恐怖と消費のキャンペーン



かつてマイケルムーアの「ボーリングフォーコロンバイン」において、マリリンマンソンは「メディアは恐怖と消費のキャンペーンをやっている」と言った。

某あるある大辞典の捏造騒動もだいぶ沈静化した。ふと思うのは、データ捏造してなかったら、あの番組はOKなのかなぁ?ということ。あの番組こそ「恐怖と消費のキャンペーン」の典型例じゃないっすか。今にして思えば、ということだけど。

視聴者にまず恐怖を与え(例:太ることによるデメリット、血がドロドロであることのデメリットを喧伝する)、そして次にその解決法を示す。結果、納豆がどんどん消費されていった。

以前、デビットボウイとジャービスコッカーが煙草についての対談をやっていて、煙草を吸うのは死に近づく行為だからいいんだ、みたいな事を話していた。これは別に自殺願望がある、という話ではなく、人間は健康であるべきだ、というステレオタイプな考えから解放されるのがたまらんのだろうな、という風に自己解釈した記憶がある。二人が今もヘビースモーカーなのかどうかは知らない。

料理番組をみると美味そうだと思う。「納豆食べたら痩せた!」って言われたら、そりゃ買うだろう。

じゃあ違いはなんなのよ?と考えてみるに、やっぱ視聴者に不安を与えてまでアピールするかどうか、じゃないですかね。そこに節度を持ってほしいなぁ、と改めて思ったのでここに書いておきます。

Posted: 月 - 2月 12, 2007 at 09:23 午前        


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