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7月2日
今日こそはトラケパケに行くと決めて朝ご飯も軽めに済ませた後、朝の散歩にプラサ・デ・サンフランシスコに出かけた。このプラサからはグアダラハラ市内やテキーラ、チャパラ・アジジックといった場所に出向くツアーバスが出ている。テキーラ工場見学と原料となるマゲイの畑を見に行くツアーが今日水曜日にあった。畑を見るのや蒸留工程を見るのは興味があったが、売店や試飲はあまり興味もなかったので、結局止めてトラケパケにしたのだ。このプラサからは沢山の「グアダラハラ−トラケパケライン」というバスが出ている。プラサにあるツーリストオフィス(というかスタンド)の人に
「トラケパケセントロへ行くにはどのバスがいいでしょう?」
と聞いて見る。もしかしたら、Tur706のバスよりセントロの近くまで行くバスがあるかも知れないと思ったからである。その答えは
「Turというバスがあるの。それがいいわ。トラケパケはすっごくきれいだからお勧め!」
ということであった。観光客に通常の路線バスは難しすぎると判断したのか、あるいは冷房つきの快適なバスで良い印象を持ってもらいたいと思うのかは定かではないが、ツーリストオフィスの人は異口同音に「Tur706」としか言わないのだった。
準備を済ませて言われたバス停で待つ。ところが、他の「トラケパケ」と書かれた通常路線バスは次から次へと来るのに、Tur706は一向に来ないのだった。日差しも強くなってきて、いい加減待ちつかれたところに、616系統という路線バスが止まった。行き先にはしっかりとトラケパケと書いてある。席も空いている。結局それに飛び乗った。
Turバスなら30分程度で行けるところを結局1時間15分かかった。しかし、最後の30分はまたもやバスを乗り過ごしたことから来たロスなので、45分程度掛かったということになる。616系統は詳細な地図でないと名前のないような一方通行の道路をくねくねと縫いながら進んでいった。住宅地にはスピードを落とすため意図的に道路に突起を作ってある。その前でスピードを落とし、ひょいとあがってごっとんと落ちるという動作を繰り返す。バスのいすは補強プラスチックなので、このごっとんと落ちるたび骨がバスのいすとぶつかることになる。これを1時間以上繰り返すのはなかなか至難の業であった。
「あぁそろそろ降りないといけないかな」
と思ったときにはもう遅かった。後にわかったことなのだが、トラケパケのセントロの中心道路インディペンデンシアは歩行者専用道路になっていて、バスが通ることはないのだった。その上行きに通った道は細い一方通行道路で、これも見落としたもうひとつの理由だ。
結局バスはトラケパケを抜けてトナラとの境にある、新しいグアダラハラバスターミナルへと向かっていった。メキシコは鉄道が一部北部にある以外はほとんど発達することがなかったようで、代わりにバスのネットワークが発達している。様々な中・長距離のバスのほかに、近郊へ出かけるバスもバスステーションに発着するのだ。中・長距離バスには等級があって、値段も大分違う。グアダラハラの新バスターミナルは非常に大きいものだった。大きなモジュールと呼ばれるビルが6つぐらい並び、ひとつのモジュールにバスが多数発着する。行き先やバス会社によってモジュールが違う。端から端まで移動することになったら、バスを使いたいぐらい巨大だ。616系統のバスは循環系統だったため、バスターミナルを一回りして、今来た道をトラケパケへと引き返していった。トラケパケセントロは一方通行のため行きとは違う道を走ったが、今度は過たずトラケパケで降りることに成功した。
先にも書いたが繁華街のインディペンデンシア通りは歩行者専用の道路となっていて、その両脇にギャラリーが並んでいる。また大きなレストランも散在している。ここもこの日は選挙でごった返していた。インディペンデンシア通りの歩行者道路になっているところの端に特設会場を作り、PANのフェルナンド・ルイス氏の選挙応援大会を行う準備をしていたのだ。人々はフェルナンド・ルイス氏の名前の入ったごむまりやらTシャツやらをもらうため、長い行列を作っていた。そしていきなり選挙ボランティア青年が
「外国から来た方ですね。はいどうぞ〜」
といって、なぜか選挙権のない私にフェルナンド・ルイス氏の選挙公約チラシを渡してくれた。そして、選挙ボランティア青年は
「6時からコンサートがありますからね、楽しみにしててください」
とニッコリとわらったのだった。
とりあえず、喧騒を離れてインディペンデンシア通りを散策する。両脇に構えるギャラリーはコロニアルな建物を改造したもので、建物の真中にパティオがあり、それを取り囲むようにして数々の部屋が、それぞれのイメージをまとめて陳列してあった。非常におしゃれで外から見ただけで「こりゃ〜手が出ませんよ」と思わせる敷居の高い作りなのであった。そのとおりを抜けていくとセラミックの博物館があったので入ることにする。
このトラケパケの辺りはタラベラ焼きという目も鮮やかな焼き物の産地として有名なのだそうだ。博物館は産地と手法別に展示が分かれていてそれぞれの個性がわかりやすくまとめてあった。やはりコロニアルな建物なので、中庭があり、マンゴーの木が植わっていた。博物館の売店で動物の形を模した置物を買う。非常にコミカルで一目で気に入って購入した。
