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7月3日
来る前は時間を持て余すかと思ったが案外やることがあって、気が付けば最終日という感じだった。
今日はもうひとつのグアダラハラの郊外サポパンに出かけることにした。グアダラハラのセントロから見て、トラケパケは南東、サポパンは北西になる。サポパンはどちらかというと、ちょっとお金持ちのお住まいがあったりするいわゆる山の手である。ここもTur706で行けるのだった。バス停でTurバスを待つ。ところが、何本かそのまま通り過ぎられてしまった。Turバスは満席になったらお客を乗せないのである。
「う〜ん、困ったなぁ」
ということで、少し手前の停留所まで歩いてみた。しかし、それでも状況は変わらなかった。結局タクシーで出かけた。
サポパンのセントロに入る入り口には大きなゲートがある。その先は歩行者専用の道になっていて、まっすぐ進むとこの辺りでは一番大きいバシリカ(教会)に続くのだった。ところが、教会前のプラサは大工事中であった。どうやら地下に駐車場を作るらしい。隙間からのぞくと非常に大きな穴が掘られていた。巨大なエリアが通行止めになっているので非常に大回りしてバシリカにアプローチすることになった。日差しは強い。工事でほこりっぽい。これは結構堪えた。(後にサポパンの絵葉書を見たが非常に美しく大きなプラサがあったようだ。バラが咲き誇り、ベンチが程よく配置されていたらしい。駐車場が完成したら元のようなプラサが現れるのだろうか)
バシリカを目の前にすると確かにとても大きいものだった。グアダラハラのカテドラルより大きいと思う。教会の前に何本かレモンの木が植えられていて、その下に人々が座っていた。強烈な日差しをさえぎると乾燥していて非常に快適なのだ。これまたガイドブックの付け焼刃によると、サポパンのバシリカはこのあたりの人々の信仰を深く集めているそうである。というのも、この教会はこの辺りで奇跡を見た人を記念しているからだそうだ。レモンの木のしたで休んでいる間にもひっきりなしに人々が訪れていた。
近隣に住むウイチョル族は華やかな色使いの織物を産出する部族として有名なのだそうだ。その博物館がこのバシリカのそばにあると聞いて、ガイドマップの場所を頼りに探してみたが、見当たらなかった。結局バシリカの一部を借りるようになったらしかった。やっとその場所を見つけたものの、丁度お昼休みに入ってしまったので見ることはできなかった。
バシリカとゲートをつなぐ沿道の両サイドには建物が並んでいるが、片側はレストランがずらりと並んでいて、いずれも沿道にパラソルを立てて客を呼んでいた。平日だったため何処もあまりにぎわっているとはいえなかったけれど。おなかはそれほど空いていなかったので、純粋な喫茶店に入ることにした。メキシコではレストランでも「お茶だけ」というのは問題なく、カフェと書いてあっても何らかの食事を供するところが多いように思う。しかし、そこはビスコッティがあるぐらいの本当の喫茶店だった。その代わり紅茶が選べたり、エスプレッソマシンがあったりして本格的喫茶を志向していることが伺えた。イングリッシュ・ブレックファストのミルクティを頼んだ。お茶を楽しみながら強い日差しで真っ白に見える沿道を眺める。風が通り過ぎると非常に涼しかった。人心地ついてから沿道のお店を少しひやかした。
サポパンはウイチョル族の織物のほかに、とうもろこしの皮を乾燥させ着色した後に人形を作ったりする工芸品が有名だそうだ。小さいがその専門店も沿道にあった。華やかな彩りのメキシコの民族衣装をまとった女性がスカートを広げて楽しそうに踊る瞬間を旨く捕らえた人形達は非常に愛くるしかった。しかし、実際問題として持ち帰るのはなかなか至難の業である。ここで眺めるだけで満足した。
それからサポパンといえばテコスである。私をメキシコサッカーに引き戻したきっかけを与えてくれたチームである。(彼らのおかげで道を踏み外したともいえるかも知れないけれど)テコスのホームスタジアムである3月3日スタジアム(最近エスタディオ・ウニヴェルシダ・デ・アウトノマ・デ・グアダラハラと改名したようだが)はサポパンにある。ウイチョル族の博物館を探して彷徨っているときに、テコスのおそろいのTシャツを着た青年2人組みとすれ違った。彼らは買い物の帰り道のようで、スーパーのバッグを重そうに下げていた。下部組織の練習場が近所にあるのかも知れない。また道中アトラスの練習場も見かけた。後に職業別電話帳で調べてみたら練習場はサポパンにあるようなので、見かけたアトラスの練習場がそのものだったのかも知れない。
