SAITO Yoshihisa’s Archives H120710JS
 
 
幕を閉じた「神の国」騒動
 
───皇太后陛下崩御の悲しみの中で
 
 
 
 
 
 「人の噂も七十五日」などといいますが、森首相の「神の国」発言以来、日本を代表する大新聞をおもな舞台として、舌鋒するどくというべきか、口汚くというべきか、連日、大々的に繰り広げられた天皇批判、神道批判はすっかり鳴りを潜めてしまいました。こんどの衆院選を「神の国」選挙とか名づけた新聞もあったようですが、まさしく竜頭蛇尾。大山鳴動してネズミ一匹、出てはきませんでした。蜂の巣をつついたような、あのヒステリックな騒動はいったい何だったのでしょうか。
 
 そもそも日本のジャーナリズムが声高に喧伝し、野党やキリスト者、浄土真宗などが協力に展開した批判と抗議の内容そのものがいかにもワンパターンで古くさいものでした。国内だけではありません。アメリカの有力紙、ワシントン・ポスト紙などは、危険なナショナリズムの復活、軍国主義の蘇りとばかりに神経をとがらせました。
 
 事実を十分にわきまえない千年一日の空理空論はまるでお話になりません。靖国批判がつねにそうですが、なぜこうした曲解が生まれるのでしょうか。
 
□ワシントン・ポスト紙の「妄想」
□「八百万の神」が理解できない
 
 先月(平成12年6月)のアメリカ、ワシントン・ポスト紙は、「日本の2つのナショナリズム」と題する社説を掲げ、森首相の「神の国」発言について論評しました。
 
 発言には、かつて日本をアジアへと駆り立て、日米開戦を引き起こした神秘主義的な愛国主義的熱狂への郷愁がある。国旗・国歌が法制化され、「昭和の日」制定の動きも見られる。3年前には東条英機を礼賛する映画が何百万人もの観客を集めた。日本は歓迎すべきナショナリズムと脅威的なそれとのはざまにある。やがて西欧諸国への昔日の恨みがよみがえるかも知れない。日米関係という知恵を疑いはじめるだろう──と思いのほかきな臭く臭うらしい日本のナショナリズムの台頭を、強く警戒しています。
 
 これに対して、真っ向から批判を加えているのは、著名なジャーナリストでもある杏林大学の田久保忠衛教授(国際政治学)です。田久保氏は産経新聞の「正論」欄(6月14日)で次のように反論しています。
 
 これまで日米同盟に反対してきたのは「右翼」ではないし、改憲論者が即「右翼」でもない。集団的自衛権の行使に関する日本政府見解の不自然さの背景には「戦争放棄」を定めた憲法第9条があり、それは日本人の常識であって、護憲は日米同盟の利益にならない──というのです。
 
 けれども、「なぜアメリカは曲解するのか」と題された田久保氏の主張がもっとも注目されるのは、文化的宗教的な背景にまで踏み込んでいる点にあります。
 
 田久保氏は「妄想」という強い表現を使ってまでワシントン・ポスト紙の社説を批判するのですが、その「妄想の出発点」は、聖書やお経のような教典もなく、ヨーロッパのキリスト教のような一神教でもない、日本の八百万(やおよろず)の神々を理解できていないところにある、と推断しています。
 
 無理解の証拠に、ワシントン・ポストの社説では、森発言の「天皇を中心とした神の国」が「a divine country with an emperor at its center」と翻訳されています。田久保氏は「適訳ではない」と指摘します。
 
 在日20年のアメリカ人研究者(宗教学)によると、この訳語は「神聖国歌」というようなニュアンスだといいます。深刻な宗教対立もない、多神教的な日本の宗教的感性からはほど遠く、一神教的あるいはヨーロッパ・ファシズム的な異臭が漂ってくるようでもあります。
 
 むしろだからこそ、田久保氏がいうように、「実在しない悪魔を勝手に想定して大きな棍棒を必死で振り回している滑稽さ」が生まれるということでしょうか。ワシントン・ポストの論説記者は自分の頭の中で、「十字軍戦争」を戦っているということなのでしょうか。
 
