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アルゼンチン |
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| ポジション |
フォワード
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| 所属チーム(2001年冬期) |
パチュカ |
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交通事故で亡くなる。パチュカは彼を偲んで背番号を20を永久欠番に。 |
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「サッカー小僧の魂は空へ」(2001年夏期リーグ [冬期リーグに加筆しました])
パチュカのアルゼンチン人フォワード、パブロ・エルナン・ゴメスは交通事故で23歳の生涯を奥さんと共に閉じました。パチュカのファンに愛され、メキシコを愛し、メキシコの国籍を取ろうとしていたさなかでの悲しい出来事でした。
そして迎えた第5節、パチュカはグアダラハラのホーム、ハリスコスタジアムで彼の記念試合を戦いました。本当のキックオフはグアダラハラだったのですが、審判はセンターサークルにサッカーボールを置くとパチュカの選手を招き入れました。
笛が吹かれ、パチュカの選手が前へ、遠くへボールを蹴りました。いつもなら、それを合図にパブロ・エルナン・ゴメス選手がボールを追い掛けて、前へ前へと走っていくのです。その日のグアダラハラは雲一つない澄み切った空でした。「パブロ!」「パブロ!」の歓声と拍手がスタジアムにこだまします。
私にはボールを追い掛けて走って行く彼の姿を見えたような気がしました。 そして、その姿と共に歓声が真っ青なグアダラハラの空に吸い込まれて行ったのです。
パチュカは彼を失ったショックからしばらくリズムを崩し、勝ちから見放されました。しかし、チームのみんなは次第次第に「彼のために頑張る」という前向きな気持ちになって行きました。他のチームの選手達が黒いリボンをつけなくなっても、パチュカの選手達は毎試合黒いリボンを縫い付け続けました。ロッカールームの彼の棚には黒いリボンと彼の写真、そして彼のユニフォームが飾られていました。チームは間違いなく、彼に見守られていたのです。プレーオフ(リギージャ)に入ってからの快進撃は本当に「神憑かり」だったのだと思います。
そして、決勝戦。本当に両者死力を尽くした良いゲームでした。結果はサントスがチャンピオンになりましたが、パチュカの選手もファンも決勝戦まで漕ぎ着けることが出来たことで、心の整理ができたと思います。
パチュカは今年100周年を迎えました。スタジアムには新たにパブロ・エルナン・ゴメスの姿が掲げられるようになりました。パチュカのみんなに本当に愛された20番。もうピッチでその姿を見ることは出来ませんが、彼が今日もパチュカのみんなを見守っているのです。
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