しばらく散歩を楽しんだ後、Tur702のバスに乗って再びトナラにでかけた。サポパンからバス一本なのである。花瓶に手を出したら最後、やはり「次はどういう風に部屋を模様替えしようか?」という方向に意識が変わるのは時間の問題であった。
トナラに近づくにつれて、強い日差しは徐々に弱まり、雲行きが怪しくなってきた。そしてバスを降りるのと大粒の雨が落ちだすのはほとんど同時であった。トナラのマーケットのビニールシートの屋根の下に緊急避難する。雨足は瞬く間に激しくなり、バケツをひっくり返しているようであった。見る見るうちにビニールシートの屋根が雨を溜めてたわんでくる。あちこちで露天の店主達が気をつけながら雨を溜め込んだビニールシートをしたから突き上げて雨水を落とす。そのうち歩道が川となった。10分程度でその激しい雨も止んだが歩道は相変わらず川になっていた。見ると向かい側の沿道は水はけも良いようなのでそちらに移動した。
この雨で露天商たちは早々に品物をしまってしまったので、固定の商店をいくつか巡ってみた。トラケパケのギャラリーと違い、トナラの商店は同じモチーフのものを大量に手作りしたものを置いてある。トラケパケがギャラリーと自らを称し、トナラが工場と自らを呼ぶ違いがはっきりとわかった。タラベラ焼きの目も鮮やかな飾り皿やランプスタンド、縁が海の青を思わせる厚手のガラス食器など店々に特色がある。家具、陶器の洗面台を専業としているところもあった。
帰り道はTur706に乗ってグアダラハラまで戻った。さすがにおなかも空いてきた。最後の晩御飯はLa Chataで締めくくることにした。今回は鶏肉のプエブラ風ソースをかけたものを頼んだ。プエブラに行ったことがないので、本格的なモレ・ポブラノがどういった味かはわかりかねるが、今まで食べたモレ・ポブラノの中では一番美味しかった。ダークチョコレート、唐辛子、数々のスパイスが調合されたソースである。非常に甘いものも食べたことがあったが、ここのモレ・ポブラノは甘さがほとんどなくカカオのこくと唐辛子の辛味が旨い具合に混ざり合って、最初は舌の上にまろやかに広がるのだが後味がしっかりと辛さを出すといった複雑な味わいだった。一緒に出されたトルティージャはもちろん手作りで、できたての湯気が出ている熱々のものだった。本当ならデザートにも手を出すべきなのだが、さすがにおなかも張ったのでデザートには手を出さなかった。
お昼ご飯をしっかり食べるメキシコの人たちは日本で言う夕食の時間にケーキとコーヒーという日本の「3時のお茶」をしていることも多い様だ。宿泊先のホテルでも夕方「ケーキとお茶をどうぞ」とポスターを出していた。好き好きだが、メキシコのケーキはアメリカの一般的なレストランで出されるケーキよりは繊細で美味しいと思う。日本のケーキより遥かに甘いことは保証する。私がケーキをしっかり食べたい時は、「3つのミルクのケーキ(パステル・デ・トレス・レチェス)」を頼むことにしている。スポンジケーキにミルク、練乳、クリーム(これが3種類のミルク)をとっぷりと浸し、仕上げに生クリームで上を飾るといったものだ。スポンジケーキがミルクソースを吸ってしっとりとして美味しい。前回モンテレイでこのケーキを食べたときには、その上に更にカヘタが掛かっており、「これでもかぁ」と駄目を押していた。カヘタというのは液状キャラメルで、プラスチックのボトルに入って売られている。コーヒーに入れたり、パンに塗って食べたりもするし、ケーキの上のトッピングとしてもポピュラーなものだ。へとへとに歩きつかれた時などには、この甘さが結構いけてしまうから恐ろしい。
他にもう少しあっさりしたデザートが食べたい場合はフラン(日本でいうところのカスタードプリン)を頼むことにしている。日本のプリンに比べて、卵分が多いのか案外「しっかり」しているのが特徴だ。
La Chataを後にして食後の散歩に出かけた。いつものようにプラサには人々が集い思い思いの時を過ごしていた。子供達が走り回っている。幸せな光景だった。
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