2004.2.11
今日はおやじの誕生日だった。56歳になったが、よぼよぼ過ぎてずっと年寄りに見える。今朝わざわざ送られてきたお袋のメールで知らされなかったら、多分今年は60歳ぐらいになっているのだろうと勝手に想像していたと思う。おやじの年寄りぶりを考えるたびにちょいと落ち込まないわけにはいかない。それは、おやじにもっと若々しいままでいて欲しいと思う部分もあるけれど、それ以上に自分の30年後の姿がいまのおやじに投影されているのではないかと思ってしまうからだ。だって、そんな風に歳をとりたくないよ。
今日はおやじの誕生日だった。56歳になったが、よぼよぼ過ぎてずっと年寄りに見える。今朝わざわざ送られてきたお袋のメールで知らされなかったら、多分今年は60歳ぐらいになっているのだろうと勝手に想像していたと思う。おやじの年寄りぶりを考えるたびにちょいと落ち込まないわけにはいかない。それは、おやじにもっと若々しいままでいて欲しいと思う部分もあるけれど、それ以上に自分の30年後の姿がいまのおやじに投影されているのではないかと思ってしまうからだ。だって、そんな風に歳をとりたくないよ。今日はおやじの誕生日だった。56歳になったが、よぼよぼ過ぎてずっと年寄りに見える。今朝わざわざ送られてきたお袋のメールで知らされなかったら、多分今年は60歳ぐらいになっているのだろうと勝手に想像していたと思う。おやじの年寄りぶりを考えるたびにちょいと落ち込まないわけにはいかない。それは、おやじにもっと若々しいままでいて欲しいと思う部分もあるけれど、それ以上に自分の30年後の姿がいまのおやじに投影されているのではないかと思ってしまうからだ。だって、そんな風に歳をとりたくないよ。50歳そこそこなのに、もうすでに更年期障害やら五百円禿げやらビール腹の発生やらに見舞われたくない。若々しいまま長生きしたい。「ご長寿早押しクイズ」(まだその時にやっているとすれば)に出て、やらしい冗談を連発して、楽しい老後を過ごしたい。だから今のうちに運動しまくって、マイナスイオンを吸いまくって、万能茶を飲みまくらなくてはいけない、と毎年おやじの誕生日につくづく思うわけです。

Posted: 水 - 2月 11, 2004 at 01:30 åflëO