オーウェン・バーフィールド、 C・S・ルイスを語る
バーフィールド先生がC・S・ルイスを語った論考集を出版している。
オクスフォードのC・S・ルイス協会で語ったバーフィールドのレクチャーの一節が興味深い。
何よりもまず、2,3、歴史的かつ個人的な、あるいは歴史的に個人的な観察をしておかねばならないと思います。なぜならば、ルイスについて書く多くの人々が、ルイスと私との間で生じた親密なあるいは哲学的な意見交換の期間に関して、間違った印象を抱いていることが明らかだからです。そういう事態が生じたのは、我々の間で継続的かつ集中的な哲学的意見交換が行われたのが我々の人生の短期間であったからだと私は思います。皆様の大半がご承知であるように、ルイスは、これを「大いなる戦い」と彼の自伝『喜びに驚かされて』で述べています。皆様のなかには、ライオネル・エイデーの小著『C・S・ルイスのオーウェン・バーフィールドとの「大いなる戦い」』をお読みになった方がいらっしゃるでしょう。
バーフィールド先生は実はC・S・ルイスとの議論を「大戦争」だと思ったことがなかった。実は、ルイスの自伝や日記に、ルイスその人がバーフィールドを徹底的に意識していたことが繰り返し記載されていることに、驚いてすらいるのだ。
ルイスの「大戦争」は、2人の人生と思想に大きな変化をもたらした。ルイスは、想像力を駆使する手法を開発し、凡百の学者から傑出した創造的な学者であり、キリスト教文学に新たな展開をもたらした。(ところで、ルイスはこの「戦争」で想像力に不信を寄せる立場にあったのだ…)一方、バーフィールドは、ルイスの哲学的なアプローチから、自らの創造的な思想をより明晰に表現できるようになった。
ルイスがバーフィールドに対してぶつけた批判のひとつは、シュタイナーの受容に関してだった。ルイスはどうしても人智学にアプローチ出来なかった。誠実で立派な学者であり想像力豊かな芸術家であるルイスに、なぜそれが出来なかったのか? この問いはとてつもなく大きい。なぜなら、ルイスはうかつな発言を決してしない慎重な人で、ごく一部引用するために、その人物の全集を読破する人だからだ。そのルイスがなぜシュタイナーの基礎文献をほとんど読まずに、拒絶し、さらにバーフィールドを「シュタイナー信仰」から転向させようとしたのか? バーフィールドはいつでも自分の思想の源泉がシュタイナーによる人智学にあることを隠さなかったから、ルイスが自分の高く評価するバーフィールドの思弁と感覚は人智学と関わっているのではないのかと思うのが普通だからだ。
不思議なことに、ルイスはキリスト教に入った。そして、2人の間で行われた活発な意見交換は一方的に途絶えてしまったのである。いったい何故?
そう訊きたいのは、私だけでない。
|