文化や言語に無頓着であった日本の女性運動に対し、アメリカの女性運動は、女性の 地位が低いのは結婚退職など職場や制度のせいだけではなく、意識や慣習など「文化 」の影響が大きいと、言語と性差別の問題に取り組んできた。「非差別言語運動」は 、そうした社会を具体的に変える運動として、フェミニズム運動の幕開けから進めら れている。差別表現を指摘し、非差別用法を示す。それは無意識に差別表現を使用し ている人に、なじんでいる差別文化のしくみに気づかせ、差別のない文化のモデルを 示すものだ。
Miss○○、Mrs.○○と呼ばれるたびに女性は、婚姻相手がいるかいないかを確認され ている。これを一本化してMs.にせよ、という提案がベラ・アブザグ下院議員によっ て出され米議会で論議された。manを職業名に使うと女が部外者になると、労働省が policeman, fireman, clergymanなどのマン言葉を避け、多様な非差別言語に言い換 えるよう通達を出した。いずれも1970年代から続けられている非差別言語運動で ある。
日本でも90年代になって、『ニューホライズン』(東京書籍)や『ワン・ワールド 』(教育出版)、『プログレッシヴ』(尚学図書)などの中学、高校の英語教科書や 、ランダムハウス英和大辞典(小学館、1994)、ジーニアス英和辞典(大修館、 1994)などの英語辞書が、こうした英語の非差別用法を紹介し始めた(拙稿「「 差別語狩り」ではない言語改革ー英語教科書、英和辞書に見る」『ヒューマンライツ 』1994年9月号)。
ジーニアス英和で housewifeという単語をひいてみよう。<1(主に専業の)主婦 【◆houseに隷属する女性というイメージがあるためこれを避けてhomemaker, householder, home managerを用いる傾向がある】>という説明が目に飛び込んでく る。反sexismの観点から非差別言語を優先的に紹介する。「一国の言語の理解は、そ の国の持つ文化的背景を抜きにしては考えられない」と編集主幹の小西友七氏は「は じめに」で書いているが、英語圏での非差別言語運動の影響の大きさがわかろうとい うもの。そもそも、sexismという語も性による差別の実践を表すためにフェミニズム がracism(人種差別)に倣って作った言葉である。
その後、Ms.を使うことが、性差別をなくす効果を持つだけでなく、フェミニストで あると差別される場合も生じるなど、言葉と意味が一対一対応ではないことに気づく 。その結果、差別語という単語の問題から、言葉の意味が状況や人間関係(コンテク スト)の影響を受けて構築される場としての「ディスコース」(言葉による思想の伝 達)に焦点が移っている。つまり、言葉を使うことは多分に価値観や権力関係を反映 させた社会的な行為である、という非差別言語運動の問題提起は、より精緻な形をと って「言語は透明な道具」という私たちの言語観に問い直しを迫っているのである。
『TEXTBOOKリピーティング・マラソン』vol.9,アルク、1996年掲載