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剣道連盟のキーワード【4】
継 承
寄居剣道連盟


 全日本剣道連盟の傘下には各都道府県の剣道連盟があり、その下にはまた市町村 や郡単位の剣道連盟がある。多くの剣士にとって地域単位の稽古、あるいは審査会、地域の大会など、日常的に関わりがあるのは、そういった小さな単位の連盟 であろう。
 剣道連盟がホームページを持つ例も増えてきているが、市町村レベルの連盟の中で、とても充実したページを見つけた。埼玉県の寄居剣道連盟である。
 大里郡寄居町は秩父の山から荒川が関東平野に流れ出す扇状地に開け、都心から70キロ離れている。人口は3万8千人あまり。8月31日(日)には、寄居 剣道連盟の大きなイベントの一つである清水義一杯剣道大会が行われていた。

三町の和を 大切に
師への感謝を忘れずに

清水義一杯剣道大会_開会式  第4回目となった清水義一杯剣道大会は、小学校3年生以下、4年、5年、6年の各部門に分かれた個人戦で、埼玉県青少年武道大会の 予選を兼ねている。参加者は全部合わせて30名程度というささやかな大会だ。
 清水義一範士は警視庁で修業したが、退職後地元の寄居町に戻って後進を育成、昭和47年に寄居成心館道場を開設し、町の武道場(今大会の会場でもある寄 居町立総合体育館・アタゴ記念館)建設にも尽力した。この地域に剣道ができる「場」をつくった「中興の祖」である。その清水範士が逝去した後、平成12年 にこの大会が創設された。
清水義一杯剣道大会_試合  寄居剣道連盟は(財)埼玉県剣道連盟に加盟しているが、寄居町だけでなく、川本町、花園町を含む三町をたばねている。管内には寄居成心館道場のほか、男 衾(おぶすま)剣友会、花園町剣道スポーツ少年団、川本町剣道スポーツ少年団と少年剣道の団体が四つあり、中学校が五つ、高校が一つある。大人の会員は登 録では90名ほどだが、常時稽古に出てくるのは30名前後とのこと。
「『和』が寄居剣道連盟の特徴です。三町仲よくやっていこうという道を先輩方がつくってくれて、それが非常にうまく継承されていると思います。清水先生も 自分の道場だけでなくみんなでやっていこうという広い心を持っておられました。感謝の気持ちを次代に伝えたいという想いで、この大会を開いています」
 と柴崎正会長(55歳・教士七段)が言う。
合同稽古会_指導  毎週水曜日と土曜日に剣道連盟としての合同稽古会がある。とくに土曜日が休みになってから中学生、高校生の参加も増えているそうだ。他の地域と同様、剣 道を専門的に指導できる教師がいない学校も多いので、生徒たちにとっても貴重な場になっているのだろう。
 大会当日も午前中に一級の審査会を行ったあとで合同稽古会が催され、午後から大会となっていたが、合同稽古会に参加した中学生は午後の大会では係員をつ とめ、日本剣道形は高校生(高須周作君、高橋慧君)が演武した。この大会には、学校や道場の垣根を払って、地域で剣道をする人がほとんど全員参加している と考えていいのだろう。

柴崎会長 故郷を離 れても
いつか再開できるような剣道を

 年間の主な行事としてもう一つ、「寄居北條まつり」がある。寄居には小田原北条氏が北の拠点とした戦国期の名城、鉢形城があり、その文化を継承すべく毎 年4月に祭りが行われている。祭りの前日には剣道大会を開いているが、これは戦国時代の合戦をイメージして昔ながらの高点試合を採用している。負けるまで 次々に別な相手と試合をし、一番多く勝ち抜いたものが優勝という勝ち抜き戦だ。祭りの当日は剣道連盟会員が「殺陣隊」「十六騎隊」などに扮して参加する。
「鉢形城下の北条氏の文化が町民の心として継承されています。武道を通してその質実剛健の気風を伝えるというつもりで剣道に取り組んでいます」(柴崎会 長)
清水事務局長  平 成6年から寄居剣道連盟の事務局長をつとめているのが清水周二さん(39歳・錬士六段)だ。大会会場でも獅子奮迅の活躍だったが、ホームページの作成、メ ンテナンスも一人でこなす。そのホームページは昨年の夏に開設されたが、そもそも個人的なサイトだった。町議会事務局に勤める清水さんが職場でも自宅でも 剣道連盟関係の資料を見られるように、自分用の情報ファイルのつもりで始めたものが発展したのだというが、すでにこのホームページも寄居剣道連盟の一つの 顔になっている。
 二代前の会長である内田清作さん(教士七段)が大会を見守っていた。寄居剣道連盟創立から関わった人物である。昭和23年に警視庁を退職し寄居に帰った 内田さんは連盟創設の必要を感じ知人であった柴崎要八(故人)とともに、自転車で山道を走って近隣の剣道愛好者に呼びかけた。寄居剣道連盟の設立にこぎつ けたのが昭和26年、そして翌27年5月3日に第1回武道大会を開催している。
武道大会  この大 会も寄居剣道連盟の主要行事として、寄居地方武道振興会の主催で現在も続いているが、大会初期の熱気を伝える写真が残っておりホームページにも掲載されい ていた。当時大会を開くような施設はなく、会場は荒川の玉淀河原である。寄居成心館ができるまで、一般愛好者の稽古は主に寄居警察の道場で行なわれ、時に 熊谷、児玉あたりへ出稽古に行った。
「ただ剣道をあとに残したい、という思いでやってきただけです」
 と81歳になった内田さんがいう。
 柴崎会長や清水事務局長は少年の頃から剣道を始め高校、大学でも続けていたが、他の会員のほとんどは社会人になってから始めた、あるいは中断していたが 再開したという人ばかりだという。逆に地元で中学、高校まで剣道を続けても、東京の大学へ行ったり就職したりして離れてしまう人が少なくない。
「少年たちには、中断してもまた再開できるような剣道を身につけてほしい。だから基本を大切にしておおらかに育ってほしいと思います。とにかく剣道を継承 してもらいたいということが私たちの願いです」(柴崎会長)
 自分の技術の上達、教え子の技術向上、自分の所属する団体やチームの発展。それは誰もが願うことだろうが、それだけでは剣道の継承はなし得ない。もっと 広く地域全体の発展のために、損得ぬきに無私の力を注ぐ人たちが、全国各地にこれまでもいたし、今もいるのである。

月刊「剣道日本」No.321(2002.11月 号)より
平成14年11月1日・スキージャーナル株式会社発 行
 (本稿は「剣道日本」編集部から許可をいただいて掲載しております)
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