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TOKYO_BILLIARD_CLUB について |
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いつのまにやら30代の半ばを過ぎてしまった。思うように人間的な成長を遂げていないことが歯がゆくもあり、可笑しくも感じる今日この頃。 高校を卒業して人形劇の劇団にもぐりこみ全国を転々とするも、金銭苦に耐えられず逃亡。喫茶店のボーイ、煙突の煤煙の測定、バーテンもどき、英語教材の勧 誘、宝石のセールス、自作の詩の押し売り、人生相談師(客はひとりでけ・・・)、自称童話作家(作品なし)など職を転々とする。 そういえば、路上でイワシを焼いていてヘリコプターに追いかけられた経験もある。 いつもお金がなかったせいか、昔はなんでも有り金勝負が癖だった。最後の千円になるとよくパチンコ屋に飛び込んだ。このときに崖っぷちの勝負には部類の強 さを発揮するが(パチンコにはよく助けられました)、金に余裕があると勝てないという癖に気付く。 いっそパチプロになろうと弟子入りするが、朝の10時までに起きれないことが発覚し、断念する。勝手に公園でカジノを開帳するも(ブラック・ジャックと ポーカーのみ、それしか知らないもので・・・)ホームレス相手では一銭にもならなくて断念。 そんなとき歌舞伎町でビリヤードを知る。私のいた店は客の半数がヤクや裏街道で生きる人間のサロン的な役割を果たしていたようだった。いろんな組の人間が いて中には抗争中の組同志がかちあうことも。でもこの店では紳士協定でもあったのか、もめ事は少なかったように記憶する。 博徒がこれだけビリヤード場に集まれば当然賭球も派手になる。1ゲーム5万、10万は当たり前。毎晩何百万もの金が私の目の前を右往左往していた。当時、 文無しだった私がその金に食いつこうと思うのは自然の摂理というもの。寝る間を惜しんで仕事をし、賭球の資金を作っては勝負し、借金を作っては勝負してい た。 今思えばビリヤードのうまいヤクザなどほとんどいなかったのだが、なんせこっちもまったくの初心者。よくやったもんだと21歳の頃の自分にあきれるやら感 心するやら。しかし、やっと初心者脱却というところで、賭球のもつれでヤクザがひとり店内で殺されてしまい、ジ・エンド。店は警察の管理下にはいってしま い、宴の時間は終わってしまった。 それから25歳までの4年間、ビリヤード業界の底辺をうろうろするも25歳を過ぎてからは善良な市民生活をしようと一念発起し、今は某学校で用務員として キューの代わりにほうきを持っている。 ビリヤードの腕は正直、大したことない。というよりも昔から下手。4年ほど前からタイランドへの旅行がきっかけで月に数回やりはじめるようになった。今は 酒を飲みながらだらだらと球を撞くだけで満足。向上心を捨てて心地よさを手に入れたって感じかな。 |
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使いこなせないのについマッキントッシュを買ってしまう(中古ですよ)。たぶんこれが趣味なんだと思う。でももう当分買わない。というよりも買えない。去 年カラー・クラシックを買って打ち止めとした。 現在所有しているMAC POWER MAC G4 400MHZ iMAC 233 (ボンダイ・ブルー) カラー・クラッシック パイオニアMPC-MX200 パフォーマ5220 POWER BOOK G3 400MHZ POWER BOOK 150 なぜかマッキントッシュって捨てれないから貯まる一方。下手の横好きってやつですな。コンピューターは難しくてわかりません。でも、好きです。 |
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