寄居剣道連盟HP
エッセイ&コラムもくじ








攻防戦(左) 攻防戦(右)
▲寄居北條まつりのクライマック スは荒 川・玉淀河原を舞台にした鉢形城攻防 戦。400年以上前、この
地のこの場所で繰り広げられた戦国時代の 合戦を、祖先 の慰霊と史実の継承を兼ねて再現している

大 砲、矢、刀、槍、甲冑、そして殺陣師
リアルな合戦絵巻を支える寄居剣道連盟
 数千人もの観衆が 見守る中、甲冑を身にまとった大勢の武者が槍や刀で しのぎを削り、備えられた幾門もの大砲が絶えず轟音を響かせている。あたりは白く煙り、火薬の匂いが花をつく。4月11日(日)、43回目を迎えた寄居北 條まつりのクライマックスは今年も盛り上がった。
 寄居北條まつり(平成5年までの名称は鉢形城まつり)は、戦後間もなく始まった。主体となったのは三鱗会(みつうろこかい)である。三鱗会は400年 前、この地にあった関東屈指の名城・鉢形城兵士の末裔が結成した組織で、祭りは先祖の霊を鎮めることと、次世代へ「史実」を継承することを目的に実施され ている。
 史実とは天正18年(1590)に起こった鉢形城攻防戦を指す。鉢形城を守るのは、城主・北條氏邦を筆頭とする3千5百の兵。対するは豊臣秀吉の命を受 けた北陸の前田利家と越後の上杉景勝ほか、浅野長吉、木村一、佐竹義宣、宇都宮国綱ら総兵5万の連合軍だった。圧倒的な兵力差である。氏邦率いる鉢形城側 は堅固な城塞を楯に食い下がるも、徐々に劣勢に追い込まれ、ついには家臣の身を案じた氏邦が、城兵の命を助けることを条件に開城。自ら戦いの幕を下ろし た。
 祭りには寄居剣道連盟も古くから関わっている。当時はメインとなるのが武者行列だったが、その中心的存在として、連盟所属の小中学生たちが剣道着姿で参 加していた。パレードはいつしか甲冑を着込んだ武者行列へと発展し、平成7年頃からは今のような観光客に訴えるスタイルに様変わりした。参加する剣道連盟 のいでたちも変化を遂げ、現在、剣道連盟隊(20隊からなる行列の三番手を進む)は、鉢形城守りの主力部隊として活躍した「寄居十六騎隊」に扮し、毎年凛 々しい甲冑姿で祭りに臨んでいる。今年、大将を務めたのは寄居成心館館長・清水都留吉氏だった。
攻防戦会場
開会セレモニー 「河原での合戦は、最初は皆どう動いていいか わからず立っているだけでした。それが数年前に、殺陣師(たてし)の方に演技指導していただくなどして、戦いもだんだんリアルになってきたんです。我々の 隊では16名中、合戦に参加する8名は五、六段の有段者から選ばれています」
 合戦で使われる武具はもちろん偽物である。槍の先にはスポンジがついていて、実際に相手を突くことができる。目をガードするプラスチック製のゴーグルも 必須アイテムのようだ。突かれたときや切られたときにその場に倒れるのは、チャンバラごっこにおける作法の踏襲である。小学生の頃からこのお祭りに参加し ているという清水周二さん(41歳)は、
「自由な戦いは童心に帰るようで楽しいですね。最初は和やかでもテンションが上がって喧嘩になることもあります」
 と言って笑う。
武者隊
 武者の格好をした人はおよそ 500名。20 隊の中には史実に基づいた 「花園城隊」、「金尾城隊」などもいるが、いかにも町あげてのイベントといった感じの「商工会隊」「郵便局隊」「埼玉りそな銀行隊」などもあった。一方で は忍者に扮した「いずみ保育園隊」、外国人で構成された「国際隊」もいる。極めつけは隊列の最後を歩く「手作り甲冑隊」。多くの甲冑は三鱗会から支給され るものだが、この隊は自前の甲冑で挑んでいる。全員が大将格という不自然さはあるものの、豪華絢爛の部隊は祭りを一層華やかにした。
 午後2時、寄居町の名勝・玉淀河原に、荒川を挟んで北條側と豊臣側が対峙した。北條側の陣地が実際に鉢形城本丸があった断崖下に敷かれるなどロケーショ ンのスケールは大きい。豊臣連合側の大砲が炸裂。大将が「北條氏邦よ、わが軍門に下れ。返答やいかに!」と叫ぶ。北條側大将も威勢よく「我ら守る鉢形城。 3,500といえども関東武者の意地がある。攻めるものなら攻めてみよ。見事守り抜いてみせる。これが返事だ!」。直後に北條側の切り込み隊が舟二艘に分 乗し、対岸から観衆の多いこちらへと迫ってきた。演出がうまい。一戦交えると、次には豊臣側が向こう岸に渡り、再び両軍の武者が火花を散らす。遠くに十六 騎隊の勇姿が踊った。さすがに強い。豊臣側を追い込む勢いだが、さすがに史実は曲げられず、おもむろに北條側大将が「よく戦い抜いた。遺憾だが、鉢形城を 開城する」と幕引きを告げる。午後3時、祭りは終焉に向かった。
 寄居剣道連盟の会員も皆祭りを見守った。前日の10日(土)には恒例の「寄居北條まつり剣道大会」も開かれている。大会には小学校低学年からの参加があ り、連盟会長・柴崎正氏は、「この町の歴史と伝統文化を知り、郷土を愛し、誇りにする心を養っていただければと思います」と話している。


(▼目次にも画像が掲載されました。)
もくじ
剣道大会

【注】上記本文及び写真キャプション中に誤りがあり、翌月号(8 月号)で次のとおり「お詫びと訂正」がありました。
お 詫びと訂正 7 月号「剣道わが町」の記事中の清水都留吉氏は清水務氏の誤りでした。清水務氏が寄居十六騎隊大将、清水都留吉氏は副将です。関係各位に深くお詫びするとと もに訂正させていただきます。(編集部)

月刊「剣道日 本」No.341(2004.7月号)より
 平成16年7月1日・スキージャーナル株式会 社発行
(本稿は「剣道日本」編集部より許可をいただいて掲載して おります)
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