続昭和初期の顕微鏡の世界(その1)協和顕微鏡導入編
(協和顕微鏡のレストア、観察、改造)       06.11.26公開 → 06.12.24修正

 なんとなくまた顕微鏡いじりがしたくなってきました。 博士にとって「顕微鏡趣味」は顕微鏡観察とメカいじりの2つの意味が有りますからね。 いつものごとくヤフオクを物色します。 そんななかで目にとまったのが今回紹介する協和顕微鏡です。 昭和初期の顕微鏡に特徴的なスタイル、いわゆるカールツァイス型ですね。 各社とも良く似ているのですが良く見ると個性が見えてきます。


【写真1-1. 協和顕微鏡】


 メーカー : 合資会社 協和光学精機製作所
 機種名  : KH
 鏡筒長  : 170mm  対物レンズ: 4X、10X(0.25)、40X(0.70)、油浸100X(1.30) (括弧内は開口数)
 接眼レンズ: 5X、10X、15X
 鏡筒形式 : 直筒単眼
 焦点調節 : 鏡筒上下式、粗動ハンドル、微動ハンドル
 ステージ : 丸型微動装置、X-Y微動装置
 集光装置 : アッベ式コンデンサー
 照明   : 平&凹ミラー
 サイズ  : 13cm×32cm×18cm(W×H×D、外寸実測)
 重量   : 4.9 Kg(レンズ除く)
 製造年  : 不明

 博士の入手した協和顕微鏡は収納木箱や倍率表まで揃っていたのですが製作(販売)年数を示すものがありません。 協和光学は現存する会社なのでHPを見てみましょう。 会社名が「合資会社 協和光学精機製作所」であったのは昭和15〜23年の間、さらにKH型の発売開始は昭和20年とあります。 昭和20〜23年の間に販売されたことは間違い無さそう。 と、いうわけでさとう研では「昭和初期の顕微鏡」として分類しておきます。

 他の「昭和初期の顕微鏡(千代田(B型)オリンパス(GC型)」と比較してぱっと見で気がつくのはピント合わせハンドル(粗動&微動)とコンデンサー調整ハンドルのノブが樹脂製であることですね。 さらに面白いのは対物レンズです。 40倍、10倍、4倍はKYOWAブランドですが、100倍だけなぜかカールツァイス製です。 ?? セールス上の差別化を狙ったのか(現在でもSONYのDVにカールツァイスレンズをつけて宣伝したりしてるでしょう?)、あるいは生産技術上の問題か。 顕微鏡国産の黎明期、外国製の対物レンズを分解してコピーしていたといいます。 手先の器用な日本人の事、レンズの形状は真似出来たにしても数百種類ある光学ガラスのどれを当てはめるのかで試行錯誤に苦労したそうです(小倉磐夫『戦争と光学機器』朝日新聞社(1994)P.188より)。 対象ユーザーに高品質の顕微鏡を提供する為に手に余る高倍率レンズの自製を後回しにして他社品の導入で代替する、というのはリーズナブルな選択に思えます。 しかし、この協和(KH型)も終戦期の大変な時期に製造されたものですが、カールツァイスのあるドイツとて終戦間もなく、しかも東西に分裂して混乱を極めていた時期のはず。 よくコラボレーションが成立したものです。 うーん、したり顔で解説してみましたが間違いのようです。 協和光学KH型の先輩ユーザーであるMさんに教えていただいたのですがオリジナルではやはり協和光学製の100倍レンズがついていたようです。 ツァイスのレンズは前オーナーが換装したもののようで、しかも鏡筒長160mmとの事。 なんと、さとう研の標準機(というかJIS規格)で使えるじゃないですか。


【写真1-2. メカニカルステージ】

 この年代の顕微鏡にメカニカルステージがついているのはさとう研では初めてですが当時としては特に珍しいわけではありません。 といいつつも、メカニカルステージが有ればより「メカ」っぽくなるので嬉しいところです。


【写真1-3. 収納状態】

 しかし、顕微鏡本体のつくりに比べて木箱の品質は少々劣っているようです。 接合部に隙間があったり、材質自体が密でないというか、なんというか。 もっとも相当な年月を経た結果としての劣化かもしれないし、同年代の木箱の実態を知らない博士が他社品との相対比較が出来るわけもありません。(オリンパス(GB型)や千代田(FUR型)は一回りくらい年代が新しいと思うので比較出来ません) まぁ、木箱の品質に比べて本体の品質が格段に高い、と解釈しておきましょう。




その1 協和顕微鏡導入編へ
その2 Carl zeissレンズの見え味へ
その3 対物レンズのクリーニングへ
その4 メカニカルステージのクリーニングへ
その5 レストア終了へ



★この協和顕微鏡、古びてはいますが欠品はありません。 じっくり、のんびりとレストア していきましょう。
★ベースの裏に前オーナー(あるいはもっと前)の名前が残っていました。 よく見るとベースの表側にも同じ名前があり、それは黒塗料で塗りつぶされています。 発売当時は研究用として結構高額だったと想像しますが? 個人で購入したとしたらどんな目的だったのでしょうか? 当時から趣味で覗く人がいたんでしょうかね?
★念のために協和光学工業株式会社に問い合わせのメールをしたところ、やはりツァイスレンズ搭載モデルは無いとの事。 やはり博士の早とちりでした。 協和光学工業様、下らないメールにご返答いただきありがとうございました。