What's up, Rayados?
本日の一枚
テレビでも生でも
-応援しよう!-
過去の記録
初めての方へ

私のマンマーク

ブラウリオ・ルナ

国籍 メキシコ
出生地 メキシコシティ
誕生日 1974/9/8
身長 182cm
体重 75kg
ポジション ミッドフィールド
所属チーム(2002年開幕) ネカクサ
メキシコ代表 ワールドカップ2002
「地獄から天国へ」(代表ピックアップ2002)

 「成績不良により、2部リーグの練習場でトレーニングを積んでくること。1部のトレーニングには出席するに及ばず」

 一時期は代表に常連だったにも関わらず、こんなセンセーショナルな宣告をいきなり記者会見の席上でクラブの首脳陣に言われてしまい、「帰って来てよい」という宣告がだされる迄、報道陣の容赦ない質問に耐え、粛々と1月トレーニングを終えた選手がいます。それが今回代表に返り咲いた左サイドのミッドフィルダー、ブラウリオ・ルナ選手でした。

 ルナ選手は前メサ監督時代、代表常連でした。ところが、メサ監督の戦術ミスとも相まって、いるんだかいないんだかわからない空気の様な存在でした。同じ様な状況は所属先のクラブ、アメリカでも言えました。ある時、ミドルシュートを放ったものの、ボールはあらぬ方向へ。その先にはポッカリと満月(ルナ)がかかっていました。テレビはさすがに呆れたのかしばらく月を映していたという笑えないエピソードもあります。

 その頃のルナ選手は、まさに「冴えない」という言葉がぴったりと来る感じだったのです。そして何より深刻だったのが、「悪いことは分かってるけど、取り立てて修正する切迫感もない」という感じで停滞していたことでした。それは、でも、ルナ選手だけの問題だけではありませんでした。アメリカというクラブ全体が停滞ムードだったこともあって他の選手にも「なんとかしなくちゃ」という緊張感は感じられなかったからです。

 アメリカの現監督、ラプエンテ監督は就任直後から「警告」を発していました。「練習に真剣味のない者は要らない」と。しかし、アメリカの選手達-ことに代表に常連として呼ばれていた選手達-には「自分のこと」とは受け止めることが出来なかった様です。そして、ラプエンテ監督の「警告」がある日突然「本物」となったのです。

 発表がなされた時はさすがに記者達に無言で通したルナ選手ですが、2部リーグのトレーニングルームではさすがに不満を隠し切れなかったようで、テレビに苦しい気持ちを吐露したこともありました。結局、そのシーズン終了後、ルナ選手はアメリカからネカクサというチームに移籍しました。

 移籍後のルナ選手はラプエンテ監督の「お仕置き」が効いたのか、まるでさなぎが蝶になるように目覚ましい活躍を始めました。ネカクサの左サイドの攻撃の要として攻撃を組み立て、フリーキックもきめる等、「頼れるレギュラー」としての変身を遂げたのです。

 アギレ監督はそんなルナ選手を横目で見ていたに違いありません。「代表の可能性を試す」と言って、アギレ監督は様々な選手を招集してはテストマッチを行いました。しかし、アギレ監督はそういったトライアルにルナ選手を呼ぶことはなかったのです。

 いきなり降って沸いたワールドカップ行きのチケット。「出社(=1部リーグの練習)に及ばず」と宣告されて、目の前が真っ暗になったであろう一件からいきなりワールドカップへ…。ルナ選手の1年はまさに、波乱万丈に富んだものだったのです。


「兄弟沢山」(2002年開幕シーズン)

ワールドカップでは左サイドの攻撃的な中盤のポジションを担い、クロアチア戦では最優秀選手にまで選ばれたブラウリオ・ルナ選手。そのラテンな風貌も相まって人気上昇中の様です。そこで、2年程前のインタビュー記事を見つけましたので、御紹介することにします。ニュースソースはInterfut.というサイトです。(Note:この文章を書いてから数カ月後にこのサイトは閉鎖されました) どういうサイトなのかひとことで表すのは難しいサイトです。サッカーを追い掛けてるっていうより、選手をアイドルとして追っかけているような感じのサイトです。

1974年9月8日、メキシコシティ生まれのルナ選手。お父さんはロドルフォさんでお母さんはコンセプシオンさんといいます。兄弟は多く、ロドルフォさん、アドリアナさんとノルマさん、リリアさん、アンヘリカさん、イスラエルさん、アブラハムさんそしてヘシカさんが兄弟です。アドリアナさんとノルマさんは双児だそうです。ブラウリオ選手の最終学歴は大学1年の1学期までだそうで、UNAMに通っていたということです。ルナ選手が初めてプロ契約を結んだのは、その通学先のUNAMでした。(メキシコでは大学がプロサッカーチームを持っていたりします。選手達はもちろん学生ではありません)

サッカーを始めたのは4歳から。それから14年間は地元のクラブでプレーしていましたが17歳の時にUNAMのユースに入り、18歳でプロ契約をしたということです。しばらくUNAMでプレーしていましたが、才能を見込まれて同じメキシコシティにあるアメリカに移籍。このインタビュー当初はアメリカに在籍していました。昨シーズンネカクサに移籍したのは上に書いてあるいきさつです。

ルナ選手の一日はもちろんサッカーが中心です。練習が朝からある時は、練習の1時間前に起きて朝御飯を食べてから練習に出かけます。練習が終わった後はクラブでマッサージを受け、シャワーを浴びてさっぱりしてから自宅に帰りお昼御飯を食べるということです。(メキシコではお昼御飯が2時頃から。そして1日のうちで最もしっかり食べる食事になります)試合のあとは、十分休養をとるように心掛けるということですが、それ程疲れておらず、気分が乗ったら友達と食事に出かけたり、踊りに行ったりもするということです。そしてオフの日は、遅く迄寝るのが幸せで、寝過ぎて背中が痛くなるぐらい寝たいということです。それで、のんびりと御飯を食べに午後に出かけて行くというのが好きだということです。キャンプの時は、他の選手達とカードゲーム(トランプ)をしたりして遊ぶということです。家にいる時は犬と遊ぶこと、映画を見に行くことが好きなことだということです。

家族はお母さんのコンセプシオンさんは主婦。お父さんのロドルフォさんはエンジニアとして会社に長く勤めましたが既に引退して悠々自適の生活だそうです。そして、息子のロドルフォさんとイスラエルさんが郵便関係の会社を興していて、働いているそうです。ノルマさんはフランス語と英語の先生で、アドリアナさんは時々モデルをしていて、ロレアル等の化粧品のコマーシャルに出たりしているそうです。リリアさんはTVAztecaの販売促進部の部長をしており、アブラハムさんはTelevisaで制作の方の仕事をしているそうです(アステカとテレビサはメキシコの2大テレビ局です)クラウディアさんはGALという化粧品会社の販売部長をしていて、アンヘリカさんはブラウリオ・ルナ選手のアシスタントとしていろいろなことをしているそうです。そして、ヘシカさんはまだ学生で観光業を勉強しているということです。年令からするとブラウリオ選手は、下から2番目、ヘシカさんが末っ子と言うことになる様です。ブラウリオ選手は大勢の年上の家族に守られて育って来たみたいですね。

そして、ルナファンなら知っておきたいちょっとしたこと…。
ルナ選手が好きな女の子から初めてキスをしてもらった時…、それは校内のバスケットボールの大会で勝った時のことだったそうです。すごく嬉しかったルナ選手でしたが、その女の子は家の都合でロサンゼルスに引っ越してしまい、それっきりあうことが出来なかったという甘酸っぱい思いでがあるそうです。