お昼ご飯の時間の上おなかも空いてきたので、お昼ご飯を食べることにした。今回はRestaurant Sin Nombreというレストランで食べることにした。最初はParianというおつまみとビールが美味しい気軽なところで食べようかと思っていたのだが、フェルナンド・ルイス氏の特設ステージがまん前で非常にうるさかったので、敬遠したのである。Sin Nombreはメインの通りから少し外れたところにあって静かだった。
中庭が二つある巨大な建物で、奥の方の中庭にテーブルといすがしつらえられていた。テーブルにつくと店員がそそくさと蚊取り線香を持ってきた。
「ン?ワイルドなのね」
とちょっと身構えた。確かに食事中何匹が大きな虫のご挨拶を受けたのだった。幸いにして蚊には刺されなかったが。そしてふと中庭の奥に目をやると孔雀が2羽のんびりとしているのが見えた。
平日だけあって、お客はもう1組しかいなかった。彼らはおばあちゃん達がメキシコに暮らし、息子夫婦はアメリカに暮らしていて、孫を連れてきたという様子であった。スペイン語と英語が入り混じって会話していた。そして、飲み物だけで1時間以上おしゃべりを楽しみ、その後やっとメインの食事に入るというラテンなお昼ご飯を楽しんでいた。
私はトルティージャスープと鶏肉のSin Nombre風というのを頼んだ。トルティージャスープはメキシコの伝統的なスープだった。上に沢山アボカドが乗ってきたのは計算外で、どうやらアボカドアレルギーのある私は大事をとって、用心深くアボカドを取り除いてからスープを楽しんだ。そしてメインの鶏肉のSin Nombre風というのはトマティージョと生クリームをベースにした、それほど辛くないまるでフランス料理の様な一品だった。伝統的メキシコ料理は洗練されていても、「勢い」というか「生命力」を感じさせる料理が多いのだが、この一品はメキシコ料理のその「尖ったところ」を削ぎ落としたデリケートな一品に仕上がっていた。後にガイドブックを見るとこのレストランは「創作メキシコ料理店」としてローカルの人々に人気なのだそうだ。
ついでに言うと、そういうおしゃれなレストランに音楽がないのはいただけない。当然のことながら、流しのギター弾きがやってきて、レパートリーの表を出し、
「歌をリクエストしないか?」と聞いてくる。メキシコの歌なんてわからないから、メヒコ・リンドをリクエストした。結局コロニアルの建物のパティオで孔雀を眺めつつ、ギターの生演奏を楽しみ(?)創作メキシコ料理を食べるという体験をしたのであった。そこまでお膳立てができているのなら、創作メキシコ料理ではなくて、伝統的な料理が良かったなとも思わないでもない。
おなかも一杯になって、散歩を続けた。恐る恐るギャラリーの1軒に入ってみる。非常に素敵な花瓶が目に止まった。
「これはいい」
私は物を買うときはあまりぐちぐちと悩まない方である。ただし、生活に潤いを与えるといった「あったらいいなぁ」という類は、整理整頓が苦手なので、使い切れず困るだけというのも経験から知っている。だから、普通は買わないことにしている。しかしながら、物に一目ぼれすることはたまにはあるのである。値段を見ると134ペソ、1300円程度だった。日本価格から想像して、1万円はくだらないだろうと思っていたので、この値段にも不意を突かれた。そして結局134ペソがお財布から出て行ってしっかりと梱包された花瓶が私の手の中に収まったのだった。他にも革製品のお店等も見たが、素敵なバッグが5000円程度で売られていた。日本スタンダードからしたら、非常にお買い得な場所なのだ。
これはアメリカ人にとっても「お買い得」な場所であることに間違いはないと思う。その証拠に多数のアメリカ人買い物客を見かけた。彼らは家具の買い物交渉もしていた。確かに見ていると非常によくできた家具がすばらしく魅力的な値段で並んでいる。
「気持ちはわかるよぉ」
と思ったが、今回は(「次回はいつだよ?」という突っ込みは別にしても)一目ぼれした花瓶で満足して、帰路についた。
アメリカ人にとっては観光地ではないグアダラハラにいきなり多数のアメリカ人というのは、ちょっと不似合いである。しかし、このハリスコ州のアジジックというところにはカナダやアメリカの引退者のコミュニティーがあるのだ。気候が通年にわたって過ごしやすく、生活費もお手ごろなため人気があるらしい。そういったおじいちゃんおばあちゃん達をたずねてくる家族もいれば、アジジックに居を構えようかという興味のある人たちもグアダラハラを訪れることになる。また学生達が夏休みにスペイン語の講座を取りにグアダラハラにやってくるということもあるようだ。ホテルでも引退移住予備軍がツアーでやってきているのに出くわした。グアダラハラは確かに素敵なところだ。でも引退者だけで固まって住むのはアメリカ人がアメリカの生活をそのままメキシコで過ごしたいのなら最適だろうが、なんだか私にはそれはつまらないだろうなぁと思える。
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