松本医師
シュタイナー精神医学を標榜する岡山の松本順正医師が上京して、ほぼ毎月のように講演をしている。彼は、メディテーションをするためにヨーロッパに行ったのだが、不思議な縁でドイツ、ヘルデッケの人智学医療を実践する大きな病院で、長い間精神科医として働いていた。私が彼と知り合ったのは、彼が一時帰国した時に読書会に来たからだった。とうに十年を越えるつき合いになっている。
病院内を患者と散歩していると、必ず彼のほうが患者と思われる、一風変わった風貌である。彼自身、青春時代に精神的に苦労したし、多くの精神的な遍歴を経てきたために、患者の抱える内的な世界とその葛藤に、強い共感と愛を感じるようだ。
霊界に参入する
彼に言わせると、まず大切なのは、精神的な世界が存在するという実感である。そして、彼にとってこの精神世界は「享受する」ものではなく、「参加する」ものである。つまり、私たちは傍観者として精神世界を見ているだけではない。私たちもまた、この精神世界に日夜参加している。私たちの行動言動はこの霊界を変化させ、生き生きとしたものにしたり、凍り付くような状況にしたりする
引きこもり
今度は「引きこもり」について話してくれるということで、私たちは電話で打ち合わせをした。彼の治療法はとても風変わりだ。
「引きこもり」は欧米にはないらしい。もっぱら日本が本場で、今では韓国で増加中で、問題になってきている。たぶん、日本や韓国の社会の特徴が「引きこもり」を生み出す温床となっているのだろう。
だから、と私なら、いろいろと考えをめぐらせることになる。現実に、引きこもりを精神科の医者の立場から説明した本が出ている。
ところが、松本医師はこのような理論や一般化にあまり興味を示さない。なぜか? 彼は医者だからだ。治療する立場にあるからだ。
先日の会で「拒食症」の話題が出た。私は、食事が最も根源的な社会行動のひとつであるから、患者の最も身近な社会単位、すなわち、家族との関係が問題ではないのか? と問いただした。松本医師は、いくら原因が分かっても、それが治療につながらなければ意味がないと断言した。
ここから、彼の主張が彼の治療に直結していることがうかがえる。つまり、精神世界は享受されるだけでは意味がないのだ。彼のアプローチから見ると、こうなる。患者は今までの経験知識に照らし合わせると、霊界が存在するはずもなければ、そのような霊界に自分が行為者として関わっているとは考えたことがない。しかも、否応なく参加させられたこの霊界は、自分の行動と言葉によって変わってしまう。
内にあるように、外でも
松本医師は患者の反応に2つあるという。「王」となる患者。その患者は世界を屈服させる。もうひとつのタイプは、「神」になる患者だ。こちらは、あらゆる現象がどのような経緯を経ようとも自らの意志の反映だと信じている。思いがけないコレスポンデンスが患者の生活に次々と出現し、患者は恐れおののくことになる。もっとも、松本医師はコレスポンデンスと言わずに、「シンクロニシティー」と言っていたが。何気なく何かをすると、それが一見、自分とは無関係のところで出現する。しかし、患者はそれが自分の想念と行為に関係していることを知っている・・・あるいは、そう知っていると信じる。
想像してみてください。自分の箸の上げ下げが世界に次々と波紋を生んでいく、それを茫然と見ている自分を。
治療法
いったい、このような状況を松本医師はどうやって治療するのか?
私に話してくれた「引きこもり」の例を言うと、彼は、まず、家族の同意を得て、患者を家族から引き離し、ひとり暮らしをさせる。
松本医師は興味深い感想をもらした。長年引きこもっている患者は、その期間を利用して理論武装しているので、理屈では勝てない。つまり、引きこもる人はとても頭のいい人である。
ところが、この頭の良い人は食事が作れない。洗濯が出来ない。掃除が出来ない。
担当医として、松本医師は毎日のように通院させて、その都度処方箋を与える。「パスタを作りなさい。」といった細々とした日常生活の処方箋である。そして、このような「退屈な」「飽き飽きする」日常の些末な行為をきちんと出来るように指導する。
すると、不思議なことに、患者は治ってくる!
私は、感動した。また、それが真実に触れていると感じる。受験勉強に精を出し、知能が高いか低いかで一喜一憂する現代社会に欠けている大切な視点がここにあると思う。世界と実感でつながること。パスタの種類ひとつとっても、イタリア文化の底力が感じられること。火の調節ひとつにも、人類の勝ち得た叡智があること。香辛料のひとつひとつに、世界史の壮大な交流があること。オリーブオイルが古代ギリシア文化の精華と言って良いほど素晴らしい物であること。
これらには揺るぎない実感があり、それを体で知ることが治癒をもたらすことを私は信じて疑わない。
「治療の源泉」としてのエーテル
シュタイナーは治癒はエーテル体にあると言っています。エーテルの特徴はなにでしょうか? 形成諸力体ともよばれるように、エーテル体は形態と関係があります。形態を創り出し、それを維持するのはエーテル体の役目です。もちろんエーテルは生命と深く関わっています。だから、植物は物質の体とエーテルの体の両方を持っています。そして、繰り返しと強い関係がある。植物のもっとも植物らしい部分は葉の組織です。おびただしい繰り返しがそこにはあります。少しずつ天へとよじ登って行きますが、そのために旺盛な形成活動、生命活動が繰り広げられます。反復があります。
人間で最もエーテルと関わるもの、例えば癖。これは意識ではどうしようもないものです。そして、いつも繰り返されます。そして、私たちが生きていくために(生命維持のために)反復される行為、掃除、洗濯、食事など、これらこそ私たちのエーテル体と深い関係があります。
人間の典型としての英雄ヘラクレス
私は、ヘラクレスのエピソードを懐かしく思い出します。怪獣を退治する英雄的な巨人、彼はギリシア、オリンポスの最高神ゼウスの子でもあります。ところが、この12の苦行の他に、彼は「定められた期間奉公をし」しかも、ある言い伝えでは「女の服装で」それをしたということです。つまり「下女」として、掃除、洗濯、裁縫、料理を一定期間続けたのです。
ここには古代ギリシアの深い叡智があります。英雄ヘラクレス、私たち人間の始祖のひとりは男性的な所行においてのみすぐれた存在だったのではなく、かつて女性の仕事、いや「特権」だった行為のすべてをこなした存在でもあったのです。少なくとも、男性的な勇猛さは、単純な反復作業にも耐えうる女性的な忍耐力も兼ね備えていたわけです。たぶん、このようなコメントはジェンダー・コンシャスな方の神経を逆なでするでしょうが、男性性と女性性はすでに神話的な映像で、ある限られた形であるにしても、超えられていた、男女の性差を超越する普遍的な人間性がここに提示されていると記しておきましょう。
家庭の内の仕事、日常の仕事は、それが出来るだけで、強い精神の証であることを、神話と松本医師の治療は指し示しているのです。