古今亭志ん朝追善興行


吉例住吉踊り2002年


2001年8月20日恒例の住吉踊りが、志ん朝師匠の最後の高座となった。私は、ちょうど一年後に、浅草演芸ホール、8月中席恒例風流住吉踊りの客席にいた。

思いたって、8月20日に私は浅草に向かった。台風一過の晴れ上がった日だった。午前11時に、浅草六区の辺りはまぶしい夏の日差しがあふれていた。そのため、通りには人の姿もまばらで、浅草演芸ホールの前も閑散としていた。住吉踊りは志ん朝師匠の人気もあって、10時半にすでに満席で、前座が何人も一席うかがって、お客を楽しませていたものだが、やはり師匠亡き後は…そんなことを思いながら、窓口で切符を買って、中にはいると、一階席は立ち見こそいないものの、2つと並んだ空席もない。何とか右側前から4,5列目に座ることが出来た。

住吉踊り2002

これくらいのお客様が一番やりやすい。混みすぎでもなく、空きすぎでもなく、皆様はとても良いときにおいでになった。昨日の日曜などは、11時にはぎっしりと満員になって…と笑わせる噺家もいた。

住吉踊り

今年の座長は、金馬師匠だ。人柄の良さ、人気、芸の格からも座長にふさわしい人選である。

住吉踊りの高座の特徴のひとつに、色物の芸人さんの多さがある。20日には、粋曲の柳家紫文、ものまねの江戸家まねき猫、漫才のすず風にゃん子、金魚、マジックの松旭斎美智、三味線漫談の三遊亭小円歌、漫才のあしたひろし、順子、曲芸の翁家和楽、小楽、和助と、7組も登場した。落語は古典芸能の担い手と持ち上がられている。何せ人間国宝が輩出するジャンルだ。だから、TVで人気をえた漫才は別にして、落語が上等で、それ以外は軽視している噺家がいるように感じるときがある。

口では色々言っても、態度がそう言ってない場合がある。しかし、そうでなかったのが、志ん朝師匠だった。志ん朝一門は噺家だけではない。

演目

また落語協会や落語芸術協会の垣根も取っ払って、和気藹々とした交流があるのも、珍しい。

それに、あした順子さんを筆頭に、女性パワーが頼もしいのも、古いしきたりに縛られがちなこの社会ではあまり見られないことだろう。順子さんは、ひろしさんと、いつもの名調子で客をどかんどかんと笑わせていた。いつも疑問に思うことがある。ひろしさんのご兄弟に将棋棋士がいるという。

「これ、ほんとうなんです」

誰なのかしら? 順子さんは住吉踊りで赤いたすきで現れて、「他の皆とはたすきが違う。私のはシルク、絹。志ん朝師匠が買ってくださったもの。私もほれていたけど、あちらもきっと…」と言って、客席をわかせていた。実際、順子さんは腰の決まった、見事な踊りの名手だ。それから、小円歌さんは、今では中心メンバーといってもよいほどだ。

古今亭菊春、金原亭馬生、橘家圓平、古今亭志ん橋、三遊亭金馬ら、住吉踊り常連の強者の高座を楽しんだだけでなく、今年は、3年前だったか「住吉踊りを卒業した」古今亭圓菊師匠も参加していた。ご承知のように、師匠は志ん生の弟子であり、手話落語の推進者である。妙な話だが、老人介護を経験したために、つまり、倒れた後の志ん生師の面倒を弟子として見ているうちに、老人問題、福祉問題に目覚めたのである。この間の圓菊師の経験は、『背中の志ん生』という著作に詳述されている。浅草演芸ホールの売店で買うと、師のサイン入りらしい。そういう告知が貼ってあった。残念ながら、私は出版後すぐに買ってしまったものだ。

背中の志ん生

圓菊師は、座談でも、彼らしい、優しい心根が感じられるエピソードを紹介してくれた。住吉踊りが始まったとき、志ん朝師匠は、自分の所属する落語協会だけではなく、芸術協会も、上方落語の人たちも、そして演芸全般にかかわる人たちをも参加できる催しにしたこと。(実際、上方から染丸師匠がゲストで来たのを私は見ている。)そして、大きなホールで公演したとき、普段の寄席のこぢんまりした舞台では登場できない人たちが、せっかく練習したのだから、発表できるようにと、客席わきの通路にずらっと並んで、踊れるように志ん朝師が配慮したこと。

まあ、こんなことを大げさに言うのは芸のない話だが、私の心にはしみた。

住吉踊り2001

話芸だけでなく、踊り、演技といった身体表現でも、傑出した存在であった志ん朝師は、さらに高い評価を得られてしかるべきだと思う。話によって目に見えない形で表現された情動はまた、最小限の体の動きによって、寄席の舞台の上でも表現可能だったのだ。

住吉踊り2001年演目

あとひとつ気楽な感想としては、馬生師匠が見事なぼけを演じていたのが意外だった。すかーと底が抜けたボケぶりで、とても楽しかった。

皆が元気に踊るなか、お囃子方に目を向けると、目を赤くして、時には目頭をそっとぬぐっている姿が見えた。「朝様」は誰もに愛されていたのですね、改めてそう思った。皆さん、また来年お会いいたしましょう。

ホームへ