『人生の目的』五木寛之著
(幻冬舎文庫)からの話題発展
近年のガーデニングブームは庭のあるなしに関わらず広まり、ベランダー※という新語まで生み出しているようです。
※ベランダー:マンション等のベランダで植物を育てる人やそれを趣味にしたライフスタイルを示す新語らしい。
もちろんわが家もその例にもれず、ベランダで観葉植物やハーブを栽培して朝夕には家庭排水で打ち水し、さらに部屋の各所に緑を配置して、“自然と共生する気分”を味わい、休日実家に里帰りしては本格的な田畑作業も手伝い、季節の恵みを味わっています。
そのような中、先日来shotamがせっせとグランドカバー(素人の妻は、「モジャモジャしたヤツ」と呼ぶ)の研究を続けていることもあり、最近の異常気象についての会話から、つぎのような話題に発展しました。
妻:最近、人間が種や環境を守るために手を加えて、かえっておかしなことになってしまう話が多くて、余計なことをせん方がええのでは?と思 うようになってきたわ。
夫:確かにそういう面もあるけど、資源が枯渇しないように我慢して生活するとか、人間としてやるべきこともあるで。
妻:それでも自然淘汰されるものもあるわけで...
夫:その「自然」ってヤツがクセモノやねん。
と会話を続けながら、ふと以前読んだ記事を思い出しました。
自然淘汰と施設緑化(屋上緑化)の功罪について
近年、都市部でも屋上等の施設緑化が盛んになり、その弊害として郊外田園部を中心とする日本古来からの植生に変化をきたし、外来種に駆逐されそうになっているという話があります。都市の屋上等の過酷な環境や素人ガーデニングに適した種として外来種が勧められる傾向にあり、これが屋上だと種子や花粉が風に乗りやすく、あちこちに移って自生してしまうらしいということです。
夫:確かにグランドカバーもほとんど外来種やな。でも何にしても外来種は強いね。
妻:魚で言えば、バスやアメリカザリガニとかね。在来種が淘汰されて問題あるの?とも思ってしまうけど...
夫:食い物などは、そのうち品種改良されていいものになっていくという例もある。
妻:逆に在来種を駆逐する勢いで生育していたものが、周囲に馴染んで共生するようになる場合もあるらしいよ。これを馴化(じゅんか)というらしいわ。
日本におけるセイタカアワダチ草の馴化とは...
五木寛之の著書(『人生の目的』幻冬舎文庫 )によると、北米原産のセイタカアワダチ草は、21世紀初頭に何らかの理由(例えば戦後救援物資に種子が混じっていたとの説がある)で日本に侵入してきて、関西あるいは九州を起点にどんどん東征していったらしいということです。
この種は、造成地や開発地区のようなサラ地を好み、日本古来種のススキと拮抗しながら生育するということで、異常に背丈が高く密生し、周辺の植物の日照を阻害し、枯らしてしまう(毒素を出して周囲を枯渇させるとの説もある)等の特徴があり、高度経済成長とともに異常な繁殖ぶりをみせることになりました。
その後も、喘息やアレルギー疾患の原因(後にその説は誤りだったと判明したということですが)とされ、やがて日本人の心の故郷である大和の寺院周辺の景観をも変えてしまう勢いであったため、芸術家等による駆除運動の呼びかけが始まろ、ある地域では、この草を抜いて役所に持っていくと、1本いくらかの報奨金が出たこともあるらしいということです。
ところが、五木氏が近年感じるのは、あらゆる植物を淘汰してしまいそうなほどであったセイタカアワダチ草の獰猛な勢いが、昔と比べてなくなってしまったこと。確かに子供の頃見たような背の高い草ではなくなって、様々な植物と共生しているような気がします。
このようなことを馴化(じゅんか)と呼ぶそうです。
妻;大和の景観はススキが代表格なのに、これを駆逐するからという理由で、公的な駆除運動に発展するなんて、なんかものすごいことやね。
夫:でも確かに昔と比べて見かけなくなったね。そういう運動があったとは知らなかった!
