
死を間近に控え、これまでの人生に大きな後悔を残す者のために現れる1台のワゴン車。これに乗ると、現在の状況に至るきっかけになった「大切な場所」へと連れて行ってくれる。
自分の周囲との関係がすべて破綻してしまったことに気づいた主人公は、このワゴン車に乗ってはじめて自分の父や息子、妻との関係のあり方について考え、苦しみ、やがてこの状況を変えるための努力を始めます。この物語が面白いのは、過去に戻ったところで結果を変えることはできないけれど、後で「もっと別のやり方があったんじゃないか?」と悩んだり、何気なく過ごしてきたある時間が、人生における重要なターニングポイントであったということに気づくことが大事なんだと教えてくれることです。それでこそ、”今”を大事に生き、やがて訪れる死をきちんと受け止めて魂の安らぐ場所に旅立てるのだというメッセージが込められていました。
私の場合、常にあれこれ深く考えることを避けて、いつも先に向かっては「なるようになるさ(ケセラセラ)」だし、過ぎ去ったものは「さっさと忘れる」というのを信条にして自己正当化の道を邁進しているので、最後の最後できっと後悔の大洪水に巻き込まれるのだろうなと観念しています。
作者の後書きにもありましたが、自分が子供であり、かつ親でもあるという特別な時期であるからこそ、親の立場にも子の立場にもなって重層的な時間の過ごし方ができるはずだと。
私は女なので、ここで描かれているような父と息子のような厳しい関係ではありませんでしたが、唯一の跡継ぎとして息子と同じように育ててきたという父と、その父を超えることに懸命になってきた子であることには変わりなく、読み進んでいくうちに娘を出産後、はじめて父が送ってくれたメールに書かれていた言葉にすごく感動したことを思い出していました。「とうとうお前も人の親になったのだから、我々も今日からお前のことを”ちえ”(本名は子がついていた)と呼ぶことにする。これからの人生色々あるだろうが、頑張れ!!」というものでした。
さて、私は今の自分と同じ年頃になった娘に、どんな言葉を残してあげられるのか?などと考えてしまうような、素敵な作品でした。
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