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| 国籍 |
メキシコ |
| 出生地 |
モンテレイ |
| 誕生日 |
1973/8/5 |
| 身長 |
171cm |
| 体重 |
66kg |
| ポジション |
ミッドフィルダー |
| 所属チーム(2002年開幕) |
モンテレイ |
| メキシコ代表 |
ワールドカップ(1998)
コパ・アメリカ(2001)
ワールドカップ(2002)
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「アレジャノ空港に現れず」(代表ピックアップ2001)
のニュースがメキシコメディアを駆け回ったのは、メキシコ代表がコンフェデレーション杯の前にヨーロッパへ立ち寄り、イングランド代表と親善試合をする為に飛行機に乗った直後でした。二日程「どこへ行ってしまったのか、アレジャノ?」とメディアが捜しまわった結果、アレジャノ選手は歯の治療を受けていたらしいことが判明しました。代表の召集を本人が知らなかったか、歯の治療のため試合にでられないと代表に伝え損ねたのか、本当のことはわかりません。結果的にアレジャノは代表の召集をすっぽかし、代表はイングランドへ旅立って行ったのです。
当時の代表監督メサ監督の怒りは相当なものでした。「もうアレジャノは代表のユニフォームを着ることはないだろう」とイングランドからコメントし、アレジャノ選手に釈明の機会を与えませんでした。代表はイングランドとの親善試合、コンフェデレーション杯と思い出したくもない散々な結果を残してメキシコに帰って来たのです。
そうして、アレジャノが呼ばれることのないままワールドカップ予選が消化されていきました。メキシコ代表が浮上することもなかったのです。メサ監督退任。アギレ監督が就任しました。
アギレ監督は「戦う意志のあるものだけを使う。経験や年令は関係ない」と宣言して、代表メンバーを大きく入れ替えました。召集メンバーの中にはアレジャノ選手も入っていたのです。
すったもんだの末予定通り行われたコパ・アメリカ。メキシコ代表の中にアレジャノ選手の名前もありました。右サイドでボールをもらってから中央にドリブルで切り込んで来ては味方にチャンスを作る、あるいは自らがシュートする。コパ・アメリカでのアレジャノ選手は本当に切れまくって光っていました。アギレ監督になってからアレジャノ選手がいるポジションはアギレ監督の言う5バックの時は右サイドバック、あるいはもう少し前の中盤右サイドのどちらかです。右サイドバックの時は持ち味の「切れ込むドリブル」がなかなかでないので、もう少し前のポジションを専念してくれるように布陣を組んでもらいたいというのがファンの希望です。
くりくりのパーマをかけた右サイドの快速ドリブラー。それがアレジャノ選手です。(11/22/2001)
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「心のチームは」(2002年開幕シーズン)
ヨーロッパや南米、アフリカの選手達が少しでもお金のもらえるリーグへ、名声の得られるリーグへとなびいて行く風潮の中、メキシコの選手達はメキシコ国内に留まり「ヨーロッパへ行きたいね」と言いながらメキシコでプレーを続けています。FIFAの国代表およびリーグランキングから考えれば、メキシコの選手達ももっと海外で活躍していてもおかしくないのですが、実績を考えると海外でプレーしている選手は極わずかの「例外」という状態です。
これにはいくつか共通した理由がある様です。その中で最も大きいのはやはり金銭面で折り合いがつかないということでしょうか。ヨーロッパのクラブは外国から選手を獲得する際には若くて将来性のある選手を安く手に入れたいと考えています。開花したらその選手を高く売り飛ばす一種の「投資」の意味合いもあるからです。
一方メキシコリーグの契約金は高いことで知られており、ヨーロッパのクラブが提示する金額ではメキシコの選手にとっても送りだすクラブにとっても「旨味がない」のです。メキシコのサッカー協会もクラブも選手も「ヨーロッパにもっと選手を送りだすべきだ」という議論は喧しいのですが、いざ実際に移籍となると、モチベーションが下がってしまうのです。若い選手でもそうなのですから、メキシコリーグでスターダムを築いた選手達にとっては更にむずかしいことになります。
モンテレイのヘスス・アレジャノ選手も「ヨーロッパへ行くのではないか?」と言われながらなかなか行かない選手のひとりです。ワールドカップの後もヨーロッパのクラブからいくつか誘いがあったようです。しかし結局のところ提示された金額が本人にとってもクラブにとっても「お話にならない」ものだった様で、アレジャノ選手はモンテレイに留まりモンテレイのファンは安堵のため息をついたのでした。
そのアレジャノ選手も一度だけ「金銭面で折り合いがつかなくても移籍したい」と動いたことがありました。それはグアダラハラからモンテレイへの移籍でした。正確に言うとモンテレイへの「帰還」でした。モンテレイ生まれのアレジャノ選手は子供の頃からモンテレイというクラブが憧れのクラブであったと言います。その憧れのクラブでプロでビューを果たし活躍する様になったアレジャノ選手は全国的に人気のあるグアダラハラに移籍しました。しかしアレジャノ選手の心はグアダラハラになかったのです。
結局、アレジャノ選手はグアダラハラとの契約を残して金銭的に折り合いがつかなかったにも関わらず、モンテレイに帰って来てしまいました。それ以来アレジャノ選手はモンテレイに留まり続けエスタディオ・テクノロヒコのピッチを駆け回っています。
そんなアレジャノ選手のことを「内弁慶」や「井の中の蛙」ということも出来ます。それでも、選手が「自分のクラブ」といって愛して止まないというのを見るのも悪くないと思いませんか?そんなにビッグクラブではなくても、降格のチームのリストにたまに名前を列ねる(有り体に言ってしまうと)「ぱっとしない」クラブでも(笑)、そこが好きならそれを批判する筋合いはないですね。
多分アレジャノ選手がヨーロッパへ行くことはないでしょうし、メキシコリーグの他のクラブに移籍することは更に可能性が低いだろうと思います。本人の心のクラブで選手生活を全うするであろうアレジャノ選手のスタイルは世界的に見たらもう流行らなくなったことかも知れません。でも、モンテレイのファンとしたらこれ程心強く嬉しいことはないだろうと思います。
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