
この一台がすべてだった頃
時は1995年。
世の中はWindows95だ。
新聞まで騒いでいた様に記憶している。
それまでにもコンピュータと全く無縁だったわけではない。
友人のNEC/PC8800をいじったり、ファミコンのファミリーベーシック(知ってる人がいるのだろうか?)という、
ファミコンでベーシックが書けるというソフトで遊んだりはしていた。
まぁ、それまでは高価なオモチャという印象だったのだが、
世の中が騒ぎ出すほど、急速にパソコンが表に出てきた。
ちょっと焦ってみたりもして・・・・・
始めないとついていけなくなりそうな気がしたのだ。
考えてみるとそんな空気があったからこそWin95も売れたのだろう。
丁度友人が広告代理店でDTPをやっていたので相談したら、
「マックに決まってるじゃん。一台貸してやるから使ってみな」
そう言って貸してくれたのがMacintosh Siだった。
ただし、モニターとグラフィックボードは自前で調達しなければならない。
いきなり4万5千円の出費だ・・・・・「高え〜・・・・」
それでもまぁコンピューターだ。なんかこうわくわくした。
友人はSiを抱えて家に来ると、やおら筐体を開けてスロットにグラフィックボードをぶっ挿し、
40Mbiteのハードディスクを80Mの物に交換してMOとCD-ROMを繋ぐとなんやらをインストールするのだという。
そんな姿をなすすべもなく見守っていたのだが、出会いからしてなんかジャンクだ。
なにしろモニターもグラフィックボードも秋葉原の裏通りで調達したのだから。
とにかくマシンが来た。
何かしなくては・・・・ということで、これまた裏通りで買った怪しいフロッピーを開いてみたりしたのだが、
これが圧縮ファイルだった。
しかし中身は女の子のあられもない姿が収まっているらしいので、結構真剣に取り組んで、
やっと見ることができたときの感動は今も忘れられない。
その後After Darkの画面をじっと見ていたり、
アップルメニューのリンゴがくるくる回るユーティリティーを入れてみたりしては喜んでいた。
Macは、ただいじくり回すだけで十分面白かったのだ。
しかし、ここで早くもSiの限界を知る。
何をするにも重い。
それに借り物という意識もあり、自分のマシンが欲しくなってきた。
まんまと友人のMacへの誘いは成功したことになる。
それからしばらくあちこちの店を探して歩くことになるのだが、
でもしかし何を買ったらよいものかよくわからなかったので、当然選択の基準は値段である。
何度か店頭での出物を物色し、友人にその都度相談しながら、
ついに某量販店で店頭処分現品限りのPerfoma630と出会う。
それは展示品特有のいたずらでファイルはめちゃくちゃで悲しい状態だった。
しかし値段は89,800円也。
秋葉原でもまだ12万以上する。どうする?
ここでまたもや友人に相談すると、一言「それは買いでしょ」
オリジナルのシステムディスクが無いというので、漢字トーク7.5を付けてもらい、さらに友人が一万円値切ってくれた。
持つべきものは友人である。
さあ、持って帰るといきなりハードディスクのイニシャライズである。
初めて買ったMacなのに・・・なかなか試練である。
幸いバンドルソフトの類はみんな付いてきたのでそっくりインストール。
これで晴れてMacのオーナーである。
当時のスペックは、CPU 680LC040/33Mhz、HD250MB、
8+4MBRAM、
4倍速CD-ROMドライブ、15inマルチスキャンモニター、ビデオ入力端子とテレビチューナーに赤外線リモコンまで付いている。
CDプレイヤーにもなればテレビも見られてリモコンで操作可能。
マシンの起動とシャットダウンまでリモコンでできた。
この辺は今のマシンにも有ったら便利だと思う。
バンドルソフトでビデオの編集もできることになっているが、今考えるとこれはちょっと無理。
映像のコマ飛びがひどいし、いくら何でもHDが250MBだし・・・・・
やはり12Mのメモリでは何をするにも苦しい。
ここから、Macを使うことといじることがスタートしたような気がする。
当時、32Mのメモリーが40,000円くらいしていた。
実に630本体の約半額。とても買える物ではない。
だから、RAMDobllerやら仮想メモリにはお世話になった。
ぶつぶつ言いながらも吊しで使うこと半年くらい。
でも、何をしていいのかよくわからず、雑誌のおまけCDから色々インストールしては一喜一憂していただけで、
仕事で使うという大儀はどこへやら?
だんだんわかって来るにつれ630への不満が募ってきた。
メモリが足りない。HDの容量が足りない。速度が遅い。
モデムがないので通信できない。うぅ〜
この頃になると、秋葉原の裏通りをうろつくようになり、
中古Macを扱う店を見て回るのが趣味になる。
とにかく最初からJunkを見せられている(友人は動かないハードディスクを叩いていた)ので、まずはバックアップだ。
これまた裏通りで2Gの外付けSCSI・HDを調達。これでバックアップは完璧。
メモリも16M、32M、64Mととっかえひっかえする(無駄)。
裏通りでMotionJPEGのキャプチャーボードを買い込み、ビデオを取り込み、
内蔵HDも750MBに換装。
後にロジックボードもPowerPC603/75Mhzの6200のモノに交換。
こうなるともうすでに630ではない。
33.6kのモデムも買って、パソコン通信だ。
これにはハマった。
2年くらいチャットしまくりの日々が続く。
にしても当時の通信費は高かった。
そして時代はインターネットへと移っていくのだった。