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| 国籍 |
メキシコ |
| 出生地 |
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| 誕生日 |
1973/1/17 |
| 身長 |
177cm |
| 体重 |
72kg |
| ポジション |
ミッドフィールド |
| 所属チーム(2002年開幕) |
アメリカ |
| メキシコ代表 |
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「代表のお騒がせクン」 (代表ピックアップ2002)
ワールドカップ最終予選ホンデュラス戦に勝利してメキシコはワールドカップへの切符を手に入れました。人々がその喜びに酔いしれている間に、代表選手達は、いそいそと荷物をまとめ、親善試合のためスペインへの旅路を急いでいたのです。ところが、招集された選手の中の一人が、急遽代表としてプレーするのを辞めたいと言い出したのです。
最初アギレ監督は「個人的な用事があるので、一緒の飛行機にはならない」と、その選手のことを説明しました。ところが、その選手は1日たっても2日たっても練習にも試合にもあらわれることはなかったのです。
「代表は損得ではない。国を愛する者として、選ばれることに喜びと誇りを持つベきで、『プレーの見返りがどうのこうの』というのはおかしい」という論調がメキシコでは非常に強く幅を利かせています。そのため、この選手が「個人的な理由で代表をすっぽかした」という報道がなされた時に、方々から「国の誇りをないがしろにした。非国民。」と批判があがりました。
しかし、すぐに事実があらぬ方向から明らかになったのです。メキシコのテレビ局がその選手にインタビューをして、その席上で涙ながらに「僕の代表は終わった」と語ったからです。
その選手-メキシコの10番、カウテモク・ブランコ選手-は確かに代表によって、人生の夢を棒に振らざるを得なかったという現実がありました。ワールドカップ予選のトリニダード・トバゴ戦で悪質ファウルを得たブランコ選手はその怪我がもとで、ほぼ1シーズンをリハビリに費やすことになってしまったのです。スペインのヴァジャドリにレンタル移籍した直後に襲ったこの悲劇によって、ブランコ選手は結局ヴァジャドリのレギュラーに定着することが出来ず、完全移籍することができませんでした。そんな焦りのある時期に、同じくスペインでプレーするフランシスコ・パレンシア選手にあてがわれた航空券がビジネスクラスで飛行時間も短い便だったのに、ブランコ選手に支給されたチケットがエコノミーで乗り継ぎが非常に多かったという、ブランコ選手にとっては「大事件」が起きたのです。
この「依怙贔屓」「僕ばかりが貧乏くじ」という気持ちが暴走して、「僕の代表は終わった」と発言するに至るのは、それ程遠いことではなかったのです。
しかし、ブランコ選手がこういった騒ぎを起こすのはこれが最初ではなく、かつて監督としてブランコ選手と関わった人々や、ブランコ選手の性格を知っている人々は「近くなったら気が変わるから大丈夫」と案外楽観視していました。
アギレ監督も表では「ブランコがもう代表でプレーしないというのなら気持ちを尊重するけれど、帰って来たいなら呼ぶよ」と、最後のドアは少し開けておくという政治的な発言をする一方で、裏ではブランコ選手をなだめすかしていた様です。
結局、「あの時の涙はど〜した?」と思わせる発言がブランコ選手からだされました。
「呼ばれるならプレーしたい」
クラブでレギュラー定着ならずベンチで過ごすことが多かったブランコ選手。その為に体重が増加して走るのには若干難ありですが、やはり「創造力」と「プレーの確かさ」にかけては群を抜いています。本番では厳しいマークにあうのは間違いないことではありますが、彼の魅惑的なプレーが出ることがそのままメキシコの得点へ結びつくだけに、なんとかうまくマークを振り切って、その魅力を思う存分発揮してほしいと思います。
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