DRMのどこが悪いのか


歌手は自分の歌を聴いてほしい。作家は自分の本を読んでほしい。誰も金もうけをしようと歌を歌うヤツはいない。報酬はあくまで2番目...なわけでもないのか?

もしも平安時代にDRMが存在したら、今頃われわれは源氏物語を読むことはできなかっただろう
---元麻布春男---

PCWatchのこの記事

すべてのデータがデジタル化される未来社会。そこで、すべてのデータにアクセスすることが誰にも自由にできるようになるはずがない。認証システムというものが当然必要になるだろう。

しかし、現状は各企業が勝手にDRM付きのデータを販売をしている。しかし将来もその視聴を保証するものではない。
例えばiTunesで購入したDRM付きの楽曲の場合、コピーは自由にできるが視聴にはオンラインの認証が必要である。一私企業たるAppleが将来なくなれば(または会社の方針が変われば)、購入した楽曲はただのHDDの肥やしになるばかりである。それは仕方のないことなのか、という問題提起。

考えてみれば、CDというメディアは懐の広いメディアである。DRMは当然かかっていない。その登場からまだ30年も経っていないというのは驚き。最近急速に「金がすべて、権利を金に替える仕組み」の風潮が強化されてきたということだろう。

それと比較すると、紙というメディアはすごい。歴史を生き抜いてきて、今でも現役ばりばり。

Posted: 2007年09月04日 (火) at 23:43    |   |