What's up, Rayados?
本日の一枚
テレビでも生でも
-応援しよう!-
過去の記録
初めての方へ

私のマンマーク

アルベルト・ロドリゲス

国籍 メキシコ
出生地 メキシコシティ
誕生日 1974/4/1
身長 168cm
体重 63kg
ポジション ディフェンダー
所属チーム(2002年開幕) パチュカ
メキシコ代表 コパ・アメリカ(2001)
ワールドカップ予選(2001)
「ゴールの後のし〜〜〜っ!」(2001年冬期リーグ)

パチュカのキャプテン、アルベルト・ロドリゲス選手は右サイドバックです。ディフェンダーにしては小柄かつ軽量なので、体格の良い外国人選手にあたられるとぶっ飛ばされてしまうというハンデを背負っています。しかし、優れたキャプテンシーでチームを引っ張る私のお気に入りの選手のひとりです。パチュカのアギレ監督がメキシコ代表に就任して以来、代表にもしばしば召集されるようになっており、アギレ監督が信頼を置く選手であるようです。

昨シーズンの話になりますが、こんなことがありました。パチュカに次々と不幸が襲い掛かって(ゴメス選手の事故死、ヴィドウリオ選手の過激なプレー、大量退場による試合継続不能など)気がつけば5連敗。普通にプレーできる選手が非常に限られたところへ、好調なアメリカとのそれもアウェーゲームを戦わなければならないという事態に直面しました。そのアメリカ戦でアルベルト・ロドリゲス選手はまさに獅子奮迅の活躍でした。普段はベンチを温めている選手達を鼓舞して自信を奮い立たせ、自らも「そんなに走って大丈夫?」と思わせる程サイドラインをあがり下がりし続け、チームを勝利に導いたのです。それを見て以来、彼は私のお気に入りの選手になりました。

さて、話を今シーズンに戻して、モンテレイをホームに迎えての1戦です。モンテレイは昨シーズン程の勢いはなくて、ちょろちょろと取りこぼしのあるシーズンを送っていましたが、この試合はパチュカのホームなのに0-3とパチュカを引き離し試合の流れを決めてしまったかに見えました。後半も半ばに差し掛かった頃、遂にパチュカの反撃の火ぶたが切って落とされたのです。最初の一点はセットプレーのこぼれ球をアルベルト・ロドリゲスがミドルシュートでゴールに突き刺したものでした。3点のビハインドがあったため、喜びは非常に抑えたもので「さぁ追加点だ」という感じだったのですが、その時に何故か指を口の前にたてて「し〜〜っ!」というジェスチャーをしたのです。それを見た時「別に、他の選手が審判に悪口雑言言っている様な場面ではないのに、誰を黙らせたいのかな?」と疑問に思いました。それでも、その疑問を検証するチャンスもないまま結局忘れてしまいました。

その数試合後、今度はグアダラハラをホームに迎えての100周年記念試合の時のことです。今度はモンテレイ戦と打って変わって、アルゼンチン人のシルヴァーニ選手が開始間もなくに1点をとりました。喜びに包まれるスタジアム、選手達もシルヴァーニ選手に駆け寄って祝福しています。その駆け寄った選手の中に、キャプテンのロドリゲス選手もいました。しかし、シルヴァーニ選手に乗りかかるとか髪の毛を引っ張ると言ったことはせずに、駆け寄るだけ駆け寄って、後は沸き返るゴール裏を眺めていました。人さし指を口の前にたてて…。

そうなのです、人さし指をたてて「し〜〜っ!」のジェスチャーをするのはアルベルト・ロドリゲス選手のゴールを喜ぶ時のくせで、誰かを黙らせたい訳ではなかったのです。

実はオシャレなんだったりして…。(2001年冬期リーグ)

先日ビデオの整理をしていたら、昨シーズンのグアダラハラvsパチュカの試合を録画していたビデオを見つけました。見た試合は大体覚えているのですが、細かいところまでとなるとさすがに覚えてないので晩御飯を食べながら見直してみることにしました。改めての発見もありました。「パチュカの選手のヘアスタイルって1シーズンで結構変わってる」という試合とは全然関係ない事実なのですが…。

