シュタイナーの労働者講義って? | |||
木造だった第1ゲーテアヌムの建築現場 ![]() クリックすると大きな画像になります |
ルドルフ・シュタイナーは、ゲーテアヌムの建築に携わった労働者たちに、早朝1時間ほど、話をしていました。労働者たちの最も身近な関心、つまり、健康と病気や食事といった日常の話題が多かったのです。高邁な神秘学を進む人智学徒が決して訊かないような質問が自発的になされました。 そのため、シュタイナーはことのほか彼らと話をするのを楽しみにしていました。毎回話の終わりに、「次回皆さんにお話しできるのは、いついつです。それまで私はドイツに出かけています。」と念を押しています。さらに言葉を続けて「次回までに、何を話題にするか、皆で話し合っておいてください」と言うこともありました。 イギリスで治療教育は、シュタイナー教育の代名詞と言われるほど評価の高いものです。その原点となった「治療教育講座」でルドルフ・シュタイナーが烈火のごとく、声を荒げて、「自ら気づいたことに大いに喜ぶ」ことをしない聴講者たちをたしなめる場面があります。「労働者を見習え」というわけです。 「自ら気づくことに喜ぶこと」、それが新たな糸口となって、次の世界が開けてくるのです。 不思議に気づく不思議 労働者は朝の話をかみしめ、不思議を胸に一日の仕事をしました。だから、次の回には新たな疑問が生まれ、それをシュタイナーにぶつけていったのです。 まるっきり別の話題に飛ぶこともあります。そうした労働者の問いに、戸惑うこともなく即興で、新たな切り口を示しながら、答えるこの人物はやはり傑物と言うべきでしょう。 シュタイナーが生きているとき、このゲーテアヌムは完成しませんでした。それどころか、1923年暮れに最初の木造建築は失火なのか放火なのか、焼失してしまいました。第2ゲーテアヌムと呼ばれるコンクリート(それは当時最先端の建築素材でした)を利用した建物が、暫定的にしろ、完成したのは 第2次世界大戦の後の話です。 確か、その頃に、日本が誇る建築家今井兼次さんがゲーテアヌムを訪問し、マリー・シュタイナー、つまりシュタイナー夫人と会見しています。これもまた不思議な話です。マリー・シュタイナーはシュタイナーの著作と講演などすべてのアルヒーフを整理し、編集し、後生に残す仕事を20年以上も続けたのです。ナチの台頭とドイツの変質と、狂気の荒れ狂った戦争をすべて経験しながら… さて、私たちが今読書会をしている「健康と病気」は、シュタイナーが1923年から24年にかけて話したものです。労働者とのディスカッションも手慣れたものになり、リラックスしたスタイルは他では味わえないものです。神秘学、私はこの言葉より、オカルティズムとむき出しに言うほうが好きなのですが、神秘学を扱った講義や著作の、異様な晦渋さ、どうしようもない悪文と言われる文体、口調とは大違いです。 事実、「健康と病気」の一部は平明な訳ですでに出版されていますが、あくまでも一部にすぎません。また、シュタイナーの口振りを再現するスタイルではなく、講義のレジュメといった趣でまとめられています。 そうした切り口も十分にありえます。なぜなら、マリー・シュタイナーが出版時に寄せた序にあるように、シュタイナーは大きなスケッチを描いて、それを指さしながら、これがここにつながっていて、そこからこういって、と「イメージで話している」からです。文法上の間違いすらある。言い始めて、途中で脱線して、破格になっている部分もある。マリー・シュタイナーはそう書いています。しかし、それでも、労働者とのディスカッションの雰囲気を再現するために、私は手直し、校正をしなかった。シュタイナー博士と労働者の親密な時間に敬意を表するために… マリー・シュタイナーはそう述べています。 意味深長なことですが、労働者講義にいわゆる人智学協会のメンバーは参加することが許されなかった。どうしてでしょうか? とにかく、許されなかった。しかし、ごく少数の例外者がいた。マリー・シュタイナー、イタ・ヴェークマン… さて、破調の話し言葉を正確に訳しても、何も分からない。だいたい、日本人の好きな対談とかインタビューも、再構成され、原形をとどめないほどのものが多い。その結果、ただの世間話が格調の高いコメントで掲載されることもある。 だから、読みやすくするために、くどくど説明している部分、労働者への繰り返しを省いて、大筋を記す。そういう方針も十分根拠があります。 私の採った方針は違いました。第一、私は、シュタイナーの話しッぷりの良さに惚れ込んでしまった。寝っ転がって、小説を読むように、わくわくしながらこの講義録を読んだ。叱られそうですが、落語や講談を楽しむように、その話を楽しんだのです。 もちろん、出来るだけ事実関係がはっきりするように心がけましたが、それでも、分からない部分は残りました。ただ、分かりたいものだから、耳や目の構造や機能をずいぶん調べたし、興味をそそられたものです。ですから、完結した形では、あまりお勉強には役立たないかも知れません。それに、これは私の初期の訳です。だから、今なら、やらないような訳し方も多々見られます。 つまり、生硬で素人っぽい。 それでも、とても懐かしく、私の原点でもあります。これが出発点だったから、イタ・ヴェークマンとの共著『治療の基礎』や『人智学指導理念』にもたどり着いたのです。 それに、何度読んだか、分からない。あちこちで集まって、いろいろな人たちと、いろいろな読み方をしました。ただ、今思い返すと、何年もかけて『治療の基礎』をみっちり読んでから『健康と病気』を取り上げるのは、今回が初めてです。だから、何が出てくるのか、楽しみです。 | ||
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