Séminaire privé 

トピカ112「性関係は存在しない」より

Il n'y a pas de rapport sexuel

jeudi 17 novembre 2005       2005年11月17日(木) クレマスター(東京・新宿)

 今回は、公開セミネールからの抜粋ではなく、月1回の日仏会館での公開セミネールとは別に、毎週木曜日、新宿・クレマスターで開催されている藤田博史のプライヴェートゼミ、フジタゼミで行なわれた講義より抜粋します。 この講義は、聴講者に論点提出をしていただき、藤田及び聴講者全員で自由に討議する「トピカ」より、2005年11月17日に行なわれた<トピカ112 (30分) 小山太郎氏(湘南短期大学)テーマ「性関係は存在しない」>として行なわれたものです。  興味深い論点を提出してくださった小山氏に感謝します。なお通常のセミネールは、藤田博史の講義をほぼそのまま筆記しておりますが、今回は、若干の編集を加えていることをお断りいたします。

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Contents

 今号

1)  性別化の論理式

 a 性別化の論理式

 b 古典主義論理と直観主義論理

 

次号

c 閉鎖集合と開放集合

2)   ファンタスムのヴェクトル

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精神分析医ジャック・ラカン( Jacques Lacan )は、1972-3年に行なった第20回セミネール『アンコール Encore』の第7回講義『恋文 Une letter d’amour』の冒頭に、「性別化 sexuation の図表」を掲げている。性別化の図表の上段は4つの「性別化の論理式」、下段は「ファンタスムのヴェクトル」であり、左枠は「男性」、右側は「女性」を表わしているとみなすことができる。(註1)。

 

Jacques Lacan

 (図表制作:小山太郎)

)性別化の論理式 Formules logiques de la sexuation

  a 性別化の論理式 Formules logiques de la sexuation

 

       

藤田(以下、Fと表記) この存在記号(∃)の方、  ①は、フランス語で“ Il existe au moins un x Φx ” と読みます。この全称記号(∀)の方、 ④ は“ pour tous x Φx” と読みます。「全ての x に対して Φx という関数が成り立つ」ということです。これは関数( fonction )のつもりでやっているのです。「ファルスの隠喩作用」と言ってもいいし『エクリ Écrits 』(註2)のなかでは “ Die Bedeutung des Phallus ” と言っています。これは論文のタイトルですが、このドイツ語をそのままフランス語に訳すと La signification du Phallus です。これ ( signification ) を言語学をやっている人はどう訳すかというと「意味作用」と訳す。「ファルスの意味作用」です。 ですからこれは、x に Φ ( grand Phi 大文字のファイ ) つまり「ファルスの意味作用」が及んでいる、ということです。                                                                                                                                                                                       

小山(以下、Kと表記) それは「去勢強迫」を経験した、ということですか?

 F 去勢強迫はまったく関係ありません。去勢強迫は生後かなり経ってから生じるものです。4、5歳の頃、「そんなことやってると、ちんちん切っちゃうぞ」みたいなことを言われて、それで男の子は震え上がって、そこから去勢不安が生じてエディプス・コンプレックスのなかに確実に入っていく土台ができるわけです。現実に起こる発達段階上の去勢強迫とかそういうものとは無関係に、ラカンがここで提示しているのは、ロジックな、論理学的な意味でのーーーつまり人間は「語る存在 l‘être parlant」であるから、語る主体を構成しているのはシニフィアン signifiant ーーーそのあるシニフィアンをとりあえず x と呼ぶわけです。 X というのは「あるシニフィアン」のことなのです。Φx( grand Phi x )というのは「ファルスの意味作用を受けているあるシニフィアン」という意味です。

 

この存在記号の式① の意味は「少なくともある一つのシニフィアンに対してファルスの意味作用が及ばない」。だから少なくとも1個、ファルスのシニフィアンを受けていないシニフィアンが存在する。それはとりもなおさずファルスそのものということです。「少なくとも1つ au moins un 」(註3)という言い方が非常に面白くて、ひょっとしたら2つあるかもしれない。 シュレーバーの議論に及んだ時に、ラカンは trois pieds imaginaires(想像的三脚)という言い方をして、その精神病者が崩壊しないで済むために、とりあえず少なくとも3つの足が必要だ、と言っています。ですからもしかしたらファルスに相当するものは3つあるかもしれません。わかりませんよ、2つかもしれない。少なくとも1つある。つまりこれは何を言っているかというとファルスそのもののことを言っているのです。だからちょっと大胆な言い方をすると、

 ①  Il existe au moins un x grand Phi x

これ①は、Φ( grand Phi 大文字のファイ)というシニフィアンそのもののことを言っているのです。

  

