ハウスしゃんめんしょうゆ味のCMの、「私作る人、ぼく食べる人」というキャッチコピーが問題になったという事件は、当時フェミニスト意識には無関係だった私にも記憶がある。しかし、それほど広い層に届く問題提起をなしえた女性運動グループのことをこれまで私はよく知らなかった。この本は、そのグループ「行動する会」について、1975年から85年までの前半10年の活動(メディア問題に限らず、広範,多岐にわたっている)に絞って、実際に担った女性たちが書き綴った 「記録」である。
1990年代になってマスメディアの女性差別を批判した私たちはさほど厳しい反発にあったわけではない。マスコミからは叩かれるというより、むしろ地方のグループが市川房枝基金をいただいて活動したという面を 積極的に報道していただいた。
しかし、それは「行動する会」の女性たちが、社会から猛反発を食らいながら抵抗して踏み固めてこられた歴史の上に安楽にのっかった結果であったのだ。この本を読んで、最初に思ったのはそのことだった。市川房枝をはじめ社会から信頼されていた女性たちがターゲットにされ、どれほどひどい非難や中傷、からかいを浴びたかを後に知り、胸を痛めつけられるような思いがした。フランス革命で女性の権利を訴え処刑されたオーランプ=ド=グージュのことが思い起こされた。
でも、彼女たちはマスメディアのバックラッシュにひるんだわけではない。誌面での反論権を裁判に訴えて勝ち取っている。日本の女性たちもやるもんだ。そしてヤングレディが、ちゃんとフェミニズムの主張をそのまま誌面に載せているのを見たときには感激した。裁判により社会の常識を変えていくという方法は、なにもセクハラだけではないんだ、メディア表現の問題でも可能なのだと改めて教えられた。女性運動がメディアへのアクセス権を獲得したすごい成果を今まで知らなかった自分を恥じてしまった。
さまざまな層の女たちが平場でつながり目標を据えて行動する。それが企業や労働運動といった指令型の行動とくらべ、なみの大変さではないことはよくわかる。それをやり遂げた人たちの記録である。これこそ、力の沸き出る一冊である。女性じゃなくてもいい。市民運動をしている多くの人たちに読んでもらいたい本である。
(1999・3・22)