 田久保氏は「神の国」の訳語が「東京で発行される英字紙から採ったのかも知れぬ」と指摘しています。調べてみると、朝日、読売がそれぞれ発行する朝日イブニング・ニュースやデーリー読売は、いくつかの記事で「a divine country with the emperor at its center」と翻訳しています。ワシントン・ポストの訳語と瓜二つ、違いは「with an emperor」か「with the emperor」かです。
 
 田久保氏が述べるように、「日本のカミサマとは何かが理解できていない」のが「妄想」の原因だとするなら、それはアメリカ人記者に限りません。
 
 そして「理解できていない」のは神観念だけではありません。天皇についての理解、近代史のとらえ方の違い、誤解も浮き彫りになってきます。
 
□「国教」にほど遠い戦前の神道
□「戦争」を金儲けにした大新聞
 
 5月17日付、朝日新聞の社説はこう書いています。
 
 「戦前の日本では、天皇と神が結びつけられ、神聖な天皇を中心とする国家が国民を統治していた。それが、軍部による独走を許す素地になった。多くの国民が犠牲になった。アジアの人々にも惨禍をもたらした」
 
 天皇と神道こそがバカげた「侵略戦争」の元凶だといわんばかりです。
 
 翌18日の朝刊は「『政教分離』歴史の教訓 侵略・弾圧 陰に国家神道」と題する4段見出しの大きな記事を載せています。
 
 「(神道は)明治維新で大きな転機を迎える。明治政府は、中央集権に基づく近代国家づくりの中心に天皇制を据え、神道を事実上、国教とした。神社は国家の機関として特別の保護を受け、神官は官吏となった。神道への帰依を拒んだ大本教、天理本道、日本ホーリネス教会など、多くの教団が弾圧された」
 
 どこで勉強されたのか、なんともカビ臭い「国家神道=国教」論です。けれども、歴史の事実は逆に、戦前の神道が「国教」とはほど遠いものであったことを教えています。
 
 たとえば、京都の上賀茂神社には江戸時代には300戸の社家、数百人もの神職がいました。盛大な葵祭は盤石な財政的裏づけと多くの神領民の信仰に支えられていました。ところが明治維新後、神官の世襲が廃止され、社領地が国有化されて、財政基盤は縮小し、神職数はたった十数人に激減します(阪本是丸『国家と宗教の間』所収論攷)。
 
 明治政府はけっして神社に特別の保護を与えてはいません。それどころか圧迫を加えたのです。
 
 神道人個人が抑圧を受けた歴史もあります。
 
 今泉定助といえば、東条英機ほか政治家や官僚、軍人などがその熱烈な神道的国体論に耳を傾けた、戦前・戦後を通じてもっとも偉大な神道思想家といわれますが、昭和17年2月に神道書百数十冊が発禁処分を受けています。政府は天照大神以前の神々を否定して天照大神信仰に統一する合理主義的神道論を正統とし、それ以外を排除したのです。
 
 神道は軍国主義的戦時思想の推進者どころか、戦時内閣の思想統制の受難者なのです。
 
 戦前の歴史が完全に誤解されています。しかも一方では、「神の国」騒動の演出者である大新聞自身が「侵略戦争」の強力な推進者、扇動者であった歴史が見落とされています。
 
 大新聞が「大本営発表」を垂れ流しして、国民の戦意をあおったことは誰でも知っています。そして戦争こそは新聞ビジネスの好機であって、「事変発生とともに朝日新聞の部数は増え続け」たのです。殺戮と破壊を踏み台にして大新聞は大きく成長したのです。『朝日新聞七十年小史』は「経理面の黄金時代」とまで表現しています。
 
 大新聞の天皇批判、神道批判は責任転嫁以外の何ものでもありません。しかも言いたい放題に天皇を批判した大新聞が、皇太后陛下が崩御されるや、掌を返したように皇太后陛下を偲ぶグラフ雑誌をこぞって発売するにいたっては、開いた口がふさがりません。まともに戻ったのか、それとも戦争中と変わらない招魂のなせる技なのでしょうか。
 
