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私のマンマーク

フランシスコ・フォンセカ

国籍 メキシコ
出生地 レオン、グアナフアト州
誕生日 1979/10/2
身長 184cm
体重 79kg
ポジション フォワード
所属チーム(2005年閉幕) クルス・アスル
代表 メキシコ代表
「よゐこの進む道」

「キキン」というニックネームで知られるフランシスコ・フォンセカ選手は今シーズン最も注目された選手の一人でした。リーグでの人気もあって、代表でも大物の様な取り扱いですが、代表キャップ数はまだ10にも満たず、先日の代表予選で初めてアステカスタジアムで代表としてプレーした位今まで目立たなかった選手なのです。

フォンセカ選手の1部デビューは現在2部リーグに所属するラ・ピエダというクラブでした。ラ・ピエダは経済的観点により1部でプレーする権利(フランチャイズ)を他のクラブに譲渡し、2002年に自ら2部に落ちて行きました。その際にフォンセカ選手もラ・ピエダからメキシコシティのUNAMに移籍しました。(栄転ですね)

最初UNAMでは余り目立つ存在ではありませんでしたが、ブレイクしたのは2004年の閉幕シーズンのことでした。アルゼンチン人のマリオニ選手が得点王に輝き、フォンセカ選手はツートップの一翼としてマリオニ選手のゴールをサポートし、自らもゴールを量産したのです。次の2004年開幕シーズン、マリオニ選手がヨーロッパへ戻ったことで、今までマリオニ選手にあたっていたスポットライトがフォンセカ選手に移りました。ただ、このシーズンのフォンセカ選手の役割は、センターフォワードというより、後方に引いて攻撃的な中盤としてチャンスを作る事の方が多かった様に思います。その結果、2004年の開幕シーズン、実際のゴールは通常シーズン中0というフォワードとしては ? という結果しか残していません。しかし、チームはリギージャに残り、リギージャに入ってからここぞという重要局面でフォンセカ選手はゴールを量産。チームを優勝に導いたのです。

この貢献が認められて代表に初招集。招集された1試合目でゴールを決めたのです。メキシコ国民が待望していた、「ボルゲッティ選手に続く国産フォワード」の到来を感じさせる活躍に、フォンセカ選手は代表選手の一人としての地位を確立したのでした。

二冠を達成し代表デビューも好印象を残したフォンセカ選手は、今シーズンUNAMからクルス・アスルに移籍しました。(更に栄転)ここで、近年不調に喘いでいたクルス・アスルに大貢献するようになります。それとともに、人気もうなぎ上り。国民的アイドルとして、押しも押されぬ地位を確立したのです。

こうやって書いてみると、フォンセカ選手は本人の技量や努力もさることながら、「幸運を後ろにつけている」という気がします。一つの理由は謙虚な性格故皆に愛されるということでしょう。フォンセカ選手のインタビューで繰り返し出てくるキーワードは「良い人であること」です。サッカー選手である前に、自分が人間として良い人であるか、良い人になるために精進が更に必要なのではないかと自問自答する日々だと言うのです。そして、一緒に働いている人たちが信頼するにたるよい人たちである事がフォンセカ選手にはとても重要なのだそうです。これは、フォンセカ選手のご両親の教育方針でもあったのでしょう。レオンのトルティージャ屋さんの8人の子供の一人として慎ましくもしっかりと育てられて来た結果なのだろうと思います。

そうして、もう一つの理由は兄弟の守護霊かも知れません。ニックネームのキキンは男性のニックネーム キケから来ているそうです。フォンセカ選手にはエンリケさんという兄弟がいました。(キケはエンリケのニックネーム)フォンセカ選手は亡くなった兄弟のエンリケさんを忘れないために自分のニックネームをキキンとしたのです。

今までは運も味方に付けてスター的な位置まで上って来たフォンセカ選手。しかし、精進はまだまだ必要です。人気があがった事で、相手のディフェンダーのマークがきつくなって来ています。それに対してまだまだうまく処理しているとは言えません。特にセンターフォワードとして相手のディフェンダーにがっちり固められた時の逃げ方かわし方にはまだまだ向上の余地があります。 それにゴール前でボールをもらった時の反応もタイミングが外れることも多いです。試合を最後まで投げない、一生懸命な良いところはそのままに、奢らず一流の選手として成長して行ってもらいたいと思います。


(2005年6月5日)