これ④はラカン流の表記ですが、このように表記する論理学者もいます。これは「 Φ の意味作用が及ばない x が、少なくともひとつあるわけではない」。

K 全部及んでいるかというとそうでもない、ということですね。

F いや、全部及んでいるかというとそうでもない、というのは③ 

③ は「全てのxに対してΦの意味作用が及んでいるとは限らない」

② は「全てのxに対してΦの意味作用が及んでいる」  

④はちょっと複雑で「Φの意味作用が及んでいない x があるわけではない」

だから「ある」、「ある」と言ったら誤解になるけれども、あるっぽいんだよ、これは(笑)。あるかもね、と言ったところです。『性倒錯の構造』では「ある x に対してΦの作用が及ばないということはない」と書いています。及ぶんだよね、及ぶんだけれど、Φの作用としてではない・・・。

K ④は、女性にとって男性のファルスのように機能しているもの、ということですね。

F そう。女性の場所において、あたかも男性におけるファルスであるかのように振る舞っているなにものか。それは、予測はたつけれども、それを積極的に「ある」ということはできない、ということかな。女性におけるブラックホールみたいな部分です。これが謎に通じるわけです。女性の謎の1つはそこにある。謎の2番目は「全てのシニフィアンにファルスの意味作用が及んでいるわけではない」。つまりファルスのシニフィアンが及んでいないシニフィアンがフラフラしている。それが女性の謎の2です。

K 全てということの範囲が不明なのですね。つまり女性は「開放集合」になっている。ですから「閉鎖集合」の論理で考えられる男性の性別化の仕組みと女性の性別化の仕組みは、そもそも開放集合と閉鎖集合の世界、違う位相にいるので、その間の関係というのは考えられない、というか、記述し得ないというのが「性関係は存在しない」ということであると、理解しました。

F 本当かな?という感じがするよね。ラカンの言っていることが正しいという保証はどこにもない(笑)。

 

b 古典主義論理 logique classique と直観主義論理 logique intuitionniste

 F 直感主義論理の最大のポイントは排中律を認めないということでしょう(註4)。¬A=B( non A イコール B )ではない。Aではないと言ったらBが成り立つということはない。古典論理は開放集合とか無限に対して成り立たない。だから開放集合( ensemble ouvert )とか無限集合( ensembre infini )に対しては直観論理的なアプローチでないとやはり歯が立たないということですね。閉鎖集合( ensemble fermé )であれば、A∨¬A「Aか non Aか」といったらそれで全ての要素を尽くすことができるけれども、「Aか non Aか」といっても、Aでも non A でもない領域があれば駄目なわけで、直観主義論理学では A でも non A でもない領域は一個一個つぶさにチェックしなければいけない。現実にチェックする作用が必要なのです。世の中の女性について論じる時は、この世に或る全ての女性をチェックしなければいけない。そこにこの世にドン・ファンとかカサノヴァが現れる必然性がある。ドン・ファンとかカサノヴァは全ての女性が同じかどうかチェックしている(笑)。

S 本当かな。

F そうですよ。

S 普通、ドン・ファンとカサノヴァってタイプが違うって言われていますよね。ドン・ファンは、ある母的なものがあるとしたら、同じものを求めている。カサノヴァは極めて個別的に、一人一人の女性の違いを求めている。

F その通りです(笑)。ドン・ファンは次々と女を替えていく。カサノヴァは全ての女を囲い込む(笑)。

 (つづく)

 

 

 

註1 より正確には右側は「男性 homme 」に対する「非男性 non-homme 」=「斜線を引かれた女性 」を表わす。 「ラカンによれば<語る存在 être parlant, parlêtre >は男性 homme と非男性 non-homme に区分される」(藤田博史「女性同性愛の病理」『性倒錯の構造』p71)

註2『エクリ』 Écrits, Seuil,1966   

註3「この式は<父の作用 la fonction paternelle>あるいは<去勢の作用 la fonction de la castration>を表わしており、この領野に所属するシニフィアンはいうまでもなく<父ーのー名 Nom-du-Père>である。これにかんしてラカンは「Φの作用が及ばない x が少なくとも一つ存在する」という表現の『少なくとも一つ(オ・モワン・ザン au moins un )という音のなかに「男(オム homme )」を聴き取り、これを「オモワンザン( hommoinzin )という一語で表現する」(藤田博史「女性同性愛の病理」『性倒錯の構造』p75-76

 註4「直観主義論理学 logique intuitionniste( ブラウアー Brouwer )によれば、開放集合における諸要素は一個一個順を追って証明されるために、必ずしも<排中律 le principe de tiers exclu>が真であるとは限らない。つまり、開放集合において、未知の要素の集合をRとしたとき、このRを、非Rを用いてR=非非Rと直ちに演繹することはできないのである」(藤田博史「女性同性愛の病理」『性倒錯の構造』p73)

 

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