□「平和」どのように築くのか
□歴史を動かした両陛下御訪欧
 
 さて、5月29日付のデーリー読売に、ロサンゼルス在住の日本人ジャーナリスト、高濱賛氏によるエッセイ「森首相は間違っていない」が載っています。
 
 「神の国」というような表現で示された日本に固有の精神文化の概念は、「神のもとの1つの国」というアメリカの建国精神と大差はない、とした上で、高濱氏は、宗教的価値の再認識について指摘します。森首相の主張もそこにある、というのです。
 
 社会的、政治的、経済的混迷の中で、日本人は国民的道徳の模範として尊敬し、敬愛し、鼓舞する人物を求めているのだが、その要求に応えられる唯一の存在が天皇である。
 
 皇室だけが広く国民の崇敬を集めることができる。天皇が協調や思いやり、他者への配慮、紛争を解決する手段としての非暴力という価値を代表し、再覚醒させるために立つことができるなら、天皇は途方もなく価値ある役割を果たすだろう。森発言にはその期待がうかがえる。
 
 しかし、天皇がそうした役割を果たすためには前提条件がある、と高濱氏は述べます。昭和天皇の名のもとにアジアでの殺戮が進められた。不透明な過去の遺産を清算することなくして、緊急の要求を満たすことはできない──というのです。
 
 記事はワシントン・ポスト系列のネットワークで世界中に配信され、大きな反響を呼んだといわれます。
 
 戦争の歴史を清算するために具体的にどうすればいいのでしょうか。連絡を試みたところ、長文のメールが届きました。
 
 ──天皇や宗教について誰かが述べると、まるでパブロフの法則のように「主権侵害」「宗教の自由」を持ち出して空理空論が交わされ、真実が語られない。戦前と同じような構造が遠く海外からよく見える。
 
 今上天皇は、戦争中、日々、精神的に苦しまれていた昭和天皇、戦争で多くの犠牲が生まれたことを悩み抜いて亡くなった父帝について、ご自分の言葉で淡々と内外に語るべきではないか──と高濱氏は提案しています。
 
 しかし昭和天皇の「戦争責任」についてはさまざまな議論があります。今上天皇ご自身が先帝時代の戦争について語られるというのも現実的にあり得るのかどうか。むしろ今上天皇は言葉よりも雄弁な行動によって示されているといえるかも知れません。
 
 たとえば、「神の国」騒動まっただ中の5月下旬、天皇皇后両陛下は欧州4カ国を歴訪されました。なかでも注目されたのはオランダ公式訪問でした。それでなくても日蘭交流400周年を祝うどころか、戦争中にインドネシアの抑留所で過酷な体験を送った「戦争被害者」問題が立ちはだかり、「歴史と向き合う旅になりそうだ」と伝えられていましたから、森発言の影響が強く懸念されました。
 
 しかし報道によれば、両陛下がアムステルダムの戦没者記念碑に献花されたとき拍手はなかったが、天皇陛下が晩餐会でお言葉を述べられ、知的障害者施設で皇后陛下が幼子に顔をお寄せになり、抱き上げられたとき、オランダ市民に変化が現れ始めたといいます。
 
 日本のメディアは先月(平成12年6月)、朝鮮半島の南北首脳会談を「歴史的」「劇的」と最大級に評価しましたが、地球の裏側でこそ歴史は動いたのです。日々、祭祀をお勤めになり、日本と世界の平和を祈られる天皇なればこそ、どんな有能な政治家も外交官もなしえない両国の国民的和解と融和への力強い一歩を、築かれたといえないでしょうか。政治力でも外交技術でも能弁によってでもなく、祭りと祈りの力による平和の実現です。
 
 
註記 この記事は宗教専門紙の「神社新報」平成12年(2000年)7月10日号に掲載された拙文を少し修正したものです。(2006年9月)
 
 
 
 
 
 
 
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