パチュカのスタジアムのカメラが高い所に設置されているので、「ヘアスタイルの違い」は、実は非常に重要な特徴なのです。すなわち選手の映像が小さくて背番号ではわかりづらいうえ、背格好が似ている選手が多い為、「ヘアスタイル」が一番わかり易い違いなのです。それでも、パチュカの映像はコメンテーター泣かせの様で、プロのアナウンサーでも年中アルベルト・ロドリゲス、カバイエロ、チティバ、ガルセスの4人をごちゃ混ぜに解説してくれます。

まぁ一人を除けば基本的に「長さが変わったために結ぶようになった(カバイエロ選手)」とか「長さが変わって跳ね具合が変わった(チティバ選手とガルセス選手)」と言った程度ではあります。そして、その例外はパチュカのキャプテン、アルベルト・ロドリゲス選手なのでした。

昨シーズンの彼は耳のしたの長さで揃えた長髪でした。前髪が落ちてくるので、髪の毛の一部をヘアバンド代わりに耳の後ろで留めていました。忘れていましたが、ビデオを見て「そうでしたねぇ。長髪でした」と改めての思いました。長髪時代を忘れたのは、その後の変化が激しかったからに他なりません。

今シーズンの始めにコパ・アメリカがあり、代表に招集されたロドリゲス選手はヘアスタイルを一新。アレジャノ選手と並んで、その長髪をくりくりのパーマヘアに変えたのです。(本日の一枚にその頃のリンクが[切れていなければ]2枚あるはずです)本人がいまひとつ気に入らなかったのか、周りに「う〜〜ん(汗)」と言われたのかは定かではありませんが、コパ・アメリカから帰ってきたら、さっぱりと短髪にしてしまいました。上にある写真がその短髪モードのロドリゲス選手です。かなりくりくりだったのに、真直ぐな短髪になっているところを見るとストレートパーマをかけたのかも知れません。

そしてリギージャ。急に伸ばすことはできないので、大胆な変化はありませんが、今度はジェルか何かでオールバックに変身。前髪が伸びて来てうざったいんでしょうが…、見なれないせいか「ちょっとなぁ〜」と思わなくもありません。おそらく違うヘアスタイルにしたいんでしょう。それで伸ばしている途中なのだろうと思います。

来シーズン、ロドリゲス選手が代表に選ばれて日本に行くことがあったらその時のヘアスタイルが楽しみだったりします。基本的にはどんなヘアスタイルでもいいんですが、お願いだから金髪にはしないでねとは思ってます。絶対にあわないので(笑)

「謎の解明は次のシーズン迄待て?」 (2002年夏期リーグ)

2002年夏期リーグ。昨シーズンのチャンピオンパチュカのキャプテンアルベルト・ロドリゲス選手は昨シーズンからの好調を持続しています。本来右サイドバックのはずなのですが、テナ監督がどちらかというと攻撃に重点をおいてプレーするように指示している様で、本来お隣で守備をしているはずのヴィドゥリオ選手にもっぱら守備を任せて本人は快速でドリブル前進しては、シルヴァニ選手やブリズエラ選手にゴール前のクロスをあげることが多くなってきています。

4節ホームにヴェラクルスを迎えた1戦はそんな攻撃的なアルベルト・ロドリゲス選手の真骨頂が出た試合でした。パチュカの3得点全てに絡む大活躍だったのです。1点目はゴールに結びつくクロスを上げ、2点目はサンタナ選手が出したオープンスペースへのボールを後ろから走り込んで自らゴールを決め、3点目もゴールに結びつくクロスをあげたのでした。そして、図らずもその2点目、自らが決めたゴールの後に「人さし指を口の前にあてて『し〜〜〜』というジェスチャー」の謎が思わず解けたのです。

この前のゴールの時とうって変わって、ヴェラクルス戦はパチュカが先制している所での気持ちのよい追加点でした。だから、前回の押し殺した喜び方とうって変わって今回は喜び全開モードでゴールの後ピッチを駆け回りました。

