後にカートを何時間もかみ続けるそうです。もちろん何かの集まりの時も人々はカートをほおばり、片頬がぷくっとふくれた状態で談笑を楽しみます。カートは別に麻薬物質ではないのですが、やはり人間の生産性が落ちることと、農業生産高の4割を占めるにもかかわらずほとんど国内消費されるため外貨獲得につながらないことから、昨今は少しずつ逆風が吹いているようです。また、残留農薬のせいか、口唇や口腔内にガンが発生する事例も増えているそうです。そのため、上流階級は農家と契約を結び無農薬のカートを作らせているとも聞きます。(by
I)
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7月7日
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日本では「七夕」ですが、こちらで7月7日に何か特別なことはないだろうかと思っていたところ、今日は「タラール・ビン・アブドッラー国王」が亡くなってから30年目に当たる日であるという記事が出ていました。タラール国王は、1951年に彼の父であるアブドッラー・ビン・フセイン国王が、彼の親英主義に反対するアラブ民族主義者により暗殺されたため、次の国王となった人です。しかし、病弱であったため1年もしないうちにジョルダン議会より退位させられ、当時17歳であった長男のフセイン・ビン・タラール国王(現アブドッラー・ビン・フセイン国王の父)が即位しました。ややこしくなりましたが、「ビン(イブン)」は、「〜の息子」という意味で、名前の最後にくるのは父親の名前ですから、フルネームを見ればその親子関係をうかがい知ることができます。(by
K)
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インターナショナルスクール
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ICS(International Community
School)は、イギリスの小学校と同様のシステムを採用しており、幼稚園もあります。クラスは3歳児(Nursery)、4〜6歳(Infant)、7〜13歳(Junior)に分かれており、秋学期:9月中旬〜12月中旬、春学期:1月中旬〜4月中旬、夏学期:4月下旬〜6月下旬の3学期制となっています。入学料は一人当たり500JD(3歳児無料)で、授業料は3歳児が年間約1,700$、その他のクラスが年間約5,000$、スクールバス代が1学期130JD(往復)となっています。こうしてみると、ジョルダンにおける子女教育もなかなか大変なようですが、ここでのいろいろな経験が、子供達の将来の夢につながることを期待したいと思います。)by
K)
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アメリカンスクール
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ACS(American Community
School)は、アメリカンシステムの男女共学校で幼稚園から高校3年までの一貫教育を行っています。4学期制で第1学期:8月中旬〜10月中旬、第2学期:10月中旬〜12月中旬、第3学期:12月中旬〜3月中旬および春休み、第4学期:3月下旬〜6月上旬および夏休みとなっています。授業時間は、3歳児は8時〜1時、幼稚園児8時〜2時、第1学年以上は8時〜3時となっています。入学料は一人当たりにつき300$ですが、授業料は学年ごとに違っており、一人当たりの年間授業料は次のようになっています。3歳〜4歳児:1,683$、5歳児:5,620$、第1~5学年:7,701$、第6〜8学年:8,843$、第9〜12学年:10,251$(Academic
Year:2001〜2002)。この他、スクールバス代として一人当たり880$が必要です。(by
K)
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子供の教育
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ジョルダンには大きな日本人学校はありませんが、アンマンには邦人子女のために「日本語補習授業校」があり、国語・算数(数学)を中心として、その他必要な教科の授業が行われています。クラスは就学年齢に応じて編成されており、授業時間は毎週金曜日9時〜12時30分までです。授業料は、1人につき入学料20JD(約3,600円)、及び1ヶ月あたり20JDを四半期ごとに納入することになっています。講師は日系企業の方をはじめとしてアンマン在住の日本人の方が熱心に務められており、毎年行われる日本人総会では子供達の劇が披露されるなど、皆元気に学んでいる様子がうかがえます。なお、保育園・幼稚園については、現地の施設のほか、アメリカンスクールなどに3歳児のクラスがあります。(by
K)
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殺人罪で禁固3ヶ月?
