●生徒全員に『iBook』支給、教科書廃止の高校(hotWiredJapan記事)
といっても私もデジタル生活大好きです。Macを駆使してブログを公開して、デジカメやデジタルビデオで娘の成長記録を残しては加工して、ニュースリーダで情報を集めて気になる記事をクリップして、iTunesで音楽を聞いて、iPodで持ち歩いて、仕事のみならず家族や友人との連絡もメールでどこでもいつでも・・・というような、おそらく日本小市民平均レベルのデジタル生活をおくって、かつ楽しんでいます。しかし特に仕事に関して日頃から気になっていることをいくつか。
私は都市環境デザインという分野でわかりやすく言えば小建築物や道路、公園等の設計(デザインをし図面を描き積算をする)を生業としており、最近では図面の作成は全てCADを使います。ひどい時には朝出社してから退社するまでCADに向かいっぱなしの時も。さらには具体的な設計作業に移る前のコンセプトやデザインをイメージする段階からCADに向かってしまうことがあり、これが非常にまずい状況ではないかと感じています。
かつては現場に足を運び、ラフなスケッチを描き、マーカーや色鉛筆でイメージを膨らませたり、模型をいくつも作ったりしていたのですが・・・確かにCADで書くと寸法も寸分違わず正確に書くことができますし、修正が楽ですし、そのまま最終的な工事発注図面に流すことができます。
しかし、初期の手作業でのイメージづくりをしっかりとやらなかったものに限って収まりが悪かったり、自分のイメージしていたものとの乖離が生じてしまいがちなんです。要は図面上は、一見、寸分違わず収まっているにも関わらず、設計が甘いということでしょうか?
この辺りに関しては、変に経験がついた分現場対応でうまく軌道修正して納めてしまうのですが、業者がそのまま製作する場合も多々あるわけで、初期のイメージづくりを自分の頭と手でしっかりやった上で『こういうものを作りたい』というイメージ固めた上で、その伝達手段としての図面ときちんと分けるべき(本来あるべき姿なのでしょうが)だと感じています。
毎日ネット上で様々な情報を収集し、特に気になる記事はクリップし、また公開したりしてるのですが、断片的な情報のみを斜めに読んで、知った気になっているだけではないかと危惧しています。学生時代は論文作成の資料収集のために国会図書館までも足を運んで記事を書き写していましたし、本を読むときもマーカーで線を引きと、実際にそういう作業をすることで頭に入っていた部分があったと思います。
一方で今の状況。最新の情報は常に入手しています。これは入手して目にはしてるのですが、頭に残りにくい・・・その証拠にちょっと前にどんな情報を仕入れたのか、すぐに忘れがちです。これは体系的に理解してないために、自分で消化できてないということでしょうか?結局過去にクリップした記事を読み直したり、関連する書籍を買ったりという状況に陥りがちです。
その他ワープロばかり使って漢字が書けなくなってきた、露出も気にせずデジカメで大量に写真を撮ってる等いろいろありますが・・・。
冒頭の教科書を廃止してiBookを配布し、オンラインで教材を提供する記事ですが、読んだとき『画期的だなぁ、すごいなぁ』と思った反面『いいんかなぁ?』と思ったのが正直な感想でした。賛否両論あると思いますしオンラインで配信した方がメリットがある教材もあると思いますが(日本の教科書って情報が偏ってますからね)、基本的には物体として教科書があった方がいいように思います。自分の所有物としての充実感、物を大切にする心、毎晩次の日の教科書を準備する生活リズム、学年が一つ上がる度に真新しい教科書をもらう節目等々、多少の感情論も含んでいますね。
偶然にも昨晩ちえママが、娘に公文式の鉛筆練習の教材を買ってきました。鉛筆の持ち方から始まって、まっすぐの線、斜めの線、じぐざくの線・・・というように鉛筆の基本的な使い方を学ぶ教材で、アスカも楽しんで線をたくさん引きました。
デジタルライフの素晴らしい世界を伝えていく一方で、自分の頭と手だけで実現する(体感する)アナログな世界も娘と一緒に楽しんでいきたいと思ったのでした。なんか相変わらずまとまらないエントリですね・・・。
※追記
ちょっと話題はずれますがどこかで紹介されていたこんなのがありました。これがあれば夏休みの宿題の日記をまとめ書きする時に天気が分かるということ。ここまであるとすごいなぁと思いつつ、こうやって見るとやっぱり8月は雨が少なくて暑かったんだなぁと。
●夏休みの天気・まとめコーナー(Yahooキッズ)