テレビは喜ぶロドリゲス選手をアップで映します。走りながらロドリゲス選手は右手を口元に持って来て、人さし指を口の前に立てた後………(おぉ!出たお得意のポーズ)

その右人さし指にキスをして人さし指を高々と空に差しあげたのです。

ロドリゲス選手の人さし指は「1点」の意味で、ゴールの祝福のキスだった訳なのです。今迄の「し〜」のジェスチャーは控えめな祝福のキスだったという訳でした。腕をあげるかあげないかでニュアンスが全然違ってしまうというのも面白いですね。

謎の解けた今、今シーズンもう一回ぐらいはロドリゲス選手自らのゴールによる「し〜〜」を見てみたいと思います。もちろん腕をかかげるジェスチャーと共にね。

「君のプレーは代表級だから」(代表ピックアップ2002)

アルベルト・ロドリゲス選手はパチュカの右サイドバックの選手です。サイドラインを果敢にあがり、味方にゴールチャンスをお膳立てする一方、広い守備範囲で相手チームの選手のコースを消し、後ろに控えるヴィドゥリオ選手やデ・アンダ選手が守りやすいようにするのも彼の持ち味です。またチームのキャプテンとして、チームメートの信頼も厚い様です。

U-20, U-23とユースでの代表経験はあったものの、アルベルト・ロドリゲス選手がフル代表に呼ばれることはありませんでした。パチュカでアギレ監督から、腐りそうになる気持ちを何度も「君のプレーは代表クラスだ。いつか呼ばれる日がくるから」と励まされたと言います。そして、アギレ監督が代表の監督に就任すると、待ちに待った「フル代表」への道が開けたのでした。アギレ監督はコロンビアで行われたコパ・アメリカにロドリゲス選手を呼んだのです。

インタビューに答えたロドリゲス選手は「その知らせを知った時、本当に『天にも昇る気持ち』だったよ」とその時の喜びを語っています。そして、「いつも自分を支えてきてくれた人たち-両親、兄弟に感謝の気持ちでいっぱいだった」ということです。

代表に呼ばれ、チームではキャプテンとして優勝杯を掲げたロドリゲス選手。そして、ついにはワールドカップと、夢が次々と叶っていますが、本人は「いつも夢はもってないとね」と現状に感謝しながらも次の夢を語ってはばからないということです。彼の夢…それはヨーロッパ、できればイタリアで…プレーしたいということです。それが可能になるぐらいワールドカップでの活躍をしてほしいと思います。


「かくして我が『お気に入り』になりぬ(笑)」 (2003年開幕シーズン)

これを書いているのは2003年も押し詰まった12月ですが、なぜこの選手が私の一番のお気に入りかという昔話を書いてみようと思います。せっかくパチュカが優勝しましたからね。

そもそも私はサッカーを見る時は「お気に入りのチーム」を作っても、お気に入りの選手を追いかけて好きなチームを変えたりしない方なので、好きなチーム以外の選手は「良い選手だなぁ」と思っても、選手個人をお気に入りにすることはほとんどないのです。だからこの選手は数少ない例外です。