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現地新聞に、姉を殺してしまった男の刑が禁固3ヶ月に確定したという記事が出ていました。姉は3度目の離婚をした後、行方をくらましたのですが、結局、弟に見つかり家族のところに連れ戻されました。しかし、その姉は家族に詫びる様子もなく自分の行動を正当化しようとしたため、かっとなった弟が刺し殺してしまったというものです。その後、弟は警察に自首して「一家の名誉を守るために殺した。」と訴えたそうです。当初は重罪が科せられるのではないかといわれていたのですが、殺人の動機などを考慮した結果、禁固3ヶ月に減刑されたということです。いわゆる「Honor
crime(オナー・クライム)」の一例だと思いますが、日本では考えられないような慣習もいろいろあるようです。(by
K)
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いろいろな単語
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アラビア語にも明らかに音や動作からきた単語があります。ワスワサ(ささやく)、タムタマ(どもる)、カフカハ(ばか笑い)、スルスール(ゴキブリ)、ズィルザール(地震)など、思わずうなずいてしまうものばかりです。また、ファシャー(まき散らす)、フシュー(放屁)なども良い味を出しています。ちなみに、エジプトの農民の間では、放屁は笑い話のタネにすぎませんが、アラビア半島やジョルダンのベドウィンは人前で放屁をすることはないそうです。冗談でも、誰かが放屁したなどと言ってはいけません。それは最大級の侮辱にあたり、決闘を覚悟しなければならないと聞きました。でも、ワディラムの砂漠などは見渡す限り遮るものもなく、遠くまで音が良く聞こえそうです。彼らはそのあたりも気を付けているのでしょうか。聞いてみたいけど、やはり怒られそうです。(by
I)
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おかげさまで
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おかげさまで、とは一体誰のおかげでしょう。国語辞典には神仏や人の助けと書いてありますが、私の場合、普段そこまで意識していないというのが正直なところです。その点、アラビア語ははっきりしています。ケーファ・ハーラック?(How
are you)に対しては
アルハムド・リッラー(アッラーに讃えあれ=おかげさまで)という決まり文句があります。また、ケーファ・ハーラック
は会話の途中に何度言っても良いようで、相手もそれに対して様々な決まり文句を返します。それぞれ意味はありますが、基本的にどれも
"Welcome"
という気持ちを表すものです。アッラー・ユアーフィーク(アッラーはあなたに健康をさずける)、アッラー・ユハイイーク(アッラーはあなたを長生きさせる)、ハイヤーカッラー(アッラーはあなたを長生きさせた)、アッラー・ユサッリマック(アッラーはあなたを保護する)、サラーマトゥッラー(アッラーの保護)、アッラー・ユバーリク・フィーク(アッラーはあなたを祝福する)、アハラン・ワ・サハラン(ようこそ)、マルハバ(ようこそ)などなど。イスラム教徒ではない私がこれらの言い回しを使って良いのか、いつも悩みます。(by
I)
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シェブ・ハーリド
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7月15日から21日まで、毎年恒例の "Souq Ukaz Festival"
が開催されます。アラブ人歌手を多数招き、アンマンのダウンタウンにあるローマ劇場などで毎夜コンサートが行われます。今年のメンバーには、日本でもおなじみのアルジェリア人歌手、シェブ・ハーリドが含まれていますが、国内のイスラム系団体などが、彼のコンサートには行かないよう呼びかけています。シェブ・ハーリドは5月にローマ市長の呼びかけでイスラエル人歌手と共同コンサートを行いました。そのコンサートはイスラエルとパレスチナの関係正常化を願って企画されたもので、イスラエルのペレス外相とアラファト議長顧問も出席しました。イスラエルが現在の占領政策を続ける限り関係正常化はありえないという考え方に基づくと、その共同コンサートは裏切り行為と映ったようです。シェブ・ハーリドは、"平和のために歌うのは間違ったことなのかい?"、と問いかけています。(by
I)
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お酒 (2)
