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私のマンマーク

メルビン・ブラウン

国籍 メキシコ
出生地
誕生日 1979/1/28
身長 174cm
体重 79kg
ポジション ディフェンダー
所属チーム(2001年冬期) クルス・アスル
メキシコ代表 コパ・アメリカ(2001)
ワールドカップ(2002)

「遅れてやって来たパワフルディフェンダー」(代表ピックアップ2001)

時は2001年春。メキシコリーグとも代表とも関係ない南米のリベルタドーレス杯にブラウン選手飛躍のルーツがある。隔週の南米旅行とリーグの掛け持ちで、リーグの方はへろへろだったクルス・アスルだが、リベルタドーレス杯の方はアルゼンチンのリバープレートを破っちゃったりして波に乗っていた。そのクルス・アスルの左サイドバックを担っていたのが、デビューしたてのメルビン・ブラウン選手だった。

ジャマイカ人の父とメキシコ人の母を持つブラウン選手は家の教育方針から学業が優先され、プロのクラブチームに所属し出したのは18歳と非常に遅い。18歳のブラウン選手は初めて親元を離れてクルス・アスルに所属することになった。

けが人続出のクルス・アスルで右サイドバックに欠員が生じたことから、ブラウン選手にチャンスが巡ってくる。そして、荒削りながらも堅実な守りで主力が怪我から戻って来てもスターティングメンバーの座を明け渡すことはなかった。更に違う主力選手の怪我が元で今度は左サイドバックに欠員が生じ、窮余の策からブラウン選手に左サイドバックが任されるようになる。最初は危なっかしかったものの、元々の左サイドバックの補欠選手よりよっぽどしっかりしていたため、今度は左サイドバックとしてスターティングメンバーに定着するようになった。

リベルタドーレス杯は遂に決勝まで進み、PKで涙を飲んだもののクルス・アスルの選手達は非常に良い活躍で世界中に強い印象を与えた。折しもメキシコ代表はコンフェデレーション杯、イングランドとの親善試合と絶不調。メサ監督退陣。アギレ監督就任。次に負けたらもうほぼおしまいという絶体絶命のタイミングだった。アギレ監督は「私は魔法使いではないから」と言いながら、就任間もなくのワールドカップ予選に勝たなければいけない運命を背負っていた。アギレ監督がとった作戦は、ガルシア・アスペといったベテランを呼び戻して精神的な支柱をしっかりとさせた上で、リーグで絶好調だったパチュカの選手(そしてアギレ監督はパチュカの監督だったので、選手を知り尽くしていた)とリベルタドーレス杯で勢いのついているクルス・アスルの選手をまとめて呼び寄せるというものだった。その中にメルビン・ブラウン選手も入っていたのである。

小柄な選手ではあるものの、跳躍力は非常に強く、コーナーキックでは攻守に渡ってヘディングの強みを見せる。あまり攻撃参加はせず、むしろ相手の攻撃の芽を早めに摘むといった方に力をいれている。デビュー2シーズンめで代表に定着しつつある左右こなせる器用なディフェンダー、それがブラウン選手だ。(11/22/01)