話は2001年の夏季リーグにさかのぼります。

そもそもパチュカというチームに対しては、好きでもなければ嫌いでもないという感じだったのですが、決定的に「嫌いになる」事件がいくつか続きました。まず、6節パチュカvsクルス・アスル、クラシコ・イダルヘンセにおいて、ヴィドゥリオ選手がクルス・アスルのパレンシア選手の顔面にひじうちをするという事件がおきました。後に散々放送されたビデオでは、ヴィドゥリオ選手が狙ってひじを振り下ろしている様子がはっきり録画されており、非常に嫌な感じを受けたのです。この事件の後クルス・アスルの得点に貢献していたパレンシア選手はしばらくプレーできなくなり、変わりに出て来たベヒネスという選手が全く機能せず、クルス・アスルは坂を下っていき、結局リギージャに残れませんでした。次はこのひじ打ち事件が伏線となった事件でした。9節ヴィドゥリオ選手の蛮行に神経質になった、マルコ・アントニオ・ロドリゲス主審がパチュカの選手を次々に退場処分にしたのです。このロドリゲス主審の判断は過敏だと思い、パチュカに対して多少気の毒には思いましたが、何が嫌だったと言って、パチュカのアギレ監督が試合を投げたことでした。後半の途中にファウルで倒れたパチュカの選手の元に大したファウルでもないのに医師が走りより、その選手に急いで耳打ちをしました。それを聞いたその選手は立ち上がっていたのに、臭い芝居で倒れ、そのまま担架で運ばれていったのです。これで、選手が規定の数より足りなくなり、試合が90分たたない内に終了してしまったのです。確かにスコアは4-1で負けており、選手は足りず、90分までやっても点差が開きこそすれ追い付けないことは明かでした。それでも、途中で投げるのはお金を払ってもらっているプロのチームとしてやってはいけないことだと思うのです。

これら一連の事件ですっかりパチュカが大嫌いになった私は、ヴィドゥリオ選手もいなければ、前節の大量退場で主力選手が軒並み欠けた状態で、パチュカがアメリカのホームでどうやって戦うのか見ることにしました。当時パチュカはアステカスタジアムで勝ったことがありませんでした。この前例からして、飛車角落ちのパチュカがぼろぼろにやられるのは明かでした。すなわちとてもいじわるな気持ちで「お手並み拝見といきますかぁ〜」と冷ややに10節を迎えたのです。

前日にアステカスタジアムでコンサートがあった関係で、アメリカはこのホームゲームをアスルスタジアムで行うことにしました。パチュカは当然レギュラー選手がごっそり抜けているので、普段ベンチを温めている選手達が沢山出てきていました。アメリカを応援することはない私ですが、この時ばかりはアメリカよりで試合を観戦始めました。

しかし、ほどなく私はパチュカの選手達のプレーに引き込まれていきました。経験が足りないなら足りないなりにものすごい気迫で走り回っていたのです。その中でひときわ目を引く選手がいました。右サイドを駆け上がっていって、クロスをあげたかと思うと、次の場面には最終ラインにいてしっかりと守備をしているのです。その選手はキャプテンバンドをはめており、若い選手達に檄を飛ばしながら、自らのプレーで仲間を鼓舞していました。

最初こそ余裕でプレーしていたアメリカでしたが、この気迫に押されて、試合の勢いはパチュカに傾いていきました。そして、その右サイドの選手が幾度めかのクロスをあげ、追い付くか追い付かないか…というタイミングで、おそらく祈る様な気持ちだったでしょう、マルコ・ガルセス選手がまさにボールに向かって飛び込み、ネットを揺らしたのです。この時には、既に私はパチュカに拍手をしている状態でした。

このゴールで目が覚めたアメリカも攻め始めました。そして、パチュカのあわや…という場面ではGKのカレロ選手がスーパーセーブを繰り出しました。他の選手達も信じられないぐらい必死にプレーを続けました。そしてパチュカもなんとか機会を作ってゴールに迫るのですが、どうしても追加点が奪えません。そうこうしているうちに、経験の少ない選手達の足が釣り出しました。3人の選手交代はいずれも、フィールドで走れなくなった選手を交代させたものでした。それぐらいパチュカの選手達は必死でした。

試合終了の笛が鳴るまで、パチュカのキャプテンバンドをはめた右サイドの選手は上り下がりをするのを止めませんでした。そして、交代でますます若くなった選手達を鼓舞しつづけたのです。私は真剣に「この選手90分終わったら倒れるんじゃないだろうか」と心配になるぐらい必死だったのです。それを見ていた私も最後にはパチュカを思いっきり応援していました。

試合はそのままスコアが動かず、0-1でパチュカが勝ちました。

「凄いものを見てしまった」と私は呆然としていました。そして今日の試合を戦い抜いた選手達に深く感動していました。特にキャプテンバンドをつけた右サイドの選手に。かくして、パチュカのキャプテン、アルベルト・ロドリゲス選手は私の一番の贔屓の選手となったのでした。