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コーランに飲酒禁止と書かれている以上、当時アラビアにはかなりの左党がいたとみて良いのではないでしょうか。アラビアにはジャーヒリーヤ時代(イスラム以前)からカイナという歌い女がおり、酒場に所属したり流浪の酒売り人に従って歩き、売春を行っていたそうです。コーランに書かれているお酒は
"ハムル"
というもので、一般的にはワインとされています。ブドウの産地である北アラビアでつくられたワインが、酒売り人によってアラビア半島まで広がっていたのでしょうか。また古来より、イラクやシリアを中心にナツメヤシのお酒がつくられていたことはよく知られています。それを
"アラク"
といい、水で割ると白く濁るお酒としてご存じの方も多いでしょう。東南アジアやスペイン、ポルトガルにも同じもの(ただし原料は様々)があり、なんと江戸時代の日本にも、"阿刺吉"、"阿刺基"
などという名前でオランダから渡来していたそうです。(by I)
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お酒 (1)
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ご存じの通り、イスラム教ではお酒が禁じられています。コーラン第5章90節には、"信仰する者よ、誠に酒と賭矢、偶像と占い矢は、忌み嫌われる悪魔の業である。これを避けなさい"、と記されています。一方で、第47章15節には、"主を畏れる者に約束されている楽園を描いてみよう。そこには腐ることのない水をたたえる川、味の変わることのない乳の川、飲む者に快い美酒の川、純良な蜜の川がある"、と記されています。つまり、お酒を完全に否定しているのではなく、あくまで現世において飲酒を禁止するということのようです。こんな書き方をされたら余計に期待がふくらんで、試しに飲んでみようという輩が現れてもおかしくありませんね。最近、サウジアラビアでオーデコロンを飲んだ若者19人が亡くなるという事件がありました。なんとも哀れな事件です。(by
I)
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アーメン
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アーメンは日本でも良く知られたフレーズです。国語辞典には「キリスト教徒が祈りの後に唱える語、確実・まことの意」と載っています。一方、英和辞典には「ヘブライ語で
"しかあれかし (So be
it.)"」と記されています。アラビア語では「A・M・N」の3語根から、Amina
(保護する)、Ammana (保証する)、Aamana (信仰する)
という動詞とともに、Amn (安全・保護)、Amin
(誠実な・忠実な)、Aamin (アーメン)
といった単語ができています。今日一般にアラビア語と言われるものは古典北アラビア語で、その成立過程からしてもヘブライ語とアラビア語には似た単語がたくさんあって当然です。アーメンもそのひとつと言えるでしょうし、逆にアーメンという言葉から、アラビア語の動詞が出来上がっていったのかもしれません。外来語が3語根あるいは4語根の体をなしていれば、自在にアラビア語に取り込むことができ、サウジアラビア東部方言の
"バンチャル/ユバンチル (パンクした/パンクする)"
もその一例です (Puncture=パンク)。例えば、ソバ/サウワーブ
(そば/そば屋)、サーバ/ヤスーブ (そばを打った/そばを打つ)
という造語もあり得ない話ではありません。(by I)
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国王の訪日 (2)
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現地英字紙の報道によれば、現在訪日中のアブドゥッラー国王は小泉首相、川口外相などに会い様々な議題を協議したそうです。ジョルダン国内では、1,700億円にのぼる対日債務の返済繰り延べが期待されていましたが、日本側はそれは認めなかったようです。代わりに、ジョルダンの社会経済計画
(Socio Economic Plan)
に対し20億円、ザルカの水問題に22億円の資金協力を申し出たそうです。ジョルダンの対外債務69億ドルのうち、日本はトップ比率の15億ドルを占めています。国王御一行はこの他にもJICA、JBIC、JETROなど国際援助機関代表者と会い、教育、IT、水、環境の諸問題について意見交換をしたそうです。(by
I)