妻:「郷に入れば郷に従え」って、まるごと自然界のオキテやったということか。
夫:だから「自然」ってクセモノやねん。
(夫婦の会話の部分は多少脚色されています)
※ベランダー:マンション等のベランダで植物を育てる人やそれを趣味にしたライフスタイルを示す新語らしい。
もちろんわが家もその例にもれず、ベランダで観葉植物やハーブを栽培して朝夕には家庭排水で打ち水し、さらに部屋の各所に緑を配置して、“自然と共生する気分”を味わい、休日実家に里帰りしては本格的な田畑作業も手伝い、季節の恵みを味わっています。
そのような中、先日来shotamがせっせとグランドカバー(素人の妻は、「モジャモジャしたヤツ」と呼ぶ)の研究を続けていることもあり、最近の異常気象についての会話から、つぎのような話題に発展しました。
妻:最近、人間が種や環境を守るために手を加えて、かえっておかしなことになってしまう話が多くて、余計なことをせん方がええのでは?と思 うようになってきたわ。
夫:確かにそういう面もあるけど、資源が枯渇しないように我慢して生活するとか、人間としてやるべきこともあるで。
妻:それでも自然淘汰されるものもあるわけで...
夫:その「自然」ってヤツがクセモノやねん。
と会話を続けながら、ふと以前読んだ記事を思い出しました。
自然淘汰と施設緑化(屋上緑化)の功罪について
近年、都市部でも屋上等の施設緑化が盛んになり、その弊害として郊外田園部を中心とする日本古来からの植生に変化をきたし、外来種に駆逐されそうになっているという話があります。都市の屋上等の過酷な環境や素人ガーデニングに適した種として外来種が勧められる傾向にあり、これが屋上だと種子や花粉が風に乗りやすく、あちこちに移って自生してしまうらしいということです。
夫:確かにグランドカバーもほとんど外来種やな。でも何にしても外来種は強いね。
妻:魚で言えば、バスやアメリカザリガニとかね。在来種が淘汰されて問題あるの?とも思ってしまうけど...
夫:食い物などは、そのうち品種改良されていいものになっていくという例もある。
妻:逆に在来種を駆逐する勢いで生育していたものが、周囲に馴染んで共生するようになる場合もあるらしいよ。これを馴化(じゅんか)というらしいわ。
日本におけるセイタカアワダチ草の馴化とは...
五木寛之の著書(『人生の目的』幻冬舎文庫 )によると、北米原産のセイタカアワダチ草は、21世紀初頭に何らかの理由(例えば戦後救援物資に種子が混じっていたとの説がある)で日本に侵入してきて、関西あるいは九州を起点にどんどん東征していったらしいということです。
この種は、造成地や開発地区のようなサラ地を好み、日本古来種のススキと拮抗しながら生育するということで、異常に背丈が高く密生し、周辺の植物の日照を阻害し、枯らしてしまう(毒素を出して周囲を枯渇させるとの説もある)等の特徴があり、高度経済成長とともに異常な繁殖ぶりをみせることになりました。
その後も、喘息やアレルギー疾患の原因(後にその説は誤りだったと判明したということですが)とされ、やがて日本人の心の故郷である大和の寺院周辺の景観をも変えてしまう勢いであったため、芸術家等による駆除運動の呼びかけが始まろ、ある地域では、この草を抜いて役所に持っていくと、1本いくらかの報奨金が出たこともあるらしいということです。
ところが、五木氏が近年感じるのは、あらゆる植物を淘汰してしまいそうなほどであったセイタカアワダチ草の獰猛な勢いが、昔と比べてなくなってしまったこと。確かに子供の頃見たような背の高い草ではなくなって、様々な植物と共生しているような気がします。
このようなことを馴化(じゅんか)と呼ぶそうです。
妻;大和の景観はススキが代表格なのに、これを駆逐するからという理由で、公的な駆除運動に発展するなんて、なんかものすごいことやね。
夫:でも確かに昔と比べて見かけなくなったね。そういう運動があったとは知らなかった!
妻:「郷に入れば郷に従え」って、まるごと自然界のオキテやったということか。
夫:だから「自然」ってクセモノやねん。
文責:shotam
(夫婦の会話の部分は多少脚色されています)