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国王の訪日 (1)
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アブドゥッラー国王が6月29日から4日間の日程で訪日しています。サッカーW杯決勝戦を観戦したことなどが日本の新聞にも報じられています。今回の御一行には王室メンバーや首相、外務大臣、財務大臣などが含まれており、ジョルダンへの民間投資促進や中東和平問題の協議など、様々な議題が予定されています。ただし、現地英字紙によると、今回の訪日の最優先課題はジョルダンの債務返済繰り延べとのことです。その上で、どれだけ経済支援を取り付けることができるか、といった報道ぶりでした。国王は新聞のインタビューに答え、現在のジョルダン政府がもつ古い因習を打ち壊したいと語っています。これまでは半年に1度というペースで頻繁に内閣改造があったことをあげ、これからは若くエネルギッシュで英語が堪能な閣僚に一新し、2年から4年ほどの長期間にわたってじっくり政務にあたらせたいという意向を明らかにしています。今年40才になった若き国王の手腕に国内外の注目が集まっています。(by
I)
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パレスチナ支援
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昨年米国で起きたテロに起因し、このところジョルダン経済も低迷気味です。その影響は多少なりとも我がSTIMIも受けているようで、企業からの向上訓練依頼がすっかり減ってしまいました。しかし、5月には国連
(UNRWA)
に派遣されているJICA専門家の方の企画で40名近いUNRWA訓練生
(パレスチナ人)
にCNC機器訓練を行い、また同時期にNGOの依頼によりパレスチナ難民キャンプからの15名に対する溶接訓練も行いました。パレスチナ難民キャンプからはあと15名受け入れる予定で、これら30名の中から優秀な者を選び、さらにパイプ溶接の訓練を行います。目標は、パイプ溶接技能者認定証をとらせることです。最近は、パレスチナ支援の基地としてジョルダンがこれまで以上に注目されています。STIMIの重要性もますます高まっていくことでしょう。(by
I)
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モザイクの国
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ジョルダンはイスラム国家という現代の顔を持ちながら、同時にユダヤ教の聖地でもあり、キリスト教の聖地でもあります。国内には旧約聖書の主要な舞台となった土地が数多くあり、イスラエルを含む外国人のジョルダン訪問はけっして途絶えることがありません。宗教史的にはかなり重要なのにもかかわらず、アクセスが悪いことからか、日本のガイドブックには載っていない名所旧跡もまだまだたくさんあります。ウムラサスもそんなひとつで、西暦785年に建てられた聖スティーブンス教会は、その床一面を飾る美麗なモザイクから、欧米人にはつとに知られた場所です。宗教の是非は別にして、キリスト教徒が情熱を傾けた作品には心が動かされます。世界的にもかなり貴重なものだと思います。(by
I)
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カナリヤ
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4ヶ月ほど前、ダウンタウンのペットショップでカナリヤを買いました。やはりカナリヤは鳴いてこそ華。メスよりもオスに価値があるのは言うまでもありません。店内には何羽かきれいな鳴き声を発しているものもいましたが、ここはあえて若いカナリヤを選びました。"3週間ほどで鳴き始める"、という店主の言葉を信じ、それからカナリヤの世話にいそしむ毎日が続きました。1ヶ月たち、時々
"ピョロヒ〜" と短く良い声で鳴くものの、ほとんどは "ギャッ"
という鳴き声しか発しませんでした。その時は、隣のケージにいるブンチョウのつがいをうらやましく思って鳴き声をまねしているのかな、程度に考えていました。そうこうしているうちに、事情があってカナリヤはブンチョウとともに知人のお宅に引っ越すことになりました。そして先日、知人から、"カナリヤが卵を産んだ"
という衝撃的な連絡を受けたのです。く〜、あれだけオスって言ったのに。そりゃ鳴かないよ・・・。(by
I)
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